Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Practical Article
Educational effect of pharmacogenomics (PGx) practice in therapeutic drug monitoring (TDM) exercise in pre-practical training
Ken-yuh HasumotoDaiki HiraTomoya KitagawaMasayuki YokoiSatoshi UeshimaTomonobu OkanoMikio Kakumoto
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2022 Volume 6 Article ID: 2022-043

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抄録

ファーマコゲノミクス(PGx)は,個別化薬物療法を行う上で有用な手段であり,改訂薬学教育モデル・コアカリキュラムにおいても重要視されている.しかし,その教育は主に座学のみであり,臨床準備教育としての取り組みは全国的にも少ないのが現状である.そのためPGx演習の教育効果については十分検討されていない.本報告では,立命館大学で実施した4年次生対象の臨床準備教育におけるPGx演習実践例を報告することに加え,PGx演習に対するアンケート調査結果を報告する.その結果,PGxという用語への理解度は,PGx演習を通して深まった(P < 0.01).更に遺伝子多型に基づく処方設計が必要な薬剤の正答数はPGx演習前後で増加した(P < 0.01).また,遺伝子多型を基にした処方提案の重要性の認識度についても実習後で有意に増加し(P < 0.01),本学のPGx演習の有用性が強く示唆された.

Abstract

Pharmacogenomics (PGx) is a valuable tool for facilitating precision medicine approaches to pharmacotherapy and is emphasized in the revised model of the core curriculum. However, pharmacy students are educated on PGx mainly through classroom lectures, with few attempts to implement it in nationwide pre-clinical training. The educational impact of PGx training was investigated with fourth-year pharmacy students at Ritsumeikan University. Questionnaires were conducted before and after the therapeutic drug monitoring (TDM) training to investigate the effect of the PGx training program on student comprehension. The results showed that the training improved understanding of the term PGx (P < 0.01). Furthermore, the number of correct answers to prescription drug design questions based on gene polymorphism significantly increased following the training (P < 0.01). Awareness of the importance of proposing drug therapy based on gene polymorphisms also significantly increased (P < 0.01), supporting the usefulness of the PGx training program during pre-clinical training.

目的

2010年4月30日に発出された厚生労働省による通知(医政発0430第1号)「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について」1) でも明示されている通り,医師や薬剤師をはじめとする医療専門職種が各々の専門性を活かして「チーム医療を実践」することが求められる.このチーム医療を実践する中で薬剤師は,患者にとって安全で有効な薬物治療を実践することが期待されている.ここで薬剤師の専門性を発揮すべき分野は多岐にわたるが,その中でも特に薬物動態学的解析に基づいて,個々の患者に対して最適な投与設計を行う治療薬物モニタリング(Therapeutic Drug Monitoring: TDM)は薬物治療の根底を担う重要な分野である2)

近年,患者個々が持つ薬物代謝酵素や受容体などの遺伝子情報に基づいて適切な薬物療法を実践するファーマコゲノミクス(Pharmacogenomics: PGx)が臨床においても実施されるようになり35),医療における遺伝子情報の活用は,“Precision Medicine” を推進するための有用なアプローチとして期待されている.しかしながら,日常の診療現場においては,このような遺伝子情報が十分に活用されているとは言い難いのが現状である4,6).一方,PGx検査を基にした薬物療法の実践については,患者の薬学的管理の点からもチーム医療の一員として薬剤師が貢献することが求められる.

既に,ゲノム医療に関わる医療スタッフに対しては,専門性を担保する認定制度の整備が進んでいる7,8).薬剤師においても,PGx検査結果に応じた高度な薬物療法を実践できる薬剤師の輩出が求められ,そのための教育プログラムが一部の大学院で実践されているが4),本邦の薬剤師を対象とした大規模アンケートからも学部教育におけるPGxに関連する講義の受講経験は12.4%に留まることが報告されており9),まだまだ全国の薬科系大学にまでは普及されていないのが現状である.一方,立命館大学薬学部(以下,「本学」)では,4年次生を対象に遺伝子多型を考慮に入れた投与設計に関する講義や課題などを行うPGx演習をTDM実習に取り入れている2)

2013年に新たに改訂された薬学教育モデル・コアカリキュラム10) の中にも,薬物治療の個別化に関する基本事項の修得を目指してPGx解析を臨床準備教育において学ぶことを規定している.このため,全国の薬科系大学ではこれらの臨床準備教育を実施しているが,その臨床準備教育の有用性に関する客観的な数量化やエビデンスを示している先行研究は少ない.

そこで本研究では,本学のTDM実習2,11,12) 内で実施しているPGx演習の臨床準備教育における有用性に関する客観的な評価を行うことを目的に,実習前後における受講生の理解度・認識をアンケート調査し,本演習内で実践している,遺伝子多型に基づいた処方設計等の評価とその教育効果を調査した.

方法

1. 本学でのTDM実習内PGx演習の概要

2019年度のTDM実習(前期・専門科目)は,本学4年次生82名を対象として実施した.既報に示す通り12),本学のTDM実習の授業デザインとして,薬物血中濃度測定や処方設計提案,TDM解析ソフトを用いた投与計画の作成などを2日間(90分×3コマ×2日間)にわたって実施した.

この実習内のPGx演習の実践として,下記にその概要を示す.

1) 臨床応用可能なPGx検査についての講義(イリノテカン投与患者に対するUGT1A1遺伝子多型測定について)

抗がん剤のイリノテカンにはUGT1A1(Uridine diphosphate glucuronosyltransferase)の遺伝子変異により,イリノテカン及びその代謝物の薬物動態が個人間で変化し,薬物の副作用発現に影響を与える13) ことについて講義を行った.

また,遺伝子多型には,一塩基多型とマイクロサテライト多型の2つがあること,またCYP2C19を例にして遺伝子多型のアレル頻度は,人種によって違うことを説明した.

2) PGx検査の活用についての演習①

(演習概要) 第1日目

クロピドグレル服用開始症例について,PGx解析結果に基づいた処方設計に関する課題を与えた(図1A).課題では,処方されたプロトンポンプ阻害薬(Proton pump inhibitor: PPI)の種類(オメプラゾール,ランソプラゾール,ラベプラゾール)及び患者のCYP2C19遺伝子型(*1/*3,*2/*3など)をランダムに組み合わせたレポートを用意した.課題内容がひとりひとり異なることを前もって学生へ説明したうえで,CYP2C19のPGx検査情報に基づいた医師へ処方提案を立案する課題に取り組ませた.

図1

PGx課題.A:第1日目.B:第2日目.

提出された課題は欧米のコンソーシアムから発出されているPGx検査のClinical Pharmacogenetics Implementation Consortium(CPIC)のガイドライン3) を参考に採点を行い,TDM実習の2日目の冒頭に学生へ採点結果を返却してフィードバックを行った.

3) PGx検査の活用についての演習②

(演習概要) 第2日目

タモキシフェン服用開始症例について,PGx解析結果に基づいた処方設計に関する課題を与えた14) 図1B).

演習①,②に取り組むにあたり,参考にする資料は,インターネット上から自由に検索することとし,必要に応じて関連する論文等を参照するように指導を行った.

2. TDM実習前後におけるアンケート調査

2日間にわたるTDM実習の初日と最終日(2019年4–7月)にアンケート調査(図2)を行った.また,いずれも無記名でアンケート調査し,アンケート調査用紙を回収した.アンケート調査では,設問1,3,4についてはPGxに関する概念の理解度,重要性認識度,また薬剤知識の実習前後での回答変化を比較調査した.なお,設問4に関して,学生が薬剤として設問に回答があれば回答数としてカウントした.またその上で,欧米のコンソーシアムから発出されているPGx検査のClinical Pharmacogenetics Implementation Consortium(CPIC)のガイドライン3) に記載がある薬剤を正答としてカウントした.

図2

アンケート調査用紙.A:TDM実習前.B:TDM実習後.

3. 統計学的解析

回答を選択した学生数の割合の変化(設問1)は,カイ二乗検定を用いて評価した.重要性認識度(設問3)及び回答数・正答数の変化(設問4)は,同一の被験者で比較できないため,それぞれMann-WhitneyのU検定あるいは対応のないt検定を用いて評価した.また,P < 0.05を統計学的有意とした.統計解析にはEZR15) (自治医科大学附属さいたま医療センター,埼玉)またはJMP Pro 15(SAS Institute Inc., North Carolina)を用いた.

4. 倫理的配慮

本調査は無記名のアンケートに基づいて教育効果を評価する目的で実施された.調査への協力は任意であり,非侵襲的かつ介入を伴わない調査である.なお,本研究は「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」を遵守して実施し,本学「立命館大学の人を対象とする医学系研究倫理審査委員会」の承認(BKC-人医-2019-010)を得て実施した.

結果

アンケート回収率はTDM実習前及び後で,それぞれ100%及び98.8%であった.

1. PGxという言葉についての実習前後での理解度の変化

PGxという言葉についての理解度を選択肢(4件法:1. 十分に理解している.2. ある程度理解している.3. あまり理解していない.4. 全く理解していない.)を用いて,実習前後で自己評価してもらった.その結果,図3に示すように,実習後において,「十分に理解している」あるいは「ある程度理解している」と回答した割合が増えた.この2つの選択肢を選んだ学生数の割合は,実習後に有意に増加し(図3P < 0.01)実習後でのPGxについての理解度が深まった結果が得られた.

図3

PGxという言葉の理解度の変化.□実習前,■実習後.P < 0.01. カイ二乗検定.

2. 遺伝子多型に基づく処方設計に関しての薬剤師としての重要性の変化

遺伝子多型に基づく処方設計に関しての薬剤師としての重要性の認識度は中央値(25パーセンタイル-75パーセンタイル)で,実習前の70点(50点-80点)から実習後に90点(80点-100点)と実習後で有意に増加した(図4P < 0.01).

図4

遺伝子多型に基づく処方設計に関しての薬剤師としての重要性の変化.箱の中の線は,中央値を示す.箱の上端,下端がそれぞれ75パーセンタイル,25パーセンタイルを示し,またひげは最大値,最小値を示す.**, P < 0.01. Mann-Whitney U test.

図2Bの設問3-2への回答について,薬剤師としての重要性が高いと認識した理由の中で頻度の高いキーワードとして,「薬剤師の専門性」が17件,「処方設計の必要性」が12件,「薬効の個人差」が19件挙げられた.また,それらのキーワードを含む代表的な回答を下記に示した.

・遺伝子多型などの個人的な薬の適応については,医師なども把握できないことも多く,専門性を有するものだと感じたから.

・遺伝子多型の型によっては薬効が全く異なるため,患者の遺伝子型に合わせた処方設計が必要だと学んだから.

・PGx解析を行った後に,遺伝子多型と薬の有効性などを関連付けて考察したり,新たな提案をできるのは薬剤師だけだと思ったから.

3. 遺伝子多型に基づく処方設計が必要な薬剤の列挙数とその正答数の変化

遺伝子多型に基づく処方設計が必要な薬剤の列挙数は,本実習前後で1.2 ± 1.4 個(平均値±標準偏差)から3.5 ± 2.1 個へと有意に増加した(図5A,P < 0.01).また,列挙された薬剤の正答数に関しても0.7 ± 1.1個(平均値±標準偏差)から2.8 ± 1.5個へと有意に増加した(図5B,P < 0.01).

図5

遺伝子多型に基づく処方設計が必要な薬剤の回答数(A)とその正答数(B)の変化.□実習前,■実習後.P < 0.01. unpaired t-test.

考察

個別化医療において,薬物治療の個別化に関わる遺伝的素因を理解し,それを受けて薬物療法の計画・立案ができることを改訂薬学教育モデル・コアカリキュラム10) において目指している.そこで本研究では,本学で実施しているPGx演習の臨床準備教育の有用性に関する客観的な数量化やエビデンスを示すことを目的とした.

まず,本学のPGx演習を受講した結果,受講生はPGxという言葉に関して,実習後に有意に理解度が深まった(図3P < 0.01).演習前の時点では,ほとんどの学生が「(あまり),(全く)理解していない」と回答しており,本学の医療薬学系科目の講義でのPGxの理解の浸透度は低いことが示唆された.一方で,PGx演習における課題により,遺伝子多型に基づく処方設計の薬剤師としての重要性に関する認識が顕著に向上したことが示された(図4P < 0.01).重要性認識度が高まった理由として,「薬のプロとして薬剤師が遺伝子多型についての知識を持って対応すべき」や,「遺伝子多型は,きちんと薬剤師が管理する必要がある」など,薬剤師が積極的に遺伝子多型に基づいた処方設計を医師の代わりに行うべきという記述が多く見受けられた.遺伝子多型に基づく処方設計については,PGx演習前では薬剤師の業務として必要ではないと感じる学生も存在し,認識に大きな個人差が生じていた.しかし,PGx演習前後で薬剤師としての重要性の最低点が0点から50点となり(図4),また当該項目の点数分布も有意に上昇していることから,学生の認識に変化していることが確認され,本演習により多くの学生に対してその重要性を教育することができたと推察される.

また,遺伝子多型に基づく処方設計が必要な薬剤の列挙数,あるいは,その列挙された薬剤の正答数についても実習前に比べて実習後において有意に増加した(図5A,5B,P < 0.01).これらの結果から,本演習でのPGx解析に基づく処方提案の課題を通して,PGx解析の知識や重要性の認識が向上したことから,本学のPGx演習はある程度,その教育効果が得られたことが示された.

近年,次世代シークエンサーなどの解析装置の飛躍的な進歩により,様々な疾患や薬物について,ゲノムワイドアソシエーションスタディ(GWAS)が実施され,患者個々の薬剤反応性とゲノム情報との関連性が解明されつつある4).その結果,がんゲノム医療など,ゲノム情報を基にした個別化薬物療法が現実のものとなっている.がんゲノム医療のみならず,今後はゲノム情報を基にした投与設計を行うPGx検査も臨床応用が進むものと期待されるが,そこで薬剤師が寄与すべき業務は高度かつ多岐にわたるものと推察される4).しかしながら日本においては医療者のみならず,一般国民の遺伝学に対する認知度にはかなりばらつきがあり16),今後,PGx検査の普及によりPGx検査に基づくゲノム情報を有効に活用するためにもPGx教育の充実が求められる4,17)

本実習科目での講義や演習で扱った内容は,薬剤師の実臨床で生じる問題そのものを課題として学生に提示しており12),実践的な内容であったことが,今回のアンケート調査結果により明瞭になったと考えられる.また,PGx解析結果を基にした課題を通して学生は薬理遺伝学的管理を考えるきっかけとなったことが本研究から推測され,今後患者のゲノム情報を活かした高度な薬物療法を実践できる薬剤師の輩出が期待される.

本研究は,TDM実習前後での学生を対象としたものであるが,単回かつ無記名の調査であり,個々の学生について実習後に実習前と比べて何が変わったかが十分に評価できていないなど,定量的評価には限界がある.今後,より定量的な学習効果の評価が求められるものの,実践的な取り組み事例として報告する価値があると考えられる.また,本研究の限界として,本学の4年次生のみを対象にしていることも今後の課題である.他大学における本実習科目の実施年次や実習内容とその教育効果の実情を,本論文を通して情報交換することにより,今後より有効な実習科目として醸成させることが可能であり,薬系大学における更なるTDM教育の向上に寄与できるものと考えている.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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