目的:精神疾患のある母親への保健師による妊娠期から3歳児までの育児支援技術を明らかにすることを目的とした.
方法:精神疾患のある母親を妊娠期から育児支援をした経験年数6年以上の保健師7名に個別インタビューを行い,質的記述的に分析した.
結果:育児支援技術として【産後の紆余曲折に何とか耐えうる準備を妊娠期から行う】【子どもの安全な育児を継続するための母親の病状と養育力を把握・判断する】【多機関とともに子どもの健全な成長発達のための環境を整える】【信頼関係構築を目指し,母親のニーズを意識して支援する】【母親のリカバリーを促すための,母親の生活力を高める】のカテゴリが生成された.
考察:保健師は妊娠中から産後の病状悪化を見据える,安全な育児を継続するための病状管理,子どもの成長発達を促す視点を持つといった支援を行っていた.
Purpose: This study aimed to identify public health nurses’ childcare support skills for women with mental illness (from pregnancy to childcare for three years).
Methods: Individual interviews were conducted with seven public health nurses with more than six years of experience supporting prenatal women and mothers with mental illness. The interviews were then analyzed qualitatively and descriptively.
Results: The following categories were generated as childcare support techniques: “postpartum preparation with anticipation of pregnancy complications,” “assessing and judging the mother’s medical condition and child-rearing ability to continue raising the child safely,” “establishing a multiagency environment that promotes the child’s healthy growth and development,” “assisting the mother to build a relationship of trust and supporting her by being aware of her needs,” “empowering the mother’s life skills to promote her recovery.”
Discussion: Public health nurses provided support by taking advantage of their strengths, such as observing how postpartum medical conditions deteriorate during pregnancy, managing medical conditions to continue safe childcare, and possessing a perspective that promotes the growth and development of the child.
近年,精神疾患による外来患者数は大幅に増加し,2020年では年間586万人を超えている(内閣府,2024).我が国で子育てをしている精神疾患のある親の割合は明らかではないが,米国では精神疾患の女性の約6割,男性の約半数が親になると報告されている(Nicholson et al., 2002).我が国においても精神保健医療福祉施策が地域生活中心へと移行する中,精神疾患を抱えながら育児をする者は今後増加すると予測される.
精神疾患を抱えながらの育児には,病状不安定,家事や育児の負担,孤立といった困難が生じることがあり,親は支援を必要としている(加藤ら,2023).医学界からは「周産期メンタルヘルスコンセンサスガイド2023」(日本周産期メンタルヘルス学会,2023)や「精神疾患を合併した,或いは合併の可能性のある妊産婦の診療ガイド」(日本精神神経学会ら,2022)が発行され,精神疾患を抱えながら妊娠や育児をする者への支援が進んでいる.一方で,地域における精神保健福祉の支援課題として,育児支援や周産期支援の必要性が挙げられており(石井ら,2022),地域においては妊娠や育児をする親への支援は十分整っているわけではない.地域における精神疾患のある親への育児支援については,訪問看護師による支援(堂下ら,2018)やアウトリーチ事業における支援(村方ら,2017)など保健師以外の職種に関する報告がある.保健師に特化した支援については,事例報告の分析(蔭山ら,2013),統合失調症の母親への支援(森鍵ら,2014),乳児期の虐待予防支援(和田ら,2022),18歳までの子育て支援(Kageyama et al., 2018)について報告がある.市町村は母子保健法に基づき,妊娠の届出を受理し,1歳6か月児及び3歳児に乳幼児健康診査を行うため,妊娠期から3歳児までは保健師が集中的に関わる時期である.しかしながら,妊娠期から3歳児までの精神疾患のある母親に対する育児支援に焦点を当て,保健師の支援技術を明らかにした報告は見当たらない.また,保健師の育児支援技術は,妊娠中,脆弱な乳児から幼児へと身体的安定が進む時期である出産から1歳6か月(国立成育医療研究センター,2019)まで,そしてそれまでほぼ一体に近かった養育者との関係から,子どもが次第に自立していく時期である(愛知県教育委員会,2005)1歳6か月から3歳まででは異なると考えられる.そこで,本研究は,精神疾患のある母親への保健師による妊娠期から3歳児までの育児支援技術について,時期を考慮して明らかにすることを目的とした.
明らかになっていない現象を扱うため,質的記述的研究(グレッグ,2016)とした.
2. 用語の定義保健師の育児支援技術:麻原ら(2010)の支援技術の定義を参考とし,保健師が3歳までの児と母親の健康を目的として母親の育児を支援する際の,母親,児,家族,関係機関に対する目的意識的行為とした.
精神疾患のある母親:妊娠前に精神疾患と診断され,産後うつ病など産褥期に限定した精神疾患を除く継続的な治療が必要な精神疾患を有する母親とした.
3. 研究協力者優れた育児支援技術を把握するために,研究協力者は,基本的な日常業務を自立して行える(厚生労働省,2014)中堅期以降の経験年数6年以上の市町村保健センターや保健所に勤務する保健師とし,精神疾患のある母親を妊娠期から育児支援をしたことがある者とした.
4. 調査方法研究者が大阪府下の全保健センター81か所と保健所9か所に研究の案内を郵送した.その後,電話にて責任者に説明し,責任者から該当する者に本研究を案内してもらった.研究協力を検討する者がいた場合は,研究者より文書と口頭で研究説明を行った.調査期間は,2020年8~11月であった.
5. データの収集方法データ収集にはインタビューガイドを用いた半構造化面接を行った.保健師自身が上手く支援できたと判断した事例を1例選び,妊娠期,1年6か月まで,3歳までに時期をわけて「どのような育児支援を行いましたか」という問いに時系列で語ってもらった.その際,思考や上手くいったと判断した理由も尋ねた.インタビューは研究協力者のプライバシーが保たれる職場内の個室で1人90分程度行った.インタビュー内容は,同意を得て録音した.研究協力者の基本情報は面接時に紙面で提出してもらった.
6. 分析方法録音データから逐語録を作成し,保健師の育児支援技術を明らかにするという視点で,保健師が行った支援内容やその目的や意図に着目し,支援内容のわかる最小単位でコードを作成した.コードは小カテゴリ,サブカテゴリ,カテゴリへと抽象度を上げた.コード単位で支援の時期を確認し,時期に特徴的な支援技術を検討した.分析過程で精神保健に精通している研究者と解釈について検討し,分析の質を担保するよう努めた.分析後は,分析結果を研究協力者全員に送付し,全員から納得できるとの回答を得た.
7. 倫理的配慮研究協力者に対し,研究目的や研究方法,研究参加は自由でありいつでも中断できること,中断しても不利益を受けないことを書面と口頭で説明し,書面にて同意を得た.支援事例の個人情報は得なかった.保健師の研究協力の可否について研究者から施設責任者に知らせることはしなかった.大阪大学医学部倫理委員会の承認を得て行った(2020年7月27日承認,承認番号20084-2).
研究協力者は7名で,全員が市町村保健センターの女性保健師だった.経験年数は6~23(平均13.6)年だった.事例の母親は,20~30代であり,診断名は統合失調症3名,うつ病2名,パニック障害2名,強迫性障害1名(重複あり)だった.全員が配偶者か実母と暮らし,1名を除き初産だった.
2. 精神疾患のある母親への保健師による育児支援技術64の小カテゴリ,23のサブカテゴリ,5のカテゴリが生成された(表1).カテゴリごとに支援技術を説明する.小カテゴリを〈 〉,サブカテゴリを《 》,カテゴリを【 】とする.逐語録の引用は「斜体」と(ID)で示した.
精神疾患のある母親への保健師による育児支援技術
カテゴリ | サブカテゴリ | 小カテゴリ | 妊娠期 | 出産から1歳6か月 | 1歳6か月から3歳 |
---|---|---|---|---|---|
産後の紆余曲折に何とか耐えうる準備を妊娠期から行う | 出産,育児を安全に行うための支援が必要であると把握 | やり取りのアンバランスさや身なりの不衛生さから支援の必要性を把握 | ● | ||
病状悪化時の活動性を確認して産後養育支援の必要性を把握 | ● | ||||
妊娠中の薬剤調整や産後の睡眠不足により今後起こりうるリスクを妊娠中から予想 | ● | ||||
安全な出産に向けて,妊娠期に具体的な出産の迎え方を把握,確認 | ● | ||||
母親や家族の安全に養育する力をアセスメント | 産後の体調の波があるなかで安定して養育できるか養育力をアセスメント | ● | |||
家族がどのくらい母親の病状を理解しているのかを把握 | ● | ||||
産後の母親のメンタル不調に対して家族から養育の支援を見込めるかをアセスメント | ● | ||||
妊娠に対する受け入れから,子どもに愛情を注ぎ安全に養育できるかを予想 | ● | ||||
母親とともに養育環境を整備 | 実際のたたずまいから物品の準備など養育環境の準備具合を把握 | ● | |||
分かりやすいイメージを持たせながら養育環境を整備 | ● | ||||
多機関とともに産後の支援体制を構築 | 現地点で通院している医療機関などの支援体制を把握 | ● | |||
多機関と情報や見立てを共有し支援体制を整備 | ● | ||||
育児における紆余曲折の中で妊娠期からどの機関でどのように支援するのか方針の決定 | ● | ||||
子どもの安全な育児を継続するための母親の病状と養育力を把握・判断する | 育児ができない状態をすぐに把握できるよう,状態の悪化を予想 | 精神状態の悪化から,地域で養育するための支援の必要性を判断 | ● | ||
環境の変化による状態の悪化を予想 | ● | ||||
母親の子どもの健全な成長を促す力を把握 | 子どもに対する受け入れから,養育していくことができるか判断 | ● | ● | ||
育児技術の習得具合や子どもとの関わり方から養育力を予想 | ● | ● | |||
地域生活を送るための支援体制を受け入れる力を把握 | ● | ● | |||
家族に母親の育児を支援する力があるかを判断 | 母親ががくんと落ち込んでも子どもの育児を家族に見込めるかを把握 | ● | ● | ||
家族の負担感からこのまま家族が支援を継続できるかを判断 | ● | ● | |||
母親が地域で育児を継続できるよう育児負担を軽減 | 母親にとって何が育児負担となっているのかを把握 | ● | ● | ||
目で見ての育児のイメージづくり | ● | ● | |||
母親の生活状態を把握するための気軽な家庭訪問 | 近くに来たから挨拶するという入り方での気軽に家庭訪問 | ● | ● | ● | |
家の中の片付き具合や物の量からどこまで生活面が機能しているのかを把握 | ● | ● | ● | ||
多機関とともに子どもの健全な成長発達のための環境を整える | 子どもの健全な成長のための養育環境を整備 | 子どもに合わせた状況判断をもとにした育児であることの確認 | ● | ● | |
月齢・年齢に応じた栄養摂取が出来ているかの確認 | ● | ● | |||
使用できる社会資源を活用しながら育児負担を軽減 | ● | ● | |||
子どもの発達に合わせた安全な養育環境を確保 | 子どもの発達段階に応じた,その時その時に合った養育環境調整 | ● | ● | ||
子どもの成長発達に合わせた安全を保つための家庭環境調整 | ● | ● | |||
子どもの健全な発達のための,母親の声掛けや関わりが及ぼす影響を把握 | 体調不良から子どもへの関わりが不足し,成長発達に影響していないかを確認 | ● | |||
母親の声掛けや関わりの発達状態に及ぼす影響を把握 | ● | ||||
母親との関わり不足から母子関係のいびつさを把握 | ● | ||||
子どもの健全な成長発達のための多機関による支援 | 地域で養育していくため社会資源の最大限の活用 | ● | ● | ||
医師らとともに今後の見立てを共有し,何とか養育できるよう様々な機関で支援 | ● | ● | |||
母親の意思決定を助けるキーパーソンの巻き込み | 家族が母親のしんどさをどのように受け止めているのかを把握 | ● | ● | ● | |
家族の価値観を理解し,折り合いをつけて支援 | ● | ● | ● | ||
キーパーソンを早い段階で見つけ,母親の意思決定や支援の導入への巻き込み | ● | ● | ● | ||
母親の精神状態の安定を阻害する要因を除去 | 母親ががくんと落ちるきっかけを予想 | ● | ● | ● | |
リフレッシュできる環境に繋げ育児負担を軽減 | ● | ● | ● | ||
話の中から得た母親の不調となるきっかけを除去 | ● | ● | ● | ||
信頼関係構築を目指し,母親のニーズを意識して支援する | 母親や家族と関わりを持ち続け,母親独特のニーズに対応 | 母親の考え方から,母親独特のニーズを把握 | ● | ● | ● |
母親の意に沿った支援 | ● | ● | ● | ||
母親や家族の価値観に合わせた支援 | ● | ● | ● | ||
母親の意に沿った支援に向けて,母親主体の意思を尊重 | 母親側に立ち,母親の懐に入って一緒に考える | ● | ● | ● | |
母親の訴えから母親が主体的にどうしたいのかニーズを把握 | ● | ● | ● | ||
時間をかけて母親主導の養育の意思決定を支援 | ● | ● | ● | ||
母親が保健師を頼る契機として,求められた支援をタイムリーに行うことを意識 | 母親が感じている困りごとに結びつけて介入のタイミングを計る | ● | ● | ● | |
訴えられたその時に,タイムリーな支援 | ● | ● | ● | ||
母親に保健師の存在をアピールするための情報の継続発信 | 保健師の支援に拒否的な理由を予想 | ● | ● | ● | |
保健師が何をするのか,どんな目的で来ているのかを継続的に発信 | ● | ● | ● | ||
母親のリカバリーを促すための,母親の生活力を高める | 母親の健康を守るための医療的支援 | 産科的な知識から周産期の母親の体調管理 | ● | ● | ● |
落ち着かない様子から状態悪化の可能性を予想 | ● | ● | ● | ||
産後の気落ちの波の程度を把握 | ● | ● | ● | ||
医療職者として母親の状態をアセスメント | ● | ● | ● | ||
受診支援から母親の健康を保持 | ● | ● | ● | ||
母親の自己肯定感を高めるための,育児による成功経験の促し | 母親の能力の段階に応じた支援 | ● | ● | ● | |
母親の自己肯定感を高め気持ちを支持 | ● | ● | ● | ||
子どもの成長を通して,親としての成長の促し | ● | ● | ● | ||
社会生活を営むための母親自身のエンパワメント | 病気による特性を母親が認識できるような促し | ● | ● | ● | |
母親自身の力を高め,自立した生活を支援 | ● | ● | ● | ||
地域との関わりを持つ機会から,母親の社会参加の促し | ● | ● | ● | ||
母親が支援を受けながら自立した生活を送るための支援へのつなぎ | 母親の疾患の特徴や特性に合わせた支援 | ● | ● | ● | |
自立した生活のための金銭支援へのつなぎ | ● | ● | ● | ||
社会資源を活用しながら一人でも生きていくことができるように支援 | ● | ● | ● |
本カテゴリは,妊婦の様子や既往歴から支援の必要性をアセスメントし,産後安全に養育できるよう妊娠期から養育準備を行う支援技術である.
保健師は,妊娠届出時の面接などで母親の「話があっちこっち飛ぶ」(6)ことや「お風呂にも入れていないような」(4)な外見などの〈やり取りのアンバランスさや身なりの不衛生さから支援の必要性を把握〉した.また,母親の「症状が悪化すると(家事や身の回りのことが)何もできなくなる」(5)など〈病状悪化時の活動性を確認して産後養育支援の必要性を把握〉し,〈妊娠中の薬剤調整や産後の睡眠不足により今後起こりうるリスクを妊娠中から予想〉した.母親の「心構え的なところを把握する」(1)など〈安全な出産に向けて,妊娠期に具体的な出産の迎え方を把握,確認〉して《出産,育児を安全に行うための支援が必要であると把握》していた.
保健師は,支援が必要だと判断した後,母親が「ひきこもることもあったら,仕事できる時もあったり」(4)するといった〈産後の体調の波があるなかで安定して養育できるか養育力をアセスメント〉していた.また「お父さんは,お前(母親)はメンヘラやからみたいなことを言う」(7)などの気になる言動から〈家族がどのくらい母親の病状を理解しているのかを把握〉し,〈産後の母親のメンタル不調に対して家族から養育の支援を見込めるかをアセスメント〉していた.保健師は,〈妊娠に対する受け入れから,子どもに愛情を注ぎ安全に養育できるかを予想〉して《母親や家族の安全に養育する力をアセスメント》していた.
保健師は,家庭訪問を行い,「実際に購入されてるものとか見たり」(1)するなど,〈実際のたたずまいから物品の準備など養育環境の準備具合を把握〉していた.育児の準備に関して,口頭説明に加えてテキストなどを用い〈分かりやすいイメージを持たせながら養育環境を整備〉するなど《母親とともに養育環境を整備》していた.
保健師は,「まだ波が立ってなくても連携依頼をして」おくなど(6),訪問看護師,主治医など〈現時点で通院している医療機関などの支援体制を把握〉し,〈多機関と情報や見立てを共有し支援体制を整備〉していた.また,保健師は,「(母親が)自宅に帰ったらどんな頻度でこう,訪問して見守っていくのか」(4)と考え,〈育児における紆余曲折の中で妊娠期からどの機関でどのように支援するのか方針の決定〉を行い,《多機関とともに産後の支援体制を構築》していた.
2) 子どもの安全な育児を継続するための母親の病状と養育力を把握・判断する本カテゴリは,出産後母親が家族とともに様々な社会資源を活用しながら,子ども虐待へ移行することなく安全に養育する力を把握・判断する支援技術である.
保健師は,「パニックになった」(3)ことや,「子どもを無表情で抱っこしてる」(4)ことなど〈精神状態の悪化から,地域で養育するための支援の必要性を判断〉していた.また,実家から自宅へ戻るといった〈環境の変化による状態の悪化を予想〉し,《育児ができない状態をすぐに把握できるよう,状態の悪化を予想》していた.このサブカテゴリは出産から1歳6か月のみで語られた.
保健師は,「子どもに対しての問いかけであったりとか愛着っていうのも,入院中はみられていた」(4)と語り,出産後はどの時期にも共通して〈子どもに対する受け入れから,養育していくことができるかを判断〉していた.また,「育児手技やお母さんの子どもアタッチメントとか病院にどういうとこみて評価してほしいとかをお願い」(4)するなど,〈育児手技の習得具合や子どもとの関わり方から養育力を予想〉していた.保健師は,「薬とかにも抵抗は全然なく自ら受診して」(3)いるなど,母親や家族に〈地域生活を送るための支援体制を受け入れる力を把握〉することで,《母親の子どもの健全な成長を促す力を把握》していた.
保健師は,〈母親ががくんと落ち込んでも子どもの育児を家族に見込めるかを把握〉すること,家事や育児を主として担っている家族が負担を感じているかといった〈家族の負担感からこのまま家族が支援を継続できるかを判断〉することで,《家族に母親の育児を支援する力があるかを判断》していた.
保健師は,離乳食の「適量っていうのが全くわからない」(4)など,〈母親にとって何が育児負担となっているのかを把握〉したうえで,「疾患があって大変やなっていうのはね,本人も見てて思ったみたいで」(2)と語られたように,実際に子どもの様子を〈目で見ての育児のイメージづくり〉を促し,《母親が地域で育児を継続できるよう育児負担を軽減》していた.
保健師は,全ての時期を通して,地域を担当して〈近くに来たから挨拶するという入り方での気軽な家庭訪問〉をし,「靴が多いとか,傘が多いとか」(1)〈家の中の片付き具合や物の量からどこまで生活面が機能しているのかを把握〉するなど《母親の生活状態を把握するための気軽な家庭訪問》を行っていた.
3) 多機関とともに子どもの健全な成長発達のための環境を整える本カテゴリは,子どもの健全な成長発達のため,心身に対して適切な刺激を与えながら発育環境をアセスメントし,多機関とともに環境を整える支援技術である.
保健師は,「子どもが泣いて,子どもの方を向いたり,抱き上げた」(5)りするかなど〈子どもに合わせた状況判断をもとにした育児であることの確認〉や子どもの身長,体重など〈月齢・年齢に応じた栄養摂取が出来ているかの確認〉をし,訪問看護など〈使用できる社会資源を活用しながら育児負担を軽減〉することにより《子どもの健全な成長のための養育環境を整備》していた.
保健師は,「動き出したら(中略)動けるスペースが(部屋に)ないと困る」(6)など,〈子どもの発達段階に応じた,その時その時に合った養育環境調整〉をしていた.また,「危険なコード類は見えないように」(6)するなど,〈子どもの成長発達に合わせた安全を保つための家庭環境調整〉し,《子どもの発達に合わせた安全な養育環境を確保》していた.
保健師は,1歳6か月以降は特に精神疾患の特性により「お母さんの声掛けとか関わりも少なく」(5),「刺激が少ない生活」(4)となりやすいことから,〈体調不良から子どもへの関わりが不足し,成長発達に影響していないかを確認〉していた.また,「情緒面が気になる」(4)など,〈母親の声掛けや関わりの発達状態に及ぼす影響を把握〉した.また,「慣れてくるとお母さん居ててもこっち(保健師)にべったりに」(4)なるなど,〈母親との関わり不足から母子関係のいびつさを把握〉し,《子どもの健全な発達のための,母親の声掛けや関わりが及ぼす影響を把握》していた.
〈地域で養育していくため社会資源の最大限の活用〉に加え,「専門家から見た客観的な情報」(6)を共有するなど,〈医師らとともに今後の見立てを共有し,何とか養育できるよう様々な機関で支援〉し,《子どもの健全な成長発達のための多機関による支援》を整えていた.
保健師は,父親が母親に対しずっと家にいて家事もしない子育てもしないっていうのはどうかと思うと感じているなど,〈家族が母親のしんどさをどのように受け止めているのかを把握〉し,〈家族の価値観を理解し,折り合いをつけて支援〉していた.母親だけの意思決定が難しい場合は,「必要やなって,思えたら」(2)キーパーソンとなりうる人と判断するなど〈キーパーソンを早い段階で見つけ,母親の意思決定や支援の導入への巻き込み〉を行い,《母親の意思決定を助けるキーパーソンの巻き込み》を意識して支援を行っていた.
保健師は産後,睡眠不足が続くなど,〈母親ががくんと落ちるきっかけを予想〉し,「1日誰か見てくれる」(3)ように助言するなど,〈リフレッシュできる環境に繋げ育児負担を軽減〉していた.また,不調には「絶対何かしらきっかけがある」(3)と考えて,〈話の中から得た母親の不調となるきっかけを除去〉し,《母親の精神状態の安定を阻害する要因を除去》していた.
4) 信頼関係構築を目指し,母親のニーズを意識して支援する本カテゴリは,信頼関係を構築するために母親との関わりの中から母親のニーズをつかみ,求められている支援を行っていく支援技術である.
保健師は,全ての時期で体重の増加や母乳量など「すごく数字にこだわっていた」(4)など〈母親の考え方から,母親独特のニーズを把握〉することで,〈母親の意に沿った支援〉をしていた.また,「困りごとがあった時にすぐにキャッチできるように」(1)するなど,〈母親や家族の価値観に合わせた支援〉により,《母親や家族と関わりを持ち続け,母親独特のニーズに対応》していた.
保健師は,「お母さん側に立って,お母さん目線でお母さんの話をひたすら聞く」(7)ことや,「こっちの土俵に乗せず」(7)母親の土俵で支援を進めるといった〈母親側に立ち,母親の懐に入って一緒に考える〉ことを意識していた.そして母親がどのように養育していきたいと考えているのか〈母親の訴えから母親が主体的にどうしたいのかニーズを把握〉し,〈時間をかけて母親主導の養育の意思決定を支援〉することで,《母親の意に沿った支援に向けて,母親主体の意思を尊重》していた.
保健師は,子どもの注意転導が激しいなど〈母親が感じている困りごとに結びつけて介入のタイミングを計る〉中で支援のきっかけをつかみ,「死にたいであったりしんどいであったり」(1)〈訴えられたその時に,タイムリーな支援〉を心がけ,《母親が保健師を頼る契機として,求められた支援をタイムリーに行うことを意識》していた.
保健師は,保健センターの人が何をしてくれるのか分からないことが支援拒否の理由かもしれないなど,〈保健師の支援に拒否的な理由を予想〉し,「続けていくことで,伝わって,関係性を築けた」(2)というように〈保健師が何をするのか,どんな目的で来ているのかを継続的に発信〉するなど《母親に保健師の存在をアピールするための情報の継続発信》をしていた.
5) 母親のリカバリーを促すための,母親の生活力を高める本カテゴリは,母親の体調管理を行い,育児を通して母親自身の力を高めることで自立した生活を送ることができるようにする支援技術である.
保健師は,「母乳ケア」(2)など〈産科的な知識から周産期の母親の体調管理〉をしていた.更に,〈落ち着かない様子から状態悪化の可能性を予測〉したり,〈産後の気落ちの波の程度を把握〉していた.医師に相談するタイミングに視点を置いて〈医療職者として母親の状態をアセスメント〉し,必要があれば「とにかく受診しよう」(7)と伝えて〈受診支援から母親の健康を保持〉し,《母親の健康を守るための医療的支援》を行っていた.
保健師は,「今はもう,自分で頑張ってもらう時期なのかな」(2)と判断するなど,〈母親の能力の段階に応じた支援〉を心がけ,「ちゃんとできているとこを伝えて」(6)いき,〈母親の自己肯定感を高め気持ちを支持〉していた.「子どもの成長を目の当たりにすることで親御さんも学んでいく」(1)と考え,〈子どもの成長を通して,親としての成長の促し〉を行うことで《母親の自己肯定感を高めるための,育児による成功体験の促し》をしていた.
保健師は,「暇があるのはよくない」(2)と自覚してもらうなど,〈病気による特性を母親自身が認識できるような促し〉をしていた.「できたことはしっかりほめて,自信を持ってもらう」(2)ことで〈母親自身の力を高め,自立した生活を支援〉していた.保健師は,子育てサロンに同伴するなど,〈地域との関わりを持つ機会から,母親の社会参加の促し〉を行い,《社会生活を営むための母親自身のエンパワメント》を行っていた.
保健師は,母親が男性依存により「不特定多数の人と関係を持つ」(2)ことを止められないため,精神科のデイケアに通院をしないよう調整するなど,〈母親の疾患の特徴や特性に合わせた支援〉を行うことで,衝動を誘発するきっかけを無くすよう支援していた.また,生活保護を受ける支援など,〈自立した生活のための経済的支援へのつなぎ〉や「困らず生活」(2)するため,〈社会資源を活用しながら一人でも生きていくことができるように支援〉するなど,《母親が支援を受けながら自立した生活を送るための支援へのつなぎ》をしていた.
本研究では,妊娠期から3歳児までの精神疾患のある母親に対する保健師による育児支援技術について時期を考慮して明らかにした.抽出されたそれぞれのカテゴリについて,精神疾患のある母親に特徴的な支援技術を考察する.
妊娠期の育児支援の特徴として,【産後の紆余曲折に何とか耐えうる準備を妊娠期から行う】という支援技術が抽出された.保健師は,妊娠届出時などに精神疾患の病状,服薬状況,出産への心構えなどから《出産,育児を安全に行うための支援が必要であると把握》していた.精神疾患がある場合,妊娠中に服薬中断(大場,2019)や病状悪化(三輪ら,2020)が起こりやすい.そのため保健師は,妊娠中から産後を見据えて《母親や家族の安全に養育する力をアセスメント》し,《母親とともに養育環境を整備》していた.これらの支援は先行研究(蔭山ら,2013;Kageyama et al., 2018;和田ら,2022)においても報告されており,育児中にも行われる支援である.しかし,本研究では保健師が出産に至る前から,産後の養育する力や養育環境を予測して支援をしていることが明らかになった.
次に,【子どもの安全な育児を継続するための母親の病状と養育力を把握・判断する】という支援技術が抽出された.《育児ができない状態をすぐに把握できるよう,状態の悪化を予想》する支援は出産から1歳6か月に特徴的な内容だった.周産期は精神的に不安定になりやすい(宮田,2012).また,新たな家族の増加という環境の変化から,特に1歳児を育てる母親は育児の心配や戸惑いがあり,抑うつ傾向になりやすく(前田ら,2017),不安発作により育児が一時的にできなくなることもある(南ら,2009).このため,1歳6か月までは特に保健師はこまめに母親の体調を確認し,病状の悪化を視野に入れて支援していると考えられる.
続いて,【多機関とともに子どもの健全な成長発達のための環境を整える】という支援技術が抽出された.保健師は,《子どもの発達に合わせた安全な養育環境を確保》し,《子どもの健全な成長のための養育環境を整備》していた.精神障害者の中には認知機能障害が起こる者がおり,家事,状況にあわせた判断やすばやい対応などに支障をきたす(Trivedi, 2006).そのため,事故予防の視点で安全を確保したり,子どもの発達や状況判断に応じた育児ができるように環境整備をしている点が特徴であると考えられる.《子どもの健全な発達のための,母親の声掛けや関わりが及ぼす影響を把握》する支援は1歳6か月から3歳の時期に行われていた.保健師が親子の愛着形成などの関係をアセスメントしている(森鍵ら,2014;和田ら,2022)ことは先行研究でも報告されているが,本研究において子どもの成長という観点から1歳6か月から3歳に母親の声掛けや関わりを保健師が把握していることが新たに見出された.訪問看護やアウトリーチチームによる育児支援の先行研究(堂下ら,2018;村方ら,2017)では子どもの成長を促す支援については記述されていない.そのため,保健師が子どもの成長を促すという視点で母親に関わっていることは保健師による育児支援技術の特徴であると考えられる.
全ての時期に共通して,【信頼関係構築を目指し,母親のニーズを意識して支援する】という支援技術が抽出された.信頼関係の構築は先行研究(Kageyama et al., 2018;和田ら,2022)でも重要な支援として位置づけられている.本研究では,保健師は独特の考えや価値観などがある《母親や家族と関わりを持ち続け,母親独特のニーズに対応》し,母親の懐に入って《母親の意に沿った支援に向けて,母親主体の意思を尊重》していることが明らかとなった.また,《母親が保健師を頼る契機として,求められた支援をタイムリーに行うことを意識》していた.先行研究でも熟練保健師は平常時の様子を把握しているからこそ,いつもと違う「小さな変化」や「ずれ」を見落とさない(高橋,2010)と報告されており,平時からの継続的な関わりの上でタイムリーな支援が可能になると考えられる.また,保健師は,《母親に保健師の存在をアピールするための情報の継続発信》をして粘り強く関係構築を行っていた.保健師が母子保健で介入する際,支援拒否をされる人には精神的な問題を抱えている人が多いと先行研究で明らかとなっている(Okamoto et al., 2022).精神疾患のある母親の育児支援において支援拒否をされないように信頼関係を構築することは重要な支援である.
また,全ての時期に共通して【母親のリカバリーを促すための,母親の生活力を高める】という支援技術が抽出された.保健師がリカバリー志向の育児支援を行っていることは先行研究(蔭山ら,2013)でも示されている.精神障害者のリカバリーには,症状に支配されないことが含まれる(Chiba et al., 2010).保健師は,《母親の精神状態の安定を阻害する要因を除去》し,《母親の健康を守るための医療的支援》を行い,当事者のリカバリー促進を図っていたと考えられる.また,《母親の自己肯定感を高めるための,育児による成功経験の促し》や《社会生活を営むための母親自身のエンパワメント》も行っていた.当事者である親は子育てをしながら自信を取り戻し,エンパワメントされる(村方,2017;上田ら,2020).保健師は育児を通して,精神疾患のある母親のエンパワメントやリカバリーを促進していることが特徴であると考えられる.
2. 時期を踏まえた実践への示唆本研究で保健師は,精神疾患のある母親に対して出産に至る前から産後の養育する力や養育環境を予測して産後の養育体制を整えていた.新しい人や環境への適応が苦手な精神疾患のある母親にとって産後から支援を開始するのでは養育に支障をきたす可能性もある.保健師は,支援やサービスの導入に時間がかかることを見越して,産前から産後を見据えた準備を行う必要がある.
また,保健師は,産後1歳6か月までは病状の悪化に特に配慮した支援を行っていた.家事援助サービスを活用した育児負担の軽減とともに,病状安定のための訪問看護の活用を検討する必要がある.また,保健師だけでなく,訪問看護やアウトリーチチームも医療面のケアや育児支援を行っている場合がある(堂下ら,2018;村方ら,2017).保健師は他職種と協力して支援体制を構築することで丁寧な支援を行うことができると考える.
保健師は1歳6か月から3歳までに子どもの健全な発達を促すために母親の声掛けや関わりに注意していた.乳幼児健診で子どもの成長を確認している保健師は,子どもの成長をみながら母親に関わりを促す支援を実施しやすく,保健師の支援技術の特徴であると考えられる.他の職種が関わっていても気づきにくい可能性もあり,保健師は特に注意して行う必要があると考えられる.
保健師は気軽に家庭訪問を行い,生活状況を把握しつつ身近な相談相手になっていた.家庭訪問を活かして支援を進めることが効果的であろう.
3. 本研究の限界本研究の限界としては,全事例で保健師が妊娠期にリスクを把握して支援を開始しており,概ね初産の同居家族がいる事例だったことが挙げられる.そのため,産後急変時の支援についてはほとんど語られず,片親家庭や多子家庭の支援についても把握できていないことに留意する必要がある.また,本研究は中堅期以上の保健師の育児支援技術を明らかにしたため,新任期の保健師が本研究結果を参考にするには,保健師としての経験や知識の蓄積を要すると考えられる.
保健師7名から精神疾患のある母親に対する保健師の育児支援技術を妊娠期から3歳児までに焦点を当てて記述した.保健師は,妊娠中から産後の病状悪化を見据える,安全な育児を継続するための病状管理,子どもの成長発達を促す視点を持つといった支援を行っていた.また,保健師は,産後から1歳6か月までに特有の支援として《育児ができない状態をすぐに把握できるよう,状態の悪化を予想》する,1歳6か月から3歳までに特有の支援として《子どもの健全な発達のための,母親の声掛けや関わりが及ぼす影響を把握》する支援が明らかになった.
本研究にご協力いただいた保健師の皆様にお礼申し上げます.本研究はJSPS科研費 JP19H039600の助成を受けた.本論文は,2020年度大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻修士論文を修正したものである.
本研究で開示すべきCOI状態はない.