Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Practical Article
Assessing the effectiveness of chemistry-based practical training to deepen understanding of classroom lectures
Naoko TakenagaKoji UedaKohta KurohaneYumiko Komori
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2025 Volume 9 Article ID: e09007

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抄録

大学教育において,実験実習科目は,データを解釈する力や考察力などを修得する創造的な活動の基礎を作るために不可欠なものであるとともに,薬学生に求められる科学的思考を涵養する機会となっているといえる.名城大学薬学部の化学系実習では,2023年よりNMR(nuclear magnetic resonance),IR(infrared absorption spectrometry)といった分光分析を実際に体験する「機器分析実習」を導入した.さらに2024年には,NMR,IRに関する座学の専門科目の理解の深化を目指し,「機器分析実習」の前後にプレ/ポストテストを実施した.これらの試みの有用性を検証すべく,プレ/ポストテストの得点の解析および受講生アンケートの顧客満足度(Customer Satisfaction, CS)分析とテキストマイニングを行った.その結果,意欲の高い学生にとっては本科目が座学の専門科目の理解や学習意欲の向上につながったことが明らかとなった一方で,学習に困難のある学生に対しては個別の補完教育が必要であることが示唆された.

Abstract

Laboratory training courses in post-secondary education essentially build a foundation for creative activities and enable students to acquire data interpretation and critical thinking skills. In pharmaceutical sciences, these practical courses cultivate the scientific thinking required of pharmacists. At Meijo University, the Instrumental Analysis Practicum, introduced in 2023, allowed students to engage in spectroscopic analysis, including nuclear magnetic resonance (NMR) and infrared absorption spectrometry (IR). Tests were administered before and after the practical program in 2024 to measure increased student understanding of NMR and IR after classroom lectures. The effectiveness of this approach was assessed by analyzing pre-test and post-test scores and conducting text-mining and a customer satisfaction (CS) analysis on student surveys. The results indicated a distinct level of educational effectiveness in aligning classroom lectures with practical training, thereby contributing to the development of pharmacists with a robust scientific mindset.

緒言

大学教育において,実験実習科目は,データを解釈する力や考察力を養い,レポート作成により結果の発信の技能を修得する,創造的な活動の基礎を作る役割を担っていると考えられる.また薬学生には,基礎科学の知見を臨床現場で生かして問題解決する能力の養成が期待されており,薬学部における実験実習科目16) は,科学的思考を涵養する機会となっていると考えられる.

2012年の中央教育審議会答申7) は,アクティブ・ラーニングの重要性に言及し,その一つの授業形態として実験・実習を挙げている.さらにHay8) や松下9) は,アクティブ・ラーニングの実践において,単なる身体的な外的活動だけではなく,思考をアクティブに働かせるという内的活動によって「能動的な学修」が行われているかが重要であることを指摘している.したがって,真に充実した実験実習科目を実践するためには,学修者が新しい知識を取り入れて既有知識や経験と接続したり,意見を他者に伝えたりするなど,内的活動と外的活動を組み合わせた授業設計が必要といえる10)

新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019, COVID-19)の感染拡大を契機とした大学の授業形態の大きな変化1115) や,薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)16) の適用に向けたカリキュラム内容の精査を経て,名城大学薬学部の化学系実習5,6) では,時代に即した実習内容として,2023年より核磁気共鳴分光法(nuclear magnetic resonance spectrometry, NMR),赤外吸収分光法(infrared absorption spectrometry, IR)といった分光分析を体験する「機器分析実習」を導入した.さらに2024年には,NMR,IRに関する座学の専門科目の理解の深化を目指し,「機器分析実習」の前後でプレテスト・ポストテストを実施した.本稿では,この「機器分析実習」の有用性を検証すべく,プレテスト・ポストテストの得点の解析および受講生アンケートの顧客満足度(Customer Satisfaction, CS)分析とテキストマイニングを行い,今後の課題について検討したので報告する.

方法

1. 化学系実習の概要

名城大学薬学部では基礎薬学系実習科目として,2,3年次に化学・分析・生物・物理の4系列・16科目を配置している.そのうちの化学系実習では,まず実験器具の基本的な扱い方を習得し,さらに有機化合物を実際に取り扱うことで,専門科目で学んだ有機化学の知識,すなわち構造に基づく有機化合物の物理的・化学的性質の理解を深めることを教育目標としている.化学系実習は,化学系基礎実習(有機化学1/有機化学2),化学系応用実習(有機化学3/天然物化学・生薬)の2実習4科目からなり,各実習は1班2名のペアワークで実施している.2019年度以前には2クラス(約140~160名)ごと6日間ずつの日程で,実習の直前に毎回40~80分程度の対面での実習講義を行っていたが,コロナ禍を契機に,2020年度以降は実習内容の精査および遠隔による実習講義を取り入れることで効率化をはかり,1クラス(約70~80名)に対して3日間ずつの日程で実施している5,6).2020年当初は「密」を避けることを目的に1クラスごと3日間ずつの実施としたが,結果として教員一人当たりの学生数が下がり,きめ細やかな指導が可能となったことから,2024年現在もこの体制を継続している.

今回対象とした化学系応用実習(有機化学3)は2年次後期科目であり,実習内容は次のようである(図1).1~2日目は抗酸化剤エダラボンと解熱鎮痛薬アンチピリンの合成を通じて,有機化学的に重要な官能基であるカルボニル基とアミノ基の反応性について理解を深める.3日目は各班で合成したアンチピリンについて,従前から行っていた古典的な同定法である融点測定やTLC(Thin-Layer Chromatography),日本薬局方記載の確認試験を行うとともに,名城大学分析センターの共用機器であるNMRおよびIRによりスペクトル測定を行う「機器分析実習」を実施する.なお,IR測定については1班2名で1サンプルの測定を行うが,時間的制約により,NMRは2班4人で1サンプルの測定とした.またNMRスペクトル解析については,マルチメディア教室にて,解析ソフトMnova NMR(Mestrelab Research, Santiago de Compostela, Spain)を用い,各班のデータについて学生自身でPCを操作してNMRデータ処理を経験する.従来のNMR実習では測定後処理済のスペクトルのピークを帰属するのが一般的であるのに対し,本実習では学生自身で1H-NMRおよび13C-NMRスペクトルのデータ処理(シグナルのピーク検出や積分値の算出)から行う点が特徴的である.スペクトルデータ処理を行うには,どの閾値までをピークとして検出し,どの区間までを積分するかといった科学的背景の理解と判断力が必要であり,本実習によってこれらの過程を経験することが,科学的思考すなわち「科学的データに基づいて論理的に判断する力」の醸成につながると考えられる.また後述のように,3日目の「機器分析実習」の前後にオンライン上でプレテスト・ポストテスト(Supplementary materials S1)を,実習後に任意の受講生アンケート(Supplementary materials S2)を実施した.なお,本学ではNMRやIRをはじめとした分光分析に関する座学の専門科目として「構造解析学」が開講されている.今回対象の学年では本実習と並行して「構造解析学」を2年次後期に受講するが,薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)への移行により,次年度以降の当該学年では,本実習に先行して「構造解析学」を受講する.

図1

本実習の概要

2. 調査対象および調査方法

1) 調査対象

本研究は,名城大学薬学部2年次科目である「化学系応用実習(有機化学3)」の令和6年度(2024年度)受講者295名のうち,同意の得られたものを対象とした.

2) アンケート調査の概要と解析

受講生アンケート(Supplementary materials S2)は,本実習科目の終了後に授業とは切り離し,オンラインで実施した.全14問のうち,Q14の自由記述以外は5段階の評定尺度からなる選択式とした.CS分析1731) は,アンケート調査によって得られた個別評価と総合評価の数値を用い,総合評価を高めるためにどの個別評価の項目を優先的に改善すべきかを分析する手法である.CS分析では,個別評価と総合評価の相関係数を算出し,総合評価に対する個別評価の影響度に基づいて改善する必要があるか否かを表す客観的な数値である改善度で解析する.改善度の数値の大きさから改善項目の優先順位を客観的に判別することができ,CS分析を行うと,単純統計で得られた満足度の低い項目が必ずしも改善の優先順位が高い結果とはならず,総合的に判断できる利点がある.たとえ全体的に満足度が高く,実質の満足度の差があまりないと考えられる場合でも,より良い教育プログラムにつながる示唆を得る手法として,CS分析を行うことは一定の妥当性があると考えられる.今回,「機器分析実習」に関する総合評価(Q13)を目的変数,その他の各項目Q1~12の個別評価を説明変数として,先の報告と同様に5,6,1731CS分析を行った.

Q14(Supplementary materials S2)の自由記述の回答の解析については,テキストマイニングの手法として,KH Coder(Ver. 3.0)32,33) を使用した対応分析を用いた.外部変数には主観的なものと客観的なものの二種類を設定して比較した.主観的な外部変数として,Q13(Supplementary materials S2)の「機器分析実習」に関する総合評価の5段階の評定尺度を3区分としたもの(「1.全くそう思わない」と「2.そう思わない」を「Negative」群,「3.どちらとも言えない」を「Neutral」群,「4.そう思う」,「5.とてもそう思う」を「Positive」群)を用いた.客観的な外部変数としては,プレ/ポストテスト(Supplementary materials S1)の合計点についてポストテストの方が正答数の増加した群を「増加」群,変わらなかった群を「不変」群,減少した群を「減少」群とした.形態素解析にはMeCabを使用して抽出語・対応分析を行い,バブルプロットを作成した.抽出語・対応分析では,外部変数の近くにその群に関係性の高い語句が表示され,頻度が高いほどバブルが大きく表示される.元の文脈を確認する際はKWICコンコーダンスを用い,文中に引用する際は『 』で括り,抽出語・対応分析図に出現した語句を下線で示した.

3) プレ/ポストテストの概要と解析

3日目の「機器分析実習」の前後2日間を解答期限として計15問(正誤回答式,1問1点)のオンラインテスト(Supplementary materials S1)を実施した.なお,このプレテストとポストテストの得点は,いずれも実習評価に含まれる.また,プレ/ポストテストの内容は,15問のうち,(A)全く同一の問題7問(問1~7)と,(B)異なる問題で同程度の難易度の問題8問(問8~15)という構成とした.(B)の問題については,プレテストとポストテストとで同じ項目について,異なる観点を通して問うように設計した.先行論文1,26,3437の多くは,プレテストとポストテストについて全く同一の問題で実施しているが,今回,繰り返し学習によるバイアスを取り除いた教育効果の測り方を検討するため,上記のような問題構成としてプレ/ポストテストを比較した.(A)と(B)の統計解析は別々に行い,匿名化したプレテストとポストテストの各得点についてWilcoxonの符号付順位和検定を行った.また,参考としてプレ/ポストテストの各設問の正答率についても解析を行い,先の報告と同様に34) McNemar検定を行った.なお,統計解析にはEZR38) (自治医科大学附属さいたま医療センター,埼玉)を用い,p < 0.05を有意差ありとした.

3. 倫理的配慮

本研究は,名城大学薬学部倫理審査員会の承認を得て行った(承認番号:2022-12).アンケートの実施に際して,アンケートの目的,アンケートへの協力は自由意志であること,アンケートの提出により同意を得たものとするがいつでも研究への参加をとりやめることができること,不参加でも一切の不利益はないこと,実習の成績とは無関係であること,アンケートは記名制ではあるものの,匿名化を行うため成績等について個人の特定はされないこと,個人情報保護に十分配慮すること,アンケート結果は本研究の目的以外に使用しないことについて文書と口頭にて説明した.

結果

1. アンケートの単純集計とCS分析

受講者295名のうち,研究参加の同意が得られ,かつすべての項目において不備がなかったアンケートの有効回答数は235名(79.7%)であった.アンケートの単純集計結果をSupplementary materials S3Aに示す.Q1~13のうち,すべての設問において最頻項目は「4.そう思う」であり,「機器分析実習」の導入に対して概して高評価が得られた.特にNMR人数の適正性(Q3),IR人数の適正性(Q4)では,回答者の87%以上が選択肢4,5と回答し肯定的な評価であった.つづいて「機器分析実習」に関するCS分析グラフおよび改善度などの値をSupplementary materials S3B,Supplementary materials S4に示した.CS分析グラフにおいて,重要維持項目(第1象限)として,学習意欲の向上(Q2),NMR理解の深化(Q10),IR理解の深化(Q11),座学の深化に必要(Q12)が抽出された.また,重点改善項目(第4象限)には,予習への動機付け(Q1),スペクトル解析操作の有用性(Q9)がプロットされ,プレ評価の適正性(Q6)は,改善検討項目(第3象限)中でも重点改善項目寄りであった.また改善度では,プレ評価の適正性(Q6)が5.45と,薬学教育の先行研究2831) にて改善の必要性の高い重要な課題とされている改善度5以上となった.

2. テキストマイニングによる自由記述の解析

Q14(Supplementary materials S2)の「機器分析実習」の良かった点や改善すべき点の自由記述について,KH coder3の抽出語・対応分析を用いて解析を行ったところ,主観的な外部変数では,「Negative」群は聞く体験,「Neutral」群は難しい分か講義,「Positive」群では深まる学ぶ触れる予習といった語句が抽出された(図2).これらの語句が含まれる元の文脈をみると「Negative」群は『実際に体験することで理解しやすかった』『教員の説明が聞きやすかった』など,「Neutral」群では『NMRについての理解が十分ではなく,解析が難しいと感じた』『座学の講義と並行している内容のため理解が難しく分かりにくかった』など,「Positive」群は『予習してから実験を行ったのでより理解が深まった』『NMRやIRなどの機器に触れることはいい機会だった』『座学の講義で学んでいることを実際に体験することができ学習意欲も高まった』などの文章であった.一方,客観的な外部変数については,「増加」群は見る良い解析,「不変」群は深まる聞く説明,「減少」群は理解難しい習うといった語句が抽出された(図3).これらの語句が含まれる元の文脈をみると「増加」群は『構造解析に関してあまり想像できなかったが,実際に機器を初めて見て経験できたことが良い刺激になった』『機器を実際に見たり,NMRスペクトルを自分でデータの解析をしたりすることで,NMRやIRの特徴を知り考えるきっかけになったので良かった』,「不変」群は『説明聞くことで理解が深まった』,「減少」群は『まだ座学で習っていないところが理解難しかった』などの文章が記載されていた.また,『NMRも1班ごとで測定したかった』や『待ち時間が長い』との文章も散見された.

図2

アンケートの自由記述(Supplementary materials S2, Q14)の対応分析結果(主観的外部変数).外部変数として,Q13(Supplementary materials S2)の「機器分析実習」に関する総合評価の5段階の評定尺度を3区分としたもの(「1.全くそう思わない」と「2.そう思わない」を「Negative」群,「3.どちらとも言えない」を「Neutral」群,「4.そう思う」,「5.とてもそう思う」を「Positive」群)を用いた.

図3

アンケートの自由記述(Supplementary materials S2, Q14)の対応分析結果(客観的外部変数).外部変数として,プレ/ポストテスト(Supplementary materials S1)の合計点について,ポストテストの方が正答数の増加した群を「増加」群,変わらなかった群を「不変」群,減少した群を「減少」群とした.

3. プレ/ポストテストの解析

匿名化を行ったプレテストとポストテストの各得点の分布の推移についてWilcoxonの符号付順位和検定を行ったところ,(A)の同一問題(7点満点)についてはp = 0.004,(B)の類問(8点満点)についてはp < 0.001となり,いずれもその差は有意であった(Supplementary materials S5, 6).また参考として,各設問についての解析について,プレ/ポストテストの各設問の正答率(解析対象者を分母とする正解者数の割合)とMcNemar検定の結果をSupplementary materials S7に示した.

考察

CS分析を概観すると,重要維持項目(第1象限)に,学習意欲の向上(Q2),NMR理解の深化(Q10),IR理解の深化(Q11),座学の深化に必要(Q12)が抽出されたことから,実際に分析機器に接して,座学にはない学びや気付きがあったと推察される.またアンケートの単純集計より,NMRおよびIR測定のグループの人数については肯定的な評価が多数を占め(Q3およびQ4),設備や測定時間の制約により設定した人数ではあったが,概ね学生の不満は少ないことが確認できた.特に高額な大型装置であるNMRは,大学初年次の化学実験教育で用いられている共用機器のうち,導入事例が比較的少ないもののひとつとして挙げられており39),また学生数の多い私立大学において,実習へのNMR測定の導入には,実験グループの人数の調整や,待ち時間を減らし能動的な学修へつながるよう学生に思考させる工夫が重要と考えられる.本学でも2クラス(約140~160名)単位から1クラス(約70~80名)単位へ変更することにより,今回の形式での実施が可能となった.また今回の実習では,合成した化合物のNMR測定に加えて,NMR解析ソフトMnova NMRを用い,自身のデータについて学生自らがPCを操作し,ピーク検出や積分値の算出といったデータ処理を経験したことが特徴である.座学の専門科目ではピーク検出や積分値の処理を予め済ませたNMRスペクトルに触れることがほとんどであるが,実際の測定を経験し,自らの手を動かして,個々に純度(副生成物の種類やその含まれる割合)の異なるスペクトルデータについて主体的にデータ処理を行ったことが理解を深めるのに有効であったと推察できる.一方で,重点改善項目(第4象限)付近にプロットされた,予習への動機付け(Q1),プレ評価の適正性(Q6),スペクトル解析操作の有用性(Q9)については,テストの難易度の設定およびカリキュラム編成上の制約が原因の一端と推察される.後者については,前述の通り,関連する座学の専門科目「構造解析学」は,本実習と並行して開講されていることから,座学より本実習が先行する部分があり,既有知識と経験と接続することが難しく,十分な理解に結び付かなかったことが考えられる.この点については,次年度以降は当該学年が,薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)へ移行することで,座学が本実習に先行して開講されるため改善されることが見込まれる.

自由記述についてテキストマイニングで対応分析を行った結果を概観すると,まず主観的な外部変数に関して,「Negative」群と「Neutral」群では,丁寧な説明や解説を必要としており,表層的な体験に留まっている可能性が示された.一方で「Positive」群では,本実習をきっかけに予習に取り組み学習意欲が高まっている可能性が考えられた.また,客観的な外部変数に関して,「増加」群では,実際の測定とデータ処理を経験することにより座学の内容がイメージしやすくなり,学びが深まっていることがうかがえた.「不変」群と「減少」群では,学習に関して受動的な態度が示唆されており,丁寧な補足説明の必要性が示された.なお,散見された『NMRも1班ごとで測定したかった』や『待ち時間が長い』との意見については,教員数や測定時間の制約により全班のNMR測定は困難である.これらの意見の打開策として,待ち時間に,NMR測定結果を共有する2班で,TLCの結果を比較してグループディスカッションを行い,各班の合成した化合物の純度についてTLCとNMRの複数の観点から考察することが考えられる.

プレ/ポストテストの解析について,解答期間(2日間)中に学生間で解答を共有することも可能といったオンラインテストの特質の限界40) が想定されるものの,先行研究5,6,26) においても類似の環境下におけるテストの解析結果の報告例があること,またすべての学生が解答を共有しているとは言い切れないことを考慮し,参考データとして以下に解析結果の一見解を述べる.まず(A)の同一問題については,先行報告1,26,3436と同様に同一問題を用いた結果であることを加味する必要はあるが,繰り返し効果を含めて教育的に一定の効果があったと考える.本実習の開講時期は座学の専門科目と並行しているため,複雑な問題の出題はクラス間での公平性が担保できないと考えたこと,またシステムの設定上,構造式やスペクトルチャートを含めた問題の出題は困難であったことから,全て正誤問題の出題となったが,今後は構造式やチャートを含めた問題を取り入れることも検討したい.一方,(B)の類問について,有意差が認められ,中央値は7点と変わらないものの最低点は1点から2点へと上がっていることから(Supplementary materials S5, 6),最低限の理解を促す効果はあったと考えられる.また,プレテストよりもポストテストの方において,平均点が減少していることから,プレ/ポストテスト間で同じ内容について,異なる観点を通して問うよう意図して設計したものの,設問文の解釈の難しさがプレ/ポストテスト間で異なっていた可能性があると考えられる.参考として,プレ/ポストテストの各設問の正答率とMcNemar検定の結果(Supplementary materials S7)より,各設問について分析すると,問8,問10について,ポストテストの正答率が低くなっていることから,これらの項目について,学生の理解度を上げることができなかった,もしくは質問の仕方が学生にとって理解しにくいものだったなどの原因が考えられる.一方,ポストテストの正答率が上昇した問13については,実際にNMRの試料を作成したことによる体験の効果が反映されていると考えられる.なお,本研究の限界として,プレテストとポストテストの得点の信頼性に欠ける点が挙げられる.すなわち,学生間で共有された他人の解答をそのまま解答している群と,自ら調べ学修して解答している群の両者が存在している可能性は否定できない.また,異なる問題を用いてプレ/ポストテストを比較し,繰り返し学習によるバイアスを取り除くような教育効果の測り方を試みた今回の手法について,正誤問題の出題においては教育効果の検出が困難であったが,以上の点を踏まえて今後,問題出題形式の変更や,設問の表現と内容を精査するといった検討事項が明らかとなった.

今回の試みでは,教員への事前フィードバックが可能であるオンラインによるプレテストを導入することにより,実習開始前までに学習に困難があると予想される学生の抽出が可能であることから,今後,これらの学生に対して,実験時の介入や個別指導などの適切な補完教育を行うことで,学習方略の最適化につながることが考えられる.一方,意欲のある学生にとっては,今回の試みは座学の専門科目の学習を深めるきっかけとなることが示唆されたことから,どのような立場にある学生にとっても有用な実習へと発展させることができると考えられる.

以上のように,本実践研究では,実験実習科目が単なる身体的な外的活動ではなく,思考をアクティブに働かせる内的活動によって「能動的な学修」へ結び付くことを意図して,単なる経験で終わらないように,プレ/ポストテストや学生自身によるスペクトルのデータ処理を導入した授業をデザインし,その方略の有効性を検討した.その結果,意欲のある学生は本科目を通して,座学の専門科目の理解や学習意欲を高めることができたことが示唆される一方で,学習に困難のある学生では個別の対応が望まれることが明らかとなり,学生の理解度に応じた介入を的確に行う必要があることが示された.時代と共に変わる薬学生に求められる「科学力」を今後も明確にし,座学の専門科目と実習の内容の進度について連携をとることを継続的に行い,科学的思考を身に付けた薬学生の育成に寄与する基礎系実習科目となるように検討していきたい.

謝辞

本論文の執筆にあたり,多くのご助言を賜りました名城大学薬学部 北垣 伸治 教授,坂井 健男 准教授,酒井 達子 助手およびご協力いただきました学生の皆様に感謝申し上げます.

NMRデータ処理ソフトMnova NMRを,本実習実施のために使用許諾してくださったMestrelab Research社に感謝申し上げます.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

この論文のJ-STAGEオンラインジャーナル版に電子付録(Supplementary materials)を含んでいる.

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