Japanese Journal of Pharmaceutical Education
Online ISSN : 2433-4774
Print ISSN : 2432-4124
ISSN-L : 2433-4774
Review Article
Current status and future prospects of ICT literacy education in pharmaceutics toward Pharma Tech utilization
Nobuyuki DoiTakashi Tomizawa
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 6 Article ID: 2022-005

Details
抄録

日本ではデジタル社会に向けて教育改革が行われているが,薬剤師に必要なICTリテラシー教育についても議論を深める必要がある.薬剤師・薬局の医療ICT化(薬局に特化したものをPharma Techと呼ぶ)の導入や活用は,薬剤師業務の中心がモノからヒトへと変化する中で,医療アウトカムの増大,医療サービスの向上,患者の利便性を高める上で不可欠となっている.医療者である薬剤師にとって単にPharma Techを使いこなすだけではなく,患者のUX(user experience)デザインを意識したPharma Techの活用が求められる.しかし,現状の薬剤師のICTリテラシー教育の中ではUXデザインを意識したものは皆無である.そのため,治療アプリは薬理学や病態生理学と,情報セキュリティーは関連法規と,SNSの活用はコミュニケーション学と,Pharma Techは調剤学と,というように既存科目の中にICTリテラシー教育を組み込み,その中でUXデザインを意識した教育を産学連携で行うことが重要と考える.

Abstract

In Japan, where education is being reformed toward the realization of a digital society, deeper discussions on ICT literacy education for pharmacists are needed. With a shift of pharmacist duties from objects to persons, the introduction and utilization of information and communication technology for pharmacists/pharmacists (specifically, that for pharmacies is called pharmaceutical technology: Pharma Tech) have become indispensable for better health outcomes, health services, and patient convenience. Pharmacists as health professionals are now expected not only to appropriately use Pharma Tech, but also to utilize it with an awareness of user experience (UX) design for patients. However, in current ICT literacy education for pharmacists, such an awareness is rarely observed. Therefore, it may be important to incorporate ICT literacy education into existing subjects, such as combining therapy applications with pharmacology and pathophysiology, information security with relevant laws and regulations, social networking with communication studies, and Pharma Tech with pharmaceutics, and provide it in these combinations through industry-academia collaboration.

はじめに

本著では,2021年8月21,22日に開催された第6回日本薬学教育学会大会において筆者らがオーガナイザーを務めたシンポジウム2「実社会より教育が遅れている? Pharma Tech教育の今後の課題」での議論に加筆する形で,薬剤師業務へのPharma Tech活用の側面から薬学におけるICTリテラシー教育の現状と未来について論点を整理したいと思う.その前に「Pharma Tech」の意味だが,これは薬局に関連するデジタル技術について示しており,PharmacyとTechnologyから筆者らが命名した1) ものである.

このシンポジウムでは,株式会社グッドサイクルシステムの遠藤朝郎氏,日本調剤株式会社の伊藤昌裕氏,高崎健康福祉大学薬学部の土井信幸(筆者),株式会社YOJO Technologiesの加藤智之氏の4人のシンポジストに登壇頂いた.

遠藤氏は大学院を卒業後,電子カルテの営業から電子薬歴開発会社で製品企画責任者を経て,株式会社グットサイクルシステムを設立し,システム設計から経営までに携わっている.伊藤氏は薬学部を卒業後,病院薬剤師,医療メディア企業での薬剤師向けコンテンツ制作,短期大学での非常勤講師等を経て,現職では従業員教育や社内の学術研究支援に携わっている.著者の土井は薬学部を卒業後,ドラッグストアや保険薬局を経て,現職では地域医療をテーマに教育・研究等に携わっている.加藤氏は6年制薬学部を卒業後,調剤併設型ドラッグストアや保険薬局を経て,現職では薬剤師としての知見を活かしながらWebエンジニアとしてオンライン薬局の開発・運営に携わっている.このシンポジウムでは,電子薬歴などのシステムベンダーであったり,社内や薬局のデジタル化の推進や薬剤師へのICT研修に携わっていたり,薬学部において学生の教育に携わる立場であったり,薬剤師としてオンライン薬局という新しい業態にWebエンジニアとしてチャレンジしていたりという幅広い領域に携わっている顔ぶれをお迎えした.

デジタル社会に向けた日本の教育改革と薬剤師に求められるICTリテラシーとは

国は「デジタル社会の基礎知識(いわゆる「読み・書き・そろばん」的な素養)」(以下,デジタル社会の基礎知識)である「数理・データサイエンス・AI」に関する知識・技能,新たな社会の在り方や製品・サービスをデザインするために必要な基礎力など,持続可能な社会の創り手として必要な力を全ての国民が育み,社会のあらゆる分野で人材が活躍することを目指している2).その中で2025年の実現を念頭に,「AI戦略2019」3) を基に以下の3つの具体目標を掲げている.

①文理を問わず,全ての大学・高専生(約50万人卒/年)が,課程にて初級レベルの数理・データサイエンス・AIを習得

②文理を問わず,数理・データサイエンス・AIを専門分野としない学生も含む一定規模の大学・高専生(約25万人卒/年)が,自らの専門分野への数理・データサイエンス・AIの応用基礎を習得

③大学・高専の卒業単位として認められる数理・データサイエンス・AI教育のうち,優れた教育プログラムを政府が認定する制度を構築,普及促進

これらの具体目標を達成するために「AI戦略2019」3) では,図1に示す人材レベルの育成を想定している.この人材レベルは上から,エキスパートレベル,応用基礎レベル,リテラシーレベルの3段階に設定している.エキスパートレベルの人材は,実課題にAIを活用してイノベーション創出に取り組む能力を有するものとして,大学院生や若手研究者の育成を想定している.応用基礎レベルは,大学の理工農系・医歯薬系学部及び人文社会系学部を念頭に,文理を問わず,数理・データサイエンス・AIの知識を,様々な専門分野へ応用する・活用することができる人材の育成を期待している.リテラシーレベルについては,全ての大学・高専生が身に付けるべきデジタル社会の基礎知識であるとされている.しかし,教員リソースの確保困難,ノウハウの蓄積不足等といった問題を抱えており,全ての大学等の学生に対してリテラシーレベルの数理・データサイエンス・AI教育を提供できる状態にまでは至っていない2).このように日本では初中等教育から高等教育に至る各所おいて数理・データサイエンス・AI教育の取り組みが始まったばかりである.

図1

「AI戦略2019」で想定される人材レベル2)

図1の人材レベルから考えると,薬剤師に求められるICTリテラシーのレベルは応用基礎レベルであり,シンポジストの遠藤氏も薬学部を卒業するまでに「ITパスポート」の資格を得るレベルになっていることが望ましいと述べている.ITパスポートとは,独立行政法人情報処理推進機構が運営する国家試験であり,職業人として備えておくべき,情報技術に関する共通的な基礎知識の習得を判定するための試験である.こうした国が示す教育改革の方向性やシステムベンダーの目線から薬剤師・薬学教育を見ている遠藤氏の意見を参考にすると,薬剤師がICT・AIを活用する上で求められるICTリテラシーのレベルやそのレベルを達成するために必要な教育の方向性が見えてくる.では,医療のデジタル化・ICT化の目的,恩恵,またその現状はどうなっているのだろうか?

医療のデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation: DX)

医療のDXは超高齢社会にある日本において,増大する社会保障費の抑制,生産年齢人口の減少に対応すべく,2014年に政府は成長戦略における健康・医療戦略の中で「世界最先端の医療の実現のための医療・介護・健康に関するデジタル化・情報通信技術(ICT)化」4) を提唱している.この中で医療・介護・健康分野のデジタル基盤の構築を速やかに進めるとともに,集めたデータの解析結果の利活用により,高品質かつ効率的な医療サービスを提供するモデルが示されている(図2).このモデルの実現には,常に進化し続ける最先端のデジタル技術を用いた医療環境の構築と刷新が求められる.こうしたデジタルの医療分野への活用により,昨今の医療のDXやデジタルヘルス(digital health)の推進に繋がっており,世界的な新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックとあいまって存在感を高めている.

図2

医療・介護・健康分野の情報化推進(総務省「ICTの利活用の促進」)4)

デジタルヘルスは,モバイル端末を含むICTを活用したあらゆる医療・介護・健康支援を指す.すなわち,医療ビックデータ,ゲノム情報,人工知能(AI),仮想現実(VR)など様々な医療・介護・健康分野におけるデジタル技術の利活用を包括する概念である5).WHOのガイドライン5) の中で医療関連のデジタル技術を示す場合にはデジタル医療と呼び,薬局に関連するデジタル技術を筆者らはPharma Tech1) と呼んでいる.そして,デジタル医療が目指す目的として,患者を治療する,健康増進に寄与する(一次予防を含む),臨床研究を行う,医療従事者を教育する,疾病の臨床経過を観察・評価する,一般・特定集団を対象に公衆衛生のモニタリングをするなどが挙げられる6).これらの目的を達成する手段として,オンライン医療,モバイルヘルス(ウェアラブルデバイス/生体センシングデバイス,デジタル療法),仮想現実(VR),拡張現実(AR),複合現実(MR),電子健康情報(HER),個人健康情報(PHR)などのデジタル技術がある7).Pharma Techもデジタル医療と同様にこれらのデジタル技術を活用し,医療アウトカムの増大,医療サービスの向上による患者満足度の向上,患者・薬剤師の利便性の向上,業務効率化,薬局経営の改善などを目的としている.では,医療のデジタル化・ICT化が進む中で薬剤師業務はどのように変化していき,その変化に対応するのに,薬剤師は本当にPharma Techを活用していくことが必要なのかを考えていきたい.

薬剤師業務の変遷とICTの利活用

2015年10月23日に厚生労働省から「患者のための薬局ビジョン」8) が公表され,この公表がひとつの契機となり薬剤師に求められる役割が変化したと言える.患者のための薬局ビジョンは2025年にいわゆる団塊の世代が後期高齢者になり,2035年には85歳を超えて日本の平均寿命に近づくことから,地域包括ケアシステムと連携した薬局・薬剤師の役割を求めている.また,かかりつけ薬剤師・薬局が持つべき機能として,「服薬情報の一元的・継続的な把握とそれに基づく薬学的管理・指導」,「24時間・在宅対応」,「医療機関等との連携」が位置づけられた.すなわち,外来医療から在宅医療まで,1人の患者に対して薬剤師・薬局が継続して係わることが求められているのである.これに加えて,がんやHIV,難病のように特段の注意を払う患者においては,「専門的な薬物療法を提供可能な体制を構築している薬局をかかりつけ薬局として選択する場合もある」として高度薬学管理機能を位置付けている.こうしたかかりつけ薬剤師の役割を踏まえ,薬剤師業務は,従来の対物業務(モノ)から対人業務(ヒト)へとシフトが求められている.また,在宅医療などの薬局外での活動や,地域包括ケアにおける取り組みも求められている.このため,薬剤師が対人業務においてより専門性を発揮できるよう,業務の効率化を図る必要がある.2021年11月29日に行われた第83回社会保障審議会医療部会で出された「令和4年度診療報酬改定の基本方針」9) の中でも「業務の効率化に資するICTの利活用」,「医療におけるICTの利活用・デジタル化への対応」が盛り込まれており,ICTの利活用により薬剤師を含む医療従事者の業務の効率化を図ることが重要視されている.シンポジストの伊藤氏も「モノからヒトへ」を促進させる上で,薬局薬剤師に必要な3つのICTリテラシーについて述べている.まず「正確な調剤を行うために調剤機器を操作するためのリテラシー」,次に「正しく服用してもらうために情報提供等を行うためのリテラシー」,最後に「薬局を選んでもらうために資材等を準備するためのリテラシー」である.調剤機器の操作については,対物業務(モノ)の時間短縮と正確な調剤を行う上で必要であり,既に広く実装されている.患者に正しく薬を服用してもらうための情報提供については,テレビ電話やチャットなどを用いて患者が薬局外にいても継続的に支援できるようスマートフォンアプリなどを中心にICTが活用されている.薬局を選んでもらうためのICTの利活用としては,電子版お薬手帳,処方箋送信システム,電子決済など,患者の体験が変化するようなICTの活用が求められる.しかし,加藤氏は現在の薬剤師の患者体験への意識の低さについて問題視していた.すなわち薬剤師業界に足りていないのはUX(user experience)デザインであり,この課題を解決するためには,薬剤師のICTリテラシーを向上させ,UXデザインのできる薬剤師を増やす必要があると述べている.そしてその結果,薬局のおける患者体験が向上するとの提言があった.これまでの医療は「病を診る医療」が中心であったが,次世代の医療は「人を観る高次元の医療体系」である.すなわち,患者の生命の危機のみならず,人々の生活や人生をも対象とした医療である.したがって,薬剤師が患者のUXデザインを意識した上でICTやデジタル技術を活用した医療を提供する視点はより一層重要性が高まると考えられる.

Pharma Techの現状と今後

2010年頃からスマートフォンが本格的に普及し,個人によるインターネット利用も進んできた.また,モノとインターネット(IoT),クラウド技術,AIを活用したサービスもスマートフォンの普及とともに一般化した.近年のインターネット環境の改善によって,個人でも購入可能なクラウドサービス,AIサービスが続々と提供され,我々の生活に浸透しつつある.一般社会に比べて医療サービスにおけるデジタル化・ICT化は,その専門性の高さゆえ遅れていた.

総務省の「令和3年版 情報通信白書」10) のデジタルサービスの活用状況調査によると,インターネットを利用したサービスを利用していないのは調査対象者全体の6.3%に留まっており,医療のデジタル化・ICT化に一般市民も追いつける素地はできていると考えられる.むしろ市民の利便性を考えると医療はもっとデジタル化・ICT化を進めることが重要である.前述の情報通信白書においても,5年後の日本の社会におけるデジタル化の進展について否定的に捉えている国民が少ないことからも医療のデジタル化・ICT化を歓迎していると言えるのではないだろうか.

Pharma Techの活用の現状をみてみるとCOVID-19のパンデミックとあいまって,電子版お薬手帳,オンライン服薬指導,服薬期間中のフォローアップなどを中心にその活用がようやく広がりつつある11,12).(服用期間中のフォローアップとは,2020年9月1日施行の薬機法改正において,患者の薬剤の使用の状況を継続的かつ的確に把握するとともに,必要な情報を提供し,薬学的知見に基づく指導を行うことである).また,厚生労働省は2016年に「電子処方せんの運用ガイドライン」を策定13) し,2020年6月22日開催の2020年内閣府第9回経済財政諮問会議において,厚生労働大臣が2022年の夏を目途に電子処方箋の運用を開始すると発表している.電子処方箋の発行には,医療機関や薬局の体制整備の他,資格認証システムとしての保健医療福祉分野公開鍵基盤(HPKI)の普及.また,医師や薬剤師等が患者の服薬情報を確認するために電子版お薬手帳の普及とシステム間の連携確保が必要と考えられている12).スマートフォンが一般に普及した約10年の間にPharma Techの実装も進んでおり,今後はさらに加速することは間違いない.

Pharma Techは,薬剤師・薬局スタッフおよび患者やその家族が使用するICTツールやソリューションを示す.筆者らが作成した図3の「Pharma Techカオスマップ」1) が示す通り,多岐にわたるカテゴリーのシステムやアプリケーションが存在する.ここへ日々新しい製品が追加されているのでまさにカオスと言える状況なのではないでしょうか(カオスマップとは,特定の業界のプレイヤー(企業,プロダクト)やカテゴリー,関係性を表した業界地図のことである).こうしたPharma Techの活用により,在宅医療業務における医師や介護従事者との連携の充実,患者宅での服薬状況のオンライン確認など様々なメリットが予測されているが,それぞれの製品に対する費用対効果を含めたエビデンスは乏しく,薬剤師は選択のパラドックスに陥っているものと予想される12)

図3

Pharma Techカオスマップ1)

薬剤師業務においてPharma Techの活用が不可欠な状況であり,薬剤師は専門性を高めるとともに前述した応用基礎レベルのICTリテラシーが必要と考える.

近年,新たな治療法として注目されている治療用アプリについて触れておきたい.2020年12月1日に,「CureApp SCニコチン依存症治療アプリ及びCO(一酸化炭素)チェッカー」が保険収載され,治療用アプリが日本で初めて保険適用となっている14).その他にも治療用アプリの開発は進んでおり,高血圧,2型糖尿病など幅広い領域において開発されている(表115).海外では2型糖尿病患者の血糖コントロールを目的とした治療用アプリが既にFDAより承認を受けている.WellDoc社が開発したBlueStar®は,糖尿病の自己管理のコーチングをスマートフォンあるいはウェブサイトを介して提供し,医療者側もその管理情報を治療方針に利用することができる.この治療用アプリの有効性を検証した試験の結果が2011年に発表された16).本試験では,同治療用アプリ利用群と,糖尿病治療ガイドラインに沿った従来治療群との間でHbA1cの変化量を比較し,治療用アプリの利用が従来治療と比較して有意に低下させることが示されFDAより承認を受けている17).今後,日本においても海外同様に治療用アプリの保険収載が増えることが予想される.薬局で治療用アプリの使い方を指導する時代が来るかもしれない.今後,薬学教育において,こうした治療用アプリを学ぶカリキュラムをどのように組み込んでいくのかも課題のひとつであると考える.

表1 主な治療用アプリの開発状況(2020年11月現在)15)
企業 対象疾患 開発状況 共同開発先
CureApp 禁煙(ニコチン依存症)「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ」 承認(2020年8月21日)保険適用(2020年11月11日) 慶応義塾大学
NASH 東京大学
高血圧 P3 自治医科大学
減酒支援 久里浜医療センター
サスメド 不眠症 P3
Save Medical 2型糖尿病 P3 大日本住友製薬
塩野義製薬 ADHD「SDT-001」(開発番号) P2 米Akili
アステラス製薬 2型糖尿病「BlueStar」 米Welldoc
田辺三菱製薬 うつ病「こころアプリ」 京都大学,NCNP
テルモ 2型糖尿病 MICIN

薬学におけるICTリテラシー教育の現状

ここまでの議論と薬学教育におけるICTリテラシー教育の現状から本シンポジウムのタイトルである「実社会より教育が遅れている? Pharma Tech教育の今後の課題」について議論する.まず,薬学部でのICTリテラシー教育の現状について,薬学教育モデル・コアカリキュラム(以下,コアカリ)から考えていきたい.では,ICTリテラシー教育に関わるGIO,SBOsはどのようなものが設定され明示されているのだろうか.ICTリテラシー教育に関するGIO,SBOsは主にはコアカリの薬学準備教育ガイドライン18) に示されている.GIOは「情報伝達技術(ICT)の発展に合わせた効果的なコンピューターの利用法とセキュリティーの知識を身に付け,必要な情報を活用する能力を習得する.」である.SBOsは「①基本操作」,「②ソフトウェアの利用」,「③セキュリティーと情報倫理」に分けて明示されている19).そこで筆者らは,このGIO,SBOsのシラバスへの記載状況から薬学部でのICTリテラシー教育の現状について調査した(2021年3月時点での調査)20).そしてこの調査結果についてはシンポジストの土井が発表した.調査結果の要点としては次の3つが挙げられる.

①シラバスにおけるICTリテラシー教育科目の設置率は100%であり,全ての大学に設置されていた(調査可能であった68大学).しかし,ICTリテラシー教育科目が設置されている学年の95.6%が1年次であり,入学のオリエンテーションで行われる大学内のシステムの使い方などに関連した科目の設置21,22) が多かった.

②ICTリテラシー教育系科目に関わっているのが,薬学事務職員の比率が高いことからも,Pharma Techの活用に関わる科目ではないことがわかった.そして,このPharma Techに関連した授業内容をシラバスに記載していた割合は5.9%であった.ちなみに,このPharma Techに関連する授業内容は,テレビ電話を用いた遠隔服薬指導のシミュレーションや薬局で使われている電子薬歴等の患者情報システムの地域医療への応用に関するものであった.

③ICTリテラシー教育の中で,最も高い割合で実施されていたSBOsは,「ワープロソフト,表計算ソフト,プレゼンテーションソフトを用いることができる(技能)」で,67.6%と約7割であった.一方で,セキュリティー・情報倫理系のSBOsのシラバスへの記載割合は低い結果であった.これらのSBOsの記載率が低いことは,今後,SNSをベースとしたPharma Techを活用したオンライン服薬指導・支援を推進する上で,教育上の課題23) のあることが示された.

筆者らがシラバスから調査した結果から考えると,シンポジストの遠藤氏の提言にあったITパスポートの資格を得るレベルの教育には届いていない.また,加藤氏が述べていたUXデザインを意識したレベルのICTリテラシー教育は皆無であった.このようにコアカリやシラバスから考えると,伊藤氏が述べていた薬剤師に必要な3つのICTリテラシー教育の一部がようやく始まったばかりではないだろうか.ここまでの議論からシンポジウムのタイトルの通り,実社会より薬学のPharma Tech教育は遅れていると考えられる.では,この遅れを解決するにはどのようにしていけばよいのか,薬学のICTリテラシー教育に対する具体的なカリキュラムと今後の展望を考えていきたい.

ICTリテラシー教育のカリキュラム

医療現場で働く薬剤師がPharma Techを活用し,現場のデジタル化・ICT化を推進させ,医療アウトカムの増大,医療サービスの向上による患者満足度の向上,患者・薬剤師の利便性の向上,業務効率化,薬局経営の改善などの目的を果たすために必要な知識・技能・態度を育むカリキュラムとはどうあるべきか.ここでは学習領域,学習年次,既存科目との連携,学習方略について考えてみたい.

まず学習領域については,数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムが公開している「数理・データサイエンス・AI(リテラシーレベル)モデルカリキュラム」,ITパスポート24) と医療情報技師の出題範囲25) を参考にアレンジを試みた.薬学教育モデル・コアカリキュラム(平成25年度改定版)薬学準備教育ガイドライン18) にある(8)情報リテラシー,①基本操作,②ソフトウェアの利用,③セキュリティーと情報倫理の学習目標を網羅しつつ,医療や薬学に必要な学習領域を列挙した(表2).

表2 薬学教育におけるICTリテラシー教育の学習領域例
大項目 小項目
基礎 デジタル化・ICT化の変遷,目的,用語の定義
医療情報,ビッグデータの特性
ヘルステック業界
セキュリティー 情報セキュリティー,取り扱いのマナー
関連法規
戦略・組織体制 医療現場におけるデジタル化・ICT化戦略
システム導入におけるプロジェクト管理
システム運用体制の構築,システムの管理
コミュニケーション オンラインでの特性
ツールの種類,活用方法,オンライン服薬指導
データサイエンス 臨床データの収集と活用,ビッグデータ解析
UI・UX デザイン思考
テクノロジー ハードウェア,ソフトウェア
ネットワーク,SNS
データベース
クラウドコンピューティング,仮想化技術
情報システム 医療情報化の基盤
病医院,在宅医療のシステム
その他業務支援システム
Pharma Tech 変遷,種類,活用の目的と活用方法
エビデンス構築のための学術研究

UI:User Interface,UX:User eXperience

ここで重要なのは,単にハードウェアやソフトウェア,ネットワークなどを使いこなすことではなく,それらを駆使することでUXを向上させることに主眼を置くことである.すなわち,ユーザーである薬剤師や患者に価値ある体験がもたらされるように,人を中心に据えた学習にすることが重要である.テクノロジーをモノとして見てしまえば,患者のための薬局ビジョン8) にある「モノからヒトへ」のコンセプトに逆行しかねない.

学習年次については,1年次の導入科目として,次いで実務実習前,実務実習後のアドバンスト教科の3段階で学習するのが望ましいと考える.入学時のオリエンテーションを兼ねた基本的なパソコンの使い方や学内ネットワークへの接続,文書作成や表計算ソフトの使い方などは1年次の授業に内包することができる.実務実習事前学習では,Pharma Techの活用やコミュニケーションスキルの訓練,多職種連携における情報共有などの一環として扱うことができる.実務実習後であれは,医療現場へのシステム導入のプロジェクト管理手法,ビッグデータ解析,デジタル化・ICT化によるUXのデザインなどのアドバンストな内容を実施する.さらに,Pharma Techの活用によるエビデンス構築のための研究を卒業研究として実施してもよい.

ここで注意したいのは,ICTリテラシー科目が既存科目から独立した存在となってはならないということである.治療用アプリは薬理学や病態生理学と,情報セキュリティーは関連法規と,SNSの活用はコミュニケーション学と,Pharma Techは調剤学と,というように既存科目の中でも学習可能な項目があるため,必ずしも独立した科目として構成するのではなく,既存科目に学習項目を割り振ってもよいであろう.

学習方略の中で重要なのが人的資源であろう.ICTリテラシーを教えられる人材を確保するというのが最大の障壁になると考えられる.Pharma Tech領域は日々進化し,その種類も増えており,最新のPharma Techを実際に利活用している薬剤師やITベンダー企業と連携した教育が必要である.学外の人的資源を活用しつつ,時間をかけて学内教員で内製化を図るのがよいと考える.また,薬局やITベンダーと産学連携することで,システムやアプリケーションのさらなる有効活用や改良の促進が期待できる.

現在,「薬学教育モデル・コアカリキュラム」の改訂が議論されている26).その中で「A.薬剤師としての基本的な資質・能力」の中に「情報・科学技術を活かす能力(仮)」が,「B.社会と薬学」の中に「デジタル技術・ビッグデータの利活用」が入っている.本著がICTリテラシー教育科目の議論の一助となり,Pharma Techを活用できる薬剤師を育成できるカリキュラムへと改訂されることを期待している.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
© 2022 Japan Society for Pharmaceutical Education
feedback
Top