抄録
本研究は, 現代スポーツの倫理的問題を解決するための糸口を探求するために, 我が国の武道 (江戸期) における技術学習理論に焦点が当てられる。ここで武道を取り上げる理由は以下の通りである。
1) 武道の技術学習理論は, スポーツの技術学習理論と大きく異なる特徴を持つており, それらの比較考察は, 精神と身体の関係について興味深い知見を提供する。
2) 武道は元来, 戦闘の技術から発展したものであり, 武道や武道の技術学習理論は, 単に競争の概念では説明され得ない。武道や武道の技術学習理論は多様な価値観を容認する。
3) 本研究の対象は, 我が国の近代化が始まる明治期以前の江戸期の武道である。従つて本研究で考察の対象とされる武道は, 明治期以降普及する近代スポーツにみられる合理化や洗練化という近代化による影響をうけていない。従つて, 武道やその技術学習理論の機構造は, 近・現代スポーツの構造と大きく異なり, 現代スポーツのパラダイムを変革する指針を提供すると思われる。
武道における技術学習理論の分析・考察は, 多くの問題を抱える現代スポーツの構造を変革するための有効かつ重要な視点を我々に与えると思われる。本研究の考察の結果は以下のように要約される。
1) 武道における技術学習理論は, 内的な倫理観を基盤とした稽古や修業の概念によって構築されている。
2) 武道における技術学習を支える型の学習方法や技術構造には, 抑制された美的規範が存在している。型の実践においては, 実践的認識の確立がなされる。
3) 精神と身体の統一は型の実践を通して可能となる。