日本ペインクリニック学会誌
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短報
妊婦の難治性こむら返りに対して深腓骨神経ブロックが奏効した1例
辻 隆宏山田 信一
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2019 年 26 巻 1 号 p. 70-71

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I はじめに

深腓骨神経ブロックは,内服薬などに反応しない難治性こむら返りに対して施行されることがある.妊婦は生理的特徴からこむら返りを起こすことが多いにもかかわらず,実際に治療されることは少ない.妊婦のこむら返りに対して深腓骨神経ブロックを施行したという報告は過去になく,今回ブロックにより良好な症状緩和を得ることができたため報告する.

今回の症例報告については,患者本人から口頭で公表の承諾を得ている.

II 症例

患者は35歳の女性.身長156 cm,体重64 kg.1経妊1経産で受診時は妊娠36週であった.既往歴に特記事項なし.産婦人科で妊娠の経過をみられているが,以前より当診療所はかかりつけとなっており,時折健康上の相談を受けていた.前回妊娠時にもこむら返りが頻発しており,ストレッチや芍薬甘草湯を内服するも効果が不十分だったというエピソードがあった.

このため今回の妊娠においてもこの予防のために水分補給やストレッチを十分に行っていたが,妊娠36週に入った頃より連日のように強いこむら返りが頻発するようになった.発作時には芍薬甘草湯を内服していたが,十分な効果は得られなかった.こむら返りの痛みや発作への不安が強く,症状緩和が期待できる治療を希望して当診療所を受診した.難治性のこむら返りに深腓骨神経ブロックの効果が認められる場合があること,局所麻酔薬の使用量は少量であるため全身への影響が少ないこと,胎児への影響はまったくないとはいえないがきわめて少ないと思われることなどを十分に説明し,本人の同意を得て深腓骨神経ブロックを行うこととした.

1%塩酸メピバカイン4.5 mlにリン酸デキサメタゾン注射液0.5 ml(1.65 mg)を加え計5 mlとし,27 G注射針を用いて第1・2中足骨の間でブロックを行った.両側でこむら返りが生じていたため,深腓骨神経ブロックを両下肢で行い,薬液を各2.5 mlずつ注入した.

深腓骨神経ブロックを行った日の夜からこむら返り発作は消失し,良眠を得られるようになった.その後は追加ブロックを行うことなく39週で経膣分娩となり,前回頻発していた分娩の際にもこむら返りは起こらなかった.出産後約3カ月経過した現在も,発作なく経過している.

III 考察

有痛性の筋痙攣は下腿三頭筋に最も多くみられ,これをこむら返りという.こむら返りの発生頻度は年齢とともに増加し,多くの高齢者を苦しめる疾患の一つであるが,妊娠に関連して起こることはあまり知られていない.Hensley1)によると33~50%の妊婦はこむら返りを経験しており,週数が進むにつれて症状が増悪する傾向にあると報告されている.

妊娠中のこむら返りの発生病態はいまだに明らかにされていないが,血中カルシウム・マグネシウムの減少,下肢の筋肉疲労,循環不全2),末梢神経の異常興奮3)などによる影響が考えられている.夜間のこむら返りは睡眠障害を起こすことがあり,日中の眠気,集中力の欠如,ひいては胎児の出生リスクを増加させる可能性もある4).しかし,妊婦がこむら返りで医療機関を受診することは少ない.

こむら返りに対する深腓骨神経ブロックは,2002年高山らの報告を契機に報告が散見されている5).Imuraらが腰椎手術後に伴うこむら返りに対して深腓骨神経ブロックを行った比較試験では,対照群と比較し発作が1/4未満に減少,患者の約6割は12週間を越えてブロックが有効であった.なお,ブロックによる有害な副作用はなかった6)

こむら返りに対する深腓骨神経ブロックのメカニズムは不明な部分が多い.高山ら5)やImuraら6)によると,神経ブロックによる疼痛伝導路の遮断,痛みが作り出す悪循環の遮断,血行改善などにより,下腿や足趾のこむら返りに効果を示した可能性が示唆されている.

妊娠に起因するこむら返りの治療として,非薬物療法として下肢ストレッチ7),薬物療法としては海外ではマグネシウム,カルシウム,ビタミンBなどを内服させることが多い.しかし過去のコクランレビューでは,上記治療でわずかに効果を認めるものの,エビデンスとしては不十分という結論に至っている8)

わが国では上記薬物に加えて芍薬甘草湯が使用されることがあるが,長期連用による副作用として低カリウム血症,血圧上昇,浮腫など偽アルドステロン症の懸念もある.

従来の治療で不十分な場合,器質的な疾患を除外したうえで,深腓骨神経ブロックを検討することは有用だと思われる.ステロイド添加により神経ブロックの効果が延長されるとされており,今回は1%メピバカインに少量のリン酸デキサメタゾンを加えて神経ブロックを施行した.妊婦に対してもステロイドは比較的安全に使用できるとされており9),本症例では少量の局所注射であることから,妊婦および胎児への影響は臨床的に問題ないと思われる.前述したImuraらの比較試験6)では,1%リドカインのみでも効果を認めており,ステロイドを躊躇する場合には局所麻酔薬のみで行ってもよいだろう.

現時点では,妊婦のこむら返りに対して深腓骨神経ブロックを施行した報告はなく,有効性は確立されていない.しかし,本症例のように,非常に良好な効果を即時に得られることもある.手技が簡便で合併症が少ない深腓骨神経ブロックは,妊婦の難治性こむら返りに対して有効な手段の一つであると考えられた.

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
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