日本ペインクリニック学会誌
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短報
左上肢運動麻痺,著明な浮腫を合併した帯状疱疹関連痛に対し,ステロイドパルス療法が有効であった1症例
内村 修二山賀 昌治川﨑 祐子日髙 康太郎渡部 由美恒吉 勇男
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2022 年 29 巻 1 号 p. 9-11

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I はじめに

帯状疱疹の合併症に運動麻痺(segmental zoster paresis:SZP)があり,予後は比較的良好とされるが,麻痺が回復しない症例もある1).今回著明な浮腫を合併した左上肢のSZPに対し,ステロイドパルス療法(intravenous methylprednisolone:IVMP)により病態の改善が得られ,良好な経過をたどった症例を経験した.

本報告に先立ち,本人より書面で同意を得た.

II 症例

87歳,男性.既往に高血圧症,前立腺肥大症,腰部脊柱管狭窄症があり,79歳時に頚椎症で椎弓形成術(第3~6頚椎)の手術歴がある.発症前の日常生活レベルは自立していた.

X日に左上肢の痛みが出現し,X+1日に整形外科を受診した.胸部・上腕骨レントゲン写真では異常所見を認めず,関節可動域は正常で,筋力低下がなかったことから経過観察された.X+2日に左上肢に皮疹が出現したため近医皮膚科を受診した.左上腕から手掌に紅暈を伴う小水疱を認め,帯状疱疹と診断された.抗ウイルス薬とともにアセトアミノフェン1,800 mg/日が開始されたが,痛みが増強したためX+6日に当科に紹介された.初診時,左の第5頚神経(cervical nerve:C)~第2胸神経(thoracic nerve:Th)領域に一致した痂皮,紅斑,水疱を認めた.肩甲骨周囲,上肢,手に痛みがあったが,とくにC8,Th1領域の痛みが強く,numerical rating scaleは8/10だった.痛みの性質はずきずきとした重たい痛みで,電撃痛,アロディニアを伴っていた.また,同部位に著明な浮腫を認めた.斜角筋間アプローチによる腕神経叢ブロックを行い,痛みが軽減した.高齢のためワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤16単位/日のみ追加したが,翌日より痛みが増強し,X+13日に入院した.

入院時,手の痛みが最も強く,手指は動かせなかった.プレガバリン50 mg/日,セレコキシブ200 mg/日を開始し,アセトアミノフェンは頓用とした.星状神経節ブロック(stellate ganglion blockade:SGB)を行い,痛みが軽減したが,運動麻痺の改善,浮腫の軽減はみられなかった.入院3日目も改善を認めないことから,神経内科へコンサルトした.徒手筋力テストは尺側手根屈筋5/3,深指屈筋5/3で,C8,Th1領域の筋力低下を認めた.皮疹出現部位の神経支配と一致した運動麻痺だったことからSZPと診断した.同日より3日間のメチルプレドニゾロン500 mg/日投与,7日間のアシクロビル750 mg/日投与,理学療法を開始した.入院5日目に母指,示指,中指の屈曲が可能となり,入院7日目に浮腫の軽減を認めた.入院9日目に軽度環指と小指の屈曲が可能となり,入院10日目の徒手筋力テストで尺側手根屈筋5/4に改善した.入院14日目に浮腫が消失した.環指,小指の回復は緩徐で,運動麻痺,痛み,しびれ,感覚鈍麻が残存したが,強い痛みを自覚する時間が短くなったため,入院18日目に退院した.退院後はプレガバリン150 mg/日,アセトアミノフェン3,000 mg/日,セレコキシブ頓用,週に1回のSGBを行った.1カ月後にSGBが不要となり,4カ月後にアセトアミノフェン中止(プレガバリン75 mg/日),1年後にプレガバリンを中止した.発症3年時点で,小指に軽度のしびれが残存しているが,握力は17.2 kg(右:26.4 kg)に回復し,日常生活に支障なく過ごしている(図1).

図1

治療経過

III 考察

早期のIVMPがSZP,浮腫の改善に有効だった症例を経験した.四肢のSZPの発生率は5%とされ,7割の患者で機能が回復するが,17%には麻痺が残るとの報告がある2)

本症例の皮疹はTh1領域を中心に広がっていた.痛みはC8,Th1領域が強く,徒手筋力テストではC8,Th1領域の筋力低下を認めた.IVMPにより痛みが軽減した際に環指と小指は屈曲ができず,回復も緩徐であったことから,主たる罹患神経分節はC8,Th1と考えられた.

SZPの治療は確立していないが,抗ウイルス薬とステロイドを標準とする意見がある3).本症例ではIVMP後から浮腫の軽減を認めた.SZPの発症機序は明らかではないが,後根神経節周囲の炎症による神経周囲の血管透過性亢進や血液神経関門の破綻により運動障害を起こすとの意見がある4).また,早期のステロイド投与は浮腫,影響を受けた神経の脱髄を抑制し,軸索変性を予防し,筋麻痺の回復を促進する1).本症例は運動麻痺のみられた領域に著明な浮腫を合併し,炎症が高度であったと推測され,IVMPが有効であったと考えられた.SGBも行ったが,IVMP前には運動麻痺の改善,浮腫の軽減はみられなかったため,病態の改善はIVMPによるものと判断した.

SZPは運動麻痺を起こす他疾患との鑑別を要し,痛みのために動かせないと誤認される場合があり診断が難しい1).しかし,早期の診断と治療開始が重要であり,診断には筋電図検査やMRI検査が有用である1).本症例は帯状疱疹であったことを考えると,入院時に筋電図検査やMRI検査を行うべきであった.

IVMPには18%に洞性頻脈などの重篤な副作用が,90%に動悸などの軽微な副作用が生じるとする報告があり注意が必要であるが5),帯状疱疹に運動麻痺,浮腫を合併する場合は,IVMPを治療法の一つとして検討すべきである.

この論文の要旨は,第38回九州ペインクリニック学会(2020年2月,福岡)において発表した.

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