2019 年 26 巻 1 号 p. 67-69
カルバマゼピンは1966年の発売以来,三叉神経痛の特効薬としての座を守ってきた1).三叉神経痛に特化した除痛効果より,三叉神経痛を他の顔面痛と鑑別する手段として用いられることも多い.一方,他の旧世代抗てんかん薬と同様,カルバマゼピンは副作用の多い薬物としても知られている.効果が得られた時点で血中濃度を維持して長期服用を行うてんかん治療と異なり,三叉神経痛の治療ではカルバマゼピンはいずれ薬効を失い侵襲的治療へ移行することが多いともいわれる2).今回,当クリニックを受診した三叉神経痛患者についてカルバマゼピンの効果および副作用を調査し,この薬物の現状を探ってみた(NTT東日本関東病院:東総人医関病企第17–990号).
2004年7月5日から2015年末までに当クリニックを受診した三叉神経痛患者565名のうち,今回の調査の対象外と考えられる9名を除く556名についてカルバマゼピン服用歴,副作用の有無,副作用の内容,効果,最終的に行われた治療手段などを調べた.
2. 結果556名の三叉神経痛患者のうちカルバマゼピンの服用歴を持つものは547名に上った.服用が確認できなかった9名の内訳は,情報なし7名,すべての薬を拒否するもの1名,緊急入院(会話不能)1名であった.カルバマゼピンの副作用を認めたものは263名(NNH:2.11),来院前より服用中止を指示されていたもの129名(NNH:4.31),休薬しても生命に危険を及ぼす可能性のある重篤な副作用を生じたものは13名(NNH:41.6)であった.NNHはnumber needed to harmの略であり,何人の患者を治療すると1例の有害事象が出現するかという指標である.重篤な副作用を認めた13名には,薬剤過敏症症候群,中毒性表皮壊死症などの重症の薬疹,血液障害,転倒による脳出血,肺塞栓や重篤な徐脈などの循環器障害があった(表1).生命に危機を及ぼすほどではないが危険な副作用として,めまい82名(うち骨折6名),薬疹76名,肝機能異常19名などがあった.一方,カルバマゼピンで無痛または食事,洗面,会話などのADL(activities of daily living)に支障のない良好な疼痛管理ができていたものは39名(NNT:14.3,うちカルバマゼピン単独服用20名)であった.NNTはnumber needed to treatの略であり,望ましい治療効果を得るために必要な人数を意味する.カルバマゼピン単独投与で無痛またはADLを維持できていたものの,発病から来院までの期間は7.23年(8カ月~24年),平均服用量は501.5 mg(100~700 mg)であった.
薬剤過敏症症候群 | 1 |
中毒疹 | 2 |
表皮剥脱 | 1 |
白血球減少 | 1 |
顆粒球減少 | 1 |
白血球減少+薬疹 | 1 |
血小板減少+薬疹 | 1 |
再生不良性貧血 | 1 |
肺塞栓 | 1 |
徐脈・失神 | 1 |
アナフィラキシー | 1 |
転倒・脳出血 | 1 |
薬物療法が限界に達した三叉神経痛では侵襲的治療が必要となるが,当クリニック受診前に微小血管減圧術(microvascular decompression:MVD)が行われ再発したものは169例,MVDが予定されているがADL不能のため緊急で神経ブロックを依頼されたもの31例,ガンマナイフ(gamma knife surgery:GKS)後再発34例,GKS前に神経ブロックを依頼されたもの3例,MVDおよびGKSが行われたがいずれも再発を生じたもの16例であった.
カルバマゼピン投与,MVD,GKSが行われたにもかかわらずADLに著しい支障をきたしている例では神経ブロックを施行した.三叉神経痛発症から当クリニックを受診し,神経ブロックを施行するまでの平均年数は8.56年(2カ月~35年)であった.神経ブロックを開始した時点でのカルバマゼピン平均服用量は508.9 mg(150~2,100 mg)であった.神経ブロックは474名に対して行われたが,その内容はガッセル神経節ブロック255例,眼窩下神経ブロック270例,眼窩上神経ブロック104例,下顎神経ブロック3例であった.これらはいずれもエタノールまたは高周波を用いており,局所麻酔薬を使用したのは1例のみである.神経ブロックが無効のためMVDを依頼したものは5名であった.
カルバマゼピンが三叉神経痛治療の第一選択薬であることは疑いの余地はない.Cruccu3)は三叉神経痛の経口薬物療法について,カルバマゼピンとオクスカルバゼピン(本邦未承認)の効果に匹敵する薬物はないと断言している.治療開始時カルバマゼピンに良い反応を示す三叉神経痛患者は98%(NNT:1.02),オクスカルバゼピンでは94%(NNT:1.06)と高率であり,カルバマゼピンが三叉神経痛の特効薬と呼ばれ,診断にも用いられるゆえんである.しかし,三叉神経痛は進行性の要素を有しており,カルバマゼピンの効果減弱が始まるとNNTはしだいに上昇する4).今回の調査では,カルバマゼピン(多剤服用も含む)で目立った副作用がなく,疼痛管理良好だったものは約7%(NNT:14.3)に過ぎなかった.また,カルバマゼピンは副作用の発生頻度が高い薬物としても知られている.三叉神経痛は発症すると初期は自然寛解,再燃を繰り返すが,しだいにその寛解期間は短くなり4),病状の悪化に伴い薬物療法が強化されるため副作用の発現率もしだいに上昇する5).薬物の増量のみで対応した場合,患者を痛みで苦しめるのみならず大きな有害事象に遭遇する可能性が高まることは明らかである.今回の調査ではNNHの観点から,三叉神経痛をカルバマゼピンで治療すると,約2人に1人はなんらかの副作用を生じ,4人に1人は副作用のために休薬を余儀なくされ,そして40人に1人は重篤な副作用を生じるという結果が出た.当クリニックで認められた副作用はCruccu3)らの述べたNNH 3.4より高率であったが,これには人種間の薬物代謝能力の差,観察期間の違いなどが関与していた可能性がある.当クリニックの患者が三叉神経痛発病から神経ブロックに至るまでの平均年数は8.56年(2カ月~35年),神経ブロックが開始された時点でのカルバマゼピン服用量は508.9 mgであったが,カルバマゼピンの許容量には大きな個人差があり,100 mgで激しい副作用を訴えるものから2,100 mgを服用していたものまでさまざまである.来院した時点ですでにカルバマゼピンの服用を禁止されていた129名および多剤服用していた患者についての分析は不可能であるが,薬物療法での疼痛管理が困難になったものに対してGKS,MVDが行われ,さらにその後神経ブロックが施行されたものが多数存在することを考慮すると,カルバマゼピンの効果が限界に達するまでの期間は,当クリニックで得られた平均8.56年よりはるかに短いことが推察できる.
三叉神経痛は適切に治療されなければ著しいADL障害をもたらす.神経破壊薬や高周波を用いた神経ブロックは顔面の知覚障害を生じることから否定的な印象を持つ医師は多い.しかし,当クリニックの経験では神経ブロックが最終的な治療手段となった例は多く,カルバマゼピンによって重篤な副作用が出現する,あるいはADL劣化が生じる場合にはより積極的に行われてよい治療法であると考える.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.