2020 Volume 4 Article ID: 2020-035
薬剤師は薬の専門家として最適な薬物療法を患者へ提供するための,重要な役割を担っている.患者の薬物治療における問題点を見出し,科学的根拠をもとに解決するプロセスを学ぶことは重要で,臨床研究の経験は極めて有用だと考えている.このため,自らの業務を評価分析して研究に取り組むことを推奨している.様々な薬剤師や他職種とのディスカッションを経て,研究デザインの立案からデータ収集解析,結果の考察,プレゼンテーションの準備,論文執筆に取り組む.並行して,論文抄読会,臨床研究の具体的方法論の座学を開催している.これらの指導にあたるため,学位を有する薬剤部管理職と連携協定を結んだ薬学部教員からなる連携研究部門を立ち上げ,独自に作成した進捗状況報告書を活用し,毎週議論と情報共有の場を設けている.本シンポジウムでは,臨床現場における臨床研究教育の取り組みを紹介する.
Pharmacists play several important roles in providing appropriate pharmacotherapy for patients. It is important to learn the processes of finding problems in patients’ pharmacotherapy and resolving them in accordance with scientific evidence. As we recognize that experience of clinical research greatly improves the skills of a clinical pharmacist, we encourage pharmacists in our clinical pharmacy service to perform clinical research. Through discussions with various research collaborators, including pharmacists and other healthcare professionals, the pharmacists participate in designing research, collecting and analyzing data, interpreting results, preparing presentations, and writing papers. In addition, we organize journal clubs and seminars to allow the pharmacists to improve practical skills for working in clinical research. To better educate pharmacists on clinical research, we established a collaborative research group consisting of managers of the Department of Pharmacy who have a Ph.D. degree, and faculty members of the university, which has a collaborative agreement with our hospital. We have weekly collaborative research meetings and discuss facilitating the clinical research conducted by pharmacists. We have implemented an original report form on the progress of clinical research. This is useful because pharmacists can learn through revising the significance and direction of clinical research by writing and correcting these reports.
薬剤師は,薬の専門家として最適な薬物療法を患者へ提供するため,薬の特性を理解し,医薬品情報を医療従事者と患者に適切に提供し,薬の投与後はその効果と安全性を評価したうえで処方提案するなど,様々な役割を担っている.患者の薬物治療における問題点を見出し,科学的根拠をもとに解決するスキルは,薬剤師の臨床能力を大きく向上させる.このため,臨床研究を自ら企画し経験することが極めて有用であると考える.
本シンポジウムでは,当院の教育体制の概要を示し,続いて臨床現場におけるエビデンスの理解と発信に向けた教育の取り組みについて紹介する.
当院では薬剤師レジデント制度を軸としてレジデントおよび職員の教育制度を構築している.2009年にスタートさせた薬剤師レジデントプログラムは,1年目医療薬学一般コース,2年目医療薬学専門コースのプログラムを設け,2020年3月までに58名の薬剤師レジデントを輩出してきた.研修カリキュラムは講義研修と実務研修から構成される1,2).当院は,日本医療薬学会から,医療薬学専門薬剤師,がん専門薬剤師,および薬物療法専門薬剤師の研修施設として認定を受けており,同学会の研修ガイドラインやコアカリキュラムに準拠した研修を行っている.指導体制については,当院には,がん,感染制御,HIV薬物療法,緩和薬物療法,NST,糖尿病などの専門認定を受けた薬剤師が在籍しており,ジェネラルな薬物療法に関する教育カリキュラムと並行して専門薬剤師教育を活用している.
当院1年目レジデント(医療薬学一般コース)のカリキュラムは,1~2週目には研修医と合同での講義を含めて,講義研修や調剤実習などの実地研修からスタートし,早期に病棟での実地研修が開始される点が大きな特徴である.各レジデントと若手職員で構成される小人数グループが服薬指導,調剤,無菌調製などの各部門をローテートして,各部門リーダーから指導を受ける(図1).さらに薬学生実習の時期には各グループに実習生も配属され,レジデントも実習生の指導を担当する2).
薬剤師レジデントプログラムおよび薬学実務実習の概要(神戸市立医療センター中央市民病院).文献1より引用
臨床薬剤業務を遂行する上で,最小限の準備として「コモンディジーズに関する薬物治療は,頭に叩き込んでおくべきである」との考えのもと,薬剤師レジデントおよび新人薬剤師対象の疾患別シリーズセミナーを重ねてきた.これらセミナーの経験をもとにして,総合診療医のアドバイスを得ながらレジデント指導に携わる薬剤師が執筆してテキストを出版した3).レジデントの教育はもちろんのこと,既卒者の日常業務にも広く活用されている.以上の教育体制のもと,臨床研究に関する教育にも取り組んでいる.
薬剤師は薬の専門家として最適な薬物療法を患者へ提供するために,薬の特性を理解し,的確な医薬品情報を医療従事者と患者に提供し,薬の投与後はその効果と安全性を評価したうえで処方提案するなど,様々な役割を担っている.患者の薬物治療における問題点を見出し,科学的根拠をもとに解決するプロセスを学ぶことは重要で,臨床現場の薬剤師が研究を経験することは医療における科学的な思考プロセスを習得するうえで有用であると考える.
当院では,院内および薬剤部内での研修や院外における学会や研修会等,薬剤師として学ぶ機会を職員に多く提供すると共に,自らの業務を評価分析して学会・論文等で情報発信することを推奨している.研究に取り組む若手薬剤師のためには,薬剤部内に論文を掘り下げ批判的に吟味するジャーナル・クラブ(論文抄読会)や,臨床研究の具体的方法論に関する講義によって必要な知識と方法論を相互に補完する機会を設けている.一方,院内組織として医師,医療スタッフの学術活動を支援する目的で設けられた「臨床研究推進センター学術研究支援部門」も利用できる.臨床研究プロトコール作成,医療統計に関するコンサルトや,学会発表に使用する大型ポスターの作成・印刷のサービスを受けることができる.
研究の実施にあたっては,薬剤部内の指導者や他職種とのディスカッションを経て,研究デザインの立案からデータ収集解析,結果の考察,プレゼンテーションの準備,論文執筆までを目指す.これらの統括・指導にあたるため,学位を有する薬剤部管理職と連携協定を結んだ薬学部教員からなる連携研究部門を立ち上げ,研究テーマに関する進捗状況報告書4) (図2)を用いた進捗管理や薬剤部門が実施する研究の方向性,大学との共同研究の進め方,他部門の研究支援,研究を通した人材養成などについて議論している.
研究テーマの進捗状況報告書.この報告書には,記入日,テーマタイトル,共同研究者(自身も含む),テーマ概要/背景・目的(適宜文献を引用),実現可能性,必要性,新規性,倫理的配慮,結果の活用,研究デザイン,PICOまたはPECO(Patients, Intervention/Exposure, Comparison, Outcome),現在の進捗(結果の概要),研究を進めるにあたっての問題点や相談事項,今後の予定,その他,学会発表の希望や進捗,Laboratory Conferenceでの発表希望について記入する.(A)テンプレート,(B)記入例.文献4より引用
当院のレジデント修了者が主任や部門リーダーとなり,業務や教育の中核へと成長した.薬剤師業務を牽引しながら高いレベルで実践すると共に,自らが臨床現場でクリニカル・クエスチョンを見出し,後輩薬剤師やレジデントを指導しながら臨床研究に取り組んだ事例を紹介する.
1.エドキサバンによる出血と減量基準因子数の関連エドキサバンは静脈血栓塞栓症の治療および発症抑制などに適応を有し,頻用されている抗凝固薬である.投与量は通常60 mg/日だが,腎機能低下,低体重またはP-糖タンパク質の阻害作用を有する薬物を併用している患者では,エドキサバンの血中濃度が上昇し,出血リスクも高くなることから30 mg/日への1段階減量が推奨されている.これらの減量基準因子を複数有する患者では,出血リスクの上昇と更なる減量の必要性が示唆されるが,そのエビデンスはなく30 mg/日が適切であるか判断に迷う.そこで,エドキサバン30 mg/日が投与された患者198名を対象に,減量基準因子の数と出血イベントの関連をレトロスペクティブに評価した5).
Cox比例ハザード解析の結果,減量基準因子を2つ有する患者では,1因子以下の患者に比べ大出血のリスクが上昇する傾向があり,3つ有する患者では有意に上昇していた.これらの患者では,出血の有無をよりモニタリングすべきであることが確認され,15 mg/日への減量も考慮しうることが示唆された.なお,本研究では抗凝固薬の効果を評価する研究デザインではなく,あくまで有害事象としての出血リスクを評価したものである.現在,海外で出血リスクが高い患者を対象にエドキサバン低用量治療の効果と安全性を検証する臨床研究が進行中であり,その結果が待たれる.
2.C型肝炎治療薬に関する薬剤師外来の導入と評価近年,薬剤師の臨床業務が充実するとともに,医療現場における薬剤師への期待も高まっている.特に,働き方改革を背景としたタスク・シフトあるいはタスク・シェアといった先進的な取組みが実践され,チーム医療における薬剤師の業務は近年さらに広がっている6).新たな薬剤業務を展開するうえで,様々な医療従事者と相談・調整しながら業務をデザインすることは極めて高い専門性を必要とする.加えて,導入後は自らが取り組んだ仕事にどの様な意味があったのか,科学的な検証と改善が更なる成長を促す.
経口C型肝炎ウイルス治療薬は,従来のインターフェロンによる治療を革新し,極めて高いウイルス除去率が外来診療で期待できるというパラダイムシフトをもたらした.但し,複雑な薬物相互作用マネジメントやアドヒアランス維持,有害事象マネジメントは外来主治医の負担を増加させる懸念があった.先行していた病棟における薬剤師業務に対する診療科からの評価は高く,治療成績の向上と医師の負担軽減両面を視野に,診療科の強い要望に応えて経口C型肝炎治療薬が承認された当初から,薬剤師外来を導入することになった.その診療の流れを図3に示す.
従来型の診療と薬剤師外来を活用した医師との協働による診療の流れ.経口C型肝炎治療薬の処方時は,主治医診察後に薬剤師外来で服薬指導を行う.指導内容には,患者個々の生活スタイルを考慮した服薬時間の提案,常用薬やサプリメントの把握と薬物相互作用のマネジメントを含む.2回目以降の受診時には,採血に続いて薬剤師外来で面談し必要な服薬指導を行うとともに,アドヒアランスの把握や有害事象をアセスメントしたうえで必要に応じて処方提案を行う.これらの提案は主に電子カルテへの記載により行い,医師は薬剤師による電子カルテ記載を把握した後に診察を行う.
導入から4年半が経過しその有用性を評価した7).経口C型肝炎治療薬の投与を開始した516名の外来患者に対して外来診療の度に面談し,アドヒアランスの確認,服薬指導,有害事象のアセスメントに基づく主治医への処方提案を行った.この間の処方提案384件のうち84%が処方に反映され(表1),患者からの質問は1200件に上った.服薬アドヒアランスはほぼ全例で95%以上と極めて高かった.最も重要な指標として持続的ウイルス陰性化率すなわちSVR(sustained virological response)率は99.6%であった.実臨床では高齢者や腎肝機能等が低下した患者も含まれるため,治験に比べて治療成績が劣ることが多い.しかし薬剤師外来を活用した医師との協働による診療は,治験と遜色ない治療成績を上げており,その有用性を確認できた.
処方提案件数 | 処方に反映された件数(%) | |
---|---|---|
治療開始時 | ||
薬物相互作用 | 68 | 44(64.7%) |
リバビリン減量の必要性 | 6 | 6(100%) |
治療開始後 | ||
有害事象対策 | 194 | 172(88.7%) |
その他 | 50 | 45(90.0%) |
合計 | 318 | 267(84.0%) |
ニボルマブやペムブロリズマブなどの免疫チェックポイント阻害薬は,がん薬物療法に大きなインパクトを与えた.一部の患者で優れた抗腫瘍効果が期待できる.免疫システムのブレーキ機能を抑制することで免疫応答が過剰となり,それに由来する様々な免疫関連有害事象(irAE: immune-related adverse event)が発生し,対応の遅れによる死亡例も報告されている.従来型の細胞障害性抗がん薬を用いた治療では,抗がん薬の特性に応じていつ,どの様な有害事象に注意が必要かある程度予測しながらモニタリングすることが有用8) だが,irAEは様々な臓器で発現するうえ,発現時期の予見も困難である.
irAEを認めた患者では高い抗腫瘍効果が得られる9) ことは広く知られており,効果を最大限に引き出すためにも,irAEの特徴をよく理解して早期に発見する体制を構築し対策に努めることが重要である10).当院でも,多職種からなる免疫チェックポイント阻害薬適正使用チームを構成し,その一環としてirAE早期発見にも努めてきた.すなわち,薬剤師が患者と面談してirAEの自覚症状をモニタリングし,重篤度を電子カルテに入力する.加えて,他覚所見として発現するirAEを早期発見するため診療科とともに採血すべき項目を取り決め,電子カルテのオーダー・テンプレートとして整備してきた.しかし,実際の多忙な診療では検査漏れも発生する.このため,薬剤師が免疫チェックポイント阻害薬の投与前日までに検査オーダー内容を確認し,必要な検査オーダーが漏れていた場合には主治医に追加オーダーを提案することで支援していた.さらなる安全性の実現と合理化をはかるため協働を進め,事前に取り決めた検査項目に基づき,医師による検査オーダーで漏れていた項目については,薬剤師がオーダーし,それを医師が確認する院内プロトコールを定め,院内の関係会議に諮ったうえで運用を開始した(図4).
免疫関連有害事象を早期に発見するための薬剤師による検査オーダー入力支援プロトコールの概要
運用開始前は,事前に取り決めた検査項目のうち12.4%の検査オーダー漏れが発生し,薬剤師の提案によって医師が追加オーダーした割合が4.3%で,結果として8.1%が未実施であったのに対し,運用開始後には実施割合が99.8%と顕著に向上した11).実際に,薬剤師が検査オーダーを的確に入力支援することで,甲状腺機能低下を早期に検出した事例も経験している.薬剤師の作業所要時間は1回投与あたり約40秒延長したが,以前とは異なり,要した時間と労力のほぼ全てが検査実施に結び付くため,医療の質とチーム全体の効率は向上したと考えられた.
本シンポジウムでは,当院で取り組んでいる臨床研究に関する教育の概要とその実践例を示した.薬剤師業務を実践するなかで自らがクリニカル・クエスチョンを見出して臨床研究に取り組むことで,薬学の視点から科学的に物事を捉え,判断するスキルが向上する.また,業務の改善や新たな業務を立ち上げる際にも,個々の医療従事者としての感性に加え,データをもとに分析し科学的根拠に基づき判断するスキルが不可欠である.どの様なデータをどう収集し,いかなる分析手法を選択するか,様々な臨床研究の経験が薬剤師力をさらに伸ばす.これら一連の体験を通して共に学び,伴走する過程で人が育ち,臨床業務がさらに充実すると考えている.
一方,本稿で述べた臨床研究に取り組むための理論やスキルなど一連の教育においては,薬学部と卒後を通した教育が必要だと考えられる.薬学部で臨床研究に関する基本的な教育を受けた学生が長期実務実習を通して様々な疑問を持ち,それぞれのクリニカル・クエスチョンに対して現場の指導薬剤師や教官と共に解決に向け取り組み基礎を養う.さらに卒後,臨床現場に立った薬剤師が薬学部で培った基礎をもとに,目の前の患者や薬剤業務における様々な課題を見出し,解決に向けて取り組み繰り返し一連のスキルを磨く.薬学部における臨床研究教育は極めて重要であり,これら学部教育と卒後教育の連携によって,さらに薬学全体が発展するものと考えられる.
以上,臨床現場における臨床研究の教育は極めて重要であり,今後,学部教育から現場教育に続く教育体制の構築が望まれる.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.