2022 年 29 巻 12 号 p. 241-244
目的:薬物療法,他の神経ブロック治療が困難な三叉神経痛症例に大口蓋神経ブロックを施行したところ,有用な結果が得られたので報告する.方法:症例は三叉神経第2枝の三叉神経痛の患者5名で,全員が薬物治療では効果が不十分であった.4名の患者はガッセル神経節ブロック(GGB)が施行困難,または施行可能でも痛みが残存した.1名の患者は,当初より大口蓋神経ブロックを選択した.全症例で,眼窩下神経ブロック(infraorbital nerve block:INB)を併用した.結果:大口蓋神経ブロックはGGB等の透視下神経ブロックと比較して,手技が簡便で患者の侵襲度が低く痛みも軽度であった.全症例で,痛みの改善が得られた.結論:GGBの効果が不十分な場合,大口蓋神経ブロックの追加で痛みのコントロールが可能になった.また,大口蓋神経ブロックにINBを併用することで,GGB施行の必要性がなくなる症例も認められた.
Objective: We report cases of trigeminal neuralgia that was difficult to treat with medication or other nerve block therapy. Methods: Five patients with trigeminal neuralgia of the second branch of the trigeminal nerve all had inadequate response to medical treatment. 4 patients had difficulty with Gasserian ganglion block or had residual pain even when it could be performed. 1 patient initially opted for large palatine nerve block. Infraorbital nerve block was used in all patients. Results: Compared with fluoroscopic nerve blocks such as Gasserian ganglion block, palatine nerve block is a simple procedure with less invasion and pain for patients. In all patients, the pain disappeared for more than 1 year.
薬物治療に抵抗する三叉神経痛の治療としては,神経ブロック療法,手術療法が選択される.三叉神経第2枝領域の痛みに対する神経ブロックとして,末梢枝であるINBを行い,効果が得られない場合は中枢側である上顎神経ブロック,GGBが施行される1).中枢側の神経ブロックは施行時の疼痛が強く,重篤な合併症も少なくないため患者の負担が大きい2).今回われわれは,中枢側の神経ブロックを施行しても十分な痛みの軽減が得られなかった症例および施行が困難な症例に対して,大口蓋神経ブロックが奏功した経験を報告する.
口蓋に分布する知覚神経は,上顎神経の翼口蓋神経と舌咽神経の扁桃枝に由来する.翼口蓋神経は上顎神経が正円孔を出た直後に,翼口蓋窩で頬骨神経起始部とほぼ同一部位で起こり,真っすぐ下行し翼口蓋神経節に入る.翼口蓋神経の一部はこの神経節で終わるが,一部は大口蓋管中を下行して,大口蓋神経と小口蓋神経に分かれ,それぞれ硬口蓋,軟口蓋に分布する3).大口蓋神経を遮断することで,上顎口腔内知覚を広範囲に麻痺させることが可能である4).
患者は仰臥位で頚部伸展位とし,十分に開口させる.大口蓋孔は左右の第3大臼歯を結ぶ線上にあり,歯槽尖起部と硬口蓋の移行部で,硬口蓋後縁のすぐ前方に位置する.正中線(正中口蓋縫合)からの距離は約8~15 mmで,この孔は前下方に開口している(図1).ポピドンヨードで口腔内上顎部を消毒後に同部位を指で触診して,指尖に柔らかさを感じる窪みを探す(図2).軟口蓋をこの柔らかさとして勘違いして,鼻咽頭に穿孔することがあるので注意が必要である5).
大口蓋孔開口部
正中口蓋縫合から外惻約8~15 mm.
大口蓋孔の触診部
○:触診部
視診,触診で確認された大口蓋孔に向かって,第2大臼歯部の粘膜から刺入する.今回われわれは,穿刺針25G,25 mmを使用し,根本から120度曲げた状態で穿刺した.局所麻酔薬は2%塩酸メピバカイン0.5 mlを使用して,注入後にトリガーゾーンの刺激による痛みが誘発されないことを確認する.神経破壊薬は無水アルコール(absolute alcohol:AA)0.3 mlを注入して,1時間の安静および経過観察を行う.
全症例において,トリガーゾーンが右頬部および右上顎口腔内大臼歯内側に認められた.
INBおよび大口蓋神経ブロックには,AAを使用した.
症例1:70歳代,女性.
既往歴:統合失調症,認知症.
現病歴:X年他院にて,三叉神経痛(右第2枝領域)と診断された.X+6年に右頬部および上顎口腔内の痛みで当院初診となった.右INBを施行したが,口腔内の痛みが残存するため,右上顎神経ブロック(AA)の追加施行で痛みは消失した.X+6年から23年の間に計7回の上顎神経ブロックを行った.カルバマゼピン(300 mg~400 mg・day−1)の内服が必要であった.X+23年には上顎神経ブロックでは十分な徐痛が得られないため,熱凝固法による右GGBを施行した.X+27年,認知症が悪化してGGB施行時の安静が保てなくなってきたため,右大口蓋神経ブロックを選択した.カルバマゼピン400 mg・d−1およびガバペンチン400 mg・d−1を内服することで,痛みは消失した.X+28年には痛みが再発したが,右大口蓋神経ブロックおよびINBの再施行により痛みは消失した.
症例2:80歳代,女性.
既往歴:アルツハイマー型認知症.
現病歴:X年他院で三叉神経痛に対して微小血管減圧術,X+15年γ-ナイフ治療が施行されたが効果はなかった.カルバマゼピン内服量が400 mg・d−1を超えると副作用の眠気で日常生活が困難となるため,X+30年当院に紹介となった.三叉神経痛(右第1,2枝領域)と診断された.INBでは口腔内の痛みが改善しないため,GGB(熱凝固)を施行した.カルバマゼピン300 mg・d−1内服することで痛みは消失した.X+33年にも同様の治療を行ったが,X+35年には認知症進行のためGGB施行時に体動を抑制できなくなり,施行が困難となった.眼窩上神経ブロック,INBおよび大口蓋神経ブロックを行ったところ,カルバマゼピン400 mg・d−1,クロナゼパム0.5 mg 2T・d−1内服で痛みは改善した.その後,クロナゼパム0.5 mg 2T・d−1内服を中止しても痛みの悪化は生じなかった.X+36年には痛みが再発したが,右大口蓋神経ブロックおよびINBの再施行で痛みは消失した.ブロック再施行2週間後に,患者から右上顎口腔内の違和感の訴えがあった.総義歯を外したところ,膿瘍を伴った潰瘍が認められた.潰瘍は,総義歯の装着中止および抗生剤の内服で完治した.
症例3:80歳代,男性.
既往歴:高血圧症.
現病歴:X年三叉神経痛(右第2枝領域)を発症して,X+1年当院受診となった.X+10年までに右上顎神経ブロック(熱凝固)を計5回施行したが,十分な除痛効果が得られなくなった.カルバマゼピンの内服量は,眠気,ふらつき等の副作用のため,400 mg・d−1の内服が限界であった.右INB,大口蓋神経ブロックの施行およびカルバマゼピン400 mg・d−1の内服で痛みは消失した.X+15年時点で,痛みが消失している状態が維持されている.
症例4:90歳代,女性.
既往歴:カルバマゼピン,ガバペンチン,プレガバリンの薬物アレルギー,高血圧症,不整脈(ペースメーカー埋め込み,ワルファリン内服中).
現病歴:X年三叉神経痛(右第1,2枝領域)を発症した.X+3年アレルギー(皮疹)のためカルバマゼピン内服が困難となり,当院受診となった.眼窩上,INBおよび上顎神経ブロックの施行で,痛みは消失した.X+8年までに上顎神経ブロックを計4回施行したが,同年には痛みの軽減が得られなくなった.ガバペンチン等の薬物アレルギーも出現したため,効果のあった薬物は使用できなくなった.さらに,X+6年ペースメーカー埋め込みのため熱凝固によるGGBも禁忌となった.当院では神経破壊薬を使用したGGBは,熱凝固よりも合併症が生じやすい2)理由から行っていないため,同ブロックの施行はできなくなった.X+14年右INBおよび大口蓋神経ブロックの施行で,痛みは消失した.大口蓋神経ブロックは圧迫により止血可能であり,体表のブロックと同様に出血の低リスク群と考えられる.ブロック施行前に,ワルファリンの休薬は行わなかった.ガイドラインではワルファリンの休薬については個別に判断する6)とあり,表皮に内出血等の出血傾向が認められないことおよび止血の遅延,内出血の可能性等を説明して同意を得た後にブロックを施行した.X+16年時点で,痛みが消失している状態が維持されている.
症例5:50歳代,女性.
既往歴:高血圧症.
現病歴:X年三叉神経痛(右第2枝領域)を発症した.カルバマゼピンは,アレルギー反応(全身の痒み)で内服困難となったため,他院にてガバペンチン1,200 mg・d−1が処方された.痛みの改善が十分でないため,X+3年当院受診となった.X+3年右INBでは痛みが残存したため,大口蓋神経ブロックを追加したところ痛みは消失した.ガバペンチン1,200 mg・d−1の内服は必要であった.X+4年痛みは消失していたが,今後の神経ブロック治療を希望しなかったことより微小血管減圧術が施行された.
今回の5症例は大口蓋神経ブロック施行前に,三叉神経第2枝領域口腔内の痛みおよびトリガーゾーンが残存していた.症例1,2は,認知症の進行によりGGB時の疼痛に対して体動が抑制できなくなり,ブロック施行が困難となった.症例3,4は,上顎神経ブロックの十分な効果が得られなくなり,症例4ではペースメーカー装着のため,GGBができなくなった.症例5は,当初よりINBおよび大口蓋神経ブロックを選択した.三叉神経痛2枝領域に対して,INBを併用した大口蓋神経ブロックの有効性が報告されている7).本稿でも全症例に対してINBおよび大口蓋神経ブロックが施行された.その結果,痛みは薬物内服で対応することが可能となり,1年以上の痛みの消失が得られた.
中枢側の神経ブロックは施行時の疼痛が強く,末梢側と比較して重篤な合併症も少なくないため患者の負担が大きい2).GGBでは末梢枝ブロックと比べて深部出血や感染などの合併症のリスクを伴う.熱凝固の使用もペースメーカーが挿入されている患者では,施行が禁忌となっている.中枢側の神経ブロックの効果が十分でない時,施行が困難な時には治療に難渋することになる.それに対して,大口蓋神経ブロックの施行は簡便であり,重篤な合併症として出血があるが,圧迫止血により対応が可能である7,8).症例2では右大口蓋神経ブロック再施行2週間後に,施行側上顎口腔内に膿瘍を伴った潰瘍が出現した.大口蓋神経ブロックによる知覚低下のため,総義歯による粘膜創傷の発見遅延が原因と考えられた.知覚低下が著しいブロック後早期には,上顎口腔内粘膜の経過観察が必要である.
大口蓋神経は上顎口腔内に広く分布していることから,口腔内の疼痛が主体の三叉神経痛の患者にはよい適応がある.INBと併用することにより,上顎神経ブロックやGGBの前に施行して痛みが消失した報告がある7).また,翼口蓋神経節をブロックするには局所麻酔2.5 ml,神経破壊薬0.5~1 mlが必要とする報告がある7).われわれの大口蓋神経ブロックの経験では,局所麻酔薬は2%塩酸メピバカイン0.5 ml,神経破壊薬(AA)は0.3 mlで十分な効果が得られた5).
経口腔内法による大口蓋神経ブロックはGGB等の中枢神経ブロックと比較して重篤な合併症が少なく,手技も容易である.INBと併用することで上顎口腔内の広い範囲で知覚麻痺が得られる.上顎口腔内に痛みがある三叉神経痛の患者で,GGB,上顎神経ブロックが施行困難,効果不十分な症例に対して大口蓋神経ブロックは有用であった.また,INBを併用した大口蓋神経ブロックにより,中枢神経ブロックを必要としない症例もあった.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会 第2回北海道支部学術集会(2021年9月,Web開催)において発表した.