2025 Volume 9 Article ID: e09006
放射性医薬品の取り扱いについてはガイドラインが示され,調製の責任者として薬剤師の指名が求められているが,教育の現場をみると全国の薬学部において非密封の放射性物質を学生に扱わせる実技を行っているところは少なく,教育の不足が指摘されている.このような背景の中,東邦大学薬学部は非密封放射性物質の基本的な取り扱いや放射線防護などを身に着けることを目的として,3年生の秋学期に放射薬品学実習を開講し,実習の実施記録を残してきた.今回2014年から2023年に行ったアンケート調査を解析したところ,実習選択者は非選択者と比較して,放射性医薬品の取り扱いに関する意識に違いがあることが明らかとなった.
The guidelines for handling radiopharmaceuticals in hospitals state that pharmacists must be designated for their preparation. Few pharmacy colleges in Japan, other than Toho University School of Pharmacy, provide practical training on handling unsealed radioactive materials. In the fall semester of the third year of pharmacy study, students learn to master radiation protection and handle unsealed radioactive materials. In this study, an analysis of student questionnaires conducted from 2014 to 2023 identified differences in the awareness of radiopharmaceutical handling among students who completed and those who did not complete the practical training course.
薬学部出身者の活躍の場には多様な仕事があるが,病院での放射性医薬品の管理・調製や放射性の医薬品開発・製造において,医薬品と放射性物質の両方の知識をもつ専門家が求められている.放射薬品学の教科書,参考書として多くの薬学部で使用されている「放射薬品学(南江堂)」や「新放射化学・放射性医薬品学(南江堂)」では,放射性医薬品ガイドラインについての記載がある1,2).しかしながら薬学部の設置基準には放射性物質を取り扱う実験設備を設けることは含まれておらず3),放射薬品学実習の実施が困難であることは明らかである.東邦大学薬学部では,放射性医薬品の管理や調製は薬剤師の仕事であると放射薬品学(必修:講義)で教えている.しかし,非密封放射性物質を取り扱う使用施設を保有してはいるものの,その管理区域の大きさから必修科目として全学生に受講させることは困難であり,学部生は実習選択者と非選択者の2群に分類されることとなる.これまで,実習を受けた者と受けていない者との間に,放射性医薬品の調製作業に対する学部生の意識に差があるのかを調査した報告は見当たらない.本報では,今後の教育に役立てることを目的として,学部生に実施したアンケート結果を解析した.
薬学部3年生を対象に,A4版1枚のアンケート用紙を配布し(図1),提出場所を用意したのち依頼者は退室し,学生が無記名で自由意志で参加できる形式をとった.実習選択者に対するアンケートは実習最終日に配布し,非選択者に対しては,別の日の授業後に配布した.アンケート調査の趣旨については,提出の有無は成績とは無関係であること,個人が特定されない形での集計結果の公表を行う旨,スライド等で表示し口頭で説明した.なお,東邦大学薬学部生命倫理委員会は,当該アンケートが無記名である上に回答を提出する場に教員が立ち合っておらず,学生の個人情報の回収が不可能であることを理由に,本研究を倫理審査の対象外であると判断した.
アンケート用紙
質問は以下の5問とした(図1).
質問1 「放射性医薬品の調製は,薬剤師の業務である」と思いますか
1;そう思う 2;違うと思う 3;わからない
質問1における自由記述欄
質問2 放射性医薬品の調製を薬剤師以外の他の医療従事者(診療放射線技師や臨床検査技師など)が行うことについて,どう思いますか
1;良いと思う 2;良くないと思う 3;わからない
質問2における自由記述欄
質問3 病院での放射性医薬品のすべてを,薬剤師が調製するようにすることについて,どう思いますか
1;良いと思う 2;良くないと思う 3;わからない
質問3における自由記述欄
質問4 将来病院の薬剤師として勤務した場合,あなたは放射性医薬品の調製を行いたいですか
1;はい,行いたいです 2;いいえ,行いたくないです
質問4で「いいえ,行いたくない」と答えた学生には,その理由.
1;被ばくによる健康被害が心配 2;放射性物質の取り扱いがわからない 3;他の医療従事者に任せたい 4;忙しくなりそうだから
質問4における自由記述欄
質問5 放射線作業に従事する者には,法律に基づいて十分な教育訓練や健康診断が行われ,被ばく量は生涯にわたって記録・管理されます.このことをあなたは知っていましたか
1;知っていた 2;知らなかった
質問5における自由記述欄
アンケートは,実習を選択して終了したものを「実習選択者」とし,それ以外を「非選択者」として2014年から2023年に実施した.回収率は実習選択者が91.6%,非選択者が64.5%であった.
2. アンケート解析アンケートの統計処理はJMP Pro17(SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を用いて,群間の値の比較にはカイ2乗検定にて行い,有意水準は5%とした.
アンケート回答欄に設けた自由記述欄(コメント)のテキストマイニングには,KH Coder 3(https://khcoder.net)を用いた.KH Coderは,アンケートの自由記述を計量テキスト分析するソフトウェアである.分析手法としては,抽出語の共起ネットワーク分析と対応分析を行った.分析には質問1から3の自由記述を用いた.これは質問1から3が,薬剤師が放射性医薬品の調製を行うべきか,他の医療従事者(主に放射線技師)が行っても良いかを問う設問であり,自由記述にはこれらの是非に関するコメントが集積していたためである.また対応分析を行う際には質問1,3の質問では「そう思う,良いと思う」という肯定を選ぶと薬剤師による調製の肯定になる一方で,質問2は「良いと思う」という肯定を選ぶと他の医療従事者による調製に賛成で,薬剤師による調製には否定的な回答となる.すなわち質問2のみ薬剤師が調製を行うことに対する回答が逆転するため,対応分析を行う際にはこれを考慮し,良くないと思うを1,良いと思うを2として補正した.自由記述の解析にあたり,まず誤字などの修正を行った後に前処理を行った.抽出語リストから一般的な表現である「思う」,「考える」,「人」を “使用しない語” に指定し,一方,「薬剤師」,「放射線技師」,「放射性」を “強制抽出する語” に指定した.再び前処理を行った後,共起ネットワーク分析と対応分析を行った.
3年生の春学期必修科目である講義科目(放射薬品学)に合格した学生のみが放射薬品学実習を履修することができるが,主に設備の広さなどの理由で定員60名としている.データのある2014年から2023年の履修者数,希望者数,3年次講義科目合格者数(放射薬品学実習履修可能な者)は表1の通りであった.各年の履修者人数に55名から72名とばらつきがあるのは,希望者が60名を超えると講義科目の成績によって履修者を選定するため,同点の学生の間に履修機会の不公平が生じないようにしたためである.
放射薬品学実習履修者数と希望者数
年 | 履修者数 | 希望者数 | 講義科目合格者数 (放射薬品学) |
---|---|---|---|
合計 | 643 | 1,193 | 2,281 |
2014 | 64 | 81 | 199 (再度履修1名含む) |
2015 | 72 | 110 | 200 |
2016 | 68 | 86 | 213 (再度履修1名含む) |
2017 | 64 | 110 | 220 |
2018 | 66 | 138 | 257 (再度履修2名含む) |
2019 | 69 | 152 | 255 |
2020 | 57 | 127 | 222 |
2021 | 60 | 142 | 244 |
2022 | 68 | 136 | 222 |
2023 | 55 | 111 | 249 |
3年春学期の講義科目に合格したものが履修申し込みを行うことが出来る.定員は約60名.放射薬品学実習の履修申込みをした学生のうち登録できるのは半分に満たない場合もあった.
2014年から2023年の間のすべての年度で履修希望者は定員である60名を上回り,実際に履修できたのは希望者の半数に満たない場合もあった(表1).
アンケート結果アンケートは,実習を選択して終了したものを「実習選択者」とし,それ以外を「非選択者」として2014年から2023年に実施した.回収率は実習選択者が91.6%,非選択者が64.5%であった.
アンケートの質問1~5の回答結果(自由記述以外)を,表2に示した.このうち,以下の3問において,実習選択者と非選択者の間に有意差がみられた.
実習を受けた者,受けていないものにおける放射性医薬品調製に関するアンケート結果(回収された数である,実習選択者;589人 実習非選択者;1,072人 それぞれを100%として,各回答数をパーセントで示した)
実習選択者 | 非選択者 | |
---|---|---|
質問1.放射性医薬品調製は薬剤師の業務であると思うかについて(*) | ||
そう思う | 83.9(%) | 64.8(%) |
思わない | 5.1(%) | 5.3(%) |
わからない | 11.0(%) | 29.9(%) |
質問2.放射性医薬品調製を薬剤師ではない医療従事者が行う事についてどう思うか | ||
良いと思う | 55.0(%) | 54.5(%) |
良くないと思う | 21.9(%) | 15.4(%) |
わからない | 23.1(%) | 30.1(%) |
質問3.放射性医薬品調製をすべて薬剤師が行うことについてどう思うか(*) | ||
良いと思う | 62.5(%) | 49.7(%) |
良くないと思う | 15.6(%) | 15.5(%) |
わからない | 21.9(%) | 34.8(%) |
質問4.放射性医薬品調製を自ら行いたいと思うかについて(*) | ||
はい,行いたいです | 62.4(%) | 39.4(%) |
いいえ,行いたくないです | 37.6(%) | 60.6(%) |
質問5.特殊健診についての認知度について | ||
はい知っていました | 49.0(%) | 45.8(%) |
いいえ知りませんでした | 51.0(%) | 54.2(%) |
(*)実習選択者と非選択者との間に有意差(p < 0.05)
・質問1 放射性医薬品の調製は,薬剤師の業務であると思いますか,については「そう思う」と答えた学生が実習選択者の方が有意に多かった.
・質問3 病院での放射性医薬品のすべてを,薬剤師が調製するようにすることについてどう思いますか,については「良いと思う」と答えた学生が実習選択者の方が有意に多かった.
・質問4 将来病院の薬剤師として勤務した場合,あなたは放射性医薬品の調製を行いたいですか,については「はい,行いたいです」と答えた学生が実習選択者の方が有意に多かった.
質問4で,放射性医薬品の調製を行いたいですか,という質問に対して「いいえ,行いたくないです」と否定的な回答を選択した者には,その理由を答えてもらった(表3).その結果,実習選択者は非選択者と比較して,「被ばくによる健康被害を心配している」と回答した者が45.5%に対して57.5%,「忙しくなりそう」と回答した者が14.4%に対して22.2%と有意に多かった一方で,「放射性物質の取り扱いがわからないから」と回答した者は31.3%に対して12.8%と有意に少なかった.
放射性医薬品調製を行うことに抵抗があると答えた学生があげた理由について
実習選択者 | 非選択者 | |
---|---|---|
被ばくによる健康被害が心配だから(*) | 57.5(%) | 45.5(%) |
放射性物質の取り扱いがわからないから(*) | 12.8(%) | 31.3(%) |
他の医療従事者に任せたいから | 4.9(%) | 6.8(%) |
忙しくなりそうだから(*) | 22.2(%) | 14.4(%) |
その他 | 2.6(%) | 1.9(%) |
実習選択者全体の37.6%(221名),非選択者全体の60.6%(639名)が,放射性医薬品調製を行うことに抵抗を示し,その理由を回答してもらった.実習を受けた者は,非選択者と比較して「放射性物質の取り扱いがわからないから」という理由が少なく,「忙しくなりそうだから」という理由を挙げたものが多かった.
(*)実習選択者と非選択者との間に有意差(p < 0.05)
また,自由記述の解析結果を図2,図3に示した.自由記述欄への書き込み件数は,質問1が109件,質問2が150件,質問3は139件であり,アンケートに答えた人数1,661名と比較すると,どれも10%に満たなかったが,質問1~3いずれも「薬剤師が放射性医薬品を調製すること」についての是非を問う内容であったので,自由記述欄の質問1~3を合わせて解析した.語句同士の関連性を示す共起ネットワーク図(図2)では,「薬剤師」を中心に「調製」,「仕事」,「医薬品」という語と強い関連性がみられた.KH coderのコンコーダンス機能により文脈を確認すると,「医薬品の調製は薬剤師の専門だと考える」「放射性であっても同じ医薬品であるので業務に入ると思います」といった記述などがあった.3番目に出現頻度の高い「知識」では,「行う」,「持つ」という語に関連性がみられ,文脈を確認すると,「ちゃんと知識を持った人が行うべき」,「問答無用で薬の知識がある人が行うべき」といった内容であった.
薬剤師が放射性医薬品を調整することについて(質問1,2,3)の自由記述欄の共起ネットワーク.実習後アンケートの自由記述を用いて,共起ネットワークを作成した.共起ネットワーク図は,出現回数が多いほど大きい円で描画するバブルプロットを用い,関連性が強い語句は実線で表記した.放射性医薬品を薬剤師が調製することについてのアンケート結果を解析したところ,医薬品,放射線,仕事といった語句が「薬剤師」と強く結びついていた.
質問1,2,3における対応分析.「1」は薬剤師による放射性医薬品調製に肯定的,「2」は否定的な方向性を示す.ほぼ原点付近に “薬剤師” という言葉があり,原点から離れた位置にある語には,何らかの強い特徴があったと解釈できる.
記述全体を解析すると,薬剤師が調剤するべきという意見と他の医療従事者(主に放射線技師)が調剤してもよいという意見が混在しているため,別個に集計して解析できる対応分析を行った(図3).質問2は,他の医療従事者が放射性医薬品を調製することに対し「1.良いと思う」と回答した場合,質問1および3の薬剤師の業務または調製することに賛成する回答(選択肢1を選ぶ場合)と逆になるため,質問2の1の回答者と2の回答者の変数値を入れ替えた.
図3中の「1」は薬剤師による放射性医薬品調製に肯定的,「2」は否定的,「3」はわからないと回答した者の原点からの方向性を表している.対応分析では原点から離れた位置にある語は,その意見に特徴的な語を表している.薬剤師が放射性医薬品の調製を行うことに肯定的な方向性で原点から離れた位置に「調剤」という語があったので文脈を確認すると,「すべての医薬品の調剤は薬剤師が行った方がいいと思う」「医薬品の調製は薬剤師がすべき」のような文章であった.一方,薬剤師でなくても放射性医薬品の調製を容認する「2」の方向性では,「可能」という語があったので,文脈を確認すると,「可能なら薬剤師に制限しなくてもいいと思う.放射線技師が行うべき」「可能なら放射性物質を扱える職種,いろんな人がいた方がよさそう」といった記述であった.「3」は,薬剤師による調製に肯定でも否定でもない選択をした学生を示しており,「全て」と「実際」が特徴的な語として抽出された.文脈を確認すると,「薬剤師が全て行う必要はないとも思う」「全て,必ず薬剤師がやる必要はないと思う」「全て薬剤師となると負担が大きくなりそう」,「薬剤師がやるべきと思うが,実際の現場ではしょうがないと思う」「実際に病院で誰が行っているのか,その理由も病院によって違うのではないか」「実際に勤めて見ないとわからない」といった記述であった.
また,2017年からは実習非選択者に対して,本心は履修を希望していたか否かについて質問している.その結果,回答者794名のうち64.0%の学生は「実習を選択したかった」と答えている.その中には,履修申し込みを行ったが成績の点で選定から外れたという場合の他,別の科目の学修に時間を使いたいといったカリキュラム上の理由などにより,申し込み自体を行わなかった例も含まれていた.当該質問は2017年からの実施でデータ数が少ないため(他の質問は2014年から実施),解析は今後の継続課題とする.
放射性医薬品調製に関する実態についてはアンケートを実施し,全国106病院からの回答を日本核医学会,放射性医薬品取り扱いガイドライン講習会ワーキンググループ,日本アイソトープ協会が分析し報告している4,5).2019年の病院,大学に対するアンケート調査では,64%の大学で放射薬品学実習を実施する予定と回答していた5).一方,大学設置基準に放射性物質を取り扱う実験設備(RI実験室)の設置は記載されておらず3),2023年8月に我々が独自に行った調査では,私立薬科大学57校のうち,放射薬品学実習を単独の実習として行っていることが確認できたのは,わずか7校(12.3%)であり,物理系や衛生系の実習の一部として1回でも行っている場合を含めても23校(40.4%)であった(https://docs.google.com/spreadsheets/d/11IYusnS_JM6CuPHiUO0hOeg-dzGHC8mqsN8hH4zKi3A/edit?usp=sharing).なお,この調査はインターネット上に公開されたシラバスなどから得た情報を我々がまとめたもので,放射薬品学実習の実施がいかに困難であるかを示している.困難の理由として設備上の問題に加え,人材の不足も影響している可能性がある.参考までに東邦大学薬学部では約60名の学部生(3年)に対して,教員5名,アシスタント学生(5年生,大学院生)6名で実施しており,他の実習と比較して格段に多くのスタッフを要している6).
検査や治療で利用される放射性物質は「医薬品」であることから,関係法令上は当然のように薬剤師が調製するはずだが,実際は様々な事情から他の職種が担当しているという医療機関が少なくない4,5).放射性医薬品の取り扱いについてはガイドラインが示され7),調製の責任者として薬剤師の指名が求められている.ガイドラインの初版は2011年に示されて,その後約10年の年月が経過したが,教育の現場をみると全国の薬学部において放射性物質を学生に扱わせる実技を行っているところは少なく,ガイドラインの遵守状況を検討するワーキンググループでも教育・啓蒙の不足が指摘されている5).このような背景の中,東邦大学薬学部は非密封放射性物質の基本的な取り扱いや放射線の防護などを身に着けることを目的として,3年生の秋学期に放射薬品学実習を開講しており,実施状況については前報に報告した8,9).
薬学教育モデル・コア・カリキュラムに「放射線,放射性」のキーワードを探すと,C-1-2 電磁波,放射線,E-3-2 生活環境・自然環境の保全,C-2-8 生体に用いる分析技術・医療機器,F-3-1 医薬品の供給と管理,の中に記載を見つけることができる10).物理や環境における「放射線」は薬学以外の理科系分野のカリキュラムでも見られるだろうが,「F 薬学臨床」の中にある記載は,6年制の薬学部に特徴的なものといえる.従って,東邦大学薬学部の放射薬品学実習でも放射線の「医療」の側面に注目した内容を盛り込んでおり,薬剤師と放射線との関わりを考えるには,「放射性医薬品取り扱いガイドライン」と整合性を図ることが必要となってくる.
放射薬品学実習の実施には,物的資源としてのRI実験室に加えて,人的資源として第一種放射線取扱主任者が必要で,その他に放射性物質の取り扱いに熟練した教員や補助も複数名必要である.大学設置基準にはRI実験室は含まれていないので,経営上と教育上の採算性が明らかでないことも,放射薬品学実習の開講をより難しくしている.RI施設を持たない場合,コールドランで実習を行うこともできるが,非密封放射性物質を実際に取り扱った場合との比較を行った研究も見当たらず,その教育効果に関しては不明である.
アンケート結果について本報では,2014年から2023年に実施された放射薬品学実習についての,アンケートから得られた結果を報告する.実習では,法で定められた講習(教育訓練)を初日に行った後,4つの実験・実技を実施し,最終日には実務者からの講演を聴講した後に,報告書の提出を求めている6).実習後に行ったアンケート結果では,実習選択者と非選択者との間では,放射性医薬品の調製に対して意識の差が見られた設問があった(表2).実習選択者,非選択者の間に差があった質問は,質問1 「放射性医薬品の調製は,薬剤師の業務である」と思いますか.質問3 病院での放射性医薬品のすべてを,薬剤師が調製するようにすることについて,どう思いますか.質問4 将来病院の薬剤師として勤務した場合,あなたは放射性医薬品の調製を行いたいですか.であった(表2).すなわち,実習を受けた者のほうが,「放射性医薬品の調製」は薬剤師の仕事であると自覚する割合がたかく,将来自分の仕事になるという意識を持っていると考えられる.
質問4で,放射性医薬品の調製を自身が行うことに否定的な回答を選択した者には,その理由を答えてもらった(表3).その結果,実習選択者は非選択者と比較して,「被ばくによる健康被害を心配している」が57.5%,「忙しくなりそう」が22.2%と多かった一方で,「放射性物質の取り扱いがわからないから」は12.8%と有意に少なかった.実習によって放射性物質の取り扱いを体験したことが,放射性医薬品調製に対する意識に影響したと考えられる.
放射薬品学実習は3年秋の開講であるが,3年春学期の講義科目(放射薬品学)に合格している者のみが申請をすることができ,申請者が60名を超える場合は講義科目の成績によって履修することができる.実習に先立ち,放射線を扱うものに法令上義務付けられている特殊健診をうけ,放射線取扱従事者として登録され,個人線量計を受け取る.これら一連の法令上の事項はアイソトープを取り扱う土台となっており,実習日が来る前からおのずと心構えができてくると思われる.
選択式のアンケートに加えて自由記述欄を設けたところ,5~10%程度の学生が記入した.自由記述を解析したところ,共起ネットワーク図では頻出語が大きく示され,関連性の高い語に実線が引かれるが,最大の頻出語である「薬剤師」と「医薬品」,「放射」,「調製」という語に強い関連が示され,文脈の確認により「医薬品なのだから,放射性物質であっても薬剤師が調製すべき」という考え方がうかがえた(図2).対応分析では,薬剤師による医薬品調製に肯定的な選択肢,否定的な選択肢を選んだ者が記述した語を解析した(図3).原点から離れた語から,肯定的,否定的な考えの者の記述に特徴的な考えを解析することができる.薬剤師が放射性医薬品の調製を行うことに肯定的な方向性(図中「1」の部分)の離れた位置に「調剤」という語があったので,文脈を確認すると,「すべての医薬品の調剤は薬剤師が行った方がいいと思う」「医薬品の調製は薬剤師がすべき」のような文章であった.一方,薬剤師でなくても放射性医薬品の調製を容認する方向性(「2」の部分)の原点から離れた位置に「可能」という語があったので,文脈を確認すると,「可能なら薬剤師に制限しなくてもいいと思う.放射線技師が行うべき」「可能なら放射性物質を扱える職種,いろんな人がいた方がよさそう」といった記述であった(図3).これらのことから,薬剤師による放射性医薬品の調製に肯定的な回答を示す者は「医薬品の調製である」と思う特徴があり,一方で,否定的な回答を示す者は「他の職種で可能」と考える特徴があったといえる.薬剤師の調製に肯定でも否定でもない選択をした学生は「3」に示され,「薬剤師が全て行う必要はないとも思う」「全て,必ず薬剤師がやる必要はないと思う」「全て薬剤師となると負担が大きくなりそう」,「薬剤師がやるべきと思うが,実際の現場ではしょうがないと思う」「実際に病院で誰が行っているのか,その理由も病院によって違うのではないか」「実際に勤めて見ないとわからない」という記述であり,薬剤師による調製に基本的には賛成であるものの,現場を想像すると他の医療従事者の関与を容認したい気持ちが表れている.
全国の病院調査より放射性医薬品ガイドラインの作成に先立って行われた放射性医薬品調製に関するアンケート調査結果は,薬剤師に期待されている役割を考えるうえで大変興味深い内容となっていた11).調査の当時,放射線技師等が管理・調製を行うことが常態化し,RI検査に関する社会問題が発生した後であったのだが12),「本来,放射性医薬品の調製を行うべき職種は」という問いに対し,医師,放射線技師は「薬剤師」を第一に挙げていたが,薬剤師自身の回答結果は診療放射線技師が行うべきという回答が70.8%と最も多く,自分たち薬剤師が行うべきと考えていたのは49.2%にとどまっていた11).このような状況を加味したうえで,その後2011年にガイドライン初版が策定され,施設の長は放射性医薬品の管理者として薬剤師を指名し,調製については他の職種でもよいとし,同時にガイドライン講習会が年に数回行われることとなった.その後,2019年に行われた放射性医薬品に関するアンケートでは,「本来,放射性医薬品の調製を行うべき職種は」という2011年と同じ質問に対して,薬剤師自身であるという回答が55.3%に上昇し,徐々に薬剤師の仕事として認識されるようになってきた5).
放射性医薬品の調製が薬剤師の仕事としてガイドライン上で謳われる中,大学での教育は不足がちであり,加えて放射薬品学実習の実施効果について調べた研究は行われていなかった.今回,2014年から2023年に開講した選択科目である放射薬品学実習について,アンケート調査を行った結果,実習選択者と非選択者との間で薬品の調製に対する意識に差が認められた.
人手不足などから造影剤やPET(FDG)の調製を薬剤師以外が担っている状況であるが,本来,調製は誰が行うべきかという質問に対し,技師の回答では薬剤師が調製すべきという答えが最も多かった11).また薬剤師の需要調査では,将来の過剰時代が噂されていることもあり13,14),より安全な医療を考えると,薬剤師が積極的に参入すべき分野であると考えられる.そのため,学部生の実習による技術と意識の教育が必要と判断される.放射薬品学実習は,学生の技能の修得はもとより,放射性医薬品の調製が薬剤師の仕事であるという意識の涵養の重要なツールとなると考えられる.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.