2021 年 28 巻 5 号 p. 68-69
周術期に抗凝固療法が必要な患者において,開胸術後の痛みに対する硬膜外麻酔や傍脊椎ブロックの施行は,利害を十分に検討する必要がある1).しかし代替案としての持続胸壁末梢神経ブロックに関しては,ガイドラインでも施行に関して明確な指針がない1).今回,周術期遅発性心嚢水貯留に対する開胸ドレナージ術後に持続前鋸筋面ブロックによる疼痛管理を行った1例を経験した.
本報告に関して患者本人とその家族から同意を得た.
患者:69歳,女性.160 cm,60 kg,BMI 23 kg/m2.
既往歴:発作性心房細動.
経過:重症僧帽弁逆流症に対し,正中切開で僧帽弁形成術を行い,術後経過は鎮痛を含め,おおむね良好であった.弁形成術後13日目にCTで約2 cmの遅発性周術期心嚢水貯留が指摘され,全身麻酔下に開胸ドレナージ術を予定した.ワーファリン投与中で術前PT-INR 1.69であったため,ビタミンK 20 mgを投与した.切開創は左第4肋間鎖骨中線上約8 cmで,術後に超音波ガイド下前鋸筋面ブロックを行った.第4肋間の前鋸筋腹側筋膜と脂肪の間に針先を進め,0.25%ロピバカインを30 ml注入した(図1).その後,同部位に多孔式カテーテル(ペインクリニックセット® GF17HR95-05h100,ハッコー)の先端を約5 cmカットして皮下13 cmで側胸部に固定した(図2).術後鎮痛は留置したカテーテルから患者調節型鎮痛(patient controlled analgesia:PCA)インフューザーポンプ(ベセルフューザー® PCA 3 ml/回,ロックアウトタイム30分,スミスメディカル)を用いて,0.2%ロピバカイン4~5 ml/hで投与した.持続前鋸筋面ブロック施行中にオピオイドの使用はなく,痛みは安静時,体動時ともにnumerical rating scale 1~2で推移した.術後2日目から30 m歩行と経口摂取を再開した.ワーファリンは術後2日目から再開し,術後4日目にカテーテルを抜去したが,明らかな合併症は認めなかった.術後12日目に独歩退院した.
エコーガイド下前鋸筋面ブロック
LA:局所麻酔薬,SM:前鋸筋,R4:第4肋骨,R5:第5肋骨,▼:穿刺針
カテーテルの体表固定
◀:多孔式カテーテル.先端を5 cmカットして皮下13 cmで固定.
開胸術後は硬膜外麻酔や傍脊椎ブロックが考慮されるが,周術期抗凝固療法のため,その施行には抜去時を含めてリスクを伴う.またDiegelerらは小開胸術後も3日目までは疼痛が持続すると報告し2),持続鎮痛の必要性があると考えられる.胸壁の神経ブロックに関してBlancoらは前鋸筋面ブロックを報告した3).前鋸筋面ブロックは開胸手術後の鎮痛に関して,傍脊椎ブロックや硬膜外麻酔と比較して鎮痛効果はほぼ同等でより安全であると報告されている4,5).
本症例は抗凝固療法の早期再開が必要で,切開創の大きさと部位から,数日間持続する強い術後疼痛が予想されたため,持続前鋸筋面ブロックにより術後疼痛管理を行った.本ブロックは区域麻酔・神経ブロックガイドラインでは肋間神経ブロック同様に低リスク群に分類されると考えられる1).持続前鋸筋面ブロックのメリットは抗血栓療法中でも比較的安全に施行可能である点と術後鎮痛のためのオピオイドを減量できる点である.ブロック施行時の抗凝固薬の休薬に関しては「to be discussed」とされるが,体表面のブロックであるため,出血しても視認が容易で神経障害の可能性も低く,圧迫止血が可能と考えられる.またワルファリンの再開については「カテーテル抜去後に再開」と記載されている1).本症例では心房細動による塞栓性脳梗塞の予防は臨床的なメリットが高いと考えられた.そのため手術翌日からワルファリンを再開したが,術後4日目のカテーテル抜去に伴う合併症は認めなかった.また本症例では術後にオピオイド投与を行わずに鎮痛が可能であったことは,早期離床と経口摂取の早期再開に寄与したと考えられる.
持続前鋸筋面ブロックは周術期抗凝固療法を要する開胸術後の疼痛管理において有効かつ安全である可能性がある.