2026 年 4 巻 1 号 p. 18-25
【目的】健康経営優良法人において,企業内に常勤として従事する理学療法士が社内の健康経営施策にどのように関与しているのかを質的に整理することを目的とした.
【方法】健康経営優良法人(中小規模法人部門)に認定された3社を対象に,健康経営施策に関与する担当者7名へ半構造化インタビューを実施した.得られた逐語録を質的内容分析により整理し,企業間の共通点および相違点を比較した.
【結果】健康経営の位置づけや理学療法士の活動内容など5カテゴリーが抽出された.理学療法士の関与形態は,社内健康施策の実施,社内外施策の企画・運営,人材育成や外部支援を含む事業化の3類型に整理された.
【結論】健康経営において理学療法士は,企業の体制や事業特性に応じて,社内施策の実施を中心に関与し,一部企業では社外支援や事業推進にも関与していた.一方で,その関与を持続的に活用するには役割や評価指標などの整備が今後の課題であると示唆された.
Purpose: This study aimed to qualitatively examine how full-time physical therapists (PT) are involved in internal health and productivity management (HPM) initiatives in companies certified as outstanding health and productivity management organizations.
Methods: Semi-structured interviews were conducted with seven personnel involved in HPM initiatives across three small- and medium-sized companies. Interview transcripts were analyzed using qualitative content analysis, and similarities and differences among the companies were examined.
Results: Five categories were identified, including the organizational positioning of HPM and the scope of PT activities. PT involvement was classified into three types: the implementation of internal health initiatives, planning and management of internal and external programs, and business development involving human resource development and external support.
Conclusion: PT were mainly involved in implementing internal HPM initiatives, while in some companies their roles extended to external support and business promotion, depending on organizational structures and business characteristics. However, to ensure sustainable involvement of PT, further efforts are required to clarify their roles, establish evaluation indicators, and develop appropriate educational frameworks.
健康経営とは,従業員の健康を経営的視点から捉え,戦略的に投資することで組織活性化や生産性向上につなげる取り組みである1).経済産業省は2014年度に健康経営銘柄,2016年度に健康経営優良法人認定制度を創設し,優良な健康経営への取り組みを「見える化」する仕組みを整備した.2025年度には,健康経営銘柄として29業種・53社が選定されており,経済産業省と東京証券取引所が共同で,健康経営を戦略的に実践する上場企業を評価する制度として位置づけられている.また,健康経営優良法人2025では,「大規模法人部門」に3,400法人,「中小規模法人部門」に19,796法人が認定され,前年度(大規模法人部門2,988法人,中小規模法人部門16,733法人)と比較して,いずれの部門においても認定法人数の増加がみられた.このように企業における健康経営への取り組みは年々広がりを見せており,健康経営を推進するための専門的知見を有する人材の関与がより一層重視されている.
日本では少子高齢化が急速に進行しており,1995年から2021年の間に生産年齢人口は8,716万人から7,450万人へ減少し,2050年には5,275万人(1995年比61.0%)まで縮小すると推定されている2).こうした生産年齢人口の減少に対し,国は労働参加率の向上,とりわけ高年齢労働者の就業促進を重要政策として位置づけている.高年齢労働者は,筋力・持久力の低下や動作能力の変化を背景に,転倒や腰痛などの労働災害リスクが高いことが指摘されている.このため,従来の職場環境整備に加えて,個人要因への介入の必要性が示されており,身体機能評価や運動指導を専門とする理学療法士(physical therapist 以下; PT)の関与が有効であることが報告されている3).日本産業理学療法研究会は,産業保健理学療法を「理学療法士が,産業医学を基礎に専門的知識を生かして,働く人々の心身機能の維持・改善に努め,健康で安全に働くことが出来る快適な職場環境の形成と労働生産性の向上を促進する活動」と定義している4).この定義のもと,PTの産業保健領域における役割について,産業保健スタッフからの理解促進や社会的認知の拡大を目的とした取り組みが,関連学会や職能団体を中心に進められている.
さらに,産業領域における課題として,労働者のプレゼンティーズムが挙げられる.先行研究ではプレゼンティーズムの主因として,肩こりや腰痛などの筋骨格系症状が大きな割合を占めており,特に情報機器作業(Visual Display Terminal:VDT作業)では症状悪化と生産性低下が関連することが示されている2).PTは,姿勢評価,筋力トレーニング,バランス訓練,身体活動量の改善などを専門としており,筋骨格系症状に対する有効な介入手段を有している2).このため,理論的には,PTの関与は企業におけるプレゼンティーズム対策と整合的であり,健康経営の実践において一定の役割を果たし得る専門職であると考えられる.
一方で,健康経営の推進においては,産業医・保健師といった産業保健スタッフが中心的役割を担うが,PTの関与は制度上,必ずしも明確に位置づけられているとは言い難い.健康経営優良法人認定制度の申請書においては,「健康経営推進の専門職」としてPTを選択することが可能であるものの,産業医や保健師と異なり従事人数・従事日数の記載が求められておらず,関与の実態が可視化されにくい仕組みとなっている.一方,健康経営度調査ではPTの関与を報告する企業は増加傾向にあり,2021年度には4.5%の企業がPTの関与を報告している.しかし,この数値は主に企業内にPTが在籍している場合の集計であり,外部委託による支援を含む実際の活動内容は十分に把握されていない5).また,産業医を対象とした調査では筋骨格系障害への予防支援の実施率の低さや,PTとの連携経験が乏しいことが指摘されており,PTの産業保健活動に関する認知度も約38%にとどまる6).企業の人事労務担当者は,運動指導や筋骨格系障害,高年齢従業員への支援などでPTとの連携を希望する一方,企業がPTと連携する方法として,業務委託契約を想定しているとの報告もある6).さらに,PT自身は産業保健・健康経営分野への参入意欲が高い(57%)ものの,実際の活動経験は4%に過ぎない3).加えて,産業保健領域においてPTが関与するケースは限定的であり,体力評価や運動指導が医師・保健師を中心に実施され,専門職が不足しているという構造的課題が指摘されている7).
以上の先行研究を総合すると,PTは産業保健・健康経営分野において理論的には高い適合性を有し,企業側およびPT自身の双方に一定のニーズや参入意欲が存在するにも関わらず,制度上の位置づけや連携体制の未整備により,実践例は限定的である現状が浮かび上がる.特に,企業内でPTがどのような役割を担い,健康経営の実務の中で専門性がどのように活用されているのかについて,具体的な実践をもとに整理した質的事例研究は乏しい.このような実践と制度・認知との間に存在するギャップを明らかにすることは,PTの職域拡大や産業医・保健師との協働を検討する上で重要であり,健康経営の実効性を高める観点からも意義を有すると考えられる.
本研究では,健康経営優良法人において,企業内に常勤として従事するPTが,社内の健康経営施策にどのように関与しているのか,その実態を明らかにすることを目的とした.さらに,複数企業の事例を比較することで,企業におけるPTの役割や活動内容の共通点および相違点を整理し,社内施策を起点としたPTの関与範囲の広がりと課題に関する示唆を得ることとした.
本研究は,健康経営優良法人(中小規模法人部門)において企業内に常勤として従事するPTが社内の健康経営施策にどのように関与しているかを明らかにすることを目的とした質的研究である.研究デザインとして半構造化インタビューを用い,得られたデータを質的内容分析(qualitative content analysis)の枠組みに基づいて分析した.
2.対象対象企業は以下の基準により選定した.(1)2022年以降に健康経営優良法人(中小規模法人部門)の認定実績を有していること,(2)医療専門職であるPTが常勤として従事していること,(3)研究者からのインタビュー依頼に同意が得られた企業である.候補企業の探索にあたっては,健康経営優良法人認定企業一覧をもとに対象候補を抽出し,そのうちPTが常勤で従事している企業に研究協力を依頼した.その結果,協力同意の得られた3社の担当者計7名を対象とした.本研究では,業種の違いそのものを比較することを目的とするのではなく,健康経営優良法人として健康経営を推進する企業において,PTがどのように関与し,健康経営の推進体制の中でどのような役割を担っているかを共通の比較軸として対象を選定した.対象者はいずれも健康経営施策の企画・運営に関与する実務担当者または責任者であった.対象企業は,A社,B社,C社の3社であった.A社は健康経営優良法人2025(中小規模法人部門・ブライト500)に認定された情報通信業の企業であり,対象者は営業統括部長,営業担当,保健師,PTの計4名であった.B社は健康経営優良法人2025(中小規模法人部門・ブライト500)に認定された娯楽業の企業であり,対象者は代表取締役(PT),PTの計2名であった.C社は健康経営優良法人2022(中小規模法人部門・ブライト500)に認定された情報通信業の企業であり,対象者は代表取締役(PT)の計1名であった.
なお,対象企業の企業規模および産業保健支援体制に関する情報については,修正過程において対象企業へ追加確認を行い,半構造化インタビューに基づく質的内容分析のデータとは区別して,対象企業の前提条件を補足するための事実情報として整理した(表1).
対象は3社7名と限定的であるが,本研究はPTが健康経営支援に関与する事例を深く理解することを目的とした質的研究であり,その目的に照らして適切であると考えられる.
3.データ収集方法インタビューは2025年8月26日に,3社とも対面によるグループインタビュー形式で1社当たり約60分間実施した.インタビューの司会および質問は筆頭著者(PT)が担当し,第二著者(人文・社会学系研究者)は補助として,健康経営に関する概念整理や質問の意図の補足を行った.インタビュー実施にあたっては,あらかじめ研究目的および質問内容を説明し,録音の同意を得たうえで進行し,事前に作成した質問票を基に以下の内容について聞き取った.なお,対象企業の一部には研究者が事前に接点を有していた企業も含まれていたが,インタビュー実施時には研究目的および質問内容を説明し,同一の質問票を基に聞き取りを行った.ただし,半構造化インタビューの特性を踏まえ,対象者の発言内容に応じて質問内容や順序は柔軟に調整した.質問内容は以下の通りである.(1)健康経営の導入経緯および企業における位置づけ,(2)健康経営を推進する組織体制と関与する専門職の役割,(3)健康経営におけるPTの役割および関与の特徴,(4)実施している健康施策の内容とその特徴,(5)今後の展望や課題,および専門職に期待される役割とした.なお,本調査の対象者は経営者,管理職,現場実務者(PTおよび他職種)と多岐にわたるため,半構造化インタビューの特性を活かし,それぞれの立場や職責に応じて質問の焦点や深度を柔軟に調整した.これにより,PTの関与実態を多角的な視点から捉えることを試みた.
4.データ分析方法録音内容は逐語録として文字化し,筆頭著者が全逐語録を精読した.分析にあたっては,質的内容分析の考え方を参考に,半構造化インタビューで設定した質問項目を整理枠として,各主題に関連する発言を逐語録から整理した.そのうえで,各質問項目に関連する発言を整理し,意味の単位として抽出した内容を要約してコード化した.さらに,企業間で共通してみられた内容や相違点を比較しながら,類似するコードをまとめてサブカテゴリーを構成し,カテゴリーを整理した.コードの整理は主として筆頭著者が行い,その後,第二著者とともにサブカテゴリーの構成およびカテゴリーの妥当性について検討した.分析過程では,逐語録に立ち返りながら内容を確認し,解釈の整合性を協議により確認した.なお,本研究で示すコードは,逐語録の直接引用ではなく,逐語録から抽出した意味単位を研究者が要約したものである.
また,インタビュー内容および主要な逐語録の要点については,3社それぞれの対象者に内容確認(メンバーチェック)を依頼し,記述の正確性を確認した.なお,本研究では異なる専門背景を持つ研究者が共同で分析を行うことで,特定の専門性に偏った解釈を避け,データの多角的解釈が可能となるよう配慮した.
5.研究倫理本研究は文京学院大学倫理審査委員会に申請し,人を対象とする試料・情報および個人情報を取得しない実態調査であることから,「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」の対象外となる社会調査型研究であり,倫理審査の対象外(非該当)と判断された.インタビュー実施前に,研究目的,方法,録音,匿名性の確保,自由意思による参加,データの利用範囲について文書および口頭で説明し,同意を得た上で実施した.
本研究では,A社,B社,C社の3社に実施した半構造化インタビューの逐語録を質的内容分析に基づき整理し,「1.健康経営の位置づけ」「2.健康支援体制と専門職協働」「3.PTの活動内容」「4.健康施策の特徴」「5.今後の展望と課題」の5つのカテゴリーに分類した(表2).表2には,各カテゴリー・サブカテゴリーに対応する代表的な意味単位を要約したコードと発言主体を示した.これらの整理には,営業統括部長,保健師,PT,代表取締役(PT)など,異なる立場・職種の対象者の語りを反映した.以下に,質的内容分析により整理されたカテゴリーごとに,健康経営の推進体制におけるPTの関与の在り方に着目し,3社の共通点と相違点を整理する.
1.健康経営の位置づけ
A社では,Personal Health Record(以下;PHR)を基盤とした健康サービスを事業の柱としており,自社で開発・運用するPHRプラットフォームを活用しながら,健康経営を経営戦略の一部として位置づけていた.B社では,多角的なヘルスケア事業を展開する中で,社内外からの要望を契機として健康経営施策が導入され,組織として健康経営を推進する体制が構築されていた.C社では,医療専門職の新たなキャリア創出や社会価値の提供を企業理念として掲げ,医療専門職向け人材育成プラットフォームを中心に活用しながら,健康経営を事業モデルと密接に関連づけて位置づけていた.
2.健康支援体制と専門職協働A社では,保健師を中心とした体制にPTや管理栄養士が参画し,健康経営推進プロジェクトを通じて施策立案に関与していた.B社では,PTが施策の企画・実施に主導的役割を担い,事務長を含む小規模チームが柔軟に施策を設計していた.C社では,特定部署に限定しないプロジェクト型組織が採用され,PTが企画,営業,データ分析など多岐にわたる業務を横断的に担っていた.また,健康データを活用して課題を抽出し,施策の優先度を判断するなど,データに基づく意思決定が支援体制の中に組み込まれていた.
3.PTの活動内容A社のPTは,肩こり・腰痛予防体操の開発や保健師への助言を通じて,社内施策の専門性向上に寄与していた.B社のPTは,朝食習慣の改善,デジタルデバイス利用時間の見直し,休暇取得を促進する健康施策など,多様な行動変容施策の立案・運用を担っていた.C社では,サービス開発,データ分析,教育プログラム運営,オンライン相談など,企業の主要事業に関与する幅広い業務をPTが担当していた.さらに,提案や事業推進に関わる役割も担っていた.
4.健康施策の特徴A社では,PHRを活用したデータに基づく健康施策が展開されており,企業向けサービスとしての外部提供を想定したプログラム設計が行われていた.B社では,従業員規模や現場の状況に応じて施策内容を調整する方針が採られており,小規模組織の特性を踏まえた柔軟な運用が重視されていた.あわせて,従業員の参加を促す工夫や,状況に応じた個別的な支援が取り入れられていた.C社では,データ分析や評価の活用を前提とした施策設計が行われており,健康支援の実装と事業運営を両立させることを意識した取り組みが示されていた.
5.今後の展望と課題A社では,施策の外部展開に向けた体制整備と,PTの関与する多様な業務の中で,専門性を発揮する場面をどのように捉えるかについて,評価手法の整理が必要とされていた.B社では,社外展開を見据えた施策のパッケージ化とともに,施策の評価指標の整備が課題であった.C社では,事業拡大に伴う組織整備や教育体制の継続性,スケール可能な支援モデルの確立が課題として挙げられた.3社に共通して,PTは企業の健康経営において多様な業務に関与し,施策の企画・実装・評価に関わりながら,必要に応じて専門性を発揮していた一方で,その関与の範囲や役割の整理,評価や外部展開を見据えた支援の枠組みには,企業間で差異がみられた.また,企業領域におけるPTの役割の明確化や,産業領域で活動するための教育・キャリア形成の仕組みづくりが,共通の課題として示された.
以上の結果から,3社におけるPTの関与形態は,社内の健康経営施策への関与を起点としつつ,一部の企業では外部支援や人材育成,事業化へと展開しており,企業の体制や事業特性に応じて関与の範囲や位置づけが異なるものとして,3つの類型に整理された.この類型化は,主として「3.PTの活動内容」および「4.健康施策の特徴」において示された企業間の相違をもとに行ったものである.すなわち,「社内健康施策の実施を中心とした関与(A社)」「社内外の健康施策の企画・運営に関与する形態(B社)」「人材育成や外部支援を含む事業化に関与する形態(C社)」である.3社の類型の対応関係を表3に示す.
本研究では,健康経営優良法人に認定された3社において,企業内に常勤として従事するPTの関与形態を比較した.その結果,PTの関与は,社内の健康経営施策への関与を起点としつつ,一部の企業では外部支援,人材育成,事業化へと展開しており,関与の範囲や位置づけ,事業との関係性の違いに基づいて,「社内健康施策の実施(A社)」「社内外の施策企画・運営(B社)」「人材育成や外部支援を含む事業化(C社)」の3類型に大別された.これらの類型は,企業数の多寡による一般化を目的としたものではなく,企業内に常勤するPTの関与実態を比較する中で見出された関与範囲の違いを整理するための枠組みとして提示したものである.本研究の結果は,企業における健康経営の実践において,PTの関与の在り方が一様ではなく,企業の事業特性や体制に応じて多様に構成されていることを示した.
A社では営業職として勤務するPTが社内プロジェクトに参画し,既存施策の改善や専門的助言を通じて施策運営に関与していた.B社では,複数のPTが社員向けの健康施策に加えて社外に向けた健康支援にも関与し,小規模組織の特性を活かした柔軟な役割分担のもとで活動がみられた.一方,C社では,PTの職域拡大を前提とした人材育成と健康経営支援が事業として位置付けられており,PTが育成・支援・事業運営に横断的に関与する体制が構築されていた.これらの関与形態の違いは,企業規模,事業領域,PTの配置人数といった組織的構造の差異を反映したものと考えられ,企業における健康経営の実践において,PTの関与が社内施策への関与を起点としながらも,状況に応じて異なる形で構成されていることを示している.
健康経営の実践において,PTが必要とされる背景として,筋骨格系症状や身体活動量の低下が労働者のプレゼンティーズムの主要因であることが挙げられる.特にVDT作業者では症状悪化と生産性低下が関連することが報告されており2),身体機能評価・訓練・運動指導を専門とするPTはこれらの課題に対して効果的に介入できる3).さらに,高年齢労働者では筋力やバランス能力の低下が転倒や腰痛につながりやすく,個人要因への介入の重要性が高まっている3).先行研究でも,産業医や保健師中心では対応しきれない身体機能面の支援においてPTの専門性が有用であることが指摘されており,企業領域においてもPTの専門性が活用される可能性がある6).研究で観察されたPTの関与内容は,こうした先行研究で指摘されてきた健康経営上の課題や理論的背景と整合的であり,企業におけるPTの関与の在り方を具体的に捉える事例として位置づけられる.
本研究では,企業内で常勤として従事するPTが配置されている企業を対象とし,健康経営の実務における関与の実態を分析した.本研究の対象企業では,PTが健康経営施策の企画・運営や専門的助言を通じて,健康支援の一部に関与している事例が確認された.産業保健活動や健康経営優良法人認定制度の運用においては,PTの関与は産業医や保健師と同様に明確に位置づけられているとは言い難く,関与の程度や稼働状況を評価・可視化する枠組みは限定的である.このことは,企業においてPTの関与を位置づける際の制度的・運用上の課題となり得る.また,本研究の3社に共通して,PTは健康施策において一定の役割を担っていたものの,その専門性の稼働をどのように評価し,事業や組織運営と接続していくかについては,企業ごとに整理の度合いに差がみられた.これらの結果は,企業領域においてPTが健康経営施策に関与する際には,専門性の活用範囲や評価方法,業務設計を含めた検討が必要であることを示している.
これらの結果,産業保健領域で活動するPTには,従来の医療機関で求められてきた臨床的能力に加え,事業運営や施策評価,行動変容支援といった文脈に対応するための多様な能力が要請される場面があることが示唆された.特に,本研究で対象とした企業では,施策の企画・運営やデータを用いた評価,従業員の行動変容を促す取り組みなどにPTが関与しており,これらの活動を支える背景として,ビジネス的視点やデータの活用,行動変容支援に関する知識・スキルが求められていたと考えられる.先行研究においても,産業保健分野で活動するPTの教育機会は限られており,養成課程や卒後教育において,産業領域に特化した学習の場が十分に確保されていないことが指摘されている6).産業保健におけるPTの活動内容は医療現場とは大きく異なるため,健康経営の実務や組織開発,従業員支援に関する教育的枠組みの整備が求められる.本研究で対象とした企業の一つであるC社では,PT向けのeラーニング教材を活用した人材育成や,教育と事業モデルを接続した取り組みが行われており,産業保健領域においてPTの専門性を継続的に発揮するための学習機会に対するニーズの一端が示された.これらの結果は,産業保健理学療法や健康経営支援を新たな専門領域として発展させる上で,教育的枠組みの整備が重要な基盤となることを示唆している.
本研究は,健康経営に積極的に取り組む3社を対象に,企業における健康経営の推進体制の中でPTがどのように関与しているかを整理した点に特徴がある.企業ごとに活動内容や配置体制は異なるものの,PTは社内施策の改善,施策の企画・運営に関与しており,一部企業では外部支援を含む事業推進にも関与しながら,必要に応じて専門性を発揮していた.また,PTの関与の範囲や位置づけ,および評価・可視化の枠組みには企業間で差異がみられ,今後の検討課題として整理された.さらに,本研究の対象はいずれも中小規模法人部門の認定企業であり,産業医や保健師の常勤配置が制度上必須とされない企業群において,PTが健康支援の一部に関与していた点は示唆的であった.これらの結果から,産業保健体制の中でPTの役割をどのように位置づけ,あわせて人材育成や評価の枠組みをどのように構築していくかが,今後の検討課題として残された.
本研究にはいくつかの限界がある.第一に,対象は常勤のPTが在籍し,かつ健康経営に積極的な3社に限定されているため,本研究で示した関与形態や類型が他の企業にも当てはまるかについては,一般化に慎重な解釈が必要である.また,対象企業には健康関連事業との親和性が高い企業や,PTが経営者として施策の意思決定や人的配置に関与し得る企業が含まれていた.そのため,本研究の結果は,PTの関与が成立しやすい条件を有する事例に基づく知見として解釈する必要がある.第二に,本研究は企業担当者へのインタビューに基づく分析であり,従業員側の主観的評価や健康指標の変化など,施策の効果を直接的に検証することはできていない.第三に,本研究は単一時点での質的調査であるため,施策の成熟や組織体制の変化に伴い,PTの関与の在り方が時間とともにどのように変化するかについては明らかにできていない.今後は,より多様な企業規模・業種を対象とした調査や,定量的指標を用いた効果検証を組み合わせることで,企業領域におけるPTの関与の意義をより多面的に検討していく必要がある.第四に,本研究では,インタビュー設計時に対象企業の産業保健支援体制に関する情報を体系的に聴取していなかった.そのため,修正過程で対象企業に追加確認を行い,確認可能な範囲で補足情報として整理したが,追加確認により得られた情報は2026年6月時点のものであり,インタビュー実施時点の体制とは異なる可能性がある.
本研究に関して,開示すべき利益相反はない.
本研究の実施にあたり,ご多忙の中インタビュー調査にご協力いただいた皆様に深く感謝申し上げる.