2020 Volume 4 Article ID: 2020-025
Evidence levelの高い教育研究として,海外の医学教育分野ではシステマティック・レビュー等が発表されているが,日本の薬学領域の教育研究ではこれまでにevidence levelの高い検証はなされていない.本研究では教育実践に対する効果測定を行った研究が比較的蓄積されている早期臨床体験を対象としてシステマティック・レビュー及びメタアナリシスを行い,早期臨床体験の効果と薬学領域の教育研究の質の検証を行った.「薬学部」と「早期体験学習」または「早期臨床体験」の検索語を用いて論文を検索し,最終的に6文献を対象とし学習モチベーションの向上に関して効果量(比率)を算出した.その結果,早期臨床体験が学生の学習モチベーションの向上にある程度ポジティブに作用していることが明らかとなった.しかし,用いた論文のほとんどが2014年度以前の1~2年生を対象としたものであり,研究間で研究手法・検討項目の幅があり,薬学教育研究の成果は,メタアナリシスに耐える十分な蓄積がないことも示唆された.
Although systematic reviews and meta-analyses have been published in medical education fields overseas, educational research in pharmaceutical education has been limited in Japan. In this study, we conducted a systematic review and a meta-analysis of early clinical exposures, for which there has been a relatively significant accumulation of studies that have measured its effects on educational practice. This study aimed to verify the effects of early clinical exposure and the quality of education and research in the field of pharmaceutical education. The following keywords were used to search for articles: “faculty of pharmaceutical sciences”, “early exposure learning”, and “early clinical exposure”. The search yielded six documents. After calculating the effect size (ratio) for improvement in learning motivation, it was evident that early clinical exposure learning exerted a positive effect on students’ motivation to learn. However, most of the studies focused on first- and second-year students pre-2014. Collectively, the articles featured several research methods and considerations, but the findings regarding pharmaceutical education and research suggest that currently, there is an insufficient accumulation to warrant meta-analysis.
2006年4月より始まった6年制薬学教育では,質の高い薬剤師の育成を目的1) としており,高度医療に対応できる臨床能力の高い薬剤師の養成が謳われている.さらに2015年度から適用された薬学教育モデル・コアカリキュラム―平成25年度改訂版―2)(以下,改訂コアカリ)に準拠した6年制薬学教育では,薬剤師に求められる資質が明確に示されており,学習成果基盤型教育(outcome-based education;OBE)が基軸3) となっている.薬剤師に求められる資質・能力を学習者がどの程度の「質」で修得したのかいうことを適切に評価する必要4) がある.このことから,6年制薬学教育では,世界的な教育改革に沿った教育成果に焦点を当てた大学教育の再設計5) や,エビデンスに基づいた評価が必要である6).
Evidence levelの高い教育研究や教育実践,あるいは研究デザインとして,海外の医学教育分野では,いくつかのシステマティック・レビューが発表されている7–9).しかし日本におけるシステマティック・レビューは,臨床領域を除くと心理教育学の分野における例がほとんどである.また,現在の薬学領域における教育研究はエビデンスによる裏付けがされないままに実践されているものも多いともいわれている10).日本における薬学領域の教育研究自体まだそう多くの蓄積はないうえ11),教育の成果の評価を学習者のテストでの到達点や授業アンケートによって行っているところがほとんどであり,評価方法や提示の方法も千差万別である.必然的に,薬学領域の教育研究において,複数の研究成果を統合的に解析する試みもこれまでに知られていない.
早期臨床体験は,本物の臨床現場で活躍する薬剤師と医療に触れることで,医療の担い手に必要な心構えを身に付け,薬剤師を目指す学習意欲を高めることを目標として,薬学臨床の基礎として組み入れられている.2年次終了までに学習する事項として,従前のカリキュラムにおける「早期体験学習」から名前を変え,患者・生活者視点に立って保健・福祉の現場を見聞し,薬剤師業務の重要性や課題について討議する,とされている.大学によっては,病院や薬局だけでなく,特別支援学校や介護施設の見学を行う場合もあり12–14),臨床におけるコミュニケーション能力の涵養や問題解決能力の育成の導入教育としても実施されている.
薬学領域の教育研究分野において,2006年度の6年制薬学教育開始以降の早期体験学習または早期臨床体験の教育成果に関して,何かしらの効果を測定した研究報告は比較的多くなされている.また,科目の目的の特性上,大学間において,実施時期や方法に大きなずれはないことも早期臨床体験の特徴である.測定可能なアウトカムとして薬学に対する学習モチベーションの向上を設定している場合が多く15),各論文は均質な結果が出ていると期待できる.複数の研究成果を統合するうえでは,ある程度同じ教育テーマに対して研究がなされていることが必然16) となることから,早期臨床体験は現状の薬学領域の教育研究ではメタアナリシスに適していると考えられる.
このような現状から,本研究では,わが国の薬学部における早期臨床体験をテーマとして「薬学生に対して,1~2年次の早期臨床体験は学習モチベーションを向上させるか」に関してシステマティック・レビュー及びメタアナリシスを行った.その結果をもって現状の薬学領域における教育研究の質を検証した.
オンライン書誌データベースのJ-STAGE,Google Scholar,医中誌webを用いて,「早期臨床体験」または「早期体験学習」という検索語を含み,かつ「薬学部」または「薬科大学」のいずれかについて記載されている論文を抽出した.検索式を表1に示す.
文献データベース | 検索式 | 検索数 | 要旨除く | 最終検索日 |
---|---|---|---|---|
医中誌web | ((早期体験学習/AL)or(早期臨床体験/AL)and((薬科大学/TH or 薬学部/AL))) | 68 | 28 | 2020.4.4 |
J-STAGE | 早期臨床体験/AL or 早期体験学習/AL or and 薬学部/AL | 317 | 142 | 2020.4.4 |
Google Scholar | 早期臨床体験 or 早期体験学習 and(薬学部 or 薬科大学) | 764 | 191 | 2020.4.4 |
次に,検索した論文の中から薬学部の早期臨床体験を対象とした論文で,研究方法や結果が記載されている論文を抽出するために,対象論文を選択した.組み入れ基準は1)6年制薬学部の1~2年次における臨床施設での早期臨床体験を対象としていること,2)学生に対してアプローチしていること,3)学習モチベーションについて測定していること,4)論文の体をなしていること,とした.除外基準は,2件法であること,学習モチベーションに対して明確なデータの提示がなされていないこととした.2名の評価者が,対象となった論文から,研究対象,研究手法,解析方法,学習モチベーションに関して測定されたデータを抽出した.対象論文の選択について図1に示す.
対象論文の選択
メタアナリシスでは異なる条件で行われた研究結果の統合に際し,効果量を用いる.本研究で対象とするのは,早期臨床体験という教育介入の学習モチベーションに対する効果である.しかし,抽出された論文に示されているデータからは事前・事後の値の差を見ることが困難であったため,1変数についての効果量を扱うことが適していると考えた.抽出された論文の研究方法はアンケート調査のみであり,その尺度は4~7段階であった.尺度の上から2つないし3つを答えた回答者の合計人数を効果量としてしまうと,多くの研究では回答者の8割以上が,研究によっては回答者の9割以上がポジティブな回答をしていることになったため効果量として適切ではなかった.逆にもっともネガティブな回答をした人数を効果量とすると,研究によっては0となってしまい,効果量の算出が困難になるため,これも効果量として示すには適切ではなかった.そのため,それぞれの研究の尺度のうち最もポジティブな回答をした人数をその効果量(比率)として算出した.
1つの集団を対象に病院での早期臨床体験と薬局での早期臨床体験について別の設問を立てている場合は2研究として扱った.尺度に幅があり,異質性が高いことが予想されるため,異質性に対する分散分析的アプローチとして,4件法での研究と5件法以上での研究を分けて効果量を算定した.
3.結果の統合本研究では,対象とした論文のサンプルサイズ,研究手法・デザインなどに幅があり研究間分散の影響が大きいと考えた.そのため固定効果モデルと比較して,サンプルサイズによる影響の差異が小さくなり,研究間分散の影響も加味して検討できる変量効果モデルを用いた17).抽出された各論文で研究対象となった学生の数,効果量(比率)を用いて,引用文献17に記載されている算出式に当てはめて平均効果量を算出した.
また,引用文献17に基づいて効果量のばらつきの程度を評価する記述統計的指標である異質性(I2)の算出を行った.
3つの検索データベースによって検索された結果は合わせて1149となった.重複論文と要旨を除き,組み入れ基準,除外基準により,最終的に選択された論文は6報であった.文献リスト18–23) を表2に示す.論文の数が少なく,出版バイアスを評価することは困難であった.上述の通り,別の設問を立てている場合は2研究として扱ったため,メタアナリシスに用いた研究数としては7として計算を行った.
No | 著者 | 出版年 | 対象者 |
---|---|---|---|
1 | Kushihata T. et al. | 2017 | 2015年度1年生216名 |
2 | Taguchi T. et al. | 2011 | 2006年度254名,2007年度256名 |
3 | Iida K. et al. | 2008 | 病院見学した学生205名 |
4 | Tsuruta S. et al. | 2009 | 2006年度125名,2007年度134名 |
5 | Toda J. et al. | 2007 | 2006年度1年生256名 |
6 | Hayashi M. et al. | 2012 | 2011年度1年生109名 |
フォレストプロットを図2に,効果量の算出に用いた数値を表3に示す.学習モチベーションの向上に関して,平均効果量は0.43(0.34–0.52)となり,早期臨床体験が学生の学習モチベーションの向上に関して小さいながらも教育効果がある16) という結果が得られた.
フォレストプロット
No | n | 効果量 | 効果量(比率) | 分散 | 重み |
---|---|---|---|---|---|
1-1 | 204 | 56 | 0.2593 | 0.0009 | 1124.74 |
1-2 | 204 | 65 | 0.3009 | 0.0010 | 1026.76 |
2 | 500 | 236 | 0.4720 | 0.0005 | 2006.29 |
3 | 197 | 55 | 0.2792 | 0.0010 | 978.92 |
4 | 248 | 137 | 0.5524 | 0.0010 | 1003.02 |
5 | 231 | 149 | 0.6450 | 0.0010 | 1008.87 |
6 | 95 | 45 | 0.4737 | 0.0026 | 381.06 |
本研究に用いた早期臨床体験に関する論文の出版年度は2007年から2017年であったが,そのほとんどは2014年度以前の1年生の早期臨床体験を対象としていた.
異質性の計算に用いた数値を表4に示す.また,検定統計量Q,重みを表すCを用いて研究間分散を算出して分散分析的にアプローチしたが,異質性は95%と高い値を示した.
①4件法 | ②5件法以上 | ③全体 | |
---|---|---|---|
Q | 8.12 | 70.23 | 124.51 |
C | 553.18 | 4621.32 | 6104.79 |
研究間分散 | 0.013 | 0.014 | 0.019 |
信頼区間の下限 | 0.397 | 0.272 | 0.343 |
信頼区間の上限 | 0.735 | 0.488 | 0.525 |
※Qは検定統計量,Cは重み
本研究は,薬学領域における教育研究の効果と質を明らかにすることを目的として,「早期臨床体験の学習モチベーションに対する影響」を扱っている研究についてメタアナリシス行った.そのため,学習モチベーション以外の早期臨床体験の効果については対象としていない.しかし,対象とした論文の中では,薬剤師への興味を駆り立てること,将来の進路選択への影響といった測定項目が学習モチベーションの次に多く,学習モチベーションと同様に効果がある可能性は十分にある.
早期臨床体験は学習モチベーションにポジティブな影響を与えているという結果が得られ,医学教育の分野と同様の結果24) となった.表3や図2から,各研究の数値にばらつきがみられるが,アンケートの尺度のうち最もポジティブな回答をした人数を見るという方法をとったためであり,全体としてポジティブな影響があるという結果となる.
メタアナリシスの特徴は個々の先行研究の結果を効果量という指標として抽出し,結論を導くことにある.そのため,効果量の値を計算するのに必要な情報が記載されていることがメタアナリシスの対象となる研究の要件となる.教育介入の研究に関するメタアナリシスでは,事前・事後の測定値の変化に注目することが多い.事前・事後の差に関してデータが示されている場合は効果量の算出はその差に基づいて求められるため最も簡便であると考えられる.本研究の対象とした早期臨床体験に関する論文にも事前・事後の比較を行っているものはいくつかあったが,学習モチベーションについて測定しているものは少なく,すべてのデータを示しているものはさらに少なかった.
選択肢の数が異質性の高さに影響している可能性を考慮して,分散分析的アプローチにより異質性に対して検討をしたが,異質性は依然として高いままであった.このことから,早期臨床体験の内容の違い,アンケートの質問項目の違いなどに起因する概念的異質性と,研究結果のばらつきに起因する統計学的異質性の両者が影響していることが示唆される.
そもそも本研究手法が妥当かという点において疑問が生じる.しかし,現状報告されている早期臨床体験に関する研究では,研究間の研究手法・検討項目などに幅があるうえ,測定項目としては学習モチベーションを挙げているがデータを示していない例もあり,メタアナリシスを行う上で一般的である「対応のある2群」による結果の統合が困難であった.
本研究は,現状の薬学領域における教育研究の中では,一番メタアナリシスに耐えうると考えられる早期臨床体験に関する論文に対して,アウトカムの統合を試みた.教育効果のエビデンスの収集,検証という目的では,最終的にメタアナリシスが必要となる.メタアナリシスは,評価基準が統一された多くの研究結果を統計学的に統合する解析手法であるため,バイアスをできる限り排除したうえで論文の質や規模がある程度存在しないと質の高いエビデンスとはならない.同時に,システマティック・レビュー及びメタアナリシスを行うことで,その領域における研究蓄積の現状を明らかにすることも可能といえる.システマティック・レビュー及びメタアナリシスなどの系統的な検索が手順の一つとなる手法は,検索で十分な研究が見つからなかった場合には,今後どのような研究を行うべきかを明らかにするという役割もある25).
本研究からは,現状の薬学教育研究の成果は,メタアナリシスに耐える十分な蓄積がないことが明らかとなった.現状の教育研究でメタアナリシスができないことを知ることにより,今後の薬学領域における教育研究の発展に貢献できると考える.
薬学教育学は教育を科学する学問である.例えば,本研究で用いた早期臨床体験というテーマは,多くの学生にとっては初めて臨床に触れる機会となるため,ポジティブな印象を与えやすい.そのため,感想を聞くようなアンケートでは,天井効果となってしまう可能性が高いと考えられる.単純な興味や楽しさだけでなく,回答傾向が分かれることが予測され,正規分布に沿うような項目,答え方のアンケートを用意しなければただ感想を集めただけの資料となってしまうと考えられる.今後,薬学領域における教育研究として,世界的にも求められている根拠のある教育改善活動を行うためにも,測定項目やデータの示し方についてまで視野に入れて教育計画を立てた薬学領域の教育研究が多く発表され,教育プログラム全体に対して大学間で連携して行う年度縦断的な調査研究が行われることを祈る.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.