2025 Volume 9 Article ID: e09021
生成AI(Artificial Intelligence)技術が急速に普及しつつある.本研究では薬学部における生成AIの利用環境を明らかにすることを目的に,2024年2月時点の薬学部を有する大学(79学部)のWebサイトを対象に「生成AIに関する通知」の公開状況,内容,特徴を調査した.合わせて数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(Mathematics, Data science and AI Smart Higher education: MDASH)と生成AIに関する通知の有無の関係を検討した.Webサイト上の公開情報を調査した結果,生成AIに関する通知を公開している大学は64.5%であった.通知は,注意喚起型,使用前提通知型,制限・禁止事項通達型の3形式に分類された.制限・禁止事項通達型では,教育への悪影響への言及が他に比べて多い傾向にあった.MDASH認定を受けている大学は56.9%,MDASHの認定を受けておらず,生成AIに関する通知も公開していない大学は20.2%であった.生成AIの倫理的利用や教育への統合が課題であり,教員間の情報共有や指針策定の推進が継続的に求められる.
Generative Artificial Intelligence (AI) technologies in education are spreading rapidly. In February 2024, this study investigated the publication status, content, and characteristics of “Notices on generative AI” from the websites of 79 pharmacy schools. In addition, the relationship between the presence or absence of AI notices and the Mathematics, Data Science, and AI Smart Higher Education (MDASH) accreditation was studied. A survey of publicly available information on the school websites revealed that 64.5% of universities have published notices on generative AI. These notices were classified into three types: warnings, assumptions of use, and restrictions/prohibitions. The adverse effects on education were more frequently referenced in the restrictions/prohibitions than in the other types. Furthermore, 56.9% of the universities were MDASH-accredited and published generative AI notices, whereas 20.2% were not and had not published. The ethical use of generative AI and its integration into education requires further research, with a continuous need to share information and guidelines among faculty members.
2022年にOpenAIがChatGPTを公開したことを機に,世界中でGenerative Artificial Intelligence(生成AI)が急速に普及しつつある.AIは「人工知能」を意味し,現時点では統一された定義は未だ定められていないものの「人間が持っている知的なふるまいの一部をコンピュータで実現した技術」,「人間の思考プロセスと同じような形で動作するプログラム,あるいは人間が知的と感じる情報処理・技術」といった広い概念で理解されている科学技術である1,2).現在では文章の生成のみならず,画像,音声,動画等などを生成するAIが開発されている3–6).
「生成AI」は,テキスト,画像,音声などを自律的に生成できるAI技術の総称である.使用者に専門的なスキルや知識がなくとも自然な言語で指示を出すだけで容易に使用できるという点が従来のAIと大きく異なる.生成AIが急速に進展した背景には,機械学習(ディープラーニング)の進展,機械学習を用いて膨大な量のデータでトレーニングされた基盤モデル(Foundation Model)や大規模言語モデル(Large Language Models: LLM)の開発,コンピュータ自体の性能の強化やクラウドコンピュータ化に伴う応答の速度や精度の向上などの要因があげられる7).
生成AIの技術進展スピードは著しく,医療分野でも利活用の場面が広がっている.診断支援や電子カルテ作成支援等,業務支援や業務の質向上を目的とした生成AIの開発が盛んであり,医療分野におけるデジタルトランスフォーメーション(医療DX)の重要な要素として注目されている8).そのため,臨床実習等などで患者の個人情報等を閲覧・取得する機会がある医療系学部にとって,生成AIの利用の方針をどのように定めるかは,重要な課題となる.
一方で,発展途上の技術であるため,メリットとともにデメリットも指摘されている.日本でも2023年6月に文化庁が「AIと著作権」に関する著作権セミナーを開催する9) など,利活用に関する啓発が行われているが,それ以上のスピードで技術が進展しているのが現状である.
現在,日本ではSociety5.0の実現を目指し,ICT(Information and Communication Technology)の利活用の推進とともに,デジタル技術の利活用ができる人材の育成を推進している.高等学校では2022年度から新学習指導要領が実施され,「情報I」が共通必履修科目として設定された.「情報I」では全ての生徒がプログラミング教育やデータベースの基礎を学ぶこととなっている.今後は,ICTの利活用を前提とした教育を受けた学生が大学入学を迎えることとなる10).大学教育においても,2020年度より数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(Mathematics, Data science and AI Smart Higher education: MDASH)の運用が開始されており,数理・データサイエンス・AIに関する能力の育成を推進している11).MDASHは数理・データサイエンス・AIに関する,正規課程の教育プログラムのうち,一定の要件を満たした優れた教育プログラムを文部科学大臣が認定/選定する制度であり,初級レベルを習得することを目指す「リテラシーレベル」と自らの専門分野においてこれらの能力を応用・活用することができる能力を習得することを目指す「応用基礎レベル」に分かれている.中でも,特に優れたプログラムが「リテラシーレベルプラス」「応用基礎レベルプラス」として選定される11).
また,薬学教育におけるICT活用教育という観点からは,薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)に「A 薬剤師として求められる基本的な資質・能力」の一つとして「情報・科学技術を活かす能力」が採用されており,人工知能やビッグデータ等に係る技術を積極的に利活用する能力を身につけることを求められている12).
このような状況の中,生成AIの利活用に関して,2023年5月に文部科学省(以下,文科省)通知として「生成AI(ChatGPT)の学校現場での利用に関する今後の対応について」13),同年7月に「生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」14) が公表された.この中では,学校関係者が活用の適否を判断する際の参考となる指針が示されているものの,未だ統一したルールは定められていない.大学や学部によって,生成AIとの関わり方が全く異なることや,生成AI技術進展のスピードが衰えていないことを考えると,統一したルールを定めたとしても,すぐに現状と合わなくなることが予想される.このため,教育活動における生成AIの利活用に関する通知や指針(以下「生成AIに関する通知」)は大学ごとに定め,出さざるを得ないというのが現状である.現在,薬学部では実務実習等の各種実習において病院・薬局といった学外施設に協力を仰いでいる.大学ごとに「生成AIに関する通知」が出されている現状は,協力施設にとって対応が煩雑化する要因となる.一方で協力施設に通知が共有されない場合は,学生による生成AIの不適切な利用に起因する問題が発生することへの懸念が生じる.このことから,学生のみでなく,大学が公式に作成している誰もが閲覧可能なWebサイト(以下,Webサイト)に生成AI利用に関する通知を掲載し,大学の姿勢を明らかにすることは,学生に適切な教育を提供するという点からも重要な意義がある.
また,「生成AIに関する通知」が公開されていなかったとしても,MDASHの認定を受けたプログラムに基づく教育を実施していれば,学生はAIを利活用するための一定のリテラシーを身につけていると考えることができる.MDASHの認定を受ける過程で,データサイエンスや生成AIの利活用について一定の検討がなされていると考えると,未認定の大学に比べ「生成AIに関する通知」の公開状況に違いがある可能性がある.しかし,生成AIへの対応を表明した大学の情報は個人のWebサイト上等で一覧にまとめられてはいるものの15),生成AIの利活用に対して大学がどのような姿勢で通知を出しているか,またMDASHの認定の有無が通知の公開状況と関連があるか否かについて研究された例はなく,未だ不明である.
以上の状況を踏まえて,本研究では,薬学部における生成AIの教育活用方針の実態を明らかにするため,下記課題を明らかにすることを目的とする.
1.全国の薬学部を有する大学(以下対象大学)での「生成AIに関する通知」はどのように公開されているか.明らかにする状況としては,下記項目を含む.
1)「生成AIに関する通知」の大学Webサイトへの公開状況
2)通知の対象者
3)通知の発出時期
4)通知の内容と通知形式
5)他学部・他学科と比較して特徴的な指針の有無
2.MDASH認定状況を踏まえ,認定大学と未認定大学において「生成AIに関する通知」の公開状況に違いがあるか.
調査対象大学のWebサイトで公開されている「生成AIに関する通知」に対し,2024年1月25日~2024年2月29日に調査を実施した.調査は以下の要領で実施した.
1. 調査対象大学の選定日本に住所を置く薬学部(77大学79学部)を対象とした.同一法人で2学部を有する大学では,個々の状況に応じて通知が異なる場合を想定し,1学部を1校として数えることとし,79校を調査対象とした.
2. 「生成AIに関する通知」の調査検索語を「対象大学名生成AI教育」と設定した.また,ChatGPT等,個別のプログラム名が指定されている通知も「生成AIに関する通知」として検索対象に含めた.
Googleにて上記検索語を用いて検索し,対象大学のWebサイト上で公開されている「生成AIに関する通知」のUniform Resource Locator(URL)を抽出し,リスト化した.また,該当ページが移動・削除されても内容が確認できるよう,内容を電子文書ファイル化し保存した.
「生成AIに関する通知」に記載されている宛名より,通知対象者を(a)対象者の明記がないか,学生・教職員双方宛,(b)学生宛,(c)教員もしくは教職員宛,(d)研究活動に分類した.
「生成AIに関する通知」を精読し,学生が通知の対象に含まれている(a)と(b)については,通知日を集計した.通知の内容と通知形式の分類においては,2023年7月13日の文科省通知「大学・高専における生成AIの教学面の取扱いについて(周知)」に記載されている項目を参考にした(表1).また,薬学部独自の内容や文科省通知の項目にはないが,特徴的な記載がある場合はその内容を抽出した.
文部科学省通知「大学・高専における生成AIの教学面の取扱いについて(周知)」に基づく分類
上位分類 | タイトル | サブタイトル | 含まれる内容 |
---|---|---|---|
基本的な考え方 | 生成AIに関する動向 | ・ChatGPTの急速な普及 ・政府の対応(生成AIの利用推進と懸念・リスク対応のバランスが必要,信頼性確保やリスク対応を重視) ・生成AIの可能性(利便性や生産性の向上など) ・生成AIの懸念やリスク(信頼性や誤用・悪用) |
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大学・学部における対応 | 教育分野への影響 | ・教育分野での効果(学習効果向上,教職員の業務効率化) ・教育分野での懸念(生成AIの不適切な使用など) ・大学の対応(各教育機関の教育実態に応じた対応が重要) ・望まれる対応(学生や教職員向けの指針の提示や適切な対応) |
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望まれる対応 | ・学生や教職員向けの指針の提示 ・継続的な状況把握,技術の進展や運用状況に応じた指針の見直し ・各大学の教育実態や最新動向を踏まえた主体的な指針の見直し ・FD・SD研修などの組織的対応の検討 |
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生成AIの取扱いの観点 | 利活用可否の検討,利活用が想定される場面例 | 利活用可否の検討 | ・教育目的や内容,留意点を踏まえた検討(生成AIの原理理解や技術的限界の体験を通じた活用能力の教育)(効果的なプロンプトや出力検証の指導を含む教育活動の導入) ・違反行為に対する措置も含めた,学生・教職員への周知 |
利活用が想定される場面例(学生) | ・ブレインストーミング,論点整理,情報収集 ・文章校正,翻訳,プログラミングの補助 ・主体的学びの支援としての利用 |
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教員の利用 | ・知見の共有と利活用の促進 ・利活用事例や懸念事項を教職員間で共有 ・継続的に適切な利活用を追求することが重要 |
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留意すべき観点 | 生成AIと学修活動との関係性 | ・学修は学生が主体的に取り組むことが本質 ・生成AIの出力をそのまま使用することは不適切 ・生成AIの出力に含まれる著作物の使用が剽窃となる可能性 |
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成績評価 | ・成績評価における対応 ・生成AIの種類で成果物の質に差が生じる可能性 |
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生成AIの技術的限界 | ・生成された内容に虚偽やバイアスが含まれる可能性 ・生成AIの技術的限界を理解した上で利用することが重要 ・生成された内容について確認・裏付けを行うことが求められる |
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機密情報や個人情報の流出・漏洩等の可能性 | ・意図しない機密情報や個人情報の流出・漏洩の可能性 ・一部の生成AIでは,オプトアウト設定が可能 |
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著作権に関する留意点 | ・他人の著作物を利用する場合,著作権者の許諾が原則必要 ・AI生成物の利用により,既存の著作物の権利を侵害しない ・教育機関での例外規定(著作権法第35条) ・授業範囲外での利用制限 |
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結び | 学生への数理・データサイエンス・AIリテラシー教育の必要性 | ・AI利活用に必要な基礎的知識・能力の習得 ・AIに関する授業科目は,技術進展や社会での活用状況を踏まえ,適宜改善を行うことが必要 ・AI教育を継続的に見直し,現状に即した内容への更新が必要 |
調査対象大学のMDASH認定状況を文科省Webサイトより取得し,MDASH認定の有無を説明変数,「生成AIに関する通知」の公開の有無を目的変数として検定を実施し,MDASHの認定の有無と「生成AIに関する通知」の有無に関連があるかを分析した.併せてMDASHの認定の有無と通知形式との関連についても検定を実施した.検定にあたっては,適用可能な統計検定を選択して実施した.具体的には,カテゴリのデータ数が十分確保できる場合にはχ2検定を,5未満の場合はフィッシャーの正確確率検定を用いた.解析にはR version 4.4.2(2024-10-31)を用いた.
大学Webサイトを通じて,「生成AIに関する通知」を公開していた対象大学(以下「通知あり」)は79校中51校(64.5%),大学Webサイト上では,通知が確認できなかった対象大学(以下「通知なし」)は79校中28校(35.4%)であった(表2).
「生成AIに関する通知」のWebサイト上への公開
生成AIに関する通知あり | 生成AIに関する通知なし | 計 | |
---|---|---|---|
国立大学 | 11 | 3 | 14 |
公立大学 | 2 | 3 | 5 |
私立大学 | 38 | 22 | 60 |
計 | 51 | 28 | 79 |
(単位:校)
「生成AIに関する通知」を公開している51校の通知対象者別の通知件数は,(a)対象者の明記がないか,学生・教職員双方宛が18件,(b)学生宛が37件,(c)教員もしくは教職員宛が9件,(d)研究活動に関する通知が1件の計65件であった.通知を公開している対象大学のうち,(a)~(d)のいずれかのみを対象とした1つの通知を掲載していたのは51校中40校,(a)~(d)の2つ以上の対象に内容を分けて通知していたのは51校中11校(21.6%)であった.
1-3)通知の初公開時期通知が最初に公開された時期を図1に示す.最も早い通知は2023年3月,最も多く通知が公開されたのは,2023年5月であった.
「生成AIに関する通知」の初公開時期
1-2)で(a)(b)に分類される通知の対象者に学生が含まれる55件の通知の内容を精読し,その表現の特徴に基づいて分類をした結果,注意喚起型,使用前提通知型,制限・禁止事項通達型の3つの通知形式が抽出された(表3).通知の内訳は注意喚起型が27件,使用前提通知型が19件,制限・禁止事項通達型が9件であった.
「生成AIに関する通知」の形式と特徴的な項目
通知の形式 | 内容 | 件数 | 「大学での学び」 | 「教育への悪影響」 | 大学での学びの本質に関する言及の例 | 教育への悪影響に関する言及例 |
---|---|---|---|---|---|---|
注意喚起型 | 生成AIの特徴について学生に説明をし,利用に関する注意喚起を行う. | 27 | 10 | 5 | 高等教育の意義は,さまざまな情報を活用し,自らの考えを創り上げ,さらには,自らと異なる意見や考えに耳を傾けて,人と人との対話を通して独創的な考え方やアイデアを生み出すところにあります.大学での学びは学習するプロセスや豊かな人間性を育むための人的交流も重要であることを認識してください.(A大学) | 専門家としての能力が未成熟な学生が,授業の課題対応などのために利用すると,専門家として身に付けるべき能力獲得の障害となる恐れがあります.(D大学) |
使用前提通知型 | 生成AIの特徴について学生に説明をし,活用する場合の注意点(推奨・禁止・注意喚起のいずれか)を場合分けして提示する. | 19 | 9 | 4 | [教育効果の重視]大学での学びにおいては,知識生成の過程や洗練化の過程を通して思考能力を高めることが重要です.生成系AIツールでは,情報を収集・整理する作業を自動化し結果だけを表示します.生成系AIツールで生成された文章をそのまま授業課題の回答とすれば,この貴重な思考過程の訓練の機会を逸することになり,長期的には当人の能力向上が損なわれます.授業によって,利用禁止にしたり,利用に一定の条件を設定するのはこのためです.(B大学) | 生成AIに全面的に頼ることは,経験に基づく創造力,問題解決能力,批判的思考力(物事を多面的に考える力)など,皆さんが持つ様々な能力の健全な発達を損なうリスクがあることに十分留意してください.(E大学) |
制限・禁止事項通達型 | 生成AIの特徴について学生に説明をし,生成AIの学内利用に関する制限事項や禁止事項を明確に提示する. | 9 | 6 | 4 | 人との対話において,他人の意見が本当に正しいかどうかを判断するのは自分自身です.相手が生成系AIの場合も同様で,生成された文章を鵜呑みにするのではなく,文献や公式資料など自ら根拠を確認し,表現することを必須とします.このような検証作業は,文章力の向上だけでなく,批判的な思考力や情報分析能力の育成に繋がります.(C大学) | このたびのAI技術を使ったサービスを教育研究の場で利用することは,学生として事象・現象を客観的に考察する能力,自らの考えを他者に説明する能力等の習得に支障となる可能性があり,本学の人材育成,必要な学習成果(学位授与)を修めたか否かの確認,公正な成績評価等の妨げになると考えます.(F大学) |
計 | 55 | 25 | 13 |
注意喚起型は生成AIの特徴について学生に説明をし,利用に関する注意喚起を促す形式であるのに対し,使用前提通知型は生成AIの特徴について学生に説明をするとともに,活用する場合の注意点(推奨・禁止・注意喚起のいずれか)を場合分けして明確に提示していることが特徴であった.一方で制限・禁止事項通達型は生成AIの特徴について学生に説明をし,生成AIの学内利用に関する制限事項や禁止事項を明確に提示していることが特徴であった.
また,生成AIと学修活動との関係性のうち「大学での学びの本質」として,他者との対話を通じて自身の思考力や表現力を含む創造性を高めることの重要性,獲得した知識をもとに深く考え,真理を探求するという学修プロセス,新技術に対して関心を持ち,専門知識や批判的思考に基づき,適切かつ安全に活用してみるといった学修の姿勢について言及しているのは注意喚起型のうち10件,同様に使用前提通知型9件,制限・禁止事項通達型6件であった.さらに生成AIサービスの利用により,学修成果の確認や公正な成績評価の妨げになるといった「教育への悪影響」に関する言及は注意喚起型のうち5件,使用前提通知型が4件,制限・禁止事項通達型は4件であった(表3).
1-5)他学部・他学科と比較して特徴的な指針の有無対象大学中に薬学部独自の方針を公開している大学はなく,大学全体としての方針が公開されていた.
2. MDASHの認定状況と「生成AIの通知」の統計的解析調査時点でのMDASHの認定状況はリテラシーレベルまでの認定を受けている対象大学が36校(49.4%),リテラシーレベルと応用基礎の認定を受けている対象大学が9校(11.3%)であり,何らかのレベルのMDASHの認定を受けているのは79校中45校(56.9%)であった(表4).45校中,提供している教育プログラムがリテラシープラスの選定を受けている大学が9校,応用基礎プラスの選定を受けている大学が3校あった.
2024年2月時点でのMDASH認定状況
生成AIに関する通知あり | 生成AIに関する通知なし | 計 | ||
---|---|---|---|---|
MDASH認定あり | リテラシーレベルまで | 27 | 9 | 36 |
リテラシー+応用基礎 | 6 | 3 | 9 | |
MDASH未認定 | 18 | 16 | 34 | |
計 | 51 | 28 | 79 |
(単位:校)
MDASHの認定を説明変数,「生成AIに関する通知の有無」の有無を目的変数としてクロス集計したところ,表5の通りとなった.またχ2検定の結果,p = 0.06となり,MDASH認定の有無と「生成AIに関する通知」の有無に関連はみられなかった.同様にMDASHの認定を説明変数,通知形式を目的変数としたフィッシャーの正確性検定の結果はp = 0.582となり,MDASHの認定の有無と「生成AIに関する通知」の通知形式に関連は見られなかった.
MDASH認定状況の有無と通知の有無
生成AIに関する通知あり | 生成AIに関する通知なし | 合計 | |
---|---|---|---|
MDASH認定あり | 33 | 12 | 45 |
MDASH未認定 | 18 | 16 | 34 |
合計 | 51 | 28 | 79 |
(単位:校)p = 0.060
結果1-1),1-2)より「生成AIに関する通知」を公開しているのは,調査対象大学の64.5%であった.また,対象者ごとに通知の内容を変えている大学と,対象者を区別しない,あるいは明記せず通知を出している大学があることが明らかになった.
薬学教育という観点から見ると,「生成AIに関する通知」を通じて自大学の方針を公開することは,実務と教育の間に生じる生成AI利活用方針のギャップによるトラブルや混乱を防止し,学生の生成AI利用に関する双方の方針を擦り合わせるきっかけとなる.また,通知を公開することそのものではなく公開に基づく対話の機会が,学生の生成AIの利活用を適切に推進する一助となると考える.
結果1-3)より,通知が最も多く出された時期は,2023年7月の文科省通知「生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」が発出された前後の期間であった.多くの大学は文科省のガイドラインが出ることを待って,自大学の方針を決めたと考えられる.しかし,OpenAI社のChatGPTが公開されたのが2022年11月であり,文科省の「大学・高専における生成AIの教学面の取扱いについて(周知)」が発出された2023年5月までには約半年の期間があった.この期間は学生が2022年度4期と2023年度1~2期の長期実務実習を受けていた時期と重なる.この時期に実習を受けていた学生が生成AIを利用していた場合,利用の倫理的な側面に対して無自覚となっていた可能性がある.そういった意味では,2023年5月の文科省通知の発出前に情報公開していた大学の情報公開の仕方は,今後も起こりうる技術革新や急激に情勢が変化する事態への初期対応を考える際の参考になると考えられる.
結果1-4),1-5)より「生成AIに関する通知」を薬学部独自の方針として公開している対象大学はなく,大学としての方針が公開されていたことや,学生に対する通知に記載されている方針の示し方に特徴があることが明らかになった.通知の記載項目だけを抽出すると,生成AIの技術的限界(生成物の内容に虚偽が含まれている可能性),機密情報や個人情報の流出・漏洩等の可能性,著作権に関する留意点など,文科省通知に掲載されている内容については,ほとんどの大学が取り上げていた.しかし,単に注意喚起するのか,使用して良い場面と使い方を示すのか,禁止することを伝えるのかで,学生の行動は変化する.中でも大学の姿勢が強く現れているのは,「大学での学びの本質」や「教育への悪影響」に関する言及であった.これらの言及はすべての対象大学では示されているわけではなく,その示し方も大学によって異なるが,制限・禁止事項通達型では,他の形式に比べやや多く記載されている傾向があった.論文の冒頭でも述べたが,学生はDXを強く推し進める社会情勢の中で学修をしている.生成AIの利活用を制限するのではなく,適切に活用できるような授業やプログラムが必要であり,それが整うまでは大学ごとの通知や方針を公開することで学生に適切な行動を促すことが必要と考える.
結果2.からは,薬学部における数理・データサイエンス・AI教育の現状が明らかになった.薬学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)における「情報・科学技術を活かす能力」は,「社会における高度先端技術に関心を持ち,薬剤師としての専門性を活かし,情報・科学技術に関する倫理・法律・制度・規範を遵守して疫学,人工知能やビッグデータ等に係る技術を積極的に利活用する.」と説明されている12).MDASHの認定状況は「情報・科学技術を活かす能力」を獲得するための環境に関与している.調査時点で半数以上の大学がMDASHの認定を受けていたことが明らかになった.これらの大学では「生成AIに関する通知」の有無にかかわらず,MDASHの教育プログラムを通じてAIについて学ぶ機会が担保されていることは,学生の生成AI利活用のリテラシー育成に良い影響を及ぼすと考えられる.
今回の調査では,MDASHの認定状況と「生成AIに関する通知」の有無には関連が見られなかった.現在認定を受けているMDASHの教育プログラムのモデルカリキュラムは2020~2021にかけて公表されていたものであり,生成AIが普及する前に作成されていたものであることが影響している可能性がある.2024年2月にモデルカリキュラムの改訂が行われ,リテラシーレベル,応用基礎レベルのいずれにも生成AIに関する内容が取り入れられていることから,今後は生成AIの利活用に関する教育を体系的に実施できる体制が整うと予想される11).しかし,教育プログラムの中に生成AIに利活用に関する教育を取り入れたとしても,大学,あるいは学部の方針として「生成AIに関する通知」を公開することは重要と考える.通知を公開しておくことで,学外での実習や共同研究等で生成AI利用に伴って生じうる問題を回避,軽減することに繋がるだろう.
調査時点で「生成AIに関する通知」が公開されておらず,MDASHの認定も受けていない対象大学が79校中16校あった.他科目で生成AIについて学ぶ機会がない場合,生成AI利活用に関するリテラシーを育む機会を逸する可能性がある.大学卒業後,医療DXが進む中で,不利益を被ることに繋がりかねない.
薬学教育における生成AIの活用と,その潜在的なリスクを軽減するための戦略に焦点を当てた海外のレビューでも,生成AIがもたらす課題に対処するためには責任のある,倫理的な使用,また学問的完全性に対するリスクを軽減するための方法論の重要性が指摘されている16).
個人情報保護や研究倫理については,講義科目や卒業研究等で学んでいる大学がほとんどであろうが,新たな技術に対する倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues: ELSI)への対処に関する教育の整備状況は不明である.しかし,新たな技術に対するELSIへの対処を低学年から学ぶことで,学生のリテラシーを育むことが可能になるとともに,高学年で学ぶ研究倫理への理解を深める基盤となると考えられる.
そのためには,「情報・科学技術を活かす能力」に関連する科目のみならず,様々な科目の中で生成AIを利活用することを想定した準備が必要となると考えられる.
教員側の導入への障壁を薄くするには,教員を対象とした指針やガイドラインの整備とともに,工学部や情報系学部の教員によるFaculty Development(FD)や,すでに生成AIの利用を教育に導入している教員と情報交換ができるような場づくりが有効であると考えられる.
前例がないことへの情報共有や情報交換については,国立情報学研究所がCOVID-19の感染拡大時期に開催した「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」が,現在「大学等におけるオンライン教育とデジタル変革に関するサイバーシンポジウム」として,生成AIに関する実践や課題についての議論が続けているという先例がある.これらの情報も活用することが可能であろう17).
MDASH選定大学におけるデータサイエンス教育の現状については,調査が進みつつある18).また,2024年に数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアムが「医歯薬系大学・学部における数理・データサイエンス・AI教育実施に向けた手引き」19) 取りまとめた.手引に掲載されている,医療系に焦点を絞ったモデルシラバスや,Good Practiceを参考にすることは,薬学部全体としての生成AIへのリテラシーを高めることにつながると考えられる.
カリキュラム設計の観点からも,教員個々人が導入するのみではなく「自身の担当科目で導入した内容や方法」「自身の担当科目での生成AIの扱いに関する通知の方針」等を学部内で共有することで,それぞれの授業方針やシラバスの作成に利することにつながると考えられる.これらの情報が蓄積していくことで,薬学部に特有な生成AIの利活用の仕方やルールが明確になっていくと考えられる.
なお,本研究の限界として,Webサイト上に公開されている情報のみを使用しているため,学習支援システム等に掲載されている内部向け情報は反映されていないことが挙げられる.今回,通知なしとして分類した大学の中には内部向けシステム内で通知を出している大学が含まれている可能性がある.また,2024年2月時点の調査のため,2024年4月より始まった新しいモデル・コア・カリキュラムに基づく薬学教育にどの程度取り入れられているか不明であることがあげられる.しかし新カリキュラム開始直前の時期の薬学部における生成AIの利活用に関する方針を整理・分類できたことは,今後の研究につながる意義があると考える.今後は単科大学と総合大学での違いの比較や,薬学部でのデータサイエンス・情報系科目のシラバスの内容の調査,あるいは新カリキュラムに基づく授業が一般的になった時期に今回と同様の調査を行うこと等を通じて,薬学部の生成AIとの向き合い方の特徴が明らかになると考えられる.
本研究はJSPS科研費22K02808の助成を受けたものである.
発表内容に関連し,その他に開示すべき利益相反はない.