日本植物病理学会報
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土當歸萎縮性火傷病(新稱)に關する研究
渡邊 龍雄
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1939 年 8 巻 4 号 p. 271-297

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抄録

1. 本論文は土當歸の萎縮性火傷病(新稱)を基因するPhoma屬菌の新變種菌の形態,生理及び病理學的性質に就て實驗觀察せる結果を報告せり。
2. 本病は5月上旬より秋期落葉する迄發生し,就中6-7月の候最も激甚を極む。莖には初め火腫状の楕圓形病斑現はれ,隣接のものと癒合し不規則の大なる病斑となり,其中央部褐色より灰白色に,周縁部紫褐色に變ず。そのため病患部木質化し,全く萎縮して歪形となるものなり。葉は葉脈に沿ふて赤紫色の病斑現はれ,遂に捲縮枯死す。花部は開花せずに畸形を呈す。斯くの如く地上部侵さるるため,根の生長衰へ著しく彎曲萎縮し且貯藏養分少なきため,之を軟化するも全く商品價値なき纖弱なる土當歸のみ生ず。
3. 病斑中に生じたる本菌の柄子殻は球形或は扁球形にして暗褐色を呈し,直徑37.5-150.0 μあり。柄胞子は楕圓形にして無色,一端稍細まり其大さ3.75-6.25×2.5-3.75 μあり。又培養基上に形成せられたる柄子殻は黒色又は黒褐色にして,直徑75.0-300.0 μあり,その中に生じたる柄胞子の大さは病斑上のものと略々一致す。
4. 菌絲の發育の最も良好なるは, 10種の培養基中馬鈴薯煎汁寒天なり。又柄子殼及び柄胞子の形成の最良なるは,馬鈴薯煎汁寒天,リチャーヅ氏液寒天及び乾杏煎汁寒天なり。
5. 本菌を各種温度に1週間培養し菌絲の發育程度を見たるに,乾杏煎汁寒天及びリチャーヅ氏液寒天上に於ては最適温度25℃,稀薄醤油寒天上に於ては22℃に存し,最低は10℃以下,最高温度30-35℃の間にあり。
6. リチャーヅ氏液を各種階級の水素イオン濃度に調節し,之に本菌を移植したるに,菌絲の發育の最適水素イオン濃度はpH 6.8に存し,其發育限度は酸性側に於てはpH 2.2-3.0の間に,アルカリ性側に於てはpH 8.6以上に存するものの如し。
7. リチャーヅ氏液に各種量の蔗糖を添加し,之に本菌を移植したるに,菌絲の發育の最良なるは液體及び固體共に2%添加のものにして, 1%, 5%之に次ぎ,それより上下何れに偏するも發育劣れり。
8. 本菌の柄胞子の發芽と培養温度の關係を知るため,乾杏煎汁中に20時間培養せり。發芽の最適温度は25℃附近, 28℃及び22℃之に次ぎ, 30℃は被害莖上の柄胞子のみ發芽し, 35°及び15℃には全然發芽なし。
9. リチャーヅ氏液を各種階級の水素イオン濃度に調節し,之に本菌柄胞子を移植し22℃にて18時間培養したるに,柄胞子の發芽の最適水素イオン濃度はpH 6.8に存し,其發芽限度は酸性側に於てはpH 1.8-22の間に,アルカリ性側に於ては, pH 8.6以上に存するものの如し。
10. リチャーヅ氏液に各種量の蔗糖を添加し,之に本菌を移植したるに,柄胞子の發芽の最良なるは2%添加のものにして, 5%,1%之に次ぎ,それより上下何れに偏するも發芽劣れり。
11. 本菌菌絲は濕熱にありては55℃に80分, 60℃に60分にて完全に生活力を失ひ,乾熱にありては60℃に90分, 65℃に10分にて死滅せり。又昇汞,硫酸銅及びクポイドの種々の量をリチャーヅ氏液寒天に添加し,之に本菌を培養したるに,昇汞は0.005%,硫酸銅は0.3%にて發育なく,クポイドは1%にありても尚發育し續けたり。
12. 本菌の培養柄胞子を以て寒土當歸の莖葉に有傷接種を行へるに, 7-10日の潜伏期を經て發病するものの如し。
13. 本菌をPhoma Araliae COOKE et MASSEE var. microspora WATANABE var. nov.と命名せんとす。

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