2021 Volume 5 Article ID: 2020-075
多様化する社会の中で,薬剤師としての職能を発揮し,貢献するためには,大学での学部教育を基盤とし,発展や応用を可能とする教育の連続性が求められる.本研究では,過去に行った学部教育の結果について検証するために,現役の病院あるいは薬局薬剤師を対象に自由記述型アンケート調査を実施した.質問には,現在の業務内容を照らし合わせた場合,1)「学生時代に勉強していて良かったと思うことは何ですか」,2)「学生時代に勉強しておくべきだったと思うことは何ですか」を含めた.回答に対し,テキストマイニングによる解析を行い,職種や卒後年数に応じた用語の出現頻度を調査した.その結果,職種や卒後年数といったキャリアに応じた学習の活かし方の違いが明らかとなった.これらの結果から,学部教育のあり方を議論し,卒後,薬剤師としての業務早期より大学での学習内容を活かせる人材養成の教育プログラムが必要であると考えられた.
Pharmacists must participate in continuing education after their undergraduate pharmaceutical training to contribute fully to the pharmacy profession in an increasingly diverse society. In this study, a free-form questionnaire for working hospital and community pharmacists determined how they used their undergrad education and whether there were gaps in their training. The two survey questions were: What elements of your undergraduate education are helpful in your current work situation? Considering your present work, what was not covered sufficiently in your undergraduate education? Text mining helped analyze the frequency and occurrence of specific terms and separated the results by occupation and years since university graduation. The results showed differences in the way learning was applied, depending on the career path. Therefore, it may be necessary to discuss ideal undergraduate education further and develop educational programs that ensure pharmacists can use their acquired knowledge and university training earlier in their careers.
医療の高度化や医薬分業によって,薬剤師業務の多様化が進んでいる.さらに,薬剤師の社会的認識の広がりと共に,チーム医療や在宅医療における薬剤師の存在が重要視され,薬剤師に求められる役割がより一層広範かつ多様化している.このような現代社会の需要に柔軟かつ適切に対応するためにも,6年間の学部教育課程は重要な過程である.
しかしながら,大学で学んだ科目が,卒後の薬剤師業務にどのように活かせるのか分からない学生が多く存在することも報告されている1).これに対し,臨床現場に繋がる教育法を検討する試み2,3) も実施されているが,報告は少なく十分とはいえない.また,教員側が臨床に繋がる教育を行ったつもりでも,教育を受けた側の学生がどのように捉えているかについては不明であるため,教員側と学生側とのミスマッチが発生している可能性は否定できない.そのため,過去に行った教育の結果について検証や考察を行うことは,重要である.
本研究は,崇城大学薬学部を卒業した薬剤師を対象とし,無記名,自由記述型(複数回答可)のアンケートを実施した(Supplementary materials S1).本研究では,質問1「現在の業務内容を照らし合わせた場合,学生時代に勉強していて良かったと思うことは何ですか」,質問2「現在の業務内容を照らし合わせた場合,学生時代に勉強しておくべきだったと思うことは何ですか」について解析を行い,「現在,勉強したいことは何ですか」の質問は,解析対象から除外した.この調査はgoogle社が提供するgoogleフォームを利用し,インターネット回答式とした.調査協力は任意であり,インフォームドコンセントはアンケート内で説明し,アンケートに同意するか否かという質問項目に答えてもらうことで取得した.本研究は崇城大学薬学部生命倫理委員会の承認を得て実施し(承認番号2020-2),本研究に関わる全ての研究者は「ヘルシンキ宣言」に従って研究を実施した.
対象者にはコミュニケーションアプリLINEにて,アンケートのURLを知らせ,回答は2020年7月~8月に回収した.合計113名の回答者には病院薬剤師,薬局薬剤師,公務員,MR,起業家,離職中,大学院生が含まれていた.そのうち病院薬剤師,薬局薬剤師と答えた106名のデータについて解析した.解析は,テキスト型データを統計的に分析するためのフリーソフトウェアであるKH Corder(version. 3)4) を使用し,テキストマイニングを行った.形態素解析では,ChaSenを使用し,同一内容を意味すると考えられるもの(薬物治療と薬治と薬物治療学,統計と統計学等)は言葉を統一し,解析上,意味のないコメント(実際,学生時代等),人名,動詞,形容詞を解析から除外した.専門用語や複合用語(相互作用,有機化学等)の抽出には,強制抽出を使用した.これらの判断は複数の研究者で議論して慎重に決定した.3回以上出現した用語を対象用語として抽出し,「卒後年数(卒後0–4年と卒後5–11年)」と「職種(病院薬剤師と薬局薬剤師)」で分類した.1つの文に繰り返し用いられた用語があった場合は,1回としてカウントした.解析は,対象用語を含む文の数をカウントし,その出現頻度についてFisherの正確確率検定を行った.Fisherの正確確率検定では,「卒後年数」と「対象用語言及の有無」,もしくは「職種」および「対象用語言及の有無」を変数とし,それぞれに該当する回数を用いた.
回答者の内訳は,病院薬剤師37名,薬局薬剤師69名であり,卒後年数は卒後0–4年45名,卒後5–11年61名だった(表1).質問回答は複数回答可とし,文章または単語で記載されていた.質問1「学生時代に勉強しておいて良かったと思うことは何ですか」は総文数130文(病院薬剤師52文,薬局薬剤師78文/卒後1–4年62文,卒後5–11年68文),総抽出語数942語(分析に使用された用語数381語),異なり語数270語(分析に使用された用語数167語),質問2「学生時代に勉強しておくべきだったと思うことは何ですか」は総文数133文(病院薬剤師54文,薬局薬剤師79文/卒後1–4年61文,卒後5–11年72文),総抽出語数1055語(分析に使用された用語数402語),異なり語数361語(分析に使用された用語数233語)で構成されていた.
全体 | 病院薬剤師 | 薬局薬剤師 | |
---|---|---|---|
回答者(人) | 106 | 37 | 69 |
性別(女性/男性)(人) | 66/40 | 25/12 | 41/28 |
卒後年数(卒後0–4年/卒後5–11年)(人) | 45/61 | 20/17 | 25/44 |
有意だった用語は,卒後年数で比較した場合,質問1で「薬理」(p = 0.035),「実務」(p = 0.023),「薬物動態」(p = 0.049),「相互作用」(p = 0.049)であり,質問2では,「有機化学」(p = 0.015),「漢方」(p = 0.042)だった(表2).また,職種で比較すると,質問1では「実習」(p = 0.045),質問2では「法規」(p = 0.041)で有意だった(表3).これらの用語の出現は,卒後年数0–4年と5–11年において,「薬理」が22回と37回,「実務」が16回と7回,「薬物動態」が5回と14回,「相互作用」が4回と0回だった.病院薬剤師と薬局薬剤師の回答を比較すると,質問1では「実習」が2回と12回,質問2では「法規」が0回と7回だった.用語の出現回数と関係性を示す図は電子付録に示した(Supplementary materials S2, S3).
全体 | 卒後0–4年 | 卒後5–11年 | p値 | ||
---|---|---|---|---|---|
質問1 | 総文数(文) | 130 | 62 | 68 | |
出現回数(回) | |||||
薬理 | 59 | 22 | 37 | 0.035* | |
実務 | 23 | 16 | 7 | 0.023* | |
薬物動態 | 19 | 5 | 14 | 0.049* | |
病態 | 16 | 7 | 9 | 0.79 | |
実習 | 14 | 7 | 7 | 1.00 | |
薬物治療 | 8 | 4 | 4 | 1.00 | |
製剤 | 7 | 2 | 5 | 0.44 | |
薬の作用機序 | 5 | 4 | 1 | 0.19 | |
有機化学 | 5 | 1 | 4 | 0.37 | |
基礎薬学知識 | 4 | 1 | 3 | 0.62 | |
相互作用 | 4 | 4 | 0 | 0.049* | |
法規 | 4 | 2 | 2 | 1.00 | |
コミュニケーション | 3 | 3 | 0 | 0.11 | |
生化学 | 3 | 0 | 3 | 0.25 | |
微生物 | 3 | 0 | 3 | 0.25 | |
質問2 | 総文数(文) | 133 | 61 | 72 | |
出現回数(回) | |||||
病態 | 15 | 9 | 6 | 0.28 | |
薬理 | 15 | 6 | 9 | 0.79 | |
薬物動態 | 14 | 3 | 11 | 0.09 | |
法規 | 7 | 3 | 4 | 1.00 | |
有機化学 | 7 | 0 | 7 | 0.015* | |
統計 | 5 | 1 | 4 | 0.37 | |
保険制度 | 5 | 3 | 2 | 0.66 | |
漢方 | 4 | 4 | 0 | 0.042* | |
生薬 | 4 | 1 | 3 | 0.63 | |
調剤報酬 | 4 | 3 | 1 | 0.33 | |
添付文書 | 4 | 1 | 3 | 0.63 | |
英語 | 3 | 0 | 3 | 0.25 | |
検査値 | 3 | 1 | 2 | 1.00 | |
実務 | 3 | 3 | 0 | 0.09 | |
製剤 | 3 | 2 | 1 | 0.59 | |
適応症 | 3 | 2 | 1 | 0.59 | |
読み方 | 3 | 1 | 2 | 1.00 | |
服薬指導 | 3 | 2 | 1 | 0.59 | |
用法用量 | 3 | 3 | 0 | 0.09 | |
臨床薬学 | 3 | 2 | 1 | 0.59 |
*p < 0.05.
全体 | 病院薬剤師 | 薬局薬剤師 | p値 | ||
---|---|---|---|---|---|
質問1 | 総文数(文) | 130 | 52 | 78 | |
出現回数(回) | |||||
薬理 | 59 | 19 | 40 | 0.11 | |
実務 | 23 | 8 | 15 | 0.64 | |
薬物動態 | 19 | 7 | 12 | 0.81 | |
病態 | 16 | 8 | 8 | 0.42 | |
実習 | 14 | 2 | 12 | 0.045* | |
薬物治療 | 8 | 2 | 6 | 0.48 | |
製剤 | 7 | 2 | 5 | 0.70 | |
薬の作用機序 | 5 | 1 | 4 | 0.65 | |
有機化学 | 5 | 2 | 3 | 1.00 | |
基礎薬学知識 | 4 | 3 | 1 | 0.30 | |
相互作用 | 4 | 1 | 3 | 0.65 | |
法規 | 4 | 0 | 4 | 0.15 | |
コミュニケーション | 3 | 1 | 2 | 1.00 | |
生化学 | 3 | 1 | 2 | 1.00 | |
微生物 | 3 | 2 | 1 | 0.56 | |
質問2 | 総文数(文) | 133 | 54 | 79 | |
出現回数(回) | |||||
病態 | 15 | 7 | 8 | 0.78 | |
薬理 | 15 | 4 | 11 | 0.28 | |
薬物動態 | 14 | 3 | 11 | 0.16 | |
法規 | 7 | 0 | 7 | 0.041* | |
有機化学 | 7 | 3 | 4 | 1.00 | |
統計 | 5 | 3 | 2 | 0.40 | |
保険制度 | 5 | 0 | 5 | 0.08 | |
漢方 | 4 | 0 | 4 | 0.15 | |
生薬 | 4 | 1 | 3 | 0.65 | |
調剤報酬 | 4 | 0 | 4 | 0.15 | |
添付文書 | 4 | 2 | 2 | 1.00 | |
英語 | 3 | 1 | 2 | 1.00 | |
検査値 | 3 | 3 | 0 | 0.06 | |
実務 | 3 | 1 | 2 | 1.00 | |
製剤 | 3 | 3 | 0 | 0.06 | |
適応症 | 3 | 0 | 3 | 0.27 | |
読み方 | 3 | 2 | 1 | 0.57 | |
服薬指導 | 3 | 1 | 2 | 1.00 | |
用法用量 | 3 | 3 | 0 | 0.06 | |
臨床薬学 | 3 | 1 | 2 | 1.00 |
*p < 0.05.
崇城大学薬学部は平成17年度に開設され,これまでの全卒業生を対象としたため,本研究結果は卒後11年間のデータに基づく.このため,調査結果は様々な経験年数の薬剤師の教育に関する考えを反映している.
我々は第一に,卒後年数によるサブグループ化を行った.認定・専門資格を取得するためには,5年の経験が必要である場合が多い.このような背景を考慮し,卒後年数での解析では,「卒後0–4年」,「卒後5–11年」に分類した.その結果,質問1では「薬理」や「薬物動態」の出現頻度が,「卒後5–11年」で有意に高かった.薬理や薬物動態は早期から重要であるが,経験を重ねることで,より深く考え,応用の幅が広がっているのではないかと考えられる.一方で質問1の「実務」の出現頻度は「卒後0–4年」で多かった.これは,薬剤師の仕事内容を直接学ぶことのできる実務科目は,薬剤師として仕事を開始した初期より活かすことができるからではないかと考えられる.ただし,本研究の「卒後5–11年」のうち卒後10–11年に該当する薬剤師37名が4年制課程を経ており,この結果は,実務科目の学習時間が6年制課程より短かったことが影響している可能性がある.「相互作用」も「卒後0–4年」でより言及されており,薬に直接的な内容に関する学習も,卒後早期から適切に活かせていると考えられた.
質問2において「有機化学」は,卒後年数の短い群では全く触れられなかった一方で,卒後年数の長い群では言及されていた.「有機化学」は基礎科目の一つであるが,経験が浅いうちはその重要性に気づいていない.しかし,経験を経ることで,その必要性に気づくと考えられた.基礎科目を早期より臨床へ活かすためには,学生に対してその繋がりを理解できる教育の必要性が指摘されている5).現在でも,基礎科目と臨床とを繋げることが検討されているが6,7),今後も益々そのような取り組みを発展させ,臨床現場とのギャップを埋めていく必要がある.また,出現回数は少ないものの「漢方」が「卒後0–4年」で有意に抽出された.この出現要因を検討するため,本研究対象者である一部の薬剤師に対し,任意でインタビューを行った.その結果,漢方は適応症の範囲が広く,複雑な処方内容もあるため,薬剤師の初期には理解が困難な場合があることが要因として考えられた.
我々はまた,薬局薬剤師と病院薬剤師によるサブグループ化を行い,その違いについても検討を行った.質問1の場合,「実習」が薬局薬剤師で多く挙げられていた.薬局での仕事内容は,病院での仕事内容と比較すると限定的であり,実習中に学習した内容がそのまま実践できることが多い.一方,病院での仕事内容は,施設ごとの特色により大きく変わってくるため,実務実習時に経験した内容に加え,その特色に応じた様々な内容を新たに学ぶ必要も出てくる.このような背景から,差が生じた可能性が考えられた.また,質問2では,「法規」が薬局薬剤師に特有な用語として抽出された.薬剤師の仕事は薬剤師法をはじめとする多くの法令に関わる.特に,支払いや保険請求にまで関わる薬局薬剤師は,健康保険法や介護保険法等の法規の知識を必要とする.そのため,「法規」が抽出されたと考えられる.
その他,サブグループ化とは別に特徴的な点として,質問1と2の両方に「薬理」,「薬物動態」,「病態」と回答した薬剤師が一定数存在した(「薬理」10人,「薬物動態」3人,「病態」6人).これは,学部教育を臨床の現場で活かせている部分があると同時に,不十分だと感じている部分があると考えられるため,これらの教育の充実がさらに必要であると考えられる.このようなことから,進路先を考慮した教育プログラムを構築,現在の教育を充実させることは,円滑に臨床現場に応用することに繋がると考える.
本研究では,以下の研究制限が考えられる.第一に,本研究ではコミュニケーションアプリLINEを用いて,各卒業年度の代表者を通じ,アンケートの周知依頼を行ったため,正確な周知人数が不明となり,回収率を算出できなかった.第二に,本研究は全卒業生を対象としており,4年制課程の卒業生まで含んでいる点である.4年制と6年制での教育制度の違いが解析結果に与えた影響は否定できない.しかし,学部教育の認識調査という点において,本解析結果は意味があると考える.
本研究の結果より,大学での学部教育から臨床の現場へ上手く適応していくための教育のさらなる充実が必要であることが示唆された.今後,学部内で十分議論し,実行可能なプログラムを構築していくことが今後の課題であると考えられる.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.
この論文のJ-STAGEオンラインジャーナル版に電子付録(Supplementary materials)を含んでいます.