Article ID: e09020
東京医科大学医学部看護学科では,2015年より9年間にわたり,薬学科・医学科と連携した多職種連携教育(IPE)を実践してきた.模擬患者を活用したシミュレーション形式の授業により,多職種の視点や役割を理解し,連携の重要性を学生が体験的に学ぶ機会を提供している.コロナ禍ではオンライン形式に移行し,ICTを活用した健康相談を通じて,非対面でも主体的な学びと協働を継続した.学生からは,他学科との協働が刺激となり,実践的な学びにつながったとの評価が多く寄せられた.一方で,学年や学習進度の違いによる課題も指摘されており,今後は教育内容の最適化を図るとともに,高学年を対象とした,より実践的で高度な内容への展開や,学習段階に応じた課題設計が求められる.
At the Department of Nursing, School of Medicine, Tokyo Medical University, interprofessional education (IPE) has been implemented in collaboration with the Departments of Pharmacy and Medicine for nine years since 2015. Through simulation-based classes utilizing standardized patients, students are provided with opportunities to experientially learn about the perspectives and roles of various professions, and the importance of interprofessional collaboration. During the COVID-19 pandemic, the program shifted to an online format, and through online health consultations utilizing ICT, students continued to engage in active learning and collaboration even in a remote environment. Students responded positively, noting that collaboration with peers from other disciplines was stimulating and led to practical learning. However, issues related to differences in academic year and learning progress were also identified. Going forward, it is necessary to optimize educational content and design assignments that are adapted to students’ learning stages, including more advanced and practical content for upper-year students.
本稿では,東京医科大学医学部看護学科(以下,看護学科)における多職種連携教育(Interprofessional Education: IPE)の2015年から2023年までの9年間にわたる実践の概要および課題について報告する.東京薬科大学薬学部薬学科(以下,薬学科),東京医科大学医学部医学科(以下,医学科)と連携した本教育の変遷,学生の評価,そして今後の展望について論じる.
看護学科は,2013年に設置され,IPEに関連する科目として,2年次配当の「チーム医療論」として2014年から開講された.本科目においては,模擬患者を活用したシミュレーション教育を導入し,薬学科・医学科・看護学科の3学科の学生が混合グループを編成して学習に取り組んでいる.シミュレーション教育は,アクティブラーニングの教育手法の一つであり,学習者が能動的に学ぶことを促進する教育方法である.医療におけるシミュレーション教育とは,実際の患者に提供する医療を想定した学習者に教材を提供し,医療者として必要なテクニカルおよびノンテクニカルな能力の向上を目指す教育方法とされている1).本稿では,このようなシミュレーション教育を基盤とした教育の実際とその成果について述べる.
看護学教育においても,医学・薬学と同様にコアカリキュラムの改訂が重ねられており,近年では,多職種連携能力(Interprofessional Collaboration)が看護師に求められる重要な資質・能力の一つ2) として位置づけられている.看護師は医療チームの一員として基本的な価値観を共有しつつ,看護の専門性を発揮することが求められており,人々に安心かつ安全で質の高い医療・ケアを提供するために必要な能力・資質の一つ2) として多職種連携能力は不可欠な要素である.さらに,看護師は,医療・保健・福祉・介護など他領域の専門職や,患者およびその家族といった多様な背景を持つ対象と良好な関係性を構築し,相互作用を通じて質の高い看護を実践することが求められている2,3).そのため,コミュニケーション能力の育成も重要視されている.
これらの背景を踏まえ,看護学科では,2年次に「チーム医療論」という科目を設置し,IPEを展開している.本科目のねらいは,以下の3点に集約される.すなわち,①チーム医療が生まれた背景やチーム医療の理念を学ぶ,②医療に携わる様々な職種の役割についての基本的な知識を習得する,③この科目を通して,看護以外の学部の学生と協働するシミュレーションを行い,多職種連携の重要性や看護の役割を改めて考える,こととしている.
授業における到達目標は以下のとおりである.①チーム医療の背景,理念,構成要素について理解できる,②チーム医療における効果および困難について理解できる,③多職種連携授業を通して,各職種の考え方や視点の違いに気づくことができる,④多職種連携授業の協働作業を通して,連携の重要性やお互いの職種の役割が理解できる.これらを通して,学生が低学年の段階で他学科の学生とともに学び,それぞれの専門性の違いや連携の意義を実践的に理解することを目指している.
2015年からの9年間にわたり,看護学科が運営してきたIPEの授業は,コロナ禍による状況の変化も受けつつ,内容を柔軟に変更しながら継続されてきた.薬学科・医学科・看護学科の混合による約90名の1クラスを16グループに分け,シミュレーション形式で授業を行う基本的な構成は,この9年間を通じて一貫して維持されている.
年度別IPE授業の概要一覧
| 年度 | テーマ(事例) | 学年構成 | 実施方法 | 主な学習目標 |
|---|---|---|---|---|
| 2015~2016年 | 高齢患者への体位変換とおむつ交換のシミュレーション | 薬学科3年 医学科1年 看護学科2年 |
対面・模擬患者 | ・体位変換,おむつ交換の支援 ・褥瘡対策 |
| 2017~2019年 | 地域住民に対する健康相談対応のシミュレーション | 薬学科2年 医学科1年 看護学科2年 |
対面・ブース形式 | ・健康相談対応 ・日常生活支援 |
| 2020~2023年 | オンライン健康相談対応のシミュレーション | 薬学科2年 医学科1年 看護学科2年 |
Zoom・Miro | ・健康相談対応 ・オンライン対応 ・ICT活用 |
2015年から2023年までの授業構成
| 時間(分) | 2015~2016年 | 2017~2019年 | 2020~2023年 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 5 | 授業目標と進行の確認 | |||||
| 5 | アイスブレイク | |||||
| 60 | 体位変換・おむつ交換・皮膚の観察方法の学習と練習 模擬患者16名 × 学生16G(1G6名) |
事例1~4(1時例30分) 2つの実習室で同時進行(8G × 2) 模擬相談者のブースで学生が対応する |
模擬相談者①紹介・相談概要聴取 | |||
| GW:インタビュー内容について検討(Miro) 8G(1G5~6名) × 2教室 (模擬相談者2名を入れ替える) |
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| 1 模擬 相談者A |
2 模擬 相談者B |
3 模擬 相談者C |
4 模擬 相談者D |
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| 模擬相談者①にインタビュー | ||||||
| 学生 1・2G |
学生 3・4G |
学生 5・6G |
学生 7・8G |
GW:インタビューから助言や対応を検討(Miro) | ||
| 学生 7・8G |
学生 1・2G |
学生 3・4G |
学生 5・6G |
模擬相談者①へ助言や説明を実践 | ||
| 模擬相談者①からのフィードバック | ||||||
| 10 | 休憩 | |||||
| 5 | 模擬患者とのシミュレーション① | 事例1~4(1時例30分) 2つの実習室で同時進行(8G × 2) 模擬相談者のブースで学生が対応する |
模擬相談者②紹介・相談概要聴取 | |||
| 10 | デブリーフィング(振り返り)① | GW:インタビュー内容について検討(Miro) | ||||
| 5 | 模擬患者とのシミュレーション② | 1 模擬 相談者A |
2 模擬 相談者B |
3 模擬 相談者C |
4 模擬 相談者D |
|
| 10 | デブリーフィング(振り返り)② | 模擬相談者②にインタビュー | ||||
| 5 | 模擬患者からのフィードバック | 学生 5・6G |
学生 7・8G |
学生 1・2G |
学生 3・4G |
GW:インタビューから助言や対応を検討(Miro) |
| 25 | 褥瘡対策に関するグループディスカッション | |||||
| 学生 3・4G |
学生 5・6G |
学生 7・8G |
学生 1・2G |
模擬相談者②へ助言や説明を実践 | ||
| 模擬相談者②からのフィードバック | ||||||
| 5 | まとめ(事後課題の準備・確認) | |||||
授業で用いた事例の変遷
| 2015~2016年 | 2017~2019年 | 2020~2023年 | |||
|---|---|---|---|---|---|
| 事例 | ・98歳で食欲が落ちたため入院した患者の体位変換とおむつ交換をチームで行う. ・仙骨部位の褥瘡を予防する対策を検討する. |
事例1 | 咳や痰が多いので病院で薬をもらったが何の薬かわからないので教えてほしい.禁煙を勧められたがやめられない. | 事例1 | 咳や痰が多いので病院で薬をもらったが何の薬かわからないので教えてほしい.禁煙を勧められたがタバコはそんなに体に悪いのか教えてほしい. |
| 事例2 | 買い物の帰りに,少しふらふらしたので脈と血圧を見てほしい.不整脈の薬を内服している. | ||||
| 事例3 | 血糖が高いといわれ,食事に気を付けているが,今度は血圧が高いといわれた.どうしたらよいか. | 事例2 | 血糖が高いといわれ,甘いものを漬物に変えたが,今度は血圧が高いといわれた.どうしてか教えてほしい. | ||
| 事例4 | お祭りのバザーのチラシで手をけがして血が出ているので手当てをしてほしい.血液をサラサラにする薬を飲んでいる. | ||||
また,各学科の専門性に即した事前課題を設定し,学生が一定の知識を習得したうえで授業に臨む態勢も継続されている.例えば,「高齢で体力が低下している患者の体位変換と皮膚の観察」をテーマとするシミュレーションでは,薬学科には,「褥瘡の治療薬に関する知識」,医学科には「褥瘡の診断・治療・予防に関する知識」,看護学科には「褥瘡の観察および看護援助に関する知識」を課題として設定した.授業では,3学科の学生が模擬患者に対するシミュレーションを協働して実践し,その後,事後課題シートを提出する形式で振り返りを行っている.
1. 2015~2016年(入院患者への身体的援助)この2年間の授業では,「98歳で食欲がなく,体力が落ちて入院した患者に対して,体位変換とおむつ交換を援助するためにチームで病室に向かう」をシミュレーションのテーマとした.1グループは,薬学科1~2名,医学科2~3名,看護学科2名で編成され,模擬患者への支援を段階的に実践した.
シミュレーションの目的は,①他学科の学生および模擬患者との交流を通じて,他学科における学習内容や模擬患者に対する理解を深めることができる,②高齢で体力が低下している患者の体位変換と皮膚の観察をチームで安全・安楽に行うことができる,③褥瘡についての基礎知識を習得できる,という3点であった.
模擬患者への援助前には,看護学科の学生が中心となり,他学科の学生に対して体位変換とおむつ交換の方法,おむつ交換時の仙骨部の皮膚の観察方法について説明・助言した.まずは学生を患者役に,他のグループメンバーが体位変換とおむつ交換を相互に練習した.使用するおむつの構造についても看護学科の学生が薬学科・医学科の学生に説明し,できるだけ多くの学生が模擬患者と直接に関われるようにした.
16名の模擬患者に協力を得て,模擬患者1名に対して6名の3学科混合のグループが模擬患者への援助を実践した.援助は,学科に関わらず学生が2名ずつで,模擬患者に対して2回実施し,その都度振り返りを行った.1回目の実践後の振り返りでは,模擬患者の安全・安楽を考えた体位変換とおむつ交換が行えていたか,おむつ内の皮膚の観察が行えたか,2回目に援助する際にはどのようなことに留意するとよいか,患者にとっての安楽と援助の優先順位について議論した.スムーズに援助できたところや改善方法について,模擬患者への声のかけ方などについても振り返り,2回目の実践につなげる.2回目の振り返りでは,1回目の実践からの改善がみられたかなどに加えて,より安全な体位変換とおむつ交換を実施するにはどのような配慮や技術が必要であるか,チームでの連携に必要なこととは何か,多職種で連携する意義についても考察の対象とした.
シミュレーション後には模擬患者からもフィードバックを得て,患者への対応について,その後の学生間のディスカッションに取り入れた.模擬患者から,不安なことがなかったか,声をかける回数やタイミング,言葉遣いについてフィードバックをもらい,患者に対する姿勢についても助言を受け,チームで連携して模擬患者に関わる改善策についてのディスカッションの課題とした.
最後に,褥瘡予防対策についてディスカッションを行った.ここでは,事前課題において各学科で準備した知識を活用した.具体的には,褥瘡を予防する,あるいは改善するにはどのような対策が必要かについて,薬学科の学生には,褥瘡予防や褥瘡による感染予防,または栄養状態改善のための薬剤・資材の検討について意見をもらった.医学科の学生には,褥瘡を予防するための現状の栄養状態把握に対する血液検査の提案,食事内容や形態の検討,安静度や体位変換の間隔など指示の変更などについて意見を出すことが考えられた.看護学科の学生は,褥瘡を予防するための体位変換の間隔や方法,マットレスの材質の変更,排泄の援助とおむつ内の清潔保持,栄養状態改善に対しての食事摂取方法,活動の支援についての看護目標の検討について意見を出すなどが考えられた.
2. 2017~2019年(地域住民に対する健康相談対応)この3年間では,授業テーマを「地域のお祭りで住民の健康相談に対応する」とし,より地域での生活者に向けた,地域包括ケアに近い場面設定を導入した.1クラス約90名の3学科混合のクラスを16グループに分け,1つの教室を4分割し,それぞれのブースに模擬相談者を配置した.ブースをローテーションする形で,学生は30分ずつ4事例に関わった.
シミュレーションに使用した事例は,①「咳や痰が多いので病院で禁煙を勧められたがやめられない」,②「買い物の帰りに少しふらふらしたので脈と血圧を診てほしい」,③「検診で高血糖を指摘され,甘いものをやめて漬物に変えたが,血圧が高いと言われた」,④「お祭りのバザーのチラシで手をけがして血が出ているので手当てをしてほしい」であった.学生は模擬相談者の相談内容を傾聴し,相談者とその生活についてなどを情報収集の上で,各専門職の立場から必要な説明や助言を行った.ここでは,薬剤の知識は薬学科の学生が,高血圧になる仕組みや症状に対しては医学科の学生が,高血圧にならないような生活を送るための説明については看護学科の学生が,各専門職として模擬相談者に関わった.学生の知識の不足に対しては,禁煙や高血圧に関するパンフレットなどを教員側で準備し,活用できるように各ブースに配置した.例えば,「血液をさらさらにする薬を飲んでいるが,お祭りのチラシでけがをして出血してしまった」と相談に来た模擬相談者に対しては,圧迫止血をする判断を行い,包帯を巻き,どのくらいで止血できるか,今後の注意事項は何かなどの対処法の指導を3学科で協力して行った.血液の抗凝固薬服用患者への注意点については,薬学科の学生が事前課題から説明をしたり,ブースに準備してある資料を活用して模擬相談者に説明を行った.止血や包帯を巻く技術については,看護学科の学生が行い,今後の生活の注意事項については医学科の学生が説明をするなどの役割を担い,連携を図った.
もう一つの事例は「買い物の帰りに,少しふらふらしたので脈と血圧を診てほしい」というものであった.不整脈の薬を服用している患者が,動悸がしてふらつくということで相談に訪れる設定である.模擬相談者が持参した薬手帳を確認することも体験した.学生は模擬相談者から症状を聴き,バイタルサインの測定を行う.その結果,待機している医師のところに模擬相談者を連れて行くということになり,車椅子に安全に座らせて移動を始めるという設定で行った.ここでは,身体状況を把握するためのバイタルサイン測定の技術,止血を行う方法の実践,包帯法の技術,服用している薬剤の確認,車椅子の点検と安全な車椅子への移乗と移送という内容が含まれており,3学科の学生は各自の役割を確認しながら連携して模擬相談者に必要な対応を行った.2回の援助の実践とその都度振り返りを行い,実践できた内容と次に行う援助や模擬相談者への安全などへの配慮についてディスカッションを行った.4事例に対応するため,1グループ6名で,2グループに1名の模擬患者の配置とし,模擬相談者への直接の対応は1人2~3回程度で多職種連携を体験できる授業形式であった.この3年間の授業では,チームで連携して,多角的に模擬相談者の状況や状態を把握し,振り返り結果を反映させた援助の改善を試み,多角的な視点での対応力とチームワークをはぐくむ機会となった.
3. 2020~2023年(地域住民のオンライン健康相談対応)2020年度以降は,新型コロナウイルス感染症の影響により,授業形式を対面からオンラインへ移行し,「地域住民へのオンライン健康相談」をテーマとするシミュレーションを実施した.新型コロナウイルス感染症が第5類感染症となってからも,将来的にオンライン診療の増加を予測し,この授業方法を継続してきた.オンライン会議システムの「Zoom」とオンラインホワイトボードツールである「Miro」を活用し,3学科混合のグループで2つの事例に対応した.
1事例目は,「咳や痰が出るので病院で薬をもらったが,何の薬かわからない.タバコをやめろと言われたが,そんなに体に悪いのか教えて欲しい」という,薬剤や禁煙に対する知識が欠如している模擬相談者への対応であった(図1).2事例目は,「血糖が高いといわれ,甘いものを漬物に変え,食事に気を付けているが,今度は血圧が高いといわれた.どうしたらよいか.」という,血糖コントロールや塩分摂取に対する知識が不足している模擬相談者への対応であった(図2).模擬相談者への対応の実際は,①自己紹介と相談の内容を話してもらう,②グループで模擬相談者に質問したい内容について検討する,③代表が検討した質問を模擬相談者に聞く,④グループで質問して得られた情報を整理し,模擬相談者への説明や助言について検討する,⑤代表が検討した内容について模擬相談者に説明する,他のグループが補完するという流れでシミュレーションを実践した.グループで検討する内容については,Miroを活用し,教員は各グループのホワイトボードから学生のディスカッションへの参加や,課題遂行への進捗状況を把握していった.

模擬相談者Aの相談内容と身体状況の設定

模擬相談者Bの相談内容と身体状況の設定
1事例目は,模擬相談者の咳や痰などの症状に対する処方薬剤の必要性や知識の不足に対して,模擬相談者の理解に合わせて,オンライン上の言語的コミュニケーションを中心とした分かりやすい説明を丁寧に行うことが求められた.また,喫煙の健康に対する悪影響や,喫煙指数から将来的に起こりうる疾患や健康被害,禁煙を行うために禁煙外来に関する情報提供やその費用,禁煙を進めていく方法や,喫煙をしないための健康的な生活への助言など,チーム,あるいはほかのチームが補完し合い,多角的な説明を学生が実践できた.2事例目に対しては,血糖値が高いことを指摘され,糖分を控える代わりに塩分を摂取して血圧が上がってしまったとの相談に対応した.1事例目と同様に,この事例に対しても使用している薬剤の確認とその必要性,血糖値が上がる仕組みや高血糖による疾患や合併症の可能性,血圧上昇を予防するための塩分摂取方法,血糖値が上昇しない食事や運動療法などについて模擬相談者の知識の不足を補う説明を3学科でそれぞれの専門性を生かした効果的な協働がみられた.オンラインでの実施にもかかわらず,模擬相談者とのやり取りから多職種連携の重要性や,ICTを活用した健康支援の可能性を実感する機会となった.
このように,対面・オンラインを問わず,各年度の授業では,時代や環境の変化に応じた柔軟な教育デザインを取り入れ,継続的に多職種連携能力の育成に努めてきた.
看護学科が運営するこれまでの授業に対する学生の授業評価における自由記述から主な意見を紹介する.
まず,チームでの連携に関する肯定的な意見として,「3学科合同の授業は新鮮であり,看護以外の専門職を目指す学生の話を聞けて刺激になった」,「異なる学科の学生と意見交換を行うことで学びが深まった」,「将来の医療現場でのチーム医療を具体的にイメージすることができた」,「チーム医療の難しさを実感できた」などが挙げられた.また,「各学科が異なる視点から準備した事前課題を共有し,模擬患者・模擬相談者に対して連携して対応するという体験は,学生が医療の質を高める上で有益である」と学生自身が感じていた.
さらに多くの学生が「患者に説明すること」だけでなく,「患者の語りに耳を傾けること」の重要性を認識し,模擬患者や模擬相談者を医療チームの一員としてとらえる視点を得たことがうかがえた.
オンライン形式で実施した授業についても,対面と異なる利点が評価されており,「多くの学生が同時に模擬相談者と関われたことで,他のグループの検討内容を比較しながら学ぶことができた」,「オンラインでも,グループとして目標を共有し,模擬相談者に寄り添う必要性を感じた」といった意見が得られた.一方で,非言語的な表情や動作によるコミュニケーションが困難であるため,「言葉遣いに対して,より一層の注意が必要である」といった認識も持たれていた.
また,模擬患者からのフィードバックでは,オンラインであっても,服装や身だしなみを整えることの重要性が指摘され,学生は医療専門職を志す者として,また,学習者としての姿勢の大切さを再認識する契機となった.
他方で,改善を求める意見としては,「課題が多い,時間をかけてじっくりと学習やディスカッションを行いたかった」,「授業に対する熱量にばらつきがあり,協働しづらさを感じた」,「より同等の知識のレベルを持つチームでの学習も経験したい」といった声も寄せられており,学年や学習深度の違いに起因する困難を感じた学生もいた.
これらの意見を総合すると,本授業は,学生にとって多職種間の役割の理解と連携の重要性を体験的に学ぶ機会となっており,模擬患者とのかかわりを通じて,傾聴や協働のスキルを実践的に習得し,将来の医療現場を見据えた多職種連携能力の育成に寄与していると考えられる.
なお,本授業における成績評価の配点は以下のとおりである.①事前・事後課題:10%,②シミュレーション:80%(授業への参加姿勢,グループワークへの貢献等),③ピア評価:10%とした.ピア評価は,薬学科・医学科・看護学科でそれぞれ3回の演習を終えた後,各グループメンバーが互いの貢献度を個別に評価する形式で実施された.
今後のIPEにおける課題として,まず挙げられるのは,各学科の学年が異なることに起因する学習進度や知識の差である.この点に対しては,それぞれの学科の学習過程に応じた課題設定や授業構成を検討し,教育内容の最適化を図る必要がある.
また,学生間のチーム編成においても,学年や学習進度が異なることを事前に共有し,それぞれが自身の学習内容や役割を理解したうえで,相互に補完し合いながら協働できるようにする教育的配慮が求められる.そのためには,授業開始前のオリエンテーション等において,学習の目的やチームでの責任の重要性を丁寧に説明し,学生の認識を統一しておくことが重要である.
現在は,主に低学年を対象とした授業構成となっているが,例えば看護学科の学生が3年次の臨地実習を終えた段階で本授業を受講することで,より実践的かつ全人的な視点から模擬患者への対応が可能となると考えられる.したがって,今後は,現在の低学年での授業に加え,高学年を対象に,より緊急性の高いケースや高度な判断力とチームワークを要する課題設定を行うことで,学生の多職種連携に対する理解をさらに深める授業展開が期待される.
このように,学年構成や課題の難易度に柔軟に対応しながら,より現実に即した教育内容を実践することが,今後のIPEの質的向上と学習効果の最大化につながると考えられる.
本稿では,東京医科大学看護学科におけるIPEの9年間の実践を通して得られた知見と課題について報告した.以下に要点を整理する.
1)模擬患者を活用したシミュレーション形式の授業は,専門職の理解と連携力の育成に有効であった.
2)オンライン環境でも学生の主体的な参加と相互理解が促進され,一定の教育効果が確認された.
3)学年や学習進度の差に配慮した課題設定や,チーム構成の工夫が今後の課題である.
4)今後も実践を継続・改善しながら,多職種連携教育のモデルとして発展させていくことが重要である.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.