2025 Volume 9 Article ID: e09012
本研究の目的は,薬学生における体育嫌いの減少とコミュニケーションスキル(以下「CS」と略す)の向上に効果的な体育の授業づくりについて検証し,体育嫌いとCSの関係性を検討することであった.調査項目は体育の好き嫌い,CS尺度(ENDCOREs)であった.体育の好き嫌いについては,授業前の状態と授業後の変容について回答を求め,変容の理由について自由記述で回答を得た.結果として,薬学生に対して体育授業を行う場合は,体育嫌いが多いことを考慮して運動技能を重視せず,失敗することを許容する雰囲気づくり,グループワークや作戦会議を取り入れた他者とのコミュニケーションを必要とする活動を取り入れた授業づくりが望ましいと考えられる.またこれにより,学生においては体育嫌いの減少,及びCSが向上することが示唆された.
This study aimed to evaluate a newly developed physical education class designed to reduce pharmacy students’ dislike of physical education and enhance their communication skills (CS). It also sought to explore the relationship between aversion to physical education and CS. Participants were surveyed about their likes and dislikes and CS before and after attending the class and encouraged to freely describe any reasons for changes following their participation. The findings indicated that an effective physical education class fosters an environment where failure in sports is acceptable, emphasizing enjoyment over motor skill proficiency. This is particularly important because many pharmacy students are thought to harbor a dislike for sports. Additionally, incorporating group activities and strategy sessions that require collaboration and communication with peers proved beneficial. Therefore, the newly developed physical education class shows promise in mitigating students’ aversion to physical education while simultaneously improving their CS.
薬学部において,一部の大学では留年率や退学率が増加している状況である1).初年次薬学入門実習に関する研究において,武田ほか2) は「初年次に大学に馴染めなかった学生は,1年次に退学している」と報告している.その一方で,日置ほか3) は,薬学部において新入生へのチームビルディングが開始されて以降,学生はチームビルディングを通して友人を得やすくなり,孤独感が低減されているために退学者が減少していると述べている.その理由は,チームビルディングプログラムによってコミュニケーションスキル(以下「CS」と略す)が改善された結果として,「内気さ」「拒絶への恐れ」「関係を持つ方法についての知識の欠如」等が緩和されたためであると言及している3).兒玉ほか4) は,薬学部新入生に対するチームビルディング研修の実施が,互いの信頼関係の構築,モチベーションやCSの向上,学生生活に対する不安の軽減に大きく貢献することを報告している.加えて3ヶ月後の調査では,約半数の学生が大学生活に対する不安が軽減されていた4).また,児玉・小山5) は協調学習の授業形態は,学生の学習意欲,学力向上,留年率の減少に大きく貢献できると報告している.以上より,薬学生のCSを向上させることは,留年率や退学率増加の抑制要因として機能することが期待される.
大学教育においては,体育授業がCS向上の要因の一つとして効果が認められている6,7).しかしながら,体育授業そのものが嫌い,あるいは授業の到達目標に到底及ばない学生にとってはこれに該当しない可能性が考えられる.運動嫌いは,学校体育のような運動技能の学習-指導場面で技能の向上が認められない学習者(以下「運動不振」8) と略す)との間に関連があること,さらに運動不振児は非運動不振児と比較して友人の数が有意に少なく,また遊び集団において遊び相手として選択されることが有意に少ないことが明らかにされている8).このことから,運動が苦手であることは運動面だけではなく,友人関係などの社会的関係性にも影響を及ぼしていることが示唆されている9).また,体育授業が楽しくなかったと感じる人は,教師や友人との相互作用において肯定的な経験が少ないこと10),運動が苦手な子は教師から言葉をかけられた喜びを多く味わっておらず教師から助言されるという期待感が少ないこと11) から,体育嫌いは他者とのコミュニケーションをうまく図れていないことがあるように思われる.
他方で,体育は嫌いであっても体育教師に対しては良い印象を持っている生徒が多くいること12,13),体育教師が体育の好き嫌いに与える影響が大きいこと14),教師の指導法や行動などが体育嫌いの原因となっている可能性があること15) が報告されており,体育授業を担当する教員の行動や授業づくりが生徒や学生の体育に対する印象に影響を及ぼすことが考えられる.したがって,薬学生においても運動技能の向上を目的とせずに,効果的なコミュニケーションを取り入れるような体育授業は,運動不振に代表される体育嫌いの減少やそれに伴う学生の社会的関係性の改善によるCSの向上に寄与するのではないだろうか.
そこで,本研究は薬学生における体育嫌いの減少とCSの向上に効果的な体育の授業づくりについて検証し,体育嫌いとCSの関係性を検討することを目的とした.これまで,体育嫌いの減少,及びCSの向上やこれらの関係性について薬学生を対象とした研究は行われていないため,本研究は有意であると考えられる.
調査対象者は,首都圏にあるA大学薬学部薬学科1年次必修の体育科目(以下「本授業」と略す)の履修者384名であった.研究の同意を得られなかった者,及び回答に不備があった者を除き,有効回答者は361名,有効回答率は98%であった.調査は,2023年5月から6月に行われた.
2. 調査項目 1) 体育の好き嫌い本授業受講前における体育の印象について:本授業受講前に,体育の好き嫌いについて4件法(1.全く好きではない,2.あまり好きではない,3.やや好きである,4.とても好きである)で回答を得た.
本授業受講後における体育の印象の変容:本授業受講後に,体育についての印象(好き嫌い)は変わったかについて5件法(1.嫌いになった,2.少し嫌いになった,3.特に変化はない,4.少し好きになった,5.好きになった)で回答を得た.
本授業受講後における体育の印象の変容理由:本授業受講後に,体育についての印象(好き嫌い)は変わったかに関する5件法の選択理由について,自由記述で回答を得た.
2) CS尺度本授業受講の前後に,CS尺度の回答を得た.CS尺度は,ENDCOREs16) を用いた.ENDCOREs16) は,言語及び非言語による直接的なコミュニケーションを適切に行う技能であるCSを測定する尺度である.内容は,24の質問項目について7件法(1.かなり苦手,2.苦手,3.やや苦手,4.ふつう,5.やや得意,6.得意,7.かなり得意)で回答を得て,それぞれ7段階評価とするものである.「自己統制」「表現力」「解読力」「自己主張」「他者受容」「関係調整」の6つのメインスキルごとに4つのサブスキルがあり,下位尺度得点は4項目の得点数を加算して4つの質問項目数で除したものとした.なお,尺度の信頼性,及び妥当性は検証されている16).
3. 授業概要本授業の目的は全体,及び各部門において運動技能を重視するのではなく,他者とのコミュニケーションを学び,自ら実践することであり,結果として交友関係に好影響が及ぶことをねらいの一つとしているため,初回授業において学生には積極的にコミュニケーションを図ることを促した.具体的には,教員と学生は養生テープを使用して自分が呼ばれたい名前を平仮名で記し,胸部に貼られた名前を積極的に呼び合うよう提案した.また,各部門においてグループで話し合う時間を設けて,学生同士で話し合う機会を多く提供するようにした.その際,学生に対してアクティブ・ラーニングの見地から参加するように説明を加えた.アクティブ・ラーニングとは,「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり,学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称.学修者が能動的に学修することによって,認知的,倫理的,社会的能力,教養,知識,経験を含めた汎用的能力の育成を図る.発見学習,問題解決学習,体験学習,調査学習等が含まれるが,教室内でのグループ・ディスカッション,ディベート,グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である」17) とされている.
本授業は火・木・金曜日に実施され,主に高齢者模擬体験,心肺蘇生法,卓球,バスケットボールの4部門で構成され,各部門につきそれぞれ1人の教員が担当し,受講者はこれらを輪番で受講するものである.各曜日の受講者はクラス単位で約130名であり,4班に分かれて受講する.1班あたりの受講者は約30名強,配当時間は,1コマ80分授業2コマの160分であった.授業内容は,以下の通りである(表1).第1回は授業概要の説明と体力テストを実施した.第2回は2班に分かれて「コミュニケーションを重視したレクリエーション」と「グループ・ディスカッション」を交互に行った.前者は,バーバルコミュニケーションとノンバーバルコミュニケーションを用いて,課題ごとにそれらの割合を変更することで,学生が工夫してコミュニケーションを取るような内容であった.また,チームでリレーなどを行う際は毎回ルール変更を伴うことから,その都度チームごとに作戦を練るための話し合いを取り入れた.後者は,対人コミュニケーションにおける望ましい傾聴の仕方や考え方について,学生個人の意見をまとめた後にグループ解を決めるための話し合いを行った.その後,教員から妥当解が発表され,グループ毎に振り返りを行った.各グループは4~5名で構成されており,学生は司会,書記,タイムキーパー,発表者などの役割を担っていた.第3回から第6回は「心肺蘇生法」「高齢者模擬体験」「バスケットボール」「卓球」を4班に分かれてそれぞれローテーションで実施した.「心肺蘇生法」は,主に学生は個人として講義を受講し,実践を行った.「高齢者模擬体験」は,模擬体験後に4~5名を1グループとし,対話型アクティブ・ラーニングを行った.具体的には,まずグループメンバーは直径1 mの円形用紙を囲むように着席する.その用紙に議題(どのような場面で「怖い・大変」と感じたか,「怖い・大変」な状況を解決する方法は何か)を記す.次に,学生個人が用紙に模擬体験の学びについて語句や文章で記し,メンバー全員の語句や文章について確認したうえで関連しそうなものをそれぞれ線で繋げる.一定時間経過後,他のグループの対話内容を確認する.その際には各班1名を所属グループに残し,対話内容を確認しにきた他のグループメンバーに自分のグループの語句や文章について説明する.その後,共有した内容を踏まえて再度当初のグループメンバーが対話した後に議題に対する回答を示すというものであった.第7回は最終授業としてレポート作成を行った.
授業計画
授業回 | グループ | |||
---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | |
第1回 | オリエンテーション体力テスト | |||
第2回 | レクリエーショングループワーク | |||
第3回 | A | B | C | D |
第4回 | D | A | B | C |
第5回 | C | D | A | B |
第6回 | B | C | D | A |
第7回 | レポート作成 |
A:バスケットボール.B:卓球.C:心肺蘇生法.D:高齢者模擬体験.
本授業第1回目の授業にて,当該年度に実施される調査の目的は,次年度の本授業受講者に結果をフィードバックするためであることを口頭で説明した.また,この分析結果を研究成果として利用することについて,研究の目的,調査協力は自由意志によること,個人が特定されないように匿名化したうえで解析すること,個人情報の守秘義務など研究上の倫理性について口頭で説明を行い,同意を得られた者のみを対象とした.さらに,調査協力の同意はいつでも撤回でき,その者に関する全ての情報が破棄され,それ以降研究に用いることがないことを説明した.また,同意を撤回した場合でも成績評価に影響しないなど,いかなる不利益を被ることがないことも併せて説明した.なお,本研究はA大学の研究倫理審査委員会から研究実施の承認を得ている.
5. 分析方法まず,各項目の基本統計量を算出した.続いて,薬学生においても体育授業によってCSが向上するかを検証するために,本授業の受講前と受講後におけるENDCOREs下位尺度について,Kolmogorov-Smirnovの検定によって正規性が確認されたうえで対応のあるt検定を行った.次に,本授業受講前に体育の好き嫌いとCSの関連を検討するために,Leveneの等分散が仮定されたスキルについて一元配置分散分析を行った.分析は,受講前のENDCOREs下位尺度を従属変数,体育の好き嫌いを独立変数とした.ENDCOREs各下位尺度得点の平均値,標準偏差を算出し,有意な主効果が認められたものにはTukeyのHSD法によって多重比較を行った.等分散が仮定されなかったスキルについては,Welchのt検定を行った.また,受講後における体育の好き嫌いの変容によるCSの違いを明らかにするために,体育の好き嫌いの分析と同様の手順で一元配置分散分析を行った.本授業受講後における体育の好き嫌いが変容した理由の自由記述については,KH Coder(ver. 3, Beta.07e)を用いて使用語彙に関する分析を行った.まず表記の異なる同義語は全ての文脈を確認したうえで統一した.この処理の後に,単純集計により頻出語を名詞,サ変名詞,動詞,形容詞から抽出した.続いて,体育の好き嫌いが変容した理由とCSの関係性を検討するために,KWICコンコーダンスで前後の文や語句のつながりを調べた.
統計解析には,統計パッケージIBM SPSS Statistics 22が使用され,有意水準は5%未満とした.
各項目の基本統計量を表2に示す(表2).本授業受講前の体育の好き嫌いについては「全く好きではない」「あまり好きではない」が149名(41%),「とても好きである」「やや好きである」が212名(59%)であった.受講後における体育の好き嫌いの変容については,「5.好きになった」「4.少し好きになった」が305名(84%)であり,多くを占めていた.これらの平均値と標準偏差は,表3の通りである.以上より,本授業の有効性が示される結果となった.
基本統計量
項目 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
n | n | n | n | n | n | n | |
①【受講前】体育の好き嫌い | 27 | 122 | 128 | 84 | ― | ― | ― |
②【受講後】体育の印象変容 | 0 | 2 | 54 | 151 | 154 | ― | ― |
③【受講前】CS「自己統制」* | 39 | 74 | 168 | 371 | 314 | 341 | 137 |
③【受講前】CS「表現力」* | 77 | 135 | 298 | 397 | 249 | 178 | 110 |
③【受講前】CS「読解力」* | 28 | 38 | 105 | 287 | 394 | 364 | 228 |
③【受講前】CS「自己主張」* | 57 | 133 | 298 | 413 | 289 | 171 | 83 |
③【受講前】CS「他者受容」* | 8 | 12 | 34 | 240 | 370 | 486 | 294 |
③【受講前】CS「関係調整」* | 22 | 57 | 148 | 397 | 359 | 287 | 174 |
④【受講後】CS「自己統制」* | 22 | 48 | 172 | 248 | 338 | 419 | 197 |
④【受講後】CS「表現力」* | 54 | 137 | 308 | 301 | 259 | 227 | 158 |
④【受講後】CS「読解力」* | 14 | 53 | 79 | 189 | 406 | 393 | 310 |
④【受講後】CS「自己主張」* | 49 | 134 | 280 | 313 | 302 | 234 | 132 |
④【受講後】CS「他者受容」* | 4 | 7 | 44 | 132 | 374 | 547 | 336 |
④【受講後】CS「関係調整」* | 19 | 49 | 188 | 306 | 335 | 318 | 229 |
①:1.全く好きではない,2.あまり好きではない,3.やや好きである,4.とても好きである.②:1.嫌いになった,2.少し嫌いになった,3.特に変化はない,4.少し好きになった,5.好きになった.③,④:1.かなり苦手,2.苦手,3.やや苦手,4.ふつう,5.やや得意,6.得意,7.かなり得意.
*:4項目の得点数を加算し,4で除した得点.
本授業の前後におけるCS,及び体育の印象に関する変容
受講前 | 受講後 | t | |||
---|---|---|---|---|---|
M | (SD) | M | (SD) | ||
自己統制* | 4.67 | (.96) | 4.99 | (.92) | 8.03** |
表現力* | 4.09 | (1.19) | 4.31 | (1.23) | 4.42** |
読解力* | 5.07 | (1.05) | 5.31 | (1.21) | 5.16** |
自己主張* | 4.10 | (1.05) | 4.33 | (1.20) | 4.88** |
他者受容* | 5.48 | (.97) | 5.67 | (.85) | 4.59** |
関係調整* | 4.78 | (1.02) | 4.91 | (1.06) | 2.79** |
体育の好き嫌い注1 | 2.75 | (.90) | |||
体育の印象変容注2 | 4.27 | (.73) |
** p < .01
注1:1.全く好きではない,2.あまり好きではない,3.やや好きである,4.とても好きである.注2:1.嫌いになった,2.少し嫌いになった,3.特に変化はない,4.少し好きになった,5.好きになった.*:4項目の得点数を加算し,4で除した得点.
薬学生が本授業によってCSが向上するかを検証するために,本授業の受講前と受講後におけるENDCOREs下位尺度について差の検定を行った.Kolmogorov-Smirnovの検定によって正規性が確認されたため,対応のあるt検定を行った.結果として,全てのスキルにおいて有意に向上していた(表3).したがって,CS向上を企図した体育授業は薬学生のCSを向上させることが明らかになった.
3. 受講前における体育授業の好き嫌いによるCSの違い本授業受講前に体育の好き嫌いとCSの関連を検討するために,ENDCOREs下位尺度を従属変数,体育の好き嫌いを独立変数として一元配置分散分析を行った.まず,Leveneの等分散検定によって「読解力」を除く5つのスキルにおいて等分散が仮定された.したがって,等分散が仮定された5因子を従属変数,体育の好き嫌いを独立変数として一元配置分散分析を行ったところ,5つ全てのCSにおいて有意な主効果が認められた(表4).多重比較の結果,他者受容以外の5つのスキルにおいて「4.とても好きである」が最も得点が高く,順に低くなっており,体育が好きであることとCSの高さに関連があることが明らかになった.等分散が仮定されなかった「読解力」においては,「4.とても好きである」と「1.全く好きではない」「2.あまり好きではない」「3.やや好きである」との間でWelchのt検定を行った.結果は,「1.全く好きではない(t = 2.14, p < .05)」「2.あまり好きではない(t = 4.17, p < .01)」「3.やや好きである(t = 4.00, p < .01)」との間にそれぞれ有意差が認められ,「4.とても好きである」におけるCSの得点が有意に高いことが示された.以上の結果から,体育の好き嫌いとCSの関連が示され,体育をとても好きであることはCS得点が高いことが明らかになった.
受講前における体育の好き嫌いによるCSの違い
体育の好き嫌い | 主効果 F |
多重比較 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
①全く好きではない | ②あまり好きではない | ③やや好きである | ④とても好きである | ||||
(n = 27) | (n = 122) | (n = 128) | (n = 84) | ||||
自己統制 | M | 4.52 | 4.56 | 4.64 | 4.94 | 3.12* | ②<④* |
(SD) | (1.15) | (.89) | (.99) | (.91) | |||
表現力 | M | 3.24 | 3.83 | 4.14 | 4.67 | 14.96** | ①<③** ①,②,③<④** |
(SD) | (1.44) | (1.18) | (.98) | (1.11) | |||
自己主張 | M | 3.55 | 3.84 | 4.18 | 4.53 | 10.71* | ①,②<③* ①,②<④** |
(SD) | (1.20) | (.95) | (1.00) | (1.06) | |||
他者受容 | M | 5.44 | 5.34 | 5.41 | 5.81 | 4.48** | ③<④* ②<④** |
(SD) | (1.04) | (1.00) | (.97) | (.85) | |||
関係調整 | M | 4.48 | 4.52 | 4.82 | 5.21 | 8.95** | ③<④* ①,②<④** |
(SD) | (1.24) | (1.07) | (.94) | (.84) |
* p < .05, ** p < .01
CS尺度のメインスキルは4項目の得点数を加算し,4で除した得点.
まず,本授業受講後に,多くの学生が体育を好きになっていた(表2,3).また,受講後に「3.特に変化はない」を選択した54名の中には,受講前に体育が「とても好きである」「やや好きである」と回答した者が39名おり,受講後に好きになった305名と併せると,受講後には95%の学生が体育に対して好印象であることが示された.次に,受講後における体育の好き嫌いの変容とCSの関連を明らかにするために,受講前における体育の好き嫌いの分析と同様の手順でENDCOREs下位尺度を従属変数として一元配置分散分析を行った.まず,Leveneの等分散検定によって6つ全てのスキルにおいて等分散が仮定された.したがって,全6スキルを従属変数,体育の好き嫌いの変容を独立変数として一元配置分散分析を行った(表5).多重比較の結果,6つのスキルにおいて「5.好きになった」が最も得点が高く,順に低くなっていた.これにより,体育の好き嫌いの変容とCSとの間に関連があることが明らかとなり,体育を好きになるとCS得点は有意に高い結果であった.
受講後における体育の好き嫌いの変容によるCSの違い
体育の好き嫌いの変容 | 主効果 F |
多重比較 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
①嫌いになった | ②少し嫌いになった | ③特に変化はない | ④少し好きになった | ⑤好きになった | ||||
(n = 0) | (n = 2) | (n = 54) | (n = 151) | (n = 154) | ||||
自己統制 | M | .00 | 5.88 | 4.75 | 4.86 | 5.20 | 5.64** | ③<④* ④<⑤** |
(SD) | (.00) | (1.59) | (.97) | (.84) | (.93) | |||
表現力 | M | .00 | 3.50 | 4.25 | 4.02 | 4.62 | 6.56** | ④<⑤** |
(SD) | (.00) | (.35) | (1.14) | (1.23) | (1.21) | |||
読解力 | M | .00 | 5.13 | 5.15 | 5.10 | 5.58 | 4.52** | ④<⑤** |
(SD) | (.00) | (1.24) | (1.27) | (1.26) | (1.09) | |||
自己主張 | M | .00 | 4.38 | 4.30 | 4.11 | 4.55 | 3.44* | ④<⑤** |
(SD) | (.00) | (3.01) | (1.28) | (1.17) | (1.15) | |||
他者受容 | M | .00 | 5.13 | 5.42 | 5.52 | 5.90 | 7.61** | ③,④<⑤** |
(SD) | (.00) | (.18) | (.79) | (.88) | (.78) | |||
関係調整 | M | .00 | 4.00 | 4.72 | 4.60 | 5.30 | 13.33** | ③,④<⑤** |
(SD) | (.00) | (1.06) | (1.11) | (1.00) | (1.00) |
* p < .05, ** p < .01
CS尺度のメインスキルは4項目の得点数を加算し,4で除した得点.
本授業受講後における体育の好き嫌いが変容した理由の自由記述についてKH Coderによる分析を行ったところ,総抽出語数は17,362語(このうち分析に使用された語は6,941語),異なり語数は1,242語(このうち分析に使用された語は978語)が抽出された.出現頻度上位60語は,表6の通りである.
本授業受講後における体育の好き嫌いが変容した理由における出現回数上位60語の頻出語
抽出語 | 出現回数 | 抽出語 | 出現回数 | 抽出語 | 出現回数 | 抽出語 | 出現回数 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
健康運動演習 | 365 | 自分 | 53 | 失敗 | 30 | 印象 | 21 |
体育 | 280 | テスト | 52 | 評価 | 30 | 嫌い | 20 |
運動 | 167 | 良い | 50 | 気持ち | 29 | 見る | 20 |
楽しい | 150 | 受ける | 45 | 周り | 29 | 言う | 20 |
人 | 117 | 今回 | 39 | 成績 | 29 | 時間 | 20 |
楽しむ | 104 | 出来る | 39 | 嫌 | 28 | 重視 | 20 |
高校 | 82 | 多い | 39 | 違う | 26 | 声 | 19 |
スポーツ | 80 | 会話 | 38 | 大学 | 26 | 能力 | 19 |
思う | 80 | 得意 | 36 | 関係 | 25 | 不安 | 19 |
健康 | 69 | 友達 | 36 | 行う | 24 | 目的 | 18 |
好き | 69 | 前 | 35 | 参加 | 24 | 練習 | 18 |
コミュニケーション | 64 | 楽しめる | 34 | 少し | 24 | 取り組む | 17 |
苦手 | 58 | チーム | 33 | 実技 | 23 | バスケットボール | 16 |
今 | 56 | 技術 | 32 | 気 | 22 | 意識 | 16 |
感じる | 54 | 機会 | 30 | 中学校 | 22 | 関わる ほか | 16 |
体育の好き嫌いが変容した理由とCSの関係性を検討するために,これらと関わりが深い語句として考えられる「コミュニケーション」「好き」「楽しい」についてKWICコンコーダンスで前後の文や語句のつながりを調べたところ,以下のような記述がみられた.『体育では周りの視線を感じてしまい,あまり運動が得意でない自分にとっては失敗する姿を見られたくなくて,体育の授業には消極的であった.しかし,健康運動演習では個人の練習などは無く,基本チーム単位で練習したり活動をすることがほとんどだったことに加え,コミュニケーションを取ることが目標にあったことで,失敗しても周りが励ましてくれたり応援してくれることも多く,積極的に授業に参加することができた.このことから,体育の授業を好きになれたから.』『高校の体育の授業では少しの練習の後にいきなりチームを組んでゲームをし始めることが多いことに加えて,先生の指示に従うことが多かったのでチーム間でコミュニケーションをとる機会が少なかったように感じます.しかし,今回はチームで作戦会議をしたりする時間がとられていたので,話したことがない人とも話巣(す)ことができ,新しい友達ができたので楽しかったです.また,先生方が明るい授業をしようとして下さっていたのでスポーツがあまり得意ではないと言っていた友達とも楽しく運動をすることができました.』『すべての講座でグループワークだったので,まだ話したことのない人や初めて見る人と話すことができたのでよかった.特に卓球では,私は苦手でグループに経験者がいたので足を引っ張るのではと不安が大きいのでしたが,ゲームにしても練習でも技術を競うようなことが無かったのでたのしかった.だから,高校とは違い体育の授業が好きになった.』『高校までの体育は運動ができる人が目立っていて,運動が苦手な人はあまり参加できていない印象だった.バスケットボールではみんなにパスを出そうと心掛けていても,試合での勝ち負けが関わっていたので,どうしても運動が得意な人に出してしまうことが多かったと思う.でも今回の健康運動演習では勝ち負けではなく,「一人一回はシュートを決める」という目的を立てて行ったので,みんなにパスが回るように工夫しながら取り組むことができた.体育の授業は元々好きだったけれど,みんなが楽しめることを目標として行った方が,自分もより楽しむことができるなと思ったので,より体育の授業が好きになった.』『中高生の頃,運動会で毎年全員リレーがありました.私は運動が苦手で足も人一倍遅かったので,練習の時からずっと周りに申し訳なさがありました.また,授業内でのミニゲームなどでも全力で勝ちに行く雰囲気だったので,出来ないことで少なからず周りに疎まれており,実際になんで出来ないの等と言われることもあり,体育の授業が大嫌いでした.しかし,今回の授業は出来る出来ないはあまり関係なく,出来ないことを責められることも無かったので楽しく受けることが出来ました.体育の授業を楽しいと思ったのは初めてです.』
薬学生が本授業によってCSが向上するかを検証したところ,全てのスキルにおいて有意に向上しており,運動技能向上に重きを置かず,効果的なコミュニケーションを取り入れた体育授業は薬学生のCSを向上させることが明らかになった.大学教育における体育授業は,CSの向上を想定している授業9) とそうではない授業8) のどちらもCSの向上が認められていたが,体育嫌いの割合が高い薬学生を対象としても体育授業によるCSの向上が認められたことは新たな発見といえる.笹川スポーツ財団18) によると,大学期の運動・スポーツ嫌いは16%であった.体育嫌いに関して中学生を対象とした報告19) では,中1が25%,中3が21%,小学生から高校生まで12学年を対象とした報告20) では,高い割合は中1女子25%,中2女子26%,高2女子25%であった.体育実技を必修としている4大学の学生の調査では,体育嫌いは5%であった21).大学の専攻別体育嫌いの割合は,児童教育学科の学生は17%22),小学校教員養成課程の学生は25%23) であった.一方,対象者における体育嫌いは41%であり,前述の全ての先行研究よりも高い割合を占めていたが,本授業の受講によってCSを向上させることが示された.体育の好き嫌いについては,本授業受講後にはほとんどの学生が体育に対して好印象であることが明らかになった.その理由は,「失敗しても励ましてもらえる」「話したことがない人とも話すことができ,新しい友達ができたので楽しかった」などであった.こうした環境において,学生はコミュニケーションを図ることに対する消極的な記述はみられず,他者との関わりに対して肯定的な感覚を得ているようであった.以上より,本授業の目的である運動技能を重視するのではなく,積極的にコミュニケーションを図るという考え方と行動が学生に浸透し,それを実践できていたことが彼らの体育嫌いの減少,及びCSの向上に影響を及ぼしたと考えられる.
本授業受講前に体育の好き嫌いとCSの関連を検討したところ,体育の好き嫌いとCSの関連が示され,体育をとても好きであることはCS得点が高いことが示唆された.この結果によって,これまで明らかになっている運動嫌いと社会的関係性に関する報告9,10) を支持する結果に加えて,体育好きとCSの関係性に関する知見を得ることができた.また,本授業受講後における体育の好き嫌いの変容とCSの関連を検証したところ,両者の関連が明らかになり,体育を好きになるとCS得点は有意に高い結果であった.自由記述には,「みんなが楽しめることを目標としたことが個人の楽しさも増して,体育が好きになった」「失敗しても疎まれず,できないことを責められることもなく,楽しく受講できた」などが記されていた.藤巻・山口8) の報告に鑑みると体育を好きになる気持ちが高くなるとこれに伴って友人の数は多くなること,あるいは様々なコミュニケーションを通して友人関係が広がったことにより体育を好きになったということが考えられる.これらの因果関係については本研究では言及できていないため,今後はさらなる検討が必要になる.
藤巻・山口8) は,多種多様な人との交流を通して社会的スキルを獲得し,自己の社会的適応能力を伸ばしていくという点では交友数が多いことは望ましいという体育の一面を述べている.しかしながら,本授業の履修者のように自発的に他者と積極的なコミュニケーションを図ることは難しいと考えられるため,教員などがきっかけを与えるなどサポートする必要があるだろう.
小野寺・塚田24) は,運動に関わる指導的立場の人,及び友人のネガティブな言動や行動が運動嫌いを生起させていたと報告している.また,運動・スポーツに対する意識変容のきっかけの一つとしてコミュニケーションの機会を多く含む運動・スポーツを体験することと言及している24).本授業では,アクティブ・ラーニングによる授業形態が様々な場面で対象者の体育に対する意識変容のきっかけとなり,これまでの体育に対する印象が変容した学生が多かったのではないかと考えられる.石田・平久江25) は自己肯定感と失敗観,失敗に対する対処行動との関連について,以下のように述べている.自己肯定感の低い人にとって失敗はあってはならないもの,避けるべきものと否定的に捉えていると考えられる.失敗を経験した場合には,自己肯定感の高い人は失敗の原因を考えたり,周囲の人にサポートしてもらったりすることによってそれを積極的に解決しようとするのに対し,自己肯定感の低い人は自分にはできないと最初から諦めたり,問題から目を背けたりして解決しようとしない.その結果,立ち直ることができずに自信を失ってさらに自己肯定感を低下させてしまう可能性がある.これは,運動場面に置き換えてみると古田9) が指摘する運動不振に起因する運動嫌い,運動離れ,運動不振のままという悪循環と重なるような過程であると考えられる.本授業を受講する前は,運動嫌いの者は体育において新しい技術を獲得して技能を高めること,他者とコミュニケーションを図ることなどに対しては消極的であったことは自由記述から確認できた.しかし,本授業では運動に関する技術や技能ではなく他者とのコミュニケーションを図り,体育を楽しむということを求められたことによって,運動に関連する無力感やプレッシャーから解放されて教員や友人とコミュニケーションを図ることができたような記述がみられた.以上より,学生はコミュニケーションの重要性を理解できたことがCSの向上に至った要因の一つとして考えられる.
体育授業は,高校までは運動部活動の入部状況を問わず,生徒にとっては運動を行う機会の一つであった.しかし,大学生になるとその体育授業が必修である学校は27%でしかない26).したがって,体育授業がない環境下においても,本授業のようなアクティブ・ラーニングの観点から課外授業やサークル活動を通して運動・スポーツ活動を実践することが望まれる.以上を踏まえて,薬学生に対して体育授業を行う場合は,体育嫌いが多いことを考慮して運動技能を重視せず,失敗することを許容する雰囲気づくり,グループワークや作戦会議を取り入れた他者とのコミュニケーションを必要とする活動を取り入れた授業づくりが望ましいと考えられる.またこれにより,学生においては体育嫌いの減少,及びCSが向上することが示唆された.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.