Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Practical Article
Information ethics instruction in early-stage pharmacy education: A practical course-based study
Hiroko Sakurai, Daiya Kato, Takeshi Honma, Atsuo Inomata
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2025 Volume 9 Article ID: e09043

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抄録

本研究は,東京薬科大学薬学部における情報倫理教育の実践と教育効果を検討したものである.1・2年生を対象に開講された選択科目「倫理学:情報社会と倫理」では,全8回の授業を通じて,情報セキュリティ,暗号技術,サイバー攻撃の事例,個人情報の保護,電子処方箋とICT活用を扱った.授業後に実施した自己評価シート(回答者110名)では,「薬剤師にとって情報倫理が重要である」との肯定的回答が97.3%に達し,高い教育効果が示された.また,日常生活におけるSNSやメール使用時のリスク認識の向上も見られた.一方,内容の専門性への不安やICTへの苦手意識も確認され,今後の課題として反復学習や確認テストの導入が求められる.医療機関向けボードゲーム教材を用いた演習では,参加型の学習が有効であった.本講義は,薬学教育における情報倫理導入の教育的効果を示し,今後のカリキュラム設計に資する示唆を提供するものである.

Abstract

This study examined the implementation and educational impact of information ethics instruction in the early years of pharmacy education. Tokyo University’s Faculty of Pharmacy and Life Sciences offered an elective course titled “Information Society and Ethics” to first- and second-year students. The course included eight 90-minute weekly sessions that covered topics such as information security, cryptographic technologies, real-world cyberattacks, personal data protection, electronic prescriptions, and information and communication technology (ICT) in healthcare. At the conclusion of the course, 110 students completed a self-assessment survey. The survey results indicated that 97.3% of the students recognized the importance of information ethics in pharmacy practice. Students also reported a heightened awareness of information-related risks in daily life, particularly those associated with social media and email. However, several students also expressed difficulty in understanding the technical content and uncertainty regarding their ICT competencies. These findings suggested a need for additional support through repeated instruction, quizzes, and knowledge-check activities, as well as a medical-themed incident response board game for experiential and collaborative learning. Overall, this instructional model yielded positive results, demonstrating that the early integration of information ethics and literacy, through both lectures and interactive methods, effectively strengthened the pharmacy students’ understanding of data security, ethical responsibilities, and practical risk management. The inclusion of information ethics in pharmacy curricula will prepare future pharmacists to manage sensitive data in ICT-dependent healthcare systems.

 目的

現代社会において一度情報漏洩が発生すると,たとえ原因が特定されたとしても,その被害を完全に回復することは極めて困難である.とりわけ医療分野では,患者の個人情報や診療記録など高度な機密性を有する情報が日常的に取り扱われており,情報漏洩は診療の信頼性を毀損し,患者との信頼関係を著しく損なう重大なリスクを伴う.たとえば2022年の大阪急性期・総合医療センター1) や,2024年の大阪公立大学医学部附属病院2) におけるサイバー攻撃・不正アクセス事案は,医療機関における情報セキュリティリスクの深刻さを浮き彫りにした.加えてICT(Information and Communication Technology)の急速な進展により,電子カルテ,電子処方箋,遠隔診療,医療ビッグデータの利活用が飛躍的に発展しており,薬剤師をはじめとする医療者には,情報の保護・管理に関する実践的な知識と,緊急時にも対応できる力を修得することが急務であるといえる.

2022年改訂「薬学教育モデル・コアカリキュラム」では,「A 薬剤師として求められる基本的な資質・能力」を身に付けるため,「情報・科学技術を活かす能力:日々進歩する高度先端技術に関心を持ち,情報・科学技術に関する倫理,法律,制度,規範等を遵守し,情報・科学技術とその専門知識を医療に活用することを常に考える姿勢を,全ての項目で意識しながら学ぶ必要がある」とされ,情報リテラシーと倫理的感受性の双方が薬学教育において必須の要素であることが示されている.しかし,土井によれば全国68の薬学部のシラバスを調査した結果,ワープロや表計算,プレゼンテーションソフトなどの情報処理技能に関する記載は約7割に見られたが,情報セキュリティや情報倫理に関連するSBOsの割合はそれよりも低かったと報告されている3).つまり,学生にとってインターネットやSNS(Social Networking Service),サイバーセキュリティといった現代的トピックに対する学習機会は限られる.小野らは,看護学部1年生の必修科目「情報科学」において,講義に加えコンピューター演習やプレゼンテーション演習を取り入れたアクティブラーニングを導入し,その結果,倫理的判断力や問題意識の向上に効果があると報告している4).ただし,これは情報セキュリティに特化した授業や,その教育効果を検証した実践ではない.情報セキュリティ教育に焦点を当てた先行研究は,筆者らの知る限り多くは見られない.

そこで本研究では,本学薬学部の1・2年生対象選択科目「倫理学:情報社会と倫理」における情報セキュリティ授業の実践を紹介し,看護基礎教育におけるアクティブラーニングの効果を扱った小野らの研究とは異なり,薬剤師養成課程における情報倫理教育の初期導入とその教育的意義を検討することを目的とする.

 方法

本学の選択科目は必修科目との相補性を保ちつつ,学生の多様な関心や学習意欲に応えることを目的に,各領域・系統からバランスよく編成され,本学独自の教育科目として位置づけられている.筆者らが担当する選択科目「倫理学:情報社会と倫理」は2020年度に開講され,新コアカリキュラムにおいても継続して実施している.

授業前半では情報セキュリティを学ぶうえで特に医療全体において必要となるインターネットの技術的側面から,システムの安全性,リスクマネジメント,サイバーリスクといった幅広い領域を扱う.後半では,薬局における患者情報の取り扱い,情報システムとセキュリティ対策,今後のICT化の流れについて知る.そして,臨床現場で働く薬剤師に必要とされる倫理観について考え,多角的視点から臨床事案に対応できる知識を身につけることを目的としている.

2024年度及び2025年度の授業概要を表1に示した.授業は全8回,各回90分の構成で実施し,図表や写真を用いた視覚的教材,時事的なニュースや実際の医療現場でのインシデント事例などを取り入れ,学生の関心と現実感を高めるよう工夫した.第1~6回は情報セキュリティ専門の教員が,第7回は薬局薬剤師が講義を担当した.第6回では,セキュリティインシデントが発生した場合の対応とリスクマネジメントの基本を学び,想定される場面への備えを意識した内容とした.実践的な学びを促進するために,トレンドマイクロ社が提供する「インシデント対応ボードゲーム 医療版」を用いた演習を導入した5).本教材は,医療機関における情報セキュリティインシデントをボードゲーム形式で模擬体験するものであり,受講生は職員役としてチームで対応策を検討しながら,インシデント発生から解決までの流れを学習した.授業では6~7名のグループを構成し2ラウンド(各40分)実施した.

表1

授業概要(90分 × 8回)

回 担当者 概要
1 猪俣 インターネット技術の概要とその利便性に潜むリスクを概観し,学生にとって身近な事例として,ファイル添付メールの危険性,フィッシング詐欺,SNSでのプライバシー発信や顔写真公開などの情報リスクを取り上げた.また,マイナンバーカードやメールアドレスを例に,関連する情報セキュリティ上の脅威や法制度について解説した.
2 猪俣 暗号技術共通鍵暗号と公開鍵暗号の仕組みを理解し,インターネットとの関わりを学んだ.
3 加藤 日本国内の大学病院におけるサイバー攻撃事件を取り上げ,ランサムウェアによる被害と情報復旧の困難性について講じた.
4 加藤 SNS等での情報発信における個人情報のリスクに着目し,適切な情報の取り扱いと自己管理の必要性を議論した.
5 加藤 医療情報システムにおけるセキュリティの課題とその現状について,現場での対策や制度上の枠組みとともに考察した.
6 加藤 セキュリティインシデント発生時の対応とリスクマネジメントを学ぶため,トレンドマイクロ社の「インシデント対応ボードゲーム 医療版」を用いた演習を導入した.受講生は医療職員役としてチームで対応策を検討し,インシデント対応の流れを実践的に学習した.
7 本間 薬局業務における情報管理の具体例として,電子処方箋やマイナンバー制度の活用について学習した.
8 櫻井 全体の内容を総括し,筆記試験を通して理解の定着を図った.

学修到達目標は,「①情報セキュリティに関する基礎的な知識の概説ができる.②インターネット上の情報について情報倫理,情報セキュリティに配慮して活用できる.③インシデントの概要を理解し対応策の概説ができる.④授業で得た知識を応用して医療現場における情報セキュリティ対策に役立たせることができる.」の4項目とした.

学生数について,2024年度は2年生81名が履修し,1年生は定員の都合により募集が行われなかった.2025年度には,1年生62名,2年生11名が履修し,2年間の合計受講者数は154名であった.授業終了後,学生に自己評価シートの記入を求めた.

1. 自己評価シート

授業の振り返りとして,自己評価シートにより以下の学修到達目標4項目について5件法で自己評価を求めた:①情報セキュリティに関する基礎的な知識の説明,②インターネット上の情報の活用における情報倫理・情報セキュリティへの配慮,③インシデントの概要理解と対応策の説明,④医療現場における情報セキュリティ対策への知識の応用ができるかどうかを評価させた.また,「情報倫理が薬剤師にとって重要であると理解できたか」(4択),「薬学生が情報倫理を学ぶことへの意識」(5択)についても尋ね,医療ビッグデータの取り扱いに関する必要な知識や授業への感想は自由記述とした.

得られた結果について,Microsoft Excel及びSCAT法(Step for Coding And Theorization)を用い,分析を行った.SCAT法は質的データを分析する手法であり,①注目語句の抽出,②言い換え,③説明,④テーマ化の4段階でコーディングを行い,ストーリーラインと理論を構築する.少量の自由記述データにも適しており6),本研究ではコーディングを複数名で実施した.

2. 倫理的配慮

本研究実施にあたり,本学人を対象とする医学・薬学並びに生命科学系研究倫理審査委員会の承認(承認番号:人医D-2024-001)を得た.学生には研究の目的及び意義,研究成果の公開先,個人情報保護,研究協力は任意であること,成績には一切関係ないことを口頭及び文書にて説明した.自己評価シートは無記名で実施し,授業終了後に回収箱に投函してもらい,学生の自由意思を確保した.

 結果

自己評価シートは学生154名中110名から回収された(有効回答率71.4%).

学修到達目標に対する理解度の回答結果を表2に示した.授業を受講し,「情報セキュリティに関する基礎的な知識の説明ができる」は「ややそう思う」が57.3%(63/110)と最も高く,次いで「どちらともいえない」が23.6%(26/110)であり,「とてもそう思う」10.9%(12/110),「あまりそう思わない」3.6%(4/110),「全くそう思わない」4.5%(5/110)であった.「インターネット上の情報について情報倫理,情報セキュリティに配慮して活用できる」は「ややそう思う」が43.6%(48/110)と最も高く,次いで「とてもそう思う」が31.8%(35/110)であり,「どちらともいえない」18.1%(20/110),「あまりそう思わない」1.8%(2/110),「全くそう思わない」4.5%(5/110)であった.「インシデントの概要を理解し対応策の説明ができる」は「ややそう思う」が43.6%(48/110)と最も高く,次いで「どちらともいえない」が33.6%(37/110),「とてもそう思う」10.9%(12/110),「あまりそう思わない」8.2%(9/110),「全くそう思わない」3.6%(4/110)であった.「授業で得た知識を応用して医療現場における情報セキュリティ対策に役立たせることができる」は「ややそう思う」が52.7%(58/110)と最も高く,次いで「とてもそう思う」「どちらともいえない」が19.1%(21/110),「あまりそう思わない」5.5%(6/110),「全くそう思わない」3.6%(4/110)であった.

表2

学修到達目標に対する理解度の回答結果

項目 全くそう思わない あまりそう思わない どちらともいえない ややそう思う とてもそう思う
情報セキュリティに関する基礎的な知識の説明ができる. 5
4.5
4
3.6
26
23.6
63
57.3
12
10.9
インターネット上の情報について情報倫理,情報セキュリティに配慮して活用できる. 5
4.5
2
1.8
20
18.1
48
43.6
35
31.8
インシデントの概要を理解し対応策の説明ができる. 4
3.6
9
8.2
37
33.6
48
43.6
12
10.9
授業で得た知識を応用して医療現場における情報セキュリティ対策に役立たせることができる. 4
3.6
6
5.5
21
19.1
58
52.7
21
19.1

(n = 110,上段:人 下段:%)

薬剤師として医療ビッグデータ(電子カルテや処方箋)を扱う際に必要とされる知識について,授業を通して学んだことを自由記述で回答してもらい,96名の学生から得られた内容をSCAT法により分析した.抽出された注目語句及びテーマは,意味の類似性や文脈上の関連性に基づいて,内容が重複または近接しているものを統合し,最終的に主要な5つのテーマに集約した.テーマ化の過程では,複数の研究者が分類の妥当性や解釈の一貫性について検討を行い,意見のすり合わせを経て合意形成を図った.これにより,分析の信頼性及び透明性の向上に努めた.

「薬剤師として医療ビッグデータを扱うときに必要な知識」の自由記述を分析し,統合テーマと頻出語を表3に示した.第1に,「認証管理とアクセス制御の重要性」が挙げられた.多くの学生が,【ID(Identification)】や【パスワード】の管理が情報漏洩防止の第一歩であり,医療者にとって必須のスキルであると認識していた.第2に,「トラブル対応と情報の可用性確保」である.電子カルテの障害や攻撃に備え,【バックアップ】の取得や【ネットワーク】【切断】などの具体的な対応策に言及する記述が見られた.第3に,「電子カルテ・ビッグデータの重要性」として,【処方箋】を含む【電子カルテ】が【患者情報】として命に関わる重大なデータであるという認識が共有されていた.第4に,「サイバー攻撃への危機意識と予防行動」に関しては,【フィッシング】【詐欺】や【ランサムウェア】への事例に基づいた予防的行動の必要性に言及していた.第5に,「個人情報保護と薬剤師としての倫理的態度」として,【守秘義務】や患者への【配慮】の重要性を挙げる記述が確認された.

表3

薬剤師として医療ビッグデータを扱う際に必要な知識に関する自由記述のSCAT分析:統合テーマ及び頻出語(n = 96)

統合テーマ 説明 対応キーワード・頻出語句例
①認証管理とアクセス制御の重要性 パスワードやID管理の重要性に対する理解.セキュリティ事故の予防としての基本認識. パスワード,管理,使いまわし,アクセス,ID
②トラブル対応と情報の可用性確保 バックアップやネットワーク遮断など,万一に備えた対応力の必要性への気づき. バックアップ,切断,トラブル,ネットワーク,対策
③電子カルテ・ビッグデータの重要性 電子カルテや医療ビッグデータが「命に関わる情報」であるという認識と責任意識. 電子カルテ,処方箋,医療機関,ビッグデータ,患者,情報
④サイバー攻撃への危機意識と予防行動 フィッシング詐欺・ランサムウェアなどへの対策意識と具体的な回避行動の記述. フィッシング詐欺,ランサムウェア,サイバー攻撃,USBメモリ
⑤個人情報保護と薬剤師としての倫理的態度 守秘義務や患者への配慮の重要性を挙げる記述が多数.職業的倫理としての自覚が育ちつつある様子が見られた. 個人情報,漏洩,配慮,守秘義務,ガイドライン

「授業を受けて,薬剤師にとって情報倫理が重要であることが理解できたか」という質問に対し,「大いに理解できた」が70.9%(78/110)と最も高く,次いで「やや理解できた」が26.4%(29/110)であり,「あまり理解できなかった」0.9%(1/110),「まったく理解できなかった」1.8%(2/110)であった.「薬学生が情報倫理を学ぶことについて,どのように考えるか」という質問に対し,「大いに必要」が68.2%(75/110)と最も高く,次いで「やや必要」が27.5%(30/110)であり,「あまり必要ではない」「必要ない」はともに0.9%(1/110),「わからない」1.8%(2/110)であった.薬学生にとって情報倫理を学ぶことの必要性については,「大いに必要」と「やや必要」と回答した学生が合わせて95.5%にのぼり,多くの学生が学生時代に情報倫理を学ぶことの重要性を認識していることが明らかとなった.

感想の自由記述をSCAT法で分析し,統合テーマと頻出語を表4に示した.学生の記述には,「医療機関の情報における技術というのは様々な要因によって他の業界よりも遅れているということを初めて知った.将来もし薬剤師として働く時に情報は目に見えないが,とても重要で大切なものだと今回改めて学んだので覚えておきたいと思う」「医療の情報化が進み,薬剤師も多くの情報を扱う時代になってきているので,授業で学んだことを将来業務に役立てたいと思った」「これからどんな職業の人もIT(Information Technology)も使用する時代になる中で,患者さんの個人情報などの大切な情報を多く扱う薬剤師は安全に配慮する必要がある」などが挙げられ,将来の職業を見据えた倫理的意識の高まりが確認された.第6回授業で導入した「インシデント対応ボードゲーム 医療版」への感想として,「ゲームが楽しく,そして学びにもなり,私もSNSに写真を載せる際には注意をしなければ,どこかでバレてしまうことがわかった」「情報について,よく知ることができた.特にゲームを用いることで,より身近に感じ,理解を深めることができた」などの意見が見られた.さらに69名の学生の回答をSCAT法により分析した.その結果,6つの主要テーマが抽出された.第一に,「医療ITの遅れとサイバー脆弱性への認識」である.医療現場のデジタル化が他業種に比べて【遅れている】ことが,サイバーリスクの要因であると理解されていた.第二に,「パスワード管理と認証情報の保護」として,情報漏洩防止の基本として【ID】【パスワード】の強化・管理を重視する意識が確認された.第三に,「サイバー攻撃とフィッシング詐欺への危機意識」では,【ランサムウェア】や【詐欺】被害などに対する具体的な予防行動の必要性が共有されていた.第四に,「個人情報保護と薬剤師の倫理的態度」として,【個人情報】の機微性と【守秘義務】の重さを認識している記述が見られた.第五に,「学びの新規性と教育的意義」では,本授業を通じて通常の薬学教育では触れることのない視点を【学べた】【ためになった】という声が多く,学習意欲を高めたことが示唆された.第六に,「情報リテラシーの向上と日常生活への応用」として,医療情報に限らず,日常生活の【ネット】利用への応用意識が芽生えた学生も見られた.

表4

感想に対する自由記述のSCAT分析:統合テーマ及び頻出語(n = 69)

統合テーマ 説明 対応キーワード・頻出語句例
①医療ITの遅れとサイバー脆弱性への認識 医療業界のIT化の遅れが,他産業よりもセキュリティリスクが高いことへの気づき. 遅れている,IT化,技術,デジタル,狙われやすい
②パスワード管理と認証情報の保護 ID・パスワードなどの認証情報が情報漏洩防止の基礎であるという理解. パスワード,ID,アクセス管理,理解,更新
③サイバー攻撃とフィッシング詐欺への危機意識 フィッシングやランサムウェアなどの手口への理解と予防行動の必要性. フィッシング,詐欺,ウイルス,攻撃,ランサムウェア
④個人情報保護と薬剤師の倫理的態度 個人情報保護の必要性と,薬剤師としての職業倫理の自覚. 個人情報,守秘義務,漏洩,配慮,ガイドライン
⑤学びの新規性と教育的意義 通常授業では得られない気づきや発見があったという肯定的な評価. ゲーム,学ぶ,よい,できた,ためになった
⑥情報リテラシーの向上と日常生活への応用 医療に限らず,日常のインターネット利用にも応用されるリテラシー意識の育成. ネット,SNS,判断,情報行動,リテラシー

 考察

本研究では,2024年度及び2025年度に本学薬学部の1・2年生を対象として開講された選択科目「倫理学:情報社会と倫理」における教育実践を通じて,その教育効果を検討した.自己評価シートの結果から,本授業は,薬学教育においてこれまで十分に扱われてこなかった情報倫理に焦点を当て,一定の教育成果を示した.自由記述では,患者の個人情報の慎重な取り扱いや,薬歴・処方データの記録・保管に関するセキュリティ意識の重要性に言及する回答が見られた.これらは,患者への情報提供,薬歴の閲覧権限管理,クラウド型システムの適切な利用など,薬剤師が実務で直面する情報管理や倫理的判断の場面において,情報倫理の知識が具体的に応用される可能性を示唆している.以上より,情報倫理教育は,薬剤師としての職業的自律性を育成するうえで有効であると考えられる.

学修到達目標4項目に対する理解度について,「情報セキュリティに関する基礎的な知識の説明ができるか」に対し,肯定的回答(「とてもそう思う」「ややそう思う」)は68.2%であった.一方,否定的回答(「あまりそう思わない」「全くそう思わない」)は8.2%であり,「どちらともいえない」との回答も23.6%あったことから,一部の学生においては学習の基盤となる知識の定着に課題が残っていることがうかがえた.1・2年生にとって,本授業の内容は従来の薬学系科目と比べて専門性や領域が異なるため,とっつきにくさや理解の難しさを感じていることが推察される.今後は,反復学習や小テスト,ワークシートの活用により,知識の定着を図る工夫が求められる.

「インターネット上の情報活用において情報倫理や情報セキュリティに配慮できるか」に対し,肯定的回答は75.4%に達し,多くの学生が実生活や将来の業務において情報の取り扱いに注意を払う意識を持っていることがうかがえた.実際の事例を取り上げた授業内容が,学生に「何に気をつけるべきか」を具体的に理解させるうえで有効であったことを示している.一方,「インシデントの概要を理解し対応策の説明ができるか」に対しては,「どちらともいえない」が33.6%,否定的回答が11.8%と他の質問と比較し多く,インシデント対応という具体的な局面においては,理解が不十分である学生が一定数存在していることが分かった.ただし,インシデントへの対応については,実際の臨床現場において迅速かつ適切な判断を下す能力が求められることから,単なる知識の習得ではなく演習的要素を含んだ教育が不可欠である.

今回,アクティブラーニングの一環として導入した「インシデント対応ボードゲーム 医療版」は,学生にとって実践的かつ参加型の学習機会となり,情報セキュリティに関する課題に対する主体的な理解や関心の促進に寄与した可能性がある.石川は,病院における同ゲームを活用した訓練において,参加者の理解度や新たな気づきが高評価を得たと報告しており7),本手法は医療職種間のコミュニケーションや意思決定を伴う学習活動として一定の有用性が期待される.ただし,本研究では他の授業形式との比較は行っておらず,教育効果の一般化には今後さらなる検討が必要である.

「授業で得た知識を応用して医療現場における情報セキュリティ対策に役立たせることができるか」では,肯定的回答は71.8%であり,この割合は,「情報セキュリティに関する基礎的な知識を説明できるか」の肯定的回答よりも高く,学生が知識の習得よりも実務への応用に前向きな姿勢を示していることがうかがえる.

「薬剤師として医療ビッグデータを扱うときに必要な知識」として,薬学生が医療情報に対する高い倫理的関心と,具体的な情報保護スキルへの意識を有していることが明らかとなった.特に注目されるのは,パスワードの強化,バックアップ取得,トラブル時の切断など実践的なセキュリティ対策にまで理解が及んでいた.また,電子カルテや医療データの扱いが患者の「命に関わる情報」であるという認識が強く,これは従来の「記録媒体としての理解」から一歩進んだ意識形成であるといえる.サイバー攻撃への備えとしても,単に危機感を示すだけでなく,メールの開封判断,USB(Universal Serial Bus)メモリの扱い,端末の物理的管理など,日常的な実践に繋げた記述が見られた.今後の薬学教育では,医療倫理・個人情報保護の授業に加え事例検討,トラブル対応ロールプレイ,セキュリティインシデントなど実践的な演習を通じて,倫理的判断とITスキルの両立を促すカリキュラムが重要である.

薬剤師にとっての情報倫理の重要性について,97.3%の学生が肯定的に回答し,個人情報の取り扱いや漏洩時の対応,ガイドライン遵守の必要性を職業的責任として理解していたことが示された.

以上から,学生が単なる知識の習得を超え,実践的な行動として受け止めていることが明らかになった.また,サイバー攻撃やフィッシング詐欺といった具体的な脅威への対応力に加え,薬剤師としての個人情報保護に関する倫理的感受性の向上も見られた.これは,薬学教育において倫理とICTを繋ぐ役割を担うカリキュラムの意義を示している.さらに,日常生活におけるSNSやネット利用においてもリテラシーを応用するという記述が見られ,教育内容が医療現場にとどまらず生活者としての行動変容にも寄与していた.薬学生のSNS発信は,プライバシーだけでなく医療者としての信頼にも影響を及ぼしうる.SNSのリスクマネジメントに対する基礎的な理解と態度は,初年次教育において育成されるべき重要な倫理的資質の一つといえる.

本研究の成果を踏まえ,薬学部における情報倫理教育の体系的な位置づけをさらに強化し,ICT化が進む医療現場において柔軟かつ倫理的に対応できる薬剤師の育成を目指し,今後も教育内容の継続的な見直しと改善に努めていきたい.一方で,本研究は本学薬学部の1・2年生を対象とした1回限りの調査であり,介入前後の比較も行っていない点で,教育効果の一般化には一定の限界がある.今後は,プレ・ポスト型評価や卒業後の追跡調査の導入,さらにはセキュリティインシデントを想定した演習の実施を通じて,より実践的かつ継続的な教育のあり方を検討していく必要がある.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
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