2024 Volume 13 Issue 2 Pages 86-95
目的:在日外国人女性(以下,在日女性)を産前から支える公衆衛生看護技術(以下,技術)を明らかにする.
方法:母子保健領域で在日女性の支援経験がある自治体保健師を対象とする半構造化面接を行い質的記述的に分析した.
結果:研究参加者は17名であり,語りから,在日女性が困る状況・ニーズ,即ち言語障壁,文化障壁,関係障壁,法・制度障壁,支援体制の脆弱性について,12カテゴリの技術が抽出された.具体的には,《言語障壁を軽減する対面手段の複数活用》,《文化障壁を克服する手がかりの探索》,《支援者との関係障壁を低減する並走コーディネート》,《不法滞在事例の健康を保護する対応捻出》,《外国人支援に資する知識・経験知の蓄積》などであった.
考察:今回,在日女性を産前から支える技術の体系的整理がなされたことにより,今後の切れ目のない支援と体制整備に資する技術習得方法の開発が期待できる.
Purpose: This study aimed to clarify the public health nursing art (hereinafter referred to as “the skills” that compose the art) to support foreign women living in Japan from pregnancy to childbirth.
Methods: Semi-structured interviews were conducted with public health nurses of local government who had experience supporting foreign women living in Japan in the area of maternal and child health, and qualitative descriptive analysis was conducted.
Results: The study participants were 17 public health nurses, and 12 categories of skills were extracted from their narratives according to the situations and needs of foreign women in Japan, namely language barriers, cultural barriers, relationship barriers, legal and institutional barriers, and vulnerabilities in the support systems. Specifically, “multiple use of face-to-face meetings to reduce language barriers,” “search for clues to overcome cultural barriers,” “side-by-side coordination to reduce relationship barriers with supporters,” “devising responses to protect the health of cases residing illegally,” and “accumulation of knowledge and experience that contributes to support for foreign residents.”
Discussion: The systematic arrangement of the skills to support foreign women in Japan from pregnancy to childbirth is expected to result in the development of skill acquisition strategies that will help future system development and contribute to seamless support.
日本の在日外国人人口は,国の外国人労働者の受入れ推進に伴い増加し,2019年には約283万人と,総人口の2.2%を占めるに至り(e-Stat, 2019),今後も増加が予想される.同年の在日外国人人口の男女別割合では,女性が51.0%と半数以上を占めている(法務省 出入国在留管理庁,2019).さらに在日外国人女性(以下,在日女性)を年齢別でみると,20歳代,30歳代の順に多く,20~39歳の割合が女性総数の48.7%と出産を経験する層が大部分を占めている(e-Stat, 2019).日本における在日女性からの出生児数は,2008年に約1.4万人であったのが,2018年には約1.7万人と増加している(厚生労働省,2008,2018).これらのことは,今後さらに,日本で妊娠・出産・子育てを行う在日女性への産前から切れ目のない支援や体制の検討が求められることを示唆している.
日本の母子保健は,母子保健法に基づいて行われており,その最前線を自治体の保健師が担っている.自治体の公衆衛生看護活動は,住民全てが対象であり,在日女性も含まれている.しかし,波川ら(2016)の調査によると,全国の市町村の71.7%に在日外国人支援のための資料が無いこと,および厚生労働省(2019)が全国の病院を対象に行った調査によると,在日外国人対応マニュアルが整備されている病院は7.0%と,89.0%が整備されていない状況が報告されていた.これらの結果は,在日女性が居住する自治体や,受診する病院の多くで支援や体制が不足しており,格差も生じている可能性を示している.この状況は,1994年に開かれた国際人口開発会議の行動計画で採択されたリプロダクティブ・ヘルス/ライツに示された「女性が安全に妊娠・出産を享受でき,適切なヘルスケア・サービスを利用できる権利(日本国際保健医療学会,2018a)」が,わが国の在日女性においては十分保障されていない可能性を示唆している.
そこで,日本で妊娠・出産・子育てをする在日女性が困る産前からの状況やニーズを把握するために,医学中央雑誌にて過去10年間,2010年以降の原著論文を検索式(在日or外国人)and(母親or妊娠or出産or育児)で検索し,該当する内容を含んでいた7論文をレビューした.その結果,在日女性が困る産前からの状況・ニーズには,妊娠中,母国語で相談できる専門機関がなく不安(中嶋ら,2016),保健サービスについて,求める情報にたどり着けない(川崎ら,2012),健診受診には大きな言葉の壁(マルティネスら,2012)といった言語面,産前産後において母国の常識とは異なる注意を受け,疑問に思う/びっくりした/常に未知の世界(川崎ら,2012;李ら,2016;植村ら,2012)といった文化面,地域や医療機関での相談や支援において,相互理解が難しく関係が深まらない(川崎ら,2012),直接医師に聞けない(橋本ら,2011)といった関係面,金銭的に余裕がない(蛎崎ら,2010)が健康保険について知らない(橋本ら,2011),手伝いに来た親のビザを延長できない(李ら,2016)といった法・制度面があることが明らかにされていた.
同じく検索式(保健師)and(外国人)and(母子)and(技術or支援or対応)で検索したところ,保健師による支援は,妊娠期・乳児期・幼児期別に受けた支援内容(小尾ら,2018),サービス利用に至るまでの支援プロセス(青山ら,2014),乳幼児期の子どもを持つ在日外国人への支援内容(大野ら,2014)の3本で明らかにされていたが,在日女性が困る状況・ニーズ別に検討を行っているものではなかった.そこで,今後,在日女性を産前から支えるには,我が国の母子保健における公衆衛生看護技術を状況・ニーズ別に体系的に整理し,普及していく必要があると考えた.
2. 目的本研究の目的は,日本で妊娠・出産・子育てをする在日女性を産前から支える,自治体保健師の公衆衛生看護技術(以下,技術)を明らかにすることである.本研究の意義は,本技術を保健師が習得することにより,今後増加が予測される在日女性への産前からの支援について,実際に困る状況・ニーズに応じて展開することへの寄与が期待できることである.
本研究における在日女性とは,日本で妊娠・出産・子育てを経験する,国籍が日本でない女性とする.在日外国人とは,在留外国人(法務省,2019)や定住外国人,外国籍住民,外国籍市民,在住外国人,滞日外国人,外国人住民(日本国際保健医療学会,2018b)といった表記に関わらず,日本に在住する外国人の総称とする.また,公衆衛生看護技術とは,公衆衛生看護実践に適用するものであり,社会的公正を規範とし,公衆衛生の向上をめざし,個人と家族,人々,コミュニティに働きかけ,その力量形成や環境改善を図る目的意識的な行為,と定義する(麻原ら,2010;日本公衆衛生看護学会,2014;岡本,2020).
研究デザインは,質的記述的研究である.
2. 研究参加者研究参加者は,母子保健領域において在日女性支援経験がある都道府県・市町村に所属する後期中堅期以降(経験年数11年以上)の保健師,とした.後期中堅期以降とした理由は,その時期には事業企画,実施,評価を学び政策化も経験する(佐伯ら,2004)ことから,個別支援のみでなく体制整備等も含み包括的な技術を抽出できると考えたからである.研究参加者の選定は,直近2015年国勢調査による在日外国人割合全国平均1.5%を上回り,かつ機縁法にて,統括保健師や関連の研究者より,在日外国人への対応が多いと情報を得た自治体の保健師代表者に連絡を取り,選定条件を満たす保健師の紹介を得た.
3. データ収集方法データ収集方法は,インタビューガイドを用いた半構造化面接であり,研究参加者が自治体保健師として経験した在日女性への産前からの関わりについて困る状況・ニーズに着目して語るよう求めた.具体的には,外国人であるから生じる在日女性の困る状況・ニーズをどのように把握したか,それらの状況・ニーズに対して,どのようなことを目指し,どのように意識的に行動したか,であった.
面接調査の前には,面接技術向上のため,質的研究に豊富な経験を持つ指導者との模擬面接訓練と,最初3回の面接を指導者陪席にて行い事後に技術点検を行う訓練を実施し,データ収集の質の確保に努めた.面接は1名あたり1時間程度とし負担にならないように配慮した.面接は研究参加者の希望する場所で,プライバシーの確保に配慮して行った.面接内容は録音したあと逐語録に起こし,個人名や個人が特定される固有名詞を記号に置き換え匿名化したものをデータとした.調査期間は,2019年5月から8月であった.
4. 分析方法分析は,まず逐語録を精読し,語りの中から技術に該当する内容を抽出した.次に,それを「目的(何のために)」と「意識的な行為(何をどうする)」という単位でコード化した.そして,コードの意味内容の類似性と相違性に着目し比較検討を繰り返し,在日女性が困る状況・ニーズに着目して類似するものを統合して,目的/意識的行為の単位でサブカテゴリを生成した.それらをさらにカテゴリへと抽象度を高め,文言を整えた.分析においては,在日外国人であるから起こりうる状況・ニーズに対する技術をクリアに抽出するために,通常日本人に対しても行う一般的な内容については含まないよう留意した.
真実性の確保のために,全過程を通して質的研究と公衆衛生看護活動に豊富な経験を持つ指導者からスーパーバイズを受け意見交換するとともに,分析期間中は研究室の教員,院生から分析の進め方や内容に関する助言を受け,その都度修正することを繰り返し行った.
5. 倫理的配慮研究参加者には,依頼文と倫理的配慮の説明書を用い,研究目的や研究参加と撤回の自由,個人情報の保護について,面接前に口頭と文書で説明し,同意書にサインを得た.研究計画は,国立大学法人大阪大学医学部付属病院観察研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号16392,2017年1月30日).
研究参加者は17名の保健師であり,保健師経験の平均年数は24.6年(範囲11–38年),平均年齢は48.1歳であった.所属は都道府県が2名,市が15名,役職は,係員・主任級が5名,係長級が5名,課長補佐・課長級が7名であった.各々が語った事例への活動を行った場所の在日外国人人口割合は,2.0~12.9%の範囲であり(2019年現在),1カ所を除き同年の全国平均2.3%以上であった.
2. 在日女性を産前から支える技術技術は,在日女性の困る状況・ニーズ,即ち言語障壁,文化障壁,関係障壁,法・制度障壁,および支援体制の脆弱性に整理され,12カテゴリが生成された.ここで言う障壁とは,外国人自身が,日本人ではないことから生じるなんらかの隔たりや壁を伴うと捉えている困る状況・ニーズを意味する.それらのカテゴリは,特定の時期に特化した内容ではなく,産前から産後に渡る事例との関わりの中で,在日女性にそれらの状況・ニーズが生じた際に適用される技術であった.
以降,状況・ニーズを[ ],カテゴリを《 》,サブカテゴリを〈 〉,生データの抜粋を「 」で示す.表1には生成された技術の根拠となった代表的なコードを示した.( )に斜体で示した数字は研究参加者のID番号である.
在日外国人女性を産前から支える自治体保健師の公衆衛生看護技術
《言語障壁を軽減する対面手段の複数活用》は,〈問診・指導・支援のため〉,〈多言語対応のため〉,および〈正確な伝達・疎通のため〉に,公的あるいは非公的な〈最適通訳活用〉,各種翻訳機器や翻訳された文書,絵や写真などの〈最適媒体活用〉,あるいは〈やさしい日本語・ジェスチャー活用〉といった手段を対面する機会に複数組み合わせて支援する技術であった.具体的には「(家庭訪問時に)英語版の連絡票で,項目がいくつか,それを指を差して聞き取りしました.赤ちゃんの様子を,ツールを使ってやり取りをしたり,ジェスチャーでしたり.ご家族がおられたら,その方を通じて話をします(15)」といった例があった.
《言語障壁を軽減する人的・物的資源の整備》は,〈問診・指導・支援のため〉,〈多言語対応のため〉,および〈正確な伝達・疎通のため〉に,人材や媒体,機器,財源などの〈資源探索〉,および人材や媒体,機器といった〈資源導入・開発・調整〉を組み合わせて行う技術であった.具体的には「育児の習慣,しつけの仕方の違いでは,要支援で親御さんと話をしないといけないことがあり,通訳さんは必ず必要.B地区であれば学校に通訳さんがいて,保健指導に同席いただいたり.北の地域は中国の方が多いんで,保育所に中国語の通訳さんがいて,お母さんと話をする時に,お願いすれば何とかしていただけた.そういった地域性がある(6)」といった例があった.
《ハイリスク事例を取り残さない専門職によるコミュニケーション確保》は,〈危機的状況回避のため〉に,〈専門職が母国語で対応する機会・場設定〉,および〈個人情報保護のため〉に,〈守秘義務を果たせる専門職の確保〉を行う技術であった.具体的には「個人情報とか子育て支援のことを理解している方にお願いしようって,地域の中で見つけて,たまたま先生が喋れるってことで最大限お願いした(8)」といった例があった.
2) [文化障壁]に対する技術《文化障壁を克服する手がかりの探索》は,〈文化不協和回避のため〉に,生活の場に直接出向き〈直接観察による母国文化の理解〉,〈異なる生活スタイルや子育て法把握〉を行い支援の判断に活かす技術であった.具体的には「お金を稼いで本国に送金するために来ているので,子どもがいると困るじゃないですか.働いていて子どもどうしてるのって聞いたら,年配の,雇用促進の中で働いていない人が他の子をみんなまとめて保育しているんですよ(5)」といった例があった.
《文化障壁を克服する具体的な支援の駆使》は,〈異文化共生のため〉に,日本での考え方や日本での方法に関する〈学習機会提供〉,日本文化の中でのリスクを伝達し代替案を提示するなどの〈日本での安全策提案〉を行う技術であった.具体的には「(母国と違って)日本は湿度があるの,部屋の中だったら肌着なの.持ってきて,これ一枚でいいのって.で,次におむつかぶれどうなったか見に行った時には,ちゃんと綺麗になってたんですよね(12)」といった例があった.
《文化的差異によるリスクを回避する事例への慎重対応》は,〈事例のリスク回避と健全育成のため〉に,療育方法やしつけ方について,日本文化と〈母国文化との差異で生じる問題への慎重な助言指導〉を行う技術であった.具体的には「手が挙がっている方,次やったらもう,一時保護ですって注意喚起をいっぱいしてます.面前DVもです.日本では全部虐待の通告になっちゃうので,注意してねって指導きちんと入れます(11)」といった例があった.
3) [関係障壁]に対する技術《支援者との関係障壁を低減する並走コーディネート》は,〈支援関係構築のため〉に,〈対面機会設定と支援姿勢表明〉,友人や近隣,地区組織から〈仲介人探索と活用〉,および〈サービス利用実現のため〉に,当事者に対し,あるいはサービス提供側に対し,さらにはその両者の関係調整に奔走することによって〈各障壁マネジメント〉を行う技術であった.具体的には「(病院につなぐ場合)事前に面接した内容を本人同意で病院の方にお伝えさせていただいて.当日できたら同行するパターンもあります.なかなか精神面って訴えにくかったり,生活の中で支障がでてるってとこを補足さてもらったり(4)」といった例があった.
《共助関係を構築するコミュニティの形成支援》は,〈共助関係構築のため〉に,〈コミュニティ形成の可能性探索〉,〈コミュニティ形成の事業化〉を推進する技術であった.具体的には「その町づくり基金で,通訳さんとかのお金をとらしてもらって,交流会をね,夏にやります,7月に(1)」といった例があった.
4) [法・制度障壁]に対する技術《不法滞在事例の健康を保護する対応捻出》は,〈不法滞在事例の健康を保護するため〉に,〈関連部署の協働による詳細説明と調整〉,〈制度上の限界に挑む柔軟対応〉にあたる技術であった.具体的には「日本でできることはもうここまでだよって言って,結局医療にもかかれない,お金がかかっちゃう,出産費用も滞納している.手続きを踏んでいかないといけないと通訳さんを入れて説明をして.市民課,住民票を作るところにも協力をお願いして,一緒に訪問へ行って,説明をして(10)」といった例があった.
《事例の健康を保護する入出国把握と対応》は,〈入出国による子どもの健康を保護するため〉に,〈滞在期間に応じた健診・予防接種勧奨〉や,〈入国管理局・地区組織の活用による所在把握〉を行う技術であった.具体的には「出産した後に新生児訪問,調査をかけて出国していれば今はいないってことになる.わからない場合は民生委員さんなどに赤ちゃんがいるか周り,洗濯物とか見てもらって,いる時間をめがけて夜間訪問に行ったり,保健所の保健師さんも時間帯変えながらアプローチかけて(6)」といった例があった.
5) [支援体制の脆弱性]に対する技術《外国人支援に資する知識・経験知の蓄積》は,〈外国人支援に役立つ知識や経験知を習得するため〉に,事例への支援展開の保健師間共有や,各種事業・活動,関係者会議や関係者との会話,学会や研修会からなど〈包括的情報収集〉をし,資料配布や回覧など〈情報の整理と共有〉を行う技術であった.具体的には「3回コース,保健師に対して在日外国人の住民の支援に対して関心を持ってもらうということで,(講師を招いて)自主勉強会を開きました,夜間(3)」といった例があった.
《外国人に生じる障壁軽減に資する支援体制の整備》は,〈課題を明確化し支援体制の強化を図るため〉に,語学能力向上の必要性や関係職種の対応方法共有の必要性,開発資源普及の必要性,協力人材発掘と活用の必要性,連携の課題などについて〈関係者間の課題認識共有と協議の体制整備〉をして,〈外国人の障壁軽減体制の構築〉を行う技術であった.具体的には「平等です,医療も保健も全部対象になります,外国人も住民票さえがあれば,ちゃんと守られる仕組みです.特に特徴的なのは産後,気になるなって人があれば連絡が来る仕組みが保健所にできているんです(13)」といった例があった.
今回の研究参加者は,在日外国人への対応が多いと考えられる自治体に所属し,保健師としての十分な経験と,在日女性への産前から産後に渡る支援経験を持つ17名であり,目的に合ったデータ収集のできる対象であったと考える.
2. 在日女性を産前から支える技術の特徴ここでは,整理された技術の特徴について,在日外国人であるから生じる困難な状況・ニーズへの対応という視点から述べる.まず,当初文献から想定された言語や文化,関係性,法・制度に関する状況・ニーズに加え,今回あらたに[支援体制の脆弱性]が抽出され,それらに対応する技術が明らかになった.公衆衛生看護の実践レベル(Minnesota Department of Health, 2019)としては,[言語障壁],[文化障壁],[関係障壁]に対応する技術は主に個別あるいは地域フォーカスのレベル,[法・制度障壁],[支援体制の脆弱性]に対応する技術は,それらに加えシステムフォーカスのレベルを含んでおり,今回抽出された技術には,すべての実践レベルが含まれていることが示された.また,多文化共生の推進に関する研究(総務省,2006)においては,日本語を母国語としない外国人住民の地域住民とのコミュニケーションや交流,相互理解,推進体制の課題が示されている.これらの課題は本研究の状況・ニーズと合致するものであり,多職種多機関と協働し保健師が多文化共生の課題に取り組む際に,本技術を適用し役割を担うことができることが示唆された.
個別あるいは地域フォーカスの言語や文化,関係性に対するものでは,在日女性が日本人ではないことによって抱える一般的な障壁に対する技術(《言語障壁を軽減する人的・物的資源の整備》,《文化障壁を克服する具体的な支援の駆使》など)に加え,ハイリスク事例への技術が次のようにサブカテゴリレベルまで抽出された点に新規性がある.具体的には,[言語障壁]における〈危機的状況回避のための専門職が母国語で対応する機会・場設定〉,[文化障壁]における〈事例のリスク回避と健全育成のための母国文化との差異で生じる問題への慎重な助言指導(療育方法,しつけ方)〉である.母国以外での出産前後に,言葉の壁や文化の違いから,危機的な不安や他力本願な状況に陥る経験や(Chu et al., 2017),介入の初期段階でつまずき事態が悪化するといったことは,実際に生じており(奥野ら,2012),これらの状況・ニーズに対する技術の明確化は,実践への適用という点で意義があると考える.
ハイリスクという点では,日本人では起こりえない状況・ニーズへの対応が[法・制度障壁]において明らかになった.《不法滞在事例の健康を保護する対応捻出》では,日本の法・制度では対応できない場合にも,親子の生命を守るために関連部署との協働や特例を設けるなど,《事例の健康を保護する入出国把握と対応》では,事例が国外であっても安否を把握し,入国が確認できればすぐに通常の母子保健サービスの提供につなぐことなどが行われていた.これらの技術は,世界の健康戦略プライマリー・ヘルスケアにおけるHealth for All(WHO,1978)と,国連が採択した2030アジェンダにおける“Leave No One Behind”(United Nations, 2015)の原則を保証する技術を保健師が適用していることに他ならないと考える.
[支援体制の脆弱性]への対応には《外国人支援に資する知識・経験知の蓄積》と《外国人に生じる障壁軽減に資する支援体制の整備》があり,これらは,我が国において在日外国人が急増するなか(e-Stat, 2019),保健師がその社会の変化に対し,活動指針(厚生労働省,2013)にも示された「地域のケアシステムの構築を担うこと」の基盤となる技術と考えられた.しかし,市町村の人口規模により資源の充実に差がみられる現状や(大野ら,2014),在日外国人が利用しやすいサービス拡大の必要性(青山ら,2014),および切れ目のない支援体制充実の必要性(鈴木ら,2018)は先行研究でも報告されている.今後,自治体間の協働による広域的な体制整備や先進優良事例の横展開をさらに推進するとともに,並行して,効果的な産前からの切れ目ない支援と体制構築に関する技術をさらに集積することが急務と考える.
全般的な観点からは,今回分類された在日外国人の状況・ニーズへの対応は,すべて保健師単独で行えるものではないという特徴があり,技術は,多職種との協働を背景にした家庭訪問や面談を通して実践に適用されていた.当事者に面接した先行研究では(小尾ら,2018),妊娠期から子育て期の在日女性に対して生活者をアセスメントする視点を持った継続的支援と多職種との連携による包括的支援の重要性が述べられており,今回の技術においてもその両面に適用されるものであったと考える.
3. 技術習得の方向性と課題在日外国人の母子支援は多くの保健師が経験しているが支援において困難も抱えている(橋本ら,2010;奥野ら,2012;山下ら,2012).日本で暮らす在日外国人に生じる5つの状況・ニーズ別の技術は,保健師がそれを習得することによって,在日女性への支援の質向上を推進することに寄与すると考える.ここでは,技術の習得の方向性と課題について検討する.
まず[言語障壁]に対する技術習得では,結果より,状況に応じた通訳と会話の補助ツール確保の方法と選択がポイントと考える.なぜなら,不十分な問診により望まぬ帝王切開が選択された事例があった(井上ら,2006)など,簡単な日常会話であれば,やさしい日本語で対応できても,産前産後には当事者が自身や子どもの安全確保のために正確に知っておくべき事項があるからである.先行研究では,母国語に通訳できる親族や知人では不十分な場合があり,専門用語に精通した質の高い通訳や母国語に翻訳された媒体の必要性が述べられている(青山ら,2014;橋本ら,2010;永田ら,2010).つまり,[言語障壁]に対応するには,対人支援技術だけでなく,自治体として通訳等の資源導入の予算や体制をどう確保するか,および当事者個々の事情に応じてヒトやモノの資源をどのように選択し組み合わせるかという技術も関連するため,今後はさらにそれらを含めた技術を具体化する必要がある.
続いて[文化障壁]に対する技術習得では,結果より,異文化理解と受容,および日本文化の伝達と理解促進がポイントと考える.看護職の倫理綱領には,人間の尊厳と権利を尊重することに加え「看護職は,国籍,人種・民族,宗教,信条,年齢,性別(中略)にかかわらず,対象となる人々に平等に看護を提供すること(日本看護協会,2003)」が掲げられている.異文化の者同士が共生するためには,まず互いの尊敬と理解を基本とし,その次に,当該文化のなかで許容できることとそうでないこと,例えばしつけや育児の方法などについて,当事者への丁寧な説明によって理解を促す必要がある.その前提としては,専門職として文化的差異の認知(山本,2014)を発達させておく必要があると考える.そして,在日外国人の増加に伴い,その獲得策の構築は喫緊の課題と考える.
[関係障壁]に対する技術習得では,結果より,支援者・サービスとの関係や同胞間との共助関係の構築,および権利擁護を伴う関係調整がポイントと考える.言語と文化の障壁を背景に日本人の支援者につながりにくいこと(藤原ら,2007;伊藤ら,2004;川崎ら,2012)や,保健医療サービスへのアクセスが困難である(橋本ら,2011;川崎ら,2012)との報告は多い.このため,当事者を理解し支援しようと歩み寄る専門職の存在が必要(蛎崎ら,2010)であり,保健師が,当事者のニーズ把握から,解決・改善に向けた社会資源利用までの総合調整役を担う意義は大きい.この技術をさらに高めるとともに,今回新たに抽出された,同胞間の共助関係を促進する事業化およびの技術について,今後さらに地域支援・グループ支援,両方のレベルで具体化する必要がある.
[法・制度障壁]では,不法滞在と出入国という外国人独特の状況に対する技術が抽出された.この技術の習得では,正しい状況把握と既存の資源やネットワークの柔軟活用がポイントと考える.先行研究においても,保健師が,関係機関と連携し,在日女性と児の状況に配慮して,通常では行わない通所での施設利用について施設と交渉し実現するなど,制度を広く解釈して柔軟に対応した例があった(青山ら,2014).法・制度障壁に該当する状況・ニーズは,頻繁に遭遇するわけでもなく,個別性や状況依存性も非常に高いと考えられる.今後,技術習得にあたっては,過去の事例を収集し,その支援過程を検証・協議するなどのプログラムの構築が求められる.
[支援体制の脆弱性]に対する技術習得では,結果より,支援人材としての能力開発と組織的なPlan/Do/Check/Act展開がポイントと考える.これは在日外国人への支援に限らず,どのような保健師活動においても基本となることであるが,近年の在日外国人の増加を受けて,体系的な人材育成と支援体制構築を包括的かつ体系的に推進することが課題であり優先度が高まっていると考える.
4. 本研究の限界本研究の限界は,技術の大枠を体系的に抽出できたものの,在日外国人の国別,在日期間別,およびリスク状況別の検討を行っていない点,日本人に対する技術との共通点の検討を行っていない点である.実際には,5か国(中国,ベトナム,韓国,フィリピン,ブラジル)が20万人を超えて在留していることや(e-Stat, 2020),児の障がい,家庭内暴力,精神疾患,虐待といったリスク状況にある事例が報告されている(永野ら,2010;奥野ら,2012)ことから,今後より詳細に技術を抽出する研究が必要と考える.またデータ収集において,「産前から」と時期を明確に区切らずに聴取したことによる網羅性の課題についても今後検討が必要である.
本研究では,面接データを質的記述的に分析した結果,在日外国人女性を産前から支える自治体保健師の公衆衛生看護技術について,[言語障壁],[文化障壁],[関係障壁],[法・制度障壁],[支援体制の脆弱性]という状況・ニーズに対して12の技術が抽出された.その特徴は,公衆衛生看護の実践レベル(Minnesota Department of Health, 2019)の個別フォーカス,地域フォーカス,およびシステムフォーカスのすべてのレベルを含むものであった.今後は,国籍やリスク別のさらなる技術の明確化と,抽出された技術の習得方法の検討や教育プログラムの開発が求められる.
本論文は筆頭筆者の修士論文の一部をまとめたものです.本研究を行うにあたり,ご協力くださいました自治体の保健師の皆様に心よりお礼を申し上げます.
本研究に関連し開示すべきCOI関係にある企業・組織および団体等はありません.