抄録
犯罪のリスクとは何であろうか.社会はさまざまなリスクに満ちているという認識が広まるにつれ,犯罪もまたそのリスクの一つとして考えられるようになった.このことは犯罪統制をめぐる今までの考え方や語り方にどのような影響をもたらしたのか.本稿は犯罪のリスクという概念の整理をとおして,次の二つの問題の検討を試みるものである.(1)その本質において保険数理的であった福祉国家の後退とともに,犯罪統制の専門的思考では保険数理的司法に関心が寄せられるようになった,それは何故か.(2)保険数理的司法の合理性に対して,犯罪統制策の実際の展開には過剰な印象を受けるのはどのような理由からだろうか.英米における近年の犯罪統制の動向を概観した後,本稿では,リスク概念を「安全」と「危険」の二つの対比に置いて考察する.そのなかで犯罪のリスク化は,犯罪統制に「警戒」という新たな原則を加えるものであることを示したい.