Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Nucleic acids-based medicinal chemistry that challenges the central dogma of molecular biology
—Pharmaceutical education with new therapeutic modalities—
Noriko Saito-Tarashima
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2024 Volume 8 Article ID: 2024-003

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抄録

薬学部における6年制教育カリキュラムがスタートして,早くも19年が過ぎようとしている.6年制移行後の薬学教育では,当初の移行趣旨に沿って,臨床に係る実践的な能力の醸成(薬剤師養成)に関わるカリキュラムが拡充された.一方で,6年制課程においても,基礎薬学および基礎薬学研究の重要性は軽視されるべきではない.薬学部6年制課程を卒業した薬学生には,病院や調剤薬局における臨床薬剤師としてのみならず,創薬研究者,薬事行政官,薬学教育者などの幅広い活躍が求められている.本稿では,6年制薬学教育における「臨床」と「研究(基礎)」の二刀流の実践へ向けて,核酸医薬をはじめとする新モダリティ医薬がその架け橋を担うのではないかと考え,その可能性について,著者らの最近の研究成果を交えて議論したい.

Abstract

Nineteen years have already passed since the start of the six-year pharmaceutical education, and in line with the original intent of the transition from a four-year to a six-year education, the curriculum has been expanded to foster practical clinical skills (pharmacist training). On the other hand, the importance of basic pharmaceutical science and research should not be neglected in the six-year education curriculum. Students who graduate from the six-year pharmaceutical university are expected to play a wide range of roles, not only as clinical pharmacists in hospitals and dispensing pharmacies, but also as pharmaceutical researchers, administrators, and educators. In this article, we discuss the importance of the balance between “clinical training” and “basic research” in 6-year pharmaceutical education, as pointed out by new modality drugs such as nucleic acids-based drugs, with our recent research results.

はじめに

野球界では,二刀流という言葉が注目を集めている.二刀流とは,両手にそれぞれ刀を持って攻守をおこなう剣術を意味する用語が転じて,二つの異なる手段をもって事にあたること,あるいは同時に二つのことを行うことを意味する用語である.二刀流の実践は容易いことではない.二刀流で世界を熱狂させるあの野球選手は,100年に1人の逸材であるとも称されている.

さて,6年制移行後の薬学教育では,当初の移行趣旨に沿って,臨床に係る実践的な能力の醸成(薬剤師養成)に関わるカリキュラムが拡充された.一方で,6年制課程においても,基礎薬学および基礎薬学研究の重要性は軽視されるべきではない.したがって,多くの薬学部においては,研究型薬剤師の育成を旗印に,正に「臨床」と「研究(基礎)」の二刀流を目指しているのではないだろうか.この二刀流の真の実践は,6年制移行後の薬学部に課せられた試練である.

著者は,有機化学系に属する薬学部教員であり,2021年度より6年制カリキュラムに一本化した徳島大学薬学部において,有機化学を基盤とした核酸創薬化学研究に取り組んでいる.核酸医薬は,セントラルドグマの上流に位置するDNAやRNAを標的とし,これまで治療が困難であった疾患に治療薬を届けると期待される新モダリティ医薬のひとつである.本稿では,薬学部における「臨床」と「研究(基礎)」の二刀流の実践へ向けて,核酸医薬をはじめとする新モダリティ医薬がその架け橋を担うのではないかと考え,その可能性について,著者らの最近の研究成果を交えて議論したい.

セントラルドグマに挑戦する核酸医薬

近年,新モダリティ医薬のひとつである核酸医薬品が相次いで上市された.これまでに19種の核酸医薬品が上市され(2023年12月末時点),それまでは治療が困難であった疾患に苦しむ患者に対して大きな希望を届けている.

元来,核酸は非常に不安定な分子である.したがって,核酸医薬開発の背景には,図1aに示したようなDNAやRNAに化学的な修飾を施した人工核酸分子の活用がある1).一方で,核酸分子,すなわちDNAやRNAが,本来,生体内において果たす重要かつ中心的な役割は,遺伝情報の保存と伝達である.DNAに保存された遺伝情報をRNAへと転写し,タンパク質に翻訳するという一連の流れは,モレキュラーバイオロジーにおけるセントラルドグマと称され,この中でDNAやRNAは,遺伝情報の保存・伝達を担う2)

図1

核酸創医薬開発に資する人工核酸分子の構造.a)臨床応用された核酸医薬品に用いられた人工核酸分子.b)Romesbergらによる人工塩基対.c)6員環糖を有する人工核酸分子.d)4'-チオDNAおよび4'-チオRNAによる遺伝情報の保存と伝達.

では,DNAおよびRNAは,遺伝情報の保存と伝達を担う唯一の物質であろうか.この問いに解を与える研究分野として,近年,「合成生物学」が注目を集めている.2017年,Romesbergらのグループは,塩基対間に水素結合を有さない人工塩基対(NaM:TPT3塩基対)(図1b)によってコードされる遺伝情報を,保存ならびに読み出すことの出来る大腸菌様の半合成生物の創出に成功した3).これはまさに,地球上に存在しないセントラルドグマに基づく未知の生物(≒エイリアン)の創造とも言える研究であるが,このようにして拡張された遺伝暗号を利用した多様な物質生産の実現により,創薬の新展開が切り開かれると期待されている.

一方,糖部およびリン酸バックボーンに目を向けると,6員環の糖構造を有する人工DNA(CeNA)(図1c)に保存された遺伝情報が内在性のDNAポリメラーゼによる認識を受けて天然型DNAへと正確に複製されることが報告されている4).また,ホスホロチオエート構造(図1a)を有する人工RNAが,mRNAとして機能することが報告された5,6).ホスホロチオエート構造を有する人工RNAは天然型RNAよりも優れた翻訳効率を発揮することから,mRNA医薬素子としての応用も期待されている.しかしこれらは,先の人工塩基対NaM:TPT3に関する報告とは異なり,セントラルドグマの一連の流れにおいて,DNAあるいはRNAのどちらかを人工核酸分子に置換するという試みである.

これらに対し,著者らの研究グループでは,ヌクレオシド糖部フラノース環を4-チオフラノース環へと置換した4'-チオDNAおよび4'-チオRNAの開発研究に取り組んできた(図1d)7).これまでに,4'-チオDNAおよび4'-チオRNAが天然型DNAおよびRNAを凌駕する生化学的安定性を発揮し8,9),且つ免疫原性を有さないことを報告した10).2007年には,試験管内において4'-チオDNAに保存された遺伝情報を4'-チオDNAあるいは天然型DNAへと複製することにも成功している11,12).しかし,4'-チオDNAの複製は,あくまでセントラルドグマの起点に過ぎない.

4'-チオDNAおよび4'-チオRNAが司る遺伝情報の保存と伝達

4'-チオDNAおよび4'-チオRNAによる新しいセントラルドグマの創造,すなわち遺伝情報の保存と伝達は可能であろうか.これを検証するため,まず我々は,4'-チオDNAおよび4'-チオRNAの構成因子となるそれぞれ4種類の4'-チオヌクレオシド三リン酸体(dSNTPs11,12) およびrSNTPs13,14) )(図2)を化学合成した後,複製に続く転写および翻訳反応を考慮し,T7プロモーター配列,Shine-Dalgarno(SD)配列ならびに緑色蛍光タンパク質(GFP)をコードする配列を遺伝情報に持つ4'-チオDNAをPCRにより合成した(図3a).KOD Dash DNAポリメラーゼを用い12),添加するdNTPsのうち1種類のみをdSNTPに置換した条件において効率よくPCRが進行し,4種類の4'-チオDNAを得た(本稿ではdATPをdSATPに置換することで得られる4'-チオDNAをdSA DNAと記す)15).得られた各種4'-チオDNAのシーケンス解析を実施した結果,配列変異は観察されず,いずれの4'-チオDNAにおいても遺伝情報が正確に保存されていることが確認された.

図2

4'-チオヌクレオシド5'-三リン酸の構造.a)4'-チオDNAの構成因子となる2'-デオキシ4'-チオヌクレオシド5'-三リン酸(dSNTPs).b)4'-チオRNAの構成因子となる4'-チオリボヌクレオシド5'-三リン酸(rSNTPs).

図3

4'-チオDNAおよび4'-チオRNAが司る遺伝情報の保存と伝達.a)4'-チオDNAの複製と4'-チオRNAへの転写を介したタンパク質発現の概念図.b)4'-チオDNAおよび4'-チオRNAを遺伝情報としたGFPの発現.nd:not determined.

得られた4'-チオDNAを鋳型として,続く転写ならびに翻訳反応の進行を検証した(図3).種々検討の結果,dSG DNAからrSC RNAへの転写反応が天然と遜色ない効率で進行することが示されたことから15),dSG DNAを鋳型とし,T7 RNAポリメラーゼなどの転写因子ならびにリボソームやアミノ酸などの翻訳因子を含むE. coli由来の無細胞タンパク質合成系において,RNAへの転写に必要なrNTPsのうちrCTPをrSCTPに置換して反応を行うことで,dSG DNA→rSC RNA→GFPへの遺伝子発現の進行を検証した(図3b).まず,条件1は天然DNAを鋳型として天然型rCTPを加える条件であり,GFP発現に由来する強い蛍光を確認した.この時翻訳されたGFP量を100%とし,以降の反応条件におけるGFP発現量を相対値で示した.当然,RNAへの転写に必須の反応基質であるrCTPを欠いた条件2および4において,GFPの発現は認められない.

天然型DNAの代わりにdSG DNAを鋳型として用い,天然型rCTPを加えることで天然型RNAへの転写を介した翻訳反応(dSG DNA→RNA→GFP)が進行する条件3においては,80%の効率でGFPが発現した.また,天然型DNAを鋳型とし,天然型rCTPの代わりにrSCTPを加えることでDNA→rSC RNA→GFPの流れで遺伝情報が伝達される条件5においても,79%の効率でGFPを与えた.これらの結果は,4'-チオDNAおよび4'-チオRNAが,天然型DNAおよびRNAとの生物学的等価性を有する人工遺伝子ポリマーとして機能し,両者は同じ遺伝情報を共有出来ることを意味する.さらに,鋳型としてdSG DNAを用い,反応系へrSCTPを加えることでdSG DNA→rSC RNA→GFPへの遺伝情報伝達が進行する条件6においてもGFP由来蛍光を観察することが出来た.この時のGFP発現量は26%であり,その遺伝子発現効率は天然よりも劣るものの,4'-チオDNA→4'-チオRNA→タンパク質の遺伝情報伝達が連続的に進行しることが実証された.

4'-チオDNAおよび4'-チオRNAによる遺伝情報の保存と伝達が提案する核酸創薬

4'-チオDNAおよび4'-チオRNAによる遺伝情報の保存と伝達が実現すること,すなわち,DNAおよびRNA以外の分子がセントラルドグマを構成出来るという事実は,核酸創薬に何を与えるであろうか.はじめに述べた通り,4'-チオDNAおよび4'-チオRNAは天然型DNAおよびRNAを凌駕する生化学的安定性を発揮し8,9),且つ免疫原性を有さない10).これらの性質が,遺伝子治療やmRNA医薬など遺伝子発現を基盤とする新モダリティ医薬開発において有利に働くであろうことは,想像に難くない.実際に,著者らのグループにおいても,4'-チオDNAを利用した遺伝子発現デバイスの開発研究を報告している10,16,17).また,4'-チオDNAおよび4'-チオRNA遺伝子ポリマーに持つ人工細胞の創出にも成功した15)

さらに最近では,ゲノム編集技術(CRISPR-Cas9法)18,19) による創薬への貢献を目的として,4'-チオRNAによるDNA切断にも挑戦している(図420).すなわち標的に対する相同配列とCas9認識配列を有するDNAテンプレートに対し,rSNTPs存在下での転写反応を行うことで得られる4'-チオガイドRNAが,Cas9の良好な基質として機能し,天然型RNAと遜色ない効率で標的DNAの切断を誘起出来ることを明らかとした.これまでにも,ガイドRNAへの人工核酸分子の導入が,CRISPR-Cas9法によるin vivoゲノム編集効率を向上させること2123),あるいは望まないゲノムの切断(オフターゲット編集)を抑制させる24,25) ことが報告されている.しかし,それらの報告はいずれも人工核酸分子を含むガイドRNAを,核酸合成の専門技術を要する化学的手法により合成する必要があった.一方,DNAから情報を受け取ることの出来る4'-チオガイドRNAの場合は,試験管内での転写反応により,誰でも簡単に,ワンポットで得ることが可能である.

図4

転写合成可能な4'-チオガイドRNAによる標的DNA切断

さて,本稿で紹介した研究成果は全て,薬学部学生ならびに薬学部大学院生の手によってなされたものである.これらの研究は,dSNTPsあるいはrSNTPs(図2)など人工核酸を構成する分子の有機化学合成から,遺伝情報の保存と伝達を検証する生化学実験,創薬への応用研究における分子細胞生物学や薬理学など,薬学で履修するべき幅広い分野を網羅する.さらに核酸創薬研究はDDS研究ならびにレギュラトリーサイエンス研究と密接な関わりを持つことから,薬剤学や物理化学の理解と見識も必要とされる.学生と共に著者自身も,新モダリティ医薬時代の核酸創薬化学研究を通して,基礎薬学の学びの重要性を再認識している.

核酸医薬開発と薬学のこれから―N-of-1創薬の進展と薬剤師の貢献に期待を寄せて―

2018年,ハーバード医科大学ボストン小児病院のTimothy Yu博士らは,乳児発症の神経セロイドリポフチン病(Batten病)という神経希少難病を患う女児(ミラちゃん)に対して,たった一人の患者のために創出されたアンチセンス核酸医薬(ミラセン)による超個別化臨床試験(N-of-1)を実施した26)

薬学の歴史を振り返ると,その昔,薬といえば,天然物・生薬であり,薬剤師は,その品質を保証するという責務に加えて,患者との対話を通じて適切な生薬を選択・調合するという言わば超個別化医療にも大きく貢献していた.天然物・生薬を起点として我が国にも「薬学」が根付き始めた時代,創薬研究は,臨床と非常に近い所に位置していたと言える.

近年,薬剤師に求められる役割は,対物(薬)から対人(患者)へとシフトし,より患者に近く,患者に根差した臨床活動が重要視されている27).一方,1990年代以降の化学合成による低分子医薬あるいは抗体医薬の進展とともに,創薬研究の場は,臨床の場から物理的距離を隔てた実験室・研究所へと大きくシフトした.このような「臨床」と「研究(基礎)」の間の隔たりは薬学教育においても存在し,この隔たりに対する危機感は薬学6年制教育を開始させた要因のひとつであろう.

筆者は,核酸創薬研究に取り組む中で,核酸医薬をはじめとして近年急速に進展する新モダリティ医薬が,薬学における「臨床」と「研究(基礎)」の間の距離を縮める存在ではないかと感じている.先に紹介した核酸医薬による超個別化臨床試験(N-of-1)はその顕著な例である.新モダリティ医薬品時代においては,患者のゲノム情報等に基づき,正に臨床のその場で適切な核酸医薬や遺伝子治療薬などを創薬・処方(ベッドサイド創薬)するという超個別化医療が進むであろう.ここに,「臨床」と「研究(基礎)」の間の距離は存在しない.これから先の超個別化医療を開拓するチーム医療の一躍を薬学人材が担うために,基礎薬学・基礎研究に根ざして臨床に通じたベッドサイド創薬に携わることの出来る薬学人材育成の重要性がより一層増すだろう.

おわりに

冒頭に述べたように,6年制移行後の薬学部の多くは,「臨床」と「研究(基礎)」の二刀流の実践へ向けた教育のあり方を模索し続けている.二刀流で世界を熱狂させるあの野球選手は,しばしば,「二刀流への挑戦を受け入れてくれた環境に感謝する」という主旨のコメントを口にしている.薬学部6年制における真の二刀流の実践へ向けて,薬学教育に携わる我々も,より一層,二刀流を受け入れ,理解を進めることが大切である.

核酸医薬のような新モダリティ医薬を題材とした薬学教育ならびに薬学研究は,基礎薬学の重要性を再認識させるだけでなく,臨床薬学ならびにレギュラトリーサイエンスの広範囲を網羅することから,「臨床」と「研究(基礎)」の二刀流を実践する薬学人材の育成に有効であると考える.著者自身も,まだまだ駆け出しの薬学部教員であるが,「臨床」と「研究(基礎)」の二刀流に挑戦出来る「薬学」という場が,6年制薬学出身者の誇りとなるよう,尽力したい.その成果は,ミラちゃんのようなこれまでは治療や困難であった命のレスキューに直結すると確信している.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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