全日本鍼灸学会雑誌
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原著
胸部CTによる背部危険刺鍼深度の検討
臨床的有害事象を回避するために
林 智成鈴木 信米山 榮尾崎 朋文芳賀 康朗
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2011 年 61 巻 4 号 p. 411-419

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抄録

【目的】鍼治療において最も深刻かつ重大な医療過誤である外傷性気胸を回避し、 安全な鍼治療を行う為に胸背部における体壁の厚さを計測し、 過去に行われた同様の報告と比較しする。 また、 身体測定によって得られる測定値の意義と問題点について検討する。
【対象と方法】対象は生体187例 (男性90名, 女性97名) とした。 これを性別及び体格別に分類した後、 Computed Tomography (以下CT) の画像を用いて、 医療用画像処理ソフトOsiriX (ver3.0 32-bit) にて背部における胸壁厚の計測を行った。
【結果】全187例の測定値の平均±標準偏差は、 気管部3.01±0.79cm、 肩甲部2.34±0.65cm、 最短部2.14±0.61cmであった。 なお、 最短部は肋骨角付近における体表から胸膜までの距離が最も短い部位とした。
 最小値は最短部の0.94cm、 最大値は気管部の5.56cmであった。 分散分析により部位間の平均値を比較した結果、 全部位の効果に有意差を認めた。 これを性別に検討すると、 男女ともに部位の効果、 および気管部と肩甲部では性別の効果に有意差が認められた。 また、 体格別に検討した結果、 体格の効果、 および部位の効果に有意差を認めた。 BMI値と測定値の間にはいずれの部位においても強い正の相関がみられ、 年齢と測定値との間にはいずれの部位においても弱い負の相関がみられた。 今回測定を行った3部位と経穴との対応では、 概ね、 気管部は膏肓穴、 肩甲部はイキ穴、 最短部は膈関および魂門穴の辺りに相当すると予想された。
【考察】過去の報告および今回の検討では対象の条件に差異があるにも関わらず、 同様の結果が得られたことは、 過去の報告の重要性を改めて確認出来たこととして興味深い。 一方、 身体測定という方法を用いる際の対象は、 より臨床に近い条件に吟味すべきである。 今回の検討では、 体表-胸膜間の最短距離の計測には画像所見が有用であることが示唆された。 一方、 どのように精緻な計測や統計学的処理を駆使しても、 身体計測という方法論においては様々な不確定因子が混入する可能性は残されており、 計測によって得られた測定値を即、 安全な刺鍼深度と捉えることに対しては慎重にしなければならないと考える。
【結論】体壁厚の計測を行い、 安全な刺鍼深度の目安を解剖学的根拠に求めることは、 科学的検討という意味で非常に重要であると考える。 今回の検討と過去の報告の間には様々な測定条件の不一致があり、 単純に比較検討することは困難であったものの、 結果として同様の傾向が示されたことは興味深い。 また、 身体計測を行う際、 実際臨床により近い条件を備えた対象を検討する必要がある。 一方で、 身体計測という方法論においては様々な不確定因子が混入する可能性は残されており、 身体計測の結果得られた測定値を 「安全深度」 ではなく 「危険深度」 と呼称する方が、 むしろ適切であると考える。

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