Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Special Topics | New Normal of Disaster Medicine in Pharmacy — as a second specialty for all medical professions
Disaster education in Pharmaceutical Sciences
Hironori Nakura
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2022 Volume 6 Article ID: 2022-038

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抄録

近年多発する大規模災害における医療支援のなかで重要な役割を果たしてきた薬剤師の活動実績を可能な限り薬学教育のなかで取り上げていくべきである.古くから災害現場では,医師,看護師,救命士,警察,消防,自衛隊の活動や実績がクローズアップされてきたが,東日本大震災以降は被災地での医薬品需要とともに薬剤師の災害対応にも期待が大きい.さらに,近年の薬学教育制度の変革期において薬学教育モデル・コアカリキュラムのなかにも災害時の薬剤師の役割を教育するSBOsが追加され,全国の薬学部では災害対応経験のある実務薬剤師に頼る場面も増えつつある.今後は災害医療が体系的な学問として薬学教育で発展が必須となると考えられる.これまでに被災地で医療支援に参画した多くの薬剤師のなかには,日常の薬剤師活動とは程遠い災害時の対応に数多くの課題・難題を持ち帰った事例があり,その教訓として問題解決方法を導く災害教育が重要となるであろう.

Abstract

The faculty of pharmacy should educate pharmacists who have played an important role in medical support in recent mass disasters. Since the Great East Japan Earthquake, there are great expectations for pharmacists’ disaster response as well as the demand for medicines at disaster sites. In the recent transformation of the pharmacy education system, SBOs that educate the role of pharmacists in the event of a disaster have been included in the pharmaceutical education model core curriculum. At present, many universities are in charge of disaster education at the faculty of pharmacy by pharmacists who have experience in dealing with disasters. In the future, it will be essential to faculty develop disaster medicine as a systematic discipline in pharmaceutical education. Many pharmacists who have participated in disaster medical support so far have solved many problems in response to disasters, and it will be important to practice thinking about problem-solving methods as a lesson of disaster pharmaceutics.

はじめに

過去の国内大規模災害で経験した地域医療の状況を把握し,医薬品の取り扱いに関する法令や規制を理解したうえで緊急事態における薬剤師の役割を教育する必要がある.そのため,薬学部教育のなかでの災害医療に関わる到達目標は多角的に以下の細目があげられる1)

・災害時にはそれまでにできていたこと,行うべきことができなくなる実態を説明できる.

・薬剤師としての支援を行う上でもチーム医療を認識できる.

・災害時に活動する医療者の一員として,災害時の行動を認識できる.

・災害時特有の疾患と医薬品のニーズを把握できる.

・災害時の医療資源としての医薬品を適正かつ公正に使用できる.

・災害時に使われる共通言語を理解できる.

・被災者の気持ちに寄り添いながら災害支援に関われる.

これらの災害薬学教育概要を紹介するとともに,今後の災害時における薬剤師職能を最大限に発揮するための話題を集約し,筆者がこれまでに経験した災害支援の事例をもとに解説する.

災害支援で薬剤師にできること

大規模災害によって被災地では医薬品の供給が停滞し,病院や薬局が機能しない状況下で医薬品を必要とする人々へ薬物治療ができない事態に及ぶ.現行の薬学教育モデル・コアカリキュラム2) では,災害教育に対するSBOsはわずか次の4項目となっており,【B-(4)-①-5】災害時の薬局の役割について説明できる,【F-(5)-④-1】災害時医療について概説できる,【F-(5)-④-2】災害時における地域の医薬品供給体制・医療救護体制について説明できる,【F-(5)-④-3】災害時における病院・薬局と薬剤師の役割について討議する(態度),これらのSBOsは「災害支援で薬剤師にできること」のなかですべて目標を達成できてしまう.通常,平時に薬局が機能している状況下で行う処方箋調剤や服薬指導,薬歴管理などは被災後一変し,域外からの支援に頼るほかないことが多い.災害形態や避難所・救護所の規模に応じて地域医療に貢献している地元薬剤師会が策定した初動マニュアルに従って医薬品供給体制を整備し,支援薬剤師による活動が始まるのがこれまでの定例であるが,それまでその地域にてできていたことができなくなることを想定したシミュレーション教育が必要となる.具体的には,英国MIMMUS3) が提唱するCSCATTTを日本版4,5) に改良したC:Command and Control(指揮・統制),S:Safety(安全),C:Communication(情報伝達),A:Assessment(評価),T:Triage(トリアージ),T:Treatment(治療),T:Transport(搬送)このうちのCSCAの徹底教育が重要である.これらの実践研修は日本災害医学会が研修コースとして運営している災害薬事研修(Pharmacy Disaster Life Support; PhDLS)を受講することでカバーすることができ,参加資格は学生から薬剤師をはじめとした医療従事者あるいは行政官や医薬品卸職員まで制限はない.

近年では各都道府県が「災害薬事コーディネーター」を積極的に養成している.災害時の医療全般を取り仕切る「災害医療コーディネーター」は厚生労働省が災害医療に精通した医師を認定しているが,災害薬事コーディネーターの養成は,現状では各都道府県が薬剤師会と連携しながら研修やセミナーを課して委嘱しているが,各自治体によって標準化はなされていない.災害薬事コーディネーターは,災害時の医療救護活動に必要な医薬品・医療材料医療ガスなどの確保,供給および支援薬剤師の確保,被災地への派遣,被災現場で活動する薬剤師と医療対策本部をつなぐ役割を担うこととなる.本学では低学年のうちから災害薬事コーディネーターを目指したいという学生も少なくない.

災害時のチーム医療

災害支援のため,被災地では以下のような医療チームが活動にあたる.

・DMAT(Disaster Medical Assistance Team)

・JMAT(Japan Medical Association Team)

・AMAT(All Japan Hospital Association Medical Assistance Team)

・DPAT(Disaster Psychiatric Assistance Team)

・JRAT(Japan Rehabilitation Assistance Team)

・DHEAT(Disaster Health Emergency Assistance Team)

・JDA-DAT(The Japan Dietetic Association-Disaster Assistance Team)

・VMAT(Veterinarian Medical Assistance Team)

これ以外にも日本薬剤師会からの薬剤師派遣チーム,日本歯科医師会からの歯科医師・歯科衛生士チームや日本赤十字社の災害医療コーディネートチームをはじめ,病院組織の医療チームなど無数の支援者がある.

このように大規模災害発生後,被災地には様々な支援団体や医療チームが参集するが,薬剤師も医療チームの一員として活動し,他のチームや職能団体と連携しながら活動を行う.大学によっては薬学生と他の医療系学部の学生がチームを組んで災害支援シミュレーションを実施しており,学生のうちから災害支援をテーマにした専門職連携教育(Interprofessional Education: IPE)は有効な教育手法といえよう.薬剤師がチームの一員として参画する場合,通常の薬剤師業務だけを行えばよいわけではない.薬剤師はチーム全体の活動内容を把握し,場合によっては薬剤師としての活動のみならず,災害ロジスティック1,5) として薬とは関係のない役割を担うことが求められる.実際,著者が2020年2月COVID-19日本初上陸の際には,豪華客船ダイヤモンドプリンセス号の医療支援活動で薬剤師として参加したものの,同時にロジスティックとして患者搬送に関わるクロノロジーの作成も行った.特にチーム医療で災害支援を行う場合は時系列でその時何が起きたか,何をどの順番で行ったかの記録が重要となる.

災害時特有の疾患と医薬品のニーズを理解し公正に適正使用する

大規模災害では,災害の種類や季節によって医薬品ニーズは異なる点を踏まえたうえで,薬物治療中の患者は「お薬手帳」からの情報を収集し,公衆衛生環境の状況を調査したうえで増加するであろうと考えられる疾患に対する治療薬の確保を行わなければならない.医薬品の確保については基本的に外部団体からの提供は極力受けず,各都道府県と事前に医薬品等卸協同組合との間で連携協定を結んでいれば薬剤師会が3者協定という形で有事の際の医薬品供給をスムーズに行えるようになる.2017年には「厚生労働省防災業務計画」6) にこのことが明記されている.さらに,医療機器協会や医療ガス協会との連携も必要である.

災害救助法が適用されれば,医療機関ではない被災地の避難所や救護所から災害処方箋が発行され,平時とは異なる形態での調剤や処方日数の制限がなされる.

当研究室では熊本県薬剤師会の協力により,2016年4月に発生した熊本地震の際に発行された災害処方箋の記録をもとに,被災者に提供した全医薬品を調査・集計したところ,2016年4月16日から5月29日までの災害処方箋枚数は12,865件であった(表1).さらに全処方医薬品を解析し,処方件数が多く汎用性の高いと思われる災害時必須医薬品リストの一例を作成した(表27).災害時必須医薬品リストの一例では,被災以前から基礎疾患として常用していると思われた医薬品と,被災後に健康維持のために必要となった医薬品が混在している.被災後には避難所生活によるストレスや衛生環境の悪化による身体所見が頻発し,例えば不安やストレスによる不眠,精神症状,これらに伴う災害高血圧のほか,埃や粉塵によるアレルギー疾患に加え,不規則で炭水化物が多い食事の影響によると思われる栄養不良や消化器症状を訴える被災者が多発し,災害による二次被害と考えられる処方が推測された.このように,被災後時間の経過とともに超急性期(0–3日),急性期(3–7日),亜急性期(1–4週間),慢性期(1か月–)の災害サイクルで必要とされる医薬品に変化がみられる.災害時には平時とは異なる薬学的管理が必要となるが,薬学教育モデル・コアカリキュラムで提示されている代表的8疾患をはじめとした要配慮者への薬物治療については,限られた医療資源で代替薬推奨や用量変更から剤型選択を行うことなど「災害薬学」1) として教育・学問体系をさらに充実する必要がある.

表1 熊本地震被災後の災害フェイズ毎における災害処方箋枚数
種類 超急性期 急性期 亜急性期前期 亜急性期後期 慢性期 時期不明 合計
内用薬 955 2,128 2,839 2,027 1,689 598 10,236
外用薬 226 563 736 489 400 195 2,609
注射薬 1 7 7 2 3 0 20
集計 1,182 2,698 3,582 2,518 2,092 793 12,865

超急性期では1,182枚(平均394枚/日),急性期では2,698枚(平均539.6枚/日),亜急性期前期は3,582枚(平均511.7枚/日),亜急性期後期では,2,518枚(平均359.7枚/日),慢性期2,092枚(平均87.1枚/日),調剤日がわからないものが793枚であった.また,すべての時期において内用薬は全体のおよそ8割を占めていた.

 

表2 災害時に推奨する内用薬の必須医薬品リスト

各薬効分類の処方推移と選定した必須医薬品を記載した.太字で示された2つの薬効を取得しており重複している医薬品である.また,配合剤は一般名ではなく,商品名に( )をつけて記載した.

医薬品の処方推移は被災後14日前後で分けて記載し,各薬効分類における被災後14日まで処方件数の割合に対する,被災後14日以降の処方件数の割合を処方件数増加比として記載した.また,増加比が1.5以上を「++」,1.25–1.5を「+」,0.75–1.25を「±」,0.5–0.75を「–」,0.5以下を「– –」として変化を表した.さらに,「–」記号を用いて表現された減少傾向の強いものはドットの網掛け,「+」記号を用いた増加傾向の強いものは斜線の網掛けを行った.「±」で表現された分類は,大きな変化はないとし網掛けはしていない.また,ドットおよび斜線ともに色の濃さで傾向の強さを表現した.

まとめ

これまで述べてきたように,災害時の薬剤師が取るべき行動や知っておかなければならない災害医療の専門用語を交えながら実践的シミュレーション教育を中心に学部教育に導入していくことが望まれる.実際に薬学部での災害教育には各大学で様々な教授方法があり,授業の時間数や教育内容はほとんど標準化されていないのが現状である.平成25年に改訂された薬学教育モデル・コアカリキュラムは,令和6年に新たに改訂されるが,災害医療の基本から災害薬学の応用までが網羅されることを願いたい.さらに今後輩出される薬剤師には専門性を追及したプロフェッショナリズムを意識することが重要であり,さらにサブスペシャリティとして「災害医療」を目指す人材が増えることを期待したい.

謝辞

掲載内容の熊本地震の処方箋解析結果の一部は,2016年度医療科学研究所研究助成金によってデータ収集した.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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