2025 年 3 巻 2 号 p. 46-54
労働者にみられる抑うつや不安をはじめとするメンタルヘルス不調は年々増加しており,生産性低下や欠勤を通じて労働者と雇用主の双方に損失をもたらし,社会経済にも影響を及ぼしている.とくに中小規模事業場では,専門スタッフの不足などを背景として,メンタルヘルス対策の実装に課題が残されている.一方,理学療法士が専門とする身体活動介入は,生理学的・心理的・社会的メカニズムを介してメンタルヘルスを改善し得ることが明らかになりつつあり,職域メンタルヘルスへの応用可能性は大きい.本総説では,国内の職域メンタルヘルス対策の現状を概観した上で,理学療法が一次予防から三次予防までに果たし得る役割を整理し,その意義と応用可能性について解説する.
Mental health problems experienced by workers, such as depression and anxiety, have been increasing each year. Such problems lead to losses for both workers and employers due to reduced productivity and absences from work; they also have a detrimental effect on society and the economy as a whole. Because many small- to medium-sized workplaces lack access to mental health professionals, implementing workplace mental health measures remains challenging .On the other hand, evidence clearly indicates that physical activity interventions by qualified physical therapists could improve patient mental health via neurophysiological, psychological, and social mechanisms, and have significant potential applicability to mental health issues at the workplace. This reviews the current status of workplace mental health measures in Japan, categorizes the roles that physical therapy may play, from primary to tertiary preventions, and discusses their significance and potential applicability.
2019年時点で,生産年齢人口(15〜64歳)のうち抑うつ症状を有する者は約2.8億人,統合失調症・双極性障害を有する者は約6,400万人,不安を抱えて生活する者は約3.1億人と推定されている1).国内では,過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上の休業者がいた事業所の割合は12.8%,仕事や職業生活に関する強い不安・悩み・ストレスを自覚する労働者は68.3%にのぼる2).
メンタルヘルス不調は,認知・感情・行動機能や対人関係を含むウェルビーイングと生活機能,身体健康,職業的アイデンティティに広範な悪影響を及ぼす.生産性・パフォーマンスの低下,安全に働く能力の低下,就労継続の困難を通じて,労働参加が阻害される可能性が高い.プレゼンティーイズム,アブセンティーイズム,離職は労働者と雇用主の双方に損失をもたらし,社会経済にも負担を与える1).したがって,メンタルヘルス不調は国内外で早急に対処すべき課題である.
メンタルヘルス対策は目的と実施主体により整理される.一次予防(発症予防),二次予防(早期発見・適切な措置),三次予防(復職支援)という枠組みに加え,実施主体としてセルフケア,ラインによるケア(管理監督者),事業場内産業保健等スタッフによるケア,事業場外資源によるケアと区分される(図1)3).

産業保健における理学療法士は,身体機能評価と運動・身体活動介入を基盤として,健康保持増進,労働災害予防および持続可能な就労を支援する専門職であり,職域メンタルヘルスの専門職ではない.しかし,運動・身体活動を核とした理学療法は,職域メンタルヘルスの一次予防から三次予防まで幅広く寄与し得る.そこで本総説では,本邦における職域メンタルヘルス対策の現状と課題を概観した上で,理学療法の意義と応用可能性を明確化する.
本邦のメンタルヘルス対策は,一次・二次・三次予防の三段階と,「セルフケア」「ラインによるケア」「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」「事業場外資源によるケア」の四つのケアを,継続的かつ計画的に組み合わせて推進することが要諦である.
一次予防は,過重労働や心理的ストレスによる不調発生の防止を含む,健康の保持増進を目的とする.具体的には,正しい知識の提供,ストレス反応の気づきと対処法の教育,良好な人間関係構築の研修,事業場内外の相談窓口整備などが該当する.常時50人以上の事業場に義務付けられた年1回のストレスチェックは一次予防に位置付けられている.ストレスチェックの労働者が自身の状態を把握するだけでなく,職場単位の課題を把握する上でも有用であり,集団分析による職場環境改善に資するものである.職場環境改善では,負担感や不調感などのネガティブ指標にとどまらず,快適で働きやすい職場づくりというポジティブ指標を用いた建設的な検討が重要である.特に労働者の主体的参画を促進し,要望やニーズが改善策に反映される仕組みを確保する必要がある.この主体的参画と建設的な検討を支える尺度として,メンタルヘルス改善意識調査票(MIRROR)およびメンタルヘルス風土尺度(WIN)が開発され4),WHO職場のメンタルヘルス対策ガイドラインにも職場環境改善が推奨されている.職場環境改善の実務については公式ウェブサイトに詳述されているので参照されたい5).
二次予防は,不調の早期発見と適切な措置を目的とする.相談窓口の設置と周知,定期健診などが中心であり,セルフケアやラインケアに加えて,事業場内産業保健スタッフ等および事業場外資源によるケアを組み合わせて実施する.ストレスチェックは一次予防に位置付けられるが,二次予防としての機能も併せ持つ.うつ病では気分低下に限らず,睡眠障害,痛み,倦怠感,認知機能低下(業務ミスの増加や能率低下など)を伴うことが多く,これらを自覚した場合は早期に産業保健スタッフへ相談することが望ましい.
三次予防は,休職者の職場復帰支援と復帰後のフォローアップ,再発防止を目的とする.復職計画の進捗確認を継続し,必要に応じて調整を行う.事業場外での職場復帰支援として,就労系障害福祉サービス(就労移行支援,就労継続支援A・B型,就労定着支援)や,医療機関,地域障害者職業センターでのリワークプログラムなどが三次予防にあたる.精神疾患の増加に伴い,就労系障害福祉サービスの利用は増加傾向にある6).リワークプログラム認定施設は国内で約20施設あり,復職支援および再発・再休職予防に関する有効性が報告されている7).
メンタルヘルス対策は制度上整理され普及が進んでいるものの,精神障害に係る労災保険給付の請求件数は年々増加傾向にあり,平成22年度と比較して3倍以上に達している.過重労働に起因する死亡事案も散見され,深刻な状況が継続している(図2)8).令和6年労働安全衛生調査では,メンタルヘルス対策に取り組む事業場の割合は,労働者50人以上で94.3%に対し,30~49人で69.1%,10~29人で55.3%と規模間格差が顕著である.ストレスチェックの実施率も同様で,労働者50人以上で89.8%,30~49人で57.8%,10~29人で58.1%にとどまる.さらに,高ストレス者が医師による面接指導を申し出る割合は低く,必要な支援にアクセスできていない可能性も指摘されている.ストレスチェックを実施した事業場の22.1%が「実施して終わり」となっており,職場環境改善への継続的な取り組みに至っていない状況がある9).継続的な取り組みが進まない背景として,①該当する高ストレス者がいない,②取り組み方法が不明,③専門スタッフの不在,が主な理由として挙げられている9).専門スタッフの不足は,中小規模事業場におけるメンタルヘルス対策の実装・支援を阻害する主要因と考えられる.また精神障害の発病に関与したと考えられる事象として,「対人関係」,「パワハラ」といった職場環境に関する出来事が増加傾向にあり,より良い職場環境への取り組みも重要視されている8).

職域メンタルヘルス対策は制度的整備が進展している一方で,専門スタッフの不足に加え,必要な支援が労働者に十分に行き届かず,継続的な取り組みに結びついていない状況がみられる.こうした現状を踏まえると,産業保健の現場に導入可能で,かつ日常的に労働者へ提供し得る支援手段の検討が求められる.その一つとして,理学療法の応用が期待される.
理学療法による職域メンタルヘルス関連アウトカムは,ネガティブ指標である心理的ストレス反応,抑うつ,不安,燃え尽き症候群と,ポジティブ指標であるワーク・エンゲイジメント,さらに組織環境アウトカムに大別できる.近年では,これらのアウトカムに対する有効性や関連性を示す報告が増えている.本章では,理学療法によって改善が期待される職域メンタルヘルス関連アウトカムについて整理する.
1.心理的ストレス反応/うつ/不安/燃え尽き症候群心理的ストレス反応とは,外的・内的ストレス要因に対して,心身に生じる一時的で可逆的な反応である.よくみられる症状として,イライラ,緊張,焦り,集中力低下,疲労感,睡眠障害,身体反応(肩こり,頭痛など)がある.うつとは,気分・思考・意欲が持続的に低下した状態であり,また不安とは過剰な恐怖や不安に関連して行動が妨げられている状態を指す.うつでは意欲低下や,集中力・判断力低下が見られ,不安では動悸,発汗などの症状がある.燃え尽き症候群は,活動水準が低く,仕事への態度・認知が否定的であり,「疲弊感」,「脱人格化(シニシズム)」,「個人達成感の低下」の3つの症状から定義されている.
心理的ストレス反応はK6によって測定できる10).6つの質問に回答するだけの構成となっており,メンタルヘルス不調の早期スクリーニングに適している.K6は本邦においては国民生活基礎調査の「こころの状態」など,大規模疫学調査に使用されている.K6の合計得点によって重症度を判別でき,5点~9点の場合は心理的ストレス相当,10~ 12点の場合は気分・不安障害相当,13点以上の場合は重症精神障害相当とされている.うつはCenter for Epidemiologic Studies Depression Scale(CES-D)によって測定できる.CES-D Scaleは疫学調査や健康調査向けに開発されており,20項目の心理尺度で構成されており,短時間で実施可能である11).不安はState Trait Anxiety Inventory (STAI)によって評価でき,不安を状態不安(一時的な状態)と特性不安(性格的な傾向)に分けて測定する心理尺度である12).燃え尽き症候群の測定には,Maslach Burnout Inventory(MBI)が最も広く使用されているが13),構成概念上の問題や測定尺度の欠陥,臨床使用へ難しさなどが指摘されており,これらの問題を解決するために,Schaufeliらが新たな概念整理と質的調査に基づいてBurnout Assessment Tool(BAT)を開発している14).BATは身体的・精神的な疲労により,燃え尽きてしまっている状態を評価し,中核症状(疲労感,精神的距離,認知 コントロールの不調,情緒コントロールの不調)と二次症状(不眠,心配,不安などの心理的症状と心身症的愁訴)の2つから構成されている.日本語版の信頼性および,妥当性も検証されている15).
2.ワーク・エンゲイジメントワーク・エンゲイジメントは燃え尽き症候群の対立概念であり,ポジティブメンタルヘルスの代表的な指標のひとつで,「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり,活力,熱意,没頭によって特徴づけられる.特定の対象,出来事,個人,行動などに向けられた一時的な状態ではなく,仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情と認知である」と定義されている16).ワーク・エンゲイジメントが高まることによって,心身の健康,仕事や組織に対するポジティブな態度,仕事のパフォーマンスにつながることがわかっている.
ワーク・エンゲイジメントの測定において最も広く使用されているのが,ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度(Utrecht Work Engagement Scale:UWES)である.3つの下位因子(活力,熱意,没頭)を17項目で測定でき,日本語版における信頼性・妥当性も確認されている17).下位因子を3項目ずつ合計9 項目によって測定できる短縮版18),1項目ずつ合計3項目によって測定できる超短縮版19)も開発されている.
3. 組織環境アウトカム理学療法が集団で実施される場合は,個人の心理指標に加え,組織環境に関わるアウトカムにも影響することが報告されている.組織環境とは職場における対人関係,集団の雰囲気,協働,ならびに心理的・社会的側面を含む労働環境全体を指す概念である.組織環境アウトカムとして,代表的な簡易職業性ストレス調査票,職場のソーシャル・キャピタル,組織コミットメントについて解説する.
簡易職業性ストレス調査票(Brief Job Stress Questionnaire:BJSQ)は本邦におけるストレスチェックで用いられる指標で,職業性ストレス要因,ストレス反応,社会的支援,および仕事満足度を網羅している.2014年には努力-報酬不均衡,いじめ,組織要因、ワーク・セルフ・バランス,ワーク・エンゲイジメントなどのポジティブアウトカム等を追加したNew BJSQが開発されている20).
職場のソーシャル・キャピタル(workplace social capital)は,職場における支援,互酬性,信頼の認知など,労働者の健康に関連する組織的および心理社会的要因として注目を集めている.職場のソーシャル・キャピタルは,結束型(bonding),橋渡し型(bridging),結合型(linking)の3つのタイプに分類される.このうち結束型は,集団志向性や利他性,チームワークを重視する日本の職場文化において,特に重要な側面とされている.Kouvonen らが開発した尺度は,職業性ストレス研究分野において最も頻繁に引用されている測定法の一つである21).さらに,日本文化の特性を踏まえ,結束型ソーシャル・キャピタルに加えて,信頼,互酬性,職場の雰囲気を包含した6項目から成る評価尺度も開発されている22).
組織コミットメント(Organizational Commitment)は労働者が「その組織にとどまり,組織の一員であり続ける」心理的結びつきのことを指す23).組織コミットメントは,情緒的(愛着・誇り),存続的(離職コストの認知),規範的(義務感)の3要素から構成される.代表的な測定法としては,Allen & Meyerらが作成した尺度が広く用いられており,各要素6項目から評価される23).
職域メンタルヘルス対策においては,個人の心理指標に加え,組織環境を含めたアウトカムへの働きかけが求められている.こうした観点から,理学療法が職域メンタルヘルスにどのように寄与し得るのかを整理することは重要である.理学療法の職域メンタルヘルスへの作用は,米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の職業性ストレスモデルに基づき,個人要因,緩衝要因,および職場のストレス要因との関係から整理することができる(図3).同モデルでは,職場のストレス要因により生じる急性ストレス反応が,健康障害や作業能率低下へと進展する過程が示されており,理学療法はこの過程に対して複数の側面から関与し得ると考えられている.

具体的には理学療法は,生理学的,心理学的,社会的側面に作用することが報告されている.生理学的作用には,神経栄養因子(例:BDNF)の増加,モノアミン(例:セロトニン・ノルアドレナリン)利用可能性の上昇,視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)の活動の調整,全身性炎症の抑制,エンドルフィン分泌の促進24)が報告されている.これらの作用は抑うつ・不安・疲労の軽減に関与すると考えられている.心理的作用としては,多幸感(例:ランナーズハイ),自己効力感の向上25)が報告されている.社会的作用としては,社会的支援・ネットワーク・一体感の形成を通じて職場のストレス要因での緩衝が働き,とくに集団的活動(例:チームスポーツ)は組織コミットメントを高める傾向が示される(図4)26),27).

現時点では,WHO身体活動ガイドラインの身体活動推奨量(中等度強度3.5 mMETを週2.5時間)を満たすことで,うつ病の発生が約25% 低下し,半量でも18%低下することが報告されている28).さらに,観察研究においては,余暇時間における身体活動量が多い労働者ほど,燃え尽き症候群が低く,ワーク・エンゲイジメントが高い傾向が報告されている29).一方で,職域メンタルヘルスに対する身体活動介入のエビデンスは,結果のばらつきにより不確実性が残されており,WHO職場のメンタルヘルス対策ガイドラインにおいても,条件付き推奨にとどまっている1).
以上より,理学療法の核となる身体活動へのアプローチはNIOSHの職業性ストレスモデル上,職場のストレス要因の低減や緩衝要因に作用する一次予防,早期の症状緩和としての二次予防,疾病管理としての三次予防に該当する.職域メンタルヘルスに対する理学療法の有効性は,現時点では限定的かつ補完的ではあるが,身体活動の実施および継続を支援する専門職としての関与には合理性がある.特に,行動変容支援や職務特性を踏まえた身体活動の選定,集団的活動の導入を通じて,身体活動の定着を図ることは,職域メンタルヘルス対策の一次予防から三次予防までを横断的に支援する可能性を有している.
日本では労働安全衛生法に産業医,衛生管理士の選任義務は記載されているが理学療法士の選任義務はなく,十分に活用されていない現状がある.よって職場の実情や産業保健体制を踏まえ,どのように実装するかを具体的に検討することが重要である.本章では,職域における理学療法の実装可能性に着目し,現実的な実装モデルについて考察する.
一次予防の文脈では,ポピュレーションアプローチとして,職場内でのスポーツイベントの企画はファーストステップとして,手軽に取り組むことができる.スポーツ庁認定「スポーツエールカンパニー」の事例集を見ると,「ウォーキング」や「体操(ラジオ体操・職場体操等)」が多く散見される30).ユニークな取組では,障がい者スポーツで知られるボッチャは年齢や体格,体力に関係なく,運動機会確保やコミュニケーション促進に繋がる場になっている.職場での身体活動促進は導入しやすい施策である一方で啓発のみに止まり,イベントへの参加率の低さなども課題として挙がっている.研究レベルでは,休憩時間を利用したアクティブレストが,デスクワーカーの活力を高め,ワーク・エンゲイジメントやプレゼンティーイズムの改善することが報告されている31,32).また,デジタルテクノロジーを活用した身体活動介入は,遵守や実装の障壁を低減する手段として検討されており,抑うつ症状やネガティブ感情の一定の有効性が示唆されている33).これらを踏まえると,職場内での集団的身体活動やアクティブレスト,デジタルテクノロジーを活用した介入は,一次予防における現実的な実装手段の一つと考えられる.参加率の低さや管理者の理解,環境整備といった課題も残されており,理学療法は,労働者の職務特性や身体機能に応じたイベントの企画,職場体操の設計,安全性の確保などを通じて,身体活動の継続と定着を支援する役割を果たし得る.
二次予防の文脈では,メンタルヘルス不調のリスクが高い労働者を早期に同定し,適切な支援につなげることが重要とされている.職域におけるハイリスク者の同定は,面接や問診を通じて K6 などの心理的スクリーニング尺度を用いることで可能である.メンタルヘルス不調は,腰痛や頭痛などの身体化症状として先行して表出する場合があることが報告されており,不安や抑うつは疼痛の慢性化リスクを高めることも示されている34).これらの知見から,心理的指標と筋骨格系疼痛などの身体的症状は相互に関連しており,職域における二次予防では,心理的スクリーニング尺度に加えて身体症状を併せて評価することで,メンタルヘルス不調のハイリスク者を同定することができる.ハイリスク者を同定した後の対応としては,個別化された身体活動の推進や行動変容支援が理論的には有効と考えられる.一般成人を対象とした研究では,動機づけ面接を含む行動介入が,総身体活動量や中〜高強度身体活動の増加,座位時間の減少に有効であることがメタアナリシスで報告されている35).しかし,これらの知見は必ずしも職域二次予防に特化したものではなく,そのまま職域メンタルヘルス対策に適用できるかについては検討が必要である.さらに,臨床領域では,心理学的戦略を取り入れた理学療法(Psychologically Informed Physical Therapy:PIPT)が慢性疼痛患者において一定の有効性を示しており,身体機能,疼痛,抑うつ・不安の改善が報告されている36-39).理学療法士による心理学的介入の使用状況を調査したスコーピングレビューでは,認知行動療法や行動療法的アプローチが一定の割合で用いられていることが示されている40).これらの介入は主に臨床場面を想定したものであり,手技の標準化や教育・認定体制が十分に確立されていないことから,職域における二次予防としての実装は現時点では限定的である.以上より,二次予防における理学療法の応用は,一定の根拠や関連知見は示されているものの,職域での実装エビデンスは乏しく,今後は職場の実情や産業保健体制を踏まえた介入設計や評価手法の確立が求められる.
三次予防の文脈では,メンタルヘルス不調による休職期間が長期化するほど,復職可能性が低下することが報告されている41).このため,リワークプログラムへの参画や,産業医をはじめとする産業保健職との連携が重要とされている.研究レベルでは,身体活動や運動介入が復職や病欠に与える影響について検討されているものの,そのエビデンスは限定的である.コクランレビューでは,ストレッチ運動を実施した群において病欠の減少が認められた一方で,ランニングやジム利用などの運動介入では,病欠への明確な影響が示されなかった研究も報告されている42).このように,休業日数などのハードアウトカムに関する理学療法の有効性については,現時点では十分な根拠が蓄積されていない.そのため,三次予防における理学療法の役割は,復職の可否を直接的に左右するものではなく,復職を支える補完的支援として位置づけることが妥当と考えられる.具体的には,体力・身体機能や筋骨格系疼痛のスクリーニングに基づく身体活動の調整,休養や作業姿勢に関する助言などを通じて,復職後の業務適応を支援する役割が想定される.これらの支援は,産業保健職との連携のもとで実施される必要があり,今後は職域における実装と効果検証の蓄積が求められる.
本総説は,職域メンタルヘルスにおける理学療法の位置づけを整理し,身体活動介入を軸に,一次予防(スポーツイベントや職場体操等),二次予防(ハイリスク者の同定と行動変容支援,心理学的理学療法),三次予防(休職中・復職後の精神・身体機能支援)にわたる意義と応用可能性について解説した.職域メンタルヘルス対策における理学療法士の認知はまだ十分とはいえず,休業日数や再休職の抑制などハードアウトカムへの寄与も根拠が乏しい状況である.今後は,クラスター試験や実装研究による効果の検証,費用対効果と持続可能性の評価,ならびに職場の実情や産業保健体制の違いに配慮した実装モデルの明確化が求められる.