Article ID: e09004
東京薬科大学薬学部は,教育研究上の目的や育成する人材像として「医療を担う薬学人」の育成を掲げており,実際に8割近くの卒業生が薬剤師として,医療現場で活躍している.医療現場では高度化・複雑化に伴い,質の高い安全な医療を実現するために,チーム医療が推進され,2022年改訂の薬学教育モデル・コア・カリキュラムでは多職種連携能力が基本的資質として掲げられた.本学は2015年より東京医科大学と連携し,多職種連携教育(Interprofessional Education: IPE)を実施している.本学のIPEは低学年を対象に,模擬患者(Simulated Patient: SP)を活用した短時間完結型の実践的プログラムである.SPは市民ボランティアから募集し,シナリオ勉強会や研修会にて研鑽した上で実習に参加している.本学ではIPE以外の実習にもSPを活用し,学生が医療コミュニケーションを体験し,主体的に気づきを得られる機会を作っている.本稿では,本学におけるIPEおよびSP研究会の運用やSP養成について報告する.
The School of Pharmacy at Tokyo University of Pharmacy and Life Sciences aims to cultivate “pharmaceutical professionals contributing to healthcare” in its educational and research mission. Approximately 80% of its graduates work as pharmacists and are actively engaged in healthcare. In response to the increasing complexity and advancement of medical practice, team-based healthcare has been promoted to ensure high-quality, safe medical care. The 2022 revision of the Model Core Curriculum for Pharmacy Education identified interprofessional collaboration skills as a fundamental competency. Since 2015, the university has collaborated with Tokyo Medical University to implement interprofessional education (IPE). The IPE program targets early-year students in short, practical sessions utilizing simulated patients (SPs). SPs are recruited from community volunteers to participate in training sessions, such as scenario-based workshops, before engaging in the program. Beyond IPE, SPs also engage in other practical training to enable students to experience medical communication and foster self-awareness. This paper reports on the implementation of IPE at the university, the management of the SP study groups, and the training of simulated patients.
現代の医療では,多職種が連携し,情報の共有や十分な議論を通じて,患者中心の最善の医療を提供するチーム医療の実践が求められている.チーム医療とは,「医療に従事する多種多様な医療スタッフが,各々の高い専門性を前提に,目的と情報を共有し,業務を分担しつつも互いに連携・補完し合い,患者の状況に的確に対応した医療を提供すること」と一般的に理解されている1).近年の医療技術の進展により,薬物療法が高度化していることから,薬学の専門家である薬剤師がチーム医療に積極的に参加することは,医療安全の確保において非常に有益である.また,チーム医療の実践を促進するためには,学生時代から臨床講義やケースカンファレンス,討論学習を通じて他の医療系学生と交流し,共に学ぶ機会を増やすことで,臨床薬学に対するモチベーションを向上させることが必要である.2022年に改訂された薬学教育モデル・コア・カリキュラムでは,基本的な資質・能力として多職種連携能力が掲げられている2).東京薬科大学(以下,本学)は,病院施設や医学部,看護学部を有していないものの,2015年より姉妹校である東京医科大学の医学部医学科・看護学科と連携して,多職種連携教育(以下,Interprofessional Education:IPE)を実施している.本学のIPEプログラムは低学年の学生を対象としており,模擬患者(以下,Simulated Patient:SP)の参加による実践的かつ短時間で完結するIPEプログラムである.
本稿では,本学におけるIPE教育の実施状況および,実際の医療現場に近いシチュエーションを再現するために不可欠なSPの養成について,その取り組みを報告する.
本学薬学部は,教育研究上の目的や育成する人材像として「医療を担う薬学人」の育成を掲げている.また,ディプロマポリシーの1つとして,「患者や生活者,医療者と良好なコミュニケーションをとり,多職種連携を構成するチームの一員として薬物治療を実践することができる」が明記されている.2023年度における本学薬学部卒業生の進路データ3) によると,男子の69.3%,女子の80.0%が主に調剤薬局,ドラッグストア,病院で薬剤師として就職している.この結果は,医療現場で活躍する薬剤師,すなわち多職種連携能力を備えた臨床薬剤師の育成が一層求められている現状を示している.2022年度に改訂された薬学教育モデル・コア・カリキュラム2) では,「未来の社会や地域を見据え,多様な場や人をつなぎ活躍できる医療人の養成」という,医学・歯学・薬学教育に共通のキャッチフレーズが掲げられた.このフレーズは,医療者として必要な基本的な資質・能力を養成し,多職種間で複合的な協力を行い,多様で発展する社会の変化に対応して活躍できる人材を育成することを意味している.また,薬学モデル・コア・カリキュラムの本文は,大項目AからGに分類されており,各大項目(BからG)の学修内容が,生涯を通じた目標である「A 薬剤師として求められる基本的な資質・能力」に結びつくように構成されている.この基本的な資質・能力の1つとして,多職種連携能力が挙げられており,関わる職種の役割を理解し,良好な関係を構築することの重要性およびその具体的な実践方法を学ぶことが必要であると明記された.さらに近年,医療現場ではチーム医療の効果的な実施が求められており,卒前教育においてIPEを基盤とした教育を導入することが重要であると考えられる.筆者が薬剤師として活動してきた中で,特に多職種連携が日常的に実践された顕著な例は,災害支援の現場であった.2011年の東日本大震災において,筆者は横浜市医療チームの一員として気仙沼に派遣され,避難所での定点診療に従事した.筆者はこの現場で,看護師による問診(問診表・受診記録の作成),医師による診察(診療録・処方せんの記入),薬剤師による調剤および情報提供(患者への服薬指導)が行われるプロセスを目の当たりにした.この経験を通じて,各職種の業務を理解することの重要性を再認識した.現在の薬学教育において,他職種の業務を知り,理解する機会は限られており,筆者の学生時代や病院薬剤師として勤務していた期間においても,他職種の業務に長時間同行する機会はなかった.以上のことから,多職種連携教育の基盤は,互いに他職種の業務を理解することにあると改めて実感している.
本学は1992年より東京医科大学と姉妹校提携を結んでおり,これは病院施設や医学部,看護学部を有さない本学にとって臨床教育を行う上で重要な意義を持つ.一方で,薬学部を持たない東京医科大学にとっても,IPEを実施する上で相互に有益であると考える.このような背景のもと,本学は2015年より,東京医科大学の医学部医学科および看護学科と連携してIPEを実施している.学習目標は,「専門性の異なる学生と共同・協働学習を行うことで,多職種で学ぶ重要性に気付くこと」と設定されている.2023年に実施されたIPEの対象は,医学科1年生128名,看護学科2年生71名,薬学部2年生64名であった.各学科・学部の教員が協力してプログラムを作成し,医学科では「在宅ケアの問題と支援策を考える演習」,看護学科では「オンライン健康相談シミュレーション演習」,薬学部では「症例に基づいた多職種連携ディスカッション」を実施した.本学で作成されたプログラム「症例に基づいた多職種連携ディスカッション」では,テーマとして「生活習慣病患者(糖尿病)への共同指導」を設定した.薬学部の学生には,事前課題としてシナリオを熟読し,症例患者の疾患および治療薬について予習を行うよう指示した.セッション当日は,学生を5~6人のグループに分け,各学科・学部の学生が一緒に50分間の合同カンファレンスを実施した.その後,シナリオに基づいた講習を受けたSPに対し,共同指導のロールプレイを実施する流れで進行している.医学科の学生は病状説明を担当し,看護学科の学生は生活指導を行い,薬学部の学生は服薬指導を行う役割を各々担った.各専門職が協力し,生活習慣改善に向けた理解を深め,チームでの目的達成を目指して演習を進めている(図1).
症例に基づいた多職種連携ディスカッション
本学薬学部では,2009年9月に開始された4年次の実務実習事前実習および同年12月に実施されるOSCE(Objective Structured Clinical Examination:客観的臨床能力試験)の導入を受け,2007年7月にSP委員会が設立された.その後,広報活動を通じてSP参加希望者を募り,SP基礎講習会を開催した.さらに,2009年9月には研究会規約を制定し,ボランティア組織として「東京薬科大学SP研究会」が正式に発足した4).2024年7月31日現在,SP登録者数は76名に達している.本学のSP研究会は,図2に示されているように年間を通じた活動スケジュールを持ち,持続的かつ一貫した活動を行うことで,本学の学生教育において重要な役割を担っている.一方で,近年,本学におけるSP会員の高齢化に伴う身体能力の低下や家庭の事情など,社会的な要因による教育参加率の低下が課題となっている.このため,常に一定数の活動可能なSPを育成しておくことが重要であり,恒常的なSPの募集活動が不可欠である.本学では,大学の公式ホームページ(図3)を通じてSP候補者を広く募集するとともに,フライヤーや掲示板(図4)などを活用した継続的な募集活動を実施している.
SP研究会年間活動スケジュール
模擬患者候補者の募集方法(ホームページ)
模擬患者候補者の募集方法(フライヤー・掲示板)
薬学教育においてSP養成の必要性は非常に高い.6年制教育の導入により,従来の医薬品(もの)中心の教育から,患者(いのち)を重視した教育へのシフトが顕著になっている.学生が在学中に,知識や技能のみならず,医療従事者に求められる基本的な態度を身につけることは極めて重要である.具体的には,挨拶や身だしなみ,言葉遣い,守秘義務,誠実な態度,社会的マナー,患者への説明といった要素が含まれる.社会経験豊富なSPからのコメントは,臨床現場に出る学生にとって貴重な学びとなっている.
本学SP研究会における模擬患者養成の流れを図5に示す.前述の通り,SPの募集を行い,SP参加要件を満たした候補者に対して,まずSP基礎講習会を受講させる.この基礎講習会は3日間にわたる5コマのプログラムであり,以下の内容を含んでいる.①SPの概略(研究会の活動内容,年間スケジュール,求められる役割および実施事項),②SPの存在意義と運用(大学におけるSPの必要性と期待される役割,学生とのコミュニケーションの実際),③SPの基礎(シナリオで出来ること),④シナリオの読み方(患者の背景の理解,流れの把握,時間配分の確認,シナリオの読み込みと練習),⑤ロールプレイ練習(ロールプレイの実施およびフィードバックの検討).特に,②のSPの存在意義と運用については,コミュニケーション実習においてSPが参加すること(存在するだけ)で教育効果が著しく向上する点を強調している.また,④の時間配分の確認は,OSCEなど時間管理が厳格なケースに対応するため,詳細に説明し重点的に指導を行っている.SP基礎講習会を修了し,SP会員として登録された後,SPはコミュニケーション実習やOSCEなどの活動を通じて,本学の教育に協力している.さらに,より高度な研修を目指して,定期的にSPスキルアップ研修会を実施している.この研修会では,学外から講師を招聘し,日常的な視点とは異なる観点からの研修を行うことで,スキルやモチベーションの向上を図っている.
SP研究会の模擬患者育成の流れ
SP参加型教育における3つの重要な要素は,シナリオ,演技・ロールプレイ,フィードバックであり,以下に今回のIPEを例に説明する.シナリオは,患者プロフィール,疾患情報,薬歴,生活歴(社会歴),患者心理から構成される.特に今回のIPEでは,病態のみならず,SP参加型教育としてより臨床に近い状況の再現が求められる.糖尿病治療に苦悩する患者のシチュエーションを作成する際,患者心理の要素に特に重点を置き,シナリオ講習会においても詳細に説明している.また,ロールプレイに関しては,SPが背景に基づいて自己主張を行い,学生の説明に納得できなければ同意しない,あるいは同意できる説明があれば受け入れるといった自由度を高めている.これにより,ロールプレイにおいてSPごとの個性が反映され,SP自身のモチベーション向上にもつながっている.そして,フィードバックに関しては,一般的な意見や評価者の視点に基づくものではなく,セッション中に実際に起こった出来事に対して,評価ではなく患者としての視点から学生に伝えることを重視して教育している.例えば,学生が声をかけた際に柔らかな表情を見せた場合,そのフィードバックとして「何でも受け止めてもらえそうに感じ,質問する勇気が湧いた」といった具体的な感情を伝えることが重要である.また,不安を伝えた際に深くうなずいてくれた場合,「わかってもらえてとても嬉しかった」といった具体例を交えてSPを教育している.さらに,良かった点や改善点を挙げるとともに,励ましの言葉や好印象を与えること,そしてPositive-Negative-Positiveのフィードバック法の重要性についても説明している.IPE実習参加後のSPから,「医・看護・薬学生がそれぞれ明確な役割分担のもと,積極的に患者対応に取り組んでおり,IPEの目的が十分に理解されていると感じました.全員が各職能を模擬的に体験でき,有意義な実習となりました.高学年向けにもこのようなIPE実習を企画してほしいと思います.参加できて良かったです.」といったポジティブなコメントが寄せられている.この理由として,本学の薬学教育におけるSPは,薬剤師の対応に限定されており,疾患に対するシナリオが単純化され,薬を中心としたロールプレイにとどまっている.一方,IPEにおけるSPは,医療の多職種によるアプローチが求められ,疾患に対してより多様なシナリオが展開され,医療全般にわたるロールプレイが行われる.このような環境では,SP自身も日常診療に近いシチュエーションを体験できるため,ポジティブなコメントが寄せられたのではないかと考えられる.
本学では,独自に発展させたSP運営システムを展開しているものの,依然として多くの課題が存在する.SP研究会は主に薬学実務実習教育センターの教員によって運営されており,通常業務と並行してその活動が行われている.事務的課題としては,通信費,講師謝礼,SP交通費,ボランティア保険の手配に加え,会議や打ち合わせの調整など,多岐にわたる負担が挙げられる.また,広報活動による新規SPの確保や新たなコンテンツ・シナリオの作成にも多くの時間が割かれており,これが大きな課題となっている.
SPの役割は,IPEを通じた患者中心の医療の実現において極めて重要である.多職種間の業務理解はIPEの実施に不可欠であり,本学の低学年を対象としたSPを活用したシナリオベースの症例検討会は非常に有益である.一方で,多職種の業務理解をさらに深めるためには,医師や看護師の業務を実際に体験できる実習をカリキュラムに組み込む必要がある.また,医療人としての態度形成を学ぶ上で,SP参加型教育は重要であるが,現状では1学年400名を超える学生に対して十分に実施できておらず,教育環境の整備が求められる.さらに,SPの年齢層が高齢者に偏り,実臨床の患者層との乖離がある点や,SPの運営に伴う事務負担が課題として挙げられる.SPのモチベーションを維持・向上させるためには,学生の成長や感想を定期的に共有し,組織全体として感謝の意を継続的に伝えるとともに,新たな学びの機会を定期的に提供することが重要である.これらの課題を解決しながら,より質の高いIPEを実現するため,教育プログラムの見直しやSP運営システムの改善を今後も継続的に進めていく必要がある.
図1へ掲載した写真に関して,被写体となる人物から写真掲載についての口頭による同意を得ている.
本学のIPEをはじめとするコミュニケーション実習やOSCEにおいて,常日頃よりご協力いただいておりますSPの皆様に,心より感謝申し上げます.また,IPEプログラムの作成にご尽力くださっている東京医科大学の先生方,本学IPE実施検討委員会の委員の先生方ならびに事務職員の皆様,さらに,SP研究会の運営を日頃より支えてくださっている薬学実務実習教育センターのSP委員の先生方に対し,改めて深く御礼申し上げます.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.