2025 年 14 巻 1 号 p. 2-7
目的:普及啓発の取り組みについて,ホームページ(以下HP)アクセス数に着目した客観的指標で事業評価する.
方法:普及啓発の取り組みとして,HP更新,ポスター作成,パネル展等を行った.HP更新前後及び世界エイズデー取り組み期間前と期間中でHPアクセス数の差をウェルチのt検定,取り組み期間前と期間中の電話問い合わせ割合の差をχ2検定で分析した.
結果:HP更新前後のアクセス数は更新後が2.24件多く,電話問い合わせ割合は取り組み期間中が4.8%高く,その差はそれぞれ有意だった.取り組み期間前と期間中におけるHPアクセス数は,期間中が0.94件多かったが有意差はなかった.
考察:HPはアクセス数増加に繋がるため更新していくことが大切である.普及啓発の取り組みは電話問い合わせ割合の増加に繋がるため正しい知識と検査周知を目的とした活動を今後も検討し,より目標に即した評価ができるよう工夫が必要と考える.
普及啓発とは,普及と啓発という2つの日本語を組み合わせた言葉である.広辞苑(新村,2018)によると,普及とは「広く一般に行きわたること,また,行きわたらせること.」,啓発とは「知識をひらきおこし理解を深めること.」とされている.後天性免疫不全症候群(以下エイズ)に関する特定感染症予防指針(厚生労働省,2018)では,分かりやすい内容と効果的な媒体によって正確な情報と知識の提供に取り組むことで,一人ひとりの行動がHIVに感染する危険性の低いものに変化すること(行動変容)を促進する必要があり,普及啓発を中心とした予防対策が重要としている.
HIV感染症は,正しい知識に基づいた一人ひとりの注意深い行動により予防することが可能な場合も多く,近年は抗HIV療法の進歩により予後の改善と他者へ感染させる危険性を減らすことが示されている(厚生労働省,2018).しかし,平成30年HIV感染症・エイズに関する世論調査(内閣府,2018)によると,52.1%がエイズは死に至る病気である,33.6%が原因不明で治療法がないという印象を持っているように,現在の事実とは異なるイメージを持っている人が未だ少なくない.自らの性行動の振り返りや見直しが未知なるものを恐れての行動であることを認識することと,自らが不可避に感染予防に加担する価値を認識することは,逆説的に自らの主体性を維持するために不可欠である(大北,2008)と述べられており,その価値の認識を助けるために正しい情報や知識を効果的に発信していくことが重要である.
普及啓発の方法として,テレビ,ラジオ,新聞,チラシ,雑誌,広報,インターネット,パネル,ポスター,パンフレット,普及啓発物品配布等様々な媒体の活用による情報発信が考えられる.令和4年通信利用動向調査(総務省情報流通行政局,2022)によると,インターネット利用者の割合は全体で84.9%,13~64歳においてはいずれの年齢階層も90%を超えており,65~70歳でも83.2%となっている.主なインターネットの利用機器について,複数回答でスマートフォンは全世代83.8%,年齢階層別に見ても,13~79歳のすべての年齢階層で70%を超えているほか,パーソナルコンピューターは全世代57.1%であり,多くの人が何らかの機器を使ってインターネットを利用できる環境にあることがわかる.また,令和4年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査(総務省情報通信政策研究所,2023)では,情報源の重要度について,テレビの82.3%に次いでインターネットが77.8%となっており,20代~40代においてはインターネットがテレビを上回っていること等から,近年インターネットは身近で重要な情報収集のツールとなっている.
当保健所でもHIV/エイズ予防対策事業における普及啓発のひとつとして,以前からホームページ(以下HP)を活用した情報発信を行っているが,これまではHPを更新したという実績のみによる評価にとどまっており,取り組みの評価として客観性に欠けると考えていた.エイズに関する特定感染症予防指針(厚生労働省,2018)においても,普及啓発を含む施策の評価には,定量的な指標に基づき複数年にわたり評価することが望まれるとされている.加えて,行政機関に働く保健師の事業評価に対する重視度と実施度を調べた研究(森鍵ら,2022)では,重視度は概ね高く保健活動における評価の重要性が認識されている一方で,実施度は高める余地があることが示されている.これらのことから,当保健所の普及啓発事業について,客観的指標を用いた評価をすることを試みた.普及,啓発,広報,周知をキーワードとして国内の論文を検索したところ,客観的指標を使って普及啓発活動の効果を調べた研究は,薬局を対象としたサイト広報効果としてページアクセス数による解析をした研究(森ら,2021)の1件のみであり,保健活動において客観的指標を用い普及啓発事業を評価した報告は確認できなかった.
そこで,本研究は当保健所における普及啓発事業の取り組みについて,実施した内容をまとめ,取り組みと連動させたHPアクセス数に着目した客観的指標を用いて事業評価をすることで,より効果的な普及啓発事業とその評価につながる知見を得ることを目的とする.
HPアクセス数を各取り組みの前後で比較した量的観察研究である.
2. 取り組み内容と期間取り組み内容と期間について,当保健所における2023年度HIV/エイズ予防対策普及啓発事業の主な取り組みを表1に示す.
当保健所では,普及啓発における取り組みのひとつとしてHPを活用し,HIV/エイズに関する正しい知識の発信を目的とした「エイズを予防しましょう!」というWebページを作成している.多くの人が閲覧可能なHPを活用することは,低コストで信憑性の高い最新情報を提供でき,人目を気にせずに閲覧できるメリットがあると考えられた.HPの更新は,表1のとおり2023年6月,10月,11月,12月のタイミングで行った.その中でも,2023年10月11日はこれまでのページ掲載内容を整理したうえで図表を加える等して見やすくし,掲載情報を最新データに更新する等の大幅な変更を行った.なお,2022年度はHPの更新が行われていなかった.
その他の普及啓発における取り組みとして,自作ポスターの掲示とパネル展を開催し,いずれも当保健所のWebページ「エイズを予防しましょう!」をより多くの人に見てもらえるよう工夫した.
ポスターは,心配なことがあった方への検査の必要性や望ましい受検のタイミング等を伝えるデザインとし,身近な相談窓口周知のため当保健所の連絡先を記載,HIV/エイズに関する正しい知識の普及のため当保健所のWebページ「エイズを予防しましょう!」につながる二次元コードを印字した.掲示場所として,管内市町村,最寄りの駅,大学等に可能な限り年間を通して掲示してもらえるよう依頼した.
パネル展について,当保健所が保有するHIV/エイズの症状,感染経路,検査,予防に関するパネル4枚と,前述の自作ポスター及び世界エイズデーキャンペーンのポスターを展示した.また,普及啓発物品としてHIV/エイズに関するパンフレット4種,当保健所のWebページ「エイズを予防しましょう!」につながる二次元コードのシールを貼付したポケットティッシュを設置し,梅毒のパネル展との共催で性感染症パネル展として,当保健所が所在する庁舎内玄関前ホールにて開催した.パネル展の開催期間は2023年11月29日から12月13日で,開催期間中に地方新聞社の取材が入り,2023年12月6日にパネル展の様子が地方紙に掲載された.
なお,12月1日世界エイズデーにあわせて精力的に取り組んだ前後2週間程度の約1ヶ月間を,世界エイズデー関連の取り組み期間とした.
3. 分析方法本事業における普及啓発の目標は,地域住民が正しい知識を得ること及び必要な検査や相談につながることとした.今回は,様々な普及啓発方法を媒介しHPに誘導することを意図したことから,各取り組み後のHPアクセス数の増加,電話問い合わせ件数の増加を評価指標とした.
観察期間は2022年1月から2023年12月の間とし,北海道公式HPアクセス解析ツールであるAWStatsを利用し,当保健所が作成した「エイズを予防しましょう!」における,組織外部からのアクセスのみを抽出したHPアクセス数を取得した.観察期間のうち分析対象期間は,曜日や祝日等の日数によるアクセス数への影響を取り除くため,それらの日数が同じになるような期間とした.
まず,当保健所作成の「エイズを予防しましょう!」におけるHPアクセス数の経年推移をみるために,記述統計として,2022年と2023年の月別アクセス数及び2023年から2022年の月別アクセス数を減じた数について,最大,最小,平均を算出した.
HPの更新前後におけるHPアクセス数を比較するために,「更新前」を2023年9月6日(水)~10月5日(木),「更新後」をHPの大幅更新をした日である2023年10月11日(水)~11月9日(木)の各30日間,世界エイズデーの取り組み期間前と期間中におけるHPアクセス数を比較するために,「期間前」を2023年10月17日(火)~11月15日(水),「期間中」をポスター掲示が順次開始されたと考えられる2023年11月21日(火)~12月20日(水)の各30日間として,平均HPアクセス数をそれぞれ算出した.分析方法は,HP更新前後及び世界エイズデーの取り組み期間前と期間中で,平均HPアクセス数に違いがあるのかについて,等分散と仮定できないためウェルチのt検定をそれぞれ行った.
さらに,受検者が当保健所HIV検査を知ったきっかけはHPを見たことによるものがほとんどであることを踏まえ,世界エイズデー取り組み期間前と期間中におけるHPアクセス数に対する電話問い合わせ件数の割合(以下電話問い合わせ割合)に違いがあるのかχ2検定(イェーツの補正)を用いて群間比較した.
なお,すべての統計解析には,R及びRコマンダーの機能を拡張した統計ソフトウェアであるEZR(Kanda, 2013)を使用し,統計的有意水準を0.05未満とした.
4. 倫理的配慮収集データに個人情報は含まれておらず,今回の分析に用いた項目は,HPアクセス数等の業務に関する指標のみであることから,「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」に定義される「人を対象とする生命科学・医学系研究」には該当しない.なお,投稿にあたり所属機関から公表の承諾を得ている.
当保健所における2023年度HIV/エイズ予防対策普及啓発事業の主な取り組み実績として,HPの更新は4ヶ月計5回,作成したポスターは管内24ヶ所に掲示,パネル展の開催期間は15日間で,ポケットティッシュを289個配布した.
2. 年月別HPアクセス数(図1)2022年及び2023年における月別HPアクセス数について,2022年は最大が11月の164件,最小が6月の72件,平均116.2件であった.2023年は最大が11月の259件,最小が4月の109件,平均156.8件であった.
2022年と2023年とのアクセス数の差(2023年アクセス数-2022年アクセス数)は,最大が12月の96件,最小が9月の–24件,平均40.7件であった.月別でみると,2022年よりも2023年の方がアクセス数の多かった月は1月,2月,3月,6月,7月,8月,10月,11月,12月の9箇月,少なかった月数は4月,5月,9月の3箇月であった.さらに,アクセス数の差が平均よりも多くなっていた月数は12箇月中6箇月で,1月,2月,6月,10月,11月,12月であった.
3. HP更新前後におけるアクセス数の比較(表2)平均アクセス数は,「更新前」が4.63件,「更新後」が6.87件と「更新後」が2.24件多く,その差は統計的に有意だった(p<0.01).
n | 平均(件) | 標準偏差 | 平均値の差 | 95% 信頼区間 |
p | |
---|---|---|---|---|---|---|
更新前 | 30 | 4.63 | 1.85 | 2.24 | 1.18–3.29 | <0.01 |
更新後 | 30 | 6.87 | 2.22 |
ウェルチのt検定
平均アクセス数は,「期間前」が6.63件,「期間中」が7.57件と「期間中」が0.94件多かったが,統計的に有意差はなかった(p=0.129).
n | 平均(件) | 標準偏差 | 平均値の差 | 95% 信頼区間 |
p | |
---|---|---|---|---|---|---|
期間前 | 30 | 6.63 | 1.92 | 0.94 | –0.28–2.15 | 0.129 |
期間中 | 30 | 7.57 | 2.70 |
ウェルチのt検定
電話問い合わせ割合について,世界エイズデー取り組み「期間前」は2.9%,「期間中」は7.7%と「期間中」が4.8%高く,その差は統計的に有意だった(p<0.05).
n | 電話問い 合わせあり |
割合の差(%) | 95%信頼 区間(%) |
p | |
---|---|---|---|---|---|
期間前 | 30 | 6(2.9%) | 4.8 | 0.7–8.9 | <0.05 |
期間中 | 30 | 19(7.7%) |
χ2検定(イェーツの補正)
HIV/エイズ予防対策普及啓発事業における事業評価として,保健事業評価で用いられる4つの観点のうち,プロセス評価(過程),アウトプット評価(事業実施量),アウトカム評価(結果)の視点から,取り組み内容と結果について考察する.
1) プロセス評価(過程)について普及啓発方法について,HPは比較的自由な量や内容で情報提供でき,閲覧時のプライバシーは守られる点で優れているが,インターネットを利用できてアクセスした人でなければ見る機会はなく,更新作業には多少の能力や意欲が求められる.ポスター掲示及びパネル展は,デザインや掲示・開催場所によって情報の自由度や周知の範囲にある程度のメリットはあるが,制作方法や資金調達,会場選定等の準備や調整すべきことが多く労力がかかるため,コストとパフォーマンスのバランスを考えることが望まれる.それぞれの方法のメリットとデメリットを踏まえ,普及啓発の主な対象者やその特性,かけられる費用や稼働の程度等によって普及啓発方法を適切に選択し,状況に応じて複数活用するといった工夫をしていけると良いと考える.
2) アウトプット評価(事業実施量)についてHPアクセス数の2022年と2023年との月別比較について,表1に示すとおりHPの更新がなかった2022年よりも積極的にHPの更新を行った2023年において,更新月である6月,10月,11月,12月のすべてでアクセス数が増加していたことがわかる.また,最新情報を入れる等HPの内容を大幅に更新した10月11日を基準とし,HPの更新以外の取り組みはなかった前後約1ヶ月におけるHPアクセス数の比較について,更新後のアクセス数の方が有意に多くなっていた.これらのことから,普及啓発の方法のひとつとしてHPの更新や内容の拡充は,アクセス数の増加に効果があることが明らかとなった.
当保健所HP「エイズを予防しましょう!」へのアクセスルートとして,ポスターや啓発物品に印字した二次元コードを読み取ることによる直接アクセス,検索エンジンに当保健所名とエイズ等と入力して検索し上位表示されるタイトルやブックマークからの直接アクセスのほか,当保健所HP内の別ページから辿り着く可能性が考えられる.アクセス数増加の要因として,繰り返しの閲覧も一定数あると考えられるが,HPを更新するとページ一覧において新しい更新日順にタイトルが表示されるようになっているため,更新する都度ページ一覧でトップに表示されることで人目に触れる頻度が上がると推測される.したがって,更新頻度を上げることでより多くのアクセスが見込める可能性があると考えられる.
正しい情報の普及や,今回のようにHPを見てパネル展の取材が入ること等により,更なる波及効果が得られる可能性があるため,今後も更新していくことが大切と考える.
3) アウトカム評価(結果)について世界エイズデーに関連した普及啓発における取り組み期間前と期間中の比較において,平均値でみると期間前よりも期間中の方がHPアクセス数は多くなっていたものの,有意な差は見られなかった.一方,電話問い合わせ割合の比較では,期間前よりも期間中の割合の方が大きく,有意な差が見られた.実際にパネル展を見て検査を受けようと思ったという声も聞かれたことから,これは,新規でHPを閲覧した人やこれまで悩んでいた人への後押しになって,電話問い合わせにつながった人が増えた可能性がある.多少なりとも心配なことがあった人にとって,世界エイズデーに関連した普及啓発における一連の取り組みは,保健所への電話という行動を起こすひとつのきっかけとなった可能性があったと考えられる.
HIV/エイズに関する正しい知識と保健所HIV検査の周知を目的としたポスターの作成・掲示,イベント等の開催を今後も検討していけると良い.
2. 事業評価における考察エイズに関する特定感染症予防指針(厚生労働省,2018)にて,普及啓発は科学的根拠に基づく正しい知識,保健所等における検査・相談の利用に係る情報等を周知することが重要とされている.本取り組みはすべて,HIV/エイズに関する正しい知識と保健所検査の周知を念頭に置いた普及啓発であり,今回HPアクセス数や電話問い合わせ割合の増加が明らかになったことは,情報を周知する普及啓発活動の効果として一定の成果が得られたと解釈できると考える.また,自治体の保健事業における現状と課題を調査した研究(大曽ら,2020)によると,啓発型事業では事業の前後比較に関する評価を実施した市町村は少なく,ストラクチャー・プロセス・アウトプット・アウトカムを意識した評価は十分されているとは言えないと述べられている.今回の事業評価は,取り組みの前後比較や保健事業評価の観点を意識した評価にはなっている.一方で,住民が正しい知識を得たかどうかを把握する評価指標を設定できず,事業目標である地域住民が正しい知識を得ることを評価することはできなかった.今後の課題としては,HPアクセス数を評価指標のひとつとして活用しつつも,その中に住民が正しい知識を得られたかを把握する仕掛けを組み込むこと等によって,より目標に即した評価ができるよう工夫していくことが求められると考える.
3. 本研究の限界と今後の展望本研究の限界として,地域特性によって年齢構成等が異なると考えられるため,結果を一般化することはできない.また,様々な方法による普及啓発活動を行ってきたが,事業評価の結果分析では世界エイズデーを中心とした普及啓発における取り組み全体をみたため,どの普及啓発方法による効果であったかは特定できない.分析視点で考えると,普及啓発方法別に取り組み時期やHPのURLを変える等によりHPアクセス数のカウント方法を工夫することで,より正確に各方法別のHPアクセス数を把握することができると考える.本研究が普及啓発事業の評価をする際の参考のひとつとして活用され,普及啓発における評価について検討する機会や新たな評価方法のアイデアが広がっていく一助となることを期待する.
論文作成や投稿にあたり,ご理解,ご協力くださったすべての方々に,心より感謝申し上げます.
なお,本研究に開示すべきCOI状態はない.