Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Special Topics | New Normal of Disaster Medicine in Pharmacy — as a second specialty for all medical professions
Reflecting student needs in pharmacy education for disaster medicine at Tokyo University of Pharmacy and Life Sciences: Current status and future issues
Naoto Hirata
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2022 Volume 6 Article ID: 2022-034

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抄録

近年,災害医療への関心の高まりや社会のニーズから,薬学教育においても災害医療分野の充実が望まれている.そこで,東京薬科大学では,学年横断的な取り組みとして,関連科目を紐付けた災害医療薬学コースの構築を試みたためご紹介する.演習での主な教育内容は災害医療に関連した学会や団体の災害医療関連研修をモデルに,トリアージの実践やシミュレーション,トランシーバを使ったミッションゲームなど,グループワークやロールプレイといったアクティブ・ラーニングを積極的に取り入れた.さらに2021年度は,「新興感染症のパンデミックにおける薬剤師の役割」をテーマに演習を計画した.附属病院を持たない本学では,必修科目と選択科目を組み合わせることで災害医療の修学ニーズに対応している.今後は教育内容の充実を図るとともに,学会等が主催する研修コースを組み合わせることにより,災害時にも率先して活躍できる薬剤師の育成を目指していきたい.

Abstract

With growing social needs and interest in disaster medicine in recent years, it is desired to enhance the field of disaster medicine in pharmacy education. Therefore, we are trying to build a new course of pharmaceutical disaster medicine that will be learned over multiple grades in Tokyo University of Pharmacy and Life Sciences. In our university, we have taken the initiative in active learning such as group work and role-playing from the first grade. We have specifically been practicing primary triage and mission games using transceivers in workshops that train disaster medical professionals. These education contents focus on exercises related to emergency lifesaving and disaster medicine. Furthermore, in 2021, we planned new practical exercise for infectious diseases such as the coronavirus disease 2019 (COVID-19), on the theme of “The role of pharmacists in the pandemic of emerging infectious diseases.” Since our university does not have an affiliated hospital, we combine compulsory courses with some elective classes to meet the learning needs of disaster medicine. In the future, we will combine a course of disaster medical training conducted by academic societies and promote further education of pharmaceutical disaster medicine with the aim to develop pharmacists who can play an active role in disasters.

背景と目的

近年,さまざまな自然災害の頻発により,薬剤師は被災地域の医療や薬事衛生を支える重要な役割を担うようになった1).特に東日本大震災を小中学生時代に経験した世代が大学に進学する時期を迎えたことから,東京薬科大学(以下,本学)でも災害医療への貢献を志して薬学部に入学する学生も増加している.

多発する様々な種類の災害に対応するため,薬学教育モデル・コアカリキュラムにおいても,「災害医療と薬剤師」の項目が明記された2).更に,新型コロナウイルス感染症のパンデミックが猛威を振るう現在,コアカリ改訂において,感染制御や公衆衛生に関わる内容が重要視される方針が打ち出されている3).このように,薬学教育においても,薬学生は勿論,社会のニーズを捉えた災害医療分野の教育内容の充実が望まれている.

そこで,本学における災害医療教育の充実を目的に,既存の関連科目と新規の選択科目を組み合わせた学年横断的な取り組みとして,災害医療を薬学部で体系的に学ぶことができるコース(災害医療薬学)の構築を試みたのでご紹介する.

本学薬学部における災害医療関連教育の特徴

全国で唯一,男女別学で学生を募集している本学薬学部は,1学年の定員が男子部210名,女子部210名の計420名であり,国内最多の薬学生を抱える.本学において筆者が関わる災害医療および救急医療関連科目の構成は表1のようになっている.現在の改訂モデル・コアカリキュラムに準拠したシラバスが実施されて以来,1年次後期には必修科目として救急救命講習を全員が受講している.講習では心肺蘇生(BLS-AED)のみならず,外傷や熱傷,大量出血,アナフィラキシーショックなどへの初期対応を網羅的に学び,実習で体得させ,医療従事者を志す学生に対し,ファーストレスポンダーとして十分な知識と技術の習得させることを一番の目的としている.加えて,まだ薬学を学び始めたばかりの1年生に対して,医療従事者としての自覚をもたせる態度教育としての位置づけと意欲的に薬学を学び続けるためのモチベーションの向上という副次効果も期待している.実際の手技指導では,専門職連携教育(IPE; Interprofessional Education)の一環として,国士舘大学体育学部救急医学科の教員(救急救命士)を客員講師に招き,そのご協力のもとで実施しているが,本学教員も講義と実習に同席のうえ,手技指導の補助的な役割を果たしつつ,技能や態度に対する評価を行っている.

表1 筆者が担当する災害・救急医療関連講義および演習の構成
学年 方式 科目名 主な内容
6年 選講 専門薬剤師特論II 循環器救急医療と災害医療の理論/実務
5年 選講 専門薬剤師総論・特論I 救急医療と災害医療の理論
選演 問題解決型学習(PBLチュートリアル:災害医療) トリアージ・感染症パンデミック対応
4年 選演 科別演習(セルフメディケーション) トリアージ・多数傷病者受け入れ机上訓練
必講 病態栄養管理学 救急医療における輸液療法
必講 薬局・病院薬学 中毒医療概論・災害医療概論
2年 必講 疾病と薬物治療I(臨床検査概論) 検体検査および生理検査・フィジカルアセスメント
選演 療養型医療施設でのボランティアゼミナール *COVID-19のため休講中 高齢者・認知症患者への対応
選演 [IPE]多職種連携ゼミナール チーム医療(医・薬・看)による患者対応
1年 選演 [IPE]ゼミナール(災害医療)必修 トリアージ・多数傷病者受け入れ訓練・被災地支援活動・避難所アセスメント・感染症パンデミック対応(ワクチン接種手技)
必演 [IPE]人間と薬学II(救急救命・応急処置講習) BLS-AED,出血および外傷・熱傷への対応,窒息・アナフィラキシーへの対応等

* 必講:必修講義,必演:必修演習,選講:選択講義,選演:選択演習,[IPE]:専門職連携教育(Interprofessional Education)の手法による他学部との共同実施

この必修科目が終了すると,続けて1年次後期の選択ゼミナールの開始実施時期となることから,敢えて救急救命講習が終わった直後の1年生を対象として,災害医療ゼミナールを開講している.このゼミナールは災害医療に興味のある学生に対して,筆者が赴任した2018年度より新たに設置したもので,ゼミナールの定員は20~24名程度であるが,毎年定員を超える応募があり,災害医療に対する関心の高さがうかがえる.

しかしながら,1年次のゼミナールは定員が限られているため,4年次に行われる科別演習「セルフメディケーション」演習および5年次に開講される問題解決型学習(PBL)チュートリアルのコマの一部を災害医療演習にあて,災害医療ゼミナールでの演習を高学年用にモディファイした内容を再構成し,災害医療に興味を持つ学生の受け皿を整備している.

災害医療ゼミナールの内容

1年次の災害医療ゼミナールは,災害時に薬剤師は医療従事者として何ができ,平時からどんな準備が必要なのかをグループワークやロールプレイ演習を通して模擬体験し,発災後の時系列を追いながら各フェーズでの災害対応をディスカッションできるような構成になっている.対象が1年生ということもあり,薬学的な専門知識はなるべく使わず,災害時に次々と生じうる問題点を議論することに重点を置き,解決に導く幅広い視野と実践能力を身につけることを目的としている(図1).

図1

災害医療ゼミナールの演習風景.演技用の患者カードを用いたトリアージ演習および災害拠点病院を想定した災害時多数傷病者受け入れシミュレーション(左・中),モバイルファーマシーでの遠隔地災害派遣活動シミュレーション(右)

具体的には,発災直後から最初の数時間(超急性期)の対応を目的とした演習においては,Simple Triage and Rapid Treatment(START)法によるトリアージを始めとして,災害拠点病院内を想定した多数傷病者受け入れ演習を実施し,院内フロアマップ上で医療従事者に見立てたマグネットや模擬患者カードを使って実際に患者の動きや医療従事者の配置を確認しながら,本部長役の学生が補佐役の学生とともに逐次アセスメントをしつつ,現場に指示を出していく.経時的にコントローラー役の学生が状況を付与していくので,クロノロジーや患者一覧表などの記録も必要になる.チーム内の通信には原則的にトランシーバを用い,情報の錯綜・混線・雑踏での聞きとりの難しさなど実災害に近い環境も経験させている.

急性期~慢性期にかけての演習としては,本学で2019年に導入したモバイルファーマシーによる遠隔被災地への支援活動を図上災害演習(DIG)の形式でシミュレーションを行っている.ここでは,遠隔地で発生した地震災害という想定で,現地調整本部への集合日時と被災地までの道路状況を付与し,チーム内で出発前の準備から集合時刻,個人の装備,被災地までの経路や所要時間,緊急車両としての通行に必要な許可証の申請方法などをディスカッションで決定させる.現地到着後は調整本部より,避難所アセスメントと避難者の健康相談,トリアージ(受診勧奨)を行うよう指示を受け,現地への移動後に避難所での活動を展開する.避難所となっている中学校では構内図を用いたレイアウトの再編成から,ライフラインの被害状況や避難者の健康状態に関する避難所全体のアセスメントを行い,その対応についてディスカッションした内容を本部長役の教員に報告させている.さらに,例えば避難所対応のような災害時の意見対立から合意形成までの過程を擬似的に経験させるには,コンセンサスゲームの一種「クロスロード」が有効であるとの報告4) もあることから,クロスロードの変法をグループ内で行い,実際の支援に必要な行動や心構えをディスカッションさせ,ゲーム感覚でジレンマに対応するためのプロセスを体験する.

このように,発災後の時系列にしたがい,様々な場所での災害対応を連日演習することで,学生は実際に災害対応を行っているような疑似体験をすることができる.

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への積極的な関わりを意識した新しい演習の試み

2021年度の災害医療ゼミナールでは新たな試みとして,昨今,全世界で猛威を奮っている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に代表される新興感染症のパンデミック下での薬剤師の役割に焦点をあて,ゼミナールの終盤にIPEを取り入れた演習を計画した(図2).

図2

COVID-19等のパンデミック対応を想定した演習.筋注およびワクチン調製の手技/1年次ゼミナール(左)と汚染区域(レッドゾーン)における活動および個人防護具(PPE)の脱衣,施設内ゾーニングと感染対策のディスカッション/5年次問題解決型学習(PBL)チュートリアル(右).* PPEの外側には汚染に見立てた水性ペンでの落書きを施しており,PPEの装着は2重グローブ法を練習している.

この演習では,感染症パンデミックのような危機的状況で医療従事者をいかに再配分して有効利用するのか,現行法にとらわれず,1年生のうちから自ら体験させて考えさせることを目的としている.まずは,既に広く実施されている大規模接種会場での薬剤師によるワクチン調製を想定し,本学薬学部の教員と大学院生の指導により,ワクチンに擬えたバイアル品の溶解希釈操作,シリンジへの充填を体験させた.次に駒沢女子大学看護学部の教員(看護師)にご協力いただき,練習用の模型を用いた筋注等の注射手技,その前後におけるアナムネ聴取や経過観察(アナフィラキシー反応の観察と評価)を含めて体験させ,一連の流れと医療従事者として果たすべき薬剤師の役割は何かを考えるきっかけとした.学生のワクチン調製と筋注手技の習得は1年生とは思えないほど早く,教員としては想定外の驚きであった.この時ご指導いただいた駒沢女子大学看護学部の小林小百合教授によれば,筋肉注射の手技自体は決して難しいものではないが,一連の注射手技を体得する上で一番のネックとなるのは,注射手技そのものよりもシリンジや注射針の取り扱いとその廃棄手順であるとのご意見を頂いた.したがって,日常から実務実習事前学習等でシリンジや注射針の取扱いに関する実習を頻回に行っている薬学生にとって,筋肉内注射に関する一連の手技習得は決して困難なものでない事を実感した.現在のところ,日本では薬剤師によるワクチン接種は認められていないが,将来的な職能拡大を考えるには極めて有意義な演習であり,これからの医療を担う薬学生には貴重な経験となる.

さらに,5年次の問題解決型学習(PBL)チュートリアルでは,災害・救急医療の演習を2日間に渡って経験させる枠を設けており,そのうち1日をCOVID-19のパンデミック対策の演習にあてた.ここでは,汚染区域(レッドゾーン)に入るための個人防護具(PPE)の着衣方法,レッドゾーン内で活動するための注意点等を説明し,さらにイエローゾーンでのPPEの脱衣についても体験させた.この時,PPEやグローブの外側を汚染に見立てて水性マジックで塗りつけ,どうすれば汚染物を皮膚につけないように脱衣できるのかを考えながら実施させた.この際,仮に手が汚染された場合でも,手順ごとにアルコールによる手指消毒を必ず実施することで感染リスクを十分に下げることができる旨を説明している.

さらに,医療関連施設内でのクラスターの発生を想定し,実例をもとに適切なゾーニングや感染対策の具体的な方法について検討させ,感染制御の理論から実践までをディスカッションさせている.

災害医療薬学演習の教育効果

図3に2021年度の4年次に行った災害医療演習の授業後に実施したアンケート結果を示す.アンケートはWebにて実施し,自由意志によるアクセスのうえ回答した内容である(有効回答率:37/42名88%).

図3

災害医療演習受講後のアンケート結果(n = 37).有効回答数37名を受講後の関心の変化で2群に分け,さらにそれぞれの行動変容については実災害が起こったときの対応を回答させた.また,各群は演習前の災害医療に対する関心の程度で内訳を集計している.

4年生を対象とした演習では,セルフメディケーションがメインテーマであることから,選択する学生は必ずしも全員が災害医療に対する興味・関心を持っているとは限らず,関心が低い学生も含まれていた.しかしながら,もとより関心の低い学生も含め,受講後の感想では,災害医療に対する関心が「やや高まった」か「非常に高まった」との回答しかなく,「変わらない」や「低くなった」を選んだ学生はいなかった.

また,今後「実災害が起こったら,どのような行動をしますか」の質問には,「自分ができることを率先して行いたい」および「頼まれれば,なるべく引き受けたい」との選択肢を選んだ学生のみで,「関わりたくない」等の否定的な回答はなかった.

最初から災害医療に関心が高い学生は,受講後も「率先して災害医療に関わりたい」との回答が大部分であるが,特に注目したいのは受講前にはあまり関心がなかった学生も,受講後は約半数が非常に高い関心を示すようになり,災害時にも積極的に関わりを持ちたいという行動変容につながっているということである.したがって,体験型の学習は,もとより関心の低い学生含め,すべての学生にとって非常に高い学習効果が得られることが分かる.以下にアンケートの自由記載欄を抜粋したものを示す.

演習受講後の学生の感想(抜粋)

・正直,災害医療に興味はなかったのですが,実際に行ってみて,自分も災害の時に医療従事者として誰かの役に立ちたいという気持ちが高まり,自分のやりたいことが見つかった気がします.ありがとうございました.

・災害医療に関わることのない進路に進んだとしても,言葉の意味やどういう流れになるのかの知識が有ると無いとでは,大きな差がうまれると思うのでとてもためになりました.

・自身が災害に巻き込まれたときに医療従事者としてどう動けばいいか考えるきっかけにもなりました.

まとめ

以上,本学での演習を中心とした災害医療薬学のコース構築や教育手法に関する取り組みについてご紹介した.

理論と実践を組み合わせ,シミュレーションに代表されるアクティブ・ラーニングで実際に体験させることで学ぶ手法は,薬学教育においても非常に教育効果が高いことで知られており5),災害医療教育においても,学生のモチベーションの向上と災害対応や問題解決能力を養う手法として極めて有用である.

筆者はこれまでの経験から,災害医療の現場こそ究極のチーム医療であり,それぞれの職種がセカンドスペシャリティとするスキルを持ち寄ることで行われる多職種連携であると考えている.したがって,その教育においても,薬学部のみでのカリキュラム構築では不十分であり,医療関連学部との連携(IPE)が欠かせない.

今後は他学と共同で進めるIPEの推進や災害医療関連学会が主催する研修コース(PhDLS等)を組み合わせ,学内における教育体制のさらなる充実を図りたい.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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