2021 年 28 巻 1 号 p. 1-4
ドライアイ類似の慢性難治性眼痛の3症例を経験した.当院の眼科治療後難治性眼痛の治療プロトコールに基づき,オキシブプロカイン点眼検査,リドカイン静脈内投与,薬物療法,神経ブロックを行い,痛みの機序を考慮し診断的治療を施行した.眼科領域では,客観的所見と疼痛の乖離を説明する概念として神経障害性眼痛(neuropathic ocular pain:NOP)が報告されているが,病態が国際疼痛学会の提唱する神経障害性痛の定義に適さないため,本稿では神経障害性痛を部分的に有する神経障害類似の眼痛(neuropathic like ocular pain:NLOP)と定義して症例を提示した.
眼科領域では,ドライアイ類似の眼痛を訴える患者の中に治療抵抗性の痛みが存在することが知られており,客観的所見と疼痛の乖離を説明する概念として神経障害性眼痛(neuropathic ocular pain:NOP)が報告されている1,2).NOPの病態は国際疼痛学会が提唱する神経障害性痛の定義に適さないため3),本稿では神経障害性痛の要素を部分的に有する神経障害類似の眼痛(neuropathic like ocular pain:NLOP)と定義した.本施設の眼科治療後難治性眼痛の治療プロトコールに基づいて診断治療し痛みが軽減できたNLOPの3症例を報告する.
【症例1】60歳女性(150 cm,51 kg).既往歴にうつ病と非代償性肝硬変があった.X−8カ月より両眼痛が出現し,ドライアイと診断されて眼科通院していた.しかし,両眼の慢性的な痛みが持続し徐々に抑うつ症状が増悪したために当院精神科に入院し,X月に当科紹介となった.初診時の症状は乾燥感,異物感,羞明,瞬目増加,眼瞼の疲労感と,眼と眼の周囲に灼熱感,針が刺さったような痛み,痛覚過敏と光や風に対するアロディニア,肩や頸の重だるい痛みだった.痛みの強度はNRSで10/10,痛みの質の評価はpain DETECTで18/38,うつの評価はHAM-D(21)で23/63だった.うつ病に対してはロラゼパム3 mg/日,ブロチゾラム0.5 mg/日を内服していた.痛みに対してはアセトアミノフェン1,200 mg/日を内服していた.オキシブプロカイン(ベノキシール®)点眼検査で痛みは軽減しなかった.
眼と眼周囲の痛覚過敏があったが,知覚低下はなく神経障害を説明する神経損傷や疾患はなかった.また,オキシブプロカイン点眼の効果がなかったことから中枢性NLOPと診断した.
眼科治療後難治性眼痛の診断・治療に関する当院のプロトコールではドライアイ治療難治性,客観的所見と乖離する痛み,特徴的な症状,慢性疾患の合併や眼科手術の既往があればNLOPを疑う.オキシブプロカイン点眼検査を施行し,点眼後30秒~15分で痛みの判定を行った.点眼後に痛みが消失する場合は末梢性(末梢性神経障害の要素が強く軽症),不変の場合は中枢性(末梢に比べて中枢性神経障害の要素が強く重症),疼痛が一部改善する場合は混合性と診断した.薬物療法は,末梢性,混合性,中枢性にかかわらず,神経障害痛薬物療法のガイドラインに基づき,抗けいれん薬と抗うつ薬を第一選択で,リドカイン静脈内投与,デュロキセチン,弱オピオイドを第二選択薬として薬物療法を行った.無効の場合は,内服薬変更と末梢神経ブロック,効果があればパルス高周波治療,熱凝固療法を検討し,無効の場合は星状神経節ブロックまたはガッセル神経節ブロックを検討した(図1).
眼科治療後難治性眼痛の治療プロトコール
ドライアイ治療難治性,客観的所見と乖離する痛み,特徴的な症状,慢性疾患の合併や眼科手術の既往があればNLOPを疑う2).オキシブプロカイン(ベノキシール®)点眼検査を行い,点眼後30秒から15分で痛みの判定を行う4,5).痛みが消失すれば末梢性と診断し,一部効果があれば混合性,無効の場合は中枢性と診断した.薬物療法は,末梢性,混合性,中枢性にかかわらず,神経障害痛薬物療法のガイドラインに基づき,抗けいれん薬と抗うつ薬を第一選択で,リドカイン静脈内投与,デュロキセチン,弱オピオイドを第二選択薬として薬物療法を施行した.無効の場合は,内服薬変更と末梢神経ブロック,効果があればパルス高周波治療,熱凝固療法を検討し,無効の場合は星状神経節ブロックまたはガッセル神経節ブロックを検討する.
本症例の治療はトラマドール・アセトアミノフェン配合錠の内服およびリドカイン100 mg/30分静脈内投与で,NRSで7/10から3/10まで痛みが軽減した.X+10カ月に眼周囲の痛みが再燃したため,1%リドカイン2 mlによる両側眼窩下神経ブロックを施行したところ,NRSで4/10から2/10と改善した.
【症例2】71歳女性(152 cm,58 kg).交通事故後の外傷性頸椎症と外傷性腰痛症の既往があり,左側優位の慢性的な頸部痛と腰痛があったが,内服や通院治療はしていなかった.X−2カ月に両眼の白内障手術を受けた.術後数日で手術の痛みは消失したが,2週間経過後,左眼に乾燥感や羞明が生じ,ピリッとした痛みが走り,眼の周囲に鱗があるような感覚が出現したため,X月に眼科より当科紹介となった.痛みの強度はNRSで8/10,痛みの質の評価はpain DETECTで15/38,不安・うつの評価はHADSで不安6/21,うつ5/21であった.オキシブプロカイン点眼検査で,痛みはNRSで8/10から3/10まで軽減した.リドカイン静脈内投与(100 mg/30分)で,痛みはNRSで3/10から1/10まで軽減した.
眼と眼周囲の痛みがあり,白内障手術による神経損傷の可能性があるが,他覚的所見に乏しく,点眼とリドカイン静脈内投与で痛みが軽減したことから混合性NLOPと診断した.
トラマドール即放錠25 mgを屯用として処方したが,ふらつきが出現するため中止した.デュロキセチン20 mg/日を処方し,40 mg/日へ増量したところ,X+1カ月に痛みがNRSで8/10から2/10に軽減した.しかし,X+4カ月に内服を自己中断したところ症状が悪化したため,1%リドカイン2 mlによる左眼窩下神経ブロックを施行し,痛みはNRSで8/10から3/10に改善した.
【症例3】72歳女性(158 cm,65 kg).既往歴は両側変形性膝関節症で,整形外科で膝関節注射を1回のみ施行された治療歴があった.X−3カ月に眼科でドライアイと診断された.点眼はしていたが,乾燥感と灼熱感,チリチリとした左眼痛が持続していたためX月に当科紹介となった.痛みの強度はNRSで7/10,痛みの質の評価はpain DETECTで13/38,不安・うつの評価はHADSで不安6/21,うつ2/21であった.オキシブプロカイン点眼検査で痛みはNRSで7/10から0/10となった.
眼痛はあるが,神経障害を説明する神経損傷や疾患はなく,点眼で痛みが消失したことから末梢性NLOPと診断した.
トラマドール即放錠25 mgを屯用処方し,週に1回内服したところ,X+2週間には激しい痛みは治まったが,眼の痛みと乾燥感,異物感が時折出現した.リドカイン静脈内投与(100 mg/30分)で,痛みがNRSで6/10から2/10に改善し,デュロキセチン20 mg/日の内服を追加投与した.X+1カ月で痛みはNRSで7/10から1/10に改善した.以降は2カ月に1度の外来通院で経過観察を行っている.
NLOPと診断した3症例を経験した.眼科治療後難治性眼痛の治療プロトコール(図1)に基づき,神経障害性痛類似の病態に対して,オキシブプロカイン点眼検査,リドカイン静脈内投与,薬物療法,神経ブロックを行い,痛みの末梢性機序と中枢性機序を鑑別し治療した.NOPの病態は国際疼痛学会が提唱する神経障害性疼痛の定義に適さないため,本稿では神経障害性疼痛の要素を部分的に有するNLOPとして症例を提示した.
NLOPは,乾燥感や異物感,羞明,疲労感,瞬目増加といったドライアイ類似の症状と,電気が流れるような痛み,灼熱感,光や風に対するアロディニアといった神経障害性痛類似の症状がみられる.角膜神経や角膜上皮細胞が障害の起点となり,中枢性感作が生じるほど重症であり,痛みが遷延する可能性がある1,2)ため,早期の介入が必要と考える.
NLOPはドライアイと強い相関関係があるという臨床報告があるが3),眼痛を訴えるNLOP患者の中には,痛みを強く自覚する症例ほど,客観的所見に乏しいという報告がある4).NLOPやドライアイの病態は明確に解明されていないが,末梢性感作が発生する機序には,手術による機械的刺激,汚染物質の化学的刺激,接触による温熱刺激から角膜神経や角膜上皮細胞の障害が起こり,サイトカインや活性酸素が発生し,侵害受容器の感受性が変化することが報告されている2).さらに中枢性の変化として,三叉神経脊髄路核におけるNMDA受容体発現量増加とGABA受容体発現量減少が報告されており5),NLOPの複雑な病態に対してトラマドールや抗けいれん薬や抗うつ薬の神経障害性痛治療薬が有効と考える.
本症例では治療プロトコールに沿って,最初にオキシブプロカイン点眼検査を行い,角膜表面の末梢神経が痛みの原因であるかを評価した.中枢性NLOPと診断した症例1は他の2例に比べ重症であったため,点眼検査が診断や治療の見通しの一助になったといえる.
NLOPによる眼と眼周囲の痛みに対して,ガバペンチノイドの内服や末梢神経ブロックが有効であるという報告は見受けられるが6,7),オピオイドや抗うつ薬,リドカイン点滴の有効性に関する報告は少ない.今回経験した3症例では,強い痛みの出現時にリドカイン点滴(100 mg/30分)とトラマドール内服が奏効した.神経障害性痛におけるリドカイン全身投与は,末梢と中枢におけるNaチャネル活性化が生じることで,一時的な鎮痛効果が得られたと考えた8).トラマドールは神経障害性痛薬の第2選択として位置づけられているが,突発的な眼痛に対して有効であり,他の薬剤が無効である難治性眼痛選択肢の一つとして考慮された.また,眼痛に加えて眼周囲にも痛みがあった症例1と2では末梢神経ブロックで痛みが軽減できた.神経障害性痛治療薬(プレガバリン,ミロガバリン,デュロキセチン,弱オピオイド)の内服9)やリドカイン点滴による疼痛管理が,有効性や副作用の点で不良の場合は,神経ブロックを検討するべきと考える10).
NLOPと診断した3症例を経験した.本施設での診断的治療プロトコールに従い痛みの緩和が得られたが,さらなる検討が必要である.