2021 Volume 5 Article ID: 2021-008
医療現場で活躍する薬剤師には,他の医療従事者や患者と信頼関係を築くためのコミュニケーション能力が求められるため,学生のうちからコミュニケーション能力の向上が必要である.しかし,コミュニケーション能力は実体験の積み重ねによって身に付くという考えがあり,講義やロールプレイなどでは教育効果が不十分であると考えられる.そこで,対人関係の気づきの体験学習として,幼児や高齢者とのコミュニケーション交流学習を実施した.学生は,学内での基礎学習を受けたのち,保育施設,高齢者施設のいずれかで特定のパートナーと交流に取り組む.交流学習を通して学生たちは,自分自身の気持ちや言動などの様々な変化などに,気づきや役立ち感・自己肯定感を得て,行動を変容させていった.また,相手を思いやることや非言語的コミュニケーションの大切さに気づき,ホスピタリティを育みながら実践的なコミュニケーション能力の向上を図ることができた.
In the medical-care field, pharmacists are required to have communication skills suitable to build the relationships of mutual trust with medical professionals as well as patients and, therefore, it is necessary for pharmacy students to acquire the communication skills. It is considered, however, that the educational effect of lectures and role-plays on such skills is insufficient, based on an idea that communication skills can be developed through actual human interactions. We have planned and conducted “Learning Communication from Interpersonal Relationships” with infants and elderly persons to have students aware of their own changes in interpersonal skills. After obtaining the basic knowledge in class, each student engages in one-on-one interactions with a partner preselected at either a childcare or elderly facility. Through learning communication from interpersonal relationships, they succeeded in behavioral changes with awareness of various internal changes inside them, such as reflecting on their feelings, confirming a sense of usefulness to others, and discovering self-esteem. In addition, students realized the importance of being considerate toward other people while embracing hospitality, and were able to develop communication skills, especially nonverbal communication skills.
2006年度より薬学部薬学科が6年制教育となり,このとき制定された薬学教育モデル・コアカリキュラムでは,医療人として基礎となるヒューマニズム教育が全学年を通じて実施されることが求められている.2013年度改訂の薬学教育モデル・コアカリキュラムにおいてもヒューマニズム教育に関わる項目は「A基本事項」に組み込まれ,全学年を通じて実施されることが求められている.
これらの点を踏まえ,福山大学薬学部では,ヒューマニズム教育に主として関わる科目を低学年から高学年に向けて図1のように開講し,ヒューマニズム教育を実施している.この教育課程において,他の医療従事者や患者と関わり信頼関係を築いて,医療現場で薬剤師として活躍するために必要となるコミュニケーション能力を身に付ける一環として,2年次に「コミュニケーション交流学習」を設置している.薬学教育におけるコミュニケーション関連教育の目標として,薬剤師として将来,他の医療従事者や患者・その家族との相互理解のために必要となる基本的な医療コミュニケーション能力を身に付けることがある.しかしながら,医療人としてのコミュニケーション能力を身に付ける前に,“人”が“人”と向き合い対人関係を築くことが大切であると考え,対人関係の構築において重要であるホスピタリティとコミュニケーション能力を養う科目として「コミュニケーション交流学習」を位置づけて学習内容を検討した.また,学生が,自分自身を知り,相手の気持ちを考えることで,お互いが理解し合えるようなコミュニケーションが取れるようになるためには,コミュニケーションに関する理論の講義や学生同士または教員と学生間でのロールプレイなどの学内における学習では教育効果が不十分であると考えられる.これらの点を考慮して検討し,コミュニケーション能力は対人関係の実体験の積み重ねによって身に備わっていくものであるという考えのもと,大学キャンパスから離れた実社会の中で一対一の交流を学生に実体験をさせることを計画した.電子媒体の使用に慣れている昨今の学生たちは,同年代同士では一定のコミュニケーションを取ることはできても,核家族化が進んだ現代では,ほとんどの学生が世代格差のある高齢者や幼児と直接コミュニケーションを取る機会がない状況が多い.この観点から,高齢者施設(デイケア)と保育施設へ学生が訪問し,「対人関係の気づきの体験学習」として,幼児や高齢者とのマンツーマンシップでの交流学習を実施することにした.
福山大学のヒューマニズム教育
今回,薬学教育における実践的なコミュニケーション能力の養成を目指した新たな教育プログラムとして2007年度から現在まで開講している「コミュニケーション交流学習」の実践について報告する.
コミュニケーション交流学習は,2年次前期の必須2単位科目であり,保育施設および高齢者施設への移動時間の確保のため,3・4限(90分×2)が確保されている.2007~2019年度までの交流学習で,2年次生のべ1644名が,保育施設5施設,高齢者施設5施設において交流学習を実施した.なお,2019年度は,2年生117名を,施設担当教員15名とサポート教員5名の計20名で担当し,福山市内の保育施設4施設,高齢者施設1施設のご協力のもと実施した.以下に科目の目的,実施内容の概要を示す.
1.学習目的コミュニケーション交流学習の学習目的・目標としては,薬学教育モデル・コアカリキュラムに記載されているコミュニケーション関連の一般目標(GIO)・到達目標(SBOs)を達成するための学習目的・目標を設定しているが,特に,幼児や高齢者との交流学習においては次のような,学習目標を設定している.
学習目標:幼児あるいは高齢者との交流を通して,言語的および非言語的コミュニケーションの能力を培うと同時に,他者に対する自己の役立ち感に気づいて,自己肯定感・自尊感情を育んでホスピタリティを培う.
また,交流学習中の学生の行動目標として,次の4つを掲げている.
行動目標1:コミュニケーションにおいて,傾聴・自己開示の重要性を一対一の交流で体験する.
2:非言語的コミュニケーションの重要性に気づき,活用することができる.
3:パートナーとのかかわりを通じて,「役立ち感」を掴んで「自己肯定」ができる.
4:他者に対する感謝の気持ちを持つことができる.
2.実施内容実施スケジュールを表1に示す.学生は,大学内でのオリエンテーションおよび基礎学習(講義・演習:4コマ,ハンディキャップ体験:1コマ)を受けたのち,保育または高齢者施設のいずれかの施設で合計8回の交流学習に取り組む.保育施設では5歳児(年長児),高齢者施設では施設入所中でデイサービスを受けている対話可能な高齢者(少し介助が必要であったり,少し言語障害があったりする人でも可)を対象に実施した.施設訪問は,週1回1コマ(90分)で,全8回とし,原則として各施設で決定して頂いたパートナーとマンツーマンシップで交流をする.交流内容については,施設の生活に合わせ,毎回の交流時間の終了時,10分程度の施設責任者との質疑時間を設けて頂いた.なお,年度のスケジュールによって異なるが,3~4回目の交流学習後に,これまでの交流学習の体験を振り返るきっかけとなるよう基礎学習(演習1コマ)を実施している.
回 | 内容 | 手法 |
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第1回 | コミュニケーション交流学習のオリエンテーション | 講義 |
第2回 | ハンディキャップ体験実施(ブラインドウォーク) | 演習* |
第3回 | 交流学習施設ごとオリエンテーション | 講義 |
第4回 | 気づきの体験学習1 交流分析 | 演習* |
第5回 | 気づきの体験学習2 人間関係 | 演習* |
第6回 | 幼児・高齢者との交流学習(1) | 交流の実践 |
第7回 | 幼児・高齢者との交流学習(2) | 交流の実践 |
第8回 | 幼児・高齢者との交流学習(3) | 交流の実践 |
第9回 | 幼児・高齢者との交流学習(4) | 交流の実践 |
第10回 | 人の行動と心理について考える | 演習* |
第11回 | 幼児・高齢者との交流学習(5) | 交流の実践 |
第12回 | 幼児・高齢者との交流学習(6) | 交流の実践 |
第13回 | 幼児・高齢者との交流学習(7) | 交流の実践 |
第14回 | 幼児・高齢者との交流学習(8) | 交流の実践 |
第15回 | 施設ごとの交流学習の報告会(振り返り) | 交流を振り返っての発表 |
* 演習は,グループワーク・ロールプレイなどを実施した.
学生は,初回オリエンテーションの際,主に学生の希望に沿って保育施設と高齢者施設のいずれかへ配属され,配属施設のどんなパートナーと組みたいのか,そしてその理由を「自己課題」として書いて提出する.この自己課題は交流施設で学生のパートナーを決定して頂くときの資料として施設に提出する.毎回の交流学習においては,学生はその日の交流で感じたこと,気づいたことを日誌にまとめてポートフォリオを作成し,8回目の交流終了時には,全体の感想を「交流学習のまとめ」を作成して施設担当教員に提出する.さらに,協力施設の担当者にも参加して頂き,施設ごとに報告会(振り返り)を行い,学生が自己を振り返る機会を設けている.すべての実施スケジュール後,学生は「交流学習の報告書」を作成して提出する.
施設担当教員は,施設ごとに数名が配置され,施設訪問時に必ず1名以上は学生たちに随行する.施設担当教員は,交流開始前には学生の提出した自己課題を読み,交流学習中は学生の行動を観察して記録するとともに,日々の日誌を読み,学生に形成的評価を行う.さらに,交流学習終了後の報告会では,発表内容などについてフィードバックを行う.交流学習開始当初は,高塚人志の著書1) を参考にして事前に担当教員間で協議したコミュニケーションにおける注意点をもとに,学生とパ一トナーとの交流を観察し,各教員の観点で形成的評価を行っていた.しかしながら,各施設における教員による学生の評価をより客観的に評価し,より適切なフィードバックを行うために,改訂薬学教育モデル・コアカリキュラムに準拠した学内カリキュラム改定時に,観察記録,日誌,報告会(振り返り発表),報告書ごとにルーブリック(表2)を作製し,評価を行う形式にしている.なお,ルーブリックは初回のオリエンテーション時に学生に配布し,周知している.
3.ルーブリック交流学習での学生の評価は,一般的な知識修得の科目とは異なり,試験によって合否を判断することを目的とするのではなく,教員による学習進行中の随時の形成的評価の積み重ねで,学生を合格ラインまで高めることを目的とした.
交流学習の観察記録ルーブリックは,「学生自身が,交流学習の目的を意識して自己評価する」こと,「各教員間,施設間における評価のばらつきや格差が出ないようにし,教員が学生に適切なフィードバックをする」ことを目的として作成した.このルーブリックを用いて教員は交流状況を観察し,学生の成長が不十分な場合には行動が変わるよう,交流学習終了時には全学生が指標3以上に到達するよう,教員が働きかけることを義務化した.さらに,学生に特徴的な行動や改善点があった場合には,可能な限りその学生に早期に「ほめる」フィードバックをして,その内容は記録して,最後の交流学習の報告会(振り返り)の際に,学生一人一人にコメントした.
日誌,報告会(振り返り発表)および報告書のルーブリックは,日誌を「自分の言動について振り返り,自分の成長や気づき(できたこと,感じたこと)について考える」ことができるような指標として作成した.また,日誌では観察記録ルーブリックの自己評価を行い,最高である評価「4」には「次回の交流学習に向けての目標について考える」ことが必要であることを記載した.
ルーブリックを利用して,施設担当教員は,学生の行動の観察記録,日誌の記載内容において良かった点や改善点があった場合はその都度,また,交流学習のまとめや報告会(振り返り発表)においても学生がひとつでも多くの気づきができるようフィードバックする.さらに,学生へのフィードバックでは教員は,「自分の成長」や「できるようになったこと」などの学生の言動を受け止め,認め,学生をほめて,これにより学生が自尊心・肯定感を育めるよう心掛けている.
交流学習 観察記録 | |||
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4 | 3(合格ライン) | 2 | 1 |
パートナーと言語的コミュニケーションだけでなく非言語的コミュニケーション(表情,声,身振り手振り)を利用して対話できているだけでなく,施設全体の人との関係を意識して行動している. | パートナーと言語的コミュニケーションだけでなく非言語的コミュニケーション(表情,声,身振り手振り)を利用して対話できる. | パートナーのペースに合わせて会話ができている. | パートナーと交流(意思の疎通)しようと試みている. |
注)* ・このルーブリック評価は,施設随行の教員が参加学生を観察する際の評価基準です.8回のパートナーとの交流状況を観察し,学生の成長が不十分な場合には,その学生に声掛けをして,行動が変わるように働きかけて下さい. ・学生に特徴的な行動があった場合には,できるだけ当日ほめてください.その内容は記録して,最後の振り返りの際に,学生一人一人にコメントしてください. ・以上,途中での形成的評価により,交流学習終了時には全学生が指標3以上になるように働きかけてください. |
* 注)の記載事項は,教員用であり,学生配布のルーブリックには記載していない.
交流学習日誌の評価 | |||
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4 | 3(合格ライン) | 2 | 1 |
パートナーおよび自分の行動を振り返り,コミュニケーションやホスピタリティーに関する自分の成長や気づきが記載されており,次回に向けての建設的な改善案(計画)が示されている. | パートナーおよび自分の行動を振り返り,コミュニケーションやホスピタリティーに関する自分の成長や気づきについて記述されている. | 自分の行動を振り返り,コミュニケーションやホスピタリティーに関する自分の成長や気づきについて記述されている. | コミュニケーションやホスピタリティーに関する発言がなかったが,自分の行動を振り返り,自分の成長や気づきについて記述している. |
交流学習 振り返り発表の評価 | ||||
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5 | 4 | 3(合格ライン) | 2 | 1 |
自分の行動を振り返り,コミュニケーション及びホスピタリティーに関する自分の成長や気づきについてポジティブに発言した. | 自分の行動を振り返り,コミュニケーション及びホスピタリティーに関する自分の成長や気づきについて発言した. | 自分の行動を振り返り,コミュニケーション又はホスピタリティーのいずれかに関する自分の成長や気づきについて発言した. | コミュニケーションやホスピタリティーに関する発言がなかったが,自分の行動を振り返り,自分の成長や気づきについて記述している. | 自分の成長や気づきについて発言がなかったが,自分の行動を振り返り記述している. |
コミュニケーション交流学習 報告書評価基準 | ||||
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5 | 4 | 3(合格ライン) | 2 | 1 |
自分の行動を振り返り,コミュニケーション及びホスピタリティーの両方に関する自分の成長や気づきについてポジティブな内容が記述されている. | 自分の行動を振り返り,コミュニケーション及びホスピタリティーの両方に関する自分の成長や気づきについて記述されている. | 自分の行動を振り返り,コミュニケーション又はホスピタリティーのいずれかに関する自分の成長や気づきについて記述されている. | 自分の行動を振り返り記述されている. ※コミュニケーション及びホスピタリティーに関する記述がない. |
自分の行動を振り返り,自分の成長や気づきについて記述されている. ※自分の成長や気づきについて記述がない. |
交流学習後,独自にアンケート調査を実施し,学生からのフィードバックを受けている.このアンケート調査では,アンケートの回答の有無や回答内容は成績に関与しないことを学生に説明・周知したうえで,無記名かつ自由意志での回答を求めている.
各施設に引率した担当教員が観察したことの中に,1回目の交流学習では,学生たちは初対面のパートナーとの関わりで,緊張しているためとパートナーとの距離感がよくわからないためか,互いに自己紹介をするものの会話が続かず,ぎこちない関係であることが多いということがあった.しかし,交流学習の回を重ねるごとに声の大きさや目線の高さに気をつけ,自分中心ではなく相手を中心に考えた行動ができるようになっていき,交流学習後半では「おねえちゃん,おにいちゃん」と甘えてくる幼児や,「~さん」と呼び掛けてくる高齢者の態度変化に合わせるように,学生たち自身が笑みを浮かべてコミュニケーションを取ることができるようになったという観察内容が多く聞かれた.また,手遊び,折り紙,パズルなどを学生とパートナーが一緒にすることにより,スキンシップも増え,パートナーとの関係性が深まるとともに,非言語的コミュニケーションも自然に活用できるようになってきたという意見も聞かれた.
このような学生たちの行動変化に,担当教員は気づき,ほめることを観察の主眼とし,ルーブリック(表2)を用いて評価している.また,日誌の記載内容に関しても,その都度学生にフィードバックし,次回の交流学習に向けて改善するように努めている.次に学生の日誌と教員のフィードバックの例を示す(図2).
図2-1は学生Aとある幼児との交流学習の例で,初回の日誌では「少し内気な子のようで名札づくりの時にはあまり目を見てくれなかった…」と書いており,少し不安がみられた.施設担当教員は,交流の様子を観察して,パートナーの変化に気づき3回目の交流学習後,「交流するようになってパートナーの笑顔が増えたね!」と担当教員がフィードバックしたところ,学生Aは「嬉しい!自信をもって交流できる!」と答え,8回の交流終了後の交流学習のまとめでもこの教員の声掛けに対して「すごく嬉しかった」と書いている.また,良好な関係が築けたことがわかるコメントもあった(二重下線部).この事例は,良かった点をほめることにより,学生が自信をもって交流ができた例である.
日誌紹介(学生A,保育施設)
図2-2は学生Bと別の幼児との交流学習の例で,学生自身が苦労して頑張った事例である.初回の日誌では「はずかしいのか何を言っても返事があまり返ってきませんでした」と書いている.施設担当教員は,パートナーとの交流がうまくいかないけど頑張っている学生をみて「苦労しているようだけど,笑顔で頑張っているね.パートナーのことは保育園の先生が良く知っているから,相談してみたら?」と学生Bにフィードバックした.4回目の日誌には,学生が保育園の先生に相談したことについて書かれており,相談することにより,パートナーのことを知ることができ,自分が嫌われていると思っていたがそうでなかったことがわかり,前向きに取り組むコメントが書かれている(二重下線部).8回目の交流では,顔を伏せた学生たちの中から幼児が自分のパートナーである学生を探してプレゼントを渡すプログラムがありました.このときの様子をみて施設担当教員は,「プレゼントを渡すとき,パートナーの子は顔を伏せているみんなの中から,すぐに○○さんを見つけて駆けつけていたよ.自分のお姉ちゃんだと思ってくれたんだよ!」と学生に伝え,8回目の日誌では,辛いこともあったけど,交流学習に行ってよかったとコメントしている(二重下線部).このように,パートナーとの交流がうまくいっていないと感じている学生に対しても,適切なフィードバックを行うことにより,学生がプラス思考を持つことができている.
日誌紹介(学生B,保育施設)
図2-3は,学生Cとある高齢者との交流学習の例である.6回目の日誌でパートナーとの会話から「私たちが来るのを楽しみにしてくださっている」ことを知り,「感謝する気持ち」が持てていることがわかる.8回目には,日誌には書いていないが「私の側にいてくれて,ありがとう,仲良くしてくれて,ありがとう!」とパートナーの方から言葉を頂き,涙している.また,8回の交流終了後の交流学習のまとめでは「人任せだった私が行動を積極的に動けるようになった」とコメントしている.学生Cは,交流学習を通じて,待ってくれている人がいること(6回目),感謝し,受け入れてくれる人がいること(8回目)に気づき,自己肯定感を掴み,行動変容できたこと(交流学習のまとめ)がうかがえた.
日誌紹介(学生C,高齢者施設)
3つの事例を示したが,学生が頑張って取り組み成長していること,そして,コミュニケーション教育においては,学生の成長や心の変化(自己肯定)を促すために,教員の客観的な観察と適切なフィートバックが効果的であり,必要であると言える.
2.アンケート評価交流学習後には独自にアンケート調査を実施している.これまでに2007および2008年度の解析結果について報告している2).本稿では,2019年度の履修生117名中に配布して回収した有効回答数110名分(保育施設:n = 104,高齢者施設:n = 6)のアンケート調査の一部について考察する(表3).
質問項目 | 選択肢 | 回答率(%) | ||
---|---|---|---|---|
全体(n = 110) | 保育施設(n = 104) | 高齢者施設(n = 6) | ||
1.交流学習はあなたにとって満足したものでしたか | 非常に満足 | 90.9 | 93.3 | 50.0 |
やや満足 | 9.1 | 6.7 | 50.0 | |
やや不満 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
全く不満 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
2.自分の言動を振り返る機会になったと思いますか | 大いにそう思う | 88.2 | 89.4 | 66.7 |
ややそう思う | 11.8 | 10.6 | 33.3 | |
あまりそう思わない | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
全くそう思わない | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
3.相手にとってあなたは役に立ったと思いますか | 大いにそう思う | 60.9 | 60.6 | 66.7 |
ややそう思う | 38.2 | 38.5 | 33.3 | |
あまりそう思わない | 0.9 | 1.0 | 0.0 | |
全くそう思わない | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
4.あなたは相手に喜んでもらうことができたと思いますか | 大いにそう思う | 73.6 | 73.1 | 83.3 |
ややそう思う | 26.4 | 26.9 | 16.7 | |
あまりそう思わない | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
全くそう思わない | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
5.相手に優しい気持ちをもって交流できたと思いますか | 大いにそう思う | 89.1 | 89.4 | 83.3 |
ややそう思う | 10.9 | 10.6 | 16.7 | |
あまりそう思わない | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
全くそう思わない | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
6.感謝する気持ちを持って交流できたと思いますか | 大いにそう思う | 90.9 | 91.3 | 83.3 |
ややそう思う | 9.1 | 8.7 | 16.7 | |
あまりそう思わない | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
全くそう思わない | 0.0 | 0.0 | 0.0 |
対象学生117名,アンケート配布116枚中の有効回答数110名
「交流学習はあなたにとって満足したものでしたか」についての「非常に満足」,「やや満足」,「やや不満」,「全く不満」の4件法による回答結果は,学生全体では,91%が非常に満足,9%がやや満足と答え,やや不満,非常に不満と回答した学生はいなかった.幼児と交流した学生は,93%が非常に満足,7%がやや満足と答えており,不満だとする学生はいなかった.高齢者と交流した学生を見てみると,50%が非常に満足,50%がやや満足と答えており,不満だとする学生はいなかった.このことから,ほとんどの学生が概ね交流学習に満足していることがわかった.交流学習への満足度の理由としては,「貴重な体験ができた」,「コミュニケーションの学習ができた」,「交流が楽しかった」などに関連する意見が多く,なかには,「新たな自分へ一歩進めるような交流学習であったから」,「自分に自信がついたから」などの意見もあり,交流学習により自身を観察し,ポジティブな変化や成長を感じるきっかけとなったようである.
「交流学習は自分の言動を振り返る機会になったと思いますか」についての「大いに思う」,「やや思う」,「あまり思わない」,「全く思わない」の4件法による回答結果は,学生全体では,88%の学生が大いに思う,12%がやや思うと答えた.あまり思わない,全く思わないはいなかった.保育施設では,89%が大いに思う,11%がややそう思うであった.また,高齢者施設では,67%が大いに思う,33%がやや思うであった.異世代との交流を通して学習しながら,同時に自身の言動を振り返る機会となった学生が多い結果となった.
また,交流学習の目標に関わる項目について「大いに思う」,「やや思う」,「あまり思わない」,「全く思わない」の4件法による回答で調査した.「相手にとってあなたは役に立ったと思いますか」では,学生全体のうち,61%が大いにそうに思う,38%がややそう思う,1%があまりそう思わないと答え,全くそう思わないはなかった.保育施設では,大いに思うと答えた学生は61%で,やや思うは38%,あまり思わないは1%であった.高齢者施設は,大いに思うと答えた学生は67%で,やや思うは33%であった.この結果から,多くの学生が,幼児や高齢者との交流において訪問の度にパートナーとの交流が深まることにより,学生自身が相手の役立ったと感じた「役立ち感」を掴んでいると考えられる.このように「役立ち感」を感じることは,自分の存在に自信を持つことができるようになるため,自己肯定感を培うために重要である.
「あなたは相手に喜んでもらうことができたと思いますか」では,学生全体のうち,74%が大いにそうに思う,26%がややそう思うと答えた.あまりそう思わない,全くそう思わないはいなかった.大いに思うと答えた学生は,高齢者施設83%,保育施設73%であり,前述の「役立ち感」とともに「喜んでもらえた」と感じる人が半数以上と多かった.やや思うと答えた学生を加えると,100%が喜んでもらえたと思っている.パートナーと笑顔で楽しく交流でき,良い人間関係を築くことができたと考えられる.また,「相手に喜んでもらうことができた」と思う高い回答率が,先の項目の「役立ち感」の結果に繋がっているといえる.
「相手に優しい気持ちをもって交流できたと思いますか」では,学生全体のうち,89%が大いにそう思う,11%がややそう思うという回答だった.高齢者,保育施設ともに,すべての学生が優しい気持ち(ホスピタリティ)をもって交流できたと思っている.どのように接すれば喜んでもらえるのか,どのような話をすれば喜んでもらえるかなど,学生が試行錯誤しながらでも,一生懸命にパートナーのことを考えることができる優しい自分に気づいた結果だと考えられる.
「相手に対して感謝する気持ちをもって交流できたと思いますか」では,学生全体のうち,91%が大いにそう思う,9%がややそう思うであった.あまりそう思わない,全くそう思わないという回答はなかった.交流学習を振り返ったとき,初回にはお互いが戸惑っていても,交流を重ね関係が深まるなかで,自分を受け入れてくれる,楽しみに待っていてくれるパートナーの存在が感謝の気持ちに繋がったと考えられる.
以上のように,ほとんどの学生が概ね交流学習に満足し,「相手に役に立つことができた.」,「自分がパートナーに対して優しい気持ちを持てた.」ことがわかった.また,自由記載のアンケート項目では,学生たちは交流学習を通して気持ちの持ち方や言動などが変化した自分に気づき,自分の内面を見つめて新しい自分を発見していた.この交流学習において,相手を思いやることや非言語的コミュニケーションの大切さ,そして役立ち感など様々な気づきを得て,学生たちは行動変容に成功している.
施設担当者の方々から頂いた意見(表4)からも,これまでの交流学習において学生たちがパートナーを思いやり,心に寄り添ったコミュニケーションが取れるようになったことがうかがえた.また,「子ども1人ひとりの成長を学生の皆さんと一緒に感じ取り,喜び合えたことをとてもうれしく思います」(保育施設),「利用者様にも,変化が見られてきました.」(高齢者施設)などの意見もあり,交流学習では学生たちが成長するだけでなく,受け入れ施設のパートナーにも良い変化があることがわかった.このことから,人と人との関わりは,心の成長を促し,ポジティブな思考を持つために重要であることを改めて認識することができたと考えられる.
保育施設 | 高齢者施設 | |
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コミュニケーションに関する意見 | ・子どもの心をしっかり開いてくださってありがとうございました. ・子どもたちを心からしっかりと受け止め,接して下さった学生の皆さんに感謝の気持ちで一杯です. ・学生さんたちが子どもの事を真剣に考え大切に思って下さっているのがひしひしと伝わってきました. |
・相手の様子に合わせる,相手を理解しようとする,そんな寄り添う感じが出ていたように感じました. ・傾聴すること,非言語的コミュニケーションの重要性,相手を知ろうとすること,また相手の気持ちを考えての対応することが自然に行動できていた. |
パートナーの変化に関する意見 | ・子ども1人ひとりの成長を学生の皆さんと一緒に感じ取り,喜び合えたことをとてもうれしく思います. ・集団に入れなかった子が,集団の中で活動できるようになった ・殆どおしゃべりをしなかった子が自分の思いを伝えられるようになった ・あまり笑顔を見ることのない子が,すっごく嬉しそうに交流している姿がみれた |
・入居者の方は,若い方の力になれることを喜びに感じておられます. ・利用者様にも,変化が見られてきました. 毎回楽しみにされている方 お洒落をされる方 会話を準備される方 学生さんと会話をして元気をもらっている方 |
コミュニケーション交流学習を実施し,そのアンケート結果から交流学習の行動目標に,学生たちのほとんどが到達することができていると考える.学生たちは,パートナーが待ってくれていることに「役立ち感」を実感し,感謝の気持ちをもって自分も優しくなったり,パートナーの心の温かさに触れて,相手の立場に立って考えることができるようになったりして,ホスピタリティが醸成されていると思われる.また,学生たちは,非言語的コミュニケーションの大切さを知り,表情やしぐさから相手を理解しようと努力するとともに,より信頼された人間関係を創造するためには先入観を持たないで相手を知り自分を伝えることの重要性を理解してきていると考えられる.このことから,コミュニケーション能力の向上もできているといえる.幼児や高齢者との継続的な交流学習を考えると,学生のホスピタリティをともなったコミュニケーション能力を培うために効果的な教育プログラムであると考える.
最後に,繰り返しになるが,本教育プログラムにおける目的である学生のホスピタリティやコミュニケーション能力を培うことを達成するためには,担当教員による観察と適切なフィードバックが重要である.著者自身も担当教員として学生の交流の様子を観察し,学生の指導をしてきた.学生がパートナーに寄り添い互いに笑顔で交流をする姿をみて,「こんなことができるんだ」と学生の新たな一面を発見して,変化があれば「すごいなできるじゃん」とほめることを心掛けてきた.また,交流がぎこちない場合などは,「こうしてみたら」などのフィードバックをかけてきた.フィードバックにより,交流がうまくいったケースもあれば,それでもなかなか改善されないケースもあった.どの様なケースにおいても,学生たちは真剣にパートナーに悩みながらも向き合い取り組んできた.最後の報告会ではパートナーとの関わりを振り返り,思い出し,その経験を笑顔で語る学生,思いを熱く語る学生,なかには感極まって涙しながら語る学生,様々な学生がいたが,どの学生もできるようになった自分に気づき,交流学習をやってよかったなどの発言があった.このような学生の成長を肌に感じることができるコミュニケーション交流学習は担当教員にとっても良い刺激になった.特に,交流を観察し,学生の思いを受け止め,どの様にフィードバックすれば学生に伝わり,助けになるのか,と考え行動することは,著者自身の成長に繋がったと実感している.2020年度現在,新型コロナウイルス感染症の影響で各施設での交流学習が実施できない状態であるが,実施不可を知って交流学習を体験した上級生からは残念だという意見も聞くことができた.今後もこのコミュニケーション交流学習を継続的に実施し,学生とともに成長できればと考えている.
これまでに交流学習にご協力いただきました社会福祉法人加茂福祉会・なかよしこども園,社会福祉法人白梅会・御幸南保育所,社会福祉法人八葉会・大門未来園・今津未来園,社会福祉法人まるいち会・ひまわり保育園,株式会社メディカジャパン福山ケアセンタ一・そよ風,社会福祉法人天和会身体障害者療護施設・ローズ東村,医療法人社団涼風会・デイサービスセンター・帆かけ舟,特定施設入居者生活介護・ゆーとぴあ,医療法人社団城山会・石井内科胃腸科医院・デイサービス城山のスタッフの皆様,またパートナーになって頂いた方々に深く御礼申し上げます.また,交流学習の担当教員として実施にご協力いただきました多くの本学薬学部の先生方に深く御礼申し上げます.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.