Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Special Topics | New Normal of Disaster Medicine in Pharmacy — as a second specialty for all medical professions
New normal of disaster medicine
—As a second specialty for all medical professionals—
Kunihiko Izumi
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2022 Volume 6 Article ID: 2022-024

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抄録

災害に遭えば,誰もが当事者になり,緊急対応を求められる.遭遇してから学んだのでは遅い.全医療者が,災害に対する対応力を「第2の専門」として身につけねばならない.さらに,新型コロナウイルス感染症の拡大は,「災害時の医療」の位置づけや教育環境の様相を変化させた.我々は,自然災害と感染症の拡大という異なった対象への総合的な対応力や,自然災害と感染症拡大が同時に生じる「複合災害」に対する対応力を求められている.「災害時の医療」は,対象ごとに,各領域のサブスペシャリティとして習得するのではなく,「第2の専門」として統合的に習得することが求められる.このことにより,あらゆる緊急事態から生じる健康危機に対し,適切に対応することが可能となると考える.まずは教育者自身が,第2の専門として災害に対する対応力を習得することが求められる.もしくは,学習者をしかるべき教育者へとつなぐ努力が求められる.

Abstract

When disaster strikes, everyone is a party to the situation, and emergency response is required. It is not enough to learn disaster response skills after encountering a disaster. All medical professionals must acquire the ability to respond to disasters as a “second specialty”. Furthermore, the spread of COVID-19 has changed the status of “disaster medicine” and the educational environment. We are now required to have the ability to respond comprehensively to different targets, such as natural disasters and the spread of infectious diseases, as well as to “complex disasters” in which natural disasters and the spread of infectious diseases occur simultaneously. Disaster medicine is not to be learned as a subspecialty of each field, but as a “second specialty” that must be learned in an integrated manner. This will enable appropriate responses to health crises arising from all types of emergencies. First, educators themselves must acquire the ability to respond to disasters as a second specialty. If this is not possible, efforts should be made to connect the learner with the appropriate educator.

はじめに

我々は,第6回日本薬学教育学会「シンポジウム03」にて,表題の発表を行った.著者の「ニューノーマル」の提言は,以下の2点である.1つは,「災害時の医療」に,新興感染症の拡大時における対応力の習得を含めること.もう1つは,「災害時の医療」に,自然災害と感染症拡大の複合災害への対応力の習得を含めることである.

わが国は,風水害の激甚化,巨大地震発生のリスク,自然破壊とグローバリゼーションによる新興感染症リスクの増大,原発事故のリスク等を有し,「災害時の医療」の重要性は高まっている.対象は多岐に及ぶが,これらを各領域のサブスペシャリティとして個々に対応していたのでは限界があり,包摂的な対応が求められる.そこで,本シンポジウムのキーワードとしたのが,セカンドスペシャリティである.

本シンポジウム発表時は,わが国は新型コロナウイルス(以後コロナ)感染症のいわゆる「第5波」にあり,本稿は「第6波」時点における記述である.この間にも,事態は変化し続けている.例えば,災害医療救護活動を目的とした日本DMAT(Disaster Medical Assistance Team)の「日本DMAT活動要領」は令和4年2月8日に改正され,「新興感染症等のまん延時に,地域において必要な医療提供体制を支援」という文言が追加された1).また,医療法上の医療計画には,5疾病5事業に「新興感染症等の感染拡大時における医療」を加え,5疾病6事業とすることが計画されている2).令和4年度の診療報酬改定には,「地域医療に貢献する薬局の評価」として,災害や新興感染症の発生時の対応が追加される旨が示されている3)

これら各種法制度等の動きの有無に関わらず,最大の目標は,本来なら避けられたはずの,医療崩壊・介護崩壊等による死を起こさないことである.また,医療計画の見直し等に関する検討会の報告書には,新興感染症対策は「災害医療と類似」している旨が記載されているとおり,「災害時の医療」と「新興感染症等の感染拡大時における医療」において習得すべき「基本的な考え方」には,共通した部分が多い.

本稿では,上述の,セカンドスペシャリティ,新興感染症等の感染拡大時における医療,複合災害対応等のテーマに触れ,薬学教育への期待と展望を述べる.

2つ目の専門としての「災害時の医療」

本シンポジウムの表題「セカンドスペシャリティ」という用語は,著者は2014年2月の日本災害医学会学術集会大会長講演で初めて触れた.元は,2011年度医療政策シンポジウム「災害医療と医師会」において,米国医師会救急医療担当役員ジェームス・J・ジェームス氏が「災害に対する対応力と公衆衛生という,医師は2つ目の専門を持たなければならない」と講演したことに発する.また,本シンポジウムでは,世界医師会長ホセ・ルイス・ゴメス・ド・アマラール氏より,2011年10月の世界医師会で採択されたモンテビデオ宣言「全ての医師専門分野において,災害訓練プログラムの習得を目指し,災害医療に対する標準能力を推進すること」が紹介された4)

自然災害発生時には,まずは外傷・救命治療が最優先される必要がある.このことから,災害医療は救急医療のサブスペシャリティと位置付けられていることが一般的であった.しかしながら,災害発生後の健康危機は多岐にわたり,むしろ救急医療は災害医療の一部というのが実態に近い.また,医・歯・薬・看のモデル・コアカリキュラムでは,「災害時の医療」は主に「社会と〇学」や「地域医療」に位置づけられている.

同様に,新興感染症の拡大時における医療は,感染症科のスペシャリティだけには収まらない.コロナ肺炎の重症化による死亡を防ぐには,ハイリスク患者や増悪症例の早期覚知と,感染症専門医による治療が必要である.しかしながら,新興感染症の拡大時には,増悪症例の早期覚知が困難となる.また,クラスターを生じた施設では,未知の感染症への恐怖,感染や濃厚接触による職員の離脱,日々生じる新規感染者などにより,医療崩壊や介護崩壊を来し,非感染者にも「避けられたはずの健康被害」が生じる.このような現場の混沌を管理することは,感染症治療の知識だけでは困難であり,「災害に対する対応力」が求められる.

医療現場の混沌は,地震,洪水,感染拡大の他,同時多発土砂災害,多重交通事故,列車や航空機の事故,大規模火災,テロ,紛争,飢饉,等,様々な状況で生じ得る.災害医療は,これら全てに共通して求められる医療の支援を目指すものである.対象が異なる様々な領域での「災害対応力」を,1つの統合した能力として習得するには,「災害対応力」を何か特定の分野のサブスペシャリティと捉えるのではなく,あらゆる緊急事態から生じる健康危機に対応し得る第2の専門として習得することが求められる.

新型コロナウイルス感染症対策に活かされる「災害対応力」

災害医療の目的は「避けられた死・避けられた健康被害」の回避である.その目標は,「ニーズ(患者)と資源(対応力)のアンバランス」の是正であり,基本戦略は,「資源の拡充とニーズの低減」である.資源の拡充は,単に数を増やすことのみならず,全体像の把握・予測に基づいた資源の効果的運用も含み,また,ニーズの低減には,ニーズの発生抑制に加え,時間的・空間的なニーズの分散も含む.全体像の把握・予測と調整に失敗し,資源があるにも関わらず有効に使われない,もしくは,ニーズが無計画に一極に集中して対応が追い付かず,失われなくてもいいはずの命が失われる,といった現場の混沌がもたらす悲劇は,人智が及ぶ限り,回避せねばならない.

新型コロナウイルス感染症による施設クラスター対応においても,ニーズと資源のアンバランスを是正し,医療崩壊・介護崩壊という「混沌」を予防し,またはすでに生じた「混沌」から脱することが支援の目標となる.災害医療の観点に基づく支援では,まず,職員・患者(入所者,利用者)の陽性者数,療養終了者数,陰性者数,濃厚接触者数の日時変化をリスト化する.続いて,スタッフに対する患者数の過剰が生じる場合,応援スタッフの派遣や患者の転院を計画し実施する.結果として,施設スタッフにクラスター終息までの道筋を明示し,混沌から脱することを目指す.つまり,疾患に関わらず,「短期間に拡大するニーズと不足する資源」のバランス回復に重点を置いた評価と介入を行うことが,災害医療の基本である.

新型インフルエンザ等対策政府行動計画と事業継続計画

国,地域としても,感染拡大時の基本的な行動計画は,ニーズの抑制,空間的・時間的なニーズの分散,資源の維持と拡充等,「災害時の医療」と共通している.新型インフルエンザ等対策政府行動計画5) から,以下の文章を抜粋する.

「感染拡大を抑えて,流行のピークを遅らせ,医療体制の整備やワクチン製造のための時間を確保する.」「事業継続計画の作成・実施等により,医療の提供の業務又は国民生活及び国民経済の安定に寄与する業務の維持に努める.」「新型インフルエンザ等が海外で発生した場合,病原体の国内への侵入を防ぐことは不可能であるということを前提として対策を策定することが必要である.」

本計画は,感染拡大そのものは防ぐことはできないが,水際対策や積極的疫学調査,緊急事態宣言等で時間を稼ぎ,その間に医療体制を整備し,患者の発生を時間的に分散させることで,医療のキャパシティ内に患者を収めることを意図している(図1).これは,災害対応における,防災(ゼロリスク)から減災(許容しうるリスク)への理念の切替と類似している.また,事業継続計画(BCP; Business Continuity Plan)の作成・実施,キャパシティ拡大,ニーズの分散,といった考え方は,災害医療における基本的な考え方と同様である.本稿でBCPについて解説する余地はないが,令和4年1月に著者が研修会で参加者220名に対し行ったアンケート(回答率74%)では,BCPについて「聞いたことがある」68人(41.7%)に対し,「聞いたことがない」95人(58.3%)と,まだまだ普及が進んでいない実情が伺われた.BCPは,全ての医療機関はもとより,全ての介護福祉関連施設にも点検・整備が指示されているところであり,薬剤師・薬学部生を問わず,教育に不可欠な項目と考える.

図1

対策の効果概念図 新型インフルエンザ等対策政府行動計画より引用

続いて,地域感染期(都道府県で新型インフルエンザ等の患者の接触歴が疫学調査で追えなくなった状態)における対策について,一部抜粋する.

「感染拡大を止めることは困難であり,対策の主眼を,早期の積極的な感染拡大防止から被害軽減に切り替える.」「入院治療は重症患者を対象とし,それ以外の患者に対しては在宅での療養を要請するよう,関係機関に周知する.」「医師が在宅で療養する患者に対する電話による診療により新型インフルエンザ等への感染の有無や慢性疾患の状況について診断ができた場合,医師が抗インフルエンザウイルス薬等の処方箋を発行し,ファクシミリ等により送付することについて,国が示す対応方針を周知する.」

積極的疫学調査を必須としないこと,自宅療養を基本とすること,オンライン診療と薬剤交付支援事業の活用等,いずれも我が国のコロナ対応としてすでに実施されている.「災害対応力」として,これらの計画の基本となる考え方を一般化して備えていれば,次の政策の一手を予測し,振り回されることなく,先手を打った対策が可能となる.10年近く前に策定された計画だが,全国規模で実運用されたのは今回のコロナ禍が初めてのことである.今後は,「災害対応力」のひとつとして,本計画を一般化する必要がある.

避難の概念の変遷と災害対応の課題

ここから,2つ目の「ニューノーマル」である,コロナ禍での自然災害対応(複合災害)について触れる.本テーマには,BCPの普及と並び,コロナ禍を経た避難の概念の変遷が大きく関わっている.

かつて,避難といえば避難所へ行くことであった.現在では,避難は安全な場所へ行く,または安全な場所へ留まる,と考え方が変わっている.2011年3月の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の際,避難所が津波被災する事態が多発した.このことから,2013年の災害対策基本法改正時に,命を守るための避難(生存避難)と,仮設住宅等へ移るまでの避難生活を送る場(生活避難)が明確に分けられた6).合わせて,気候変動による気象災害の激甚化により,過去にデータがなく予測ができないほどの降雨や,避難指示発表時にはすでに避難が困難となっているケースなどが毎年みられるようになり,「危険を冒して避難する」より,「少しでも安全な場所に留まる」という考えが広く報じられるようになった.

加えて,コロナ禍により,三密回避のため分散避難が推奨され,一律に避難所を目指すのではなく,自宅に留まる,親戚宅への避難,宿泊施設の利用といった選択肢が示され,また車中泊も見直されている.地域全体が避難生活の場とみなされ,避難所は,避難所に身を寄せる住民のみならず,地域の避難生活の拠点としての働きを求められるようになった.

このように,コロナの影響により分散避難の一般化が進んだ一方で,医療,特に薬局が,従来の一般的な医療救護活動計画通りに,通常営業を停止して臨時医療救護所へと参集することは,果たして合理的といえるだろうか.そもそも,行政によるBCP策定の指導は,基本的には事業の継続を求めている.地域で機能を保った薬局が多ければ多いほど,臨時救護所の一極集中は軽減される.また,各地区の薬局が営業を続けていれば,分散した避難生活者にも平時の延長線上での対応が可能となる.通常営業を止めるよりも,平時と同じサービスを,災害フェーズを問わず提供し続ける「フェーズフリー」な対応が,理想的と考えられる.

「ニューノーマル」な「災害対応力」の展望

コロナ禍は,各自治体で防災計画を見直す時間を作ることも,そのために地域の関係機関で一堂に会すことも,難しくしていると考えられる.また,BCPと分散避難の普及がもたらす災害対応の「ニューノーマル」は,地域や施設の特性によって,極めて多様なものになると考えられる.著者は,東北大学・福島医科大学「コンダクター型災害保健医療人材の養成プログラム」の中で,分散避難を前提とした地域のBCPをテーマとして,小グループ討論形式の研修会を企画・実施した.ここでは,討論で出た意見を元に,薬局での今後の対応に関する案を述べる.

発災直後,効率的なマッチングを行っても,絶対的に資源が足りないとき,できることは,工夫による資源増と,事前計画に基づいたニーズ集中の回避である.具体的には,医薬品であれば,56日処方を7日処方にすれば,対応できる患者数は8倍に増加する.溢れ返る患者の中から,緊急に薬剤が必要な方と少し待つことが可能な薬剤を服用されている方を選り分けられれば,ニーズの「山崩し」を図ることが可能となる.平時から自助による備え,すなわち個人備蓄薬に関する指導を適切に進めれば,突然の災害に襲われても,直ちに病院に駆け込む必要はなく,時間的な余裕が生まれる.保冷剤を準備し,冷蔵庫の開閉を最少化することで,医薬品等の冷所保存が維持できる.一軒でも多く薬局が営業すれば,その分,患者の分散を図り得る.被災が比較的軽い隣町の薬局への移動手段が準備できれば,もしくは,遠隔診療・遠隔服薬指導等が図れれば,通常営業している薬局での「フェーズフリー」な処方応需と調剤が可能となる.いずれの方法も,国の方針次第では,保険調剤の範疇での対応が可能となる.また,これらの対応について,事前に近隣施設と協議し,共同でのBCP作成,協定の締結等,なしうる対策は多々考えうる.これらの柔軟な「災害対応力」の習得が,災害を乗り越え将来の社会を支えるために求められる.

ジェネラリストとしての薬剤師の活躍への期待

これまで述べてきたような,全体像の把握と予測において,鍵を握るのは「情報」と「合理的推論」である.各種IT技術(通信や情報処理)の発展や経験の蓄積により,対応力の向上が図られている.また,本作戦の遂行には,意思決定者の他に,データを分析し意思決定者に示すスタッフが必要である.著者の実災害対応やコロナ対応の経験上,要所・要所の意思決定者やスタッフには,薬剤師も少なくなかった.薬剤師は,医療用語に精通し,医師と対等に意見交換が可能であり,診療・看護業務から一歩引いた総合的な視点を持ちうる.これらの特徴から,薬剤師は災害医療・コロナ対応最前線での情報管理に適した職種の1つと考える.学生・社会人を問わず,「災害時の情報管理」に関する実習が可能であれば,Interprofessional Educationの機会を活用し,薬剤師としての特性を伸ばして頂きたい.

また,モンテビデオ宣言は「すべての医師…」と始まるが,我々はチーム医療のさらなる推進のためにも,ここを「すべての医療者…」と読み替え,自分のこととして「災害時の医療」に取り組むことを提案する.薬剤師は,処方箋医薬品の供給のみならず,地域医療,環境衛生,健康維持等における様々なニーズに対応する能力を備えていると考える.今後,学部教育や卒後教育の場に「災害時の医療」と「新興感染症等の感染拡大時における医療」を盛り込むにあたっては,共通部分については整理・共有することが望ましく,相互に連携した教育が求められる.

最後に

国は様々な国家資格を整備し,それぞれの資質をもった資格者に権限を与えることで,国民の基本的人権に対する義務を果たす.公衆衛生は薬剤師の任務の一つであり,被災地での健康維持(発症予防,疾患の悪化防止),新型コロナウイルス陽性者の健康管理もまた,住民が当然受ける権利であり,薬剤師の義務の1つである.「災害時の医療」が薬学部のモデル・コア・カリキュラムに導入されたことは,関係する全ての教育者がこれを無視してはならないというメッセージであり,質の高い教育のためには,教育者自身も2つ目の専門として災害対応力を身につけること,またはしかるべき教育者へとつなぐことが望まれる.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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