2020 年 59 巻 4 号 p. 358-362
前篩骨動脈は,内視鏡下鼻内副鼻腔手術(ESS)で損傷した場合,出血や眼窩内血腫を生じ,失明を含む重大な合併症を生じる危険がある。前篩骨動脈の走行部位は画像での同定が可能な場合が多く,術前の確認が重要である。通常は篩骨洞の天蓋もしくは隔壁内を走行する前篩骨動脈であるが,我々は前篩骨動脈が篩骨洞嚢胞内を完全に遊離した状態で貫通した症例を経験した。
症例は,75歳男性。左眼痛,複視,眼球突出の主訴にて受診した。MRIおよびCTにて篩骨洞の嚢胞が眼窩を圧迫していた。画像上,嚢胞内に前篩骨動脈の走行が疑われた。血液検査では白血球数とCRPが上昇しており,眼窩内合併症の発生が危惧され,緊急手術を行った。ESSで嚢胞を開放したところ,嚢胞内に遊離した前篩骨動脈を認めた。前篩骨動脈は温存し手術終了とした。術後は後出血なく経過し,術後2年経過時にも前篩骨洞動脈は残存している。
本症例は嚢胞形成前には,副鼻腔隔壁内を前篩骨動脈が走行していたと考えられる。嚢胞による圧迫で隔壁が消失し,前篩骨動脈が嚢胞内で完全に遊離していたと考察された。術前に動脈の存在を疑っていなければ損傷のリスクが高い症例であったと考えられる。副鼻腔手術においては,危険部位を画像検査で可能な限り同定し,手術に臨む事が重要である事を改めて示唆している。