日本ペインクリニック学会誌
Online ISSN : 1884-1791
Print ISSN : 1340-4903
ISSN-L : 1340-4903
症例
帯状疱疹に続発した顎骨壊死の1例
山本 雅子西江 宏行中塚 秀輝
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 26 巻 1 号 p. 62-66

詳細
Abstract

三叉神経第III枝領域に発症した帯状疱疹に,顎骨壊死を合併した症例を経験した.患者は77歳の男性で,既往に糖尿病があり,左耳痛と左下の歯の痛み,舌痛を主訴に近医歯科を受診した.症状が改善しないため発症7日目に当院口腔外科を紹介された.左下顎根尖病変に加え,左耳介と頬部から下顎にかけて自発痛を伴う皮膚びらんと腫脹が広がっていた.帯状疱疹の診断で皮膚科に入院となり,アシクロビル投与が開始されたが,翌日に異常行動などが出現したためアシクロビル脳症を疑い,投与を中止し免疫グロブリン投与が行われた.疼痛コントロールが不良であったためペインクリニックに紹介されたが,当科での治療開始後,疼痛が改善したため退院した.発症51日目に左下の歯牙脱落の訴えがあり,当院口腔外科に紹介した.左下顎骨壊死との診断で,全身麻酔下に腐骨除去術が施行された.帯状疱疹が三叉神経第II,III枝領域に発症した場合,続発的に歯の脱落や顎骨壊死を発症する報告があり,帯状疱疹の合併症の一つとして認識しておく必要がある.本症例は帯状疱疹に対して十分な抗ウイルス薬投与が行えなかったことが,発症の一因であった可能性が考えられた.

I はじめに

帯状疱疹は水痘・帯状疱疹ウイルスの回帰感染により生じ,帯状疱疹後神経痛をはじめ時に重篤な合併症を生じる.今回われわれは,三叉神経第III枝領域に発生した帯状疱疹に顎骨壊死を合併した症例を経験したので報告する.

今回の報告に際しては,患者から同意を得ている.

II 症例

患者:77歳,男性.

当院初診:X年11月.

既往歴:67歳時に2型糖尿病と診断.近医で内服加療(HbA1c 8.8%).腎症I期.

現病歴:当院初診から7日前に左下の歯痛,舌痛,左耳介痛を自覚した.近医歯科医院を受診したところ,抗菌薬が処方され経過観察となった.しかし症状の改善がないため,発症7日目に当院口腔外科を受診した.口腔内左側下顎に根尖病変を指摘され,その他に左舌の腫脹,左耳介から頬部,下顎にかけて皮膚びらん,腫脹があったため皮膚科に紹介された.皮膚科にて帯状疱疹と診断され,即日入院となった.

全身所見:身長148 cm,体重47 kg.

皮膚所見:左側耳介と頬部から下顎にかけて自発痛を伴う皮膚びらん,腫脹が広がっている(図1a,b).

図1

初診時(発症7日目)所見

a,b:皮膚所見.左側三叉神経第III領域の皮膚にびらん,腫脹,痂皮形成が広がっている.

c:口唇と舌の所見.左側の舌腫脹,びらんがみられた.

d:パノラマX線写真

口唇と舌の所見:左側の舌腫脹,びらんがみられた(図1c).

X線所見:パノラマ写真で特に異常はみられなかった(図1d).

臨床検査所見(発症7日目):白血球7,870/µl,CRP 10.02 mg/dl,Cr 1.39 mg/dl,eGFR 39.1,尿中アルブミンクレアチニン換算値13.9 mg/gCr(正常0~11,発症10日目)であった.

臨床診断:帯状疱疹(左三叉神経第III枝).

処置および入院経過:発症7日目の皮膚科入院後当日から抗ウイルス薬(アシクロビル500 mg/日)点滴静注を行った.翌日に病室ベッドの上に立ち飛び降りるなどの異常行動と幻視が出現した.神経内科医により,頭部MRIで髄膜炎の所見がないこと,頭痛がないこと,髄膜刺激症状がないこと,腎機能低下があること,幻視があることから髄膜炎よりもアシクロビル脳症が疑われた.ただちにアシクロビルが中止され,免疫グロブリン療法に変更となりポリエチレングリコール処理人免疫グロブリンを3日間投与された.疼痛については,アセトアミノフェンが入院2日後から400 mg/日で開始され,痛みに応じて増量された.入院7日目(発症14日目)にはプレガバリン50 mg/日が開始されたがコントロール困難なため,入院13日目(発症20日目)にペインクリニックを紹介受診した.ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液を内服開始し,リドカイン100 mgの点滴で痛みが数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)スコア10から7までの改善がみられ,全身症状の落ち着いた入院15日目(発症22日目)に退院した.

退院後経過:発症51日目に左下の歯(1~4)が脱落したとの訴えがあった.歯周病を疑い,近医歯科受診を勧めた.受診した歯科医院では対応が難しいといわれたため,発症72日目に当院口腔外科に紹介した.その結果,帯状疱疹による左顎骨壊死と診断され手術が予定された(図2a,b).糖尿病のコントロールが不良であったため,インスリンを導入して血糖コントロールが改善した後に腐骨除去術が施行された.

図2

発症72日目所見

a:顎骨壊死の所見.左下1~4が脱落している.

b:パノラマX線写真.図1dではみられなかった左下(1~4)の歯の欠落と左側下顎歯槽頂部付近に骨吸収像が存在する.

c:病理所見.好中球,形質細胞などを主体とする炎症細胞浸潤を伴う肉芽組織で悪性所見はなかった.

病理所見(図2c):好中球,形質細胞などを主体とする炎症細胞浸潤を伴う肉芽組織で悪性所見はなかった.

III 考察

帯状疱疹が三叉神経第II,III枝領域に発症した場合,続発的に歯の脱落や歯槽骨,顎骨壊死を発症するという報告がある.検索しえた範囲で国内21例の報告があった(表1).内訳は男性14例,女性7例で,三叉神経第III枝領域帯状疱疹に続発した症例が多く報告されていた.歯の脱落は帯状疱疹発症から1カ月前後が多く,本症例の51日目はやや遅い.発症機序としては2つの機序が考えられている.1つは免疫力低下に続発する歯周ポケットからの細菌感染である14).特に,ステロイド内服や糖尿病,HIV陽性患者など宿主抵抗性の低下が示唆されている5).本症例も比較的重症の糖尿病を発症している.Schwartzら6)は顎骨壊死を引き起こした症例の大半で歯周病の合併が認められたことから,口腔内の慢性炎症も一因として指摘している.しかし,重症歯周炎は本症発生には必須ではないとする報告もある3,7).またTabriziら8)の報告では,顎骨壊死を発症し調査した患者30人のうちの大半が無歯顎であり,歯原性の要因が重要でないとも述べている.

表1 帯状疱疹に続発した歯牙脱落・骨壊死の国内報告例
症例 報告年 性別 年齢 罹患三叉
神経領域
歯牙脱落・骨壊死
までの期間
基礎疾患 抗ウイルス薬
投与の有無
文献番号
(著者)
1 1985 F 45 右III 不明 なし 記載なし (早川ら)
2 1986 M 54 左II 1カ月 関節リウマチ,胃がん術後 記載なし (大塚ら)
3 1987 M 17 左II 1カ月 なし アシクロビル 4
4 1989 F 50 左III 30日 貧血 記載なし 12
5 1989 M 52 左II 2週間 なし 記載なし 4
6 1989 M 30 右III 12日 ウイルス性肝炎 抗ウイルス薬 5
7 1989 M 73 左III 15日 アルコール性肝炎 抗ウイルス薬 5
8 1990 F 64 右III 10日 なし アシクロビル 9
9 1991 F 64 右II 8日 高血圧,心肥大 ビダラビン (岩井ら)
10 1992 M 72 右III 10日 高血圧,喘息,胃潰瘍 記載なし 11
11 1993 M 78 右III 10日 慢性リンパ性白血病 アシクロビル (野上ら)
12 1993 F 85 右II 13日 慢性心不全 アシクロビル 13
13 2002 M 77 左III   なし アシクロビル 14
14 2004 F 72 右III 16日 甲状腺機能亢進症 アシクロビル (牧田ら)
15 2007 M 66 右II 18日 脊髄小脳変性症 バラシクロビル 3
16 2007 M 38 右III 25日 白血病,GVHD,糖尿病 アシクロビル 7
17 2008 F 83 右III 1カ月 なし アシクロビル 7
18 2012 M 23 左II,III 37日 HIV,HBV,
梅毒トレポネーマ抗体陽性
ビダラビン 2
19 2012 M 69 右III 22日 糖尿病 バラシクロビル 10
20 2012 M 73 右III 26日 狭心症,高血圧,前立腺肥大,
メージュ症候群
バラシクロビル 10
21 2017 M 74 左III 約30日 高血圧,糖尿病,
前立腺肥大
ファムシクロビル 1

もう1つは,水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)による閉塞性血管炎による血流障害である1,3,9).神経線維の末梢に移動したウイルスが,伴走する血管に感染し血管炎を引き起こした結果,歯根膜や下顎骨の虚血性変化が生じると考えられている10,11).さらに本症例では,糖尿病による微小血管障害をきたしていた可能性もある.宿主抵抗性の低下と血流障害の2つの機序が組み合わさって,顎骨壊死が発症したと考えられる.

予防法としては,血管炎による血流障害が原因で歯の脱落や顎骨壊死を生じたのであれば,星状神経節ブロックや血管拡張薬投与が血流改善に有効であるとの横溝ら12)の報告がある.しかし,星状神経節ブロックを数日間行ったにもかかわらず,歯の脱落や顎骨壊死がみられたとの報告13,14)もあるため,予防法として星状神経節ブロックは必ずしも有効と確立されていない.またVZVは動脈内で複製して脈管障害を起こすことが報告されている15).ウイルス量が脈管障害に関連しているとすると,早期から抗ウイルス薬の十分な投与による治療が重要である3,7).本症例では抗ウイルス薬の投与が発症後7日目から開始され,さらにアシクロビル脳症発症のため短期間で終了し代替療法が行われている.この抗ウイルス薬投与開始の遅延と短期間での投与終了が,顎骨壊死発症のリスクファクターの一つとなったとも考えられる.

顎骨壊死発症後は抗菌薬投与1,7)や外科的手術が治療の主体である.ビスホスホネート系薬剤で発症する顎骨壊死とは異なり,帯状疱疹の罹患部位を越えた骨壊死や歯の脱落の報告はなく,予後は良好である.しかし発症機序などまだ不明な点が多く,予防法も確立されていない.

自験例での反省点としては,歯牙脱落を歯周病によるものと判断した点がある.三叉神経第III枝帯状疱疹の合併症としての顎骨壊死を認識していれば,発症51日目の時点で口腔外科に紹介できた可能性があったと考えられる.さらに,三叉神経第III枝帯状疱疹は痛みのため口腔内が不衛生になりやすいことから,口腔外科の積極的関与が望まれる.できれば早期から皮膚科,ペインクリニック科,口腔外科と連携して診療し,口腔内の衛生に努め,顎骨壊死の発生を念頭において経過をみるのがよいであろう.

三叉神経第III枝帯状疱疹のうち,特に免疫力が低下し歯周病を合併する症例では,顎骨壊死を合併する可能性を念頭におき,治療や診断では口腔外科との連携が必要であると考えられる.抗ウイルス薬投与の遅延や早期終了が,顎骨壊死のリスクファクターとなる可能性がある.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
feedback
Top