2019 Volume 3 Article ID: 2018-031
治療薬物モニタリング(Therapeutic Drug Monitoring: TDM)は,薬学に特化した専門領域である.薬学教育モデルコアカリキュラムに規定されている様に,実務実習事前学習としてTDM教育が求められている.一方で,実習内容は各大学に委ねられており,個々の大学の実習内容を知る機会は少ない.そこで今回,立命館大学薬学部のTDM実習内容を紹介するとともに,学生のTDM実習に対する認識を調査した.本学では,病院だけでなく薬局を想定したTDM実践例として,薬物動態推定に基づき適切な服薬タイミングを推定するケーススタディを行っている.実習後のアンケートから,これらの有用性が認識されていることが明らかとなった.この理由として,薬局での薬物血中濃度推定に基づく服薬指導は学生のTDMの概念になかったためと推察される.これらより,座学での講義形式ではなく,ケーススタディの様な実臨床での実践例に基づいたTDM実習の有用性が示された.
臨床実践能力の高い薬剤師を輩出することを目的として,2006年から新しい6年制薬学教育がスタートした1,2).高度専門化する医療現場において,質の高い医療を実現するためには,医師や薬剤師をはじめとする医療専門職種は各々の専門性を活かして「チーム医療を実践」することが求められる.この多職種連携の中で薬剤師は,安全で有効な薬物治療の実践において活躍することが期待されている.薬剤師の専門性を発揮すべき分野は多岐にわたるが,その中でも特に薬物動態学的解析に基づいて,個々の患者に対して最適な投与設計を行う治療薬物モニタリング(Therapeutic Drug Monitoring: TDM)は薬物治療の根底を担う重要な分野である3).
6年制薬学教育の大きな変更点として,病院及び薬局などの臨床現場での実務実習の強化が挙げられる.これに対応するために,薬学部においては,4年次に実施される薬学共用試験(OSCE, CBT)に加え,実務実習事前学習などを通じてスムーズに実務実習に取り組めるようなカリキュラムを構築している.実習内容の詳細については,各大学に委ねられているため,個々の大学で特徴ある実習が行われているものと考えられるが,他大学での実習内容を共有する機会は少ない.
著者らは,既報にて本学において4年次に実施している実務実習事前学習を紹介した4).本実践報告では,その続報として,特に実臨床における薬剤師の専門性を発揮できる分野の代表例としてTDMに着目し,本学での事前学習において臨床現場と大学の間を繋げる架け橋となるケーススタディについて紹介するとともに,この事前学習に対する学生の認識についてアンケート調査を実施したので報告する.
「医療薬学実習1」科目(薬学部4年次専門科目)では,主に薬剤師の基本業務である調剤を中心に,関連した薬剤師実務全般を実習する.また,多職種連携のようなチーム医療における薬剤師の役割について学習し,薬剤師の臨床業務について理解することを目標としている.「医療薬学実習1」は複数担当者制で,15回の実習(前期:1回は90分×3コマ)のうち2回を「TDM実習」としている.受講生(2016年度:111名)を12グループに分けてセクション毎にローテーションしていき,「TDM実習」は一度に2グループ(20人弱)があたる.
この「医療薬学実習1」の中で薬剤師業務のひとつとして実習する「治療薬物モニタリング(TDM)」のパートでは,薬物血中濃度測定や処方設計提案,TDM解析ソフトを用いた投与計画の作成などTDMの実践について実習する.2日間にわたるTDM実習の授業デザインを表1に示す.
(1)「TDM」ってなんだろう?「TDM」概説 | 20分 |
(2)ケーススタディ#1「タミフルの服用タイミングと血中濃度」 | 40分 |
(3)ケーススタディ#2「クレメジンを服用しているインフルエンザ患者」 | 25分 |
(4)PCソフトを使って投与設計してみよう(バンコマイシンを例に) | 80分 |
(5)PGx解析とテイラーメイド医療 | 25分 |
(6)第1日目課題 | 35分 |
(7)第1日目の課題の解説 | 20分 |
(8)ケーススタディ#3「ジゴキシン」 | 30分 |
(9)ケーススタディ#4「フェニトイン」 | 40分 |
(10)ケーススタディ#5,#6「免疫抑制剤のTDM」 | 90分 |
(11)TDMに関する国家試験問題ってどんな感じだろう? | 随時行った |
(12)第2日目課題 | 50分 |
(授業の概要):保険薬局現場を想定し,下記のケーススタディ#1の様なシナリオと処方せんを提示して患者への適切な薬剤の服用方法(服用タイミング)を学生に考えさせた5).課題を与えるにあたって,問題を段階化(下記:問題1–3)させて学生に示し,薬学的アプローチが容易になるように工夫した.
ケーススタディ#1
16時にAさん(26歳男性,身長172 cm,体重67 kg,既往歴なし,併用薬なし)が自家用車で来局.昨日から体調が悪かったが,今日の昼過ぎから急に発熱したため,会社を早退し自宅近くのクリニックを受診した.医師からインフルエンザと診断され,下記の内容の処方せんを持って来られた.明後日はどうしても出勤しなくてはいけない大事な商談があるため,少しでも早く治したいと話されている.
Aさんの持参した処方せんの内容
Rp.1)タミフル®カプセル75
1回1カプセル(1日2カプセル)
1日2回 朝夕食後服用 5日分
処方せんに書かれた医師のコメント:1回目はなるべく早く服用させて下さい.
【実習の方法】
問題1:医師の指示に従って,1回目を帰宅してすぐ(16:30)に服用した後,2回目の服用をその日のうちにするか,あるいは次の日の朝食後にするかを添付文書の情報6)(図1:【薬物動態】の血中濃度変化)をもとに考えさせた(ヒントとして,オセルタミビルは血中濃度が100 ng/mL未満になると効果が期待できない可能性があることを示した7)).
[解答例]
図1を見ると,1カプセル(75 mg)を服用した12時間後には活性体の血中濃度が,約100 ng/mLまで低下しているので投与間隔が12時間以上になることは望ましくないと考えられる.従って,1回目を16:30に服用した場合には,2回目を投与間隔が12時間以上ひらいてしまう,次の日の服用ではなく,その日のうちに服用した方が良いことが分かる.
問題2:上記の様に12時間毎より短い間隔で服用した場合,オセルタミビルの血中濃度が高くなり過ぎることによる副作用発現が危惧される.不規則投与に伴う血中濃度推移を算出することにより,その安全性を評価させた.具体的には,2回目をその日のうちに服用し(22:30),3回目を次の日の朝食後に服用(7:30)した場合の最高血中濃度を,計算式(C = C0 × e–ke×t:C0は初濃度,keは消失速度定数)から算出し,その際の有効性と安全性を評価させた.
[解答例]
1回目服用時の最高血中濃度到達時間は,tmax = 4時間より16:30 + 4時間= 20:30となる.同様に,3回目服用時は,7:30 + 4時間= 11:30となる.よって,1回目服用後,最高血中濃度に到達してから15時間が経過していると考えられる.オセルタミビルのCmaxが360 ng/mLなので,それより15時間が経過した場合の血中濃度(C1)は,C1 = C0 × e–ke×t = 360 × e–ke×15から計算できる(半減期6.4時間より,ke = 0.693/半減期= 0.693/6.4 = 0.1083時間–1となる).計算するとC1 = 71 ng/mLとなる.同様に2回目を服用した時の残存血中濃度(C2)は,C2 = 136 ng/mLとなる.また,3回目服用後4時間の血中濃度(C3)は,Cmaxの360ng/mLとなる.したがって,3回反復服用した時の最高血中濃度(C)は,上のそれぞれを単独で服用した場合の残存濃度の総和になると考えられるので,C = C1 + C2 + C3 = 71 + 136 + 360 = 567 ng/mLとなると考えられる.
オセルタミビルの副作用は,添付文書などによると血中濃度が880 ng/mLを越えると発現しやすくなることが報告されており6,7),上述の3回反復服用時の最高血中濃度の推定値(567 ng/mL)は安全性において問題は少ないと考えられる.
問題3:2回目を初日の夜(22:30)ではなく,次の日の朝食後(8:30)に服用した場合の有効性についても,上述の計算式を用いて次の日の朝の血中濃度を予測することにより検討させた.
[解答例]
1回目の服用を16:30にして,次の日の8:30の血中濃度(C)を予測してみる.問題2と同様に計算すると,C = C0 × e–ke×t = 360 × e–ke×12 = 98 ng/mLと予測される.オセルタミビルは血中濃度が100 ng/mL未満になると効果が期待できない可能性があることが示されているので7),2回目の服用は次の日ではなく,その日のうちに行うことは有効性の観点からも妥当であると考えられる.
2)PCソフトを使って投与設計してみよう(塩酸バンコマイシン®を例に)(授業の概要):TDM実習の到達目標のひとつとして,「患者から対象薬物に応じて,適切に採血を行って薬物濃度を測定し,これを基に投与設計をシミュレーションすることができる.」がある.そこで抗MRSA薬である塩酸バンコマイシン®を例にPCソフトSHIONOGI VCM-TDM Ver.2014(塩野義製薬,大阪)を使って投与設計(ケース1)を行った.
ケース1
患者は79歳の男性(身長:158 cm,体重:43 kg,血清クレアチニン値:0.8 mg/mL)で,発熱で入院した後,肺炎症状となった.入院10日後,喀痰よりMRSAが検出された.そのため,塩酸バンコマイシン®を1回500 mg,1日1回(8:00に1時間かけて点滴)で投与した.投与開始3日後(7:30と11:00)に採血して血中濃度を測定したところ,それぞれ5.1 μg/mL,15.4 μg/mLであった.また4日後(8:00)に採血して血中濃度を測定したところ,5.5 μg/mLであった.今後の投与計画を立てなさい.
2016年度にTDM実習を受講した111名を対象に,2日間にわたるTDM実習の最終日(2016年4–7月)にアンケート調査(図2A),またはリフレクションシートによる調査(図2B)を行った.図2Cには,本研究の対象者選択方法を示した.
アンケート用紙(A),リフレクションシート(B),対象者選択方法(C)
アンケート調査では,本実習の有用性や役に立った項目,活用できる項目を調査した.また,学生の感想などを記述する自由記述欄に記載されたTDMの必要性に関連する項目も抽出した.
2)リフレクションシートによる授業内でのつまずき要因の調査(図2B)当初,上記のアンケート調査のみを行っていたが,一部の学生から授業についてこられない箇所があったという声があった.そのため,追加調査可能であった37名について授業のリフレクションシート(図2B)を作成し,得られた回答から,授業内のつまずきとその要因を調査した.
3.倫理的配慮本調査は無記名のアンケートに基づいて教育効果を評価する目的で実施された.調査への協力は任意であり,非侵襲的かつ介入を伴わない調査である.なお,本研究計画は立命館大学の人を対象とする医学系研究倫理審査委員会の承認を得ている(BKC-人医-2018-041).
アンケート調査(n = 74,回収率:100%)のうち,設問「A.実習内容の有用性」については,非常に役立つは51名(68.9%)であり,またやや役立つとの回答を含めると74名(100%)と非常に肯定的な回答だった.また,設問「D.TDM 実習の薬剤師に対する必要性」についても,とても必要が45名(60.8%)であり,必要であるとの回答を含めると,73名(98.6%)と設問Aと同様に肯定的な回答が多かった.CのTDM 実習の活用方法については,患者からの質問への対応が47名(63.5%),国家試験対策が43名(58.1%),5年次の実務実習が44名(59.5%),薬剤師としてのスキルアップが34名(45.9%)と幅広い活用が期待されていた.
図3には,本学で実施しているTDM実習内容に対して,どの内容が役に立ったかを示した.その結果,臨床現場において良く遭遇する,点滴から経口投与への投与経路の変更に伴う投与計画の立案を扱った「免疫抑制剤のTDM」と回答した学生の割合が最も高かった.続いて,薬局現場におけるTDM業務としての,「タミフル®カプセル75の服用タイミングと血中濃度」を役に立つと回答した学生の割合が高かった.なお,「TDM測定機器の紹介」のような講義形式の内容に比べて,種々の薬剤を取り上げるケーススタディの方が学生に有用性と認識される割合は高くなった.
TDM実習で役に立った実習内容
PGx:Pharmacogenomics,薬理遺伝学的知見に基づく処方設計.
また,この調査内の自由記述には下記の様な記述があり,これからも薬剤師業務におけるTDMに関する知識の必要性が学生には認識できていた.
・全体的に薬剤師になるために,すごく必要な知識だと感じることが出来たし,楽しかったです.
更に,今回の実習で行った課題などのケーススタディが,座学などのような講義で得られる知識よりも実臨床において活かせるものであったことを示す,下記の様な自由記述文があった.
・課題などで,実際に処方内容の解析をしたり,投与量を計算することで,今まで授業でただ問題を解いていたときより,より具体的にどのようなポイントに気を付けるべきか,どんな流れで求めるのかが分かり,良く理解出来ました.5回生時の実習で活かしたいです.
・実際に行われている計算を解くことで,将来の仕事が少し身近に感じることが出来ました.
また,授業のリフレクションシート(n = 30名,回収率:81.1%)において,TDM実習内のつまずきで1番多かったものは,遺伝子多型解析に基づく処方設計(Pharmacogenomics:PGx)に関するものであり,全体の9名(30%)が選択していた.リフレクションシートでは,各々のつまずいた点に対して,その要因を学生自身が自己分析するが,ここでの要因としては,対象薬剤がどの薬物代謝酵素で代謝されるのかを理解していなかったことなどが挙げられた.その他のつまずいた点としては,バンコマイシンやジゴキシン,フェニトイン,免疫抑制薬など,個々の薬剤の処方設計が選択されていた(各々3–4名(各々10–13.3%)).これらの要因としては,薬剤に対する知識不足が挙げられた.逆に,実習を通してできるようになった項目としては,オセルタミビルの服用タイミングの検討17名(56.7%)や腎機能に応じた処方設計16名(53.5%),シミュレーションソフトを用いたバンコマイシンの処方設計など,個々の薬剤や症例に特化したケーススタディが上位を占めた.
本学では,実務実習事前学習として,病院を想定した血中濃度解析だけでなく,薬局を想定した添付文書情報を活用した薬物動態予測に基づく服薬タイミングの推定などのケーススタディに力を入れている.アンケート調査の結果より,ほとんどの学生がTDM実習の有用性を理解していることが明らかとなり,実臨床を考慮した患者服薬指導や薬剤師としてのスキルアップへの活用も想定されていたことから,本実習の有用性が示された.
一般にTDM対象薬については,病院内で薬物血中濃度が測定され,その結果をもとに病院薬剤師が医師に処方提案を行い,医師が処方を行う.したがって,病院薬剤師に固有の業務であると認識されがちであるが,保険薬局でも,薬歴・処方せん情報・患者インタビューなどから得られた患者情報を利用することにより,薬物動態学的観点から血中濃度を推測することが可能である5).これまで報告されている他大学薬学部での事前実習では,病院業務におけるTDMが中心であるのに対して8,9),本学では今回紹介した保険薬局におけるTDMの実践例も取り上げて実習を行っている.授業アンケートにおいても,薬局でのTDM実践例である,「タミフル®カプセル75の服用タイミングと血中濃度」の有用性を認識する割合は高かった.オセルタミビルは保険上でもTDM対象薬とはなっていないが,添付文書等の情報を活用することにより患者の大まかな薬物血中濃度推移を予測することができ,それを基に適切な服用タイミングを服薬指導することが可能である.実習を通して学生はTDMとは病院薬剤師だけの業務ではなく,保険薬局業務においても不可欠な技術であることを学んだため,TDM実習の中で印象深かったものと考えられる.
また,アンケートやリフレクションシート結果から,講義形式の課題に比べてケーススタディの課題のほうが有用性を認識する割合が高かったたことに加え,学生の自由記述文でもケーススタディの有用性に関する記述が示されていることから,実務実習ではより早期から実際の患者への対応を行うことで,より一層学習効率の向上につながることが期待される.
一方で,リフレクションシートのつまずいた点で挙げられているとおり,PGxや個々の薬剤での具体的な処方設計では知識が不十分であると認識する学生が多いこともまた浮き彫りとなった.特に,PGx検査に基づく遺伝子多型の処方設計への応用については,研究的なエビデンスは集積されているものの,社会的な整備は遅れていることから10),薬学部での教育が十分ではなかった可能性も考えられる.種々の薬物の代謝酵素やその遺伝子変異による酵素活性変動については,既に薬剤学等の座学により教育が行われている.しかし,それらの知識と実臨床におけるPGx検査との関連づけができていなかった可能性がある.したがって,今後は実務実習事前学習においても,他の講義内容との連携を図ることにより,PGx検査の有用性について更に理解が深まるものと期待される.
本調査は,実習後の学生を対象とした単回のみの調査であり,実習前後の変遷は評価できていないことや,設問上悪い評価を与えにくいことなど,定量的評価には限界がある.しかし,今回の調査結果から,保険薬局も含めて臨床現場におけるTDM業務の必要性を理解した学生が多かったことについては,本実習がある程度の成果を得たものと言える.このようなTDMを通じた薬剤師の活動は,新しく6年制薬学教育がスタートし,患者志向の薬剤師業務の実践が声高に叫ばれている中でとても重要であると考えられる.今後もさらなる実習内容の改善・工夫を行って,TDM業務を通じて患者の薬物療法の有効性と安全性を確保できる薬剤師の輩出に貢献したい.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.