2025 Volume 9 Article ID: e09010
薬剤師は臨床現場において感情労働をしている.薬剤師という仕事は,人員不足や労働時間,職場での同僚や上司からのサポート不足などを理由に精神的ストレスが溜まりやすく,燃え尽きになりやすい傾向にある.加えて,わが国の現行法制において,薬剤師は他職種と連携・協働しにくい状況にある.このような中でも,薬剤師は専門職責任を果たすため,集団的に自律し,一定のケアやサービスを提供していかなければならない.専門職のプロフェッショナリズムを保持し,持続可能な医療を実現するには,専門職の苦しみや葛藤を個人に帰属させるのではなく,感情労働にかかわる正しい知識の普及や専門職を守り,支える仕組みづくりを通して緩和していくことが必要であると考えらえる.また,保健医療福祉分野にかかわるすべての専門職がそれぞれの職能を十分に発揮できるよう,より調和のとれた法制度に再編していくことも必要であると考えられる.
As pharmacists perform emotional labor in clinical settings, they are prone to mental stress and burnout due to staff shortages, long working hours, and a lack of support from colleagues. In addition, Japan’s current medical laws impede cooperation and collaboration between pharmacists and other professionals. Despite this, in order to fulfill their professional responsibilities, pharmacists must strive for professional autonomy to provide a certain level of care and services. In order to maintain professionalism and achieve sustainable medical care, it is necessary to alleviate the suffering and conflict of health professionals by disseminating knowledge about emotional labor and creating systems to protect and support professionals, rather than expecting individuals to solve their own issues. It is also considered necessary to harmonize the legal system such that all professionals involved in welfare or the medical field are not legally hindered.
薬剤師は日常業務の中で直面する患者や家族のニーズを満たしていくために,医療専門職(health professional)として自らの感情を適切にコントロールし,患者や他の専門職と関わっている.これまでの医療においては患者の権利が優先される傾向にあり,専門職が置かれている状況にはあまり目が向けられてこなかった.しかしながら,高齢化を支える専門職の不足やCOVID-19の流行を経験し,持続可能な医療提供体制を確保し,専門職が志をもって働き続けることができるようにするためには,専門職の状況にも目を向けていく必要があることが多くの人々の暗黙知となった.わが国の薬剤師が置かれている状況に関する研究は端緒についたばかりであり,感情労働に焦点を当てた研究も乏しい.
本稿では,感情労働の前提となる薬剤師の置かれている状況や役割について,国内外の先行研究やわが国の薬剤師を規制する法制度等を俯瞰しながら概説する.これらを踏まえ,今後の在り方を考察する.
1992(平成4)年,医療法第1条の4の改正により薬剤師も医療の担い手に位置づけられ,医療を受ける者に対し,良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならないとされた.近年はより他職種との連携・協働を求められるようになり,服薬指導をはじめとする薬剤師業務の在り方や地域における薬局の在り方も大きく変化している.具体的には,薬剤師の業務は薬を扱う対物業務から人々を支える対人業務へと切り替えられ,服薬情報の一元的・継続的把握や24時間対応,在宅対応,関係機関との連携,地域住民に対する健康相談などが行われるようになった1).これらにより,国民は病院や在宅などどこにいても,薬物療法の最適化や健康の維持・増進にかかわるきめ細やかなケアやサービスを受けられるようになった.
このように薬剤師の仕事は人々の健康や暮らしの向上に寄与することにあるが,薬剤師自身の精神的健康や幸福に着目した研究はわが国では未だ見当たらない.英国王立薬剤師会(Royal Pharmaceutical Society)が薬剤師に対し実施した調査では,薬剤師の43%は精神的健康状態が良くない状態であり,85%の薬剤師がCOVID-19は自らの精神的健康と幸福に影響を与えたと回答している(図1a, b)2).薬剤師という仕事の楽しさについては,約半数(54%)が楽しいと回答したものの,半数は無関心,あるいは楽しくないと回答している(図1c).さらに仕事でサービスの質やミスについて3~4割の薬剤師がいつも又はしばしば心配しており,常にストレスがかかっている状態であることが示されている(図1d).精神的健康と幸福に悪影響を及ぼす要因として,76%の薬剤師が職場でのストレスと回答し,人員不足や労働時間/ワークライフバランスの欠如,長時間労働,職場での同僚や上司からのサポートの不足が主な原因であることを述べている(表1).過去1年間において仕事が精神的健康や幸福に影響を及ぼしているため,約半数の薬剤師が休む必要があったと回答したものの,全体の3割の薬剤師は休みたかったが休める気がしなかったと回答している(図1e).一方,燃え尽きの度合いを評価する尺度(Maslach Burnout Inventory)を用い,米国の病院薬剤師を対象にした調査では,薬剤師の61.2%が燃え尽きの状態になっていることを明らかにしている3).カナダやギリシャなど他の国々でも同様であり,病院薬剤師のみならず薬局薬剤師においても約半数の薬剤師で燃え尽きが起こっていることが報告されている4–6).これらの状況を鑑みると,薬剤師という仕事は比較的,精神的ストレスが溜まりやすく,休みたくても休めず,かつ燃え尽きになりやすい傾向にあるといえる.

薬剤師の仕事と精神的健康・幸福との関連.※ 精神的健康と幸福に関する調査2020(対象:英国薬剤師959名)
次のどれが精神的健康と幸福に悪影響を及ぼした?(複数回答可)
| n | % | |
|---|---|---|
| 職場でのストレス | 726 | 76 |
| 人員不足 | 651 | 68 |
| 労働時間/ワークライフバランスの欠如 | 592 | 62 |
| 長時間労働 | 519 | 54 |
| 職場での同僚や上司からのサポートの不足 | 477 | 50 |
| 孤独感 | 346 | 36 |
| 仕事以外のストレス | 282 | 29 |
| 勉強やトレーニングに関連する問題 | 185 | 19 |
| 適切な報酬 | 166 | 17 |
| 資格の再認証(更新) | 166 | 17 |
| GPhc 監査/CQC 監査/ケア監査 | 157 | 16 |
| 金銭問題 | 131 | 14 |
| 病気 | 109 | 11 |
| 雇用問題 | 94 | 10 |
| 就職(再就職・転職) | 74 | 8 |
| 職務への適格性 | 39 | 4 |
| 留学生ビザ | 10 | 1 |
※ 精神的健康と幸福に関する調査2020(対象:英国薬剤師959名)
臨床現場で働く薬剤師は普段ミスをしないように細心の注意を払いながら業務を行っているが,学部教育の段階で医療倫理や生命倫理,薬事関係法規,医療安全にかかわるノウハウは教えられるものの,法(なかでも医事法)に関する基礎知識はあまり教えられていない.
例えば,医療契約についてである.患者が医療側に診察を申し込み,医療側はそれを承諾することで,医療契約は成立する.本来契約は個人の意思で自由に結ばれるものであるが,医療は別で患者が診察を申し込んだら,正当な理由がない限り医療側は応じなければならない(医師法第19条第1項,薬剤師法第21条など).また,医療契約を結んでいるため,患者側と医療側は双方に義務を負っている7,8).患者側は診療報酬を支払う義務や診療に協力する義務がある.医療側は最善の医療を実施する義務(狭義),患者の自己決定権を支えるため,診断内容や治療法をはじめとする子細な内容を説明する義務,守秘義務・個人情報保護義務など多数の義務を負っている.これら医療契約は医療行為が完了した場合や目的を達成できないことが確定した場合,患者が解除した場合終了になる.医療側からは正当な理由がない限り解除ができない.加えて,これらの義務を適切に果たせなければ,民事,刑事,行政で法的な責任を問われることがある.医療過誤の類型としては,医学上の判断ないし医療技術上の過誤,説明義務違反,転医・転送義務違反,安全管理(配慮)義務違反・院内感染対策義務違反,守秘義務違反・個人情報保護義務違反などがある7,8).かつて薬剤師が法的な責任を問われることは少なかったが,近年,医学上の判断ないし医療技術上の過誤(薬剤投与の誤り),疑義照会義務違反などで,薬剤師も責任が問われるようになっている9,10).例を挙げると,東京地判平成23・2・10がある.この事件においては,肺がん患者の肺炎治療のために常用量の5倍のペンタミジンイセチオン酸塩(ベナンバックス®注用300 mg)が医師から処方され,薬剤師は処方せんに基づき調剤し,3日連続で投与された患者は死亡した.裁判所は,薬剤師法第24条は,「薬剤師は,処方せん中に疑わしい点があるときは,その処方せんを交付した医師,歯科医師又は獣医師に問い合わせて,その疑わしい点を確かめた後でなければ,これによって調剤してはならない」と定めている.これは,医薬品の専門家である薬剤師に,医師の処方意図を把握し,疑義がある場合に,医師に照会する義務を負わせたものであると解されると判示している9,10).加えて,薬剤師の薬学上の知識,技術,経験等の専門性からすれば,かかる疑義照会義務は,薬剤の名称,薬剤の分量,用法・用量等について,網羅的に記載され,特定されているかといった形式的な点のみならず,その用法・用量が適正か否か,相互作用の確認等の実質的な内容にも及ぶものであり,原則として,これら処方せんの内容についても確認し,疑義がある場合には,処方せんを交付した医師等に問合せて照会する注意義務を含むものというべきであるとした.また,調剤監査が行われるのは,単に医師の処方通りに,薬剤が調剤されているかを確認することだけにあるのではなく,前記と同様,処方せんの内容についても確認し,疑義がある場合には,処方医等に照会する注意義務を含むものというべきであるとし,これに違反した点につき,調剤,及び調剤監査に携わった薬剤師3名に対し,過失を認めた.
こうした医療事故が起こらないよう専門職は日頃から専門職責任を果たしていく必要がある.専門職責任とは,依頼人や社会への責任であり,自律的集団性・職業倫理・同僚審査に基づくものであり,専門職の専門性・自律性と責任性は表裏一体のものであるという11).また,資格取得後すぐに職責を果たす必要がある専門職(profession)は,専門家(specialist)や達人(expert)とは異なる概念であるとする.つまり,専門職には,新人・ベテランの誰が業務を担っても過誤が起こらないような仕組みづくりや専門職同士で補完しあえる関係性が求められている.他方,医療においては,ときに過大な要求をする患者・家族・利用者もおり,先述のような法にかかわる教育が十分になされていないということは,医療を行う上で何をどこまで行い,どのような点に気をつけなければならないのかを曖昧にし,専門職の判断を鈍らせストレスを増大させる危険性も孕んでいるといえる.
現代の医療において専門職同士の連携・協働は欠かせないが,例えば,医師は医師法第17条により医業を独占している.この医業は,医行為(医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為)を業(反復継続の意思をもっておこなうこと)として行うことを指すが,大きく絶対的医行為と相対的医行為に分類される(図2)12).診断,手術など,絶対的医行為は医師又は歯科医師が自ら行わなければならないほど高度に危険な行為をいい,その定義上,医師又は歯科医師が自ら行う必要がある13).それ以外の行為は相対的医行為といい,「診療の補助」として,医師の指示のもとであれば医師以外の者も担うことができる13).看護師は診療の補助として,この相対的医行為を担うことができる.その他の職種も,例えば,「理学療法士又は作業療法士は,保健師助産師看護師法第31条第1項及び第32条の規定にかかわらず,診療の補助として理学療法又は作業療法を行なうことを業とすることができる(理学療法士及び作業療法士法第15条)」と規定されている.このように図3の看護師から派生する職種は看護師が行える診療の補助のさらに一部を行うことができる12).しかしながら,薬剤師はこれらとは独立した立場で存在しており,相対的医行為を担える立場にはない.薬剤師の業務は,薬剤師法第19条に「調剤」と定められており,これは薬剤師の業務独占である(図2).この調剤という概念に他の職種も行う服薬指導などを含めてしまうと,他の職種は服薬指導を実施できないと解されてしまう.このため,現在,薬剤師により服薬指導や薬歴管理,処方設計支援業務,各種医療チームへの参画,DI業務,治験業務,在宅患者に対する療養支援,健康の維持・増進に向けた取組など,多種多様な業務が行われているが,調剤の定義が見直されていないため,その外延は曖昧なままである.これゆえ,法律上も薬剤師の業務は単に薬剤調製行為としかいうことができず,現状と大きく乖離している状況がある.

医行為の分類と薬剤師の業務

医療専門職の業務分担に関する現行法の構造.※看護師の業務範囲は療養上の世話(看護師の業務独占)と診療の補助.図は平林勝政・年報医事法学19(2004)より一部改変.
この背景には,薬剤師の業務と医師の業務が分けられた歴史的経緯が一因にある.1873(明治6)年に薬剤取調之法(現在の医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律〔昭和35年法律第145号〕の原形にあたる,以下「薬機法」という)が布達され,医薬品の取扱者は政府の許可を得た薬舗主(現在の薬剤師にあたる)に限定された.さらに,翌1874(明治7)年には医事法制(医制)が公布され,漢方医による診療は排除され,医学校における医学の修得者,西洋医のみが診療を行えるものとされた.加えて,1889(明治22)年に薬品営業並薬品取扱規則(薬律)が制定され,薬剤師は薬局を開設し,医師の処方せんにより薬剤を調合する者であると規定された(ただし,附則第43条により医師の調剤権および販売授与権が認められたため,1970年代までは院外に処方せんが発行されることはほとんどなかった)14).その後,1925(大正14)年に薬剤師法が公布され,薬機法に統合されたり分離されたりしながら現在に至っている.この間,医薬分業の健全な実現に向けて欧米諸国からの勧告を受けながらも,元来調剤は医師の兼業であったことや薬剤師数の不足,医療薬学教育の不十分さなどからなかなか進展しなかった14).一方で,薬剤師の業務と医師の業務を分けるべく,1951(昭和26)年には医薬分業法が公布され,1958(昭和33)年には物と技術を分離する新医療費体系(薬価,医療材料は別に定める)が導入され,その他詳細は割愛するが,1974(昭和49)年の診療報酬改定で処方せん料が大幅に引き上げられたことによって,ようやく処方せんが院外の薬局へと発行されるようになった(医薬分業が実現するまで,薬局薬剤師は売薬や化粧品,衛生用品などの販売で生計をたて,病院薬剤師は入院処方せんおよび外来処方せんの調剤を一手に引き受ける技術者としての道を歩んだ)14).
このように調剤権をめぐっては医師から離れない状況が長きにわたって続き,その間,薬局は医療の外にある状態が長く続いた.これらの状況を是正するため,薬剤師と医師の独立性を保つ趣旨で作られている法制もあり,現行法では,薬剤師とその他,医師を含む専門職とが分断している状況がある.他方で,近年多職種連携を推進する動きが顕著であり,他の専門職は医師又は看護師等から業務を一部委譲され,職能を拡げている(いわゆるタスクシフト・シェアが行われている).薬剤師も2019(令和元)年の改正薬機法の公布で,薬局の定義が従来の調剤に加えて「薬剤及び医薬品の適正な使用に必要な情報の提供及び薬学的知見に基づく指導の業務を行う場所」と改められたり,同法第9条の4第5項並びに改正薬剤師法第25条の2第2項で「患者の当該薬剤の使用の状況を継続的かつ的確に把握するとともに,患者又は現にその看護に当たっている者に対し,必要な情報を提供し,及び必要な薬学的知見に基づく指導を行わなければならない」とされたり,様々な改革が図られている.こうしたことから,一見薬剤師の業務も拡大しているように見受けられるが,これらの改革はあくまでも薬剤師にかかわる法律(薬機法や薬剤師法)の中だけで行われている.近年の多職種連携を推進するための法改正(例えば,診療放射線技師らの業務範囲を拡大する,良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律〔令和3年法律第49号〕や,歯科医師らが検体採取や注射行為を行うことができる枠組みを整備する,感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律等の一部を改正する法律〔令和4年法律第96号〕第13条の規定を受けた新型インフルエンザ等対策特別措置法〔平成24年法律第31号〕など)とは別次元のものであり,薬剤師は先述する法律の弊害によりこれらの議論には加われない.つまり,薬剤師は従来からの薬剤師業務を薬剤師にかかわる法律の範囲内で深めることはできても,薬剤師が相対的医行為を担えない,あるいは薬剤師の業務「調剤」の定義が曖昧なままである法制上の根本的な問題が解決しない限り,他の職種がかかわる業務範囲におけるタスクシフト・シェアに関する法改正は極めて困難なのである.これはときに専門職同士の円滑な業務を妨げ,専門職の疲弊を招くほか,薬学的ケアにおいても薬剤師の道徳的負傷(moral injury:実行することが正しいと考えても,正しい行動をとることがほぼ不可能なときに生じるもの)15) を生じる可能性がある.
以上を踏まえると,薬剤師はさまざまな見えない苦しみや葛藤を抱えているといえる.薬剤師は,専門職責任を果たすため集団的に自律し,一定のケアやサービスを提供しなければならず,それらに過誤があれば法的な責任を問われる状況に常にさらされている.一方で,薬剤師同士が助け合える環境にあるかといえば,英国では76%の薬剤師が人員不足や労働時間,同僚や上司からのサポート不足などでストレスを感じている2).世界でも約半数の薬剤師で燃え尽きが起こっているとされる3–6).さらに,わが国の現行法制では,薬剤師の歴史的経緯からみて,薬剤師は他の専門職から独立(孤立)していて連携・協働しにくい状況がある.その他,薬剤師であっても一人の人間であり,自分や家族の病気,育児,介護など,プライベートな問題を抱えることもある.こうした状況は,他の専門職においても起こり得ることであると推察される.このような中で,専門職としてのプロフェッショナリズムを保持し,持続可能な医療提供体制を確保していくためには,専門職の苦しみや葛藤を個人に帰属させるのではなく,感情労働にかかわる正しい知識の普及や,患者や他の専門職との信頼関係の築き方,法(なかでも医事法)の基礎知識にかかわる教育を通して緩和していくことが必要であると考えられる.また,専門職を守り,支える環境作りとして,同僚・上司と助け合える組織文化の醸成,業務量・労働時間・休暇などの適切な労働管理,健康・メンタルヘルスに関するサポート体制の構築,専門職連携教育の推進なども有効であると推察される.保健医療福祉分野にかかわるすべての専門職がそれぞれの職能を十分に発揮できるよう,より調和のとれた法制度に再編していくことも必要であると考えられる.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.