Article ID: 2020-077
慶應義塾大学薬学部における新型コロナウイルス感染症への対応をふり返る.教員に対しては遠隔授業に関する最新情報を共有し,学習管理システムや動画公開に関する講習会,著作権に関する研修会を実施した.新入生にはオンラインクラス会などで薬学部への入学を実感できるようにしたほか,6月から週1回対面による授業を実施して,学生同士のコミュニティ作りや教員への質問・相談ができる環境を構築した.遠隔授業に関するアンケートから学生が困っていることを抽出し,教員に確認を呼びかけた.「友人と相談できない,情報交換できない」と答えた回答者の割合は学年進行と共に低下する傾向があり,1年生への配慮が重要と考えた.遠隔授業は効率的,繰り返し視聴できるなど,学生は比較的良い印象で受け止めていることがわかった.今後は対面授業も組合せながら遠隔を含む授業をより効果的に活用し,薬学部における教育効果をさらに向上させたいと考える.
Review of the challenges posed by the SARS-CoV-2 pandemic at Keio University Faculty of Pharmacy. We shared the latest information needed to conduct online classes with faculty and staff, held seminars on using learning management systems, creating video content, and for copyright adherence of educational materials. For freshmen of the Faculty of Pharmacy, an online communication session was held in April of 2020 and a subsequent environment for conducting face-to-face classes once a week was implemented from June of 2020. At our campus, students were able to participate more actively as college students, have interactions with their peers, ask questions, and consult with the faculty. From questionnaires about online classes, problems facing the students were identified and presented to our faculty for purposes of improving learning content. The number of students who chose the option “I don’t have an opportunity to talk with my friends” tends to decrease as the academic year of education rises. Hence, more consideration should be given particularly to the first-year students. All students tended to have relatively good impressions about online classes due to the efficiency and ability for repeated viewing of lecture content. We would like to utilize the knowledge acquired from the past 10 months to provide more effective classes and further enhance the educational impact at the Faculty of Pharmacy.
2020年1月31日,慶應義塾大学では学生および教職員を対象として新型コロナウイルス関連肺炎に関する第一報が発信された1).その頃は入学試験や国家試験の心配が先行し,2月中旬に日本薬学会中止の連絡を受けてもまだ,新年度への影響は限定的であってほしいという思いだった.最近になってわかったのだが,大学の情報担当部局(以下ITC)は2月中旬に全面的な授業オンライン化の可能性を打診されていたようである.その後の状況は他大学と同様だと思うが,卒業式が中止され6年生から国家試験の手応えを直接聞いてねぎらうことができず残念と思うのもつかの間,3月に入ってからは学内が急にせわしくなってきた.記録を遡ると,3月10日頃には講義動画の収録や公開について慶應義塾大学薬学部(以下 薬学部)での大方針が概ねまとまり,3月17日には学事日程の後ろ倒し,一部授業の遠隔配信,実習の時期や方略の再検討,などが薬学部全教員に正式にアナウンスされた.この時点での懸案は,実験実習,グループワークなどの実施であり,実現に向けて関係教員が頭を悩ませ始めた.
春学期が4月30日開始に変更されたとはいえ,授業のオンライン化準備のための残り時間はわずかであった.さらに4月3日には,学内施設を4月7日から閉鎖するという義塾の決定が通達され,それまで検討してきた対応案の一部修正が必要となったが,薬学部では2年生以上に4学期制を採用しており,必修科目のない2学期(春学期後半)期間を圧縮することで,これ以上の学事日程は変更せずに対応した.筆者らは,学部長補佐(教務担当)・学習指導主任・カリキュラム委員長(登美),学習指導副主任・カリキュラム委員会副委員長・実習委員長(石川),および1年生が所属する日吉キャンパスの学習指導副主任(現 学習指導主任)(井上)という立場で,新型コロナウイルス感染症拡大に伴う薬学部の遠隔授業の具体化等に携わってきた.本稿では,2020年3月から現在までに実施した教員への支援,学生への対応および対面授業実施に向けた取り組みをふり返るとともに,今後の課題や展望について述べる.
遠隔授業に関してはITCや他学部からの情報が先行し,薬学部はやや出足が遅かったが,種々の情報を都度薬学部教員に提示する前に,薬学部として情報を集約することが必要と考えた.1年生が所属する日吉キャンパスでは複数の学部が多くの授業を実施する環境作りを急いでおり,その動向については,薬学部の日吉主任(当時)であった金澤秀子先生から多くの有益な情報が提供され,薬学部での授業準備に活用することができた.その結果,3月30日には「【薬学部】遠隔授業に関する情報まとめ」というWordファイルに以下の情報を整理し,クラウドストレージBoxに準備して教員に周知した.その後も新しい情報を追加しながらBoxのコメント機能を利用した質疑応答,要望の受付を行い,不具合が報告された際はITC担当者も対応に加わった.
〔1〕 遠隔授業について 〔2〕 動画作成に関する参考情報
〔3〕 Boxに関する参考情報 〔4〕 その他の参考情報
〔5〕 ITC作成のマニュアル 〔6〕 その他,塾内公開の情報
薬学部では,学生の通信環境などを鑑みて講義科目は原則として説明音声付き動画を録画配信する方針とした.このため,セクション〔1〕では,主に録画配信に関連する手順を想定して授業構成の準備,配信用教材の作成,配信準備,学生への周知方法などについて,具体的な手順を示す別ファイルへのリンクを示しながら解説するようにした.共有された資料から5月末までにリンクされた資料・マニュアルは英語版を含めて20種類余りに及ぶ.また,更新していく中で「オンデマンド」という単語は人によって解釈が異なる可能性があったため,誤解を避けるために薬学部ではオンラインで実施する授業を「遠隔授業」とし,これを「録画配信」と「ライブ配信」に分けて表現することとした.本稿執筆時点で,このファイルのバージョンは36となり,コメントは128件,アクセス統計情報をみると延べ1,164回閲覧,100回ダウンロードされていることからも,薬学部教員にとっての情報源として定着したと考える.
慶應義塾大学では独自開発の学習管理システム(LMS)「授業支援」をITCと学事担当部署が運用しており,授業科目固有の内容を教員から学生に連絡する手段が確保されている.しかし従来薬学部では,もっぱら(リアルな)掲示板が機能しており,対面授業を行う限り教員がLMSの必要性を実感することが少なかった.それに加えて,4月の時点ではパソコンを使った動画作成・録音の経験がない教員がほとんどだったと思う.さらにBoxも補助的な利用に留まっていたため,遠隔授業の準備を円滑に進めるためには一連の操作について具体的に説明する必要があると考えた.マニュアル作成の時間をとるよりも実際の画面を見ながらの説明が効果的だと判断し,4月10,13,20日の3回にわたってLMSとBoxのオンライン講習会を実施した.参加者は延べ48名,事前アンケートによるとそのうちの半数近くがLMSの利用が初めてだった.講習会で意識したのは,教員の指示内容が「学生の画面ではどのように見えているか」であり,学生権限の仮アカウントをITCから貸与してもらい,教員の画面の横に,学生の画面も提示しながら指示のステップを説明した.教員によってはこの説明を聞きながら自分のパソコンの教員用画面で操作を辿ってみたようである.その後,薬学部において遠隔授業を行う教員向けに,学生の多様な学習環境,著作権,プライバシーへの配慮などをまとめた文書「遠隔授業実施にあたってのお願い」を,それまでにとりまとめた参考資料とともに配信し,同時に遠隔授業実施に対する問い合わせ専用のメールアドレスを周知した.
感染拡大がなかなか収束しない状況の中,秋学期の授業方針も原則として講義科目は遠隔授業となり,春学期中に経験しなかった教員もいよいよ授業のオンライン化に取り組むこととなった.このため,4月と同様の講習会を実施する必要が生じたが,4月の講習会の様子を録画していたため細かな点はアーカイブ動画を閲覧してもらうこととした.長期化する遠隔授業を効果的に実施するためには,著作権制度についての正しい理解も必要となるため,7月30日には「授業実施に伴う著作権の考え方」というタイトルのFDを対面+遠隔で実施してその後に質問を受け付けた.対面での質疑応答に参加した教員は予想よりも少なく10名弱であったことから,多くの教員が遠隔授業に対応できていると判断した.その後も時折ITCや筆者らに質問が寄せられるが,都度解決でき,大きな問題は生じずに遠隔授業を運用できている.
新入生ガイダンスの対面実施が不可となった時点で,薬学部に入学してきた1年生にオリエンテーションとして伝えるべき内容を関係者で検討し,4月14日にガイダンス動画を公開したほか,以下の対応を行った.
1.学習環境の調査遠隔授業を受講する学習環境に関するアンケートをオンラインで実施した.回収率は77%だった.アンケートの結果,回答者の82%は自分専用のパソコンまたはタブレットを所有しており,家族と兼用のパソコンを利用できる者も含めると,新入生の97%はスマートフォン以外での動画の閲覧が可能であることがわかった.残る3%のほとんどは購入予定と回答したが,その予定がない学生もいることがわかり,配慮の必要性が明らかとなった.また,プリンターの所有率は85%,インターネット接続の容量制限がないと答えたのは回答者の80%だった.このことから,新入生が遠隔授業を受講する環境は概ね問題ないが,資料の印刷ができない学生やストリーミング形式で動画を閲覧し続けることが困難な学生が少なからずいる事実を確認できた.この結果は教員に共有し,遠隔授業について学生への指示事項を考える上での参考とした.
2.オンラインクラス会日吉キャンパス学習指導副主任(井上)が1組~4組のクラスごとに1時間ずつのWeb会議を主催し,芝共立キャンパス学習指導副主任(石川)が陪席した.参加は任意としたが9割近くの1年生が出席し,自己紹介の様子から学生の個性を垣間見ることができた.教員の自己紹介も一つの目的であり,今後困ったときにはこの先生に相談できる,という意識付けができたと思われる.時間の後半には上級生数名による薬学部のサークルや学生同士のコミュニティ(LINEオープンチャット)を紹介する時間を設けた.これにより途絶えそうだった先輩後輩のつながりを少しでもつなぐことができたのではと思う.
3.オンライン履修相談会クラス会とは別に履修登録に関する個別の疑義や相談の時間を設け,2日間で延べ22名が参加し,井上および石川が対応した.その後,LMS上に「履修申告Q&A」と名付けた掲示板を設置し,過去に新入生から出された履修に関する質問とその回答,計40件をQ&Aの形で掲載したところ,150回近く閲覧された記事もあったことから,入学して間もない履修登録時の参考になったと考える.
4.授業を通した支援筆者の一人(石川)は,1年次必修科目として「情報・コミュニケーション論」を担当している.日吉キャンパスの方針に従って始めの4回は遠隔授業としたが,その間の授業動画では1年生のパソコン利用に対するハードルを下げるように意識した.例年はパソコン室を利用し,同一のWindows環境による演習だが,今年は自宅のパソコン環境での受講になったため,複数のOS,多様な機種を意識したコンテンツを作成し,個別の質問にも対応する必要が生じた.副次的効果として,教員のスキルも向上することになった.LMSには科目に限らずパソコンについて質問できる掲示板を設置したほか,毎回電子メールを送信することを課し,本文の最後に「何でも一言」書いてよいと促し,1年生からの意見にできるだけ触れるように心がけた.現在でも何か質問があると連絡してくる1年生がいるのは,このためだと受け止めている.さらに,秋学期に対面で開始された語学授業を担当するネイティブの教員が「相談が必要なら井上先生へ」と1年生にアナウンスしてくれたこと,実習科目のLMS上の掲示板を頻繁に確認して対応したこともあり,教員への問い合わせが増えたように思う.入学してから半年以上たった現在でも実際に会うことが重要と感じているところである.
5.学部長挨拶入学式が中止となり,その後のガイダンスがオンラインで実施されたため,新入生が「慶應義塾大学薬学部に入学した」と実感する機会が失われてしまった.そこで,薬学部長の三澤日出巳先生が「ガイダンス動画で挨拶するのではなく,キャンパスで直接学生の顔をみて話す」ことになった.対面授業の1回目,6月2日または9日に薬学部のある芝共立キャンパスにおいて,6分割のクラスそれぞれに学部長からご挨拶いただいた.1年生は神妙な顔つきで聴き,今後のモチベーションアップにつながったのではと考えている.
4月30日から遠隔授業が開始されても,学内施設の閉鎖は続いており,3月から検討して始めた遠隔授業をどのように学生が受け止めているかフィードバックを受けることができなかった.また,在学生に対して受講環境を尋ねることもしていなかったため,2020年5月15日から21日までに実務実習中の5年生を除く薬学部生に「遠隔授業に関するアンケート」を実施した.回収率は47%,そのうちの約半数(53%)はLMSからの受講指示を「すぐに理解できた」,45%は「最初は戸惑ったが,今は問題ない」と答えていた.また,自宅の通信環境については92.5%がケーブル回線または光回線で,通信容量に「制限がない」とした学生は72%,「わからない」を合わせると88%となった.通信容量に関しては総務省からの要請2) を受けた通信キャリアの対応が影響する可能性もあるが,前述した新入生対象の調査結果や,岐阜大学医学部医学科から報告されている調査結果3) とほとんど同じであった.現在,2回目のアンケートを行っており,通信環境の変化等について比較する予定である.動画視聴にあたっての技術的な問題について選択肢を提示して尋ねると,半数(52%)が「特に問題ない」を選択したが,一方で,動画が途中で止まる,音声の遅延が生じる,時間帯によって動画の視聴に時間がかかるときがある,などの意見もあった.薬学部の遠隔授業は基本的に録画配信で実施していたため,家庭内の環境なども影響したかもしれない.ダウンロードではなく,ストリーミングで閲覧する場合,動画1本あたりのファイルサイズが大きすぎると再読み込みの確率が高くなる可能性も考える必要があるだろう.
図1には,遠隔授業になって困っていることについて,選択肢を提示して複数選択してもらった結果を示した.「友人と相談できない,情報交換できない」を選択した学生の割合は,学年進行に伴って低下する傾向にあり,在学生はすでに確立した友人同士のネットワークを使って情報交換していることがわかった一方,新入生は早急に同級生同士のコミュニケーションを可能にする必要性が考えられたため,6月以降の対面授業はクラス単位を基本とするなどに配慮した.また,秋学期の実験実習では例年よりも班構成の変更頻度を高くして多くの人とのコミュニケーションが可能になるようにした.
遠隔授業になって困っていること(選択肢提示,複数選択あり)(2020年5月実施のアンケート結果より)
「不満を感じる科目の理由」を尋ねてみると,「課題の量が多すぎる」を選択した学生が三割を超えた.また,四分の一の学生が「(動画から聞こえる)声が不明瞭」を選択したほか,自由記述として「予定の時間までに講義動画が掲載されないことがある」という複数の声(中には「先生方もお忙しいと思うのですが」と前置きをしてくれる学生もいるが)や,「重要なポイントがわかりにくい」などの意見があった.教員の取り組みによって改善できることがあるため,5月末には全教員に対してフィードバックした.このほか,「課題提出などで困っていること」に対しては半数近くが「どのように評価されるかわからない」としており,この時点では定期試験を対面で実施するか,遠隔授業での課題を評価の対象とするかが確定していなかったことが,このような不安を生じさせていると考えられた.
図2は自由記述による回答のうち「遠隔授業を受けて良かったこと」を,テキストマイニングソフトウェアであるKH Coderで簡易的に解析して作成した共起ネットワークである.描画されたサブグラフより「自分のペースに合わせて授業を受ける(subgraph 1–3)」「動画を止めてメモを取る(subgraph 4)」「繰り返し見て理解が深まる(subgraph 5, 6)」などの学生の行動が浮かび上がった.また,薬学部の立地に関係する可能性もあるが「通学時間がかからない」という意見もあった.肯定的な意見が多かったのは,教員としては複雑ではあるが,何度でも見返したり,動画のスピードを変えたりして学習している学生がいる一方で,アンケートの未回答者には表面的に動画を流しているだけの学生もいるのではないかと,教員としては不安である.また,「動画1本あたりが20分程度と短いので集中できる」という意見があった.これは,遠隔授業のコンテンツ作成の際には,学生の集中力が15~20分程度しか持たないため,90分の授業は複数の動画に分けて提供することを教員にお願いしたことが,そのまま学生に伝わったものである.ファイルの容量の関係もあるが,遠隔授業では学生の立場も考えて1コマ90分という授業時間の使い方を考える必要があるだろう.
遠隔授業を受けてみて良いと思ったこと(自由記述)
実線:同じサブグラフ内の相関,点線:異なるサブグラフ間の相関.相関が高い関係ほど太字で示してある.
同様に自由記述とした質問「遠隔授業で心配なこと,要望」については「課題が多い」,「提出に関して不安である」,などの上述した内容と重複した意見のほかに資料の印刷,ライブ授業に関すること,評価に関することなど細かな要望のほかに,1年生からは「質問しづらい」,「同級生の学習状況がわからず不安」,「友だちができない」など切実な声もあった.
3月時点での懸案事項として,実験実習,グループワークなどの実施を挙げていた.春学期に予定されていた有機化学系・薬理系実習および実務実習事前学習は,時期の変更,分割実施,一部実習の遠隔配信が避けられなかった.対面実施の可能性を探りながら何度も日程変更を繰り返し,最終的に6月1日からキャンパスにおける対面実習を実施することを決定した.キャンパスに学生を受け入れるための設備は,芝共立キャンパス事務長および管財課を中心に整備された.ここに改めてお礼を申し上げたい.
薬学部における大きなチャレンジは仮設PC室の運用であろう.既存PC室は94名が利用可能だったが,面積が小さく密の状態を避けられないため,3フロアにある実習室のうち1フロアを仮設PC室とした.昨年までの3年間で実験台をリニューアルしていたことも後押しの要因である.このことは,CBT実施環境の整備にもつながった.5月の学内施設閉鎖中にもかかわらず,二週間という短期間でネットワーク配線やPC移設を行い仮設PC室を整備してくれたITCの方々に感謝している.
さて,薬学部1年生は毎週火曜日に芝共立キャンパスに登校し,情報・コミュニケーション論,生命倫理,早期体験学習を受講している.初年次授業の重要性を鑑み,これらの授業は6月からは6分割,対面で実施することにした.初回の授業ではグループワーク(KJ法)を行ったが,「やっと同じクラスの人に会えたことが素直に嬉しかった」,「不安だったけれども来てよかった」,「実際に会って話せて楽しかった」,「大学の授業を受けていると言う実感が湧いた」,「グループワークにより分からないところは友達に聞き,また他人が分からないところは教えることができていつもより充実した授業でした」などの意見が授業後アンケートに書かれており,対面授業を準備してきた立場として安堵した.9月からの秋学期は語学科目と実習科目で対面授業を行っており,火曜日は実験実習を午前,午後の2分割で行っている.1年生の声を聴いていると,「緊張した」という状態から次第に友人同士の会話を楽しむ登校日に変わっていったと思う.このように,感染対策を講じた上で比較的早期から対面授業を導入したことは,2年生以上にとってもそうであるが,1年生にとっては薬学部での貴重な対話の場を提供できたと考える.
なお,対面授業実施にあたっては,出席を強要するものではなく,キャンパスに来ることができない学生が不利にならないように対応するというメッセージを学生本人,保護者に対して明確に伝えたことも追記しておく.今では,キャンパス内に学生の姿がずいぶん戻ってきた.彼らの日常に消毒作業が浸透してきているが,表面的にならないように改めての声がけも必要と考える.
1学年200人余りの学生に対してキャンパスでの講義や実習を行う日常が非日常になるという誰もが想像し得なかった事態は,10ヶ月経った今もなお終息する兆しが見えない.この間,全国の大学教員は自分の授業を客観的に眺め,画面の向こう側にいる学生の学習効果を考えながら,授業準備を繰り返していると思う.スライドを使った講義だとしても対面と遠隔授業では構成を変える必要があるし,これまで板書中心だった講義の場合は,画面上にどのようにコンテンツを展開するかを考える必要がある.自分の声を聴きながら動画を確認すると気になる点が見つかるなど,授業準備にかける時間は格段に長くなった.ポジティブに考えると,動画作成の右も左もわからなかった教員が,パンデミックの「おかげ」で授業を構成するスキルを向上させ,今では日常の一部になるなど成長を遂げたのだと思う.
10ヶ月をふり返ると,比較的早い時期に対面を実現させた実習に加え,秋学期からは語学科目も対面で実施されるようになったが,例年と異なり積極的に教員に質問し,学生同士のコミュニケーションを楽しんでいる様子が見受けられる.5月のアンケートで1年生の不安を酌みとり,春学期からLMSを利用した双方向のコミュニケーションを心がけたことで,秋学期からの対面授業を円滑に開始できたと考えている.また,学生の状況を鑑みてライブ配信ではなく録画配信を主としたため,問題が生じたときにも比較的余裕をもって対応できた.残る課題は,アンケート調査から見えてきたように,遠隔授業の方がよいと思っている学生に対して,対面授業の良さをいかに伝えることができるか,という点である.現在,2021年度の授業計画を検討しているところではあるが,遠隔授業の利点を理解した上で,対面授業のためにキャンパスに登校する学生が「対面でよかった」と感じてもらえるような授業を構成する必要がある.実はこれが難しい課題であるが,諦めてはならないと考える.
慶應義塾大学薬学部は一学年の定員が210名に対して,70名の教員が22の講座・センターに所属している.立地上キャンパスは狭いが,その分教員と学生の距離が近い,比較的小さなコミュニティが構成されていると感じる.今回の対応は,学部長をはじめとしてキャンパス内の教職員全体でほぼ同時に情報を共有してからこそ可能だったと考える.学生アンケートは第2回目も行っており,次に向けて遠隔授業をより良くするための要素を抽出する予定である.しばらくの間は100%元通りの授業形態になることは考えられない状況のため,この10ヶ月のノウハウを活かして,遠隔授業はより効果的に活用しながら,薬学部における教育効果をさらに向上させていく必要がある.その際は,錦織らが述べているようにオンライン学修弱者への配慮3) も心がけたい.
最後に,対面授業初日に向けて教員,事務局全体で学生を受け入れる準備を進めたときには,どうなるかとドキドキヒヤヒヤだったが,当日,登校してきた学生と笑顔で挨拶できたことは,コロナに追われた中で非常に印象的な出来事だったことを書き添えておく.このことを忘れずに,薬学部の教職員全体でより良い教育を考え,社会に貢献する薬学生の輩出を目指していきたい.
倫理的配慮:本稿で紹介したアンケートは,成績とは一切関係がないこと,学会などで公表することがあること,その場合でも個人情報が公開されないことをアンケート実施時に文書または口頭で説明し,承諾を求めた上で実施した.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.