日本公衆衛生看護学会誌
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研究
乳児の母親と3歳児の母親がもつ母性意識
―比較および関連要因の検討―
小川 優横山 美江
著者情報
キーワード: 母性意識, 育児, 乳児, 幼児
ジャーナル オープンアクセス HTML

2017 年 6 巻 1 号 p. 47-56

詳細
Abstract

【目的】乳児と3歳児をもつ母親の母性意識における肯定的感情と否定的感情について比較分析し,その関連要因を明らかにすることを目的とした.

【方法】A市の4か月児健康診査および3歳児健康診査の対象児をもつ母親に,自記式質問紙を郵送し,回答を得た.

【結果】母性意識の肯定的感情得点は,乳児の母親と3歳児の母親では差は認められなかった.しかし,否定的感情得点は,乳児の母親に比べ,3歳児の母親の方が有意に高かった.重回帰分析の結果,ストレス得点は乳児の母親,3歳児の母親ともに肯定的感情得点および否定的感情得点の両方と関連を認めた.さらに,妊娠中から育児のイメージができた母親は,乳児および3歳児をもつ母親ともに,母性意識の肯定的感情得点が高かった.

【結論】母性意識の健全な育成には,母親のストレス軽減のための長期的なサポートが重要であり,かつ妊娠中から育児のイメージができるような支援が必要であることが示された.

I. 緒言

近年,育児に対する否定的感情をもつ母親が増加していることが報告されており(厚生労働省,2007),「健やか親子21(第2次)」(厚生労働省,2014)では,「育てにくさを感じる親に寄り添う支援」を重点課題として挙げ,育児に対する困難感をもつ母親への育児支援の必要性が強調されている.母親の育児に対する否定的感情に対する支援には,母親の母性意識の肯定的感情を高めることが重要であることが指摘されている(馬場ら,2013島澤ら,2015).

母性意識には肯定的側面と否定的側面がある(新道,1986大日向,1988).また,母性意識は,女性の本能として生まれながらに備わっているものではなく,生育過程や妊娠,出産ならびに育児体験を通して形成され,発達するものである(新道,1986大日向,1988).これらのことから,母親の母性意識の肯定的感情を高め,否定的感情を低減させること,すなわち,母性意識の健全な育成につながる介入が,母親への育児支援として重要である.しかしながら,母親の母性意識の育成に関する研究のほとんどが妊娠期から産褥期にかけての母親役割の獲得に関する報告であり(Emmanuel et al., 2008中垣ら,2012),乳幼児期の母親の母性意識に影響を及ぼす要因についての報告は数少ない(竹原ら,2009).また,乳児と幼児では,児の発達段階が異なり,母子相互作用の変化,育児環境の変化により,各々の時期の母性意識の育成に影響を及ぼすことが推察されるが,乳児期と幼児期の子どもを持つ母親の母性意識について比較した研究はみられない.また,「健やか親子21(第2次)」(厚生労働省,2014)においても,切れ目ない妊産婦・乳幼児への保健対策の充実が求められており,乳幼児健診を含めた母子保健事業の評価のためにも,乳児および3歳児をもつ母親の母性意識について比較することは有用である.

本研究は,母性意識の育成のための基礎研究として,乳児と3歳児をもつ母親の母性意識の肯定的感情と否定的感情について比較分析し,それぞれの母性意識に関連する要因を明らかにすることにより,今後の母子保健における育児支援のあり方を検討する資料とすることを目的とした.なお,子どもの人数が育児中の母親の感情に影響することが指摘されており(吉田ら,2001徳弘ら,2015),今回は母性意識の育成のための基礎研究であるため,乳児および3歳児を第一子としてもつ母親を対象とした.

II. 方法

1. 調査対象者

兵庫県A市で実施した4か月児健康診査の対象児をもつ母親782人,3歳児健康診査の対象児をもつ母親790人.対象者には乳幼児健康診査の案内とともに,自記式質問紙を郵送し,健診時に回収した.

2. 調査期間

2010年3~4月

3. 分析対象者

4か月児健康診査の対象児をもつ母親555人(回収率71.0%),3歳児健康診査の対象児をもつ母親573人(回収率72.5%)から回答を得た.今回の研究目的が,母性意識の育成のための基礎研究であるため,子どもの年齢と出生順位を統制するために,3~6か月の子どもを第一子としてもつ母親(以下,乳児の母親),および3歳4か月~4歳未満の子どもを第一子としてもつ母親(以下,3歳児の母親)を本研究の対象者とした.なお,母性意識に影響を及ぼすと考えられる多胎児家庭(双胎児15組)の母親30人は除外した.

4. 調査内容

1) 対象者の属性

対象者の属性の調査項目は,現在の年齢,出産時の年齢,家族構成である.

2) 母性意識

本研究では,母性意識について,大日向(1988)が作成した母性意識尺度を用いた.母性意識尺度は,母親としての役割を肯定的に受容する肯定的感情と,否定的に受容する否定的感情を独立して測定することができる.肯定的感情については,「母親であることが好きである」等の6項目に対し,「そのとおりである(4点)」,「どちらかといえばそうである(3点)」,「どちらかといえば違う(2点)」,「違う(1点)」の4件法で尋ね,単純加算した合計点を項目数の6で除した数を得点化した(以下,肯定的感情得点).否定的感情は,「自分は母親として不適格なのではないだろうか」等の6項目に対し,肯定的感情得点と同様に,4件法で尋ね,単純加算した合計点を項目数の6で除した数を得点化した(以下,否定的感情得点).両得点とも,点数が高いほど,それぞれの感情が高いことを示している.本研究における尺度得点のクロンバックα係数は,肯定的感情得点0.86,否定的感情得点0.75であった.

3) 育児背景

母性意識に関連する要因について,育児背景を調査した.妊娠中および出産時の育児背景は,母親(両親)学級への参加,妊娠中の育児に対するイメージ,授乳方法,出産後の気分の落ち込みである.妊娠中の育児に対するイメージは,「たいへんできた」,「まあまあできた」,「どちらでもない」,「あまりできなかった」,「できなかった」の5段階で回答を求めた.出産後の気分の落ち込みについては,「常にあった」,「まあまああった」,「少しはあった」,「ほとんどなかった」,「なかった」の5段階での選択項目とした.

現在の育児背景として,母親の体調,睡眠不足の自覚,ストレス,抑うつ状態,育児に関して相談ができる友人の有無,配偶者のサポート,および,自己効力感を尋ねた.睡眠不足の自覚は,「かなりある」,「まあまあある」,「少しはある」,「ほとんどない」,「ない」の5段階で回答を求めた.ストレスに関しては,意味的微分法(Semantic Differential Method,以下,SD法とする)(Polit et al., 1978)を用いた.SD法は図式評定尺度であり,概念や物象が個人にとってもつ心理学的意味を測定することができる.特性の一方の最極端から他方の最極端までを段階的に表した一つの線上で,もっとも適当と思われる点にチェックをつけてもらった.本研究では,現在感じているストレスについて,「まったく感じていない」~「非常に感じる」といった正反対になる言葉で構成し,0~10点で得点化した.点数が高いほど母親が感じるストレスが大きいことを示している(以下,ストレス得点).

抑うつ状態は,うつ病自己評価尺度(the Center for Epidemiological Studies Depressions Scale,以下,CES-D)日本語版(島ら,1985)にて測定した.CES-D日本語版は,過去1週間における抑うつ状態に関わる症状の存在を確認することができる.20項目の合計点を算出し,0~60点のうち高得点であるほど,精神健康度が不良であることを示している(以下,抑うつ得点).

配偶者のサポートは,地域住民用ソーシャルサポート尺度(堤ら,2000)を用いた.本尺度は,対象者が得ているソーシャルサポートを,サポート提供者を対象者に合わせて設定し,使用できる.育児期の母親が得ている配偶者のサポートを測定する尺度としても用いられている(吉永ら,2007).全10項目で構成されており,期待されるサポート量を4件法(1~4点)で尋ね,逆転項目を調整し,単純加算した得点が高いほどサポートを受けていることを示す(以下,サポート得点).配偶者がいない場合は0点とし,さらに,配偶者からのサポートを問う場合,社会的望ましさ尺度との有意な相関のある2項目は削除することが勧奨されており(堤ら,2000),本研究でも削除したため,得点範囲は0~32点であった.

自己効力感は,成田ら(1995)の特性的自己効力感尺度を使用した.本尺度は,具体的な個々の課題や状況によらない一般化した日常場面における行動に影響する自己効力感であり,人格特性的な認知傾向を測定できる.母親の自己効力感は,子どもの発達段階によって異なることが予測されたため,本研究では特性的自己効力感尺度を使用した.得点範囲は23~115点であり,点数が高いほど自己効力感が高いことを示している(以下,自己効力感得点).

5. 分析方法

乳児の母親と3歳児の母親の属性および育児背景の比較にχ2検定およびt検定を行った.乳児の母親,3歳児の母親それぞれの母性意識に関連する要因を明らかにするために,母性意識尺度の肯定的感情得点および否定的感情得点との関連について単変量解析を行った.単変量解析を行う前に母性意識尺度の得点分布を確認したところ,正規分布を認めなかったため2群間の比較にはMann-Whitney U検定,相関係数の算出にSpearman相関分析を行った.次に,単変量解析において有意な関連を認めた変数を独立変数とし,母性意識の肯定的感情得点および否定的感情得点を従属変数として重回帰分析を行った.変数投入法にはステップワイズ法を用い,各標準偏回帰係数から有意な変数を確認し,多重共線性は,VIF値(Variance Inflation Factors)を用いて検討した.また,3歳児の母親については補正項目として第二子以降の子どもの有無を加えた.解析に際して,得点化した変数は連続量として,質的変数はダミー変数として分析を行った.分析には,SPSS ver21.0 for Windowsを用いた.

6. 倫理的配慮

本研究は,大阪市立大学大学院倫理審査委員会(第21-5-3)での承認を得て実施した.また,A市において,依頼文書を用いて研究の趣旨と対象者への倫理的配慮について説明を行い,承認を得た.対象者へは,依頼文書の中で調査の趣旨説明を行い,調査の協力は任意であり,調査の不参加による不利益は生じないこと,調査結果は無記名とし,個人情報を保護すること,調査票の回答をもって同意とみなすことを記載し,調査票とともに協力機関から発送した.また,本研究で対象としていないデータも保健事業の向上のための基礎的資料として用いている.

III. 結果

1. 対象者の基本属性

乳児の母親271人(有効回答率34.7%),および3歳児の母親306人(有効回答率38.7%)を本研究の対象者とした.乳児の母親と3歳児の母親の母性意識と属性および背景を表1に示す.母性意識の肯定的感情得点は,乳児の母親が3.31±0.52(Mean±SD)点,3歳児の母親は3.27±0.52点と,肯定的感情得点は有意差を認めなかった.一方,母性意識の否定的感情得点は,乳児の母親が1.74±0.49点,3歳児の母親が1.90±0.53点と,3歳児の母親の方が有意(P<0.001)に否定的感情得点は高かった.

表1  乳児・3歳児別母親の母性意識と母親の属性および背景
項目 乳児の母親
n=271
n(%)
3歳児の母親
n=306
n(%)
P値
〈母性意識〉
母性意識の肯定的感情得点a)
 Mean±SD 3.31±0.52 3.27±0.52 0.310
 Range 1.00–4.00 1.50–4.00
母性意識の否定的感情得点a)
 Mean±SD 1.74±0.49 1.90±0.53 <0.001
 Range 1.00–3.33 1.00–3.67
〈母親の属性・背景〉
母親の出産時の年齢a)
 Mean±SD 29.92±4.55​ 29.88±4.35​ 0.913
 Range 17–42 19–42
父親の出産時の年齢a)
 Mean±SD 31.94±5.40​ 32.04±4.91​ 0.812
 Range 18–53 20–56
子どもの性別b)
 男児 141(52.2) 162(52.9) 0.868
 女児 129(47.8) 144(47.1)
第二子以降の子どもの有無
 あり 146(48.8)
 なし 153(51.2)

1)a:t検定 b:χ2検定

2)不明なものは除外した.

2は乳児の母親と3歳児の母親の育児背景について比較したものである.妊娠中および出産時の育児背景は,乳児の母親と3歳児の母親では,有意差を認めなかった.現在の育児背景において,育児の相談ができる友人がいる者は3歳児の母親が乳児の母親に比べ,有意(P<0.05)に多かった.また,3歳児の母親は乳児の母親に比べ,母親のストレス得点と抑うつ得点が有意(P<0.001, P<0.01)に高かった.配偶者のサポート得点は,乳児の母親の方が3歳児の母親と比して,有意(P<0.001)に高かった.

表2  乳児・3歳児別母親の育児背景
項目 乳児の母親
n=271
n(%)
3歳児の母親
n=306
n(%)
P値
〈妊娠中および出産時の育児背景〉
母親(両親)学級への参加a)
 参加 222(82.5) 265(86.9) 0.162
 不参加 47(17.5) 40(13.1)
妊娠中の育児のイメージa)
 たいへんできた~まあまあできた 141(52.6) 134(44.2) 0.054
 どちらでもない~できなかった 127(47.4) 169(55.8)
授乳方法a)
 母乳栄養 142(52.8) 153(50.0) 0.146
 人工栄養 22(8.2) 15(4.9)
 混合栄養 105(39.0) 138(45.1)
出産後の気分の落ち込みa)
 非常にあった~少しはあった 172(63.9) 191(62.6) 0.795
 ほとんどなかった~なかった 97(36.1) 114(37.4)
〈現在の育児背景〉
体調a)
 よい 246(91.1) 261(86.1) 0.067
 体調が悪い~治療中 24(8.9) 42(13.9)
睡眠不足の自覚a)
 かなり睡眠不足である~少しはある 104(38.4) 112(36.6) 0.667
 ほとんどない~睡眠不足ではない 167(61.6) 194(63.4)
育児の相談ができる友人a)
 あり 228(90.5) 284(95.0) 0.046
 なし 24(9.5) 15(5.0)
ストレス得点b)
 Mean±SD 3.97±2.55 4.95±2.69 <0.001
 Range 0–10 0–10
CES-Dにおける抑うつ得点b)
 Mean±SD 7.86±6.65 9.46±6.42 0.003
 Range 0–35 0–33
配偶者のサポート得点b)
 Mean±SD 27.37±4.56​ 25.16±6.43​ <0.001
 Range 0–32 0–32
自己効力感得点b)
 Mean±SD 76.05±12.17 74.69±11.57 0.178
 Range 29–111 45–105

1)a:χ2検定 b:t検定

2)不明なものは除外した.

2. 乳児の母親と3歳児の母親の母性意識の肯定的感情得点の関連要因(表3

乳児の母親は,妊娠中に育児のイメージができた母親,育児の相談ができる友人がいる母親は,それ以外の者に比べ有意(P<0.001, P<0.01)に肯定的感情得点が高かった.3歳児の母親も乳児の母親と同様,妊娠中に育児のイメージができた母親,育児の相談ができる友人がいる母親は,それ以外の者に比べ有意(P<0.001, P<0.001)に肯定的感情得点が高かった.また,3歳児の母親のみ,母乳栄養および混合栄養だった母親は,人工栄養のみの母親と比べて,有意(P<0.05)に肯定的感情得点が高かった.

表3  母性意識の肯定的感情得点に関連する要因
変数 カテゴリー 乳児の母親 3歳児の母親
n Mean±SD 相関係数 P値 n Mean±SD 相関係数 P値
〈妊娠中および出産時の育児背景〉
母親(両親)学級の参加a) 参加 219 3.31±0.52 0.439 261 3.26±0.51 0.072
不参加 47 3.37±0.51 40 3.36±0.60
妊娠中の育児のイメージa) たいへんできた~まあまあできた 139 3.48±0.42 <0.001 134 3.46±0.46 <0.001
どちらでもない~できなかった 126 3.15±0.54 166 3.17±0.55
授乳方法a) 母乳栄養・混合栄養 243 3.33±0.50 0.181 287 3.29±0.51 0.033
人工栄養のみ 22 3.09±0.73 15 2.93±0.65
出産後の気分の落ち込みa) 非常にあった~少しはあった 169 3.28±0.51 0.081 188 3.18±0.55 <0.001
ほとんどなかった~なかった 97 3.37±0.54 113 3.43±0.043
〈現在の育児背景〉
体調a) よい 242 3.32±0.53 0.351 257 3.30±0.51 0.059
体調が悪い・治療中 24 3.26±0.45 42 3.10±0.60
睡眠不足の自覚a) かなり睡眠不足である~少しはある 163 3.27±0.54 0.076 190 3.25±0.53 0.350
ほとんどない~睡眠不足ではない 104 3.39±0.48 112 3.30±0.51
育児の相談ができる友人a) あり 226 3.34±0.52 0.007 280 3.29±0.58 <0.001
なし 23 3.04±0.55 15 2.74±0.64
ストレス得点b) 264 –.385 <0.001 297 –.366 <0.001
抑うつ得点b) 265 –.372 <0.001 298 –.366 <0.001
配偶者のサポート得点b) 263 .283 <0.001 295 .208 <0.001
自己効力感得点b) 260 .326 <0.001 292 .249 <0.001

1)a:Mann-Whitney U検定 b:Spearman相関係数

2)不明なものは除外した.

乳児の母親,3歳児の母親ともに,ストレス得点,抑うつ得点は肯定的感情得点と有意(P<0.001)な負の相関を認めた.配偶者のサポート得点,ならびに自己効力感得点は乳児,3歳児の母親ともに有意(P<0.001)な正の相関を認めた.

3. 乳児の母親と3歳児の母親の母性意識の否定的感情得点の関連要因(表4

乳児の母親は,妊娠中に育児イメージができた母親,体調がよいと答えた母親は,それ以外の者に比べ有意(P<0.001, P<0.01)に否定的感情得点が低かった.出産後の気分の落ち込みがあった母親および睡眠不足の自覚がある母親は,ない者と比較し有意(P<0.001, P<0.01)に否定的感情得点が高かった.

表4  母性意識の否定的感情得点に関連する要因
変数 カテゴリー 乳児の母親 3歳児の母親
n Mean±SD 相関係数 P値 n Mean±SD 相関係数 P値
〈妊娠中および出産時の育児背景〉
母親(両親)学級の参加a) 参加 218 1.76±0.49 0.052 259 1.90±0.51 0.578
不参加 44 1.61±0.49 40 1.88±0.62
妊娠中の育児のイメージa) たいへんできた~まあまあできた 137 1.64±0.47 <0.001 132 1.82±0.53 0.015
どちらでもない~できなかった 122 1.85±0.49 166 1.96±0.52
授乳方法a) 母乳栄養・混合栄養 240 1.74±0.49 0.489 286 1.89±0.52 0.236
人工栄養のみ 22 1.69±0.56 14 2.08±0.57
出産後の気分の落ち込みa) 非常にあった~少しはあった 166 1.86±0.50 <0.001 188 2.04±0.51 <0.001
ほとんどなかった~なかった 96 1.53±0.42 111 1.83±0.50
〈現在の育児背景〉
体調a) よい 239 1.71±0.49 0.002 256 1.87±0.52 0.047
不良 23 2.01±0.48 41 2.07±0.55
睡眠不足の自覚a) かなり睡眠不足である~少しはある 161 1.81±0.48 0.004 188 1.96±0.54 0.014
ほとんどない~睡眠不足ではない 102 1.63±0.49 112 1.80±0.49
育児の相談ができる友人a) あり 220 1.73±0.49 0.131 279 1.90±0.52 0.088
なし 24 1.90±0.53 14 2.10±0.48
ストレス得点b) 260 .517 <0.001 296 .544 <0.001
抑うつ得点b) 261 .548 <0.001 296 .445 <0.001
配偶者のサポート得点b) 260 –.220 <0.001 293 –.263 <0.001
自己効力感得点b) 256 –.307 <0.001 290 –.344 <0.001

1)a:Mann Whitney U検定 b:Spearman相関係数

2)不明なものは除外した.

3歳児の母親も乳児の母親と同様に,妊娠中に育児イメージができた母親,ならびに体調がよいと答えた母親は,それ以外の者に比べ有意(P<0.05, P<0.05)に否定的感情得点が低かった.出産後の気分の落ち込みがあった母親および睡眠不足の自覚がある母親は,ない者と比較し有意(P<0.001, P<0.05)に否定的感情得点が高かった.

また,ストレス得点,抑うつ得点は乳児の母親,3歳児の母親ともに否定的感情得点と有意(P<0.001)な正の相関を認め,配偶者のサポート得点,ならびに自己効力感得点は乳児,3歳児の母親ともに有意(P<0.001)な負の相関を認めた.

4. 重回帰分析を用いた母性意識に影響する要因

母性意識に影響する要因を重回帰分析によって検討した結果を表5に示した.肯定的感情得点は,乳児の母親,3歳児の母親ともにストレス得点(乳児の母親,β=–0.260,P<0.001;3歳児の母親,β=–0.266,P<0.01),妊娠中の育児のイメージ(乳児の母親,β=0.267,P<0.001;3歳児の母親,β=0.160,P<0.01)が有意な関連を認めた.乳児の母親のみ,自己効力感得点(β=0.301, P<0.001)が肯定的感情得点と有意に関連していた.3歳児の母親では,抑うつ得点(β=–0.191, P<0.01),育児の相談ができる友人(β=0.151, P<0.01),授乳方法(β=0.113, P<0.05)が肯定的感情得点に有意に関連していた.

表5  重回帰分析を用いた母性意識に影響する要因
乳児の母親 3歳児の母親
標準偏回帰係数β P値 標準偏回帰係数β P値
肯定的感情得点 妊娠中の育児のイメージ .267 <0.001 .160 0.003
授乳方法 .113 0.039
出産後の気分の落ち込み –.103 0.072
育児の相談ができる友人 .064 0.266 .151 0.006
ストレス得点 –.260 <0.001 –.226 0.001
抑うつ得点 –.086 0.225 –.191 0.004
配偶者のサポート得点 .053 0.377 .028 0.630
自己効力感得点 .301 <0.001 .086 0.170
R2 .295 .245
調整済み決定係数R2 .285 .230
否定的感情得点 妊娠中の育児のイメージ –.115 0.026 –.028 0.565
出産後の気分の落ち込み .095 0.077 .231 <0.001
体調 –.036 0.487 –.007 0.897
睡眠不足の自覚 .034 0.519 .025 0.617
ストレス得点 .280 <0.001 .362 <0.001
抑うつ得点 .399 <0.001 .194 0.001
配偶者のサポート得点 .054 0.322 –.036 0.484
自己効力感得点 –.106 0.061 –.110 0.051
R2 .389 .376
調整済み決定係数R2 .381 .369

1)ステップワイズ法.単変量解析において有意差を認めた変数のみを投入した.

2)2値変数にはダミー変数を用い,妊娠中の育児のイメージ(0:なし,1:あり),授乳方法(0:人工栄養,1:母乳・混合栄養),出産後の気分の落ち込み(0:なし,1:あり),体調(0:体調が悪い・治療中,1:よい),睡眠不足の自覚(0:かなり睡眠不足である~少しはある,1:ほとんどない~睡眠不足ではない),育児の相談ができる友人(0:なし,1:あり),とした.

一方,否定的感情得点も,ストレス得点が乳児の母親(β=0.280, P<0.001),3歳児の母親(β=0.362, P<0.001)両方に有意な関連を認めた.また,抑うつ得点も,乳児の母親(β=0.399, P<0.001),3歳児の母親(β=0.194, P<0.01)ともに,否定的感情得点と有意な関連を認めた.乳児の母親では妊娠中の育児のイメージ(β=–0.115, P<0.05),3歳児の母親では出産後の気分の落ち込み(β=0.231, P<0.001)がそれぞれ否定的感情得点と有意な関連を認めた.

IV. 考察

乳児の母親と3歳児の母親の母性意識を比較したところ,否定的感情は3歳児の母親の方が高く,肯定的感情は両者に差はなかった.本調査結果は,これまでの母親の育児に対する否定的感情に関する報告と同様に(藤田ら,2002高田ら,2008),乳児の母親よりも3歳児の母親の方が育児に対する否定的感情が高まることを裏づけている.

1. 母性意識の関連要因

母親のストレスは母性意識の両側面と有意な関連が認められた.これまでも母親のストレスと育児への否定的感情について分析した研究は数多くあり,ストレスの高い母親は否定的感情が増強することが報告されている(藤田ら,2002高田ら,2008).したがって,母親のストレスを軽減することが,母性意識の健全な育成に有効であると言える.このような母親のストレスの軽減には,配偶者のサポートを含めたソーシャルサポートが重要であることが以前より指摘されているが(藤田ら,2002吉永ら,2007),今回,配偶者のサポートは,乳児ならびに3歳児をもつ母親の母性意識と関連は認められなかった.本研究で使用した配偶者のサポートは,必要な時にサポートを期待できるかという主観的認知を測定しており(堤ら,2000),配偶者からのサポートを期待するほど得ることができていないと母親が感じていることが推察される.配偶者のサポートが重要であるという認識を配偶者自身が持ち,配偶者が自主的に育児に関わることで,母性意識の発達は促進されると思われる.乳幼児健診や育児教室等で,配偶者向けに配偶者のサポートの重要性についての健康教育を実施することも有効であろう.特に,3歳児の母親の方が母性意識の否定的感情が高いことを考慮すると,子どもの成長発達に併せて長期的にサポート体制の見直しや啓発を行う必要がある.

妊娠中の育児のイメージは,乳児ならびに3歳児の母親ともに,母性意識に関連していることが明らかになった.このことは,妊娠中に育児をイメージできるように支援することが,母性意識の健全な育成につながることを示唆している.一方,本研究は第一子である乳児および3歳児をもつ母親を対象としており,8割以上の母親が母親(または両親)学級に参加していた.しかし,母親学級の参加状況は,母性意識との関連を認めなかった.そのため,母親学級の内容について,育児が具体的にイメージでき,母性意識の育成につながるよう再検討する必要がある.育児経験の少ない現代の妊婦に対する支援として推奨されている育児演習型母親学級も(田端ら,2005),育児イメージをもつためには有効である.また,初妊婦と乳児を育てる母親との交流が,初妊婦の出産,育児のイメージ化につながっているとの報告もあり(渡邉ら,2013),妊婦が乳幼児や母親等の育児経験者と触れ合うことを目的に,妊娠期から地域の子育て交流スペースを積極的に利用することも妊娠中の育児のイメージ化には有用であろう.

調査時点の抑うつ状態は,3歳児の母親の母性意識の肯定的感情と否定的感情の両方に,また乳児の母親の否定的感情に影響を及ぼしていた.産褥期の母親を対象とした研究でも同様に,産後うつ病のリスクが母親役割獲得のプロセスに悪影響を及ぼすことが示唆されている(酒井ら,2010).さらに,特筆すべきことは,出産後の気分の落ち込みが,3歳児をもつ母親において,母性意識の否定的感情を高めていたことである.妊娠末期または産褥早期の心身の健康状態は,その後の健康状態に影響し,マタニティブルーズのあった母親は,産後2年間にわたり,不安ならびに疲労感が強いことが指摘されている(吉田ら,2003).周産期に抑うつ状態のあった母親は,なかった母親に比べ,2年後に抑うつ状態に陥るリスクが4倍であったとの報告もある(Reay R. et al., 2011).おそらくこのような状況が,乳児期ではなく3歳児の母親の母性意識に影響しているものと推察される.周産期における母親の精神状態のアセスメントは,切れ目ない妊産婦・乳幼児への保健対策として,産後の支援としてだけではなく,長期的な母性意識の育成にも重要である.

Dennis(2010)は,マタニティブルーズのある母親への支援としてピアサポートが有効であると指摘しているが,本研究でも,育児相談ができる友人がいることは,3歳児をもつ母親にとって,母性意識の肯定的感情を高める要因の一つであった.情緒,社会性に関する発達上の問題が,3歳児になると有意に増加するとの報告があり(神庭ら,2003),子どもが3歳になると,成長発達に伴う行動範囲の拡大や反抗などにより,乳児期よりも発達に関する母親の不安が増大することが推察される.さらに,少子化により,発育や発達に関する気がかりをきょうだい間で解消することが難しくなっており,同年代の子どもをもつ相談相手の存在が重要となる.子どもが3歳になった時点で,相談ができる友人がいるためには,より早い段階で,母親同士を繋げていくことが重要であり,そのような母親同士の交流の場をより多くの機会をとらえて設定していくことが望まれる.

さらに,自己効力感は,乳児をもつ母親の母性意識の肯定的感情得点と有意な関連が認められた.本研究で使用した特性的自己効力感は,日常生活における行動に影響する自己効力感であり,育児に特化するものではない.日常の中で育児に関連しない事柄でも,母親の自己効力感を高める支援が,母性意識の発達にも影響を及ぼす可能性が示された.このことについても,母親の育児を取り巻く地域の環境整備として,同じ課題を持つ母親との交流や,地域の子育て支援者からのエンパワメントを通じて,母親自身が自己成長を感じられるような場が必要であると言える.

最後に,母乳を与えた母親は,子どもが3歳になった時点において肯定的感情が高まることが示唆された.3か月児健診受診児の母親を対象とした報告でも,母乳栄養による授乳を行っている母親は,育児が楽しいと回答する者が有意に多かったとの報告もあり(横山ら,2012),乳児期の母乳栄養の確立が母親の育児に対する肯定的感情に影響し,母性意識の健全な育成につながると考えられる.母乳分泌不足や体重増加不良等による母親の不安を配慮しながら,母親のできる範囲で人工栄養のみに偏らない授乳方法を母親が選択できるよう,母乳育児を支援していくことも母性意識の健やかな発達に有用であると言える.

2. 本研究の限界

本研究の限界として,本調査結果では,3歳児の母親の約5割が第二子以降の子どもを養育していたが,第二子の影響については,検討できていない.また,母親教室については,参加時期や内容までは問えていない.母親教室の内容を見直す際には,妊娠週数も考慮し検討する必要があろう.さらに,乳児と3歳児をもつ母親を横断的に調査したため,縦断的な変化として言及することはできないことが挙げられる.母性意識は,子どもの要因,母親の特性,家族,ならびに社会背景等様々な要因が影響しており,今回の重回帰分析の決定係数から鑑みても,今後は縦断的に,背景要因を検討する必要があろう.

V. まとめ

本調査結果から,母性意識の肯定的感情は,乳児の母親と3歳児の母親では,差は認めなかった.しかし,母性意識の否定的感情得点においては,乳児の母親よりも3歳児の母親の方が,否定的感情が高まることが示された.母性意識は,母親のストレスと有意な関連が認められ,ストレス得点の高い乳児ならびに3歳児をもつ母親はともに,母性意識の肯定的感情得点が低く,かつ否定的感情得点が高かった.さらに,妊娠中から育児のイメージができた母親は,乳児ならびに3歳児をもつ母親ともに,母性意識の肯定的感情得点が高いことが明らかとなった.これらのことから,母性意識の健全な育成には,母親のストレス軽減のための長期的なサポート体制を見直すとともに,妊娠中からの育児のイメージができるような支援や,地域における妊婦および母親同士の交流の場の設定が必要であることが示された.

謝辞

育児にお忙しい中,アンケートに丁寧にお答えいただいたお母さま方をはじめ,ご協力いただいたA市保健師の皆様に深くお礼申し上げます.本研究の一部は,文部科学省科学研究費補助金挑戦的萌芽研究(課題番号26671042,研究代表者:横山美江)の助成を受けて実施した.

文献
 
© 2017 日本公衆衛生看護学会
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