Article ID: e09022
私は2023年9月,ステージ4の小腸がんと診断され,2度の手術と半年間にわたる化学療法を経験した.希少がんである小腸がんは標準治療が確立されておらず,治療の選択には大きな不安と葛藤が伴った.患者の立場になり初めて,医療従事者の言葉の重みや,心のよりどころの重要性を実感した.また,がんに関する情報があふれる中で,身近な人やSNSからの誤情報に直面した経験から,患者が信頼できる情報を適切に得られる仕組みや,情報を活用するリテラシー向上の重要性を痛感した.保険薬局は患者との心理的距離が近い特性を生かし,情報を適切に読み解き,個々の患者に合わせた情報提供ができる重要なリソースの1つと考えられる.医療従事者が患者の声を丁寧に聴き,適切ながん情報を共有する仕組みを整えることで,治療の支えとなるケアが可能となる.本稿ではこれらの視点から,今後のがん患者支援の在り方を考察する.
In September 2023, I was diagnosed with stage IV small bowel cancer and underwent two surgeries and six months of chemotherapy. Small bowel cancer is a rare type of cancer with no established standard treatments, causing significant anxiety and emotional struggles in treatment decisions. As a patient, I deeply realized the weight of words spoken by healthcare professionals and the critical importance of emotional support. Moreover, I experienced firsthand the prevalence of misinformation, including false claims from social media and acquaintances, highlighting the need for a reliable system that provides trustworthy cancer information and promotes health literacy among patients. Community pharmacies, due to their close psychological proximity to patients, are uniquely positioned to decipher complex medical information and deliver personalized guidance tailored to individual needs. By actively listening to patients and establishing systems for accurate cancer information dissemination, healthcare providers can offer meaningful care that supports patients throughout their treatment journey. This paper explores these perspectives and discusses the future direction of cancer patient support, emphasizing the importance of emotional care, reliable information sharing, and the vital role of pharmacies in achieving patient-centered care.
2023年8月15日,腸閉塞による腹痛で急遽入院し,同月29日に小腸から大腸の一部を切除した.そして同年9月27日,切除した組織の生検結果が医師から告げられ,リンパ節への転移および直腸への遠隔転移が確認され,小腸がんステージ4との診断を受けた.小腸がんは発症リスクが非常に低く1),希少がんとして取り扱われる2).そのため標準的な治療方法はなく明確なエビデンスも存在しないが,大腸がんの標準治療(CapeOX+ベバシズマブ)受け根治し,現在は経過を観察している状況である.
現在,がん患者となったことで初めて患者側の視点で医療従事者(薬剤師)を見るという経験をしている.この現実と向き合い,自身の症例や経験を通じた私見を共有することで微力ながら,患者支援に貢献できれば幸いである.あくまで1個人のナラティブから考察されるものであり,がん患者の万人に通じる事柄ではないことを事前にお伝えする.
2023年8月15日,腸閉塞の疑いで自宅近くの病院に緊急入院した.当初は「単なる腸閉塞であり,入院も短期間で済むだろう.月末のマラソン大会には出場できるだろう」と楽観的に考えていた.しかし,腸閉塞の原因はなかなか特定できず,検査が続いた.入院2日目の午後に血液検査の結果より状況は深刻であることが判明した.腫瘍マーカーであるCA19-9(基準値:0~37 U/mL以下)およびCEA(基準値:0~5.0 ng/mL以下)の値は大幅に基準値を超え(図1),CT検査の結果から総合的に判断すると小腸のがんである可能性が極めて高いとの診断であった.手を震わせながら小腸がんについてインターネットで調べたところ,希少がんであり生存率が極めて低いことを初めて知った.

異常値を示した腫瘍マーカー
そのとき,私は腸閉塞の保存的治療としてイレウス管という太い管に接続されていた(図2).イレウス管は鼻から挿入し腸まで届かせ,電動式低圧吸引器で内容物を吸引することで腸を正常に保つ装置である.また,中心静脈栄養のため点滴スタンドにも常時接続されていた.自由に動けていた生活から一転,行動を大幅に制限される状況は想像以上にストレスが大きいものであった.

初めて装着したイレウス管
完全に横になるとイレウス管が喉にへばりつき,呼吸がしにくくなるため,ベッドに傾斜をつけて寝る必要がある上に点滴の管を誤って潰してしまうとアラームが鳴り,落ち着いて眠ることもできなかった.さらに「この先どうなるのか」「がんの進行具合はどうなのか」という不安が重なり,物理的・精神的に睡眠を妨げられる日々が続いた.
この状況により,行動や睡眠が制限されたことから,経験したことのない疲労感とストレス,死への恐怖が押し寄せた.毎晩泣いては起きる孤独な闘いが続き,夜間に眠れないことで些細なことにも敏感になり,イライラすることが増えた.
看護師の態度や行動にも影響を受けた.たとえば,ノックもせずに病室へ入ってきて必要なバイタルチェックだけをして立ち去る看護師や,イレウス管と吸引装置の接続ミスをため息交じりに直す看護師を見ると,普段なら気にならないことでも精神的に大きな負担を感じた.その反面,丁寧に対応しコミュニケーションをとる看護師もいた.コロナ禍により面会が禁止されていた患者にとっては,「何か一言でも優しく話しかけてほしい」という思いが強かった.
患者の心に響くケアとコミュニケーション病を抱える患者にとって,医療従事者からの言葉が大きな影響を持つことを痛感する.病気や治療に関するエビデンスや知識の提供だけでなく,「患者を気にかけている」「患者の味方である」といった姿勢やメッセージが患者の心には響くのである.
看護師が病室でバイタルチェックを行うのと,薬局の薬剤師が投薬カウンターで定められた業務として服薬説明を行う状況はよく似ていると考える.
重要なのは,業務の中でどのように患者とコミュニケーションをとるかであり,それによって患者の医療の受け取り方が大きく変わる.患者への対応において「ケア」の概念を取り入れることが,信頼構築の鍵であると感じている.
患者に寄り添うためのヒント・患者の話を優先する対応
患者が話したいことに耳を傾けることで,気持ちが前向きになる.
・「話を聴いている」サインを示す
うなずきや相づちがあると,患者はより多くのことを話したくなる.
・忙しさを感じさせない穏やかな態度
忙しそうな様子を見せると,患者は相談を遠慮してしまう.
・話しやすい落ち着いた環境
個室で話ができると,センシティブな内容も話しやすくなります.
がんの専門性が高い病院への転院私自身,気が動転している最中,最も力になってくれたのは兄であった.兄は脳外科医であり脳腫瘍を診ていた経験があり,がんに対しても詳しかった.真っ先に,動いて消化器外科の親友を尋ね,どの病院でオペをすることが適切であるかを探してくれていたのである.
当時,入院している病院が,がん関して疎いわけではないが,希少がんである小腸がんの手術歴は浅く,不安要素は多かったため,即セカンドオピニオンに踏み切ったのである.
セカンドオピニオンは私の妻と兄の2人で受診してもらい,その日のうちに8月25日に転院,29日にオペと決まった.状況が極めて悪いことも加味して急遽,割り込んだのだと思うが,改めて日本の医療のすばらしさに感動した.
入院中(転院後)の気づき:患者を支援する工夫とは何か転院後,最初に気づいたのは病棟の心遣いである.日光が差し込む病室,開けた景色,中庭,壁に飾られた写真,廊下に掲示されたウォーキングマップ,デイルームのがん患者向け書籍など,至る所に患者の視点で考えられた工夫が施されていた.「がん」に対する不安や恐怖が完全に消えるわけではないが,こうした環境に癒され,一つひとつに感謝の気持ちが湧いた.
さらに,スタッフ1人1人のホスピタリティにも驚かされた.病室の担当者が職種ごとに自己紹介をし,どんなに忙しくても気遣いを見せる姿勢は,患者にとって安心材料となることを改めて実感した.
薬剤師として現場に立っているときはあまり意識していなかったが,患者側の視点に立つことで,自己紹介の重要性を強く感じた.
患者を中心に考えられた工夫は伝わる患者側の視点に立って気づいたのは,病院内に掲示されたポスターやメッセージが意外と目に入るということである.たとえば,病棟の廊下に飾られたひまわりの写真と,その下に添えられた詩は心に深く響いた.
「好きなものがあるって幸せ
会いたい人がいるって幸せ
当たり前にやってきたことは
ほんとは幸せのかたまり」
このメッセージを読むたびに,「自分は今も,そしてこれまでも幸せだった」と思い直すことができた.薬局の掲示物も,患者の思いに寄り添った内容や工夫が必要である.患者に「伝わる」メッセージを作ることが,患者ケアの一環として重要であると考える.
2023年8月28日,私は手術により小腸の腫瘍を切除した.しかし,大腸にも腫瘍があり,術後の診断では「大腸にある腫瘍はおそらく転移性のがん」であるとの説明を受けた.また,切除した小腸の周囲にあるリンパ節への転移については,生検を行わなければ確認できないとのことであった.このような不安と手術による痛みが入り混じるなかで手術を終え,「ファーストステップを乗り越えた」という達成感を感じた.
手術後3~4日が経過すると,食事が摂れるようになった.ジュースから始まり,五分粥,七分粥と進み,約1週間で固形食に戻った.9月4日の夜,看護師から「明後日退院してよい」と伝えられ,病院の外に出られるという喜びが湧き上がった.しかしその夜,寒気を感じ体温を測ると39°Cの高熱が出たため,退院は延期となった.
翌日,新型コロナウイルス感染症の疑いでコロナ検査と細菌感染検査が実施された.幸い,どちらも陰性であったが,手術で縫合した箇所に小さな穴が開き,腸液が漏出していることが発熱の原因と判明した.当時の日記には,その時の感情が記されている.
9月9日の日記色々と限界を感じる今日この頃です.
何の前触れもなく急に入院し,約1か月間怒涛のごとく苦難を乗り越え,あと少しで第一関門突破という場面で梯子を外されたような感覚です.栄養も充分ではなく,睡眠不足,痛み,不安もあり,些細なことに本当にイライラしています.
点滴を3種類しているため,頻繁に看護師が部屋に入り,その都度起きてマスクを着用し,バーコードを見せて名前を伝えます.そんな一つ一つの行動が物凄く負担に感じます.
重病を乗り越えた人の本を読んで,その著者のような受け入れの姿勢を持ちたいと思っても,まったくそう考えられない自分がいます.未熟さゆえ,知識と実践が結びつかないことを痛感します.
筆者のFacebook投稿を引用
科学的根拠がない言葉の大切さその後,2日に1回,土日も関係なくレントゲン検査を受ける日々が続いた.静まり返ったレントゲン室の待合椅子に座り,自分の名前が呼ばれるのを待っていると,80代くらいの男性が声をかけてくれた.
「おたくは何のがんなんですか?」
その一言をきっかけに会話が始まり,検査後も病気のことだけでなく,仕事や家族について様々な話をした.この男性は82歳で胃がんを患い,胃の半分を切除したとのことであった.がん患者という共通点を持つことで,短時間で驚くほど距離が縮まった.
この男性の言葉の中で心を打たれたフレーズがある.
「がんを治すのは治療でも薬でもなく,自分自身なんですよ……」
私は薬剤師であり,科学的根拠のない言葉に対して懐疑的な部分があった.しかし,この短い言葉により,自分が苦しい状況を他者や環境のせいにして生きてきたことに気づかされた.その男性は別れ際に「あなたは良い面構えをしている.だからきっとうまくいきますよ」と声をかけてくれた.その言葉が,私の中に前向きな気持ちを芽生えさせた.
ソーシャルキャピタルとは...米国の政治学者であるロバート・パットナムは,「ソーシャルキャピタルとは,人々の協調行動を活発にすることによって,社会の効率性を高めることのできる『信頼』『規範』『ネットワーク』といった社会組織の特徴である」と定義している3).
社会や地域コミュニティにおける人々の相互関係や結びつきを支える仕組みの重要性を説く考え方であり,健康との関連性が強いことが数々の研究で報告されている.医療業界においても,この概念は大変重要視されてきた.適切な医薬品や治療が存在することが,がんという疾患を乗り越えるうえで必要不可欠であることは間違いない.しかし,それだけでは患者の「気持ち」は救われないのかもしれない.なぜなら,「心強い妻がいる」「毎日のように気にかけてくれる家族がいる」「病状を気遣ってくれる職場の仲間や友人がいる」といった,多くの人々とのつながりや何気ない会話,関わりが,治療を手助けしてくれていることを,この半年間の療養生活を通じて大きく実感したからである.
幸運にも,私は周囲の人々や医療に恵まれたが,そうではないがん患者も大勢いるはずである.高齢多死の時代を迎えるわが国では,今後もがんとともに生きる人々が増えていくことが予想される.そのなかで,患者との距離が近く,アクセスしやすい薬剤師や薬局が,ソーシャルキャピタルの一つのリソースとなっていくことを,1人の患者として期待している.
2023年9月20日に退院し,その7日後の9月27日に消化器外科の診察を受けた.担当医からは期待や応援などの感情を込めることなく,淡々と次のように説明を受けた.
「生検結果は多数のリンパ節に転移しており,他臓器にもがんが転移しやすい状況にある」
直腸にもがんが転移していることは手術時に判明していたが,排泄が難しくなることを考慮し,化学療法で様子を見た後に手術を検討するという方向性であった.
ある程度予測はしていたものの,医師から改めて「ステージ4の小腸がんであり,極めて転移する可能性が高い」と聞いた瞬間,思わずでた言葉は「あとどのくらい,私は生きられるのでしょうか…?」であった.後から考えてみれば,まだ治療もしていないのに,それを尋ねるには早すぎると思うが,それくらい焦りがあり,精神的にショックを受けるものであった.
厳しい現実を受け入れることができず,足に力が入らなくなり,息苦しさを感じたことを鮮明に覚えている.その後,重い足取りで化学療法の担当医が紹介され診察室に向かった.
化学療法の担当医は明るく気さくなタイプの先生で,診察は次のような言葉から始まった.「まだ,ちょっと今の状況に気持ちが追いついていかないって感じっすか…?」
そして「厳しい状況ではありますが,もしかしたら根治を目指せるかもしれませんよ」と伝えた上で,具体的な化学療法の説明と代替案を話してくれた.
絶望感に覆われた患者にとって,「もしかしたら……」という希望の一言は,大きな意味を持つ.振り返ると,この医師は「今,どう話すのが患者にとって最善か」をよく考えた上で,慎重かつ配慮を持って話していたのだと思う.無責任に「根治する」と断言することはできないが,深刻な現実だけを伝えるのでは患者は辛さに押しつぶされてしまう.この医師の言葉選びと姿勢には,医療従事者として学ぶべき点が多いと感じた.
がん患者によせられる健康医療情報がんについて自身のSNSで発信を始めると,さまざまな情報が目に入るようになった.たとえば,Instagramでは「抗がん剤は効かない」「日本のがん医療は人殺しだ」といった過激な投稿や,「この治療ががんに効果的!」といった投稿が頻繁に表示されるようになった.また,昔の友人から「このサプリメントががんに効くかもしれない」と勧められることもあった.
頭では「そんなうまい話はない」と理解していても,「もしもがんに効果があるなら……」という気持ちで資料を取り寄せてしまうのが,不安定ながん患者の心理である.取り寄せた資料には,「通常は納期まで時間がかかりますが,末期がんの患者には早急に対応します」といった一文があり,善意なのか商業戦略なのか判断に迷う内容であった.
資料を読んでみると,「○○大学の研究により開発」と謳われ,5匹のマウスに致死率100%の菌を投与し,マウスの生存率を経過観察するデータが科学的根拠として掲載されていた.その上,「これはノーベル賞級の発見」と大きく記され,巻末にはステージ4の患者がこの商品のサプリメントで腫瘍マーカーを激減させたという体験談が並んでいた.このような内容に,患者や家族の不安につけ込んで利益を得ようとする業者に対し,怒りすら覚えた.
がんにまつわる誤情報テクノロジーの進化により,現代ではあらゆる媒体から膨大な情報が流入している.スマートフォンを開けば,即座に情報が手に入り,検索すればAIが関連情報を次々と提示する.このような情報過多の状況において,時には情報を遮断したいと感じ,SNSアプリを削除することもあった.
特に,サプリメントや健康食品に関しては,多くの製品ががんに対する科学的根拠を持たないにもかかわらず,高額で販売され,多くの人々が利用している現状がある.先行研究によれば,以下の点が明らかになっている.
・補完代替医療(CAM)は,がん患者の約45%が何らかの形で利用している4).
・CAMの中でも,健康食品やサプリメントの利用が特に多く,治療補助を目的として使用されている5).
・CAM利用者の61%が医師に相談しておらず,標準治療への影響が懸念される6).
・米国の研究では,CAMを利用し標準治療を拒否した患者の死亡リスクが約2倍,乳がん患者では約5.7倍に上昇することが示されている7,8).
本邦においても,CAMに対する対応は十分とは言えず,患者が誤った情報をもとに標準治療から逸脱するリスクを完全には防げていない.この点は社会的な課題といえる.
こうした状況において,患者が気軽に相談できる薬局薬剤師は,CAMの利用状況や標準治療に関する理解を確認し,適切な治療選択を促す役割を担える可能性がある.重要なのは,信頼できる情報を,信頼できる人が,適切なタイミングで伝えることである.
患者がどのように現状を考えているのかをよく聞くことがん患者にとって「どう現実を受け入れるか」というのは常に課題である.同じ疾患であっても,その捉え方や感じ方は患者ごとに異なり,医療従事者には状況や患者に応じた対応が求められる.
薬剤師にがん患者への対応について尋ねると,「どう接すればいいのかわからない」「地雷を踏むのではないか」といった声をよく耳にする.一方,患者は「話を聞いてほしい」と思っていることも多い.薬剤師が患者に寄り添うためには,患者が今の状況をどのように捉えているのかを聞くことが重要である.それは患者が「この人なら話してもよい」と思うきっかけとなる可能性がある.
効果が疑わしくとも,患者の想いを尊重するがん患者から「このサプリメントは効くのか?」「この健康食品を飲んでもよいか?」と尋ねられた際,頭ごなしに否定するのは適切ではない.むしろ,「なぜそれを摂取しようと思ったのか」「なぜ医師ではなく薬剤師に相談しようと思ったのか」を丁寧に尋ねることが重要である.
対応の際には,客観的かつ正確な文献を基に「〇〇によると,効果がないとされています」と簡潔に伝えつつ,最終的な判断は患者自身に委ねることが望ましい.また,患者が主治医には相談できない事情を抱えている可能性も考慮する必要がある.仮に主治医から否定されていた場合でも,患者と主治医の関係性を損なわないよう配慮しながら対応することが求められる.
まとめがん患者になると,想像以上に多くの健康医療情報が流れ込んでくる.患者にとって希望を見出したいという心情は当然のことであり,その判断のプロセスを薬剤師が支える役割を果たすことが重要である.薬局の薬剤師が患者の不安に寄り添い,適切なコミュニケーションを通じて信頼関係を築くことが,患者支援の一助となると信じている.
2023年9月20日,小腸がんの腹腔鏡手術を終え,退院した.その後,確定診断を経て化学療法の担当医から次の説明を受けた.
「小腸がんに対する標準治療がないので,大腸がんの化学療法に準じた治療を考えています」
標準治療がないということは,効果がどの程度期待できるのかも分からない.抗がん薬が効かなければどうなるのか……そんな不安と恐怖の中で治療を受けることに同意した.
化学療法1クール目(10月6日)1クール目は,副作用の程度を観察するため入院で実施された.入院期間は5~7日間と聞き,「以前の入院に比べれば短い」と思ったものの,日常生活の楽しさを味わった後では病院へ向かう足取りは重かった.東京駅に到着した際,秋の風を感じながら空をぼーっと眺め,「生きている」という感覚を噛みしめたのを覚えている.
入院中,担当の薬剤師から抗がん薬治療に関する注意点や副作用について説明を受けた.自分自身が薬剤師でありながら,副作用の説明を「患者として」受けると非常に緊張した.
「この薬で足が痺れて車の運転が厳しくなるかもしれません」
「しまいには段差につまずかないよう注意が必要になります…」
日常生活への影響を示唆する言葉に目をそむけたくなる気持ちだった.
「なぜ,この人は,自分のここまでの苦しい想いを聴いてくれないのだろう…」
「なぜ,この人はこんな涼しい顔して,苦しい現実を淡々と話せるのだろう…」
「この人に自分の何がわかっているのだろう…」
対応した薬剤師の話す内容すべてが,嘘偽りなく正しい医療情報であり,何ひとつ対応として間違っていないにも関わらず,患者としては,そういったマイナスの感情だけが沸き上がった.
2クール目以降の副作用化学療法が進むにつれ,副作用の強さは増していった.特に厳しかったのは,オキサリプラチン(エルプラット)による倦怠感や手足の痺れ,冷気に触れると強まる不快感であった.季節が冬だったこともあり,顔に冷たい空気が触れるだけで手足が痺れる状況は厄介だった.
副作用がつらい時,「抗がん薬が効いている」と信じることで希望を繋いだ.化学療法3クール目で腫瘍マーカーが急激に低下し,「生き延びられるかもしれない」と希望を感じた瞬間,家族に泣きながら電話したことを覚えている.
支えられた日々と副作用対策抗がん薬治療中,多くの人に支えられた.家族や友人,職場の同僚からの励ましの言葉が,副作用に耐える力を与えてくれた.
また,副作用対策として以下の工夫を取り入れた:
・防寒用手袋:外出用,室内用,PC作業用など用途別に使い分け.
・厚手の靴下:冷えによる痺れを軽減するため就寝時や外出時に着用.
・充電式あんか:抗がん薬点滴後の痛み軽減に利用.
・防寒用帽子:冷気が顔や耳に触れないよう保護.
・スピンバイク:室内運動用として活用し,運動不足を予防.
図3に示す通り,腫瘍マーカーが落ちていっているのを診察時に確認しつつ経過がみられることは,厳しい化学療法を続ける上で何よりの支えであった.

化学療法による腫瘍マーカーの経過
一方で,ケモ室の中に入り,点滴を受けていると同じように点滴を受けている人達の声が聞こえてくる.
「学校の教師をやっているんだけど,今はオンラインではできないから大変で…」
「もう,この抗がん薬もあまり効かないみたいなんだよね…」
「副作用がきつければきついほど,効果があるの?」
本当に様々である.
自分だけが苦しんでいるわけじゃないんだ…と思うのと同時に,今の自分は最悪な状況の中でも恵まれていることを再確認した.
4月23日,低位前方切除術により転移した直腸がんを切除した.直腸がんの手術では,症状によって人工肛門を設置する可能性が高いが,手術部位や切除範囲により状況は異なる.
がんを取り除くことにばかり気を取られていたが,手術後に思わぬ問題に直面する.それは切除後に起こった排泄障害である.術後2か月近くトイレの回数は安定せず,調子が悪い時には1日40回ほどトイレに駆け込む状況が続いた.排泄障害がこれほどまでに生活の質(QOL)を低下させるものだとは,初めて経験した.
トイレを我慢できない→夜間は副交感神経が優位になりトイレの回数が増え,眠れない→睡眠不足で日中の生活の質が低下する→仕事に集中できない(外出もできない)→ さらに生活の質が低下する→トイレの不安から食事を摂れない→栄養不足になる→生活の質がさらに低下する
この悪循環が繰り返された.食事を工夫しても改善せず,奇跡的にがんを取り除けたにもかかわらず,このような生活が毎日続くと「生きている意味は何だろうか」と悩む日々が続いた.
初めて手にしたヘルプマークヘルプマークを持つことには心理的な抵抗があった.それまで心身共に健康であった自分にとって,それを持つことは自分の状態を周囲にさらけ出すような気がした.しかし,外出時の不安は大きく,その時点で生活を支えるために取れる最善の対策だったと思う.
電車内にトイレがないことへの不安,ショッピングモールでトイレをすぐに利用できるかという不安は今でも鮮明に覚えている.ヘルプマークを持つことで優先トイレや優先席を堂々と使える安心感は,自分にとって非常に大きな支えとなった.
トイレを即座に利用できる環境の重要性を痛感する.街中に数多く存在する調剤薬局やドラッグストアで「だれでもトイレを使えます」といったステッカーを外に掲示することで,排泄で困っている人々にとって大きな安心感を与えられるのではないかと強く感じた.
ヘルプマーク脱却のために...術後2か月が経過したころ,限界を感じていた.何をするにもトイレを心配しなくてはならない,外に自由に出れず行動に制限がある生活はメンタル的につらいものであり徐々に鬱っぽい心境になっていった.
食事を工夫しても,薬を飲んでも改善しない,最後にできることは,室内でもできる運動しかない…と考えた.今まで室外スポーツ(マラソン)しかしてこなかった自分にとって,室内でできる運動は全く思いつかず,インターネットで検索をした.
探しあてたのは近所のジムの「キックボクシング」.生まれてこの方,格闘技には無縁であり,テレビ等でも観戦したことはなかったが,がんが再発しないよう強くありたい…と想う気持ちから思い切って入会したのだった.
化学療法と運動不足,2度の手術で完全に弱り切った身体で,今までやったこともない競技にトライするのは,一般的な常識から外れているかもしれない.しかし,自分には最適解であった.運動を始めたその日からトイレの回数は激減し,1日に10回程度まで落ち着いたのであった.
医学的になぜ,こんなにも効果を示したのかは理解不能ではあったが,人の身体は,不思議なもので,ダメだと思えばダメになるし,諦めてたまるか!と抗えば何とかなる,そんなモノなんだと勝手に考えている.
がんを意識しながら生きることがんサバイバーとして生き残ることができたことは,不幸中の幸いであったが,再発と転移に対する恐ろしい現実は常につきまとう.何もなかった時に戻れるのであれば戻りたいというのが本音である.背負うものが大きい中でも,ただただ1日1日生きる幸せをかみしめているのだと思う.
見た目ではわからないであろう,がん という病気.以前までは,がん=死 と考えられていたが,その認識は薄くなり,長く共存する時代を迎えている.一方で,その共存ができるようになった医学の進歩と社会の進歩が並走している訳ではないことに気づく.
経済的な課題,就労の課題,妊孕の課題…様々な分野でがんサバイバーは,壁にぶつかるのである.そういったがん対策を今後は足並みを揃えて,整えてゆく必要があるんだと考える.
薬剤師として働いていた頃,抗がん薬を使用する患者への対応が足りなかったと反省している.副作用の確認や主治医への報告を優先していたが,それが本当に患者のためになっていたのか疑問が残る.患者が最も求めているのは「話を聞いてくれる人」や「親身になってくれる人」であり,副作用の形式的なチェックだけでは心の支えにならない.
がん患者にどう接すればよいのか,明確な答えはない.ただ,言葉以上に大切なのは姿勢である.入院中,対応の素晴らしい看護師に「がん患者に対応するうえで大切にしていること」は何か,尋ねた際の答えが印象的だった.
「がんは他の病気と違い,完治という言葉がないじゃないですか….だからこそ,少しでも患者の心に寄り添いたいと思っています」
この看護師の姿勢から得た安心感は計り知れない.薬剤師もまた,患者の心に寄り添う姿勢が求められるのではないかと思う.
本掲載を通じ,自身の病状の経過と心境の変化,経験に基づく客観的事実を振り返ってきた.
本書が,日常の服薬支援や,患者との関わりに活かされることを切に願っている.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.