日本公衆衛生看護学会誌
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ISSN-L : 2187-7122
研究報告
組織における統括的な役割の継承に向けた統括保健師の取り組み
佐甲 文子嶋津 多恵子野尻 由香
著者情報
キーワード: 統括保健師, 保健師, 役割, 継承
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2024 年 13 巻 3 号 p. 225-233

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Abstract

目的:組織における統括的な役割の継承に向けた統括保健師の取り組みを明らかにする.

方法:過去1年以内に統括保健師の役割を担った8名の保健師に対し半構成的面接を行い,質的記述的に分析した.

結果:統括保健師は【統括保健師の役割が機能する地固め】を基盤とし,全ての【保健師が生き生きできる土壌の醸成】を図っていた.そして,将来を担う後輩保健師にとって統括保健師を考える手本となるよう【統括保健師として目指す姿の明示】をするとともに,次に統括保健師を担える人材を見極め【次期統括保健師を託す保健師の能力の見極めと働きかけ】をしていた.

考察:統括保健師は,次期統括保健師に対し組織内で役割を継承する仕組みをつくり,その仕組みを機能させていくために組織や人に合った方法を見極め,統括保健師としての実践を積み重ねていくことの必要性が示唆された.

Translated Abstract

Objective: The study aim was to clarify the initiatives exhibited by supervising public health nurses to effectively assume their supervisory roles within the organization.

Methods: Semi-structured interviews were conducted with eight public health nurses who supervised other public health nurses within the past year. A qualitative descriptive analysis was performed.

Results: Public health nurse supervisors were required to “solidify the foundation of the functional role of public health nurse supervisors” and “foster an environment in which all public health nurses can work.” To serve as a model for junior public health nurses who will lead in the future, we intended to “clarify what public health nurse supervisors aim to be,” identify employees who can assume the role of public health nurse supervisors, as well as “identify and encourage the ability of public health nurses to be entrusted with the next supervising public health nurse role.”

Discussion: The results suggest that those currently in a supervisory role must create a system to effectively transmit their roles to future public health nurse supervisors. They should identify methods suitable for the organization and its employees so that the system functions properly. They must also accumulate knowledge and experience as supervisors of public health nurses.

I. 緒言

保健師は,地域保健法等の法的根拠に基づき,公衆衛生看護の担い手として重要な役割を果たしている.

近年では,地域包括ケアシステムの推進,がん対策,自殺対策,虐待予防に関する法整備等,保健師の活動をめぐる状況は大きく変化し,保健師の配属は保健部門のみから,福祉部門,教育部門,職員のメンタルヘルスを担う部門等への分散配置が進んでいる.このことから,職種ごとの統括的な役割をもつ者の配置が必要(市町村保健活動の再構築に関する検討会,2007)とされ,「地域における保健師の保健活動について」(厚生労働省,2013)では,各自治体において,保健師の保健活動を組織横断的に総合調整及び推進し,技術的及び専門的側面から指導する役割を担う部署を保健衛生部門等に明確に位置付け,統括的役割を担う保健師の配置を努力義務とした.令和2年度保健師活動領域調査(領域調査)(厚生労働省,2021)の結果では,統括保健師の配置は,都道府県は100%,保健所設置市は77.6%,特別区は60.9%,市町村は48.3%であった.統括保健師の役割について,統括保健師の配置による効果のほか,役割遂行上の課題を明らかにし,将来,統括保健師を担える人材育成体制の構築が重要であるとされている(奥田ら,2016).次期統括保健師の候補である中堅期保健師は,産休や育休を取得する者も多く,多様性を踏まえた対応や自らの目指すべき方向を考えることができるような人材育成の推進が課題である(厚生労働省,2016).そして,中堅としての役割と一保健師としての責務との間での葛藤が見出され,中堅期の保健師へのサポート体制の強化の重要性が示されている(小路,2021).また,次期統括保健師の望ましい育成方法については議論を重ね,自組織内で共有することが重要と示されている(日本公衆衛生協会,2019).

これらの背景から,自治体において統括保健師を配置することの意義や必要性,効果等は明らかであるが,次期統括保健師の育成は,地域において保健対策を推進していく上で課題である.2013年に統括保健師が位置付けられ,初代統括保健師から次期統括保健師に役割を引き継ぐ時期を迎える自治体もある.そこで,本研究は,組織における統括的な役割の継承に向けた統括保健師の取り組みを明らかにすることを目的とした.このことは,統括保健師の役割を引き継ぎ,根付かせるための示唆となると考えた.

II. 研究方法

1. 研究デザイン

質的記述的研究の目的は,内部者の見方から現実を明らかにすることであり,出来事を日常的な用語で記述するものである(グレッグら,2016).本研究では,統括保健師の語りを通してありのままの気持ちや経験を探索するため,半構成的面接法による質的記述的研究デザインを用いた.

2. 用語の定義

統括保健師とは,各自治体において保健師の保健活動を組織横断的に総合調整及び推進し,技術的専門的側面から指導する役割を担う保健師(厚生労働省,2021)で,事務分掌の明記は問わないこととした.

次期統括保健師とは,現在の統括保健師から直接引き継ぎを受ける,次の統括保健師とした.

役割の継承とは,森(2020)の技術・技能継承は指導者を越える後継者を育てることを参考に,本研究では,統括保健師が自ら実践を重ね,他者に役割を引き継いでいくこととした.

3. 研究参加者

本研究の研究参加者は,関東圏域の自治体で過去1年以内に保健師の保健活動を組織横断的に総合調整及び推進し,技術及び専門的側面から指導する役割を担う保健師(厚生労働省,2021)で,保健衛生部門に配置され(厚生労働省,2013)統括保健師として認識されている方を機縁法により選定した.

研究参加者の対象人数は,等質な研究対象の場合には6~8人のデータ単位が必要(Holloway et al., 2006)であるため8名程度とした.

4. データ収集方法

インタビューガイドに基づき,2022年4月から7月に,半構成的面接を行った.

インタビューの内容は,組織における統括的な役割の継承に向けた統括保健師の取り組みを明らかにするため,統括保健師としてやりがいや困難を感じることで特に印象に残っていること,統括保健師として大切にしていること,次期統括保健師に統括保健師のどのような役割を引き継いでいきたいか,統括保健師の役割を引き継ぐためにどのような準備をしているか,統括保健師の役割を継承していくことに関して大切にしていることとし,同意を得た上で,録音及びメモにより記録した.

5. 分析方法

データ分析方法はグレッグら(2016)を参考に,研究参加者が語った言葉から逐語録を作成し,文脈の意味内容について熟読した.組織における統括的な役割の継承に向けた統括保健師の取り組みについて語られた文脈を意味内容ごとに区切り,コード化した.コード間の相違点や類似点を比較検討しながらカテゴリ化し整理した.分析の全ての過程において,繰り返しデータに戻り分析内容とデータとの一貫性を検討した.

分析は,厳密性を確保するよう努めた.研究参加者からメンバーチェッキングを受け,分析結果に対しての確認を得た.そして,他の研究者とのディスカッション及び分析の全過程において,質的研究の経験のある公衆衛生看護学の研究者からスーパーバイズを受けた.

6. 倫理的配慮

本研究への参加を依頼する際,参加は自由意思であること,研究参加の撤回と中断の権利の保障,匿名性の保持,目的以外にデータを使用しないこと,結果公表予定を説明し,文書で同意を得た.また,面接場所はプライバシーの保護に配慮し,研究参加者の都合の良い時間や場所とした.なお,本研究は,国際医療福祉大学倫理審査委員会の承認を得て実施した(2022年4月8日:承認番号21-Ig-267).

III. 研究結果

1. 研究参加者の概要(表1

研究参加者8名の所属する自治体は,都道府県1名(12.5%),保健所設置市3名(37.5%),一般市4名(50.0%)であった.常勤保健師数は,都道府県及び保健所設置市は100~250人で,一般市は全て100人以下だった.統括保健師の事務分掌への記載有りは都道府県1か所のみで,統括保健師の平均設置期間は7.8年(標準偏差(以下SD)4.9,範囲4~20年)であった.

表1. 

研究参加者の概要

研究参加者 A B C D E F G H
自治体の種別 保健所設置市 保健所設置市 都道府県 保健所設置市
常勤保健師数(人) 100~150 200~250 ~50 ~50 150~200 50~100 ~50 100~150
統括保健師の事務分掌への記載の有無(有の場合,その時期)
(2002年)
統括保健師設置期間(年) 4 4 6 6 20 5 9 8
性別 女性 女性 女性 女性 女性 女性 女性 女性
保健師基礎教育を受けた機関 短期大学専攻科 専修学校 専修学校 専修学校 専修学校 専修学校 専修学校 専修学校
保健師経験年数(年) 29 32 28 26 33 38 30 32
統括保健師経験(年目) 2 2 7 7 1 5 6 5
前任者(統括保健師)の有無
インタビュー時間(分) 64 71 49 48 57 73 72 81

研究参加者は全て女性で,平均年齢は56.4歳(SD 1.7,範囲54~60歳)であった.保健師基礎教育を受けた機関は短期大学専攻科が1名,専修学校が7名で,最終学歴は大学が1名,専修学校が7名であった.保健師の平均経験年数は31.0年(SD 3.4,範囲26~38年),統括保健師の平均経験年数は4.4年目(SD 2.2,範囲1~7年目)で,統括保健師の前任者有りは6名であった.

インタビューは一人あたり1回で,平均時間は64.4分(SD 11.2,範囲48~81分)であった.

2. 組織における統括的な役割の継承に向けた統括保健師の取り組み(表2

組織における統括的な役割の継承に向けた統括保健師の取り組みとして,4つのコアカテゴリと,それらを構成する11のカテゴリ,32のサブカテゴリが生成された.

表2. 

組織における統括的な役割の継承に向けた統括保健師の取り組み

コアカテゴリ カテゴリ サブカテゴリ
統括保健師の役割が機能する地固め 統括保健師の位置づけを明らかにする 事務分掌や保健師活動指針に統括保健師を位置づける
組織に合った望ましい統括保健師のポストを考える
上司や他職種に統括保健師を理解してもらえる環境を整える 誰が統括保健師かを明らかにし周囲に伝える
他職種の中で次期統括保健師が働きやすい環境を整える
責任を持って統括保健師の役割を果たし,上司や同僚の信頼を得る 統括保健師の研修を積極的に活用する
統括保健師の立場で見える景色から必要な役割を果たす
統括保健師として何が必要かを常に考え続ける
保健師が生き生きできる土壌の醸成 統括保健師を担える人材の裾野を広げる 保健師全体の人材育成の体制を構築する
保健師としての質の向上を目指す研修への参加を積極的に促す
ジョブローテーションに関与し多様な経験を積んだ保健師を増やす
次期統括保健師となれる人材を意図的に育てる
保健師間の横のつながりを深め助け合える組織風土をつくる 保健師活動の全体像が把握できるような機会を設ける
指導的立場にある保健師の横の連携を強化する
保健師仲間や後輩が生き生きできる仕組みをつくる 保健師一人一人のモチベーションが上がるよう,話を聞く機会を積極的に設ける
経験談を伝えたり背中を押すことでスキルアップを図る
広い視野を持ち自分で考えられるよう助言する
希望を持ち輝く保健師仲間を応援する
やりがいを感じられる職場環境を目指す
保健師同士で学び合える環境を醸成する 保健師業務に関連する世の中の出来事にアンテナを張り,必要な情報を発信する
保健師同士で話し合い風通しがいい職場を目指す
保健師が抱えている課題を突き詰めて話し合う
統括保健師として目指す姿の明示 将来を見据えて統括保健師のロールモデルになる 統括保健師の姿や役割を後輩の保健師に見せていく
保健師活動の目指す方向性を判断し保健師仲間に伝える
組織を引っ張っていく意識を持って上司や保健師仲間に必要なことを伝える
統括保健師の具体的な役割を次期統括保健師に示す 保健師全体に視座を置いた情報提供の役割を伝える
各部署の情報を共有できるツールの作成など,継承する業務を明らかにする
災害時の効果的な保健活動に向けて平時から関係部署と連携を図る
次期統括保健師を託す保健師の能力の見極めと働きかけ 次期統括保健師を見極め推薦する 多様な保健師活動を経験し全体を見渡せる人を見極める
次期統括保健師になってほしい人材を推薦する
次期統括保健師に期待を伝える 役割を共に行い統括保健師としての判断や考え方を共有する
状況の変化に応じた必要な判断を期待する
統括保健師の役割を果たす覚悟を引き継ぐ

以下,コアカテゴリは【 】,カテゴリは《 》,サブカテゴリは〈 〉,研究参加者の語りは斜体「 」で表記した.

統括保健師は,組織における統括的な役割の継承に向けた取り組みとして,統括保健師の位置づけを事務分掌等に残そうと働きかけるとともに,上司や他職種に統括保健師を理解してもらえる環境を整え,次期統括保健師が組織の中で受け入れられるよう【統括保健師の役割が機能する地固め】をしていた.そして,保健師全体の人材育成体制を構築し,統括保健師を担える人材の裾野を広げるとともに,分散配置により顔が見えにくくなっている保健師同士の横のつながりを深め,助け合える組織風土をつくることが必要と考えていた.保健師仲間や後輩が生き生きできる仕組みや,保健師同士が学び合える環境の醸成として【保健師が生き生きできる土壌の醸成】を図っていた.また,将来を担う後輩保健師にとっては,自分がなりたい統括保健師を考える手本となり,次期統括保健師にとっては,統括保健師の具体的な役割を示すよう【統括保健師として目指す姿の明示】をしていた.統括保健師は,次に統括保健師を担える人材を見極め,共に統括保健師の役割を行うことで,その思考過程や判断根拠を共有し,【次期統括保健師を託す保健師の能力の見極めと働きかけ】をしていた.

以下,コアカテゴリとそれらを構成するカテゴリ,サブカテゴリについて説明し,記述した.

1) 【統括保健師の役割が機能する地固め】

【統括保健師の役割が機能する地固め】では,統括保健師が組織横断的な総合調整等の役割を果たすため,《統括保健師の位置づけを明らかにする》ことが必要であった.そして,次期統括保健師が組織の中で受け入れてもらいやすいよう《上司や他職種に統括保健師を理解してもらえる環境を整える》ことや,《責任を持って統括保健師の役割を果たし,上司や同僚の信頼を得る》ことは,今後も統括保健師の役割を継続して機能させていくための足場を固めていくことにつながると考えていた.

統括保健師は,その位置づけの理解が得られないと役割を果たすことが難しいと感じ,〈事務分掌や保健師活動指針に統括保健師を位置づける〉必要があると考えていた.

そして,〈組織にあった望ましい統括保健師のポストを考える〉ことで,《統括保健師の位置づけを明らかにする》ようにしていた.

「組織の中で統括保健師っていうのが,位置づけっていうのか,そこは理解を得られないと難しいですよね.何の立場をもってそれをやるのかっていう後ろ盾がないので.(中略)当時は統括って何って.何を勝手なこと言ってるんだっていう反応だったんですよ.」(H)

統括保健師は,災害対応や感染症対応等,保健師が担うべき様々な課題に対して組織横断的な総合調整の必要性を実感していた.そのため,総合調整に必要な情報が入るよう,保健師が配属されている他部署の上司や他職種の同僚にも〈誰が統括保健師かを明らかにし周囲に伝える〉ようにしていた.そして,将来,同じポストで働く次期統括保健師が,同僚として受け入れてもらいやすい土壌として〈他職種の中で次期統括保健師が働きやすい環境を整える〉ことで,《上司や他職種に統括保健師を理解してもらえる環境を整える》ことが必要と考えていた.

「文書のあるなしに関わらず,あの人が統括だよねっていう認識っていうのは必要かなって思っている.(中略)あの人に言えば保健師につながるっていうこととか.」(G)

統括保健師は,自治体における役割が定かでないため,〈統括保健師の研修を積極的に活用する〉ことで責任を持って役割を果たそうとしていた.統括保健師は,保健師がおかれている立場や実際に起きていることを俯瞰してみることで,一人一人の保健師に対して必要な支援を考え〈統括保健師の立場で見える景色から必要な役割を果たす〉よう心掛けていた.そして,保健師をめぐる世の中の動きが日々変化していく中で,〈統括保健師として何が必要かを常に考え続け〉ていた.このように,組織のリーダーとして《責任を持って統括保健師の役割を果たし,上司や同僚の信頼を得る》よう心掛けていた.

「職位に応じて見えてくる景色って違うじゃないですか.今のコロナだと(中略)うまく着地というか,フェイドダウンさせてあげないとメンタル病んじゃうんじゃないかなって心配してるんです.そういうところも,この職位だから見える.」(E)

2) 【保健師が生き生きできる土壌の醸成】

【保健師が生き生きできる土壌の醸成】では,将来まで継続して効果的な保健活動を行うため,《統括保健師を担える人材の裾野を広げる》ことや,保健師の分散配置が進む中,《保健師間の横のつながりを深め助け合える組織風土をつくる》ことが必要であった.そして,やりがいを感じられる職場環境を目指して《保健師仲間や後輩が生き生きできる仕組みをつくる》ことや《保健師同士で学び合える環境を醸成する》よう心掛けていた.

統括保健師は,組織の中で育つ仕組みとして人材育成の体系づくりの必要性を感じていた.したがって,保健師全体の専門能力や行政能力の底上げが図れるよう〈保健師全体の人材育成の体制を構築する〉中で,〈保健師としての質の向上を目指す研修への参加を積極的に促す〉ようにしていた.また,後輩保健師の育成や,感染症や災害時等のいざという時に対応できるよう〈ジョブローテーションに関与し多様な経験を積んだ保健師を増やす〉ことが必要であると考えていた.そして,上司から統括保健師への期待もあり〈次期統括保健師となれる人材を意図的に育てる〉よう心掛けていた.このように,保健師全体の人材育成を図ることで《統括保健師を担える人材の裾野を広げる》ことが必要であると考えていた.

「人材育成は役割の一つ.(中略)道筋をある程度明確にして,それぞれが自覚を持って異動していって,目指すところに向かっていく,いけるような体制づくりですね.」(B)

保健師の分散配置が進む中,所属する部署以外の保健師がどのような仕事を行っているかがわかりにくい状況になっていた.そこで,保健師が一堂に会し,直接顔を合わせてそれぞれの分野における業務内容や課題を報告し合う等〈保健師活動の全体像が把握できるような機会を設ける〉等の工夫をしていた.また,保健師活動に関連する社会の状況が日々変わっていく中,〈指導的立場にある保健師の横の連携を強化する〉こと等により《保健師間の横のつながりを深め助け合える組織風土をつくる》よう働きかけていた.

「誰がどこに行っても大丈夫なように.今,分散だから,こういう仕事をしているんだっていうイメージもつきやすいし,ここ(保健師連絡会)で報告したり.」(D)

また,〈保健師一人一人のモチベーションが上がるよう,話を聞く機会を積極的に設ける〉ことや,後輩の保健師に〈経験談を伝えたり背中を押すことでスキルアップを図る〉よう,働きかけていた.そして,自組織外で行われる会議や研修への参加を促し〈広い視野を持ち自分で考えられるよう助言する〉ことで,世の中の変化に対応でき,自分でしっかり考えられる保健師に育つよう願っていた.統括保健師は,人材育成に関わる中で,新規採用職員である若い世代の保健師が入職してくる様子をほほえましく思い〈希望を持ち輝く保健師仲間を応援する〉よう心掛けていた.そして,若い世代に限らず全ての保健師が〈やりがいを感じられる職場環境を目指す〉ことで,《保健師仲間や後輩が生き生きできる仕組みをつくる》ことを心掛けていた.

「フレッシュな新人さんがたくさん入ってくる時期で(中略)皆さんキラキラして希望を持って.何とか辞めないように,やりがいをもって続けてもらえるような人材育成ができたらいいなと思ってるんです.」(B)

統括保健師は,〈保健師業務に関連する世の中の出来事にアンテナを張り,必要な情報を発信する〉ことで,保健師仲間が学びあえる環境をつくれるよう働きかけていた.また,経験の少ない保健師でも自分の意見が言えるよう〈保健師同士で話し合い風通しがいい職場を目指して〉いた.そして,保健師が集まる連絡会等で〈保健師が抱えている課題を突き詰めて話し合う〉ことで,自組織内における保健師の目指す姿を模索しながら,《保健師同士で学び合える環境を醸成する》ことを心掛けていた.

「世の中のこういう動きを見ていかないと遅れちゃうよっていうようなことは,自分の業務以外でも,保健師の国の流れはみとこうねって.」(G)

3) 【統括保健師として目指す姿の明示】

【統括保健師として目指す姿の明示】は,《将来を見据えて統括保健師のロールモデルになる》ことが,後輩保健師にとって目指すべき統括保健師をイメージすることにつながると考えていた.そして,《統括保健師の具体的な役割を次期統括保健師に示す》ことで,統括保健師として目指している姿を明らかにしていくことであった.

統括保健師が配置されている部署は自治体によって様々であり,同じ所属内でないと統括保健師の役割が見えにくい状況があった.そのため,〈統括保健師の姿や役割を後輩の保健師に見せていく〉ことや〈保健師活動の目指す方向性を判断し保健師仲間に伝える〉ことは,後輩保健師にとって,統括保健師を考える手本として,将来,自分がなりたい統括保健師をイメージすることにつながると考えていた.また,統括保健師は,全体を見渡す中で,〈組織を引っ張っていく意識を持って上司や保健師仲間に必要なことを伝える〉等,旗振りの役割を担う必要性を感じていた.このように,統括保健師は《将来を見据えて統括保健師のロールモデルになる》ことが必要と考えていた.

「前任のやっていることを見て,統括保健師ってこういうことをしてくれるんだ,みたいなことはあったので,できるだけそういう姿を見せられたらなっていうのはありますね.」(B)

自治体では,保健師の分散配置が進んでいることから,次期統括保健師には〈保健師全体に視座を置いた情報提供の役割を伝える〉ことが必要と考えていた.また,他の部署の保健師業務や健康課題について保健師同士がお互いに分かり合うことが必要と考え,〈各部署の情報を共有できるツールの作成など,継承する業務を明らかにする〉よう心掛けていた.そして,いつ起こるかわからない〈災害時の効果的な保健活動に向けて平時から関係部署と連携を図る〉こと等,《統括保健師の具体的な役割を次期統括保健師に示し》,統括保健師として目指す姿を明らかにしていこうとしていた.このことは,前任者から統括保健師を引き継いだ際,何をどうしたらいいか戸惑った経験から,継承する業務をある程度見える形にして引き継ぎたいと願っていた.

「私が統括としてやってたことは,口頭ですけど伝えました.(中略)保健師全体の調整とか,何か要請があった時に調整をするんだよっていうことと,研修とか保健師全部の年齢じゃないけど職歴とかみて,ふっていってねっていうこととか.」(F)

4) 【次期統括保健師を託す保健師の能力の見極めと働きかけ】

【次期統括保健師を託す保健師の能力の見極めと働きかけ】では,統括保健師は,多様な保健師活動を経験し全体を見渡せる人材が適していると考え,人事部門に対し《次期統括保健師を見極め推薦する》よう働きかけることが必要と考えていた.そして,状況の変化に応じた判断や,統括保健師の役割を果たす覚悟こそが引き継ぐべきものと考え《次期統括保健師に期待を伝える》よう心掛けていた.

統括保健師は,自分自身の経験から統括保健師は難しい仕事だと実感し,次期統括保健師は複数の分野の経験を積むこと等〈多様な保健師活動を経験し全体を見渡せる人を見極める〉ことが必要と考えていた.統括保健師は,特定の部署の役職の位置づけとして決まるが,人事部門に対し〈次期統括保健師になってほしい人材を推薦する〉ことができるよう働きかけていた.このように,統括保健師の役割を託す相手は,年齢や経験年数だけで判断をするのではなく,《次期統括保健師を見極め推薦する》ことで,統括保健師が適している人材に役割を引き継いでいこうと考えていた.

「なかなか難しい仕事だなって思うし.バランスよく経験して,全体を見渡せる方,庁内外のネットワークをお持ちの方,そういう方がいいかなって思いますね.」(B)

また,統括保健師は,統括保健師の候補と考える保健師に対して意図的に相談をしたり,会議の運営を一緒に行っていた.〈役割を共に行い統括保健師としての判断や考え方を共有する〉ことで,統括保健師として何を大事にしているかの判断根拠を伝えていきたいと考えていた.そして,次期統括保健師には前任者と同じやり方や同じ業務を踏襲することにこだわらず,〈状況の変化に応じた必要な判断を期待する〉気持ちを持っていた.統括保健師は,一つ一つの細かな業務の手順を伝えることより,その時々で必要だと思うことを逃げずに責任をもって実行し〈統括保健師の役割を果たす覚悟を引き継ぐ〉ことが大事だと考え,《次期統括保健師に期待を伝える》ことで統括保健師の役割を託そうと考えていた.

「次の統括,この人がいいと思う人に相談して.いろんなことをちょいちょい相談するようにしてます.意図的に.こういうことをしていきたいんだけどどう思うって言ったりします.」(A)

IV. 考察

1. 統括保健師の役割が機能する地固め

本研究では,統括保健師が次期統括保健師に対し役割を継承していく前提として,統括保健師を事務分掌等に位置づけること等【統括保健師の役割が機能する地固め】の必要性が明らかとなった.

統括保健師の役割の遂行では,統括保健師という位置づけにもとづいて保健師代表としての行動が求められている(鳩野ら,2013).統括保健師の意義や認識が組織内部や保健師間において,不統一であることは役割遂行上の妨げとなるといわれている(奥田ら,2016).また,自治体では保健師の仕事と専門性が理解されないことや,保健師と事務職では判断基準が異なっている(麻原ら,2019)という現状がある.

これらのことからも,統括保健師を組織の中にしっかりと位置づけ,上司や他職種の理解や信頼を得ることは,その役割を継承していく前提として,優先して整備すべき点であると考えられる.

2. 統括保健師を担える人材の育成

本研究では,【保健師が生き生きできる土壌の醸成】を図る中で《統括保健師を担える人材の裾野を広げる》ことや,《将来を見据えて統括保健師のロールモデルになる》ことで【統括保健師として目指す姿の明示】をすることが,統括保健師を担える人材の育成につながり,組織における統括保健師の役割の継承に向けた取り組みとして重要であった.

このことは,自治体保健師の人材育成では,定期的かつ計画的なジョブローテーションやOJTと研修を組み合わせることが効果的である(村嶋,2017)ことや,次期リーダーの育成には,統括保健師の補佐的役割を発揮すること(中島ら,2020),次期リーダーとしての自覚を中堅・若手にも早い段階から持たせる働き掛けが必要である(吉岡,2020)ことと共通していた.また,上司や先輩保健師からのサポートが重要であり(村嶋,2017),部下の保健師の能力開発も統括保健師の役割である(鳩野ら,2013).公衆衛生看護の実践は,コミュニティ全体の変化を生み出す実践であるため,リーダーシップの発揮が求められ(公衆衛生看護のあり方に関する委員会,2021),公衆衛生看護コンピテンシーにおけるリーダーシップでは個人,専門職種間連携チーム,組織レベルで学習機会を開発できるよう支援することが求められている(Quad Council Coalition, 2018).

これらのことからも,統括保健師を担える人材を育成するうえでは,統括保健師が,保健師同士が学び合える環境づくりや,ジョブローテーションに関与することで意図的に育てていくことが必要な方法と考えられる.

3. 組織にあった継承の仕組みづくり

本研究では,統括保健師は統括的な役割を次期統括保健師に継承していく仕組みづくりを模索していた.自治体により統括保健師や次期統括保健師の所属や職位が異なる中,〈組織に合った望ましい統括保健師のポストを考える〉等の《統括保健師の位置づけを明らかにする》という組織に合った方法で継承に向けた取り組みを実践していた.

また,次期統括保健師と〈役割を共に行い統括保健師としての判断や考え方を共有する〉ようにしていた.

このことは,吉岡(2020)の,統括保健師を担える人材を育成する最も効率的・効果的な方法は,現在の統括保健師からOJTとして直接薫陶を受け,実際にどのような判断・動きをしているのかを日常的に見聞きしながら経験知を増やすことと一致している.

技術・技能伝承では本質は何かを基軸に展開することが必要であり(森,2020),野中ら(2013)は,少子高齢化の進展により就業構造が変化している社会としても,次世代への知見やノウハウの継承は大きな課題となることを指摘している.

自治体で保健師の分散配置が進む中,統括保健師は,自身の所属部署や組織を越えた部署に配属される保健師に対し,専門職の育成の観点による人材育成や保健活動推進のための組織横断的な調整ができる(奥田ら,2016)唯一の立場である.さらに,地域保健対策の推進に関する基本的な指針の改正(厚生労働省,2023)では,地域の健康危機管理体制を確保するため,統括保健師等の総合的なマネジメントが必要とされている.

これらのことから,組織にあった継承の仕組みづくりでは,次期統括保健師を託す人材を見極め育てていくとともに,所属や職位を踏まえ,組織にとって望ましいポストにおいて統括保健師としての実践を積み重ねていくことが必要と考えられる.

4. 研究の限界及び今後の課題

本研究の限界は,所属する自治体の種別は都道府県が1名のみ,市は保健所設置市と一般市を合わせて7名で,市における結果が多くを占めることである.

また,統括保健師の事務分掌への記載があったのは都道府県1か所のみだった.このことは,統括保健師の配置が努力義務とされた2013年から年数が浅く,統括保健師が組織の中にしっかりと位置づけられるまでには至っていないことが考えられる.

今回の研究は,組織の中に統括保健師の配置が進み始めている段階の結果として捉えることができた.

今後においては,統括保健師の配置が進み,自治体における統括保健師の役割が確立された段階において,組織における統括保健師の役割の継承に関する研究を積み重ねていく必要がある.

V. 結語

本研究は,組織における統括的な役割の継承に向けた統括保健師の取り組みを明らかにすることを目的に,8名の統括保健師に対し半構成的面接を行い質的に分析した.その結果,4つのコアカテゴリ【統括保健師の役割が機能する地固め】,【保健師が生き生きできる土壌の醸成】,【統括保健師として目指す姿の明示】,【次期統括保健師を託す保健師の能力の見極めと働きかけ】が生成された.統括保健師は,次期統括保健師に対し組織内で役割を継承する仕組みをつくり,その仕組みを機能させていくために組織や人に合った方法を見極め,統括保健師としての実践を積み重ねていくことの必要性が示唆された.

謝辞

本研究を実施するにあたり,お忙しい業務の中,研究にご協力くださいました保健師の皆様方に心より感謝を申し上げます.

なお,本研究は国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科修士課程修士論文の一部を加筆修正したものであり,第82回日本公衆衛生学会総会に一部を発表した.

本研究に開示すべきCOI状態はない.

文献
 
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