スポーツ教育学研究
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体育授業観察チェックリストの有効性に関する検討 -特に子どもの形成的授業評価との相関分析を通して-
日野 克博高橋 健夫伊與田 賢長谷川 悦示深見 英一郎
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1996 年 16 巻 2 号 p. 113-124

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抄録

体育の実践分野で活用できる簡便な授業観察法を開発する目的で, 体育授業観察チェックリストを開発したが, 本研究ではこの観察チェックリストの有効性を検討し, その使用のしかたについて示唆した。
観察チェックリストは, (1) 教師の相互作用, (2) 学習環境, (3) 授業の勢い, (4) 意欲的学習, (5) 効果的学習の5次元15項目で構成されるが, この観察チェックリストの授業評価法としての有効性を, 子どもの形成的授業評価法との関係から検討した。なお, 子どもの形成的授業評価法は高橋らによって標準化されたものを適用した。この形成的授業評価法は「成果」「意欲・関心」「学び方」「協力」の4次元9項目で構成される。
これら2つの評価法はそれぞれ異なった視点から開発されたものであるが, 双方とも, 授業の良し悪しを判断することを目的とするものであり, 一定の対応関係の成立が求められる。また, それぞれの評価次元や項目の意味内容から双方の関係は十分予想できる。もし, 2つの評価法の間に関係が認められない場合は, それぞれの評価法に問題を残すことになろう。
しかしながら, それぞれの観察者の観察評価基準は, これまでの授業観察の経験によって培われるものと予想される。したがって, 経験が少ない観察者は, 適切に評価できないのではないかという疑問が生じてこよう。したがって, この観察チェックリストの活用のしかたが問題になる。
このような諸点を明らかにするために, 13小学校で行われた46体育公開授業のいずれかに参加し, 直接授業を観察した教師を対象に調査を実施した。協力が得られた観察者は20-60歳代までの493名であり, そのうち男性は313名, 女性は180名であった。これらの授業に対応して子どもの形成的授業評価が実施できた授業は27授業 (対象児童数は881名) であった。
この結果, 次の諸点が明らかになった。
1) 観察者の評価結果に因子分析を施したが, 先行研究とまったく同じ因子が抽出でき, 各項目に変動が生じることはなかった。このことから, 5因子15項目からなる観察チェックリストは安定した構造をもつことが確認できた。
2) 総合的授業評価項目 (今日の授業はよい体育授業であったか) に対する5因子の規定力を分析した結果, 5因子による重相関係数は. 81で, 決定係数は. 65であり, 観察者はたいていこの観察チェックリストに含まれた視点に基づいて授業の良し悪しを判断していることがわかった。また, 総合的授業評価に対する各因子の貢献度から, 5因子のすべてが有意な規定力 (β値) をもっており, いずれも意味のある評価観点であることがわかった。
3) 観察チェックリストの評価結果と子どもの形成的授業評価との関係を分析した結果, 2つの評価法の「総合評価得点」の相関係数は. 227であり, 有意ではあるがそれほど大きな値ではなかった。最も強い相関を示したのは, 形成的授業評価の「成果」次元であった。観察者は子どもの学習成果に関係づけて授業過程の現象を観察する傾向が認められた。
4) 公開授業への参加回数別に, (1) 1-3回 (104名), (2) 4-9回 (89名), (3) 10回以上 (112名) の3群に分け, それぞれの観察者群の評価と子どもの形成的授業評価との相関関係を分析した。その結果, 1-3回の経験の少ない観察者群の評価と子どもの形成的授業評価との間にはほとんど有意な相関を認めることはできなかった。経験の少ない観察者群は「見れども見えず」であり, 少なくとも子どもの心を見抜くことができないことが明らかであった。逆に, 10回以上の経験をもつ観察者群の評価と子どもの形成的授業評価との関係は高く, 大部分の項目間で有意な相関が認められた。
5) このような結果は, はじめに仮定した通りであった。すなわち, この観察チェックリストは経験豊かな観察者が使用すれば有効な道具になるが, 経験の少ない観察者が使用しても, あまり有効なものにはならないことを教えている。したがって, この観察チェックリストが一層有効な道具として活用されるためには, 観察者がトレーニングによって, 適切な評価基準をもつことが求められる。このような評価基準は, よい授業や悪い授業を数多く観察することによって習得されるものであろうが, あらかじめ典型的なよい授業や悪い授業をVTRで観察し, それらの授業に現象する行動例や特徴を概念的に理解することによっても習得できると考えられる。
6) この観察チェックリストはあくまでも体育授業の一般的条件を評価するものであり, 授業研究のすべてに適用できるものではない。また, この観察チェックリストは「単元なか」の運動学習が中心になる授業を対象に作成されており, 「単元なか」の観察評価に限定して適用することが求められる。

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