日本ペインクリニック学会誌
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短報
舌咽神経痛と診断された20症例について
埜口 千里伊達 久
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2022 年 29 巻 11 号 p. 223-226

詳細

I 緒言

舌咽神経痛はその支配領域に生じる片側の繰り返す発作性の激痛であり,年間10万人に0.7人の頻度と推定され,三叉神経痛の100分の1とまれな症候群である1)

今回,2010年から2021年に舌咽神経痛と診断された患者20例(仙台ペインクリニック19例,南東北病院1例)の臨床的特徴について調査した.

なお,本報告は各機関の倫理委員会にて承認を得ている(仙台ペインクリニック:承認番号R4–01,南東北病院:承認番号549).

II 結果

受診時の平均年齢は66±11歳(41~82歳)で,男性10人,女性10人であった.患側は左70%,右25%と左が多かった(表1).

表1 患者一覧
患者 年齢 性別 患側 疼痛部位 誘発因子 受診歴
紹介元
受診
機関
の数
前医での
診断
前医処方 前医での
処置検査
MRI所見 局麻
噴霧
テスト
当院処方 観血的
加療
その他
1 55 F R

目の奥
嚥下  内科 1 全身痛 AcA     CBZ
PRG
NTP
   
2 77 M L 下顎
頚部
嚥下
発声
洗顔
歯磨き
内科
→耳鼻科
→脳外科
救急科
4 三叉
神経痛疑
CBZ
AcA
TRM
NSAIDs
    CBZ    
3 61 M R

耳後部
頚部

嚥下 耳鼻科
耳鼻科
2 頚~耳後
部痛
慢性
副鼻腔炎
abx CT PICAが
起始部を
圧迫
  CBZ

ZNS

PRG
  CBZで
副作用
4 61 M L 咽頭
耳介
耳の奥
嚥下
発声
くしゃみ
側臥位
(患側下)
耳鼻科
→脳外科
麻酔科
3 舌咽
神経痛
CBZ
NSAIDs
MRI 血管交差の
可能性あり
CBZ RF

PRF

PRF
(GGB)
 
5 76 M L 下顎
上顎
口腔粘膜
奥歯
嚥下
発声
歯磨き
寝返り
脳外科
→歯科
→整形外科
3 下顎~
顎下部の
慢性痛
CBZ MRI 問題なし   CBZ
AM
   
6 73 M R 嚥下
発声
耳鼻科
→耳鼻科
ペイン科
3 舌咽
神経痛
CBZ     CBZ
AM
  CBZで
副作用
7 74 M L
下顎
頚部
嚥下
発声
耳鼻科
(数カ所)
耳鼻科
≧5 顎下部痛 AcA NPLS
CT
副鼻腔炎 CBZ    
8 77 M L 下顎
発声
洗顔
歯磨き
歯科
→耳鼻科
(数カ所)
≧5     抜歯
CT
MRI
副鼻腔炎   CBZ    
9 82 F L 下顎
頚部
奥歯
嚥下
発声
歯科
口腔外科
2 三叉
神経痛疑
    圧迫所見
なし
CBZ   LOC
10 55 F L
舌根部
上顎
嚥下
発声
咳嗽
欠伸
くしゃみ
内科
→耳鼻科
2     NPLS
EGD
  CBZ    
11 75 M L
下顎
頬部
嚥下
発声
耳鼻科
→内科
2         リドカ
インス
プレー
   
12 60 M L 下顎
頚部
頬部
嚥下
発声
 内科 1 非定型
顔面痛
PRG
AM
    CBZ    
13 75 F 不明
頚部
嚥下 詳細不明
ペイン科
≧5 舌咽
神経痛
CBZ MRI     CBZ    
14 41 F R
嚥下
歯磨き
頭位変換
耳鼻科
内科
2 舌咽
神経痛疑
CBZ
CPM
NSAIDs
  PICAに
よる圧迫
の可能性
CBZ    
15 73 F L 下顎
耳の奥
嚥下
発声
起き上がり
歯科
→耳鼻科
口腔外科
3 三叉
神経痛疑
  抜歯 アーチ
ファクト
  CBZ    
16 71 F L 下顎

頚部
嚥下
咀嚼
歯科
耳鼻科
2 舌咽
神経痛疑
  抜歯
MRI
異常なし CBZ    
17 63 F L 下顎 嚥下
発声
欠伸
耳鼻科
→耳鼻科
→内科
脳外科
4 神経痛 CBZ
PRG
  圧迫は
はっきり
せず
CBZ
ZNS
   
18 59 F L 嚥下
発声
耳鼻科 1   CBZ     CBZ RF

RF
 
19 48 F L 軟口蓋

口腔粘膜
発声 脳外科
→耳鼻科
→歯科
3   CBZ MRI はっきり
せず
  AM
PRG
CZP
  CBZで
副作用
20 63 M R
下顎

頚部
嚥下
咳嗽
欠伸
洗顔
歯磨き
側臥位
(患側下)
内科
耳鼻科
2 頚部痛 PRG
AcA
NPLS
EGD
頚静脈孔付
近にPICA
が走行
CZP MVD
(PICA)
CBZで
副作用

AcA:アセトアミノフェン,CBZ:カルバマゼピン,TRM:トラマドール,Abx:抗菌薬,PRG:プレガバリン,AM:アミトリプチリン,CPM:クロミプラミン,NTP:ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液,ZNS:ゾニサミド,CZP:クロナゼパム,NPLS:鼻咽喉ファイバースコープ,EGD:上部消化管内視鏡,PICA:後下小脳動脈,RF:高周波熱凝固法,PRF:パルス高周波法,GGB:ガッセル神経節ブロック,MVD:微小血管減圧術.

疼痛部位は,扁桃窩・咽頭(喉の中,喉)80%,下顎角(下顎痛)55%,耳(耳後部,耳の奥)35%,舌の後部10%で,誘発因子は,嚥下90%,発声65%,咳嗽15%,欠伸10%であった.

当院来院までに75%が2カ所以上の医療機関を受診していた.舌咽神経痛と診断されていたのは5例で,そのうち麻酔科・ペインクリニック科からの3例は疼痛コントロール目的での紹介であった.また三叉神経痛と診断されていた症例が3例あった.

前医では内服処方,MRI,CT,内視鏡検査(鼻咽喉,上部消化管)の他,3例で抜歯が施行されていた.

経過中MRIを施行された13例中3例で後下小脳動脈(posterior inferior cerebellar artery:PICA)の関連が疑われた.その他の器質的疾患は除外された.

咽頭痛に対する局所麻酔薬の噴霧は施行された14例全てで疼痛軽減が得られた.

当院では主にカルバマゼピン(CBZ)の内服加療を行った.4症例で副作用を認め,2例は継続不可のため他剤に変更となり,1例は神経血管減圧術(舌咽神経/PICA)が施行された.

疼痛コントロール不良であった2例で舌咽神経への透視下神経ブロック[高周波熱凝固法(radiofrequency thermocoagulation:RF),パルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)]が施行され,そのうち1例ではガッセル神経節ブロックも追加で施行された.

III 考察

頭頚部痛では複雑な神経支配,機能支配のため診断・治療が困難な場合がある2)

その中でも舌咽神経痛はまれな疾患で,三叉神経痛と疼痛部位や誘発因子などの臨床的特徴が類似しているため鑑別診断は困難である3)

この理由として,支配領域の重複や交通枝による解剖学的要因,舌咽神経感覚枝の一部が三叉神経脊髄路核に入力することによる関連痛,末梢の舌咽神経の求心性入力が増加することによる神経可塑性の中枢性メカニズムも関与している可能性があるとの報告がある3)

また,脳神経の興奮性はroot entry zone(REZ)での血管圧迫によって引き起こされることが示されており,この脳神経の過活動から発症する一連の症状はhyperactive dysfunction syndrome(HDS)と呼ばれ,三叉神経痛,顔面痙攣,舌咽頭神経痛を併発するものは複合型HDSと称される4).今回,舌咽神経へのRF,PRF後にGGBを施行した症例は複合型HDSであった可能性が考えられる.

多くは抗痙攣薬が奏功するが,副作用などで継続できない場合や疼痛コントロール不良の場合,神経ブロックや神経血管減圧術など観血的治療が選択されるため治療対象となる神経を鑑別・同定する必要がある1,3,5)

舌咽神経痛では85.7%で嚥下が誘発因子であったと報告されており,鑑別診断に有用であるが,嚥下痛を訴える疾患には,茎状突起過長症,顎関節症の他,口腔・咽喉頭の炎症性疾患,悪性腫瘍,狭心症・胸部大動脈解離など多岐にわたるためこれらを鑑別することも必須である3)

また,咽頭痛への局所麻酔薬散布テストでの疼痛軽減や,疼痛発作に心停止,痙攣,失神発作を認めることがあることも特徴的である3,5)

IV 結語

2010年から2021年に舌咽神経痛と診断された20例について調査した.

舌咽神経痛はまれな疾患であり,三叉神経痛と疼痛部位,誘発因子などが重複することがある.複合型HDSも考慮しつつ,高頻度で嚥下が誘発因子となっていること,咽頭痛への局所麻酔薬散布で疼痛が消失するなどの特徴を踏まえ鑑別診断していくことが重要であると思われた.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会 第2回東北支部学術集会(2022年2月,Web開催)において発表した.

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