日本ペインクリニック学会誌
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症例
七物降下湯がアロディニアに有効であった複合性局所疼痛症候群の1例
藤井 知昭三浦 基嗣長谷 徹太郎敦賀 健吉森本 裕二
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2019 年 26 巻 1 号 p. 36-39

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Abstract

複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)はアロディニアを伴うことが多い.アロディニアは慢性痛患者の生活の質を損ねるだけでなく,治療に難渋することも多い.抑肝散は動物実験において抗アロディニア作用を有することが示されている.今回,抑肝散の内服継続が困難なCRPS症例に対して七物降下湯を投与したところ,抑肝散と同様の抗アロディニア作用が得られた.七物降下湯は,抑肝散の抗アロディニア作用の中心的生薬と考えられる釣藤鈎を含んでおり,抑肝散と同様の抗アロディニア作用を有する可能性がある.

I はじめに

複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)は痛みだけでなくアロディニアを伴うことが多い.アロディニアは患者の日常生活に支障をきたし生活の質を低下させる.アロディニアのメカニズムとして末梢性感作,中枢性感作や脊髄グリア細胞の活性化などが示唆されている.CRPSの一般的な治療としては,リハビリテーション,内服治療,神経ブロックなどが行われるが,治療に難渋しアロディニアが持続する場合も少なくない.抑肝散は絞扼性神経損傷モデルラットにおいて抗アロディニア作用を有するという報告がある1,2).七物降下湯にはそのような報告はないが,われわれは七物降下湯がアロディニアに有効であったCRPS症例を経験した.

本症例の発表については,患者本人の承認を得ている.

II 症例

患者:40歳代,男性.

既往歴:狭心症,良性発作性頭位めまい症で内服中.漢方薬(柴胡など)に対するアレルギー(皮疹)がある.

現病歴:X−3年,運転中に乗用車に左側から衝突された際に,右母指がハンドルにかかり橈側に外転を強制された.近医を受診し,関節捻挫と診断された.受傷翌日から右母指球部の痛みと腫脹が悪化した.疼痛が強く伸展位で過ごしていたため屈曲制限が出現しリハビリテーションを開始した.1カ月後,関節可動域制限と知覚異常のため前医を受診した.核磁気共鳴画像法にて筋断裂は否定された.3カ月後,関節可動域は改善傾向となったが知覚異常は持続していた.プレガバリン75 mg/日およびワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液32単位/日を内服開始し,痛みは軽快傾向となった.4カ月後,気温低下に伴い知覚異常部位に一致して皮膚色調悪化を認めた.血管障害が疑われたためコンピューター断層撮影法を行ったところ,右示指中手指節間関節橈側で一部指動脈が狭小化していた.サーモグラフィー検査では,同部位に一致した皮膚温低下を認めた.リマプロストアルファデクス15 µg/日を内服開始したが腹痛が出現したため中止した.8カ月後,精査目的に前医入院となり,持続的な痛み,異常発汗,皮膚萎縮,アロディニアからCRPSと診断された.X−2年3月,痛みの治療目的に当科紹介となった.初診時所見は,右示指は蒼白であり,右母指の爪下浮腫,関節可動域制限を認めた.針で刺すような痛みとしびれが持続しており,寒冷で増悪し,痛覚過敏とアロディニアを認めた.アロディニアは重度で,寝ている間に布団に指が触れるだけで痛みが出現し,そのために睡眠障害をきたしていた.

治療経過:同年4月より星状神経節ブロック,同年6月より静脈内局所ブロックを開始したが,効果は一時的であった.内服治療としてデュロキセチンやトラマドール塩酸塩/アセトアミノフェン配合錠などを試みたが,十分な改善は得られずアロディニアと睡眠障害は持続していた.外来にて内服治療と静脈内局所ブロックを継続した.X年11月,柴胡に対するアレルギーが予想されたが,抑肝散7.5 g/日を内服開始したところアロディニアは改善した(図1).しかし皮疹が出現したため内服中止したところ,2日後にアロディニアは再燃した.X+1年2月,釣藤鈎を含む処方として七物降下湯7.5 g/日を内服開始したところ,抑肝散内服時と同程度にアロディニアは改善した.しかし,胃腸障害が出現したため内服中止し,アロディニアも再燃した.そこで煎じ薬(白朮4 g,茯苓4 g,当帰3 g,芍薬3 g,川芎3 g,甘草1.5 g,釣藤鈎3 g,黄耆3 gを水600 mlとともに200 mlになるまで煎じ1日3回に分けて服用,生薬はすべてウチダ和漢薬)を開始したところ,アロディニアはさらに改善し,痛みによる中途覚醒がない日もみられるようになった.その後,煎じ薬から釣藤鈎を除いたところ,10日間でアロディニアは再燃した.

図1

アロディニアの数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)

III 考察

アロディニアは慢性痛患者の生活の質を損ねるだけでなく,治療に難渋する場合も少なくない.アロディニアの発生メカニズムには不明な点も多いが,侵害受容器や中枢神経系の感作,触覚センサーからの情報が痛みのシステムに接続することなどが原因とされる3).近年では,グリア細胞における活動性の増加が脊髄後角ニューロンの過剰興奮を引き起こし4),アロディニアの発症維持に寄与していることが示唆されている5)

抑肝散は“保嬰撮要”に記載されている処方であり,元来,小児のひきつけに対して処方されてきた6).薬理学的には抗不安作用,認知機能障害改善作用,抗炎症作用などを有しており,近年では認知症の周辺症状の他に,神経障害性痛をはじめとする慢性痛に対しても用いられている.

抑肝散の抗アロディニア作用がいくつかの研究で示されている.抑肝散は慢性狭窄障害(CCI)モデルラットにおいて,脊髄のグルタミン酸トランスポーター活性化を介したグルタミン酸作動性神経伝達の遮断により抗アロディニア作用を示す1).抑肝散および釣藤鈎の抽出物は5-HT1A受容体パーシャルアゴニスト作用を有し,抑肝散から釣藤鈎を除くことでその作用は著しく減弱する7).5-HT1A受容体は下行性抑制系に関与しており,抑肝散の5-HT1A受容体パーシャルアゴニスト作用は抗アロディニア作用の一部を説明する可能性がある.また抑肝散中の蒼朮は脊髄グリア細胞のIL-6発現を阻害することにより,坐骨神経部分結紮モデルマウスにおける機械的アロディニアを抑制する2).さらに,甘草はNMDA受容体拮抗作用8)を有し,蒼朮の抗アロディニア作用を増強する1).本症例でも抑肝散内服によりアロディニアの改善が得られた.

七物降下湯は大塚敬節が自身の眼底出血に対して創方した処方であり9),四物湯に釣藤鈎,黄耆,黄柏を加えた構成である.高血圧モデルラットにおいて降圧作用10)や腎保護作用11)が報告されているが,抗アロディニア作用や慢性痛への使用報告は検索した範囲では見つけられなかった.七物降下湯は抑肝散中の釣藤鈎を含むため,釣藤鈎による抗アロディニア作用を期待して投与したところ,抑肝散と同程度の抗アロディニア作用が得られた.しかし,地黄によると思われる胃腸障害が発生したため,やむを得ず内服を中止した.その後,抑肝散と七物降下湯から創薬した煎じ薬(図2)でも同様の抗アロディニア作用を認め,さらに釣藤鈎を除いたところ抗アロディニア作用が消失したことから,本症例における抗アロディニア作用はおもに釣藤鈎によると推定した.一方,七物降下湯は抑肝散には含まれない芍薬を含んでいる.パクリタキセル誘発性疼痛モデルマウスにおいてアロディニアは芍薬甘草湯により有意に抑制され,芍薬,甘草単独でもある程度抑制される12)ことが報告されており,芍薬が七物降下湯の抗アロディニア作用の一端を担っている可能性がある.抑肝散に芍薬甘草湯や桂枝加芍薬湯を併用すると抑肝散の効果が増強する13)という意見もある.本症例で投与した煎じ薬では芍薬,甘草ともに含まれており,抗アロディニア作用が増強した理由の一つである可能性がある.また,七物降下湯は甘草を含まないため,抑肝散により偽アルドステロン症が発生した場合の代替薬となる可能性もある.

図2

抑肝散と七物降下湯から創薬した煎じ薬

下線の生薬は除いて使用した.

釣藤鈎を含む他の漢方エキス製剤に釣藤散がある.釣藤散は“普済本事方”にある処方である.七物降下湯と釣藤散とを比較した文献14)によると,“釣藤散は上半身の熱性症状に対応する”とあるが,本症例では寒冷で症状が悪化することから不適と考えた.本症例で煎じ薬を用いるにあたり,同様の理由で冷やす作用のある黄柏は除いた.温めると悪化する上半身の痛みやアロディニアに対しては,釣藤散の抗アロディニア作用が期待できる可能性がある.

治療抵抗性のアロディニアに対して七物降下湯が有効であったCRPS症例を経験した.抑肝散はアロディニアに対する漢方治療として最初に考慮すべき処方と思われるが,抑肝散内服継続が困難な場合には,七物降下湯がアロディニアに対する治療選択肢の一つになりうると考えられた.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.

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