2025 Volume 9 Article ID: e09016
プロフェッショナリズムの基盤概念は専門職種と社会との「信頼」に基づく両者の互恵関係で説明される社会契約である.利他主義や共感なども従来よりプロフェッショナリズムの重要な要素として知られるが,患者や家族,他職種との人間関係や職場環境,社会的,法律的要素など多くの要因が複雑に絡む不確実で難しい医療現場の中で,医療者がプロフェッショナリズムを発揮し折り合いをつけるためには感情の管理,つまり感情労働が必要であり,そのような状況をそれと認識し,管理し対応できることもまた薬剤師に必要なプロフェッショナリズムなのではないかと考える.医師,とくに看護師の感情労働については多くの取り組みが行われているが薬剤師の感情労働についてはほとんど注目されていない.本シンポジウムでは,これまで薬学領域では議論されてこなかった感情労働という視点から,薬剤師のプロフェッショナリズについて考え,薬学教育への示唆ともしたい.
A social contract based on “mutual trust” between professionals and society constitutes a fundamental concept of professionalism. Altruism and empathy are the essential elements of medical professionalism. It is necessary for healthcare professionals to manage their emotions and perform emotional labor to demonstrate professionalism in clinical settings that are uncertain and challenging and where many factors, such as human relationships with patients, patients’ families, and other professionals, the work environment, and social and legal factors, are intricately intertwined. I believe that the ability to recognize such harsh situations and manage emotions in response is also an essential aspect of the professionalism that pharmacists must possess. Numerous initiatives have focused on the emotional labor of doctors, particularly nurses; however, very little attention has been devoted to the emotional labor of pharmacists. In this symposium, we will examine pharmacists’ professionalism through the lens of emotional labor a perspective not yet explored in the field of pharmacy, and offer suggestions for pharmacy education.
令和4年度版薬学教育モデル・コア・カリキュラム(以下,コアカリ)において本邦薬学教育において初めて “プロフェッショナリズム” が明示された1).「医療者のプロフェッショナリズム」とは何か,教えられるのか,など関心を集めているが,世界的にはプロフェッショナリズムが医療者教育における重要なコア・コンピテンシーであることは30年以上前からの共通認識でありさまざまなプロフェッショナリズムに関する文章が発表されてきている2).これらはさまざまな学術的立場により異なる視点で提示されているためプロフェッショナリズムを一義的に定義することは難しい.しかし専門職種と社会との「信頼」に基づく両者の互恵関係で説明される「社会契約」がプロフェッショナリズムの基盤概念であり,「プロフェッショナリズムとは社会・国民・公衆・患者の信頼を得るため,その期待とニーズに応えるために必要なもの」と理解されている3,4).医師憲章(2002年)5) やArnold&Sternの神殿モデル(2006年)6) などもプロフェッショナリズムを示す例として知られる.それらの中で示されている信頼構築,共感(人間性),利他主義など,従来よりプロフェッショナリズムの核心ともされる態度,姿勢,行動等が医療において重要なプロフェッショナリズムの要素であることは今や誰しもが理解するところであろう.しかしこれらを理解するだけでは意味がない.実際に実践してこそプロフェッショナリズムが示されるが,これらを真に実臨床の中で医療者が実際に示し実現するために,医療者には自身の感情を管理する「感情労働」が必要となる.
「感情労働」については,社会学がご専門の鷹田佳典先生の別稿を是非お読みいただきたいが,簡単に言えば,医療者は医療現場で患者やその家族からのさまざまな感情(ポジティブな感情もネガティブな感情も)に曝され,実際には怒りや悔しさ,不満などさまざまな感情が湧いている.しかし医療現場には明文化されていない暗黙の「感情規則」があり,例えば「医療者は患者の前で泣かない」,あるいは「常に冷静でなければならない」など,「医療者だったら〇〇であるべき」といったような「(医療者として)適切な感情」が暗黙のうちに規定されていて,そこから逸脱した感情やその表出の仕方に制限がある.つまり医療者は,(暗黙的に)常に感情規則に照らして自らの感情を抑制し(抑圧されている自分の感情=陰性感情),感情をコントロール(感情管理)しながら職務を果たしている.このような労働が,肉体労働,知的労働と並び「感情労働」とされる7).自らの感情をすり減らしながら職務を遂行する感情労働についてはリスクも伴う.感情労働は看護師の領域で多く研究され,近年は医師の感情労働についても取り上げられているが,薬剤師の感情労働についてはほとんど注目されていない.
「医療」はそもそも「医学の社会的適用」であり8),医療現場で直面するのは,専門知識やテクニカルスキルで解決可能な医学的問題のみならず,患者や家族,他職種との人間関係や職場環境,社会的,法律的,経済的要素など多くの要因が複雑に絡む,不確実で難しく苦しい環境である.薬剤師に関して言えば,「入院調剤基本料」(100点業務)が創設された1988年に薬剤師が病棟やベッドサイドに出ていくようになって以降,今や病院内外を問わず薬剤師の対人業務は主要な業務の一つとなっている.このことは即ち,病をもつ患者やその家族との距離が近くなるがゆえに,患者の病や死,家族とのかかわりの中で経験するさまざまな感情をコントロールしながら医療者としてあるべき態度を模索しながら仕事していることにほかならない.看護師や医師のみならず患者や家族との距離が近くなってきている薬剤師の仕事にも「感情」が密接に関わっているということ,感情労働が必要となる状況にあることをそれと認識すること,そして実践の中でそれらを達成し,感情労働に伴うリスクを克服するためには,自らの感情をコントロールし対応する能力やスキルを身につけて成長する必要があると考える.
これまで薬剤師の感情労働はほとんど注目されていない.しかし,これまで述べてきたように,感情及び感情労働という概念は,薬剤師のプロフェッショナリズムを考える上において重要な要素であると考える.そこで本シンポジウムでは,これまであまり議論されてこなかった薬剤師の感情労働に着目し,感情労働の視点から薬剤師のプロフェッショナリズムについて考え,薬学教育への示唆ともなることを目的として,4名の先生方にご講演をお願いした.まず,医療・薬剤師を取り巻く法律・制度のあり方に関する研究に取り組まれている内海先生に社会における薬剤師の立場・位置づけを明確にお示しいただき,社会学がご専門の鷹田先生に感情労働についてご教授いただいた後,在宅医療に関わる薬剤師のコンフリクトの現状を半谷先生,病院薬剤師のプロフェッショナリズムについての理解の実態についてオーガナイザーの石井先生よりお話いただいた.本稿では先生方のお話をシンポジウムでお話いただいた順にご紹介し,薬剤師のプロフェッショナリズムと感情労働について論じたい.なお,内海先生と鷹田先生には別途ご執筆いただいたので,本稿においては概要のみのご紹介に留めている.お話の詳細は是非,先生方ご自身による別稿にてご堪能いただきたい.別途のご執筆のない半谷先生と石井先生のお話についてはややボリュームを割いてご紹介する.
医療者の感情は,医療職としてのアイデンティティ形成にも影響すると考えられている9,10).薬剤師がその業務の中でどのような感情を抱いているのかを理解し,薬剤師の感情労働を理解するためには,薬剤師の役割や薬剤師を取り巻く環境・労働状況を正しく理解する必要がある.そこで,まずは研究テーマとして医事法に取り組まれている内海美保先生にご講演いただいた.
内海先生のお話では,法的観点において薬剤師が医師や看護師などの他医療職種とは独立した立場が保証され独自の業務を発展させてきたことが,一方,近年の多職種連携やタスクシフトといった医療の中での新しい役割の遂行に少なからず困難をもたらしているジレンマがあることなどが明確に示され,国内外の報告から見える薬剤師の業務や立ち位置,ストレスや葛藤,過重労働や精神的疲労などが薬剤師の見えない苦しみとして浮き彫りになった.
感情は社会構造の影響を受ける社会事象でもあると認識されており,これら薬剤師を取り巻く環境が医療者としての薬剤師の感情に影響していることは疑いようもない.
薬剤師の社会的立場を明確に示された内海先生のお話の詳細は,是非,内海先生ご自身の別稿をお読みいただきたい.
令和4年度版コアカリに導入されたことにより注目されている “プロフェッショナリズム” は医療系領域のみならず,社会学,行動科学,心理学,教育学,法学,など幅広い学問領域が関わるものであり,薬学領域の我々にとってはいずれも非専門領域である.自己学習は当然のことながら,まずはその領域の専門家に正しく学ぶことこそが正しい理解への一番の方法である.本シンポジウムで取り上げた「医療者と感情,感情労働」については薬学領域ではまだ馴染みのない概念であるため,本シンポジウムではまずはこれを正しく知り,正しく理解するための機会を設けたく,社会学者であり,医学教育学会「行動科学・社会科学委員会」委員でもいらっしゃる鷹田佳典先生にシンポジストをお願いした.
鷹田先生には,社会学のご専門のお立場からヘルスケア領域における感情労働及び医療者と感情について,ご自身の研究及び海外の先行研究をレビューしながら最近の話題も含めてご講演いただいた.医療者と感情とのかかわり,感情労働者としての医療者,そして医療系学生が医療者となるまでの感情の社会化と教育についてなど幅広いお話をいただき,とくに教育については,学生が自らの感情と向き合うことのできる教育方略の必要性についてお話された.そして最後に,Shapiroの言葉を引用されながら,医療プロフェッショナルとしての態度と感情のあり方については,そのこと自体が問題なのではなく,最終的には患者に最善の医療をどのように提供することができるかを考えることが大切であるとお話された.
詳細は是非,鷹田先生による別稿をお読みいただきたい.
3番目は,実際に在宅医療をはじめとする薬剤師のコンフリクトの現状や対処法等についてのご研究に取り組まれている半谷眞七子先生にご講演をお願いした.
半谷先生は病院薬剤師として勤務されていた頃に「薬剤師は何ができるか」ということについて葛藤し,現在は大学教員として臨床教育に携わっておられる.歴史的に,調剤や服薬指導をはじめとする様々な薬剤師業務は正確性を追求してきた職業とも言える.しかし,「医学とは不確実性のサイエンスであり,確率のアートである(Medicine is a science of uncertainty, and an art of probability.)」とのWilliam Oslerの言葉を引用されながら,不確実性に満ちた医療現場では個々の患者に応じた対応が求められるためEBM(Evidence-based Medicine)により100%対応することは難しく,「ナラティブに基づく医療(Narrative-based Medicine)」,つまり患者から話を聞くことが非常に重要であることを強調された.
ご自身の研究から11),在宅医療において薬剤師が求められるのは,服薬状況や症状を確認し,居住環境や精神状態,家族のこと,衛生面に気をつけるといった「患者をみる力」であり,これらの力が低いと患者は薬剤師の介入を拒否する.一方,これらの力が高い薬剤師は,服薬に関する患者の問題を早期解決するなどゲートキーパーとなり,薬剤師の専門性に対する他職種からの期待も浮き彫りになった.なお,「患者をみる」は,医師は「患者を診る」,看護師は「患者を看る」である.薬剤師はどのように表現すればよいのか.半谷先生は患者をフォローし,傾聴して治療に介入するという観点で「患者を観る」をご提案されながら,対人業務の中で薬剤師を象徴する表現や言葉が無いことが多職種の中での薬剤師の仕事が進みづらい一因ではないかと述べられた.
また,在宅医療にかかわる薬剤師のストレスの現状調査研究から12),薬剤師が最もストレスに感じるのは「業務量,業務内容に対する負担」,次いで「患者ケアの難しさ,無力感,患者・家族との関係性」であり,とくに患者ケアについては終末期患者との対応にストレスを感じていた.新人薬剤師の中には,在宅業務を熱望しても1年経つと在宅業務をやりたくないと言い始めるケースもあり,在宅業務は大学での知識レベルで学ぶものとは大きく異なり,大変に厳しい状況がある.また,患者のテリトリーに入り,患者や家族からの言葉や時に怒りを受ける,患者の死に直面するなかで,感情がコントロールできない状況に陥る.それらが繰り返されることにより,ストレス・負担,ジレンマ・葛藤,最後にはバーンアウトに繋がることが危惧されるため,薬剤師対人業務での「感情労働」を理解する必要性を強調された.
教育的観点からは,まず令和4年度版コアカリから薬剤師として求められる10の基本的な資質・能力の一つとしてプロフェッショナリズムが掲げられたが,挙げられているすべての項目はプロフェッショナリズムの重要な要素であり,プロフェッショナリズムが “10のうちの1つ” と位置づけられていることについて疑問を投げかけられた.さらに,バーンアウト等に陥らないためには,10の資質のうちの「総合的に患者・生活者をみる姿勢」,「専門知識に基づいた問題解決能力」,「コミュニケーション能力」は大学の薬学教育の中で強化すべき項目であるとし,具体的には,
1)コミュニケーション技術:とくに,感情労働を受け止める共感
2)自分の体験を振り返る省察
3)ストレスに対するストレス・マネジメント
4)課題に対する倫理観をしっかりもつこと
が必要であると提言された 1)コミュニケーション技術については多くの方略があるため詳細は割愛されたが,「『死にたい.薬なんか飲みたくない』と患者に言われた場合,あなたならどう答えますか?」と学生達に投げかけを行う実践例を挙げられ,1年生は「一緒にがんばりましょう,飲めばよくなります」等の対応をするが,高学年になるに従い「死にたいという気持ちなんですね」,「もう少し死にたいと思った気持ちを教えてもらえますか」など,患者の気持ちを受け止める学生も出てくるとのことであった.患者との会話は「正解が無い」ことも多く,どのように対応するかを日頃から意識することがその場から逃げずに患者の不安を受け止める対策となる.2)自分の体験を振り返る省察については,Kolbの経験学習サイクルを示し13),体験そのものではなく,体験したことを振り返ることが大切であることを説明された.実際に名城大学で作成したコミュニケーション能力のルーブリックを用いた自己評価により,自らの得意・不得意を意識することによって行動変容につながった学生もおり,振り返りの記述の質の向上がみられたとのことであった.3)ストレスに対するストレス・マネジメントについては,問題焦点型コーピングと情動型コーピングに触れ,前者については他人の話も聞き自分の話も伝えるアサーティブな態度を身につけること,後者については,今という瞬間に注意を向けるマインドフルネスや瞑想など感情にフォーカスしたコーピング方法が紹介され,名城大学でも15分程度の瞑想を取り入れているとのことであった.学生達も国家試験など大きなストレスを抱えているため,学生のうちから気持ちのコントロールを学ぶことも大切なのではないか,とのお話であった.4)課題に対する倫理観については,終末期への対応として生命倫理,死生観が必要であり,とくに医療現場での判断が難しい状況においては,医療者自身の倫理感や死生観がその判断に大きな影響を及ぼすため,デス・エデュケーション(Death Education:死の教育)を薬学でも取り入れていくことが提案された.最後に半谷先生が最も強調されたのは,症例カンファランスの重要性であった.看護師や医師は申し送り等を通じて患者の問題点等について話し合い・共有が行われているが,薬剤師は「個」で動き対応することが多い.患者の問題点については話し合うことが大事であり,医療現場で判断が難しい状況において立ち止まって話し合うということが一つの解決策になるとのご提言であった.
半谷先生のお話は以下のようにまとめられた.
・不確実で,複雑な課題に自ら判断し対処することは,薬剤師のプロフェッショナリズムの根幹をなすものである
・その課題から逃避しないためにも,薬剤師としての知識・倫理観とともに,他者の話を傾聴し,共感するコミュニケーション技術が必要であり,ストレスコーピング(マインドフルネス等),そして,立ち止まって,振り返る能力が求められる
半谷先生のご研究から見える在宅医療に関わる薬剤師の現状は,まさに薬剤師,とくに在宅医療にかかわる薬局薬剤師の仕事が感情労働であること,そして大学での薬学教育においてもそれらに対応できるコンピテンシーを身につけることの重要性を明確に示すお話であった.
最後は石井伊都子先生より,医療人のプロフェッショナリズムについての基本及び病院薬剤師による薬剤師のプロフェッショナリズムについての理解の実態についてお話いただいた.
千葉大学では,2007年より医療系3学部(医学部・看護学部・薬学部)による専門職連携教育(Interprofessional Education; IPE)が開始され,いずれの学部においても必修科目として位置づけられている.専門職連携にかかわるコンピテンシーは自律した医療系専門職として必要でありプロフェッショナリズムの重要な要素である.令和6年度に「薬剤師臨床研修ガイドライン」が制定されたが14),その中でプロフェッショナリズムとして挙げられている4つの項目「社会的使命と公衆衛生への寄与」,「利他的な態度」,「人間性の尊重」及び「自らを高める姿勢」は,残念ながら「医師臨床研修指導ガイドライン」15) の文言を拝借した形となっている.理由は薬剤師のプロフェッショナリズムについて学術的に落とした文言が存在しないことに他ならない.もちろん医療職である限り,医療人としてのプロフェッショナリズムが職種により大きく異なることはないと考えられるが,やはり各職種に専門性がある限り,薬剤師オリジナルの表現・言葉が欲しいところである.
プロフェッショナリズムの基盤は,専門職と社会との相互の「信頼」にもとづく「社会契約」であること3,4),そして教育の観点からは「アンプロフェッショナルな行為をしないという最低限の目標」と「常に高みを目指すという向上心的目標」の2つの目標があること16),後者の目標を達成するためには,ロールモデル,省察,ナラティブ能力・コミュニティ・サービス(医療に恵まれない人・地域での実践)を考慮した学習が有用であり,課題解決にあたる省察的実践家として社会的説明責任を果たす真のプロフェッショナルとなっていくことを目標とすべきであるとのご提言であった.
お話の後半では,2024年3月に開催された「第13回日本薬剤師レジデントフォーラム」での取り組みと,そこから見えた病院薬剤師の業務やプロフェッショナリズムについての意識についてお話いただいた.同フォーラムに参加した薬剤師を対象とした意識調査についてはまだ解析途中の貴重なデータをお示しいただきながら,病院薬剤師のプロフェッショナリズムについての潜在意識や理解度,また本シンポジウムのテーマである感情労働についてお話いただいた.
シンポジウム当日,幾つかの質問をきっかけに重要な討論が行われた.
Q1. 感情の表現における文化の違いの有無や言語化について鷹田先生からは,感情の表現には文化差があり諸外国との違いを見ていく必要性があること,言語化についてはライティング(書くこと),詩を書くなどさまざまな方法が報告されていること,一方,1人で悲しみたい,1人でじっくり自分の感情に向き合いたいなどの場合もあり “感情を表現しなくてはいけない” ということについても慎重に留意する必要があることなどが説明された.
Q2. 感情労働は職場の環境,人間関係が影響するため難しいが,職能を理解するという観点から考えるとわかりやすいと思った.職能を理解するために独自に取り組んでいる試みについて,また経験の少ない若い薬剤師に対する教育について教えて欲しい.石井先生より,千葉大学でのIPEを踏まえて職能を理解するために重要なこととして以下のコメントがあった.
・IPEに携わる病院の中の医療者を一人でも増やすことが職能理解に非常に大きな貢献になっている
・IPEだからといって単に学生をIPEの場に送っても教育効果は無い.学生を受ける医療現場側の人達にしっかりとFDを実施してもらい,それぞれの職能をきちんと理解してもらうことが重要であり,どのような視点でIPEの実践を進めてほしいかということを繰り返し説明した.最初は現場からの不満もあったが,これを数年繰り返すうちに現場における相互の職能の理解が進み,情報交換をするようになった.学生教育を現場が受け持つことが重要である.
・千葉大学の取り組みの一つとして, “いつでも,どこでも” Daily IPEがある.各学部のさまざまな学年の学生達が実習をしている中で病棟で一緒になれば “いつでもどこでも” 協働するというものであり,これにより教える現場の教える側の意識に変化が生まれる.この点からも学生の教育を医療現場のスタッフが受け持つことが重要である.
さらに若い薬剤師に対してどのように伝えるかということについては,千葉大では入職したレジデント薬剤師に対しては「何を大事にしていくか,何ができるようになっていくのか」という目指すべき価値観をしっかりと示し,レジデント一人に対して一人の指導者をつけてチェックさせており,これにより教える側も成長する,とのことであった.
Q3. Emotional Labor(感情労働)について言葉は聞いたことがあったが本当の中身を知ることができ大変勉強になった.クライアントの感情を大事に考え,労働者の感情もコントロールするということがわかった.医師や看護師などの他職種もクライアントとして位置づけることができるのではないか.鷹田先生からは以下のようなコメントがなされた.感情労働論で大きなトピックになってきたのは,働く人と顧客との間の感情管理がどのように行われているのか,ということであった.医療現場に焦点を当てた場合,医療者-患者関係以外に,多職種連携における感情管理を「感情労働」と捉えるかどうかは議論があるかもしれないが,感情をどのように管理するのかということが重要なポイントになってくると考えられるため,多職種連携の中でどのように感情を管理していくかということはこれから感情労働論の中で議論されていくところだと思われる.また,それぞれの職種の職能や,仕事の内容を決めている法律的な側面が出てくるのではないかと考える.
感情労働から学ぶことにより多職種との連携,プロフェッショナリズムの醸成につながるのではないかという重要な議論となった.
Q4. 働き方改革が,とくに医師の感情労働の妨げになっている可能性があるのではないか.石井先生より,働き方改革と感情労働には難しい観点があり,やらなければいけないということとどのような折り合いをつけていくかが今後の大きな課題になっていくであろう,とコメントされた.さらに,何が優先事項であるかを説明できることが重要であるということ,何が医療にとって重要で,どういう優先順位をつけ,医療者が果たさなくてはいけない義務が何なのかが整理されておらず,加えて現在は医師の裁量権が大きすぎて業務を整理できないという問題もあるため,そこまで踏み入っていかないと解決できない課題である,とのご意見であった.
質問者からは,患者のために仕事したいのに帰らなくてはならないという状況を解決するためには,例えばきちんと患者対応の引継ぎができるなどの「仕組み」をつくることが必要なのではないかと考えた,とコメントされた.
これらのやりとりを踏まえて座長より以下の質問を行った.
Q5. 「本当はこうしたいけれどもできない」というのは『道徳的負傷』の範疇に該当するのではないか?鷹田先生より,道徳的負傷についての解説も含め,感情労働とのかかわり,及びその重要な視点について以下のコメントをいただいた.
コロナ禍では医療者のメンタルヘルスが問題になったが17),医療者が抱えていた感情面の問題は単なるバーンアウトよりももっと根深いものであり,「道徳的負傷」という言葉が使われている18).これは,本来自分が正義であると考えていることや,やるべきと思っていることがさまざまな理由でできないときに,自分のモラルが傷つけられてしまうと感じて苦しんでしまう感情であり,感情労働と重なる部分や感情労働の概念で説明できるところもあるが「道徳的負傷」はもう一段深い,傷つき体験ではないかと考える.しかしこの考え方が重要なのは「道徳的負傷」の議論では構造的観点が重視されている点である.セルフケアや感情労働における感情への手当を自分なりに行うことは重要ではあるが,それがあまりにも強調されてしまうと,そのような状況をもたらしている構造的要因,自分ではどうしようもないような構造的要因がそのまま放置されてしまい,「大変な感情は自分で管理してください」ということになってしまうため,(構造的要因という)根本的な部分が変わらなくなってしまう.構造的要因の改善と感情への手当は同時に対応を進めていく必要があるのではないかと考える.そういう観点で「道徳的負傷」が大事になってくるのではないか,とのことであった.
薬剤師の感情労働はほとんど注目されていない.しかし,感情及び感情労働という概念は,薬剤師のプロフェッショナリズムを考える上において重要な要素である.本シンポジウムでは,これまであまり議論されてこなかった薬剤師の感情労働に着目し,感情労働の視点から薬剤師のプロフェッショナリズムについて考えることを目的に,医事法に取り組まれている内海先生に社会における薬剤師の位置づけを法的観点から明確にしていただき,社会学をご専門とする鷹田先生に感情労働についてご教授いただいた.そして半谷先生に実際に薬剤師のコンフリクトの現状やセルフケアに関わる教育についてお話いただき,石井先生には千葉大でのIPEのご経験等を踏まえた薬剤師のプロフェッショナリズムについてお話いただいた.これら4名の先生方のお話に共通し,あらためて明らかになったのは,薬剤師もしくは薬剤師の職能を象徴する表現や言葉が無い(半谷先生),学術的に落とした文言が無い(石井先生)ということ,それが薬剤師の他職種(患者や社会全体も含まれるであろう)からの理解を難しくしていること,さらに薬剤師の歴史的経緯及び法的観点から,薬剤師は他の専門職から独立(孤立)していて連携・協働しにくい状況にあり(内海先生),実際,医療現場でも薬剤師は「個」で動き対応することが多いということ(半谷先生),また対人業務が拡大しているにもかかわらずそれらに対応可能なコンピテンシーの教育が十分でない(半谷先生)という観点からも,ある意味,苦しい立場にあること,しかしそれらに伴う「感情労働」について,それが感情を管理して対応すべき「感情労働というものである」ということを認識し,対応可能なコンピテンシーを身につけることでコンフリクト状態の解決につながり,また感情労働の考え方もしくはその一部を適応させることで多職種協働やプロフェッショナリズムの醸成につなげることができる可能性を確認することができたのではないかと考える.そして何よりもその前提として,鷹田先生に「感情労働」の概念について正しくご教授いただき,医療者としての薬剤師と感情労働との重要なかかわりについての認識,今後の課題と可能性を共有できたことが第一歩として大変に重要であったと考える.
これまで注目されてこなかった薬剤師の感情労働は,薬学領域の,薬剤師のプロフェッショナリズム教育において重要な観点の1つであることを示すことができた本シンポジウムは大変有意義なものとなった.シンポジストの4名の先生方,本シンポジウムへの参加者及び質問等を通じて活発にご議論いただいた先生方に心より御礼を申し上げたい.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.