Japanese Journal of Pharmaceutical Education
Online ISSN : 2433-4774
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Series | Promoting an international perspective based on the needs of Japanese pharmacy education
Collection and analysis of pharmacy educations in North America and Europe to further develop pharmacy education in Japan
Yutaka Kirino
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2022 Volume 6 Article ID: 2022-040

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抄録

欧米の薬学教育に関する情報を収集した.中でも,医療薬学先進国といわれているイギリス,アメリカ,及びカナダについて,最近の詳しい情報を,主としてWeb(当該大学のHome Pageなど)から,一部は当該大学教員との交信により,収集した.薬学教育制度は,その国の高等教育制度の一つであり,また薬学教育は当然ながら,当該国の薬剤師の職務と深く関連しているので,高等教育制度一般や薬剤師の職務権限についても背景・周辺情報として重要であると考え,収集に努めた.特に重点的に取り上げた項目は,教育制度と入学者選抜,カリキュラム,教員組織(教員の経歴),及び大学院(制度と現況)である.これらの実情を詳細に調べて,比較・分析し,日本の薬学教育の改善に有用と思われるところを考察した.

Abstract

This study reviews the pharmacy education systems of Canada, the United States of America, and England, which are countries renowned for their advanced curriculum of clinical pharmacy education. Information was collected mainly from the home pages of each pharmacy school and in part through personal communications with some academic staff of the school, including general information on the pharmacy education system in the context of post-secondary education system, admission to pharmacy schools, curriculum of course work and experiential education, careers of faculty members, and graduate school system. In addition, as pharmacy education in a country is closely related with the competence of pharmacists in the country, the latter was also reviewed as background information. Based on the comparative review and analysis of the collected information, points useful to improve and further develop pharmacy education in Japan is discussed.

はじめに

四国の4薬学部(徳島文理大学薬学部,徳島文理大学香川薬学部,徳島大学薬学部,及び松山大学薬学部)の教員有志は,2013年から2017年までの5年間にわたり,アメリカ(複数回訪問),フィンランド(2回訪問),デンマーク(2回訪問),イギリス(2回訪問),フランス,オーストラリア,カナダ,ドイツの8ヵ国の薬学教育を調査した.各国の代表的な大学薬学部を訪問調査するとともに,各大学と連携する病院,及び,その地の市中薬局を訪問調査した.その結果については,アマゾンから電子書籍「世界薬学探訪記」1) として出版した(本書物の内容の一部は松岡により本誌総説2) にて紹介されている).本総説論文は,この書物の成果を基盤とし,医療薬学先進国であるイギリス,アメリカ,及びカナダの薬学教育をさらに深く調査・分析した.中でもカナダの事例を多く取り上げているが,その理由は,次のような事情による.1つは,8ヵ国の訪問調査において,多くの国では訪問時期が先方の長期休暇と重なってしまい,教員や薬剤師との面談はできたものの,授業参観や学生との対話ができなかった.しかし,カナダではそれが実現できた.もう一つの理由は,カナダでは比較的最近(大学により,2007年~2012年)に薬学教育制度が変更された(BSc in PharmacyプログラムからPharmDプログラムへ)ので,日本の薬学教育6年制のスタート(2006年)と時期的な重なりがあり,示唆を得ることが多いのではないかと考えたためである.

教育年限や教育評価の仕組みの表層を見ると,これら諸国と日本の間で,あまり差が無いように見えるかもしれない.しかし,薬学教育の様々な面(facet)で,実態には大きい差があることを本論文は示していくであろう.

次の4項目に焦点を絞って述べる.

1.教育制度と入学者選抜

2.カリキュラム

3.教員組織(教員の経歴)

4.大学院の状況

1. 教育制度と入学者選抜

1-1. 教員組織と教育課程(教育プログラム)の分離

日本では,大学の教育課程(学部・学科,大学院研究科)ごとに,学生定員に応じて「設置基準」が定められており,教育課程と教員組織が一体化して不可分となっている.学士教育課程は大学の基本組織である(教員の属する組織でもある)学部・学科で構成されている.そして,University⇒大学,Faculty⇒学部,Department⇒学科と訳語をあて,その等価性を疑わない大学人も多い.また,Academic SchoolとProfessional Schoolの区分けにも鈍感である.外国の大学教育について深く知ろうとすれば,彼我の大学の構造(と歴史)の差異3) について理解しておくことが必須であろう.

アメリカ,カナダの大学のFacultyを「学部」と呼ぶのはおおよそ正しいが,この語は,本来は教員組織を意味しており,教育課程を意味しない(詳細は,世界薬学探訪記1) 位置476/15786-614/15786を参照のこと).日本の大学制度に比較的近いように見える欧州の大学の組織制度においても,教員組織と教員組織が提供する教育課程の区別がなされている.また,Departmentを「学科」と呼ぶことが通常であるが,Departmentは専門性(Discipline)をもとにした教員組織である.つまるところ,欧米の大学では,教員組織と教育課程が別物であることから,複数の教育課程を担当したり,新しい教育課程を立ち上げたりすることが柔軟・容易にできる.

1-2. Academic SchoolとProfessional School

中世の大学は,職業と結びついた医学(医師養成),法学(法曹養成),神学(神職養成)と,職業にとらわれない自由技芸(Liberal Arts)7学(文法,修辞,論理,算術,幾何,天文,音楽)とから成り立っていた.現代の北米の大学は,人文学,自然科学,社会学のDisciplineを加えたリベラルアーツ専門学部(Faculty of Arts and Sciences = Academic School)と多種の職業人養成のProfessional Schoolsからなる.一方,日本では,リベラルアーツ学部を持つ大学は少ない.小数例を挙げれば,国際基督教大学がリベラルアーツ学部(教養学部と称する)のみからなる北米型の大学である.

北米の多くの大学では,Faculty of Arts and Sciencesが最大の学部で,大学院(Graduate School of Arts and Sciences)ももっている.全学生の80~90%がこの学部に所属する.従って,北米の大学生の大部分は,高校卒業後Faculty of Arts and Sciencesに入学し,一般教育(General Education,日本では教養教育ということが多い)を受けた後,2年次の終わりに専攻(Major)を決めて,専門教育を受けて卒業し,学士の学位を得る.さらに上級の教育を望む者は,大学院(Graduate School of Arts and Sciences)に入学しPhD(Academic Degree)を取得するか,薬学等の専門職養成課程(Professional School)へ入学して,専門職学位(薬学の場合PharmD)を取得する.

日本では,Liberal Arts学部に分類されるのは,理学部,文学部,経済学部等で,Professional Schoolに分類されるべき学部(薬学部,医学部,工学部,農学部,経営学部,法学部等)が多く,所属学生も多い.しかしながら,Professional Schoolの筈の学部が必ずしも職業人養成を目的と考えていないという実態がある(あった).法学部が「法学」という学問を扱い,法曹養成は法科大学院で行うことが,このことを端的に示している.薬学部6年制への改革は,Professional Schoolとしての性格を明確にし,(法科大学院とは異なって,医学部と同じく)6年間の学士課程で薬剤師養成を行うことにしたということである.

1-3. 大学の構造と教育課程の関係についての具体例

カナダのトロント大学(University of Toronto)には,20近くのFaculty(学部)があるが,高校を卒業してすぐに入学できる教育課程(First-entry Program)を提供しているのは,Faculty of Arts & Science(ここでは教養学部と呼ぶことにする),Faculty of Applied Science and Engineering(工学部),Faculty of Architecture(建築学部),Faculty of Kinesiology & Physical Education(体育学部),及び,Faculty of Music(音楽学部)だけである.他のFacultyはSecond-entry Programを提供していて,高校卒業後直接入学することはできない.

1-4. 薬学教育制度-入学資格

カナダと米国(及び韓国)の大学薬学部(PharmD教育課程)は,少数の例外を除いて,高校卒業後すぐの入学はできない.アメリカのPharmD制度はおよそ四半世紀の歴史を有するが,カナダの薬学教育が旧課程(BSc in Pharmacy)から,PharmD課程へ移行したのは比較的最近のことである.カナダは連邦制国家であるので,移行の時期は州により異なる.また,同じ州内でも,各大学の判断で移行を決めて,州政府はそれを認可するというやり方なので,大学により異なる.最初に移行したのはモントリオール大学(2007年入学生から)で,トロント大学は2011年入学生からであった.我々が訪問した2016年1月は,新PharmD課程卒業生が初めて出た(2015年6月)ばかりの時期であった.旧制度の下では,薬学部学士課程を修了し,薬剤師免許を得たものがさらなる上級の教育を受けるために専門職大学院に進学し,PharmD学位を取得していた.この旧制度のPharmD課程(大学院)と明確に区別するためには,現在のPharmD課程をundergraduate PharmDと呼んでいる.

医学部,法学部,薬学部,助産学部などは,教養学部(Faculty or College of Arts and Sciences)で2~3年以上の教育を受けた上で入学する(Second-entry programを提供する)学部である.入学の要件として,学士の学位を要求していないので,大学院ではないが,実情は大部分の入学者が学士課程修了者である(入試は,ある程度成熟度の高い「大人」でないと合格が難しい)ので,実質的には専門職大学院と言える.

内田は最近の著書4) で,「教育の目的は子どもたちの成熟を支援することであり,成熟とは複雑化することだ」と述べている.(実質的)大学院である薬学部の入試で成熟度をみることは教育の本旨に沿ったことと考えられる.北米の学士課程を修了した薬学部1年生と日本の高校卒業直後の薬学部1年生とでは成熟度が大きく異なる.すなわち,日本の薬学部学生と北米の薬学部(PharmD課程)学生とは,入学時点で大きい差異があると考えられる.

以上からわかるように,実質的専門職大学院である北米の大学薬学部(PharmD課程)には,一般教育課程(教養教育)はない.また,イギリスをはじめ欧州では高校で教養教育(基礎科目の履修)を終えているので,薬学部に限らず,大学ではどの学部(専門学部)でも教養教育はほとんどない.このように比較すると,偏った受験教育の影響下で入学する傾向が強い日本の大学でこそ,専門職教育か科学者教育かに拘わらず,教養教育が重要であることは明らかである.このような視点からも,日本の薬学部の6年制教育の年限(図1)を捉えるべきではないだろうか.

1-5. 教育制度-教育年限

図1を参照しつつ述べる.

図1

各国の教育制度,教育年限(各行上部の細い斜線の帯は義務教育年限を示す)

欧州では,大学教育課程の標準化(ボロニアプロセス)が進んでいて,学士課程3年+修士課程1~2年で専門職教育を行うことになっている.フィンランドとデンマークでは,薬学教育もこの仕組みに則って行われている.しかし,イギリス,ドイツ,フランス等では,薬学部(及び,医学部,助産学部等)は,独自の教育年限で行われている.イギリス,ドイツ,オーストラリアでは4年間の卒前教育+1年間の卒後実習で薬剤師養成がなされている.薬学部卒業により授与される学位がこれら3国で異なるのは興味深い.イギリスでは,Master of Pharmacy(MPharm)が授与されるが,オーストラリアではBPharmが授与される.ドイツでは,職業人養成教育に学位を与えないのが伝統で,薬学部卒業生に学士の称号は与えられないが,卒業により(薬剤師資格試験なしで)薬剤師の資格が与えられる.フランスは学士課程と大学院課程が一体化しており,短期コース(市中薬局薬剤師)は6年(Doctor of Pharmacy=薬剤師免許の授与),長期コース(大学,公立病院,研究所等の薬剤師)は9年(Doctor of Pharmacyに加えて,Specialized Diploma in Pharmaceutical Sciencesの授与)である.

1-6. 大学入学者選抜

大学入学者選抜の方法は,高校までの教育と大学教育の双方に大きな影響を与えると考えられるので,各国の大学入学者選抜方法を以下にまとめた.

・ドイツ・デンマーク:ギムナジウム(中等教育機関)最終学年で,高校卒業資格試験であるアビトゥーア試験(記述+口述)を受験する.合格すると原則どの大学にも入学できる.定員超過の志願者がいた場合には,アビトゥーア試験の成績,待ち時間,面接等で選抜する.

・フィンランド:ルキオ(後期中等教育機関)在学中に,大学入学資格試験(春・秋の年に2回実施される全国統一試験)を受験し,合格すると大学入学候補者として登録される.その成績に基づき,各大学が選抜する.

・フランス:リセ(日本の高校に相当する後期中等教育機関)の終了時に高校卒業資格試験であるバカロレア試験(記述+口述)を受験する.合格者は希望の大学の1年生に入学できる.

・イギリス:中等学校(後期義務教育機関)の終了時に,卒業資格試験であるGCSE(General Certificate of Secondary Education)試験を受験する.合格者のうち,大学進学希望者はSixth Formという2年間の課程を履修し,GCE・Aレベル(General Certificate of Education Advanced Level)試験(年に2回,記述式)を受験する.この成績により,各大学が入学者を選抜する.

・アメリカ:開放型大学-高校卒業後無試験で入学させる;基準以上入学型大学-高校の成績,SAT/ACT試験(全国統一試験)で基準以上であれば入学させる;競争型大学-高校の成績,SAT/ACT試験成績に,小論文,面接などを課し,総合的に選抜

・カナダ:高校の成績に基づき,大学が選抜.

・オーストラリア:候補者の高校の成績に各高校のランキングに基づく係数を掛けてノーマライズした成績に基づき,大学が選抜する(米国の「基準以上入学型大学」に近い).

日本のように各大学が教員の献身的努力のもとに個別に入試(筆記を含む学力試験)を行っている国はない.多くの国で,高校の成績に基づいて選抜することが原則であるので,大学入学志望者は,高校の教育と別種の大学入試に備えた勉強(受験勉強)をする必要性は少ない.日本では高校の卒業を校長が認定するが,イギリス,フランス,及び,ドイツでは,高校の卒業は,国が実施する卒業資格試験(GCSE,リセ,アビトゥーア)に合格することで認定される.そして,この卒業資格試験が大学入学資格試験を兼ねている.高校卒業資格試験であるので,高校課程としてバランスの取れた各教科の勉強を行うことがとりもなおさず「受験勉強」になる.欧米各国では,大学入学(受験)資格として特定科目(例えば,イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)では,「化学および,生物または数学」として指定される)の高校における成績が一定レベル以上であることが求められたりするが,日本のように,志望校ごとに必要とされる数科目の入試受験科目に絞り込んで,それだけを勉強するといった受験勉強にはならない.

また,日本は,全ての大学において入学定員管理を厳しく行っている点で,特異である.

2. カリキュラム

授業内容を知るための資料としては,シラバス,授業カタログ,時間割,教員名簿等がある.

2-1. シラバス

日本でシラバスと呼んでいるものは,最近の成書57) に述べられている通り,欧米諸国のシラバスとは大きく異なるものである.日本では,シラバスは学部,或いは,大学全体で統一的な書式に従って記載され,担当教員以外の教員のチェックを受けた上で,学部・大学が「シラバス集」を作成し,公開している.しかし,外国では「シラバス集」のようなものは存在しない,或いは,(学部長室に在るのかもしれないが,在っても)公開していない大学・学部がほとんどである.シラバスは,授業を進めるうえでの,担当教員と受講学生との間の約束事(契約書のようなもの)であるので,通常,受講学生に最初の授業時間に配布され,受講学生以外に配布されることはない.しかし,例外的に,トロント大学教養学部心理学科ではシラバスを公開している.2022年冬学期(1月-4月)の開講科目8) を見ると,毎回の授業内容の説明はタイトルだけの簡単なもので,主要部分は,成績評価の方法に関するものである.カナダや米国では,大学院への進学や企業への就職に際して,(当然のことだが)学士課程の成績が重要であるので学生は成績を上げることにとても熱心で,悪い成績を付けると抗議してくる者が多い.そこで,成績評価のやり方を詳細に記載しておく必要があるとのことである.それでも,学生の抗議に教員が妥協しがちで,GPAのインフレが起こっているらしい.有名大学でもGPAの平均値が3.7という例もあるという9)

2-2. 授業カタログ

日本のシラバスに近いものは,シラバスではなく,「授業カタログ(Course Catalogue),授業科目説明(Course Description)」である.これは,学生が履修する科目を選択するため,かつ,入学志願者が入学を検討するためのものなので,公開されており,外部者も入手できる.

2-3. 時間割

各授業科目にどのぐらい時間が配分されているのかを知るには,時間割を見るとよい.日本では,授業科目ごとに週に1回の開講で,1回は60分とか,90分とか固定されていることが多いが,北米の大学では,1回の授業の時間や,週に何回行うのかは一定していないことが多い.ラトガーズ大学では,専門課程の1–3年次の時間割が公開されている10)

しかしながら,時間割を公開している大学は多くないようである.(トロント大学では2016年の訪問時に特別に貰うことができ,また,2020年に新しい時間割を個人的に貰うことができたが,公開は差し控える.)

時間割から見て取れる特徴的な点を述べると,日本では,授業科目数が多く,おおよそ週に12–15科目程度開講する.各科目を週に1回(90分,2単位)の授業で,15週実施するのが典型的である.

トロント大学薬学部では授業科目数は1週当たり7科目程度で,週に2–4回開講される科目も多く,また,1コマ(1時間)だけでなく,2,3コマ連続して行われる科目も多い.時間割には,ランチタイムはほとんど考慮されておらず,学生は講義を聴講しながら飲食するという厳しいものである.ラトガーズ大学薬学部の時間割でも,昼休みという考えはないようである.(一般に,カナダ,米国では,講義室に飲食物を持ち込むことが許されている)

2-4. 薬学専門教育課程

カナダ,アメリカ,及びイギリスの薬学部の教育は,medication therapy expertsを養成することを目的としている.換言すると,薬学生にファーマシューティカル・ケアを実施する知識,技能,価値観を授けることを目的に構築されている.

カナダのトロント大学とブリティッシュコロンビア大学薬学部,アメリカのノースカロライナ大学,ラトガーズ大学薬学部,イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドン薬学部,及びキングズ・カレッジ・ロンドン薬学部のカリキュラムを詳しく調べた結果,これら欧米3ヵ国のカリキュラムを構成する主要な学問分野は,(1)Pharmacology薬理学(毒性学を含む),(2)Pharmaceutics薬剤学(製剤学を含む),(3)Chemical Biology/Medicinal Chemistry化学生物学/医薬化学,(4)Practice and Policy/Management/Administration実践薬学(社会薬学・経営学を含む)である.

日本の薬学部では,上記の(4)の「医療政策,医療経営学,薬物療法の費用対効果,薬局マネジメント」等の社会薬学的授業科目が手薄である.実践薬学(実務教育)の名称が単にPracticeだけでなく,Policy,Management,Administration等の言葉が添えられている.すなわち,実践薬学・実務教育は,単に調剤(の技術)を学ぶだけではなくて,薬物療法の最適化を目指すために必要な医療政策,薬局や病院薬剤部の経営,テクニシャンの指導・監督といった内容を含んでいる.これらの内容は今後,日本でも,学士課程のみならず,大学院で薬学部が取り組むべきものであろう.

次にカリキュラム構成について述べると,欧米諸国の多くの大学ではいわゆる統合型教育となっている.すなわち,4年間で薬剤師(薬物療法の専門家)が身につけるべき資質(competency)からbackcastして,必要な教育科目を設定,配置している.これらに比較すれば,日本のモデル・コアカリキュラムはなお基礎から専門への積み上げ方式と言えよう.また,多くの授業科目が林立していて,統合化は受講する学生に委ねられている状況である.

2-4-1) トロント大学

トロント大学薬学部の授業カタログ11) を見ると,特徴的な科目として,1年生前期にPHM110(Health Systems)があり,医療制度,薬事関係法規に加えて,チーム医療における医師,薬剤師,看護師等の役割を教える.1年生前期で最も多くの時間をかける科目は,Pharmacokinetics(週に4回),Human Histology & Anatomy(週に3回)とMetabolic Biochemistry & Immunology(週に2回)である.

1年生後期の主要科目は,Molecular Pharmacology(週に4回),Pharmaceutics(週に4回),Pharmacotherapy 1(週に5時間),Medication Therapy Management(週に1時間の講義と1日の実習)である.

複数の学年にまたがる科目(らせん型配置)として,Medication Therapy Managementは,その1(1年生前期)から,その4(3年生前期)まで2年間続く.また,Pharmacotherapyは器官別疾患別になっていて,その1(1年生前期)から,その7(3年生前期)まで3年半続く.

授業科目はその多くが必修であるが,高学年になると自由選択科目(Elective)と専門選択科目(Selective)もある.Electiveは提示された科目を自由に選択できる.一方Selectiveは指定された数科目の群の中から一つを選択するようになっている.

授業の形態は,伝統的な講義形式もあるが,大部分は問題解決型かつ学習者本位の学習を通して技術を取得させることを重視し,スモールグループディスカッション(SGD),ペア・ロールプレイ,ケーススタディ及びグループ発表討論型授業が多い.トロント大学薬学部(だけでなく一般に英米カナダの大学)では,予習の宿題(reading assignment)が出されていることが多いので,60分の講義でも,かなり速いスピードで進められる.十分な理解ができなかった学生は,教員のOffice Hourに予約なしで訪問して質問することができる(それ以外の時間でも予約して訪問できるが,学生にとって心理的バリヤーが高い).重要な科目には,Lectureに加えてOptional Tutorialというものがあって,希望者に対して,教員(Teaching Assistantが担当することが多い)から丁寧な指導を受けることができる.Workshop(グループディスカッション),Laboratory Work(Lab,実習)もある.

実務実習は1年生と2年生の終業後の夏(5月~8月)にそれぞれ160時間(4週間)のEPE(Early Practice Experience,早期体験実習)がある.3年生終業後の5月からは1年間のAPPE(Advanced Pharmacy Practice Experience,長期実務実習)がある.合計50週で,4年生の全ての時間が割り当てられる.

2-4-2) ラトガーズ大学

ラトガーズ大学薬学部の特色は,高校卒業直後の学生を受け入れ,Pre-pharmacy(一般教育課程,2年間)+Pharmacy(PharmD,4年間)の6年一貫教育課程を提供している点である.同様な大学がアメリカには,ラトガーズ大学を含めて,9大学ある(アメリカの薬学部は2016年時点で合計147校).高校卒業時点で薬剤師志望を決めている学生には人気があるという.

ラトガーズ大学薬学部の授業カタログ12) を見ると,PP1年次,PP2年次は教養(一般教育)課程で,一般化学,一般生物学,物理学要諦,有機化学,一般生物学実習,人文学/社会科学(例えば,ミクロ経済学),論文やレポートの書き方等の授業がある.3年次~6年次(P1年次~P4年次)は,他の大学のPharmDプログラムとほとんど同じで,統合型カリキュラムである.

例えば,Medicinal Chemistryというと日本では医薬品の有機合成化学に重きを置くが,ラトガーズ大学では実際の医薬品の構造活性相関,作用機序,副作用,薬物代謝・排泄(水への溶解性)について化学構造をもとに講義している.構造式から水溶性や代謝の部位が予測可能になり,副作用の回避やoff-label use(適応外使用)を考えることができるようになる.詳細は,Chanと大和田論文13) をご覧頂きたい.そして,このような指摘に応えて,新しい教科書を作成する動きも出てきた14)

ラトガーズ大学のPharmacotherapyも器官別,疾患別のモジュールになっていて,5学期にわたって開講される.これは,従来のPharmacology,Pharmacotherapy,及び,Clinical Pharmacokineticsを統合した科目で,講話形式の授業の40%を占める.また,Integrated Pharmacotherapy Application and Skills Series(iPASS)という科目がある.iPASSは,physical assessment,journal club,calculations,OSCE,SOAP文書作成,シミュレーションを含む.これは学内で実施する実務実習の一つで,成績評価はPreceptorが行う.上述の薬物治療学モジュールと並行して実施される.

iPASSの例:吸入技術,胸の聴診(auscultations),コルチコステロイド・カウンセリング.学生は,これらと同時に薬物治療学の「肺」モジュールをとる.

また,「Leadership/Entrepreneurship & Innovation/Assessment of Self/Professionalism」(LEAP)seminarという科目があり,0単位であるが,必修である.これは学生が順番に学会発表のようなプレゼンテーションを行うものである.広い意味の研究に含まれる内容と言える.

研究に関する教育は,日本のように,教員の研究プロジェクトに参加するやり方は選択科目として設定されていて,優秀な学生は履修できるが,一般的ではない.必修科目としては,Principles of Pharmaceutical Researchといった,研究の進め方の考え方に関するものがある.これは病院薬剤師が臨床試験を実施するための基盤であろう.また,文献の調査や評価の方法などを教授する科目がある.これは薬剤師が最適な薬物治療を実施するために必須の能力を授けるものであろう.日本の薬剤師は,現在,フォーミュラリーの作成に取り組み始めているが,そのためには学術論文を評価する能力が必須であるので,同様の教育が求められる.

実務実習(Experiential Program)は,P1年次後の夏休みに薬局で4週間のIPPE(Introductory Pharmacy Practice Experience),P2年次後の夏休みに病院で4週間のIPPE(Intermediate Pharmacy Practice Experience)がある.約1750人のボランティアpreceptorsがIPPEを支えている.

P4年次中には,5週間のAPPE(Advanced Pharmacy Practice Experience)を8ラウンド実施する.合計40週=1600時間.8ラウンド中,少なくとも3ラウンドは学部のclinical facultyが担当し,残りをvolunteer adjunct preceptorsが担当する.実習施設は1100施設.さらに学生が希望すれば,200時間のAPPEが付加される.

また,アメリカはチーム医療の歴史が長く,薬学,医学,歯学,看護学,公衆衛生学,整骨医学の職能団体が大学と連携してInter-Professional Education(IPE)を推進している.

2-4-3) University College London(UCL)薬学部

カリキュラムは,図2のように,統合化されたモジュールで示されている.UCL薬学部の教育の詳細は,「世界薬学探訪記」1) (位置9009/15786—10336/15785)とUCL薬学部のURLs1518) をご覧頂きたい.

図2

UCL薬学部のMPharmカリキュラム.各マスをmoduleと呼ぶ.

「世界薬学探訪記」(位置10058/15786)より転載.

2-5. イギリスの薬剤師生涯教育

イギリスの薬剤師教育を担っている組織は,大学に加えて,薬事評議会(General Pharmaceutical Council, GPhC),王立薬剤師会(Royal Pharmaceutical Society, RPS),及び卒後実務実習(Pre-Reg)を提供する病院及び市中薬局である.

イギリスでは薬剤師の生涯教育が充実しているが,それは薬剤師養成を卒前~卒後にわたって,連続的に(3段階で)捉えていることによる.

第1段階(Pre-Foundation:5年間)は,大学における4年制薬学教育課程と1年間のPre-Reg実務実習からなる,薬剤師資格登録までの期間である.第1段階の枠組みを決めているのがGPhCであり,これを実施しているのが,大学薬学部とPre-Reg(実務実習)受け入れ施設である.

第2段階は薬剤師資格登録直後からの基盤養成(Foundation Training)期であり,約3年間が想定されている.

第3段階は上級者(指導的薬剤師)の養成である.RPSは第2段階と第3段階の枠組み作りを受け持つとともに,薬剤師の職場における基盤養成・上級者養成を支援している.

2-6. 実務実習の背景

欧米諸国の薬学部では,実践・実務(Practice)教育が充実しており,薬剤師会との強い連携がある.欧米諸国では薬剤師会(起源は中世のギルド的な組織)が古くから後継者養成教育を行ってきた.薬剤師会の後継者養成教育組織を起源とする大学薬学部(トロント大学,University College Londonはその例)もある.従って,薬剤師会が薬学教育に関与する伝統がある.

欧米の長期薬学実務実習は学士課程の最終年度の,或いは,卒業直後の1年間で実施される.従って,実習生は実務以外の学習を修了しているので,長期実習中に薬剤師とほとんど同じ職務を行うようになる(例えば調剤録に指導薬剤師と実習生が並んで署名するなど).実習生は現場の戦力として有用な存在である.日本とは異なって,実習生には給与が支払われる.

ジョブ型社会1922) である欧米では,大学生が就職するには,そのジョブを遂行できる能力を示すことが重要であるので,インターンシップが重要である.インターンシップは,法律で定められた最低賃金よりも低い金額ではあるが賃金が支払われる.インターンシップは学生にとっては就職のための重要な手段であり,経営者にとっては安い労働力となる.薬学長期実務実習もインターンシップの一つである.長期実務実習は,学生にとっては就職先を選択する機会ともなっており,受け入れ機関側では新規採用者候補を見定める機会でもある(日本では,5年次の実務実習をそのような機会と捉えることは望ましくないとされている).

2-7. 薬剤師業務と薬学教育

薬学教育は,当然ながら,その国の薬剤師業務と強い相関がある.日本が諸外国と大きく異なる点は,薬剤テクニシャンという職種がないこと,及び,医師にも調剤権があることである.欧米諸国の薬学教育には,Leadership,Administration,Management,Policy等が重要項目として含まれている.これは,薬剤師は,薬物療法のエキスパートで,チーム医療における薬物療法のリーダーであること,及び,テクニシャンを指導監督することに起因する.最近,日本でも非薬剤師による調剤業務が公式に認められたが,テクニシャンの業務に匹敵するわけではない.日本の薬学教育では,他国のテクニシャン教育の内容の多くを,少なくとも当分の間,含めなくてはならないだろう.

例えば,COVID-19が蔓延する中で広く知られるようになったが,イギリス,アメリカ,カナダでは薬局で薬剤師による予防接種が行われている.カナダでは薬局でインフルエンザワクチン接種がされるようになって,ワクチン接種率が向上し,インフルエンザ罹患率が下がり経済損失を減少させたという.従って,薬学部で注射の仕方を教えている.

また,これらの国では医師は希少資源であり,日本と比べるとアクセスが容易でない.従って,多くの人々は体調不良を感じるとまず(予約なしで訪問できる)薬局に行くことが多い.従って,薬局薬剤師は患者の訴えを聞き,或いは,検査データがあればそれを見て,OTC薬を販売するか,或いは,医師の受診を勧めるか,を判断する(コンサルティング/カウンセリング).一次医療の担い手である.また,長期処方の処方せんのリフィルの場合にも同様の判断をする必要がある.従って,薬学部で検査データの解釈について教えている.さらに,病院薬剤師はClinical Trial(薬剤師主導臨床試験)を盛んに行っているので,検査データの解釈能力は必須であり,また,Ambulatory部門(再来患者に対して,医師を受診する前に,薬剤師がコンサルティングをする部門,日本の薬剤師外来に類似)の薬剤師は,患者の薬物療法最適化を考える上で,検査データの解釈能力が求められる.日本でもいくつかの病院では処方せんに検査データを付けるようになっており,このような処方せんを応需した薬局の薬剤師には,検査データの解釈能力が必要である.

逆に,ドイツでは病院薬剤師が患者に接することはない(病院薬剤師の業務は薬剤の供給・管理・看護師への説明)ので,ドイツの薬学部にはいわゆる病院薬剤師の医療薬学教育的なものがない.

カナダの薬剤師の業務拡大の現状を表1に示した(カナダは連邦国家なので,薬事関係法規も州ごとに異なる).また,若子氏の著書23) も参考になる.

表1 カナダの薬剤師の権限は拡大しつつある. (州ごとに異なる.Alberta州では全て認められている.規制当局が認めた研修を受けた薬剤師のみに許される行為もある)
Prescriptive Authority (Schedule 1 Drugs)1
Initiate2
Independently, for any Schedule 1 drug
In a collaborative practice setting/agreement
For minor ailment/conditions
For smoking/tobacco cessation
In an emergency
全ての医療用医薬品に対する独立処方権
医療機関との連携・合意の下で
軽度の疾病・病状に対して
禁煙に関して
非常時に
Adapt3/Manage Independently, for any Schedule 1 drug4
Independently, in a collaborative practice4
Make therapeutic substitution
Change drug dosage, formulation, regimen, etc
Renew/extend prescription for continuity of care
他者が作成した処方せんを改変できる
医療機関との連携・合意の下で改変できる
同効薬による代替
用量,剤型,投与計画の変更
治療継続のため,現在の処方箋の更新/期限の延長
Injection Authority (SC or IM)1,5 Any drug or vaccine
Vaccines6
Influenza vaccine
全ての薬物,ワクチンの注射
全てのワクチンの接種
インフルエンザワクチンの接種
Labs Order and inspect lab tests 臨床検査所に検査の発注をし,検査をすること
Techs Regulated pharmacy technicians 薬剤テクニシャンの監督・指導

1: 州によって法律が異なる.2: Initiate new prescription drug therapy, not including drugs covered under the Controlled Drugs and Substances Act. 3: Alter another prescriber’s original/existing/current prescription for drug therapy. 4: Pharmacists independently manage Schedule 1 drug therapy under their own authority, unrestricted by existing/initial prescription(s), drug type, condition, etc. 5: Applies only to pharmacists with additional training, certification and/or authorisation through their regulatory authority. 6: Authority to inject may not be inclusive of all vaccines in this category. Please refer to the jurisdictional regulations.

出典:https://www.pharmacists.ca/advocacy/scope-of-practice/

わが国では,人口当たりの医師数は先進国中で少ない方であるが,国民一人当たりの年間受診回数は極めて多い.従って,医師は慢性的に過重労働に陥っている.医師の過労状態の緩和(医師の働き方改革)のためのタスク・シフティングの議論がなされているが,薬剤師へのタスク・シフティングに関しては余り議論されていない.この問題に関しては,大学教育におけるInter-Professional Education(IPE)と医療現場における多職種連携,特にProtocol-Based Pharmacotherapy Management(PBPM)の実践が重要であろう.

2-8. 二重学位(Double/Dual Degree)

アメリカには,PharmD課程の学生が,同時に他の学位をも取得できるプログラムを提供する大学薬学部がかなりあるが,ラトガーズ大学は,MD(医学),MPH(公衆衛生学修士),MBA(経営学修士),或いは,PhD(学術博士)とPharmDの二重学位取得プログラムを提供している.

PharmD取得後PhDを取得するには,通常,最短でも高校卒業後10~11年(PharmD 6年+PhD 4~5年)を要するところ,ラトガーズ大学薬学部のPharmD/PhDプログラム24) では,約9年で取得できるという.

3. 教員組織

3-1. 教員組織の概要

いろいろな大学薬学部の教員組織を調べてみると,おおよそ次の4つのDepartmentから構成されている.Departmentは学士課程では「学科」,大学院では「専攻」に相当するが,教員組織であり,必ずしも教育課程を意味しない.

(1)Medicinal Chemistry and/or Chemical Biology

(2)Pharmacology & Toxicology

(3)Pharmaceutics

(4)Practice and Pharmaceutical Social Sciences

日本の大学薬学部では(1)に属する教員が多い.しかしながら,日本では理学部と類似の研究テーマの教員も多いが,欧米の薬学部では,創薬や疾病治療の標的分子の探索等,薬学的な研究テーマにfocusしている教員が多い.(1)~(3)の分野(仮に薬科学と呼ぶことにする)の教員の学歴を見ると,PhDを持っているがPharmDを持っている教員は少ない.いくつかの研究室に所属する大学院生の学歴を見るとPharmDは少なく,BSやMSが多い.

(4)の分野(仮に医療薬学と呼ぶ)に属する教員の学歴はPharmD + Residency修了者が多く,PhDは少ない.Practice(実践薬学)の研究内容としては,Clinical Trialに基づくものが多いようである.社会薬学的なテーマでは,経済学(費用対効果),医療政策,薬局経営,疫学,データサイエンス,情報科学などが見られる.(4)の分野でレベルの高い学術雑誌Lancet,J. Amer. Medical Assoc.,New Engl. J. Medicineに論文を発表している人もいる.

以下,各大学の教員構成を見ていくことにする.

3-1-1) トロント大学薬学部

教員名簿(Directory)25) を見ると,Departmentの記載はないが,研究分野の分類として,① 医薬品・疾患診断薬の開発(これを専門とする教員数25名,重複あり),② 疾患と医薬品標的分子研究(17名),③ 臨床薬学研究(18名),④ 医薬品の安全性(21名),⑤ ヘルスサービス研究(18名)がある.③~⑤の3分野はいわゆる医療薬学(臨床薬学・社会薬学)に属する.しかし,①&②と③~⑤の2つのグループに明確に分かれているというわけではなくて,混じっている.例えば,① 医薬品開発と④ 医薬品の安全性の2つを専門とする教員がいる.

幾つかの大きい研究室の中を見てみると,

Prof. Christine Allen(専門)の研究室は大学院生(PhD, MSc)8名,ポスドク4名,ラボ・テクニシャン1名という陣容である.New Engl. J. Med(2018),J. Amer. Medical Assoc.(2015)など,臨床医学の一流雑誌への発表がある.Prof. Allen自身はPhD in Chemistryであって,薬学部出身ではない.所属する院生も薬学出身者は2名で,他は化学(Chemistry)や工学(Engineering)出身である.

Prof. Angers(専門)の研究室を見ると,2020年の発表論文として,Nature Commun.,Proc. Nat. Acad. Sci.,Cellなど一流誌に掲載されている.ポスドクが4人,大学院生が9人いる.大学院生のうち,薬学出身者は2人である.Prof. Angers自身も化学のBSc,PhDで薬学出身ではない.

Prof. Kelley(専門は化学のBA,PhD学位を持っていて,薬学出身ではない.Senior Research Associateが6人,ポスドクが4人,大学院生6人のうち,Pharmaceutical Sciencesの専攻は4人(出身が薬学かどうかは不明),その他はChemistry,Electrical Engineering専攻である.

トロント大学薬学部には教育専門(Teaching Stream)の教員が10名いる.彼ら・彼女らが教育を責任と誇りをもって推進している.トロント大学薬学部は2021年にCCAPP(Canadian Council for Accreditation of Pharmacy Programs)の評価を受けて,最高評価(6年間有効)を貰ったが,評価の準備は教育担当教員が主に行った.また,教育には,特任教員(Status)や客員教員(Adjunct)が大勢(126名)いるし,実務教育関係では約500人の学外ボランティア指導者(Preceptor)がいる.これらを統括しているのは教育担当教員であるから,たくさんの部下を持つ,大勢力である.

3-1-2) ラトガーズ大学薬学部

教員名簿26) を見ると,ラトガーズ大学薬学部には5つのDepartmentがある.

① Chemical Biology(教員数11名)

② Medicinal Chemistry(4名)

③ Pharmaceutics(9名)

④ Pharmacology and Toxicology(19名)

⑤ Pharmacy Practice & Administration(57名)

Preceptorは1,700人以上いる.①~④の教員(合計43名)は,ほぼ全員PhDでPharmDはほとんどいない.一方,⑤の実践薬学・社会薬学の教員はほとんどがPharmD(+Residency)で,PhDはほとんどいない.

3-1-3) University College London(UCL)薬学部

教員(Academic Staff)名簿27) によれば,2022年5月29日の時点で,次のような陣容(Academic Staff,合計69名)である.

Department of Pharmaceutical and Biological Chemistry(20名)

Department of Pharmaceutics(17名)

Department of Pharmacology(12名)

Practice and Policy(20名).

実践薬学教育を担当する教員がトロント大学やラトガーズ大学に比べると少ないようだが,この差異は,恐らく,イギリスでは長期実務実習が卒業後に実施されることに起因するのではないだろうか.

Academic Staffのほかに,Research Staffが29名いる.加えて,約70名のProfessional Servicesを提供する人たちがいる.教育や研究のmanagement,4つのdepartmentsの大学院生の統括,pre-registration placements,library,IT services,pharmacy technicianなど.

3-1-4) ノースカロライナ大学薬学部(Eshelman School of Pharmacy, University of North Carolina)

教員名簿28) を見ると,ここの教員の学歴,職歴,専門分野を知ることができる.

他の大学のdepartmentに相当する教員組織としてDivisionがあり29),各々のDivisionを構成する単位は研究室(Lab)である.5つのDivisionがある.

① Chemical Biology and Medicinal Chemistry(23 Labs)

② Pharmacoengineering and Molecular Pharmaceutics(9 Labs)

③ Pharmacotherapy and Experimental Therapeutics(13 Labs)

④ Practice Advancement and Clinical Education(1 Lab + 2 Centers)

⑤ Pharmaceutical Outcomes and Policy(11 Labs)

4. 大学院の状況

三浦と仙石の著書30) を本節の参考資料として挙げる.

4-1. PhD(学術博士;Academic Doctorate)と専門職学位との関係

Academic Doctorate(PhD)とProfessional Doctorates(専門職学位)は別物である.北米では,専門職学位は職業資格と結びついた学位として広く認知されている.例えば,医師(MD),弁護士(JD; Juris Doctor),MBA(経営学修士),薬剤師(PharmD)など.一方,PhDは研究者であることの証明書のようなものであり,専門職学位を保持するものが,さらにPhDを取得しようとすることは稀である.医療専門職(MDやPharmD)は,専門職としてのさらなる成長をResidencyや専門職認定研修プログラムにより追究するが,PhDへ進学するのは稀である.Dual Degree(MD/PhD, PharmD/PhD)のプログラムを設定している大学もあるが,受け入れ人数はごく少ない.

Pharmacy School,Medical School,Law School等は,入学資格に学士号の保持を要求していないので,制度的には大学院ではないが,入学生のほとんどが4年制の学士課程を修了した者(学士)により占められているので,事実上は専門職大学院とみなすことができる.School of Arts and Science(教養学部)で,化学,生化学,分子生物学等を専攻して卒業を迎えた学生が卒業後の進路を考える時,医師を目指すならMedical School,薬剤師を目指すならPharmacy School,研究者を目指すなら大学院(PhD)といった選択肢がある.生物学や化学関係のPhD養成課程は,School of Arts and SciencesやMedical School,Pharmacy Schoolにあるので,Pharmacy Schoolの大学院には,これらの学士が志望してくる.実際,Pharmacy Schoolの大学院生の経歴を見ると,ChemistryやBiochemistryの学士号(BSc)を有する者が多く,PharmDを持つ者は少ない.

4-2. 大学院生への経済的支援

博士課程学生が,親からの仕送りで生計を立て,授業料を払うのは,日本のみである.欧州大陸では,教育は幼稚園から大学院まで無償であり,授業料の徴収は無い.英国では授業料が徴収されるが,政府の給費制奨学金制度がある.

ドイツ31) の例を取り上げると,「大学院博士課程学生」は「学生」ではなく,キャリアパス上の最初期の「研究者」であって,「博士課程研究者」と呼ばれる.博士号取得希望者は,(予定)指導教授との個別の合意・了解の下に,大学と雇用契約を締結する.社会保険も含まれていて,博士課程修了時にもし就職できなかった場合には,失業保険が給付される.原資は,州政府が支出する大学に対する基盤的経費と公私の団体(funding organization,企業,連邦政府のプロジェクト等)からの資金である.博士課程研究者の給与は,1€ = 130円として,月額264,810円~381,680円である.(ポスドク研究者は,その2倍)

カナダ・米国では授業料の徴収があるが,「授業料+生活費」が支給される(指導教員の研究費から)ので,親からの仕送りはない.

世界のこのような状況に鑑み,日本政府も博士課程学生への経済的支援を考えるようになった.2020年1月,内閣府総合科学技術・イノベーション会議において「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ」を策定した32)

これに応じて,関係省庁では予算化が行われた.文部科学省関係では,科学技術振興機構の「次世代研究者挑戦的研究プログラム」が始まった33)

4-3. 日本の博士課程と北米のPhD課程の比較

北米の大学院博士課程では,入学してすぐに博士論文研究に取りかかるわけではなく,定められた単位の授業科目(course work)を履修しつつ,PhD院生適格試験(Qualifying Examination, QE)に合格しなければならない.QEには,博士論文研究の計画提案書(Proposal)の提出とそれに対する口頭試問が含まれている.通常2年程度で,course workの履修を修了し,QEをパスすると,PhD candidate(All but Dissertation, ABDともいう)となり,博士論文研究を開始する.

大学院入学の初期に多くの知識やメタ知識を体系的に習得し,Proposalの作成により研究の進め方を主体的に考え,自立した研究者へと導くようになっている.

前節で述べたように,北米の大学では,指導教員は「大学院生の授業料+最低の生活ができるだけの奨学金」を負担しなければならない.従って,大学院担当資格を有する教員であっても,豊富な資金を持っている教員しか大学院生の指導教員にはなれない.資金のない教員は,コースワークを担当するが,研究は自分で(或いは,共同研究者とともに)実施しなくてはならない.

以下の4大学薬学部の大学院の実態を調べた.

4-3-1)University of Toronto(UT)

4-3-2)Rutgers, the State University of New Jersey(Rutgers)

4-3-3)University College London(UCL)

4-3-4)University of North Carolina(UNC)

大学院制度はアメリカで開発され,進化してきた.UNC薬学部は,グラントの獲得額が全米で上位にあり,研究に専念する(教育の義務を免除されている)教員がいるなど,研究に力を入れている薬学部なので,取り上げた.

4-3-1) トロント大学薬学部の大学院教育

大学院には学生定員という考えはなく,上述のように,入学者数は教授会(Faculty)或いは指導教員が提供できる奨学金の総金額によって決まる.

入学資格(Admission Requirements:4年間のBSc or BA課程で,自然科学,生命科学,物理科学,工学,社会科学,或いは,医療専門職課程(歯科,医科,看護,或いは薬学)を修了した者.

・薬学部の大学院担当教員に予めコンタクトして,経済的支援の約束を得ていること

・社会人大学院生(Flex-time PhD)の場合,雇用者から了解書(Letter of Support)を得て,提出できること.

大学院(PhD in Pharmaceutical Science)修了の要件

・最初の2年の間に,QE(Qualifying Examination, PhD院生適格試験)に合格すること.QEはResearch Proposal(PhD Thesisに向けて,自分で考えた研究計画書)の提出と試問である.

・3年次までに,要請されている単位以上のコースワークを取得

・4年間,年に8回以上,大学院セミナーに出席すること

・院生グループセミナーの出席率が75%以上であること,そして,2~4年次の間に2回(1回20~30分)の口頭発表をすること

・研究の中間発表のポスター発表をすること

トロント大学の大学院授業の時間割34),授業説明35) については,各URLをご覧頂きたい.

4-3-2) ラトガーズ大学の大学院教育

4つの専攻(教育プログラム)がある.

① Medicinal Chemistry36)

② Pharmaceutical Sciences37)

27単位の座学+45単位の研究(1年のresidencyを含む)

③ Toxicology

Department of Pharmacology and Toxicologyが主宰するが,17の他のDepartmentsの教員が指導教員となる共同大学院プログラムである.

④ Health Outcomes, Policy and Economics

MS in Health Outcomes, Policy and Economicsのみで,PhDコースは設定されていない.

4-3-3) University College London(UCL)の大学院教育38)

PhDを取得するには,まず修士課程(MPhil)に入学し,その後,PhD課程に進む.

入学資格:生化学,化学,微生物学,薬理学,またはその他の関連科目で修士号,または最低2級の英国学士号,または同等の基準の海外での資格があれば応募可.

院生は,次の専攻のいずれかに属する.専攻は,教員組織のDepartment(3-1-3項参照)に対応している.

(1)Research Department of Pharmaceutical and Biological Chemistry

(2)Research Department of Pharmaceutics

(3)Research Department of Pharmacology

(4)Research Department of Practice and Policy

そして,次の6つの研究クラスターで研究活動を行う.

・Age-related Medicines Development and Use

・Drug Discovery and Therapeutic Target Identification

・Fabrication and Synthetic Technologies for Advanced Drug Delivery

・Medicines Use and Optimisation

・Pharmacoepidemiology and Medication Safety

・Translational Neuroscience

UCLでは,(薬学部に限らず)全学の大学院生のためのHandbook39) を作成・公開し,大学院生の自立した研究者への成長を支援している.

4-3-4) ノースカロライナ大学(UNC)薬学部の大学院

PhD課程の説明40) を見ることができ,加えて,PhDガイド41) をWeb上で申請すればダウンロードできる.

専攻は,次の①~④の4つ.

① Chemical biology and medicinal chemistry

この専攻は,創薬(Drug discovery)を志向しており,内容は,学生用ハンドブック42),及び,Course description43) に記述がある.

② Pharmacoengineering and molecular pharmaceutics

この専攻は,Drug delivery志向で,教育内容はCourse description44) をご覧頂きたい.

この専攻にはMolecular PharmaceuticsとPharmacoengineeringの2つのコースがある.いずれも,修了するには,

・24単位の習得が必要

・毎週のセミナーへの出席.3年次からは発表をすること.

・Lab rotation or dissertationは学期ごとに3単位以上

・筆記試験及び口述試験(QE)

・Dissertation and final defense

③ Pharmacotherapy and experiential therapeutics

この専攻は薬物治療の最適化(Drug optimization)志向で,2つのコースがある:Clinical track(入学資格:PharmDまたはMD)とNon-clinical track(入学資格:BSc,臨床トレーニングの無い学生).

教育内容については,Web上の教育プログラム45) をご覧頂きたい.

④ Pharmaceutical outcomes and policy

この専攻はPatient outcomes志向で,3つのコース(Concentration)がある(カリキュラムは文献46を参照).

1.Pharmaceutical Policy and Economics Concentration

2.Pharmaco-Epidemiology Concentration

3.Social and Behavioral Concentration

4-4. 大学院のまとめ

日本の,薬学部6年制に基礎を置く4年制の大学院博士課程は入学者が少なく,存亡の危機にある.入学者が少ない理由の一つは,博士課程修了まで,最短でも10年(6 + 4年)という長期間を要し,欧米諸国の大学院のような経済的支援もないことである.欧米では,PhDコースの大学院生には,授業料+生活費をカバーする奨学金が支給される(というか奨学金が得られた者しか入学が許されない).もう一つの理由は,薬学部6年制の開始により,薬学部の学士課程はProfessional Schoolの色彩が強化されたことにある.北米の教育制度でいえば,薬学部6年制に基礎を置く4年制大学院博士課程は,北米の大学におけるPharmD→PhDに相当し,北米では主流になっていない(なり得ない)仕組みである.

薬学部6年制が発足するまで,日本の薬学部教員の多くは,学士(薬学)を取得した後,大学院博士課程(薬学系)を修了した者であった.この方式を今後も続けていくとするならば,北米の大学のやり方を参考にすることができないので,ヨーロッパのやり方(本論文では追究できていない)を参考にするなどして,独自の解決法を考える必要がある.幸い,博士課程学生の経済的支援については,日本政府も新たな政策を打ち出しており,大きく改善される見込みがある.

一方,大学に対しては,大学院の教育課程を見直し,体系的なCourse workの設定・充実やQEの実施などにより,修了者のレベルアップを図って,社会から評価される博士を輩出することが強く要請される.また,Dual Degree(PharmD/PhD)に倣った制度をつくることも考えられるが,実現の可能性は低いと思われる.

5. 考察

5-1. カリキュラム

従来型の,教員ごとの講義を教育単位とするやり方は欧米諸国では少なくなっている.学生に,細分化された科目の習得をさせるのではなく,臨床現場を想定して,必要な資質を身につけさせるために,総合的に学ぶ機会を豊富に提供している.

一方,日本では,1科目の講義を週に1回(1コマ=60分=90分)行い,15回(15週)で完結して,期末試験に合格すると1~2単位が与えられるという形式が今でも多い.こうしたやり方で,講義と演習科目,さらに実習科目を積み重ねて,186単位以上を習得することになる.

1週間に1回,10科目以上の異なる内容を並行して学ぶという学習方法は効率的・効果的でない.教員組織と教育組織の分離ができないまま,教員の独自性を重視する考えが教員の数と専門分野に応じた科目数を生み出しているのではないか.(換言すると,1073のSBOを分担している.次回のモデル・コア・カリキュラムの改訂で,SBOを廃止するという議論があるが,よいことではないだろうか.)

5-2. 実務実習の時期と期間

欧米諸国では,実務実習は最終年次に,或いは,卒後に1年間設定されている.エントリーレベルの薬剤師に必要な資質は最終的に実務実習で養成されるものであり,その成果が薬剤師免許試験において試されるという考え方であろう.

実務実習を最終学年(或いは卒後)に置くことによって,学内教育と学外教育の分担と責任が明確になるとともに,卒前教育と卒後教育の連続性も可視化されやすい.大学と学外実務教育関係者との協力関係の強化にもつながる.

日本の実務実習は,実施時期が5年次であることと,期間が11週間と短いことで,世界標準に合っていない.この点を深く議論する必要があろう.

少し話題が変わるが,厚生労働省の「薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」47) で薬剤師の需給推計が行われ,間もなく供給過多となるので,薬学部の入学定員を減らすべきであるという声が上がっている.しかし,この声は薬学教育関係者の胸に刺さるものにはなっていないように思われる.

仮に,薬学教育の質改善のために,諸外国と同様に,1年間の実務実習を行うことにすると,実習施設が足りないという側面から,入学定員を減らすべし,ということになり,こちらは,薬学教育関係者の胸に刺さるのではないだろうか.

5-3. 教員組織-医療薬学担当教授陣の強化

3-1節で見たように,欧米諸国では,薬科学担当教員(PhD)と医療薬学担当教員(PharmD + Residency)は,学歴が異なる.両分野担当教員の人数比率はほぼ1:1である.

日本の薬学部においては,医療薬学担当教員は多忙を極めており,強化を図る必要がある.薬学部が薬物療法のエキスパートを養成する教育機関(Professional School)であるならば,あるレベル以上の数と質の薬物療法エキスパートである教員を抱えていなくてはならない.

北米の大学の実践教育担当者は,文字通り薬物治療法のエキスパートであり,学外の多数の実務家(客員教員やPreceptor)を統括している.カナダのUniversity of British Columbia(UBC)薬学部には,Pharmacists Clinicという付属施設(世界薬学探訪記1),位置5382/15786を参照)があり,ここでは家庭医(GP)が持て余した患者の薬物治療の最適化を行っている.また,市中薬局の薬剤師との会話において,UBC薬学部の実践教育担当教員が薬局薬剤師から尊敬されていることが窺われた.

5-4. 学外の多様な組織と連携する研究教育の環境

欧米諸国の薬学教育も研究を重視している.しかし,それは日本の薬学部における,個別の指導教員の下で卒業研究に取り組んで,得られた成果を卒業論文に纏めるという形式に基づくものではない.

日本の従来のやり方では,学生が選択可能な研究テーマの幅は狭い.翻って欧米諸国では,教員が提供できる研究テーマにとらわれることなく,学生自身の進路希望や関心に合わせて選択できる環境を学内外に広く用意している.

専門教育と研究教育を5年次終了までに終了し,6年次は1年間の長期実務実習に当てるというやり方が世界の薬学教育の標準である.現状の枠組みでも,アドバンスト実務実習をこのような考え方で実施することは有意義であろう.

卒前教育と卒後教育(学士課程教育と大学院教育を含む)を連続的に実施するうえでも好都合となる.

北米の大学には,sabbatical leaveといって,フルタイムの正規教員には,7年に一度,職を離れて有給休暇をとり,他の教育・研究機関で自己研鑽や新しい専門に取り組む機会(1年間)が与えられる.コロナ禍のため,現状はよく分からないが,もし,この仕組みを日本の薬学部に取り入れることができれば,実務家教員が実務の現場に長期間滞在することにより,技能のアップデートや新しい教授法の開発等に取り組むことが容易になるであろう.

5-5. 大学院教育の改革と教員後継者養成

4-4節で述べたように,また,三浦と仙石30) も述べているように,大学院教育は,北米のやり方を採り入れて,Course work の充実やQEの導入を含む改革が必要であろう.

薬学の教員後継者養成の課題として,6年間の学士課程+4年間の博士課程を修了した人のみを教員にするのでは,解決が難しいと思われる.欧米の薬学部教員構成を参考にすれば,薬剤師資格を持たない(4年制の薬科学科卒業,或いは薬学部以外の学部卒業)大学院博士課程修了者をも教員として採用し,薬学的研究テーマを追究できるようにすることも有効ではないだろうか? 非薬剤師教員が医療の現場を知る機会を得るには,例えば,上で述べたSabbatical制度を活用することも考えられる.

5-6. Inter Professional Education(IPE)

2-4-2節で述べたように,北米ではIPEが充実している.トロント大学では,1年生前期にPHM110(Health Systems)という授業科目があり,医療制度,薬事関係法規に加えて,チーム医療における医師,薬剤師,看護師等の役割を教えている.

日本では間もなく,薬学,医学,歯学のモデル・コアカリキュラムが同時に改訂されようとしているが,この機会に,各モデル・コアカリキュラムを摺り合わせて,整合性のとれたIPEを推進できるとよい.薬剤師の対人業務が増大する中で,薬剤師の実施するカウンセリング/コンサルティング(広い意味の服薬指導)が医師の業務と接触/抵触する可能性が高くなりつつあり,IPEを各医療系学部で共同開発することは極めて重要である.

5-7. Discipline-based education research(DBER)

ノーベル物理学賞受賞者のカール・ワイマン(Carl Wieman)は効果的な科学教育に関する研究を,カナダとアメリカの大学で,主導してきた.その成果48) が,University of British Columbiaのホームページに公開されている.ワイマンは,このような教育方法を研究する領域をDiscipline-based education research(DBER)と呼んでいる.DBERを推進する研究者のためのハンドブック49) が公開されている.また,ワイマンの著書の日本語訳書50) も出版されている.

欧米の薬学部教育を視野に入れつつ,DBERの一つとして,薬学教育改革の研究を進めることは,各大学薬学部のFDのテーマとして,また,日本薬学教育学会会員の研究テーマとして,重要なことと考えられる.

謝辞

「世界薬学探訪記(アマゾンKindle版,2019年刊行)」の8ヵ国訪問調査に参加・ご協力いただいた方々(徳島文理大学,徳島大学,松山大学の教員,及び,香川県病院薬剤師)に感謝いたします.中でも同書の作成に特に大きい貢献をして頂いた,松岡一郎教授(松山大学),土屋浩一郎教授(徳島大学),飯原なおみ教授(徳島文理大学香川薬学部),加藤善久教授(徳島文理大学香川薬学部),京谷庄二郎教授(徳島文理大学薬学部)に深謝申し上げます.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
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