日本ペインクリニック学会誌
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症例
腹部手術後の前皮神経絞扼症候群に対して神経ブロック治療が有効であった2症例
武田 昌子小柳 哲男藤原 治子
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2022 年 29 巻 12 号 p. 245-248

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Abstract

腹痛の原因疾患の一つとして前皮神経絞扼症候群(ACNES)がある.私たちはACNESが腹腔鏡下手術直後に発症した症例と開腹手術後6年経過して発症した症例についてエコーガイド下神経ブロック治療が有効であったことを報告する.2症例ともに血液検査,画像検査で異常はなくCarnett徴候は陽性であった.1例目は胃がんに対して腹腔鏡下幽門側胃切除術を施行された81歳女性である.術後10日目より左右の腹直筋鞘外縁のドレーン抜去後の縫合部位に圧痛を認め腹壁に力がかかると痛みが増強した.エコーガイド下腹直筋鞘ブロックを3回施行して治癒した.2例目は穿孔性虫垂炎に対して開腹虫垂切除術を施行された53歳男性である.術後6年経過して腹圧がかかると右腹直筋鞘外縁の開腹創部に圧痛が出現し,審査腹腔鏡手術を施行したが痛みを生じるような所見はなくACNESが考えられた.繰り返しエコーガイド下腹直筋鞘ブロックを行い,さらに腹直筋近傍での腹横筋膜面ブロックを併用して治癒した.

Translated Abstract

Anterior cutaneous nerve entrapment syndrome (ACNES) is one of the causes of abdominal pain. We report that ultrasound-guided blocks were effective for cases in which ACNES developed 10 days after laparoscopic surgery and six years after laparotomy. Both cases showed normal laboratory and imaging findings. Carnett's sign was positive in both cases. The first case was an 81-year-old woman who underwent laparoscopic pyloric gastrectomy for gastric cancer. Ten days after surgery, tenderness was observed in the sutured parts after drain removal. An ultrasound-guided rectus sheath block was applied three times to treat the pain. The second case was a 53-year-old man who underwent laparotomy for perforated appendicitis. Six years after the operation, tenderness appeared on the sutured parts when abdominal pressure was applied. Exploratory laparoscopy was performed but the cause of the pain could not be determined, and ACNES was considered. Repeated ultrasound-guided rectus sheath blocks and transversus abdominis plane blocks were applied to treat the pain.

I はじめに

前皮神経絞扼症候群(anterior cutaneous nerve entrapment syndrome:ACNES)は1926年にCarnettらによって報告された1).ACNESは,内腹斜筋と外腹斜筋の間を走行する腹壁の感覚を支配する肋間神経皮枝神経の分岐である前皮枝が腹壁に達するまでに腹直筋前葉で絞扼されることで腹痛を呈する疾患である13).発症要因は特発性,腹部手術,妊娠,運動などである3).ACNESは,①血液検査や画像検査で異常がない,②腹直筋外縁に限局した圧痛部位があり,最強点は指一本分である,③圧痛部位を限局的に圧迫しつつ腹壁を緊張させると痛みが増悪するというCarnett徴候が陽性である,④圧痛点に局所麻酔薬を注入することで一時的に痛みが緩解する,などにより診断する13).ACNESは小児の慢性腹痛の10~30%を占め,原因疾患として近年注目されている4).トリガーポイント注射治療やエコーガイド下神経ブロック治療があり,診断のためにリドカインを用いたトリガーポイント注射で痛みが直ちに緩解した症例は83%で,そのうちの5人に1人は持続的に痛みが緩解したとの報告もある1,5).その他の治療として神経切除術や高周波焼灼法などがある2)

今回,腹部手術の直後発症の1症例と6年後発症の1症例を報告する.なお投稿に際して患者本人から書面で同意を得ている.

II 症例

症例1:81歳女性,身長143 cm,体重50.6 kg,高血圧と糖尿病がありAmerican Society of Anesthesiologists physical status(ASA-PS)IIであった.胃がんに対して全身麻酔と硬膜外麻酔で腹腔鏡下幽門側胃切除術が施行され,手術後3日間はレボブピバカインと塩酸モルヒネの持続硬膜外投与により創痛は自制内で経過していた.手術後4日目に硬膜外カテーテルは抜去され,セレコキシブ200 mgの定時内服が開始された.手術後6日目に臍レベルの左右両側の腹直筋鞘外縁部位で腹腔鏡挿入部位から留置されていたドレーンが抜去されタバコ縫合により閉鎖された.手術後10日目から体動時の腹痛を認め手術後14日目に痛みがさらに増強したため,ペインクリニック受診となった.

初診時は,背筋を伸ばしての歩行が不可能で前傾姿勢で押し車での歩行であった.仰臥位から起き上がる時に痛みが非常に強く,また寝返りにより痛みが増強して覚醒するため睡眠障害が常にあった.起床時・寝返り時のnumerical rating scale(NRS)は10であり座位で動かなければNRS 0から1であった.疼痛部位は胸椎10番目レベルで左右の腹直筋鞘の外縁であり,腹腔鏡挿入部位に留置されたドレーンを抜去した時に縫合された部位であった(図1*).腹部エコー・腹部CT画像検査,血液検査では異常所見を認めず,Carnett徴候陽性でありACNESと診断した.

図1

体幹側部の神経と症例1,2の痛みの部位

①第9肋間神経外側皮枝,②第12肋間神経外側皮枝,③腸骨下腹神経外側皮枝,④腹直筋鞘,⑤第9肋間神経前皮枝,⑥第10肋間神経前皮枝.

ア*:症例1の疼痛部位で,左右の胸椎10番目レベルで腹直筋の外縁.ドレーン抜去時に縫合された箇所.

イ⁑:症例2の疼痛部位で,右の胸椎9,10番目レベルで腹直筋の外縁.開腹手術時に縫合された箇所.圧痛点は2カ所認めた.

(分担 解剖学2 改訂第11版 図477より改変.金原出版より転載許可を取得して転載.)

縫合糸は2カ月で吸収される吸収糸であり物理的な絞扼を解除する手術療法も考慮されたが,まずは侵襲の低い腹直筋鞘ブロックを選択した.手術後15日目に胸椎10番目レベルで左右の腹直筋鞘ブロックを施行した.エコーガイド下に左右の腹直筋を描出し特に異常所見はなく左右差もなかった.左右ともに刺入部位を1%メピバカインで浸潤麻酔をし,その後22ゲージブロック針を刺入して腹直筋鞘後葉で0.5%メピバカイン15 mlを注入した.ブロック施行15分後にはCarnett徴候陰性となり,背筋を伸ばしての歩行が可能となりその時のNRSは0であった.ブロック後5~6時間で症状は元に戻った.手術後16日目から就寝時にトラマドール塩酸塩50 mg,アセトアミノフェン200 mgの内服が追加投与された.手術後20日目に痛みはNRSが5~6となり睡眠障害も改善傾向であったが,依然として体動時痛により日常生活に支障が認められたため,左右の腹直筋鞘ブロック(左右それぞれ0.75%メピバカイン10 mlとデキサメタゾン1.65 mgを使用)を再度施行した.手術後23日目には日常生活に支障はなくなったが手術後29日目でも依然として寝返り時の痛みがNRS 5程度で睡眠障害を認めたため,左右の腹直筋鞘ブロックを2回目と同様に再度施行した.その結果寝返り時の痛みが消失し手術後32日目に退院となった.退院時処方は,アセトアミノフェン200 mg,トラマドール塩酸塩50 mg,メコバラミン1,500 µgであったが,退院後約4週間で内服薬は不要となった.

症例2:53歳男性,身長170 cm,体重76 kg,ASA-PS Iであった.穿孔性虫垂炎に対して開腹虫垂切除術が施行された.手術は全身麻酔下に臍レベルで7 cmの右側傍腹直筋切開で行われ問題なく終了した.手術後の痛みは軽度でロキソプロフェン180 mg内服で自制内であり,手術後4日目に退院した.開腹手術から5カ月後に癒着性イレウスを発症したが保存的治療で改善した.開腹手術から6年後に臥位から起き上がる時,咳嗽時や重い物を持ち上げるなど腹圧のかかる時に右下腹部に痛みと違和感を感じるようになった.腹壁瘢痕ヘルニアが疑われ開腹手術から8年後に審査腹腔鏡手術を施行されたが大網と腹壁の癒着があるのみで痛みを生じるような病態はなかった.開腹手術から8年8カ月経過してペインクリニック受診となった.

初診時,安静時痛はないが腹圧のかかる状態で手術創部の胸椎10番目の臍レベルで右腹直筋鞘外縁に2カ所NRS 5~8の圧痛を認めた(図1⁑).常にコルセットを腹部に装着して腹圧がかからないように生活していた.開腹手術の既往と腹部エコー・腹部CT画像検査,血液検査では異常所見を認めずCarnett徴候が陽性であったことからACNESと診断した.

開腹手術後6年経過して発症したACNESに対して腹直筋鞘ブロックが有効との報告6)があり,本症例ではいずれの鎮痛薬も効果がなかったことから腹直筋鞘ブロックを選択した.胸椎10番目レベルで右側の腹直筋鞘ブロックを施行した.エコーガイド下に左右の腹直筋鞘,外腹斜筋,内腹斜筋,腹横筋を描出したが特に異常所見はなく左右差もなかった.1例目と同様に右腹直筋鞘ブロックを0.5%メピバカイン10 ml,デキサメタゾン3.3 mgを使用した.ブロック施行15分後にNRSが0,Carnett徴候は陰性であった.1回目のブロック施行後2~3時間で治療前と痛みに変化はなかった.腹直筋鞘ブロックは14週間で計9回施行し,デキサメタゾンは約4週間おきに使用し,計3回使用した.9回目ブロック治療後からコルセットを装着して軽いランニングが可能となり就寝時以外はコルセットが不要となった.しかし腹圧がかかると右側腹部への関連痛を認めたため,腹直筋近傍で右側の腹横筋膜面(transversus abdominis plane:TAP)ブロックを施行した.TAPブロックは1%メピバカインで皮膚に浸潤麻酔後エコーガイド下に22ゲージブロック針で腹横筋膜面に刺入,0.5%メピバカイン10 ml,デキサメタゾン3.3 mgを使用した.TAPブロックは13週間で計3回施行し,デキサメタゾンは約7週間おきに計2回使用した.1回目施行後からコルセットなしで軽いランニングが可能となり3回目施行後にはコルセットなしで筋力トレーニングが可能となり治療開始から約37週間で終診となった.全治療期間を通して内服薬はメコバラミン1,500 µgのみであった.

III 考察

開腹手術後に発症した急性経過,慢性経過の2症例のACNESはともにブロック治療が奏功し,特に慢性経過症例では治療が困難であるが6)本症例はほぼ治癒し得た.1例目はドレーンを抜去した後の縫合により肋間神経前皮枝が絞扼されて発症したと考えられた.2例目は開腹手術後約6年経過していたが開腹部位の胸椎10,11番目の右腹直筋鞘外縁で肋間神経前皮枝が絞扼されていたことにより発症したと考えられた.1例目は比較的診断も容易で発症直後で腹直筋鞘ブロックが奏功して速やかに治癒した.一方2例目は開腹手術後から違和感はあったが進行が緩徐で痛みが発生するのに約6年かかったと考えられ確定診断に至るのに時間を要した.しかし開腹手術から6年経過してACNESを発症し,腹直筋鞘ブロックを繰り返し施行することで症状が改善した報告もあり6)本症例でも腹直筋鞘ブロックを9回施行し疼痛緩和が得られた.さらに腹直筋の近傍で施行するTAPブロックやmodified Thoraco Abdominal nerves Perichondrial Approachブロックにより肋間神経前皮枝領域に鎮痛効果が得られ治療として奏功したという報告もある7,8).本症例においてもTAPブロックを腹直筋の近傍で施行したことで肋間神経前皮枝領域に鎮痛効果が得られ症状改善につながり治癒に至ったと考えられる.今回のように本疾患の発症,診断,治療開始までに年数が経過していても神経ブロック治療が奏功する可能性が示された.一方で侵襲の大きい神経ブロック治療に入る前に確定診断の意味合いも含めてトリガーポイント注射の効果を見ておくのも大切だと考えている.慢性経過症例における神経ブロック治療は症状改善が認められなくなった時点で中止する必要があると考えている.

ACNESは適切に診断,治療されずに慢性化していることも示唆されており,この疾患についての認識が高まり診断基準により早期に診断され速やかに治療されることが望ましい2).今回は2症例ともにメピバカインとデキサメタゾンを使用してブロック治療を行った.ステロイドは神経絞扼部位では神経周囲の炎症,腫脹圧迫の軽減に働き,また局所麻酔薬の作用の発現を速め持続時間を延長させる効果があるが,感染症や糖尿病の血糖コントロールへの配慮が必要であり9),ステロイド添加による効果はほとんどないとするメタ解析の結果も出ている10)ため有効性と安全性について考慮のうえ使用することが重要である.またメピバカインよりも作用時間の長いロピバカイン,レボブピバカインを使用することで作用持続時間の延長が得られるため,この点においてはステロイドの使用を控えることが可能となる.今後も病態により使用する薬剤の種類,濃度,量についてさらに考慮する必要があると考えている.

本症例1の要旨は,日本ペインクリニック学会第55回大会(2021年7月,富山),本症例2の要旨は,日本ペインクリニック学会 第2回南関東支部学術集会(2022年1月,Web開催)において発表した.

文献
 
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