2021 Volume 5 Article ID: 2020-008
薬剤師養成教育には,質保証と合理的配慮という2つの社会的要請のバランスを考慮しなければならない.この為の長期的な取り組みとして,薬剤師養成教育における質保証と合理的配慮のバランスに関する議論の場を用意してきた.今回,プロフェッショナル教育/アンプロフェッショナル評価で先行する医学教育の例と,インクルージョン/合理的配慮に積極的に取り組む事例を学び,より深い討議・共有するワークショップを開催した.その結果,合理的配慮,実習の進め方,評価,単位認定に関する問題に対する認識は,指導者の間で様々であることが明らかになった.しかし,必要な配慮や規準に関して明確な合意形成を行うことは難しく,設けたとしても困難を抱える学生の状況や特性も多様であるため,個別の学生へと適用できない.必要なのは,継続的な議論による価値観の形成と,個別の学生にあわせた合理的配慮を適切に行うための経験の共有である.
Pharmacy education must consider a balance between the two social requirements of quality assurance and reasonable accommodation. As a long-term effort toward achieving this purpose, we have created a forum to discuss the balance between quality assurance and reasonable accommodation in pharmacy education. In this study, we held a workshop for deeper discussion and sharing, with examples of medical education, leading up to professional education/unprofessional evaluation, and of actively working on inclusion/reasonable accommodation. Several problems were highlighted, including issues concerning reasonable accommodation, how to proceed with practical training, evaluation and credit recognition, and recognition of problems varies among educators. However, it is difficult to form a consensus on the necessary considerations and standards, and even if they are established, the situation and characteristics of students, who face difficulty, are diverse and cannot be applied to individual students. Therefore, values need to be formed through continuous discussions and sharing of experience in order to provide reasonable accommodations tailored to individual students.
6年制となった薬剤師養成教育の課程においてプロフェッショナルな職業教育は重要であるが,現在の準備教育はもちろん,6年間を通した教育の中で充分に行われているとはいい難い.様々な取り組みは存在するが,実際には薬学生は実務実習において,初めて薬剤師のプロフェッショナルな行為・姿勢に出会い,自覚することが多い.そのため,実務実習においてプロフェッショナルな職業人との出会いは職業の選択や,生涯学習継続における大きな要因ともなる.
一方,実務実習におけるアンプロフェッショナルな学生の行動をどう取扱うかは,実習継続の可否に関わるだけでなく,実習指導者の精神的負担や当該学生の学習や進路にも大きな影響があり,教育上の大きな問題となる.医学教育の中ではアンプロフェッショナルと考えられる医学生の評価制度が一部で運用されている.京都大学では2014年から,「診療参加型臨床実習において,学生の行動を臨床現場で観察していて,特に医療安全の面から,このままでは将来患者の診療に関わらせることができないと考えられる学生」の事例について検討され,この問題について提起されている.このようなプロフェッショナル,アンプロフェッショナルという視点から薬学教育のあり方や質保証について議論を深める必要がある.
その一方で,インクルージョンという考え方が社会の中で広まってきている.障がいを含む多様性を相互に受け入れ,各個人が社会構成活動に参画する機会を有し,それぞれの経験や能力,考え方が認められ,社会の中で活かされていく状態である.そのための合理的配慮,つまり障がいを持つ人も障がいのない人と同じように教育や就業,その他社会生活に等しく参加できるよう,障がい特性に合わせて行われる配慮が求められている.当然,大学教育においてもこの両者を考えていくこととなる.
薬剤師を含む医療職の教育には,このプロフェッショナルという観点からの質保証とインクルージョンの観点からの合理的配慮という,一見相反するとも思える社会からの要請を,バランスを考えて実現していかなければならない.我々は,第2回日本薬学教育学会大会から継続して,薬剤師養成教育における質保証と合理的配慮のバランスに関する議論と情報の共有を重ねてきた1).これまで議論で,このバランスに関わる問題は既に現実に存在していること,合理的配慮の判断や方法に困っている教員が多いこと,そして合理的配慮が必要な学生が実際に存在することが共有された.また,今後のあり方として,安易な結論を出したり,客観的とされる外形的に適用できる判断基準を作ったりするのではなく,継続的かつ慎重な議論により,薬剤師養成に携わる者による価値観の形成が必要であり,そのための場を持ち続けることが重要であることを確認した.この目的の元,第4回日本薬学教育学会大会では,より深い理解に基づいた質保証と合理的配慮のバランスを議論するため,プロフェッショナル教育/アンプロフェッショナル評価で先行する医学教育における質保証とのバランスと,合理的配慮に積極的に取り組み様々な事例に対応した他学部での事例を学び,薬剤師養成教育でのあり方を討議し共有を広めていくワークショップを開催した.
シンポジウムには38名にご参加いただき,表1の通りに行った.
| 14:00~14:10 | 趣旨説明 名古屋市立大学 菊池 千草 |
| 14:10~15:00 | 「医学教育における質保証と合理的配慮―アウトカム基盤型教育時代の課題―」 岐阜大学医学教育開発研究センター 藤崎 和彦 |
| 15:00~15:50 | 「合意形成に基づく合理的配慮の提供―個人の裁量から組織としての義務へ―」 同志社大学障がい学生支援室長 阪田 真己子 |
| 15:50~16:00 | グループワーク作業説明 摂南大学 安原 智久 |
| 16:00~16:40 | グループワーク |
| 16:40~17:00 | 発表とまとめ 摂南大学 河田 興 |
趣旨説明では本シンポジウムを行うまでの経緯について説明した.2017年第2回薬学教育学会では薬学系の学会で初の「薬学教育における質保証と合理的配慮に関するシンポジウム」を開催し,講義,実務実習,学生相談,キャリア支援に関する講演を行い,2018年第3回薬学教育学会では事例検討会を参加者から事例を募集して実施したことを報告した.次にアンプロフェッショナルの評価と合理的配慮の現状について説明した.2016年に京都大学医学部学務委員会臨床実習倫理評価小委員会にて「アンプロフェッショナルな学生の評価」に関する文書が作成された2).2017年には東京大学で障害と高等教育に関するプラットフォーム形成事業(PHED)がスタートし,「専門職養成におけるテクニカルスタンダード専門部会」が発足した3).2018年の第7回医学教育シンポジウムでは「アンプロフェッショナルな行動をとる医学生・研修医に対する指導」が開催された4).現在,日本学生支援機構のホームページのウェブコラムに「テクニカルスタンダード」に関する説明が掲載されている5).また,合理的配慮を行うツールとして筑波大学よりラーニングサポートブック(LSB)が提供されている6).
次に,2つの講演を行った.はじめにアンプロフェッショナルの評価に関して岐阜大学医学教育開発研究センターの藤崎和彦先生の「医学教育における質保証と合理的配慮―アウトカム基盤型教育時代の課題―」の講演を行い,続いて合理的配慮について同志社大学障がい学生支援室長の阪田真己子先生による「合意形成に基づく合理的配慮の提供―個人の裁量から組織としての義務へ―」を行った.
藤崎先生の講演の概要を簡単に記す.藤崎先生は医学教育の事例を中心に,歯学教育,看護学教育,そして薬学教育において進んでいるアウトカム基盤型教育へのシフトの重要性をお話しされた.資質・能力を例示しながら,専門職養成課程においては「専門職として必須,最低限の能力」を教育の中で育み保証することが社会から求められていることを述べられた.アメリカやカナダなどの例のほか,医学教育では国際的な質保証への対応が始まっていることを示された.このような劇的な教育の変化に対応するためには,従来型のタキソノミーに基づいた知識・技能・態度に分割した評価ではなく,コンピテンシーという面から考えた知識・技能・態度が一体となった能力の評価が重要になることを指摘された.一方で,近年の学生の資質にも言及され,専門職業人としての成長をスムーズに遂げられない学生の支援の仕組みをどう創りあげるかという課題を薬学に対して提示された.合理的配慮に関しても必要性を論じつつも,専門職養成課程に求められる質保証を大学がどのように担保するのかという問題に向き合うことを強調された.
阪田先生の講演の詳細については,先生ご自身による本誌上シンポジウムの総説をお読みいただきたい.
講演のあと参加者を4グループに分けグループワークを行った.グループワークでは仮想事例について,必要な支援と評価について話し合った.仮想事例と課題については図1に示す.薬局実務実習を休みがちになり,元気をなくした様子の実習生について実習担当の大学教員から相談を受けたという事例で行った.課題は1)学生B,指導薬剤師C,大学教員Dから,どんな情報を聞き取る必要がありますか?,2)学生Bにどのような支援が必要でしょうか?,3)この学生に薬局実務実習の単位を認めるには,どこまで出来る必要があると考えますか?の3つとした.また,参考として「薬学実務実習に関するガイドライン」および日本薬剤師会概略評価表(例示)より患者来局者応対,情報提供・教育の観点を抜粋したものを配布した.ディスカッション中は講師とオーガナイザーが巡回して随時質疑応答を行った.

グループディスカッションに使用した仮想事例.
最後に4つのグループの発表を行った(表2).グループ1からは,学生,指導薬剤師,大学教員3者で話をするのは早すぎたのではという意見があった.グループ2からは体調について確認,問題を明確化,学習方略の検討があげられた.グループ3からは発達障害を疑い,これまでの状況を教員は聞くこと,できない場合は自ら指導者に助けを求めることができるようになることが目標であること,単位は患者を驚かせるような行為がなければ認めてよいという考えが発表された.グループ4からは個々のSBOsで評価していけばよいのではという意見が出た.これらの発表を受けて講師からのコメントをいただいた.藤崎先生からは診断も支援も求めていないなら日常的教育をすること,すべて学生のせいではないことを考慮して対応するという意見をいただいた.また,支援としては,コミュニケーションのどこで引っかかっているのかをよく見極め,練習量で担保できるのか,バリエーションに富んだトレーニングを行えば良いのか考えること.単位を認めるには,患者は多様であることに学生が気付き,最低でも人の話を聞くコミュニケーションができればよいのでは.学生は自身の困りごとについて困っていることを自身で解決できる,あるいは,指導者に報告することができるようになれば単位認定してもよいのではという意見をいただいた.阪田先生からは,発達障害を疑った場合は専門家にまかせたほうが良いとの助言をいただいた.
| 1.学生B,指導薬剤師C,大学教員Dから,どんな情報を聞き取る必要がありますか? |
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・Bから体調不良の原因と時期の確認. ・Bの会話の事実確認. ・Bから,これまでの学生生活の聞き取り. ・Bから高齢者のような他の年代との交流経験. ・Bが感じている困難さの聞き取り. ・BにDの介入は適切であったか. ・Cからロールプレイの内容と実際に対応した処方せんとの差. ・Cから,どういう患者を選んだか. ・CにBが服薬指導で止まったときに介入やアドバイスをしたか. ・Cから他のスタッフと学生との関係. ・Cから他の実習生とBとの比較. ・CからBのミスの状況. ・DからBのこれまでの実習での状況,生活,成績,態度. ・DからBより障害の申し出はなかったか. ・D以外の教員でBのことを知っている教員にBのことを聞く. |
| 2.学生Bにどのような支援が必要でしょうか? |
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・単純な処方箋や部分的な投薬から徐々に始めて成功体験をさせる. ・対処方法をアドバイスする. ・ロールプレイの完成度をあげる. ・指導薬剤師に頼ることを「失敗」としてとらえず,「手段」としてとらえるよう話す. ・薬局スタッフ内で打ち合わせをしてから投薬させる. ・できていることを十分にほめる. ・生活改善の支援. ・じっくり話を聞く時間を設ける. ・抱えている問題を聞く. ・学習方略を配慮する. ・実習時間を延長する. ・患者の選定で配慮する. |
| 3.この学生に薬局実務実習の単位を認めるには,どこまで出来る必要があると考えますか? |
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・アウトカムの第1段階(患者から薬物治療に係る基本的な情報を収集する.医薬品を安全かつ有効に使用するための情報を種々のツールを用いて患者に提供する.指導,教育内容を適切に記録する.). ・アウトカムの第3段階(患者の薬物療法のアウトカムを達成するために必要な情報を的確に判断し,患者から情報収集する.患者のニーズを的確に判断し,それを盛り込んだ情報提供及び教育を行う.). ・休まないこと. ・患者をびっくりさせないこと. ・指導薬剤師につなげることができること. ・向上できたプロセスで評価する. ・服薬指導の難易度を考慮して評価する. |
時間が限られた中で行われたディスカッションであったが,このような事例が起こりうる,あるいは既に起こっているという認識を共有しながら議論を進めることができた.既に,どのような合理的配慮を行うべきか,実習の進め方,評価,単位認定をどうするかという問題は生じているが,その捉え方は様々であることが明らかになった.各グループの結論はグループによって大きく異なっており,グループ内での議論も多様であった.これらの問題に対して,薬学教育を指導する者の間でも様々な意見があることも明らかになった.理由の一つは,背景設定の自由度の高いシナリオを用い意見の広がりや可能性をより多く考えてもらうことを促したことによる.しかし,初動や情報収集に関しても多様な意見が見られたのは,薬学教育においてこの様は問題に対応する議論が不足しており,それぞれの認識にずれが多いことが原因と考えられる.また,このようなケースについて,今までの対応してきた経験値に大きな幅があることも要因であろう.
特に単位認定基準の議論では,段階(レベル)の違いはあるが「アウトカムへの到達」を上げたグループがある一方で,「休まないこと」や「患者をびっくりさせないこと」といった薬剤師としての能力以前の内容を上げたグループがあり,考え方の違いが明確となった.本ケースのような低いコミュニケーション能力の学生でも臨床能力の一部の評価が行われる現状においては,何を単位認定の指標とするかは,プロフェッショナルな職能集団の中でさらなる議論が必要である.学生の臨床能力の評価は質保証の根幹でもあると同時に,障がい等を持ちそれによって困難を抱えていることを理由として,十分な臨床能力を身につける機会が制限されると,その学生は将来,インクルージョンの本来の趣旨である「各個人が社会構成活動に参画する機会を有し,それぞれの経験や能力,考え方が認められ,社会の中で活かされていく状態」を果たせなくなるとも考えられる.その時の実習を,学生本人と患者,指導する薬剤師と大学に問題なく終えることが障がい等により困難を抱える学生の人生に対してどのような貢献をもたらすかは,熟考する必要がある.障がい等により困難を抱える学生に薬剤師としての能力を修得させることと,合理的配慮を両立する支援として,「学習方略の配慮」や「実習時間を延長」などの到達できるまでの過程に配慮を行うなどの意見も見られた.また,「指導薬剤師に頼ることを『失敗』としてとらえず,『手段』としてとらえるよう話す」や,「薬局スタッフ内で打ち合わせをしてから投薬させる」などの具体的な手法の検討に及んだグループもあった.
現段階で,薬剤師としての臨床能力を養うために必要な配慮や必須となる規準に関して明確な合意形成を行うことは難しい.まずは,実習環境でアンプロフェッショナルな行動として検出される発達障害を含めた障がいを指導薬剤師や教員も認識する必要がある.また,実習環境や障がい等により困難を抱える学生の状況や特性も多様であることから,定型的な規準を設けたとしても,それを個別の学生へと適用することは難しいと予想できる.繰り返しになるが,我々に必要なのは,継続的な議論による薬剤師養成教育が共有する価値観の形成と,個別の学生にあわせた合理的配慮を適切に行うための経験の共有だと考える.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.