2022 年 29 巻 11 号 p. 217-220
腰痛の原因となる疾患は多岐にわたる.今回難治性腰痛の原因がSAPHO症候群による骨関節病変と考えられた患者に対し,ミノドロン酸水和物が著効し神経ブロック療法併用によって疼痛管理が可能となり,デノスマブに変更後も良好に疼痛管理し得た症例を経験したので報告する.
Spondyloarthritis causes back pain due to inflammation of synovial joints including spine and sacroiliac joints. Various diseases have been suggested as reasons of spondyloarthritis. We report a case of patient with spondyloarthritis associated with SAPHO syndrome. A 74-yaer-old woman was suffering from intractable back pain for almost a year. Minodronic acid hydrate and facet rhizotomy were significantly effective her back pain, and denosumab sustained good pain management after changing from minodronic acid hydrate.
SAPHO(synovitis,acne,pustulosis,hyperostosis,osteitis)症候群では骨関節病変が原因となる痛みを有し,疼痛緩和にビスフォスフォネート製剤(以下,BPs製剤)の有効性が示されている1).今回われわれは第三世代BPs製剤であるミノドロン酸と脊髄神経後枝内側枝高周波熱凝固療法(facet rhizotomy),デノスマブによって疼痛管理し得たSAPHO症候群の1例を経験したので報告する.
74歳女性.
主 訴:腰痛.併存疾患:高血圧,掌蹠膿疱症.
内 服:カンデサルタン,アムロジピン,ビオチン.
現病歴:X−1年,誘因なく腰痛が出現し徐々に増強し,近医整形外科にて疼痛治療薬(プレガバリン,デュロキセチン)を処方され,近医ペインクリニックにて硬膜外ブロックを複数回施行されたが効果なく,X年1月に当科紹介受診となった.
背部全体にnumerical rating scale(NRS)7/10の特に体動時に強い痛みを訴え,右仙腸関節に圧痛点が,下位腰椎に叩打痛があった.神経学的異常所見や筋力低下はなかったが,疼痛のためADLは障害されていた.血液検査上CRP 1.41 mg/dl,ESR 81 mmと上昇していた.発熱はなかった.腰椎レントゲン写真で第2,3,4腰椎椎体の圧迫骨折があった.
体動時の疼痛増悪と脊椎叩打痛より筋骨格系由来の疼痛と考えた.明らかな感染兆候や悪性腫瘍はなく,また疼痛が圧迫骨折部位にとどまらず広範囲であることと掌蹠膿疱症の既往より,圧迫骨折に伴う疼痛に加えSAPHO症候群の骨関節病変による疼痛の関与を疑い,アセトアミノフェン2,000 mg/日,トラマドール塩酸塩25 mg/日に加えて,ミノドロン酸水和物50 mg/月投与を開始した.掌蹠膿疱症に対しては引き続き皮膚科にてビオチン投与と光照射を継続した.
ミノドロン酸投与開始後1カ月で疼痛はNRS 5/10程度に減弱,その後も徐々に軽減した(NRS 3/10).背部全体の疼痛は左腰部に限局し,残存する第4腰椎,左仙腸関節の圧痛に対し,X+1年2月,左第4腰椎facet rhizotomy,左仙腸関節パルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)を行った.その後NRS 0~1/10で推移していたが,X+3年8月,NRS 8/10の急性腰痛で予約外受診した.第4,5腰椎に叩打痛があり,数カ月前からの掌蹠膿疱症の増悪に伴うSAPHO症候群の骨関節病変再燃と考え,右第4,5腰椎facet rhizotomyを施行し,NRS 0/10となった.皮膚症状増悪に対しビオチン大量療法が行われた.X+3年9月,再び腰痛がNRS 8/10と悪化し画像を再検したところ,CT上第2,3,4腰椎椎体上部の陳旧性圧迫骨折部に骨硬化像を伴い,陥凹した第2,3腰椎椎体上部終板の不整があった.血液検査では著明な炎症反応上昇はなく化膿性脊椎炎は否定的であった.MRIでは脂肪抑制T2協調画像で第2,3腰椎椎体およびL2/3椎間板の信号上昇,T1協調画像では信号低下がみられ椎体椎間板炎に一致する所見であった.第2,3腰椎椎体骨硬化像とL2/3椎体椎間板炎の画像所見よりSAPHO症候群増悪と考えトリガーポイント注射とフルルビプロフェン点滴静注を施行し,NRS 3/10と改善した.残存した上殿皮神経領域の疼痛に対しPRFを行いNRS 1/10となった.
より強力な骨吸収抑制作用による鎮痛緩和を期待し,X+3年11月,ミノドロン酸内服からデノスマブ60 mg 6カ月に1回皮下注射に変更した.アセトアミノフェン内服併用し,現在まで3年間以上疼痛管理可能な状態が維持できている(図1).
治療経過およびnumerical rating scale(NRS)の推移
SAPHO症候群では骨関節病変が原因となる痛みを有し,疼痛緩和にBPs製剤の有効性が多数報告されている1–3).今回SAPHO症候群に対して使用報告のない第三世代BPs製剤のミノドロン酸,デノスマブ投与と神経ブロックの併用により疼痛管理し得た1例を経験した.
SAPHO症候群は1987年Chamotらによって提唱され,synovitis(滑膜炎),acne(痤瘡),pustulosis(掌蹠膿疱症),hyperostosis(骨化過剰),osteitis(骨髄炎)の頭文字をとって命名され1),骨関節症状と皮膚症状の合併が特徴となる.免疫調節異常,感染,遺伝素因などさまざまな病因の関与する自己免疫疾患の側面を持つ炎症性骨関節炎疾患と考えられている4).
骨関節病変として胸肋鎖骨過形成症が特徴的で65~90%の患者で確認されるが,脊椎,仙腸関節を含む軸骨格や四肢,末梢関節にも起こりうる.骨炎,骨化過剰症のほか滑膜炎,関節炎,腱付着部炎,椎間板炎などが骨関節病変に含まれ,疼痛,腫脹および骨性膨隆を起こす.皮膚症状は掌蹠膿疱症,重症痤瘡,尋常性乾癬の順に多い4).
SAPHO症候群の診断基準は複数提案されており,Kahnの診断基準の修正案が最も広く用いられている(表1)1).これに従うと,今症例では掌蹠膿疱症に伴う骨関節病変という診断項目を満たす.除外項目に該当なく,SAPHO症候群を疑い治療を開始した.
診断項目 | 除外項目 |
---|---|
掌蹠膿疱症,尋常性乾癬に伴う骨関節病変 重症ざ瘡に伴う骨関節病変 独立した無菌性骨形成過剰/骨炎(成人) 慢性再発性多巣性骨髄炎(小児) 慢性腸疾患に伴う骨関節病変 |
感染性骨炎 腫瘍性骨病変 非炎症性硬化性骨病変 |
診断項目のうち1項目以上満たし,除外項目に該当しない |
臨床検査では活動期の患者で炎症マーカー上昇や血沈亢進,炎症誘発性サイトカイン(TNF-α,IL-1,IL-8,IL-17,IL-18)の上昇5),receptor activator of nuclear factor-κB ligand(RANKL)高値6)が報告されている.RANKLは骨芽細胞で産生され,破骨細胞の分化,骨吸収を促進し,SAPHO症候群での高値は破骨細胞活性上昇と骨代謝異常を表している6).破骨細胞のマーカーである血清β異性化C末端テロペプチド(β-CTX)はSAPHO症候群の活動性と正の相関を示しており,骨破壊の過程での有意な骨吸収を反映している4).
SAPHO症候群の治療法は確立されたものがない.骨関節病変による疼痛に対して非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が第一選択薬となる.NSAIDsが効果不十分な症例ではステロイドやBPs製剤,抗リウマチ治療薬,抗TNFα製剤などの投与が考慮される2,7).
BPs製剤は破骨細胞に直接働き,機能に必要なコレステロール合成経路の律速段階を抑制することで破骨細胞活性を阻害しアポトーシスを促進し,骨再吸収を抑制する1,3,8).またBPs製剤はIL-1β,IL-6,TNF-αなどの炎症促進性サイトカイン産生阻害による抗炎症作用があるとされており3),免疫調節異常が発症契機の一つと考えられているSAPHO症候群において慢性炎症の抑制をもたらす可能性がある.
ミノドロン酸は第三世代のBPs製剤で,その薬理学的な骨吸収抑制活性は既存薬に比べ著しく高く,臨床における骨吸収抑制作用も最も強力である9–11).SAPHO症候群に対して使用報告は第二世代であるパミドロン酸やアレドロン酸が多く2,3),ミノドロン酸の報告はない.今回,より高い骨吸収抑制作用を期待し,ミノドロン酸を選択した.内服方法が煩雑なBPs製剤では服薬遵守率の低さが問題となるが,ミノドロン酸は4週に1回服用製剤があり,より良い服薬遵守をもたらすと考えた.BPs製剤長期投与時は顎骨壊死や大腿骨非定型骨折の発生に留意する必要がある10).
本症例ではミノドロン酸投与開始後速やかな鎮痛が得られ,残存する疼痛に対してfacet rhizotomy,PRFを施行し3年以上良好な疼痛コントロールが可能であった.掌蹠膿疱症悪化に伴い腰痛悪化がみられたため,疼痛部位にfacet rhizotomy,PRFを施行しNRS 1/10まで低下したのち,ミノドロン酸内服からデノスマブ60 mg皮下注射に変更した.
デノスマブは,RANKLを標的とするヒト型IgG2モノクローナル抗体であり,RANKLを特異的に阻害し破骨細胞形成を抑制することで骨吸収を抑制する12).骨粗鬆症に対し6カ月に1回の皮下投与で優れた骨折抑制効果が示されており,骨吸収作用の安定した抑制効果をもたらす.SAPHO症候群に対してデノスマブの使用報告はないが,固形がんの骨転移の疼痛治療においてデノスマブがBPs製剤と比べて簡易疼痛質問表スコアが4以上増加する期間を有意に延長したとの報告13)や,多発性骨髄腫の骨病変の疼痛管理でBPs製剤と同様の有効性を示した報告がある14).SAPHO症候群患者でRANKL高値が報告されており6),デノスマブが骨関節病変の疼痛管理に有効であると考え投与開始した.
本症例ではデノスマブ投与へ変更後現在まで3年8カ月,急性増悪をきたすことなく良好に疼痛管理できている.ミノドロン酸,デノスマブともにSAPHO症候群に対する適応はなく,骨粗鬆症の合併があるため使用し得た.SAPHO症候群の骨関節病変に対してミノドロン酸水和物およびデノスマブが疼痛管理に有効である可能性があり,今後のさらなる研究が望まれる.
本稿の一部は,第48回日本慢性疼痛学会(2019年2月,岐阜)において発表した.