2022 Volume 6 Article ID: 2021-017
福岡大学薬学部では入学後にリメディアル教育を実施している.2014年度入学者が卒業に至るまで追跡した成績データと,アンケート調査の結果を解析することで,これまで明らかになっていなかった本学における生物リメディアル教育の長期的な効果を検証した.成績解析の結果,リメディアル教育の受講により,入学時に実施したプレイスメントテストIで見られた学力差は早期に解消し,その効果は卒業時まで維持された.またアンケート調査結果から,リメディアル教育開始時には回答者の65%が抱えていた生物に対する苦手意識の改善につながったことが分かった.さらに第105回薬剤師国家試験の合格率は非受講者と比較し,受講者の方が高かった.これらの結果から,リメディアル教育の受講により早期に生物への苦手意識を取り除くことは,学生が薬学を学ぶ上で,卒業に至るまでの長期にわたる学修意欲の維持・成績向上に寄与することが示唆された.
The Faculty of Pharmaceutical Sciences at Fukuoka University examined the effects of a remedial biology course provided to first-year pharmacy students after program admission in 2014. The academic results of students who had enrolled in the program and took the 105th National Examination for Pharmacists were tracked throughout the six years. After one semester, the results showed no difference in biology test results between students who took the remedial course and those who did not need to take it. The course closed the academic gap observed after the placement test at the time of admission and maintained those results up to the participants’ graduation. A questionnaire, also given to participants, revealed an improvement in students’ understanding of biology despite 65% of the respondents initially struggling with biology before taking the remedial course. In addition, the pass rate for the 105th National Exam was higher among the course participants than for those who did not take the course. This study suggested that early intervention with the remedial course improved and maintained student motivation until graduation.
近年入試形態の多様化による入学時の学力差1,2) を解消するため,各大学においてさまざまなリメディアル教育が実施されている.文部科学省はこのリメディアル教育を「大学教育を受ける前提となる基礎的な知識等についての教育をいう.補習教育とも呼ばれる.」3) と定義している.福岡大学薬学部では,本学の入試形態により高校理科に未履修の科目がある学生も入学するため,薬学教育支援センター(以下支援センター)にて入学後に薬学部で学ぶ内容の理解に必要不可欠と思われる分野に限定した補習を実施している.他に “大学での講義の成績不良者に対して実施する大学講義の補講・復習” としてのリメディアル教育を実践している例4) があり,支援センターにおいても1年次生へのリメディアル教育以外に,4年次生及び6年次生の成績不良者に対する学習支援を同時に行っている.
これまでにリメディアル教育の必要性が述べられ5),1年次の定期試験結果等を用いてリメディアル教育の有効性を示唆する報告があるが6,7),その長期的な効果に関しては明らかになっておらず,薬学部入学者の目標の1つである薬剤師国家試験の合否への影響を確認した報告はまだない.そこで今回,入学後早期のリメディアル教育による正課外での学習支援が,卒業に至るまでの経過及び薬剤師国家試験結果にどのような効果をもたらすのか長期的な影響を検証するために,支援センターが2014年度入学者に実施した生物リメディアル教育(以下リメディアル教育)に焦点を当てた.リメディアル教育受講者の6年間にわたる成績の経時的推移とアンケート調査結果を分析し,入学後早期の苦手意識の克服が卒業までの学修意欲や成績の維持・向上につながるのかを確認するとともに,今後目指す新たな学修プログラムの確立へと発展させることを目的とする.
2014年度入学者に対して,5~7月の週1回,6限目(正課外)に90分 × 8回の補習を実施した.テキストとして,薬学ゼミナール発行の薬ゼミリメディアル参考書「生物」を指定し,その内容に準拠した.
入学直後に実施したプレイスメントテストI(薬学ゼミナール)の生物の結果でE判定(全国総合順位下位20%以下)であった学生と,プレイスメントテストI欠席者をリメディアル教育の対象者とした.40名の対象者のうち9割以上が高校生物未履修であったため,“薬学分野における生物” を理解する上で必要な語句や基本的な事項の説明を中心に授業を行った.リメディアル教育では,初めから生物の専門用語を用いることは極力控え,用語を日常的に使用している身近な物に例えながら理解しやすいように説明した(表1).またリメディアル教育終了日にはアンケート調査を実施した.
| 内容 | テキストに出てくる用語 | リメディアル教育で使用した例え |
|---|---|---|
| 基本的語句の説明 (パターン1) |
DNA | 線路 |
| 遺伝子 | 駅 | |
| エキソン | 駅のホームで電車が停まり,人が乗降に使用する部分 | |
| イントロン | 駅のホームで乗降には使用しない部分 | |
| 基本的語句の説明 (パターン2) |
DNA | SDカードやUSBメモリーなど(物質) |
| 遺伝子 | SDカードに入っている自分が必要な写真や音楽などのデータ(情報) | |
| ゲノム | 写真や音楽など自分が必要なデータ(=エキソン)以外にも,SDカード上には正常にデータを管理するために必要な情報(=イントロン)がある.それらも含めたSDカード上の全ての情報 | |
| 細胞分裂の説明 | DNA | お気に入りの漫画本全巻(23巻),ヒトの場合両親からそれぞれ全巻セットを譲り受けており,23巻を2セット持っている |
| 染色体 | 1巻ずつ,ヒトの場合同じ巻が2つずつある | |
| 遺伝子 | 1ページずつ | |
| 染色体の番号 | 各巻ページ数が異なるので,多いものから1巻としている | |
| エキソン | 文字や絵など情報があるページ | |
| イントロン | 巻頭や巻末,各章の間にある白紙のページ |
リメディアル教育受講の影響を以下の成績を用いて評価した.リメディアル教育受講後の早い段階(1,2年次)での評価には,シラバスの内容から高校生物の履修が講義内容の理解に関係すると考えられる1年次前期開講科目「薬学生物学入門」(科目A)と「生体機能分子学I」(科目B),2年次前期開講科目「人体生化学I」(科目C),2年次後期開講科目「人体生化学II」(科目D)の4科目の定期試験成績を用いた.途中経過と長期的な影響の確認には,4年次生の10月に実施したCBT対策全国統一模擬試験II(薬学ゼミナール)と6年次生の2月に実施した全国統一模擬試験III(薬学ゼミナール)における生物の得点率を用いた.卒業時のデータとして,第105回薬剤師国家試験の合否結果を用いた.
リメディアル教育への参加回数が全8回中3~8回であった34名の対象者を “受講者” とした.参加回数が0~2回であった6名の対象者は,“非受講者” に含めた.卒業時までに留年・退学・除籍・転科に伴い学生数が変化する影響を除外するため,成績推移の解析に関してはストレート卒業した学生(受講者:28名,非受講者:158名)のデータを使用した.統計解析はWilcoxonの順位和検定(統計解析ソフトIBM SPSS Statistics)で行い,統計学的有意水準は全て5%に設定した.
学修意欲の低下・欠如に関する影響は,2014年度入学者全員のデータを使用し,受講者(34名)と非受講者(199名)それぞれの退学・除籍・転科,留年,卒業延期となった学生の割合を比較した.
2)アンケート調査の分析リメディアル教育終了日に,授業内容に関する6項目(Q1~Q6)と授業環境・教員・学生に関する6項目(Q7~Q12)の計12項目に対し,1.とても当てはまる・とてもそう思う,2.やや当てはまる・ややそう思う,3.どちらともいえない・どちらとも思わない,4.やや当てはまらない・ややそう思わない,5.全く当てはまらない・全く思わない,の中から該当するものを選ぶ5件法を用いた設問と,3項目の自由記述(Q13~Q15)によるアンケートを実施した(表2).このうち,生物への苦手意識の変化を評価する項目として4項目(Q3~Q6)を選択し,肯定的回答(1 + 2)の割合で分析を行った.
| Q1 | この講義の内容は高校までの知識で知っていることがありましたか? |
| Q2 | この講義の内容と大学に入学してから他の講義で学習している内容との重複はありましたか? |
| Q3 | 大学受験時や入学時に大学のシラバスを見て生物の内容と関連する科目への苦手意識はありましたか? |
| Q4 | Q3の苦手意識はこの講義内容で改善しましたか? |
| Q5 | この講義の内容で関連項目への理解は深まりましたか? |
| Q6 | この講義を受講して,薬学部における生物分野の必要性を感じましたか? |
| Q7 | 講義の時間,回数は適切でしたか? |
| Q8 | テキスト(薬ゼミ リメディアル参考書)は適切でしたか? |
| Q9 | 講義のスピードや1回分の内容量は適切でしたか? |
| Q10 | スライドや板書の使用は適切でしたか? |
| Q11 | 声の大きさ,速さ,話し方は適切でしたか? |
| Q12 | あなたはこの講義に対する予習・復習を行いましたか? |
| Q13 | この講義で分かりやすかった点や内容,良かった点 |
| Q14 | この講義で分かりにくかった点や内容,改善点 |
| Q15 | その他(リメディアルの講義に関する内容に限る) |
アンケート回収率は58%であり,対象者の半数以上から回答が得られた.
なお,4年次生及び6年次生に支援センターが実施している学習支援の対象者には,苦手科目と苦手になった時期を問う内容を含むアンケート調査を行っている.リメディアル教育受講者のうち,4年次及び6年次で学習支援対象となった学生は,その際に得た苦手科目に関する回答についても調査した.
アンケート調査により得られた回答はMicrosoft Excelを用いて単純集計した.
3.倫理的配慮本研究は福岡大学研究推進課倫理審査委員会の承認を得ている(許可番号:21-03-03).本研究に使用したアンケート調査は,当初その実施目的が研究ではなく教育改善であったため,本研究開始前に本学薬学部ホームページにて本研究に関する情報公開を行い,対象者が協力を拒否できる機会を設けた.成績データやアンケート調査結果は匿名化した上で本研究に利用した.
プレイスメントテストIの生物における平均得点率は,非受講者が74%であったのに対し,受講者では38%であり,約2倍の差が生じていた.リメディアル教育終了直後の7月下旬に実施した1年次開講科目AとBの定期試験,2年次開講科目CとDの定期試験,4年次生のCBT対策全国統一模擬試験II及び6年次生の全国統一模擬試験IIIの生物における受講者と非受講者の平均得点率に,科目Aを除き有意差は認められなかった(図1a).

成績データの解析結果.科目A,B:1年次開講科目,科目C,D:2年次開講科目.受講者:n = 28,非受講者:n = 158.(a)各試験での受講者と非受講者の平均得点率 ± 標準偏差の比較.(b)科目Aの得点構成比の比較.
有意差が認められた科目Aに関しては,高得点層(86点以上)の学生の割合は非受講者よりも少なかったが,受講者全員が71点以上得点し,単位認定を受けた(図1b).プレイスメントテストIでA~D判定であった各集団の科目Aにおける高得点層の割合は,A判定で92%,B判定で69%,C判定で65%,D判定で46%であり,非受講者のうち入学時に高校生物の知識が十分であった学生が科目Aの高得点層に多く存在していたことが分かった.そこで,プレイスメントテストIの結果が受講者に最も近いD判定(全国総合順位下位21%以上50%以下)であった学生に限定して,受講者と比較したところ,科目Aの平均得点率に有意差は認められなかった.
受講者の第105回薬剤師国家試験合格率は77%,不合格率は6%であった.一方,非受講者の合格率は68%,不合格率は12%であった.標準修業年限卒業率は,受講者が82%,非受講者が79%であり,退学・除籍・転科となった学生は,非受講者では6%存在したが,受講者にはいなかった(表3).一方で6年次生への進級時までに留年となった学生(留年あり)の割合は,非受講者が8%であったのに対し,受講者は12%であった.
| 受講者(n = 34) | 非受講者(n = 199) | |
|---|---|---|
| 国家試験合格 | 77% | 68% |
| 標準修業年限卒業 | 82% | 79% |
| 卒業延期 | 6% | 7% |
| 留年あり | 12% | 8% |
| 退学・除籍・転科 | 0% | 6% |
補習終了日アンケートで苦手意識の変化を評価する項目Q3~Q6への肯定回答率は,Q3は65%,Q4は52%,Q5は56%そしてQ6は91%であった(図2).

リメディアル教育終了日アンケート調査結果
自由記入欄には,「DNAなど生物を履修していなかった人が分かりにくい物に例えを用いて説明してくれたので,未知の物をスムーズに理解する事が出来た.」など専門用語を身近なものに例えて説明したことに対して好意的な意見があった.
受講者34名のうち,4年次で支援センターの学習支援対象者となった学生は5名,6年次では1名(4年次での対象者と重複)であった.これら5名の学生は4年次及び6年次での学習支援開始時に行ったアンケート調査で,苦手意識のある科目に生物をあげ,4名は苦手意識が生じたのは入学前から1年次までの期間であった.
これまで,薬学部におけるリメディアル教育の長期的な影響については明らかになっていなかったが,6年間にわたる成績の経時的推移とアンケート調査結果の分析により,リメディアル教育の効果は低学年次での学力差解消に留まらず,学修意欲の低下・欠如を未然に防ぎ,退学・除籍・転科となる学生を減少させ,さらには6年間の成績維持につながり,学生を薬剤師国家試験合格へと導けることが確認できた.
今回解析した成績データの中で,科目Aのみ受講者と非受講者の平均得点率に有意差が認められた.プレイスメントテストIでA~E判定であった各集団の科目Aの平均得点率は,A判定で87%,B判定で86%,C・D判定で85%,E判定(受講者)で83%であったことから,科目Aの理解には高校生物の履修状況が反映されることが推測される.加えてシラバスには「履修する上で高校生物の教科書に記載されている知識をもっておくことが望ましい」との記載があり,リメディアル教育ではこの科目の理解ができるように進行しているが,短期間で必要最低限の知識は得られたものの,限られた時間と範囲の実施では,より多くの知識をより深く習得し,高得点を取るレベルにまでは到達できなかったのかもしれない.プレイスメントテストIでD判定の学生と受講者の平均得点率には有意差が認められなかったことから,プレイスメントテストIでA~C判定の成績上位者が得点したレベルには到達できなかったものの,約2か月でD判定の学生の生物に関する学力まで到達したことが分かる.高校で未履修の科目がある学生は,その科目に関連する大学での講義が開始された直後から,レベルの高い講義内容についていけるか不安を抱えるケースが多い.リメディアル教育は,その不安を軽減し,まずは1年次前期開講科目の単位を修得することで自信を持たせ,以降の学修意欲の低下を防止することが目的の1つである.科目Aでは,平均得点率に有意差が認められたものの,受講者全員が単位認定を受けることができたため,リメディアル教育の効果はあったものと解釈できる.
科目A以外は,平均得点率に有意差が認められなかったことから,プレイスメントテストIの結果で見られた受講者と非受講者の明らかな生物の学力差は,入学後早期の1年次前期期間内に改善され,その効果は卒業時まで継続した.標準修業年限卒業率や第105回薬剤師国家試験の合格率も受講者の方が高かった.過去に高学年次生の成績不良者に対して支援センターで行ったアンケート結果から,学習に苦手意識を持つ学生の87%は,大学2年次生以下の段階で特定の科目への苦手意識を生じていたことから,低学年次で科目に対する苦手意識を持つことは,その後の学修のみならず学業成績にまで影響を及ぼす可能性が高い.また,1年次での学修態度・意欲がその後の成績を左右する点で極めて重要であることが示唆されているように8),リメディアル教育により早期に苦手科目の克服を支援し,苦手意識を改善することは,その科目の成績向上だけでなく,薬剤師国家試験の合格といった長期的な効果にまで波及していることが示唆された.
アンケート結果から,リメディアル教育受講前は65%の回答者が生物に対して苦手意識を抱いていたが,受講により苦手意識が改善したとの回答が半数以上得られ,自由記入欄には説明に例えを用いたことに対する好意的な意見があった.高校生物未履修者は,入学後正課の科目で生物の専門用語が普通に使われることに戸惑い,語句の意味が理解できないため,内容全体を把握することができずに暗記だけに頼ってしまい,苦手意識を増大させていってしまうケースがよく見受けられる.リメディアル教育で,例えを用いた語句の説明に重点を置き,受講者の多くが抱いていた “生物=暗記” というイメージを変えることができるように心がけたことで,正課の科目での理解が進み,苦手意識の解消につながったものと考えられた.実際にQ5で56%の回答者においてリメディアル教育で扱った内容の関連項目への理解が深まっていることからも裏付けられる.91%の回答者が,リメディアル教育の受講により薬学部での生物分野の必要性を感じたことから,1年次前期の段階で他科目との関連性を説明しながら,薬学部で学ぶ上で苦手分野の克服は不可避であることを早期に認識させたことも,学修意欲の向上に効果的であったことが示唆される.
6年間という長期的な成績推移を,単にリメディアル教育の効果のみで説明することはできないが,リメディアル教育により,薬学を学ぶ上で必要となる基礎的な生物の知識を補完したことにより,正課の科目での履修内容がスムーズに理解でき,学修意欲の維持・向上につながったことが今回の結果を導いた一因であると分かった.
退学・除籍・転科となる学生には学修意欲の低下・欠如が背景にあることが多い.今回受講者の中には退学・除籍・転科となった学生はおらず,学修意欲の低下・欠如も防止することができた.しかし「留年あり」の割合で比較すると受講者の方が高く,高学年でも学習支援を必要とする学生が存在したことから,リメディアル教育受講により苦手意識が改善されなかった場合,高学年での成績不振につながる可能性があるという課題が浮上した.今後リメディアル教育終了後に他科目も含めた総合的なフォローができる体制を構築する必要がある.
後藤らの報告9) と同様に,リメディアル教育終了時には,本学でも多くの受講者が理解できることのおもしろさを実感し,リメディアル教育の継続を要望する声が聞かれる.このやる気をうまく活用することができれば,さらなる学力維持・向上をもたらすことが期待され,かつこれまで行ってきた短期間のリメディアル教育に留まらず入学時から継続して学習支援が実施できれば,リメディアル教育で得られる効果はより強固なものとなり,リメディアル教育受講だけではまだ苦手意識が残ってしまっている学生へのフォローも可能になる.2020年度からは低学年次から学生が継続して利用できる新たな学修プログラムの開発に着手している.これにより,今回明らかになったリメディアル教育の効果を十分に生かしながら,全学生を対象に早期から苦手意識を持たせず,学生が自発的に薬学への興味関心を持てるような環境づくりを行い,将来質の高い医療従事者として活躍できる薬剤師育成に貢献したい.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.