2024 Volume 8 Article ID: 2023-042
薬剤師には,業務の問題点を抽出・解決する能力が期待されている.さらに,その成果を学会発表や論文作成を通じて公表し,エビデンスの創成に貢献することも重要である.しかし,研究活動を行う薬剤師は一部に留まっており,臨床現場における研究活動の実践知の継承・共有が不十分である可能性が考えられる.実践知の言語化・共有の方法としてパターン・ランゲージがある.我々は研究活動に関する実践知を共有できるパターン・ランゲージの開発を目的として検討を行った.研究経験豊富な薬剤師にインタビューを行い,研究への向き合い方,研究の種の見つけ方・育て方,研究のための土壌づくり,研究成果のアウトプットの4個のカテゴリ,8個のグループによる29個のパターン・ランゲージを開発した.パターンの妥当性評価の結果,妥当性ありと判定した合計の平均は95.0%であり,職場環境や年齢が異なる薬剤師の経験を適切にパターンとして言語化できたと考える.
Pharmacists are expected to identify and solve problems while performing their duties, build evidence through problem analysis, publish the results of their research activities, and make presentations at academic conferences. However, only a few clinical pharmacists engage in research activities and share practical knowledge from clinical settings. This study aimed to develop a pattern language for sharing this practical knowledge about research activities. A pattern language is created from verbalized evidence and shared knowledge using specific words obtained through mining interviews. After interviewing research-experienced pharmacists, twenty-nine language patterns across four categories and eight groups emerged. The categories were how to approach research, how to find research themes, how to develop a research environment, and how to interpret research results. The results of the pattern validity evaluation showed that the average percentage of individual patterns judged to be valid was 95.0%. This method appropriately supported verbalizing the pharmacists’ experiences from different work environments and ages into language patterns to encourage more research papers and presentations.
薬剤師には臨床上の問題や業務における問題点を抽出・解決する能力を発揮し,患者ケア・薬物治療の最適化及び質的向上や業務内容の改善に貢献する役割が期待されている.例えば,個々の患者の問題点を抽出し,論理的に提示する症例報告から,各種観察研究,さらには介入研究により,新たなエビデンスの創成に貢献することも重要である.また,業務の中で気づいた問題へのアプローチが新たなシステム開発や業務改善に繋がる場合もある.社会情勢の変化や求められる薬剤師職能の高度化に対応するには,このような広範な視点での薬剤師の研究活動は必要不可欠であると考える.
しかし,薬剤師の研究活動の現状は,国立病院機構が行った病院薬剤師を対象とした調査では51.8%の薬剤師は学会発表経験がないことや,臨床研究を実施している薬剤師は21.4%に留まっていることが報告されている1).松本らが保険薬局薬剤師を対象に行った調査においても薬学部卒業後に学会発表経験がある薬剤師は24.0%,論文発表経験がある薬剤師は6.8%に留まっていることが報告されている2).
我々は就職後の学会発表経験の有無をアウトカムとして,それに影響を及ぼす背景や要因を明らかにすることを目的に全国の病院・薬局薬剤師を対象に調査を行った.その結果,病院薬剤師では「学会発表の相談ができる薬剤師の存在がある」,「実務実習生の指導経験」などの項目,薬局薬剤師では「博士・修士課程での学位取得経験」の項目に学会発表経験と有意な関連が見られた.さらに層別解析の結果では中小規模病院に所属する薬剤師において「ロールモデルとの出会いがある」,「相談できる薬剤師の存在がある」などの項目に有意な関連が見られた3).
すなわち,臨床現場では研究遂行の実践知が継承・共有されておらず,その環境が十分に整備されていない可能性が考えられる.
実践知を言語化・共有化する方法としてパターン・ランゲージがある.すでに様々な分野で開発されており,例えば,認知症のパターン・ランゲージは認知症に対する患者本人・家族・周囲の人々の不安や心配を解消するために開発されている.これは,看護教育や認知症サポーター養成講座においても利用され,あらゆる人々が認知症についての関わり方の実践知を学び,実践につなげていることが報告されている4).その他にも教育のパターンや政策デザインのパターンなどあらゆるパターンが開発されているが,薬学の分野では開発された実績はなく,臨床現場における研究活動に必要となる実践知は一般的に共有されていない.
本研究では薬剤師の研究能力向上を最終的な目標として,研究活動の実践知を言語化するパターン・ランゲージを開発することを目的とした.
パターン・ランゲージは元来,1970年代に建築家クリストファー・アレグザンダーらが,生き生きとした街づくりのための秘訣をパターンとして記述し,それらを関連づけて体系化したことから生み出された5).パターン・ランゲージは良い実践の秘訣を共有するための方法であり,成功している事例や,その道の熟達者に繰り返し見られる「パターン」を抽出し,抽象化を経て言語(ランゲージ)化することにより,開発される6).
2. パターン・ランゲージの開発手順井庭ら6) の方法に準じ,以下の手順にてパターン・ランゲージを開発した.
インタビュー対象者に事前アンケートを実施し,次いでマイニング・インタビューを行った.マイニング・インタビューとは熟達者の経験を聞きとり,コツを抽出するインタビュー方法をいう.インタビューはZoom®を用いて行い,様子を録画した.録画より逐語録を作成し,コツが含まれると判断された内容をパターン・ランゲージのもとになる「パターンの種」として書き出すマイニングを行った.書き出した「パターンの種」について,KJ法を用いてパターン・ランゲージの文脈となる状況,問題,解決,結果の関係に注目しながら分類するクラスタリングを4名で行った.次にクラスタリングしたものをCPS形式,すなわち状況(Context),問題(Problem),解決(Solution)で記述し,骨格を持たせることで,インタビューより抽出した「パターンの種」がコツといえるかを4名で議論し,判断した.次にCPS形式に要因(Forces),行動(Actions),結果(Consequences)(図1参照)の記述を加え,パターン形式に整え,パターン同士の体系化を行い,全体像を捉えた.さらに各パターンの表す内容をイラストで表現し,パターン・ランゲージの体裁を整えた.最後に3名でレビューを行い,リバイスを繰り返し,パターン・ランゲージを完成した.
パターン・ランゲージの基本構成.①パターン番号:パターン全体の構成の中の位置づけを示す番号.②パターン名(日本語):経験則に付けた名前/パターン名(英語):日本語のパターン名の感性を英語に変えたもの.③イラスト:パターンの内容を象徴するイラスト.④状況(Context):そのパターンが活きてくる状況.この状況に当てはまる時は⑤「問題」が後に起こる,もしくは現時点で起きている可能性がある.⑤問題(Problem):④「状況」の下で起こりがちな問題・困りごとを記載している.「問題」に当てはまる場合は,⑦の「解決」を参考にすれば,改善することができる.⑥要因(Forces):「問題」が引き起こされる要因・理由を記載している.⑦解決(Solution):⑤「問題」を解消するための考え方や行動のコツを抽象的に記載している.⑧行動(Actions):解決策や行動の具体例を記載している.⑨結果(Consequences):⑦「解決」を実践すると,どのような状況・結果が起こるのかが記載されている.
薬剤師の研究実践に関する実践知を抽出するために,インタビュー対象者の条件は,筆頭演者として過去に複数回,学会発表した経験があり,薬剤師が何らかの介入を行ったアウトカム研究(発表タイトルに「介入」というワードが含まれている研究)を1回以上,筆頭演者として発表した経験があることとした.学会発表の経験は公開されている学会抄録で確認した.病院薬剤師については日本医療薬学会 第22回(2012年)~第31回(2021年)を,薬局薬剤師については日本薬剤師会学術大会 第45回(2012年)~第54回(2021年)もしくは日本医療薬学会 第22回(2012年)~第31回(2021年)を調査した.
規模の異なる医療機関に所属する薬剤師からインタビューを行うため,「特定機能病院・地域医療支援病院」「その他に該当する病院」「薬局チェーン・ドラッグストア(11店舗以上)」「中小保険薬局(10店舗以下)」の4つの分類から,それぞれ対象者を抽出した.該当する対象者に対して,郵送にて研究協力依頼を行い,同意を得た薬剤師をインタビュー対象者とした.パターン・ランゲージでは専門分野の対象者へのインタビューは15人から20人程度で理論飽和を起こすとされていることから7),対象人数は,4種類の医療機関で合計24人程度とした.
4. マイニング・インタビューの内容インタビュー対象者から研究活動に関する実践知を聞くために,研究活動のきっかけや研究のテーマの見つけ方,研究指導を受けた経験,他者への研究指導の経験などの内容と先行研究3) にて明らかにした学会発表経験と関連のあった要因を含めたマイニング・インタビューを行った.
5. パターンの記述形式井庭ら6) の方法に準じて,個々のパターンは,図1に示す基本構成(①パターン番号,②パターン名(日本語/英語),③イラスト,④状況(Context),⑤問題(Problem),⑥要因(Forces),⑦解決(Solution),⑧行動(Actions),⑨結果(Consequences)で表現した.
6. 開発したパターンの内容の妥当性評価完成したパターンをインタビュー対象者全員に配布し,実践知を抽出し,表現できているかの評価を依頼した.評価はアンケート形式とし,パターン名とイラストを表示して回答の選択肢を選択する方法とした.
評価は「a)このコツは,これまでの研究経験の中で実践してきた」,「b)このコツは,これまでの研究経験の中で実践したことはないが,今後,実践したい」,「c)このコツは,これまでの研究経験の中で実践したことはない 今後も実践したいとは思わない」の3つから選択するものとした.a)またはb)の回答を妥当性ありと判定することとし,各パターンにおいてa),b)を回答した率を求め,全パターンの平均を算出した.
7. 倫理的配慮本研究は,名城大学薬学部倫理審査委員会の承認を受けて実施した(承認番号R4-5).
インタビュー対象者の背景を表1に示す.本研究では25人の薬剤師からインタビューへの協力を得ることができた.
インタビュー対象者の背景
調査項目 | インタビュー対象者(n = 25) |
---|---|
性別(男性/女性) | 16/9 |
最終学歴(学士課程卒業/博士・修士課程修了) | 16/9 |
薬剤師歴 | |
11~15年 | 7 |
16~20年 | 5 |
21年以上 | 13 |
所属施設 | |
特定機能・地域医療支援病院 | 10 |
その他に該当する病院 | 3 |
薬局チェーン・ドラッグストア【11店舗以上】 | 5 |
中小保険薬局【10店舗以下】 | 7 |
マイニング・インタビューより,「パターンの種」は281個抽出された.「クラスタリング」を行い,42個に収束した.「CPS形式での記述」を経て,さらに29個に収束した.「体系化」を行い,最終的には4カテゴリ,8グループに分類され,合計29個のパターンを開発した(表2).
開発したパターン・ランゲージ一覧
カテゴリ | グループ | パターン |
---|---|---|
A.研究への向き合い方(マインドセット) | ルーティン | A1 情報のシャワーを浴びる |
A2 メモ魔になる | ||
A3「あれ?」「なぜ?」と思ったら即調査 | ||
A4 研究活動の減感作 | ||
やる気スイッチ | A5 学会に参加することから | |
A6 認定取得を第一歩に | ||
A7 逆エゴサーチ | ||
A8 少し背伸びする | ||
心もち | A9 好きこそものの上手なれ | |
A10 トライ&エラーの積み重ね | ||
B.研究の種の見つけ方・育て方(栽培方法) | 種を探そう | B1 常に患者に立ち戻る |
B2 プロフェッショナルとたくさん話す | ||
B3 業務の見える化 | ||
B4 トレンドを当てはめる | ||
種を育てるヒント | B5 「なぜ?」を「形」に変える | |
B6 型を知る | ||
B7 逆向き設計 | ||
C.研究のための土壌づくり(環境整備) | ムードづくり | C1 相談できる環境づくり |
C2 仲間に声をかける | ||
C3 感謝とフィードバック | ||
C4 他者への指導は先行投資 | ||
C5 自分の言葉にしてもらう | ||
コミュニティを探しにいこう | C6 感想を話せば,もうお友達 | |
C7 母港(母校)をつくる | ||
C8 ローカルネットワークに飛び込む | ||
C9 全国規模でコミュニティ探し | ||
D.研究成果のアウトプット(開花) | いざ,発表にチャレンジ | D1 小さな発表機会にトライ |
D2 まずは症例発表 | ||
D3 ボールは自分から投げる |
「A.研究への向き合い方(マインドセット)」では研究活動を始める・継続する上で必要な心がまえのコツとして3つのグループ,10個のパターンを開発した.「B.研究の種の見つけ方・育て方(栽培方法)」では研究テーマの見つけ方,および研究テーマを研究成果にするためのコツとして2つのグループ,7個のパターンを開発した.「C.研究のための土壌づくり(環境整備)」では研究活動を行うための所属施設内外の環境整備のコツとして2つのグループ,9個のパターンを開発した.「D.研究成果のアウトプット(開花)」は研究成果の発表やフィードバックを受けるためのコツとして1つのグループ,3個のパターンを開発した.
パターンの順番はパターンの内容や関連性を検討・精査し,A1から順に読み進めることで効果的に学びが得られるように配置した.
3. 開発したパターンの内容の妥当性評価開発したパターンの内容の妥当性評価の結果を図2に示す.回収率は96.0%であった.各パターンにおいて「a)このコツは,これまでの研究経験の中で実践してきた」または「b)このコツは,これまでの研究経験の中で実践したことはないが,今後,実践したい」と回答(妥当性ありと判定)した率の全体の平均は95.0%であった.妥当性ありの回答が90%を超えたパターンは29個中25個であった.インタビュー対象者全員が妥当性ありと評価したパターンは7個であった.
開発したパターンの内容の妥当性評価
「A.研究への向き合い方(マインドセット)」では研究活動に関する心がまえの実践知をパターン・ランゲージとして開発した.
「A1 情報のシャワーを浴びる」はインタビューから「専門書・雑誌・論文を読み漁る」,「情報収集することを自分の中で当たり前にする」などの実践知をパターン化した結果である.我々の先行研究の結果では,大規模病院に所属する薬剤師や中小保険薬局の所属する薬剤師において過去一年間に行った自己研鑽の種類数(研修会参加や文献・書籍・インターネットからの情報収集,e-learningによる学習など)と学会発表経験に有意な関連が見られた3).研究活動に向き合うコツとして,日々の自己研鑽の習慣が重要であることを適切に抽出できたと考える.
「A9 好きこそものの上手なれ」は「県や地区の研修会に参加して興味のある分野を探してみる」,「思い入れのある分野だと研究を最後までやり切れる」といった実践知をパターン化した結果である.髙武らの病院薬剤師を対象とした調査での研究を始めた動機は「興味があるテーマだったから」という回答が最多であった1).自身が興味を持てる分野・領域をみつける行動が研究活動を始める第一歩として重要であること反映していると考える.
「B.研究の種の見つけ方・育て方(栽培方法)」では研究活動を行う上での具体的な行動や方法に関する実践知をパターン・ランゲージとして開発した.
「B1 常に患者に立ち戻る」は「目の前の患者のために何ができるか考える」,「患者をみることで患者の困っていることに気づき,それが研究のテーマになる」といった実践知をパターン化した結果である.竹安らは病院薬剤師の成長プロセスとして患者の薬物療法のサポートやニーズの把握などの患者QOL向上への貢献が研究活動などの社会への貢献に影響すると報告している8).患者と信頼関係を構築し,問題点に気づくことが研究活動を行う上で重要であることを実践知として抽出できた.
「B3 業務の見える化」では「業務のプロセスから研究の種を見つける」,「現場の状況をデータとして形にする」といった実践知をパターン化した結果である.三重県薬剤師会が主催した研究デザインに関する研修会の参加者の感想では「日頃の業務改善も研究につながることが分かった」と回答した割合が最も高かったと報告されている9).日常業務自体をデータで可視化する事が気づきや発見につながり,研究の種になるという実践知をパターン化できたことは意義があると考える.
B1からB4はいずれも,研究テーマの種を見つけるための実践知である.太田らの病院薬剤師の調査では研修会において役立った講義内容として「研究テーマの探索に関する講義」との回答が最も多く挙がっていた10).研究テーマを見つけることに苦慮していることの表れと考えると,今回開発したパターンは,具体的な行動を示す実践知として重要であると考える.
「C.研究のための土壌づくり(環境整備)」では研究活動を行うための環境整備についての行動に関する実践知をパターン・ランゲージとして開発した.
「C1 相談できる環境づくり」は「自分から上司にアドバイスを求める」,「自分自身が後輩の相談相手になる」といった実践知をパターン化した結果である.看護・リハビリテーション領域においても自施設で研究活動を行う上で指導者の確保が課題として報告されている11).岐阜県の病院では,がん研修薬剤師に対して指導薬剤師が学会発表や論文作成に至るまでの方法,手順を指導した結果,多数の成果があがったことを報告している12).研究活動を行う上で指導体制の整備が重要であることは,どの職種でも重要であり,実践知として適切に抽出できたと考える.
「C7 母港(母校)をつくる」は「講演会・学会で大学教員にアプローチする」,「大学時代に指導を受けた教員とのつながりを継続する」といった実践知をパターン化したものである.佐藤らは,薬局薬剤師として大学や病院薬剤部と連携して臨床研究を行い,その結果を報告している13,14).また,池村らも大学教員と病院薬剤部との連携により,論文執筆の件数が増えたことを報告しており15),大学との協力関係を持つことは研究活動を行う上で重要な実践知であることを裏づけた結果と考える.
「C9 全国規模でコミュニティ探し」は「学会で知り合いをつくる」,「時にはSNSを使用して全国規模で研究の相談ができる相手を探す」といった実践知をパターン・ランゲージとして開発した.渡部らが臨床研究基礎セミナーの参加者を対象に行った調査において臨床研究を行う上で臨床家や研究指導者などの人的ネットワークが重要であるとの回答が大多数であった16).研究活動を行う上で指導を受けられる環境を整備するための実践知として適切に抽出できたと考える.薬剤師のキャリアパスに関する調査ではキャリアパスの満足度を向上させるために優先的に改善すべきと考える項目として「教育研修体制の満足度」,「ワーク・ライフバランスの満足度」に次いで,「研究活動の満足度」という結果が得られたと報告されている17).したがって,研究活動への意欲は持っているが,所属施設内に実行するための環境が十分に整備されていない状況にある薬剤師が一定数存在していると考えられる.そのような状況において今回,開発したパターン・ランゲージを使用し,研究に関する実践知を周囲と共有することは研究環境の構築・整備のきっかけとなると考えられる.
「D.研究成果のアウトプット(開花)」では研究成果の発表についての実践知をパターン・ランゲージとして開発した.
「D1 小さな発表機会にトライ」は「職場内に研究成果報告の機会がある」,「はじめは小規模な地方大会・ブロック大会で発表する文化が施設内にある」といった実践知をパターン化した結果である.河添らの病院薬剤師のキャリアビジョンに対する調査では20~30代の薬剤師は40代以上と比較して研究マインドを持つ薬剤師になることをキャリアビジョンとして目指していることを報告している18).この実践知を生かし,就職後,比較的早い段階で小規模な研究発表ができる環境や機会の構築が重要であることをこのパターンが示していると考える.
開発したパターンの内容の妥当性評価の結果,各パターンにおいて妥当性ありと判定した合計の平均は95.0%であり,開発したパターンは実践知を表現したものとして妥当であったと考えられる.特に妥当性が90%を超えたパターンは25個あり,所属施設の環境や年齢が異なっても熟達者の実践知には共通する部分,まさしくパターンがあることを示したともいえる.
妥当性が90%を超えたパターンのなかでA5,A9,A10,B1,D1は「a)このコツは,これまでの研究経験の中で実践してきた」の選択が90%以上であったことからインタビュー対象者のなかで共通性が高い実践知であると考えられる.「A5学会に参加することから」はa)の回答が100%であり,すべての回答者が実践していた.まずは学会に参加し,他者の発表を聴講し,学びや刺激を受けることが,研究活動の第一歩になると熟達者が認識していることが反映されていると考える.
一方,C6,C7,C8,C9は「a)このコツは,これまでの研究経験の中で実践してきた」と「b)このコツは,これまでの研究経験の中で実践したことはないが,今後,実践したい」を選択した割合が約半数ずつ見られた.これらのパターンのグループ名は「コミュニティを探しに行こう」であり,研究活動を行うために自施設以外のコミュニティ探すためのパターンとして開発された.これらのパターンへの評価はこれまでの研究環境が影響している可能性が考えられる.自施設の規模が大きく,指導体制などの研究環境が整備されている場合は外部でコミュニティを探す必要性は低くなる.一方,自施設の研究環境が十分に整備されていない状況では外部コミュニティを積極的に求めることが考えられる.そのような状況にあったインタビュー対象者はa)を選択している傾向にあったことを反映していると考える.
また,A7について「c)このコツは,これまでの研究経験の中で実践したことはない 今後も実践したいとは思わない」を選択したインタビュー対象者が約25%存在した.本研究ではインタビュー全体から実践知を抽出し,パターンを開発したが,A7については個人に依存した実践知であった可能性が考えられる.
インタビュー対象者の背景について在住地域に偏りはなく,全国各地域の薬剤師からインタビューができた.年代,薬剤師歴,学部課程をみると薬学部4年制課程を卒業し,薬剤師経験年数を重ねた薬剤師が本研究のインタビュー対象者の中心だったと考えられる.インタビュー対象者の選択方法において過去10年間のうちに複数回,学会発表を行っていること条件としていることや近年,コロナ禍による影響で研究活動・学会発表が思うようにできていないことなどの要因により,依頼する時点で条件に該当する対象者に経験年数が浅い薬剤師が少なかった可能性が考えられる.薬学部在籍時の学会発表経験はないと答えたインタビュー対象者が多く,修士・博士課程および就職後に学会発表経験を重ね,実践知を修得してきた場合が多かった.そして,薬剤師経験年数等の影響により,他者への研究指導経験がある薬剤師がほとんどであった.今回のインタビューでは他者への指導で心がけていることを質問しており,この結果より,研究指導についての実践知についても聞き出せたと考える.
本研究の限界として,今回のインタビュー対象者の条件は,学会発表の経験を条件としている.これは,前述の病院薬剤師への調査結果において論文作成経験がある薬剤師が15.4%であった1) ことから,論文作成経験のある病院薬剤師・薬局薬剤師の絶対数は現状では少ないと考えたためである.研究の実現可能性を重視するため,論文作成に比べればハードルは低いが,エビデンス創出の第一歩と考えられる学会発表の経験があることをインタビュー対象者の選定条件に設定した.したがって,本研究によって生成されたパターン・ランゲージ(実践知の内容)は論文作成経験がある薬剤師にインタビューした場合とは異なる可能性がある.また,インタビュー対象者の背景について4年制課程卒業の薬剤師が8割を超えていたことから現行の6年制課程における薬学教育を受けた薬剤師の研究活動の実践知とは異なる可能性がある.
パターン・ランゲージは抽象的な理念と具体的な行動指示の間にある中空の言葉とされている.今回,開発したパターン・ランゲージはこれまでに研究経験がない薬剤師でも理解できるよう個々のパターンの説明部分である状況から結果までの文章については専門用語の使用をなるべく避けるよう心がけた.したがって,これまでの研究経験を問わず,使用できると考える.使用方法はさまざまであり,個人が実践知を学ぶために「読み物」としての使用や他者との「コミュニケーションのツール」としての利用,また時には自身が実践できているか振り返るための「チェックシート」にもなる.今回,作成したパターン・ランゲージはWebサイトで公開し,ダウンロードできるようにする予定である.利用する薬剤師はこのパターン・ランゲージの内容を,自身や所属施設の現状に当てはめ,実践可能な実践知から取り入れ,行動してみることが,研究能力向上のきっかけになると考えられる.
本研究におけるインタビューにご協力を賜りました薬剤師の皆様に深く感謝申し上げます.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.
この論文の J-STAGE オンラインジャーナル版に電子付録(Supplementary materials)を含んでいます.